「なんですか、話って」  
高校の制服姿の先島アカネがツンケンした口調で柊シノンに聞く。同じく制服姿の岬ヒロトと、  
これから一緒に学校に向かうところをジム前で待っていたシノンに呼び止められたのだ。  
シノンはラフなシャツとジーンズ姿。彼女は大学生であるが、学校に行く準備はしていない様子。  
「いきなりご挨拶ね。昨日はヒロトに慰めてもらったの? 泣き虫さん」  
シノンもアカネには皮肉な笑みを見せる。一方のヒロトにはにこやかに手を振る。ヒロトの事云々は  
置いとくとしても、アカネにはその態度がむかつく。  
「あなたには関係ありません! 用が無いなら行きますよ? 私、どっかの大学生と違って暇じゃ  
ないんです」  
アカネがヒロトの手を掴んで行こうとする。が……。  
「今のうちにルールを少し確認したいんだけど」  
シノンはアカネの憎まれ口には付き合わず、いきなり用件を切り出す。アカネの足がぴたっと  
止まった。  
 
「レフェリーとか裁定方法を決めてなかったよね? 電気アンマが極まってるか、急所攻撃が  
ちゃんと当たったか、などの判断をどうするか、なんだけど」  
「……? ヒロトでいいんじゃないですか? 一応、当事者だし……」  
二人は顔を見合わせた。ヒロトでいいと思っていたからだ。  
「だめよ。ヒロトはアカネちゃんの味方だもん」  
「そんな!」  
「ヒロトに聞いてみましょうか? ヒロトは私とアカネちゃんを公平に見ることが出来る?」  
アカネの意外なことに、そう言われてヒロトは黙り込んでしまった。シノンは自分の考えが  
正しい事を確認したかのように得意気な顔をする。こんな時だが、アカネは少し嬉しい気持ちに  
なった。  
「だから、レフェリーは二人用意する事にしたいの。アカネちゃん側と私側の二人でね」  
「シノンさん側って……誰ですか?」  
全裸で戦うのだ。知らない人を連れてこられても困る。  
「ミユリよ。それなら文句ないでしょ?」  
「ミユリさん……」  
鷺沢ミユリのことはアカネもヒロトも知っていた。シノンと同期のレスラーで、明るく穏やかな  
性格をしている。周囲に好感を持たれる、アカネにとっては優しい先輩だ。  
「どう? 違う人に頼むのは私も抵抗があるし、彼女に立ち会ってもらおうと思うんだけど?」  
「わ、わかりました……。少し恥ずかしいですけど」  
「大丈夫よ。だって、彼女は私の……」  
そう言って含み笑いを残して言葉を濁した。アカネが首を傾げる。ヒロトはなんとなくわかった  
ような表情だ。相変わらず察しの鈍い子、とシノンはアカネを見て笑う。  
 
「じゃあ、二人で判定するんですね」  
「そうよ。判定自体には文句を付けたりはしないから安心してね。たとえヒロトがアカネちゃん  
びいきの裁定をしても、それはそれで構わないから」  
「ヒ、ヒロトがそんな事するって、決め付けないでください!! 第一、ミユリさんだって……」  
「ミユリがそんな事する子だと思う?」  
「う……。思いません……」  
おそらくアカネが一番信頼できるのもこのミユリだった。彼女に限って間違いはおそらくない。  
ヒロトは……シノンの言うとおりに本当に自分に味方してくれるのだろうか? こんな状況だが  
ちょっと淡い期待が胸をよぎる。  
「それと、裁定方法も変えたいのだけど……」  
これはヒロトのほうを見て言う。  
 
「どうしたいんだ?」  
「急所攻撃1ポイントと言ったよね? あれを、クリーンヒットは3ポイントにしたいんだけど」  
「クリーンヒット?」  
「そう、軽く手が触れたのと、しっかり命中したのが一緒の判定なんておかしいもの。でなきゃ  
当たりそこねでも何でもいいから放ったほうが有利にならない?」  
「クリーンヒットかどうかの判定はどうするんだ?」  
「それはヒロトとミユリで判断してもらうよ。まあ、基準としては股間を押さえて悶えたり、膝を  
マットについたりすれば、クリーンヒットでいいんじゃない?」  
「……」  
「それと、まともに当たっても、リアクションが薄ければクリーンヒットじゃなくしてもいいしね」  
思わせぶりに言うシノン。まともに当たっても我慢する事が出来れば相手に3ポイント与えなくて  
すむと言う事か。だが急所を強打されて何事もなかったように振舞うのはかなり大変である。  
 
「だけど……」  
ヒロトが躊躇ってると、  
「アカネちゃん、それでいいよね? この方がスリルあるでしょ?」  
挑発的な視線でアカネを見る。いつもより戦闘的に気分が高揚しているアカネは即答した。  
「ええ……。シノンさんが後悔しなければね」  
期待通りの答えが帰ってきて満足するシノン。しかし、すかさず口を開いたのはヒロトだった。  
「それではこちらからもルール変更の提案だ。電気アンマは1分で1ポイントだったが、15秒で  
1ポイントにする。つまり、1分では4ポイントだ。これでいいな?」  
有無を言わせない口調だった。ヒロトはクリーンヒットルールを入れる事によって、股間攻撃が  
主になる展開にはしたくなかった。急所への負担が大きくなりすぎるからだ。電気あんまを若干  
有利にしておけば、自ずと選択肢がそちらに多くいくことになる。  
「いいよ、それで」  
ヒロトの意図を察したのか、ニコニコと応じるシノン。アカネにも異論はなさそうだ。  
 
「それと、開始直前には俺が二人に電気あんまをする」  
「「え?」」  
「いきなり急所攻撃を受けると負担が大きいからな。二人には十分湿らせてから闘ってもらう」  
「そ、それは、どちらからするの?」  
シノンの瞳が期待に潤んでいる。アカネも恥ずかしそうだが、胸が高鳴ってる様子。  
「経験の少ないシノンからする。濡れるまでに時間が掛かる可能性があるからな」  
「う……うん」  
それを聞いただけでシノンは胸を押さえた。ドキドキと興奮を抑えきれない。出来るだけ我慢して  
たっぷりとしてもらおう……。でも、我慢しきれるだろうか? そのシノンの様子を見てアカネは  
少しムッとする。『私の』ヒロトに邪な期待を抱くなんて……。  
 
「ルールはこれで決定ですね? ヒロト、行こう。遅刻しちゃうよ」  
アカネがヒロトの手を掴んで今度こそ行こうとする。  
「行ってらっしゃい。……でも、随分余裕があるのね」  
ボソッとつぶやくシノンの声が聞こえた。アカネは180度反転し、ツカツカとシノンの前に寄る。  
「何か言いたい事があるんですか? もったいぶってないで、はっきり言えば!?」  
シノンのチクチクと首筋を刺激するような物言いに、ついにアカネも喧嘩腰になる。とばっちりを  
受けないように、アカネから離れようとしたヒロトだが、掴まれた手はびくとも動かない。  
「別に。ただ……」  
そこらのコギャルには絶対無い迫力でもって詰め寄るアカネに全く動じず、髪をかき上げるシノン。  
ちなみにヒロトはオロオロと二人を交互に見ている。  
「どうして私がこの時間に私がこの話を持ちかけたのかな〜?、なんて……。今までにないルールで  
闘うのに暢気に学校行って時間つぶしてる暇があるなんて余裕があるな〜、と思っただけ」  
10cm低いアカネを見下す様に見つめる。負けずにアカネは睨み返すとさりげなくその場を去ろうと  
するヒロトの手を引き寄せた。  
 
「行くよ、ヒロト!」  
物凄い勢いでヒロトを引っ張りながら、さっきと反対方向に歩いていく。  
「ちょ、ちょっと待てよ! 学校は反対の方向……」  
「今日はお休み! 私の部屋で特訓するの! と・っ・く・ん!」  
「……マジ?」  
あきれるヒロトを引っ張り、ジムの隣にある自宅に入っていくアカネ。家に入る前に「べ〜〜だ!」と  
思い切りシノンに舌を出すと、バタン!と物凄い音を立てて玄関のドアを閉めた。  
シノンは困った表情のヒロトに手を振って見送ると、胸ポケットから携帯電話を取り出す。  
「あ、私。今、いいかな? ……うん、そう。私のマンションに来て。特訓に付き合って欲しいの。  
……そうだよ。今から。……じゃあ、お願いね」  
何事かと訝しがる話し相手を強引に了解させて携帯を閉じる。アカネの自宅を一瞥し、軽く微笑むと  
自分のマンションに歩を進めた。  
 
「でも、なんでお前の部屋で特訓なのさ?」  
先に部屋にあげられ、アカネの部屋のクッションに座り込んで周囲を見回すヒロト。アカネは何かを  
探しにジムに戻り、すぐに帰ってきた。そう言えば、アカネの部屋に入るのも久しぶりだっけ。  
昔はよくここでも電気アンマしたんだよな……。  
「仕方がないじゃない。昼間はリングはジムのみんなが使うんだし。それに……」  
ヒロトがいると言うのに制服を脱ぐアカネ。ヒロトはドキッとしたが、そ知らぬふりをする。  
いくら昨日一緒に風呂に入ったからって目の前で着替えるなよな〜、と思いつつ、ちょっと嬉しいかも。  
「こんな特訓、みんなには恥ずかしくて見せられないよ、だから……」  
「だからって、お前……うわっ!?」  
クッションの上で手持ち無沙汰に遊んでいたヒロトはバランスを崩して後ろにこけそうになった。  
なんと、アカネは制服だけでなく、下着も脱ぎ始めたからだ。既にブラは取り、今は下着の両側に  
手をかけている。  
「み、見てないでヒロトも準備してよ……。それと、これ……」  
なにか皮製の防具を手渡された。格闘技用の小さな指貫きグラブと、それに見たことのない防具…。  
「ファ、ファールカップよ。男の人の大事な所を守るために使うの。念のためにつけて」  
恥ずかしそうに言う。そして思い切ってショーツを膝まで下ろした。靴下だけの全裸状態になる。  
 
「え〜っと……どういうことか、説明してくれない?」  
「だからぁ、特訓なんだって。今晩の試合の……」  
「どうして俺なのさ?」  
「き、昨日も言ったじゃない……。ヒロト意外に相手を頼める人がいないって」  
真っ赤になるアカネ。状況は昨日より何倍も凄い事になっているが。全裸で急所攻撃と電気アンマを  
やりあう闘い。つまり、その特訓と言う事は、ヒロトと裸でくんずほぐれつ……。  
「お、俺も脱ぐの?」  
「うん。お願い……。一人だけ裸なんて恥ずかしいよ……」  
おまけに靴下を脱ぎ忘れているのか、それともマニアックに誘っているのか……恥ずかしさで全身が  
真っ赤に染まったアカネの肢体を見ているだけで頭のネジが飛んでしまいそうだ。  
 
「わ、わかったよ」  
我あらずドギマギしながら衣服を脱ぎ捨てるヒロト。トランクスを脱いだ時、アカネが反応するのが  
面白かったが、見ないフリをして、指示されたとおり、ファールカップを装着する。  
「なんか、ヘンな感触……」  
「が、我慢して。一応、実戦形式でやるから……万が一、蹴っちゃうと大変だもん」  
「大変って……すると俺もアカネに攻撃するの?」  
「も、勿論……あ、でも試合前にダメージを残したくないし、暫くは急所攻撃は寸止めにしましょう。  
失敗する時もあるからカップはその保険に……」  
「わかったけど……電気アンマはどうする?」  
アカネは更に真っ赤になりながら言った。  
「それは本気でかけてきて。何度でも。私がギブアップしても許さないで欲しいの……」  
 
大胆なアカネの言葉にヒロトも少し興奮を覚える。裸同士で電気アンマ……。小さい頃にお風呂で  
やった記憶はあるが、あの時はまだお互いに幼かった。当時なら悪戯で済んでいた事だが、今、  
それをやって悪戯で済ませられるだろうか?  
「なんか、想像しただけで、やばそうなんだけど……」  
ヒロトが照れながら言う。半ば本気でどうなるか、自信が持てなかった。  
「アハハ、大丈夫だよ。私、プロレスラーだもん。いざとなったらヒロトなんて簡単に投げ飛ばせ  
るんだから」  
恥ずかしさで頬を染めながらもわざと明るく振舞うアカネ。だが、本当にそうするだろうか?  
もしかしたら何の抵抗もせず、そのままヒロトを受け入れてしまうのではないか? いや、もしか  
しなくても……。二人の間に沈黙が訪れる。  
 
「か、考えても始まらないし。やってみようよ。準備はオッケーだよね?」  
「あ、ああ……」  
雰囲気に耐え切れなくなったかのように、二人は全裸同士で向かい合った。身に着けているのは  
ヒロトがグローブとファールカップ、アカネがグローブと白のソックスだけ。アカネの急所は何にも  
守られていない。  
「は、始めるよ? ……えい!」  
アカネはヒロトに飛び掛り、ヒロトを絨毯の上に押し倒した。柔らかい絨毯とは言え、やはり  
少しは衝撃があり、ヒロトが呻く。勿論、本番のリングよりは全然柔らかいのだが。  
「あ、大丈夫……?」  
倒れた拍子に呻いたヒロトを気遣うアカネ。しかし……。  
 
「隙あり! 油断しちゃだめだ!」  
動きの止まったアカネのお腹をカニバサミの様にして挟み込み、逆に絨毯に寝転がらせる。そして…。  
「いきなりだけど、行くぞ!」  
ヒロトはアカネのソックスを穿いた両足を掴み、電気アンマの体勢に入ろうとする。しかし、  
「か、簡単にはさせないもん!」  
今度はアカネがヒロトの両足を掴んだ。お互いに寝た状態で相手の両足を掴んだ状態。完全に互角の  
体勢だ。  
「やるな、アカネ」  
ヒロトが笑うとアカネもにっこりと笑う。お互い力は目一杯入っていて、両手が震える。膠着状態だ。  
 
(こう言う時は……こう)  
ヒロトはその体勢でアカネを引き付けた。そして不意にアカネの左足を持っていた右手を離す。  
アカネの右足が自由になり、チャンスが訪れたか?  
「今だ! ヒロト、男の子なのに悪いけど仕掛けるからね! ファールカップがあれば大丈夫……  
…きゃああ!?」  
ヒロトの股間に右足を乗せたかと思いきや、なぜか、アカネは電気アンマの状態を解いてしまう。  
その機会を逃すはずも無く、ヒロトはしっかりと電気アンマを受ける体勢からする体勢に変化した。  
「ヒロト、ずるい!!」  
「へへん! ずるいもへちまもあるか! やった者勝ちだよ!」  
「だって!そんな、お尻の穴に指を入れるなんて……きゃああ!?」  
そのままアカネの裸の股間に電気アンマが掛けられた。グリグリと踵がアカネの急所に食い込んで  
刺激する。どうやらヒロトは先程手を離したときに、アカネの肛門に指を入れたらしい。突然の  
淫猥な刺激に驚いたアカネは決まりかけた電気アンマを解いてしまい、その隙に逆にえめられる  
体勢を固められてしまった。  
 
「あん……あああ……」  
「アカネの場合、こうなってはだめなんだ。本番でこの調子じゃ負けちゃうよ?」  
「こうなったらって、どういう……ん……あっ!」  
「やってればわかるさ。1分経過……」  
「あ! だめ! だぁめぇ〜!!」  
懸命に暴れて片足を振りほどいたアカネ。しかし、もう片方の足は離れず、電気アンマも続いている。  
「ううう……。な、ならばこうだ!」  
アカネは捕まってる足を中心にくるりと回った。ぐりっ!と股間が捻るように刺激されて「ん!」と  
息を詰まらせるが懸命に耐え、ヒロトの力配分のバランスを崩させた。  
「いまだ!」  
そしてヒロトの足の先を掴み、股間から踵を退ける事に成功した。ついに電気アンマから脱出する。  
「やったぁ〜! こ、ここから反撃!!」  
まだどちらも電気アンマを取り直せる状態にあった。ヒロトも再び電気アンマを取りに来る。しかし、  
一瞬、アカネのほうが早かったのか、ヒロトの足を取った。  
「今度こそ私が電気アンマを……あれ?」  
なんと、アカネがもう片方の足を取りに行った時、ヒロトの爪先がアカネの股間に届いていた。  
まだ固定しない状態だが、ヒロトはその爪先でアカネの股間を突っついた。  
「あん……!」  
思わず刺激に身を捩るアカネ。すると、その隙を突いて再びヒロトがアカネの両足をがっちり捕らえて  
しまう。  
 
「あ、しまった…! だ、だめぇ〜!」  
「手遅れだよ。第二弾、行くぜ!!」  
「あああああ〜〜!!」  
再びヒロトの電気アンマが開始される。なすすべも無く責め足を掴みながら仰け反るアカネ。それに  
してもどうして? 自分の方が先に手が届いたのに…?  
「足の長さの差は如何ともしがたいようだな、アカネ」  
得意気にヒロトが笑う。アカネとヒロトの身長差は15cmぐらいか。足の長さの差は10cm弱  
ぐらいはあると思われる。電気アンマではその差が決定的なのだ。  
「あうう……だ、だめ……ヒロト……うう……!」  
「シノンは俺より足が長かったぜ。どうするアカネ?」  
「そんな……! ああああ〜〜!!」  
ヒロトはアカネの悶え顔を楽しみながら、アカネの不利な点を指摘した。今日の夜までにこの差を  
克服する戦法が見つかるか? アカネにとっては、特訓早々いきなり重要な課題を突きつけられる  
事となった。  
 
 
一方こちらは柊シノンの部屋。  
そこにはシャワーから上がってバスタオル一枚のシノンと、無理やり呼び出されて急遽駆けつけた  
彼女の友人鷺沢ミユリがいた。ミユリは大学に向かう途中の姿のままだ。体格はアカネより若干  
小さいだろうか。アカネより女の子らしい体型で、童顔。眼鏡とポニーテールが愛くるしく、  
二十歳のはずだが、実際はそれより子供っぽく見える。  
「それで、私にそのスパーリングの相手をしてって事?」  
呆れた様にシノンのバスタオル姿を見つめるミユリ。  
「うん。お願いね、ミユリ。こんな事を頼めるのはミユリしかいないもん」  
シノンはニコニコと笑っている。ミユリと会えて嬉しそうだ。ヒロトやアカネの前で見せるのと  
違うタイプの笑顔。悪戯っぽく子供っぽい笑顔はこのミユリにしか見せない。  
 
「全く、呆れたと言うか……私、学校あったんだよ?」  
「埋め合わせは今度するから、ね。私にとって人生の一大事なの」  
「ヒロト君のことが?」  
「……うん」  
はにかんだ笑顔で俯くシノン。ミユリはそれを見てため息をつくが、  
「わかりました……。シノンがそれほど思いつめてるんだもん、仕方ないよね……」  
それを聞いてぱっと顔を輝かすシノン。  
「ミユリ、ありがとう! 大好き!」  
小柄な覆いかぶさるように抱きつく。  
「わっぷ! シノン、胸! 胸!」  
ミユリの顔にバスタオルが解けたシノンの胸がかぶせられ、息が苦しくなった。  
 
5分後。  
 
ミユリもシャワーを浴び、バスタオル一枚の姿になる。  
「ね、ねぇ……シノン。本当にこの格好で闘うの?」  
ミユリが心もとなげにシノンに聞く。眼鏡は外し、洗いざらしの髪はポニーテールにまとめる。  
「うん、そうだよ。女の子同士だもん。平気だよ」  
「平気って……シノン、タオル短すぎない? その……」  
ミユリはシノンの股の所を見る。ミユリの指摘どおり、シノンのそこは通常でも見えるか見え  
ないかギリギリの長さだった。お尻のほうは丸見えで、前もホンの少し動いただけで、ちらちらと  
見え隠れする。  
 
「ウフフ……気になる?」  
シノンが悪戯っぽく笑う。  
「あ、当たり前でしょ……いくら女の子同士でも、恥ずかしいものは恥ずかしいよ」  
「じゃあ、タオル取っちゃえばいいのに……えい」  
シノンはいきなりミユリのタオルに長い足を伸ばして引っ掛け、そのまま引っ張った。  
はらり、と床に落ちるミユリのタオル……。  
 
「き……きゃああ!? なんて事をするの! シノン!!」  
思わず胸を押さえてしゃがみ込むミユリの姿を見てシノンはコロコロと笑っている。  
「変なミユリ。お互い裸なんてしょっちゅう見せあってるじゃない?」  
「そ、それはそうだけど……でも……」  
「なぁに?」  
「今夜のルールの話、聞いた後だから……その……」  
「あはは、そうだね。ミユリには刺激が強すぎたかも」  
顔を真っ赤にするミユリを見てシノンはクスクスと笑っている。  
 
全裸で急所を攻撃しあう、電気アンマバトル。シャワーを浴びた後、そのルールを聞かされた時、  
ミユリは呆けた顔をしていた。驚くよりも呆れてしまったのだ。おそらく世界中で一番恥ずかしい  
ルールの格闘技だろう。これに比べたら場末の泥んこプロレスの方がミユリにはまだ理解できた。  
「でも……大丈夫なの? そんな事して」  
「そんな事って?」  
「だって……女の子の急所だよ。そこを蹴られたらシノンでも……」  
「そうね。でも女子レスラーなら経験があるでしょ? ミユリもね。この前の試合でも…」  
「い、言わないでよ! 恥ずかしいんだから……」  
恥ずかしがるミユリを楽しそうに見つめるシノン。先日、タッグマッチでミユリと組んだ時、  
相手の外国人レスラーにローブローを受けて悶絶するミユリをシノンが助けたのだ。  
試合後のシャワールームで二人っきりになった時、シノンが執拗に打たれた股間の具合を聞いて  
きたのをミユリは覚えている。  
 
(シノンは、絶対にサディストだ……)  
それも性的サディストで、しかもレズの気がある。ミユリは今日対戦するアカネが気の毒に  
思えた。どう見ても先島アカネはシノンの好みのタイプだ。それにヒロトを奪い合うライバル  
でもある。現在の女子プロレスでもトップレベルの実力者がエッチ虐めに徹するのだ。半端な  
陵辱ではすまないだろう。  
「油断ならないけどね。先島アカネの実力は」  
ミユリの内心を見透かしたようにシノンが言った。顔は笑っているが目は笑っていない。  
「いい勝負になる、って事?」  
「いい勝負にはしないよ」  
にやりとシノンが意地悪な顔で微笑む。  
「アカネちゃんは徹底的に、一方的に苦しめてあげる。私が気にしてるのはあの子をどこまで  
服従させられるか、それだけよ。普通に勝っただけじゃ、意地っ張りなあの子は私に心からは  
屈服しないでしょう? だからなるべく屈辱的で精神的にも肉体的にも長時間執拗に苦しめて  
虐める……その方法を考えなきゃ」  
ゾクッとミユリは背筋に寒気が走った。まさか自分はその練習台なのでは……?  
「と、言う事でスパーリングパートナーよろしくね、ミユリ。引き受けてくれるよね? 親友  
だもん……」  
ミユリの前に立つとシノンははらりと自分の体に巻きついたタオルを落とした。鍛えられても  
しなやかさと滑らかさを失っていないボディが窓から差し込む日差しに晒される。  
その妖しげな瞳に見つめられ、ミユリはその場から動けなくなった。  
 
 
シノンが妖しげな表情でミユリに迫っている頃、アカネはリーチ差のハンデの克服に躍起に  
なっていた。  
が……。  
「だ、だめぇ〜! ヒロト、もう外してよぉ〜!!」  
「俺が外したんじゃ実戦練習にならないだろ? 自分で外すんだ」  
「い……意地悪!! くっ! うう……えいっ!!」  
ヒロトの足を掴んでタイミングを見計らって体を捩り、相手のホールドを崩してから抜け出す。  
アカネの『電気アンマ破り』は完成しつつあった。しかし、この返し技にはいくつかの欠点が  
あった。  
 
一つは相手の筋肉疲労を待たないといけない事。掛かった当初のびくともしない状態では  
どうあがいても動かせないからだ。だから最初は相手にされ放題になる。この間のスタミナ  
ロスはかなり大きい。  
二つ目は自分の股間を中心に捻るので、急所に与えるダメージが大きい事。裸の股間をシューズを  
履いた足手の踵に押し付けて捻るのだ。自分で自分の急所を痛めつけているようなものであった。  
三つ目は必ず一回で成功するとは限らない事。相手の動きが自分の仕掛けるタイミングと  
合ってしまうと、逃げ切れずに失敗してしまう。自分から動くので見切りは使えず、ある程度は  
幸運を期待しないと抜けられない。  
 
「でも、シノンさんとのリーチ差を考えたらこのリスクはしょうがないの……」  
アカネが少し痛めた股間をさすりながら言う。その様子をヒロトはごくりと唾を飲んでしまう。  
勿論、急所にダメージが積み重なってしまうのは心配であるのだが、裸で股間を揉みしだく  
アカネの姿が、あられもない事をしている姿に見えてしまうのだ。  
 
「……えっち」  
ヒロトのそんな視線に気がついたのか、恥ずかしそうにヒロトを睨む。ヒロトは慌てて視線を  
逸らし、咳払いする。  
「ちょ、ちょっと休憩しようよ。本番前にそこを痛めちゃったら勝負にならないし……」  
誤魔化すようにヒロトが言うと、アカネも頷いた。  
 
「体冷やすといけないから……」  
ヒロトは裸のアカネにガウンを掛けてやり、飲み物を渡す。ありがとう、と小さく呟いて  
物思いにふけるアカネ。さっきから何かを考えているようだ。  
「このままじゃ、ジリ貧ね……」  
アカネが呟く。確かに、電気アンマ破りで脱出できても、自分の方からは相手にダメージを  
与える事は出来ない。また電気アンマされて、同じことの繰り返しである。そうしている間に  
ポイントもスタミナも失い、急所にダメージが蓄積する。二人のレフェリーから試合続行不可能  
と判断されたら自動的に負けになってしまうのだ。  
 
「ヒロトが試合を止めなければいいのだけど……」  
チラッとレフェリーの一人であるヒロトを見る。  
「馬鹿言うな。お前がなんて言おうと、それは譲れないぞ。お前の体なんだから」  
「ヒロトに触ってもらえなきゃ、意味ないよ、こんなところ……」  
泣きそうな表情で股間に手を当てるアカネ。彼女にとって既に自分の体は自分のものでは  
なかった。自分の体はヒロトのものなのだ。優しく愛撫しようと激しく虐めようと、それは  
ヒロトの意思で好きにしていいものなのだ。だからこそ、負けたくない……。  
「う〜〜ん……」  
ヒロトの方にすれば、アカネのその思い込みの方が心配だった。シノンと言う強力なライバルの  
登場で一時的にそうなっているのだろうが、引くことを知らない状態で戦いの場に出すと、  
どんな形にせよ結果には大きな代償が伴うだろう。  
 
「だけど……」  
突然、何を思ったのか、クスクスとヒロトが忍び笑いをする。  
「なによ、いきなり?」  
勿論、アカネはムッとする。自分がこれだけ悩んでいるのに、その張本人が笑っている。  
思い込みまっしぐら状態のアカネにはそう思えてしまう。  
「だってさ……」  
ヒロトはそんなアカネに笑顔を向けた。我あらず、アカネもドキっとなる。  
「俺、そこまでアカネに思われてるなんて、なんて幸せなんだろうな、ってふと思っちゃっ  
たから……アカネが思い込みすぎて心配、なんてのは俺の思いあがりだよね」  
ヒロトがアカネを見つめる。アカネは顔を上げた。そしてヒロトの肩に頬を寄せた。  
 
「ゴメンね、ヒロト。私……自分勝手だった」  
アカネの言葉から、さっきまでの険が取れた。アカネにしてみれば自分がどれだけ馬鹿だったか  
思い知らされたのだ。自分の思いを一方的に投げつけ、ヒロトの心を知ろうとせず、不安に  
なって、更に強い思いをぶつけて……。自分で自縄自縛に陥り、ヒロトの心を確かめようとしな  
かった。ヒロトは自分の思いを受け止めてくれているのに……。  
 
それにその言葉は昨日の夜にヒロトから発せられようとしていたのだ。だけど、自分が遮った。  
その理由は……。  
「私、自分で勝ち取りたいの……。ヒロトから与えられるだけじゃなく、自分で勝って『ヒロト  
は私の物だ!』ってみんなに宣言したい。だから、シノンさんに勝ちたいの……」  
皮肉な事に、シノンの思いを一番理解しているのも自分だとアカネは確信している。彼女の  
ヒロトに対する思いは、同じ思いを抱くアカネにとって痛いほど伝わっている。だから必要  
以上に彼女を意識し、対決姿勢はどんどんエスカレートして行ってるのだ。  
 
「私、いじめられちゃうね……きっと」  
アカネがヒロトにもたれ掛りながら言う。  
「どうして?」  
「だって……シノンさん、私を見る目が怖いんだもん。普通に怖いだけじゃなくて、なんて  
言うか……ヒロトが私をヤラシイ目で見るじゃない? あれが強力になったと言うか」  
自分を引き合いに出されて困惑するヒロト。そんなヒロトの反応を見て笑うアカネ。  
「きっとシノンさんは私をいじめたいんだよ。だから、ルールをどんどんエッチにしていくの」  
多分、そのアカネの考えは当たっているだろう。ヒロトもシノンのアカネに対する視線に  
サディスティックな意思が込められているのには気がついていた。  
しかし、アカネはニッコリ笑いかける。  
「でも、私だってやられっぱなしじゃないもんね! スピードを生かしてシオンさんの懐に  
潜り込んで、思いっきり急所攻撃してやるの。私を怖がらせていじめようとクリーンヒットの  
ルールを追加した事、後悔させてやるんだもん!」  
ビシッ!と拳を突き出す真似をする。時々さらりと怖いことを言うやつだな、とヒロトは  
思う。しかし、アカネのへこたれない強さには、改めて敬服の念すら覚える。  
 
「だけど、私の方から電気アンマしかけるのは無理ね……一方的にされちゃうのはヤだけど、  
仕方が無いか……」  
その点はあきらめようとしたアカネにヒロトが笑いかけた。  
「そんなことは無いさ。アカネの方が逆に電気アンマで主導権を握る方法は…あるよ」  
「え……?」  
驚くアカネに、ヒロトは秘策を持っている参謀よろしく、自信たっぷりに微笑んだ。  
 
(PART−2 おわり)  
 

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