「おい、博史。奥さんが迎えに来てるぞ」
クラスメイトからそう言われると、河東博史は苦虫を噛み潰したような顔になった。
帰り支度の最中で、今日は部活も無い。中学二年生の博史にしてみれば、これか
ら楽しい放課後が始まるというのに、彼はどこか浮かぬ顔である。その訳は──
「ヒロちゃん」
そう言って、廊下で博史に向かって手を振る、鈴代エリカのせいであった。
「奥さんが呼んでるぞ。ヒロちゃん」
「ああ」
からかうような口調でクラスメイトが言うと、博史はいかにも不機嫌そうに席を立った。
腹は立つが言い返す言葉が無い。エリカが自分をヒロちゃんと呼ぶのは十年も前か
らなのだし、それをクラスメイトに少々からかわれたからといって、怒っても仕方が無
いではないか・・・と、博史は自分に言い聞かせている。
「いいね、河東クンはその年で、あんなにカワイイ奥さんがいて。大事にしなさいよ」
今度はクラスの女子がそんな事を言う。事実、博史を待つエリカは見目麗しい美少女
であった。その上性格も良く、勉強だって出来る。そのため友人も多く、彼女の肩を
持つ人間はたくさんいた。それもまあ、しょうがない──と、博史は思っている。
「待たせてスマン」
「いいのよ。さっ、帰ろう」
博史が教室を出ると、エリカはすぐさまその手を取った。それと同時に、クラスメイトや
その他の生徒が一斉に冷やかしの声を上げる。
「熱いねえ、ご両人」
「博史のやつ、幸せ者だよな。エリカみたいなカワイイ彼女がいてさ」
その言葉を背中で聞きながら、案外そうでもないんだよ、と博史は心中で呟いた。
「寒くない?あたしのマフラー、半分巻く?」
「い、いや、いいよ」
表へ出てすぐ、エリカがそんな気遣いを見せた。が、博史は丁寧にそれを辞退した。
なにせ、手を繋いだままなので、周囲の目線が気になって寒いどころの話ではない。
学内にはまだ無数の生徒がいて、通りすがりに自分たちを物珍しげな眼差しで見て
いくのだ。正直、恥ずかしくて頭から湯気が出かねないほど、博史は温まっている。
いや、暑いとすら感じていた。
「ホラ、あれよ。学校一の才媛と、学校一のおバカさんの亜種カップルは」
「エリカちゃんはどうして、あんなのと一緒にいるのかしらねえ・・・もったいない」
博史の後方から、聞こえよがしの皮肉が飛んでくる。すると、エリカは小さな声で、
「ゴメンネ・・・」
と、肩を寄せながら博史の耳元で囁く。これも、今に始まった事では無い。
(そうだよなあ・・・やっぱり不釣合いだよなあ・・・)
声には出さないが、博史はいつもそう思っていた。エリカは生徒たちの評判どおりの
優等生で、並外れた美貌を持つ少女。それに対し、博史は運動も勉強もまるでダメな
男であった。自身もそれを自覚しており、なるべく学内では目立たぬように心がけて
いるのだが、エリカの存在が彼を許してくれない。もっともエリカは単に博史の事が好
きで、いつも一緒に居たいだけなのだが、世間というものはそれがいかにも不自然で
あると思っているらしい。そのせいで、博史がいつも肩身の狭い思いをしている事を、
彼女も知っているのだ。
「早く学校から離れよう」
ぐい、とエリカが博史の手を引っ張った。だが、運動オンチを自認する博史は──
「おおっと!」
バランスを崩し、ニ、三歩つんのめるようにして進んだ後、見事にすっ転び、ついでと
ばかりに側溝へダイブしたのであった。
「水が張ってなくって良かったね。怪我はない?」
「ああ、幸いにも・・・」
側溝からエリカに引き上げられた博史は、まず身の無事を確かめた。しかし、怪我は
無いようだが、何やら股間がスースーとうすら寒い。嫌な予感が博史を包む。
「まさか・・・」
尻の方に手をやると、案の定ズボンが破れていた。転んだ時、どこかに引っかけでもし
たのだろう、物の見事に尻の部分が裂けている。
「とほほ・・・どうしたもんやら」
普段から決まらない男ではあるが、何もここまで・・・博史は思わず肩を落とした。だが
約一名、この不運な男を笑う者がいた。勿論、エリカである。
「ぷッ・・・クスクス」
笑うというよりは、笑いをこらえているようなエリカ。顔を真っ赤にして、決して笑わない
ぞと頑張っているのだが、どうにも博史の姿が可笑しくて仕方が無さそう。口元に手を
当て、いかにも笑ってませんよという素振りを見せてはいるが、鼻から息がプスプスと
漏れている。
「笑いたけりゃ、笑えばいいだろ!笑いをこらえてるせいで、鼻がプスプス言ってるぞ!」
「ごめん!アハハハ!」
エリカはついにこらえきれなくなり、腹を抱えて笑い出した。その様を見て博史は思う。
(これが自然なんだよなあ・・・俺たちの場合は)
笑うエリカの事が、博史も好きだった。自分は格好悪くてもいいから、その笑顔を見たい。
こうして二人きりになれば、博史もエリカもただの幼なじみに戻れるのである。
「笑いすぎだぞ、お前」
「ごめん、ごめん。ひ〜、お腹よじれちゃう」
ひとしきり笑った後で、エリカは再び博史の手を取って歩き出した。ズボンが破れた博史
はお尻をカバンで隠し、不自然な歩き方で母親に手を引かれる子供のようについていく。
「笑いすぎて喉が渇いちゃった。ねえ、コンビニ寄っていこうか」
エリカが指差す方向に、見慣れたコンビニエンスストアの看板がある。すると博史
は眉をしかめて、お尻をモジモジ・・・
「俺、ケツが破れてるんだぞ」
「大丈夫、あたしが隠してあげるから」
エリカはそう言うと、博史を背後から抱きすくめた。一見するとバカップルがいちゃつ
いてるように見えるが、何せ二人は中学校の制服を着ている身。その異様さは大人の
カップルの比ではない。いや、どちらかといえば気の弱そうな痴漢が、美少女の手で
捕らえられたような絵柄に等しかった。
「余計に不自然だってば!」
「大丈夫。お店の人だって、仲の良い兄妹くらいにしか思わないかもよ」
むずがる博史の背を押し、エリカはコンビニへ向かった。そして、ドリンクコーナーで
紙パックの五百ミリリットル版森永マミーをレジに持っていくと、
「ストローは二本ください」
と、若い男の店員に頼んだ。すると、まるで二人羽織りの如き姿の中学生二人に、店員
は呆れ顔で問う。
「その格好は何かの余興かい?」
「ううん。ラブラブなんです、あたしたち。だから、こうやってくっついてるの」
「お・・・おい」
「そうかい。羨ましいかぎりだな。おい、ボウズ。カワイイ彼女でさぞかし鼻が高いだろう」
「まあ!カワイイだって。ねえ、博史、聞いた?」
興味津々の店員と、それに乗じるエリカ。ただ一人、博史だけはどこか居場所が無い
ようで、しきりにお尻をモジモジ・・・
「早く出ようぜ」
「そうね。行きましょう」
「ありがとうございました。お嬢ちゃん、そいつに飽きたら俺と付き合ってくれよな」
やはり、ここでもエリカは人目をさらった。見送る店員の言葉だって、嘘とも本気ともつか
ないものである。それだけに博史の劣等感は、ますます募るのであった。
「ちょっと待ってね、ヒロちゃん」
コンビニの前でさっそく紙パックを開けるエリカ。そして、ストローを二本飲み口に
挿す。
「どうぞ」
「ああ・・・」
にゅっと差し出されたマミー。そこに二本のストローである。これはまさかと、博史
も戸惑った。
「そっちのストローがヒロちゃんのね。あたしはこっち」
「う、うん」
一緒に飲もう──エリカはそう言っている。それと分かると、博史はマミーを真ん中に
して、ストローを咥えた。無論、エリカもそれに続く。
(恥ずかしいな。どうか知ってる人に、見られませんように)
マミーを中心に、顔を寄せ合う二人の中学生。傍目から見ると、かなりいかがわしい
感じである。博史はそれが恥ずかしくて仕方が無い。自宅でやるのならともかく、人目
のある往来でというのがいけない。もし、こんなところを知人に見られでもしたら・・・
「ねえ、ヒロちゃん」
「ん?どうした?じゃんじゃん飲もうぜ」
飲み応えのある五百ミリリットルのマミーは、まだ半分も減ってない。博史はなんとか
懸命に飲み終えて、この場を離れたいと思っていたのだが・・・
「後ろから、ヒロちゃんのクラスのコたちが来る」
エリカはつぶらな目でそう言うのだ。
「マズイ!」
博史がくるりと振り向くと、そこにはにやけ顔のクラスメイトたちが数人いた。そして、
「あまりのアツアツぶりに、とても見てられねえな」
「おまけに博史のやつ、ズボンが破れててパンツ丸見えだ。訳が分からない野郎だ」
「なんで、あんなのとエリカは一緒にいるんだろうな」
言いたい事を口にしながら、マミーをカップル飲みする二人の脇を、通り過ぎていった
のである。
「恥ずかしい!すごく恥ずかしい!」
帰宅してすぐに、博史は自室でのたうちまわっていた。マミーをカップル飲みする
所を級友たちに見られてしまった!明日、また冷やかしに遭うに決まっている!と、
何度も何度も繰り返し、頭を抱えている。その様を、エリカはにこやかに見ていた。
「いいじゃないの、冷やかされても。あたしは気にならないけど」
「俺は気になるの!というか、気にせざるを得ないの!」
何故、エリカが博史の自室にいるかというと、家が隣り合っているからである。彼女
は帰宅してすぐ私服に着替え、博史の家へ遊びに来ているのだ。その上、先ほど
破れたズボンを縫ってやっている。エリカは裁縫も得意なのだ。
「別にいいと思うけどなあ。公認の付き合いなんだし。あっ、ほころび縫い終わったよ」
「おっ、サンキュー・・だがな、世間はそう思っちゃいないのよ、これが・・・いいか、俺は
クラスじゃなあ、お前に無理矢理エッチなことをして、つき合わせてると思ってるんだ。
扱いとしては強姦魔くらいなんだぞ」
「アハハ。可笑しいね」
「可笑しくない!」
博史が怒ると、エリカはひょこっと肩をすくめた。そして、憂いを含んだ笑顔をかたむけ
ながら、
「エッチなのは、どちらかといえばあたしの方なのにね」
デニムのスカートのポケットから、カラフルな小箱を取り出したのである。
「そ、それは、もしや」
「うん、コンドーム。この前、薬局の前にある自販機で買っといた」
両手で包むようにコンドームの箱を持って、エリカは照れ笑い。それに対し、博史は
どこか困惑げである。
「・・・今日もするのか?」
「うん。三日空いたでしょ?ヒロちゃんも溜まってるだろうし・・・えへへ、なんてね。実
は、あたしの方が我慢できなくなってたりして・・・」
エリカは上目遣いに博史を見る。その表情はなにやら淫靡で、幼いなりにも女を思わ
せるような艶笑を作っていた。
「カーテン閉めよう。ヒロちゃん、服脱いで」
「う、うん。でも・・・」
「女に恥をかかせる気?コンドーム買うのって、ずいぶん勇気がいるんだからね」
「わ、分かったよ」
博史が西日を遮るようにカーテンを引くと、エリカはためらいもなくトレーナーを脱ぎ
始めた。ふんわりと脂の乗った腰周りが、いかにも少女らしくて美しい。
「ホラ、早く脱ぐ」
「分かってる」
エリカにせっつかれて、もたもたと服を脱ぐ博史。上半身裸になると、あばら骨が浮き
上がっていて、何か貧相である。女と違い男は脱ぐものが少ないので、博史はあっと
いう間にパンツも脱ぎ去ってしまったのだが、するとどうだろう、やせぎすな体には不
釣合いな野太い男根が、ぶらりと股間から生えているではないか。何の才能も持たぬ
彼が得た唯一の得物。それがこの男根であった。
「いつ見てもスゴイね」
「あんまり見るなよ」
「ゴメン。ふふ・・・お返しに、あたしのも見ればいいわ」
エリカも続けとばかりに着ている物を脱ぐ。デニムのスカートを床に落とし、ブラジャー
もパンティも一気に身から剥いでしまい、博史と同じく生まれたままの姿となる。
「あっ、勃起してる。えへへぇ・・・あたしの裸見て、興奮したの?」
「当たり前だろ」
「そうかあ・・・正直でよろしい」
エリカは満足そうに頷き、天を衝かんばかりの男根の前に傅いて、
「おしゃぶりしようか?」
そう言って、熱く滾った隆起を手に取った。
「無理しなくていいぞ」
「ううん。どちらかというと、好きだから・・・かな」
悪戯な笑顔を見せ、男根を唇で咥え込むエリカ。そしてすぐに、生々しい粘り気のある
音が、室内に響いていった。
「ああ・・・エリカ」
薄暗い部屋の中に精気を吸われる少年と、同じく貪る少女のシルエットが浮かび上がる。
二人がこのような関係になったのは、もう一年も前の事。しかも、性に興味を持ち始めたの
は、エリカの方が先であった。
(ねえ、ヒロちゃん。セックスってやつをしてみない?)
エリカはある日、真顔でそんな事を博史に言った。何の酔狂かと博史が訝っていると、
(あたしねえ、初めてはヒロちゃんって決めてたんだ)
そう言って、エリカはいそいそと服を脱ぎだし、あっという間に素肌を晒してしまったのだ。
その後、二人は当たり前のように結ばれたのである。それからはもう、寄れば触ればお互い
を求めるようになっていた。
「おしゃぶりはもういいよ。今度は俺がお前のアソコを舐めてやる」
「やだ。シャワー浴びてないから、恥ずかしいよ」
「だったらすぐ入れるか?」
「うん。そうして・・・あたし、ヒロちゃんのコレが大好き」
とろんと目を蕩かしながら、エリカは言う。そして、自ら博史のベッドへ寝転ぶと──
「思いっきり、やって」
学内一の才媛らしからぬ淫靡さで、両足を開いたのである。しかも、女唇からは早くも恥液
の滴りが──
「ずいぶん濡れてるな」
「だって、三日ぶりだから・・・意地悪しないで、早くして・・・」
博史が自分に覆い被さってくるや否や、エリカはその背に手を回し、腰を少し浮かした。次
の瞬間、野太い男根は少女の花園をいともたやすく侵していく。
「あうッ・・・い、いい・・」
腰骨までずーんと響く感触が、エリカの理性を溶かしている。彼女は男根が一旦、最奥まで
届くと、痺れるような快感に全身を支配されてしまった。思わず口にした歓喜の言葉も、本心
がこもった女の悲鳴である。
「動くぞ」
「優しくしなくていいからね。ヒロちゃん、あたしがエッチな声を出すと、心配してすぐに
動きを止めちゃうから」
「分かったよ」
女の園を串刺しにした男根が、ゆっくりと動き始める。それと同じくして、二人は互いの
唇を求め合った。
(エリカ)
(ヒロちゃん)
交し合う目線で、愛しい者の名を叫びあう二人。心が通い合っている幼なじみだからこ
そ、出来る事だった。そして、本格的な男根の抽送が始まる。
「コンドームは・・・出そうになってから・・・着ければいいから・・・最初は生の感触を味わ
ってね・・・ああ!」
女穴を突かれるたびに、涙をこぼしそうになるほどの喜びがエリカに訪れた。愛されてる
という意識がある。それはもちろん博史も同じ事で、手を伸ばして相手の体に触れれば、
どこもかしこも狂おしいほどに愛しい。
「大好きよ、ヒロちゃん!」
「俺もだ、エリカ!」
それぞれの持てるだけの物をぶつけ合う二人。幼いながらもその情熱は本物だった。いや、
幼いからこそ愛が純粋なのかもしれない。彼らは気づいているのだ。二人にとって、お互い
がすべてである事を──
おしまい