リング中央で対峙する二人。開始後の手合わせの挨拶などは一切しない。これは試合ではなく、
戦いだからだ。
「ふ〜〜ん……」
シノンが探るような視線でアカネを見る。
「なんですか?」
アカネはシノンの攻撃を警戒しながら間合いを計る。リーチの差から考えても先に攻撃が
飛び込んでくるのはシノンの可能性が高いからだ。
「たった十分で何か吹っ切れた表情をしてるね? 何かいい事あったの?」
「ええ、ありました。……私、ヒロトに告白したんです。『一生好き』って」
ニッコリと微笑むアカネ。シノンは少し真顔になる。
「そう……。ヒロトはなんて言った?」
「返事は聞いてません。必要ないんです。『私が』ヒロトを好きになるんですから……」
戦いの最中だが少し顔を赤らめるアカネ。
(ちっ……)
内心で舌打ちするシノン。アカネはもやもやをふっきって万全の心理状態で試合に臨んで
いるようだ。心理攻撃が逆に作用し、シノンは少し面白くない。
「ま、いいけどね。じゃあ、始めるから!」
シノンの前蹴りがアカネの股間に伸びてくる。アカネは指貫グローブをはめた手で
その蹴りを防御した。「うっ!」薄いグローブとはいえ、その上からでも手の甲が
痺れる強い蹴り……こんなのをまともに急所に喰らったらそれだけでダウン必至だ。
「ね、狙ってきましたね?」
痺れる手を振りながらアカネがシノンを睨む。
「当然よ。いじめてあげるって言ったでしょ? ヒロトがどんな作戦を練ったか知らない
けど、蹴り中心で急所虐めしてあげる。なるべく痛くしてやるからね」
シノンは意地悪そうに薄く笑った。「痛くしてやる」と言われ、アカネの背筋にゾクッ…と
戦慄が走る。
(この間合いで立っていたら狙われそうね……)
アカネが体を横に動かす。シノンもついてきた。逆にシノンは自分の蹴りだけが届く
間合いをキープしたい。しかし、今回は狙う場所を股間に限定しているので、打撃は
防御もされやすい。2,3回、シノンの方から股間狙いの蹴りを放ったが、当たる直前で
アカネにブロックされている。
(やっぱりミユリとは違うようね。狙いどころが分かってるとは言え、目が付いて来る)
昼間のスパーリングではミユリに小突くような蹴りを何発も股間に入れてのたうたせた。
ミユリは泣きながら逃げていたが、シノンの動きの方が早く、防御しきれずに何度も
細かい蹴りを急所に喰らって悶えさせられた。そして十分に立ったまま苦しめた後、
グラウンド状態にしてリーチ差を利用した電気アンマ。この必勝パターンでアカネを
倒すシミュレーションを繰り返したが、やはり本物のアカネは簡単にはおもちゃには
ならない。
「ならば……こう言うのは、どう!?」
シノンがビシッ!と太股にローキックを叩き込んだ。「……!!」足が痺れるような
激痛にアカネの動きが一瞬止まる。その隙を逃さず、シノンはアカネの内股にローキックを
横になぎ払うように入れる。蹴られたアカネの足が大きくスライドし、股間が開いた。
「チャンス!」
バランスを崩したところを見逃さず、シノンの垂直蹴りがアカネの股間を真下から襲った。
防御が間に合わず、アカネの股間にシノンの蹴りがクリ−ンヒットする。柔肉を打つ湿った
音がリングに鳴り響いた。
「はぅう……!?」
蹴られた瞬間、内股になり、股間を押さえて飛び上がるアカネ。ヒロトに蹴られた時とは
比べ物にならないぐらい、痛い。股間から脳天まで電撃が突き抜けたような痺れがアカネを
襲う。
「ううう……ああ〜!!」
押し寄せる痛みに堪え切れず、恥ずかしさを考える余裕もないままリング中央で股間を
押さえて身もだえするアカネ。女の子の急所を本気で蹴ってくるなんて……! アカネの
心の中に強烈な復讐心が芽生える。
「まずは3ポイント獲得ね」
意地悪く満足そうなシノンがアカネの髪を掴んで引き起こし、コーナーポストに叩きつけた。
「たった一発でその状態? そんなので戦いが続けられるの?」
馬鹿にしたようにアカネが起き上がるのを待つ。急所を蹴られたうえ、コーナーに叩きつけ
られて全身に衝撃を受けたアカネは黙ってその言葉を聞いていたが……。
「当たり前…でしょ!!」
シノンの一瞬の隙をついて腰の辺りにタックルを仕掛けた。シノンは受け止めたが、予想
以上に強いアカネの当りに受けきれず、押し倒される。その時……!
「……うぐっ!?」
二人して倒れこんだ時、シノンが呻き、そして、アカネを蹴飛ばして退けると、こちらも
股間を押さえて転がった。どうやら、倒れこんだ時、アカネの膝がシノンの急所にまともに
入ったらしい。
「お返しですよ……!」
自分もまだ股間をさすりながら不敵な笑みを浮かべるアカネ。シノンもアカネと同様、額に
嫌な汗を流し、四つんばいの状態で股間を押さえて悶え、痛みが通り過ぎるのを耐えている。
「この……!」
股間を押さえて内股状態で立ちながら、シノンが「許さない!」とばかりにアカネを睨みつけた。
アカネも股間をさすりながらシノンを睨みつける。やられたらやりかえす。戦いの序盤は
一進一退の展開だ。
(こんなやりかたをしてたら、ただの消耗戦ね)
全裸で急所を攻撃しあう電気アンマバトル、もとより消耗戦は覚悟だったが、加減なしで
股間を蹴られるのがここまで辛いものだとは、想定が甘かったと認めざるを得ない、とシノンも
アカネも思っていた。一回蹴りあっただけで大きくスタミナを消耗してしまうのだ。
(ヒロトはかなり加減してくれてたんだ……)
と、シノンは今更の様に思う。同じく加減したとは言え、昼間のミユリには悪い事をしたな、
と、反省する。
(消耗戦をさけるのなら、やっぱり狙いは電気アンマね……)
シノンはタイミングを計りながらアカネに飛び込む隙を窺っている。引き倒してグラウンド戦に
持ち込んで電気アンマ、それがやはり一番有効だった。電気アンマをがっちりと固めてしまえば
足の長さで優勢な自分がさっきの様な反撃を食らう可能性は少ない。一方的にアカネだけを
責める事が可能だ、と思っている。が……。
(アカネからは電気アンマは仕掛けて来れない筈……)
どことなく足リーチでの優位を過信していた所もあっただろう。シノンが、主導権は自分にある
と思っていた隙を突くように、アカネが突進してきた。低く、密着型のタックルで。
「……!?」
反応の遅れたシノンが完全に腰を取られ、押し倒された。捕らえられそうになるが、諦めずに
反転して、その場を逃げようとする。アカネは執拗にグラウンド状態で追いかけてきた。
(離れ際に蹴ってやる!!)
振り払うように股間めがけて蹴りを放ったシノン。この蹴りをアカネは嫌がるだろう。
シノンの目算では蹴りで間合いが離れた所でアカネの両足を掴み、自分が有利な距離で
電気アンマする作戦だった。しかし……。
「あうっ!!」
「……え!?」
アカネはこの蹴りを逃げずに股間に受けた。しかも、速度を緩めず、シノンに襲い掛かり、
両足を深く抱え込んで、素早く右足を股間にセットした。電光石火の早業……であるが、
蹴られた股間は痛くないのか?
「〜〜〜〜〜〜〜〜っぅ……☆」
額から嫌な汗を流し、体を震わせながら何かを懸命に堪えているアカネ。勿論、さっきの
シノンの逃げ際の急所蹴りを受けた痛さを我慢しているのだ。
「くっ…! 動けない!?」
シノンは電気アンマの体勢に入られたまま、動けない。アカネからは攻撃は仕掛けてこないが、
全く力が抜けず、ビクとも動かなかった。完璧な電気アンマの体勢を固められ、シノンの表情に
焦りの色が見える。このまま振動を開始されたら、余程の事がない限り逃げ出せないだろう。
「……はぁ! ……ぜぃ…ぜぃ……た、耐え切った…よ?」
にやりとシノンを見るアカネ。凄みのある笑顔だ。シノンは自分が完全に不利になった
事を悟る。
「今の蹴りの分も仕返ししてあげますから……泣きなさい!!!」
アカネの右足からどどどど、と勢いのある振動が送られる。
「はぁうう! ……あ……あ……あぁ〜!!」
既に一回ヒロトにイかされているシノンはその強烈な刺激で、あっという間に快感の渦に
巻き込まれた。内股になり、太股をぎゅっと閉じながら、アカネの足を掴んで懸命に耐える。
「よし、成功だ!」
ヒロトが拳を握り締める。昼間二人で特訓したのは電気アンマの「間合い」だった。
アカネとシノンでは脚のリーチ差があり、脚の取り合いに持ち込まれるとどうしてもシノン
優位になってしまう。そこでヒロトが考え出したのは、先に密着状態に持ち込んでから、
離れ際に電気アンマを仕掛ける作戦だった。それならば、リーチ差は無効になり、逆に
アカネが電気アンマする間合いに先に入れる。問題点はその時にシノンが蹴り離そうと
する事であったが、あえて避けずに、受けて耐えながら電気アンマホールドを固めて
しまうやり方で対処する事にした。それが完璧に決まったのである。
急所を蹴られても、その痛さが通り過ぎるのを我慢すれば、その分はがっちりと固めた
電気アンマで何倍にも返すことが出来る。
「あぁあぁあぁ……くっ! ダメ……!!」
髪を振り乱し、頭を左右に振って懸命に電気アンマに耐えるシノンをハラハラしながら
見つめるミユリ。
シノン側のミユリとしては予想外の展開だった。地味に、しかし効果的に急所を蹴って
ポイントを稼ぎ、リーチ差を生かして電気アンマで完勝するプランは最初から崩れてし
まった。それどころか、アカネに完璧な電気アンマを決められ、どんどんポイントを
重ねられている。既に5分が経過し、ポイントは23対4と大きくリードされているのだ。
(打撃でポイントを取り返すのは大変ね)
アカネの股間を蹴ってのた打ち回らせれば3ポイントが入る。だが、今の点差なら
7回ものクリーンヒットが必要になる。最初の差し合いの様子だと、そこまでアカネの
防御は甘くない。
「電気アンマで返すしかないわ、シノン!」
ここまでは完全にヒロト、つまりアカネ陣営の思惑通りになってしまっている。
急所打撃より電気アンマのポイント重視、そして蹴り対策。そして、リーチ差を覆す
特訓……。だが、シノンだって手がないわけではない。今されている電気アンマさえ
返すことが出来れば、再び優勢に出る事は可能なのだ。
しかし、今シノンは人生でも初めてなぐらい、完璧に、そして激しい電気アンマを
されている真っ最中だ。
「こ……このっ! ……電気アンマ返し!!」
シノンは必死に、今、電気アンマされている脚を片手で掴むと、アカネの左足を反対の手で
掴んだ。そして右足を振り払い、アカネの股間に宛がう。逆に電気アンマを仕掛ける体勢に
なった。抜群の筋力とリーチが長いシノンだけが可能な技だ。
「反撃ぃ〜〜〜!!!」
今度はシノンの電気アンマがアカネの股間に炸裂する。ブルブルと右足を震わせ、アカネの
急所を刺激する。「うっ……!」と呻いて俯くアカネ。どうやら効いている様子か?
24対4……24対5……30秒電気アンマが続き、この後もシノンが追いついていくと
思われた……が?
「この間合いじゃ、体勢が不十分なんじゃないですか? シノンさん」
クスクスとアカネが笑っている。効いていないわけではない。紅潮した頬と額の汗、
それに太股の震えは間違いなく本物だ。しかし、さっきシノンがされていた時と比べると
幾分余裕があるように見える。
「な……なぜ?」
シノンの顔に焦燥の色が濃く浮き出る。
「そんなに脚を窮屈に折り曲げた状態じゃ、電気アンマの効果も半減ですよ!」
一瞬の隙を突き、右足を払うと、至近距離から踵でシノンの股間をガツン!と蹴った。
アカネの指摘どおり、シノンは脚を曲げた状態で電気アンマしていたため、股間は無防備な
状態だったのだ。まともに女の子の急所を蹴られてしまう。
「はうぅ……!!」
思わず絶叫し、仰け反った後、シノンは股間を押さえて転がった。マットの上でゴロゴロと
転がって苦しんでいる。今日一番のクリーンヒットで3ポイント追加。27対6と、
再びアカネは大量リードを手にする。自分の間合いで闘った成果だ。
(ヒロトと特訓のおかげね)
ちらり、とヒロトを見る。ヒロトは、こちらに気づかず、シノンが悶えている姿を凝視していた。
(もう……エッチでサディストなんだから……)
優位に進めている余裕か、少し拗ねた表情のアカネ。そのアカネを見てミユリの眼鏡が光る。
(このままじゃシノンは負けちゃう……なりふり構わないやり方で行くしかないわね)
ミユリはリング中央で悶えているシノンに何かサインを送った。股間強打の悶絶で涙を浮かべ、
息を荒くしてうずくまりながらも、シノンはミユリのサインを確認し、頷いた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「こ、この! 逃げるな!?」
組み合って引きずり倒そうとしているのがアカネで懸命に後退りしながら逃げているのが
シノンだ。序盤はアカネに有利な展開で進んでいった。シノンはミユリの指示を受ける
べく、今は下がり気味にアカネの突進を受け流そうとしている。
「逃がさない……うぐっ!?」
アカネが飛び込もうとするがシノンはそのタイミングを見計らって股間に蹴りを放つ。
時折、命中するが、下がりながらの蹴りなので威力はない。つかの間、アカネの動きを
止める程度である。
「イタタ……。姑息ですよ、シノンさん!」
股間をさすりながら非難するアカネ。急所に当たるので決して無事ではないが、軽くさする
程度で回復するダメージだ。シノンにとってはポイント稼ぎにはなるが、戦況を覆せる攻撃
ではない。
(現在のポイントはアカネちゃんが27、シノンが8。クリーンヒットがアカネちゃんが
2、シノンが1。電気アンマはアカネちゃんが5分、シノンが30秒……ここまでは完敗ね)
シノンの参謀であるミユリが爪を噛む。こうなったらなりふり構っていられない。
「ミユリ!」
シノンが自分のコーナーまで後ろ向きにやってくる。逃げる振りをして、ミユリの指示を
聞きにきたのだ。まだ焦りの表情ではないが、アカネの勢いに飲まれ気味であることは否定
出来ない。ミユリは何かを決心したようにシノンに耳打ちする。
(反則を使いましょう)
(え…?)
(あなたの得意なプロレス技を使うの。あれに……)
ミユリが指差したのはロープだった。シノンの得意技はいくつかあるが、それに使うのは…。
(だけど……)
(このままじゃ負けるよ!? ヒロト君を取られてもいいの?)
(わ、わかった……)
ミユリが「反則を使おう」と言うなんて。確かになりふり構ってられない。
「何をこそこそ話してるんですか!」
アカネがタックルを仕掛けてくる。シノンはとっさにアカネを抱えて後方に投げ飛ばした。
ズダン!と背中から落ちるアカネ。このあたりは流石に女子プロレスの第一人者だ。
「イタタ…。お尻打った……」
アカネが立ち上がろうとする直前、シノンがアカネを背後から抱えあげる。そして
高々と持ち上げる。
(しまった……! バックドロップ!?)
意外にもまともなプロレス技でこられ、うろたえるアカネ。慌てて後頭部を防御するが…。
「……こっちよ!」
シノンはそのまま前方にアカネの体を叩きつけた。急降下するアカネ。しかし、その
着地点はマットの上ではなかった。
「ろ、ロープ!? きゃああああ〜〜!!」
ズズ〜〜ン! とアカネ体がトップロープを跨ぐように叩きつけられた。アカネの体重と
落下の勢いで深々と股間の急所にロープが食い込む。しかもワイヤーが入ったロープに
まともに叩きつけられたのだから、大ダメージは必至だ。
「………はうぅ……!!!」
声にならない叫びを上げ、大きく仰け反るアカネの体。ロープは更に容赦なくアカネの
大事なところに食い込み、ギシギシと揺れるたびに急所を責め苛む。
「あうう…! あ…ぐぅうう……!!」
体を動かしてロープから落ちてその責め苦から逃れようとするアカネ。しかし、すかさず
シノンがアカネの体を支え、落ちないようにする。
「は……離して! 痛いの……!」
アカネは懸命にシノンを退けようとするが、
「ダメよ。もっと苦しみなさい!」
意地悪な表情でシノンはアカネをロープから下ろさせない。更に、わざとアカネに寄り
かかり、更なる負荷を与えて悲鳴を上げさせる。
「やめて! やめてよ……!」
アカネは涙を浮かべながら懸命に耐え、逃げようとする。シノンに押さえられてロープから
降りる事が出来ないので、サードロープに足を掛け、股間への負担を楽にしようとした。
しかし……。
「だめです!」
サードロープに掛けた足が無慈悲に払われる。足場を無くしたアカネの体は再び股間だけで
全体重を支える事を強いられた。再び激しくロープがアカネの股間に食い込む。
「はうう…!! み、ミユリ…さん?」
足場を外したのはミユリだった。2対1の攻撃。これは流石に反則なのでは? ヒロトが
抗議する。
「シノン、ミユリ! 反則だぞ!!」
オロオロと慌てたように反対側のコーナーで声を上げるヒロト。
「反則だって。そうなの? ミユリ」
「ううん。だって、セコンドが手伝っちゃダメだなんてルールで決めてないもの」
シノンの問いにミユリは平然と答える。
「な……! に、2対1なんて卑怯じゃないか!」
開き直った態度の敵陣営にヒロトが怒る。しかし、その様子を二人の年上の女たちは
意地悪な目で見返すだけだ。
「う……」
ヒロトは思わずたじたじとなる。
(ヒロト君って意外と押しに弱いと思うよ)
試合前の打ち合わせでミユリがシノンに指摘していた。
(そうかな?)
(そうだよ。だって、そうじゃなきゃこんな事態にはならないもの。強気に見えて
実は結構優柔不断だよ)
(……確かに、そうかも知れないわね)
もし、ヒロトが決断力のある男の子だったら自分の付け入る隙は無かったかもしれない。
(だからいざとなったら開き直っちゃえばいいの。たとえ反則を使ってもね……)
ミユリらしからぬ悪参謀ぶりにシノンは少し驚いたが、結局その通りになった。
「可哀想に。ヒロト君がもっと男らしかったらこんな目に遭わなかったのにね?」
ミユリがロープ上で汗だくになって耐えているアカネに意地悪に言う。
確かにその通り、もしここでヒロトが強引に主張すればアカネは解放されるはずなのだ。
ミユリは心理的にもアカネの戦意をくじこうとしている。頼りになる参謀ぶりであった。
やっている事はかなりの悪党だが……。
「……いいんです……これで。それがヒロトのいいところだもん……」
辛そうに息を荒くしながらアカネはニッコリと微笑んだ。強がりの笑顔ではない。
本気でそう思っているようだ。
「ヒロトが優柔不断だから……つまり優しいから私がこんな目に遭うって言うのなら、
何度でもこんな目に遭ってもいいよ。私が好きなのはそういうヒロトだもん」
逆にアカネが挑発的にミユリを見つめる。あなたの心理攻撃なんかちっとも効かないよ
……。明らかに目でそう言っている。
「そう……。じゃあ、もっと苦しめばいいのよ」
ミユリの眼鏡が無機質に光る。
「ミユリ……?」
いつもとミユリの雰囲気が違う事に気がつくシノン。ミユリはゆっくりとリングに
上がると、アカネの両足を思いっきり引っ張った。ぎゅん!とロープがしなり、
更にアカネの股間に食い込む。
「あああああぁ〜〜!!」
SMの木馬責めの様にロープ上で仰け反るアカネ。シノンはアカネが落ちないように
体を支える。この状態で落ちると逆にアカネが危険だ。
「フン……告白したぐらいでもう恋人気取り? 調子に乗らないでよね。『ヒロト様』が
誰をいたぶるかを決めるのは貴女じゃないの。ヒロト様だけなんだから」
アカネの苦悶に構わず、冷たく言い放つミユリ。彼女はヒロトの奴隷で、それはヒロト
から認められた言葉なのだ。それを自負している彼女にとっては一方的に自分だけで
告白していい気になっているアカネが腹ただしい。
「もっと痛めつけてやるから…ずっと苦しみなさいよ」
ミユリが更に体重を掛け、アカネが悲鳴を上げたその時……。
「やめろったら!」
ミユリは思い切り体を突き飛ばされた。やったのはヒロトだ。
「きゃん! ……あうっ! 」
ミユリはそのままリングから場外のマットの上に転げ落ちる。
「あっ……!」
「アカネちゃん!?」
反動でアカネの体がリング内に倒れそうになったのを受け止めたのはシノンだ。二人して
もんどりうってリング内で絡み合って転倒する。
「いたた……大丈夫?」
シノンがお尻をさする。責め苦から解放されたアカネは暫くぜぃぜぃ…と息を荒くしていたが、
「だ、大丈夫です……ミユリさんは?」
「場外に……あっ!」
ぱぁん……!! 室内に平手打ちの音が鳴り響いた。リング内の二人がその方角に注目
すると、ミユリが頬を押さえて倒れている。どうやらヒロトがビンタしたらしい。
「ひ……ヒロト…様」
眼鏡を飛ばされ、潤んだ大きな瞳がヒロトをおびえるように見つめている。ヒロトは
容赦なく髪を掴んで、自分の方に引き寄せた。
「きゃっ…! い、痛いです!!」
「俺の事をちゃんとご主人様だと分かってるようだな? ……それにしてはさっきは
随分舐めた態度を取ってくれたじゃないか?」
「あ…あれは……その……。ごめんなさい……」
「奴隷がご主人様に逆らって謝ってすむと思ってるのか?」
「い、いえ! そんな……はぅ!?」
またしてもビンタが飛ぶ。顔を見合わせてその様子を固唾を呑んで見守るリング上の
二人……。
「ごめんなさい! ごめんなさい……! だって……アカネちゃんが……」
泣きじゃくるミユリにさらにヒロトが詰め寄る。ミユリは「ひっ!」と後退るが、逃げ
ようとはしなかった。
「あんまりにも悔しかったんです……ヒロト様の事で、凄くいい顔して……だから……」
そのまま泣きじゃくるミユリ。その様子を見ながらヒロトはどうしてやろうか、と迷っ
ている様だったが、リング上の二人が自分達の様子を見つめているのに気づく。
二人はヒロトが見るとバツが悪そうに視線を逸らした。
「まあ、いいさ。この反則分は後でシノンに返してやる……。再開するぞ?」
ミユリを無理やり起こす。「は…、はい!」と、慌ててミユリは涙をぬぐった。
「え? ええ!? わ、私に……!?」
シノンは自分を指差し、驚く。だって、ミユリの作戦なのに……と、ヒロトに言い訳
しようとしたが、ヒロトは無視して自分のコーナーに戻った。
「そんなぁ〜〜」
と思わず、敵のアカネを助けを求める目で見たが、そう振られてもアカネは困るだけで
あった。
「ひっく……ひっく……」
リングサイドではミユリがまだ泣いている。男の子に叱られたのは初めてなのだろう。
そのショックが後を引いているようだ。
(これじゃあ、ミユリは使い物にならないよね……)
困りながらシノンがアカネを見るとアカネは自分のコーナー近辺でまだ立ち上がれない
様子だった。股間を押さえて仰向けに寝転がった状態で胸を上下させて喘いでいる。
さっきのロープ責めはかなり堪えた様子だ。
「今のうちにポイント差を埋めさせてもらうからね……」
シノンがアカネに近づき、その両足を広げて間に座り込み、足首をがっちりとホールド
した。アカネは抵抗しない。と言うか、出来ないようだ。
「くっ……! シノンさん!?」
「今のポイントは27対11……16ポイント差。電気アンマ時間にして4分差ね。
このチャンスに返させてもらうから」
シノンは股間を守っているアカネの手を蹴り飛ばした。そして、踵を股間にぐりっ!と
捻るように宛がう。ロープ責めのダメージが抜け切れていないアカネはそれだけで、
「うっ!」と仰け反ってしまう。
「この状態ならリーチ差がある分、電気アンマ返しは使えないよ。それに、電気アンマ
破りもさっきのロープ責めで急所を痛めた分、辛いんじゃないかな? そぉれ…!!」
シノンの反撃が始まり、振動が股間から頭上に突き抜ける。
「きゃあああああ〜〜〜!!」
容赦ないシノンの電気アンマ。そしてこの試合では初めてシノンの間合いで電気アンマが
実行された。この状態ではアカネが逃がれるにはかなりの困難がある。
シノンの言うとおり、電気アンマ返しはこの間合いではアカネには使えない。
アカネが足を伸ばしてもシノンの股間に届かないのだ。爪先でも届けばなんらかの反撃は
出来るのだが……。電気アンマ破りの方はもっと使えないかもしれない。あれは自分で
急所を相手の股間に押し付けて捻る逃げ技だ。さっき散々痛めつけられたアカネの
股間に今それを強いるのは負担が大きすぎる。
(このまま逆転されるまで待つしかないの?)
電気アンマによる快感と苦痛の狭間の領域で悶えながら、懸命にアカネは自我を保とうと
していた。しかし、耐えるのに精一杯で積極的に自分から反撃に出ることが出来ない。
「に……二分経過です……」
泣きながらも電気アンマタイムを計測しているミユリの声が聞こえる。現時点で27対
19。あと8ポイント差。あれだけ優位だったアカネの貯金が一気に減っていく。
(だけど……ああああ……!!)
シノンの電気アンマはかなりハイレベルだった。戦闘用電気アンマなので痛くされている。
しかし、逃げられないのはそれだけだからではなかった。
(痛さの中に…気持ち良さがあって……だめぇ……)
逃げようにも力が入らないのだ。これを終わらせなければならない、けど、終わりたく
ない……。
(女の子のツボを……心得てる……)
そう思わせる電気アンマだった。
「そういう特訓をしたからね……ミユリと」
シノンがアカネの内心を見透かしたように笑う。いつの間にかミユリも泣き止み、
シノンの電気アンマを見つめている。
(あれは……ある意味、地獄だわ……)
体験者であるミユリはさっきまで憎いと思っていたアカネに同情してしまう。痛さと
気持ち良さが融合して迫ってくるのだ。逃げたいのに逃げられない。期待と不安、苦痛と
甘美……この気持ちは男の子には絶対分からないし、女の子ならば誰もが理解できるだろう。
「さ……三分経過……」
はっと気づいて時計を見たミユリが経過時間を告げる。ポイント的には27対23。
後一分で同点になる計算だ。
「アカネちゃん、もう後が無いよ? さぁ、どうする?」
シノンが薄く微笑む。勿論、同点になってもアカネを放すつもりは毛頭無かった。
そのまま体力尽きるまで続けて試合続行不可能にさせるか、或いは取り返せないほど点差を
広げてしまうつもりだった。試合続行の可否はヒロトとミユリが判断するルールである。
そしてシノンの思惑通り、アカネは電気アンマで強制的に悶えさせられ、どんどん体力を
消耗している。急所も痛めつけられ、ダメージが蓄積し、電気アンマに対する耐性が落ち
ているのだ。
(もう…だめ……。ヒロト……助けて……)
口にこそ出さないが、アカネは半ば敗北を覚悟し、弱気になっている。ヒロトが助けて
くれれば……。そればかりを思いつづけていた、その時……。
「三分三十秒……もう少しで……あっ!」
同点まであと三十秒のところで、突然、ヒロトが動き出し、場外からシノンの足を掴んだ。
アカネにかけられていた電気アンマが解かれ、アカネはごろりとシノンから離れた。
「な、なにするの、ヒロト!? そんなのずるいじゃない!! ……きゃ!?」
完璧に決まっていた電気アンマを解かれ、シノンは怒り出す。それに答える代わりに、
ヒロトは反対側の足も掴んだ。立ち上がろうとしていたシノンは尻餅をつく。
「あうん…! いたた……な、なによ? ……あっ!」
シノンは今の自分が大変な状態にあるのに気がついた。ヒロトは場外からリングを支える
鉄柱の両側から手を伸ばし、シノンの両足を掴んでいるのだ。シノンの足とヒロトの腕の
中には直径5cmぐらいの細身だがしっかりと立て付けられた丸型の鉄柱がある。
「まさか……ひ、ヒロト?」
嫌な予感がしてヒロトを見るシノン。しかし、ヒロトは何も言わず、しっかりとシノンの
両足首を握りなおす。逃げられないように……。
「お前達、さっき、アカネに反則をしたよな? その分の仕返しを今させてもらう」
ヒロトはそう言うと、シノンの両足を持ち、ずるずると引き寄せた。鉄柱が内股をなで、
シノンはゾクリとする。この状態では流石にヒロトの意図が分かる。
「や、やめて…! ミ、ミユリ! 助けて!!」
シノンはおびえながらミユリを見る。ミユリはヒロトのほうに来ようとしたが、ヒロトが
一睨みすると、怯えた様に立ちすくんだ。さっきの薬が相当効いたらしい。
「いくぞ、シノン!」
「ちょ、ちょっと待って!! ……きゃあああ!!」
懸命に逃げようともがいたシノンだが、ヒロトの力には勝てず、そのままヒロトが引き
寄せる力に負けてしまう。ずるずるとお尻が滑って、鉄柱が目前に迫り、そして……。
ゴォン☆……!
非情な鉄柱攻撃がシノンの急所を直撃した。
「……〜〜〜〜〜☆!!」
先ほどのアカネと同様、声なき悲鳴を上げてシノンの体が一瞬硬直し、ぐったりと力が
抜けた。
「し……シノン……!」
思わず、ミユリが絶句して口を覆う。プロレスの試合で経験があるとは言え、かなり
消耗した後でこれをやられると、流石のシノンも……。
「う……ううん……」
半ば失神してしまうシノン。魂が抜けたように仰向けに無防備に寝転がる。しかし、
そんなシノンをヒロトは許さない。掴んだ両足首を握りなおし、シノンの股間が鉄柱に
密着した状態で引っ張る。グリッ…グリッ…。片足ずつタイミングをややずらして。
「はぅ…! うう…! だ、だめ……ヒロト!」
引っ張られてピンと伸ばされた太股が震えている。その状態で電気アンマの様に
股間を責められているのだ。これは結構、キツイ……。
「ひ、ヒロトく……いえ、ヒロト様、それは……!」
流石にミユリが止めたそうにする。しかし、
「さっき俺が止めたそうにしたら、お前はもっとアカネをいじめたよな?」
酷薄な笑顔でミユリを一瞥する。「そ、それは……」ヒロトの言い分は正しく、
ミユリは口ごもってしまう。責め続けられるシノンは髪を振り乱しながら懸命に
股間責めに耐えている。さっきのアカネの様に全身が汗だくだ。
「アカネ、来いよ。二人でやろうぜ」
リング上でぐったりと体力回復に努めていたアカネに声をかける。
「う、うん!」
ヒロトが作ってくれた仕返しの機会。それを二人で出来る嬉しさにアカネは体力の
消耗を忘れ、場外に出てヒロトに渡されたシノンの右足を両手で握った。
「そ、そんなぁ〜……ずるいよ……」
シノンが不安そうな表情で二人を見る。この上、ツープラトン攻撃を受けるのは…
「何言ってる。鉄柱が濡れているのは気のせいか?」
「え?」
ヒロトの指摘どおり、鉄柱近辺は大変な事になっていた。陰部をこすり付けられて
いる鉄柱はもちろん、エプロンサイドもびっしょりと濡れている。
「こ…これは…責められたんだもん。汗だってかくよ…」
シノンが全く言い訳にならない嘘をつく。このぬめり具合が汗なわけが無い。ヒロトと
アカネが顔を見合わせて笑っていた。そうされると嘘を指摘されるより恥ずかしい…。
「それに鉄柱攻撃された時、シノンさん、実はそんなに痛くなかったでしょ?」
アカネが意地悪な目で見る。
「な……! 馬鹿なこと言わないで。い……痛かったんだから……」
真っ赤になりながら抗弁するシノン。しかし、アカネの言う通りだった。無論、痛くない
わけはなかったが、悶えていたのは必ずしも苦痛のせいではなかった。
「気持ち良かったんでしょ? 白状したら? シノンさんって本当はマゾだもんね」
「そんな…! あ、あなたがどうして決めつけられるの…!?」
調子に乗ってシノンを言葉責めするアカネに、シノンは反抗するが、どこと無く、
言葉は弱々しい。アカネの指摘は全部当たっているからだ。
「だって、私もあんな風にヒロトに責められたら……濡れちゃうかも知れない……」
アカネはかぁ〜っと頬を熱くさせながら言う。隣で聞いているヒロトも真っ赤だ。
「でも…でも……」
ついに堪えきれず、シノンは泣きながら言う。
「は、白状するから、これはもう許して……グリグリはやめて欲しいの……。だって、
濡れてても、やっぱり痛くて……」
二人に懇願するシノン。確かに鉄柱責めはさっきのロープ責めに以上に厳しいかも
しれない。しかも、アカネの時と違ってヒロトは助けに入ってくれないのだ。
「ヒロトにいじめられて気持ち良かったのは事実よ。濡れちゃったし……。だけど、
それを差し引いてもこの責めはキツイの……。それを二人でやられたら、あたし……」
それだけ言うとシノンはさめざめと泣いてしまった。アカネにもミユリにもシノンの
今の気持ちは良く分かる。もし自分がされたら…。いや、自分がされなくとも、
自分と同じ女の子であるシノンがされると思うだけで、辛い気持ちになってくる。
だけど、ヒロトは許してくれるだろうか?
アカネはヒロトに呼ばれた時は嬉しくてシノンを言葉責めしたが、それを思うと
さっきの反則を許してあげてもいいぐらい、同じ女の子としてシノンに同情的に
なってきた。だが……。
「だめだね」
非情なヒロトの宣告がシノンに告げられた。アカネにもミユリにもズン…と心に
重く響いてしまう。勿論、当事者のシノンには……。
「シノン、お前はさっきのアカネへの反則に対するの罰を受けなければならない。
これから俺とアカネで一分間、この状態でグリグリ攻撃してやる。それで償いに
してやるよ。アカネ、一分でいいな? それとも二分にするか?」
アカネの方を向いて聞く。突然振られて、アカネは飛び上がりそうになった。
「い、一分でいいよ! 三十秒でもいいぐらい……だから……」
あたふたと答える。自分がされるわけではない。むしろ宿敵がされるのだが、
可能な限り、一秒でも短くしてあげたかった。無機質な鉄柱でグリグリされ、
痛いのに無理やり気持ち良さを感じさせられて、苦痛と快感の狭間を漂わさせられる。
女の子としての尊厳を根こそぎ奪われるような、これ以上の責めは、アカネとしても
見るに耐えなかった。シノンもその言葉に少しホッとした表情を見せたが…。
「わかった。二分だな」
「な……!?」
「ヒロト…!?」
「ミユリ、ちゃんと測れよ。一秒でも不正したら、最初からやり直すからな」
「は、はい! で、でもぉ……」
アカネはもっと短くと言ったのに……。もしかしてヒロトの言い間違いだろうか?
だけど、それを聞き返す勇気はミユリには無かった。
「し、シノン……さん。わ、私…さっきの反則、許してあげても……! それとも、
普通の電気アンマで仕返しとかじゃダメなの?」
アカネが懇願するようにヒロトに言うが、
「ダメだ。これは復讐なんだからな。シノンが気持ち良くなる事をしてどうする?」
「でも! でも…!! ちゃんと磨いてあるけどこれは鉄柱なんだよ? これで
電気アンマされるなんて……可哀想だよ……」
アカネはシノンを気遣う。だが、シノンはアカネにニッコリと微笑んだ。
「いいの……ヒロトの言うとおりにして」
「シノン!?」
ミユリも駆け寄ってきた。ヒロトは怖かったが、シノンの事はもっと心配だった。
「大丈夫。ヒロトは非道い男の子だけど、限界を超えてまではしないから。それに、
アカネちゃんが許してくれても、やっぱりヒロトは虐めようとするよ。だって私達の
好きになった人は暴君だもん。えっちで優柔不断で浮気者の暴君」
覚悟を決めた笑顔でクスクス笑う。確かにヒロトはそんな感じの暴君だ。まだ戦いの
途中だが、この時は同じ男の子を好きになった女の子同士の気持ちが通じ合ったような
気がした。