【3.姉はS、妹はM?】  
 
 
「レフェリーはどこに行ったのかな?」  
私たちの対決には必ずレフェリーがいる。その人はまだこの部屋には来ていない。  
リング上で理緒が準備運動をしながら入り口の方を見る。  
理緒の動きはかなり良かった。絶好調の様子。私もいい感じで動けていた。これでまともな  
勝負をやったらきっといい試合になるのに――と私はちょっと残念に思う。  
 
「さっき私と入れ替わりにロッカーに入ったから、もうすぐ来ると思う……」  
私はそのレフェリーの事を思い出し、少し頬を紅潮させた。私が理緒と対決する理由の一つが、  
そのレフェリーなのだ。彼に会えると思うだけで気持ちが高まってくる。  
 
レフェリーの名前は金藤祐一さん。二十台半ばの現役プロレスラーだ。身長は190cm  
近くあり、均整の取れたバランス型レスラーであった。理緒の所属する女子団体と提携する  
男子団体のの人気レスラーで特に女性人気が高かった。理由は――。  
 
「お待たせ、美緒ちゃん、理緒!」  
慌てて入ってきた祐一さんはレスラーパンツとリングシューズ姿だった。通常の試合用に  
使っているものだ。レフェリーなのにこの姿なのは私たち姉妹のリクエストだからだ。  
(だって、この方がセクシーでカッコいいんだもん♪)  
理緒の意見に全く賛成だった。祐一さんは苦笑いしながら同意してくれた。  
 
そしてその顔は――私は彼の顔を見ると体が熱く火照ってしまいそうになる。  
端整な鼻筋の通ったマスク、意志の強そうな瞳、自然なウェーブの掛かった髪――そう、  
彼はプロレス界でトップクラスのイケメンレスラーなのだ。  
 
(それに、顔だけじゃなくて――いい人だし、優しいし――♪)  
想像しただけで私はもじもじしてしまう。  
――もう隠すまでも無いだろう。私は……彼にゾッコンなのだ。  
 
「祐一、遅いよ〜、何してたの?」  
理緒が咎めるが顔は笑ったままだ。この二人は『元』恋人同士で、3ヶ月ほど付き合っていたが  
突然、別れたのだ。急な破局に私も驚いたが、その後も理緒は親しげに祐一さんに甘えるし、  
祐一さんも笑顔で応えるので、私にはこの二人が本当に別れたのか、疑問に思う事があった。  
(そう? でも、私たちはもう付き合ってないよ。友達だけどね)  
理緒は何故か事ある毎にそう強調していた。  
 
「祐一〜、美緒ばかり贔屓しちゃダメだよ?」  
「な、何で俺が……?」  
「だって、最近怪しいじゃん、あんた達」  
「り、理緒ったら……!」  
いきなり理緒に祐一さんとの仲を探られ、私はドキッとする。普段から優しく接してくれては  
いるけど、祐一さんと私は付き合ってる訳ではない。勿論、どちらかから告白した事もない  
……と言うか、そんな事、恥かしくて出来ない……。  
 
「美緒、何真っ赤になってるの?」  
理緒のからかう声が聞こえて、私はハッと我に帰る。理緒を見るとニヤニヤと笑っている。  
祐一さんは鼻の頭を擽ったそうに掻いていた。理緒が肘で祐一さんのお腹をつつく。  
だから……そんな関係じゃないってば……(汗。  
 
「祐一は嬉しいよね〜? 美緒のエッチな姿を沢山見れるんだから♪」  
はい……? 理緒の不穏な言葉が聞こえ、私は恥かしげに俯いていた面を上げた。  
「り、理緒……そんな沢山だなんて……」  
「この女子レスラーのコスチュームはどう? 祐一の為に美緒に着て貰ったんだから」  
う……そう改まって言われると……私は急に恥かしくなり、内股になって体をもじもじさせた。  
祐一さんも私が意識しているのが分かったようで、コホン、と咳払いをしながら視線を逸らす。  
「この姿で美緒は電気アンマされるんだよ〜。祐一、嬉しいでしょ?」  
(だ、だから、そんな事を強調しないで〜!)  
私は心の中で叫んだ。祐一さんも目のやり場に困っている様だ。  
 
「この前は一回で終わったけど、今日は何度も見れるよ。そういうルールだからね」  
え……? 私は理緒を見て目を見張る。  
「り、理緒……それはどういう……」  
「今日の試合はね〜、オンリーフォールマッチなの。プロレスらしくね♪」  
「オンリー……フォール?」  
そんなルール、聞いた事が無かった。祐一さんを見ると彼も不審そうに首を傾げる。  
確かにフォールと言えばプロレスの勝敗決着の手段だ。3カウント相手の両肩をマットに  
つければ勝ち。最も基本的な決着方法である。だけど、それだけがプロレスじゃ……  
「だ、だって……ギブアップとか、失神とか、レフェリーストップとかは……」  
「もちろん、認められないよ。フォールだけだもん」  
しれっと理緒が言う。祐一さんも唖然とする。そんなルール、聞いた事が無いからだろう。  
(完全決着のオンリーギブアップならともかく――オンリー……”フォール”?)  
それって、どういう事だろう……。理緒の悪戯っぽい笑顔を見ながらちょっと頭を巡らせると  
――脳裏に不穏な想像が満ちてきた。  
 
フォールだけの決着。一見クリーンなファイトに聞こえるが、理緒は打撃・関節・絞め・反則と  
言ったハードな要素は取り入れないと言っていない。  
通常ならそれらの技を受けて限界に達した時は、自分からギブアップするか、レフェリーが  
止めてくれるか、最悪失神すれば、負けにはなっても苦しみからは解放されるのだが――  
決着方法がフォールしかないと言う事は、相手がそうしてくれない限り、闘いは続くと言う事だ。  
 
「理緒――」  
私は思わず、薄く笑って蛇の様にこちらを見ている理緒を見る。  
この前の対決の失神後に理緒が「次はこの程度じゃ済まないよ……」と呟いていたと祐一さん  
から聞いた。つまり今回は、例え電気アンマで失神させられても、理緒がフォールしなければ  
私は引き起こされてまた電気アンマされる可能性があるのだ。勿論、ギブアップしてもだめ  
――泣こうが喚こうが理緒がフォールしてくれるまでは誰も助けてくれない。  
レフェリーストップは無いのだから――。  
 
「フフフ……電気アンマだけじゃないよ」  
理緒が真正面に向けて蹴り上げる真似をする。格闘家ではない理緒の蹴りは、素人丸出しの  
垂直蹴りだが、その鋭さは決して馬鹿には出来ない。そして……それは最短距離で私の股間に  
命中するのだ。  
(う〜〜〜……)  
私はそれを見て思わず股間を庇ってしまう。  
立ち技系格闘の試合や練習で急所直撃の蹴りを食らうのは上級者でも少なくない。  
そして、その加害者は初心者である事が多かった。  
 
一般に股間の急所を蹴るのは格闘技では反則なので、選手がローキックの練習をする時は、  
脛や太股の内外に角度をつけて打ち込む。決して垂直に蹴りあげたりしない。  
しかし、初心者はその練習を積んでないので、ともすると蹴りを垂直に打ち上げたりする。  
えてして、そういう蹴りが受け側の意表を突いてまともに股間を直撃したりするのだ。  
 
理緒には言わなかったが、私にもそれをやられた経験は何度かあった。その苦悶は、やられた  
者でないと計り知れない。体の中心に位置して一番避けにくい場所に対し、死角である真下  
から急所に直撃を食らうと、一瞬目の前が真っ白になって飛び上がってしまう。  
その後は身も世もなく恥かしい痛さにのた打ち回るだけだ……。  
そして、理緒の蹴りは、まさしくそういう蹴りだった。彼女の場合は決してただの偶然では  
無いだろう。偶然を装って蹴ってくるか、或いはあからさまにニヤつきながら蹴ってくるか  
――レフェリーに試合を止める権利がない以上、彼女にはどちらでも良い事だった。  
私を急所攻撃で嬲れるのなら、それでいいのだ――。  
 
私はレオタードがちょっと食い込んでいる自分の股間に軽く手をやってみた。鍛えようの無い  
そこは柔らかく頼りない。そのクレバスの部分に蹴りが当たると、その奥に繋がる子宮に至る  
まで、女の子のモノ全体がキュ〜〜!と締め付けられるような痛さを感じてしまうのだ。  
恥骨の部分は硬いが、ここに当たったら当たったで、下半身全体が痺れ渡るような衝撃で動きが  
止まってしまう。近くにあるお尻の穴も当たったらダメージは大きい。  
 
理緒の指示でファウルカップは勿論、スポーツショーツすら着けていない。  
そこを守ってくれるのはこの薄手のレオタード一枚だけ――それは動きやすい伸縮素材で  
作られているが、女の子の急所を保護してくれる機能は全く無い――。  
ここだけは攻撃しないで欲しい、という部分を一つだけ挙げろと言われたら、私は即座に  
ココを指差すだろう。恥かしさと痛さに同時に支配される屈辱感――出来ればしたくない  
体験だ。  
 
だけど、意地悪な理緒はわざと狙ってくると言っている――。  
(どうしてあんなぶっ飛んだ性格になっちゃったんだろう……?)  
同じ遺伝子で生まれたはずなのに、理緒と私は性格が正反対なぐらいに違っていた。  
理緒は普段から意地悪なわけではない。だけど、ともすれば私に性的なイジメをしようとする。  
自分の決めたルールで私をいたぶると言う絶好の機会を最大限に利用しようとするだろう。  
 
(困っちゃうよぉ……)  
私は理緒の顔を見ると泣きそうになってしまう。  
理緒は私の視線に気がつくと、にやっと笑ってわざと私の股間をじっくり見つめる。  
「フフフ……電気アンマと急所攻撃。最初はどちらにしようかなぁ〜?♪」  
楽しそうに私に聞こえる声で呟く理緒。ペロリ、と唇を舐める姿は獲物を前に舌なめずりする  
蛇の様に見えたのは気のせいか。私はその前で竦まされて震える子ウサギなのだ……。  
 
しかし――。  
そんなに理緒のイジメがいやだったら逃げればいいのに、何故それをしようとしないのか?  
双子の姉に電気アンマや急所攻撃で弄ばれる屈辱感と背徳感――それに愉悦を感じるのは、  
必ずしも虐める側だけではない事を、この時の私はまだ気づいていなかった。  
 
 
【4.理緒の初体験〜急所攻撃】  
 
 
(フフフ……美緒ったら、怖がっちゃって♪)  
その可憐さに私はサディスティックな欲望に身震いする。祐一を見ていると、困ったような  
表情をしながらも、内心の期待が滲み出てるのが分かった。――こいつ、スポーツマンの癖に  
ムッツリスケベなんだから。  
 
美緒は急所攻撃に狙われている自分の股間を意識するように時折手で守る仕草をする。  
そうする事によって自分が意識してるのがバレるだけだと言うのに――でも、その気持ちは  
私にも良く分かった。私もプロレスの試合で狙われたからだ。  
(ディアナの急所攻撃――最近私以外の試合でもしているようだし)  
私はディアナ=ハミルトンとの試合を思い出し、少し眉を顰める。彼女とは私のデビュー戦  
以来の腐れ縁。そのうちにコテンパンに叩きのめしてやろうと思っている。  
(初めて急所攻撃を受けたのも、ディアナからだった――)  
今でも思い出せば鮮烈に蘇るあの衝撃――私は一生忘れないだろう。  
 
 
          *          *          *  
 
 
その日――。  
私はデビュー戦を迎えた。若干15歳、しかも美少女(一応……)アイドルレスラーのデビュー  
と言うことで、この試合には結構注目が集まっていた。  
相手はディアナ=ハミルトン。20代半ばの中堅レスラーで”ダーティ・ディアナ”の異名を  
持つヒールレスラーだ。プロレスの実力はまぁそこそこだが、ブロンド美人系のヒールは珍しく、  
ハイレッグスタイルのセクシーなコスチュームで人気は高かった。  
アメリカでは普通だが、日本ではそのパワーが生きるのでこちらの巡業に加わる事が多い。  
 
まぁそこそこレベルのレスラーではあるが、10代半ばでデビュー戦の私にはなかなか手に余る  
相手だと思われていた。私が大人のレスラーの胸を借りてどこまで粘れるか、雑誌でも勝敗より  
試合内容の方にポイントが置かれた展開予想の記事が掲載されていた。  
だが、蓋を開けて見ると、デビュー戦の私は緊張気味ながらも体のキレが良く、経験もあり  
体格でも上回るディアナを圧倒していた。軽快な動きでドロップキックを叩き込み、固め技を  
次々と仕掛けていく私の姿に場内も大いに沸く。  
 
しかし、やはり体格の差は如何ともしがたく、私は技をかけるたびにディアナに跳ね飛ばされて  
いた。時折、ディアナのパワー系の技で抱えあげられてマットに叩きつけられ、私も苦悶に  
呻いたが、それに耐える練習は十分に積んでいる。モデル体型の外国人レスラーのスタミナが  
尽きてくれば、私には大いに勝機が見えてくるのは必然だった。  
 
だが――。  
私は試合に夢中になるあまり、ディアナが”ダーティ・ビューティ”の異名を持つレスラー  
である事を忘れていた。そして、それは突然来た――。  
 
コーナーにディアナを釘付けにした私は一旦間をとってロープを掴んだ。そして、その反動を  
利用して真横に飛び、太股で相手の首を挟んだ状態で勢いと自分の体重を利用して180度  
回転する。ディアナの体がくるりと回って天地がひっくり返った。  
「……やぁ!!」  
ズダーン! とフランケンシュタイナーが決まり、ディアナの180cm近い体がマットに  
叩きつけられる。観客が大いに沸き、私も会心の技が決まり有頂天になっていた。  
そして起きてこないで呻いているディアナを引き起こそうと不用意に近づき、髪を掴んで  
持ち上げたその瞬間だった――。  
 
グワン……☆!!  
 
私の体は股間から脳天まで突き抜ける衝撃に一瞬にして硬直した。目の前がフラッシュの様に  
一瞬真っ白になった後、気が遠くなるように視界が暗くなった。  
何らかの声を上げたには違いない。しかし、それは人の聞こえる周波数を越え、言葉として  
聞こえなかった。  
 
「…………うっ…………あっ…………!」  
そのまま、私は何が起こったのかを理解できず、ただ猛烈に痛む所を両手で押さえて内股に  
なりながら膝から崩れていった。衝撃を受けた場所はすぐに理解できた。股間の急所だ。  
急所ではあるが、レオタードとアンダーショーツだけしか守るものが無い場所――そこに  
まともに何かの強打を受けたのだ。  
膝をついて呻きながら私はお尻を突き出すような格好で全身をピクピクと震わせる……。  
 
"Fuck you! ......A-Han♪"  
 
ディアナが嘲り、拳を立たせて折り曲げた右腕を左手でぴしゃりと叩いて仁王立ちしていた。  
あの拳に打たれたのだ――と私は遠くなりそうな意識で思っていた。  
髪を掴んで引き起こそうとした時に、突然ディアナが目を光らせ、立ち上がり様に私の股間を  
下から一撃したのだと、後からセコンドについていた先輩に聞いた。  
その時は状況は全く分からず、ただディアナに急所攻撃を受けて全身から脂汗を流して痙攣  
している事だけしか自覚できなかった。  
 
それは――私が初めて受けた急所攻撃だった。  
日々積み上げた練習の中で技の苦痛に耐える訓練もしてきた。だから大抵の技は受けても  
反撃できるはずであった。  
しかし――その自信は一発のローブローで吹っ飛ばされてしまった。急所攻撃は反則である。  
これに耐える練習などするはずが無い。それに、そんな事をした所で急所攻撃に耐性が出来る  
とも思えない――そう思わせる痛さだった。  
物凄い衝撃に目が眩んだが、そのタイミングと狙いの正確さも私にとっては予想外だった。  
ディアナは狙っていたのだ。私が油断して調子に乗る機会を――。  
 
「うううっ…………くっ……!」  
「フフフ……痛かった?」  
「……え? …………うっ!」  
全身から吹き出る汗でぐっしょりと濡れた私の髪を掴んでディアナが日本語で囁きかける。  
彼女は日本での興行が長く、日本語も達者なのだ。だが、普段は観衆向けに日本語では  
話さない。親しげに日本語で話しかければ悪役イメージが壊れるからだ。  
つまり――彼女が日本語で話しかけると言う事は、私にだけ聞こえるように喋っていると  
いう事で、それは私に対する明確な挑発に他ならなかった。  
観衆はディアナの卑劣な反則に大ブーイングで、彼女の囁き声は私以外に聞こえない。  
 
「ここって物凄く効くでしょ? しかもあなたは完全に油断してたしね――不意に無防備な  
急所を一撃された気持ちはどう?」  
ディアナは髪を掴んで引き起こすと股の所の布を掴みながら言う。ブレーンバスターが来る  
――と分かっていても私には抵抗が出来なかった。  
「こんな技を使うなんて……卑怯者!!」  
私は辛うじて出た声をディアナを罵る事に使った。しかし、ディアナは罵られてにんまりする。  
「私はヒールだもの。可愛い娘ちゃんをいたぶるのは当たり前でしょ?」  
「ふ……ふざけないで……。きゃああ!?」  
体がふわっと浮いたと思うと、頂点からまっ逆さまにマットに叩きつけられた。  
「ぐっ……!!」  
肩と背筋を痛める。どうやら垂直落下式で落とされたらしい。その後もディアナは私が  
動けないのをいい事にボディースラムやパワーボムでマットに叩きつけた。私の軽い体は  
何度もマットに跳ね返り、その度に衝撃の大きさに呻いていた。  
 
「ワン! ……ツー!! ……スリー!!!」  
カンカンカンカン――! レフェリーのスリーカウントと同時にゴングがけたたましく鳴り  
響き、私のデビュー戦の黒星が決まった。  
決まり手はパワーボムからのフォール。しかし、敗因はあれしかない。試合の流れを大きく  
変えた急所攻撃だ。あれを食らった私はその苦悶に耐えるためにスタミナを大きくロスし、  
しばらく思考が鈍っている間に畳み掛けられ、反撃しようにも下半身に力が入らずに一方的  
展開で負けたのだ。  
 
終了直後、観客に挨拶も出来ずに先輩に肩を貸してもらいながら花道を去る私――。リング  
上ではディアナが満員の観衆からブーイングを浴びながら英語でパフォーマンスを演じていた。  
私は通りがかった観客に「デビュー戦でよくやった」「次も頑張れ」と慰めの声援を貰った  
だけだった。  
(今日はディアナがスターなんだ)  
卑劣な急所攻撃を使ったくせに――私の目から思わず涙がこぼれる。しかし、観客の目は  
ディアナに釘付けなのだ。プロレスは必ずしも正義がスターとは限らない。  
ディアナは反則を厭わず勝利を目指すダーティ・ヒロイン。  
試合の勝者だけでなく、真の勝者も彼女なのだと、私はその時に思い知らされた。  
 
 
          *          *          *  
 
 
この体験以降、私は急所攻撃と言う『技』が頭から離れなくなってしまった。  
練習の時も試合の時も思わず相手のその部分を凝視してしまう。技の掛け合いで体が絡まった時、  
相手のスパッツが食い込んで盛り上がった股の部分を見ると思わず拳を固めてしまう事が  
時折あった。すぐに我に返り、実行に移す事は無かったが。  
 
(もしあの時、あそこにパンチを叩き込んでいたら――どうなったんだろう?)  
私は一人で風呂に入っている時、不意にその日の練習で仲の良い小雪先輩の股間を目の当たりに  
した時の事を思い出した。  
 
 
 
その時は、私が倒れているのを小雪先輩が髪を掴んで引き起こそうとする状況だった。  
丁度、ディアナに食らった時の反対の状況になる。その時の私には先輩のスパッツの股間が  
大写しに見えていた。  
 
(今だったら――狙える)  
小雪先輩はよもや私が股間攻撃を狙っているなんて想像もしていないだろう。  
警戒心も無く不用意に近づいた状態――この前の私もこうだったに違いない。  
(やってみようか――)  
私は心臓がドキドキと高鳴っていくのを感じていた。直撃弾を食らわせるのは簡単だ。目の前に  
ある相手の急所を力一杯殴りつけてやればいい。そうされて悪いのは小雪先輩だ――先輩が油断  
しているから急所攻撃を食らうのだ。そう思って拳を固めようとしたその時――。  
 
「どうしたの、理緒――? 体の調子が悪い?」  
見上げると心配そうに私を覗き込む小雪先輩の顔が見えた。試合中や練習中の厳しく真剣な  
表情とは違う、優しく気を使ってくれる表情――そう言えば、私が急所攻撃を食らって負けて  
泣いてたのを、ロッカー室のベンチで慰めてくれたのはこの人だっけ――その時は私の股間の  
状態も心配してくれていた。  
「なんでも……ありません」  
一瞬前まで込み上げていた悪意がスッと引いていく。やらなくて良かった……と、ちょっと  
ホッと一息ついた。――その時は、だけど。  
 
 
 
(やっぱり、やってやれば良かった――)  
私は湯に身を浸らせながら自分の股間を軽く筋に沿ってなぞった。もしあの時、込み上げてくる  
情念に従って先輩のココにパンチを叩き込んでやっていたら――。  
小雪先輩は驚くだろう。後輩に優しくて面倒見のいい先輩。その一番可愛がっていた後輩に  
いきなり急所攻撃を受けたら――私は、股間を押さえてのた打ち回った後、信じられないと言う  
表情を浮かべて怯えたように私を見つめる小雪先輩の姿を想像した。その時の私はきっと悪魔の  
様な残酷でいやらしい表情で仁王立ちしているに違いない。  
そして生贄の先輩を見下ろしているのだ――優しくて面倒見がいいだけでなく、可愛い顔立ちの  
先輩――いわゆる美少女系ではないけど、どこにでもいる可愛いお姉さんタイプの親しみがある  
小雪先輩――そう、小雪先輩はステキなのだ。情欲の対象としても――。  
 
「う……ん……」  
私は先輩が股間を押さえて苦しむ姿を想像し、自分のそこをいじって悶えていた。  
(私は――何をしているのだろう?)  
もう一人の私が風呂で自分を慰めている私を見て狼狽する。  
情欲にも色々ある。だけど、小雪先輩が急所攻撃を受けて苦しんでいる姿を想像して自慰に耽る  
女の子がどこにいるだろう?  
そして、それはその時だけではなかった。  
(あの時も……そうしてたっけ)  
私はディアナ=ハミルトンとの試合後、自宅のベッドでオナニーしていた事を思い出した。  
その時は――自分が急所を打たれたシーンを見ながらしていたのだ。  
 
 
 
その日――。  
部屋の明かりを消し、テレビ画面だけがポッカリ浮かぶ状態にしてから、当日の録画中継を  
収めたビデオを回した。そしてそのシーンの近辺まで早送りし、そこで止めて私はパジャマの  
ボタンを外して下を脱いだ。ショーツも脱いでしまい、ボタンの外れたパジャマの上を羽織って  
いるだけの姿になると、私はビデオの再生ボタンを押した。  
 
フランケンシュタイナーで倒された黒いレオタード姿のディアナが手前に映っており、白い  
レオタード姿の私の姿がゆっくりと近づいて彼女を起こそうとしている。  
(確かに、隙だらけだよね――)  
私は思いながら次の瞬間を待った。この日のスイッチャーとカメラマンは神掛かっていたに  
違いない――その瞬間、絶妙のカメラワークで私の股間はズームアップされ、画面に大写しの  
状態でディアナの股間攻撃が炸裂していた。  
(――――!!)  
当の受けた本人だから当たり前かもしれないが、何時間か経ったその時でも鮮烈に思い出す。  
あの急所攻撃初体験の衝撃を。  
 
私はインパクトの瞬間でビデオを一時停止にする。高画質のHDDビデオは、ディアナの拳が  
私の白いレオタードに包まれた割れ目の部分にしっかりと食い込んでいる姿を鮮明に映し出して  
いた。こうして大型液晶ディスプレイに反映されると自分のことながらドキドキと胸が高鳴って  
しまう。――いや、自分の事だからか。この放送は深夜録画とは言え全国中継であり、この  
映像を見ている人たちが一杯いる可能性があるのだから――。それを想像すると私は被虐心に  
体の奥をチクチクと突かれる感じがした。  
 
(そうやって……私は自分を慰めたんだったっけ)  
私は下半身裸で自分がやられていたシーンを見ながらオナニーしていた自分と、今、先輩が  
やられている姿を妄想しながらオナニーしている自分をオーバーラップさせてより深く自分を  
慰めていく。  
こんな事をしていてはいけない――そう思う心はあったにせよ、一瞬で消えていた。  
ただただ、被虐心と嗜虐心が交錯し複雑に醸しだす美味なる欲望に溺れていた。  
 
 
(なんだか……たまらない……)  
あの日の夜の事を思い出しているうちに、私はディアナにやられたシーンをもっと鮮明に  
思い出したくなって、湯船から上がった。  
そして適当な感じで体をバスタオルで拭い、自室に戻る。そしてそのままベッドに倒れこんだ。  
いい加減に撒きつけただけのバスタオルの裾が乱れ、結び目の方である右側は殆ど全裸に  
なっている。股間の部分も正面からは隠れているかもしれないが、足を軽く開けているので  
下からは丸見えだろう。洗いざらしの髪が肩に掛かりくすぐったい――私は天井のライトを  
見ながら、長い間風呂に入りっぱなしで上がっている息が落ち着くのを待った。  
 
(さて……と)  
私は息が落ち着くと、体を起こし、ベッドの上で膝立ちになって全身鏡の方を見た。  
そこにはバスタオルを巻いただけの私の姿が余すところ無く映し出されていた。  
(あの時は……こうされたんだ――)  
私は自分の拳をギュッと固める。これからやろうとしている事に、手だけでなく体が震えた。  
私の肉体はその主人である私が何をしようとしているか分かっている。だから怖くて震えて  
いるのだ。  
 
私がバスルームでのオナニーを中断して自室に戻ってきたのはあの日の様にビデオを見るため  
ではなかった。あのシーンを実際に『再現』するためだった。  
あの急所攻撃の被害者は自分だ。だから今回もそれは同じ。加害者はいない。誰かが代わりに  
やってくれないとシーンの再現はできない。勿論、そんなのを頼める人などいなかったが……。  
 
(だったら……自分でやればいい――)  
 
私は膝立ち状態で軽く足を開く。しかし、なかなか上手く開けられなかった。体のほうが  
どうしても内股になろうとするのだ。私の体は私の急所を守ろうと懸命に私の意志に抵抗する。  
それは当然の本能だった。しかし、最後には意志の力が勝つ。私はどうにか、自分の足を少し  
広げる事が出来た。大股開きではないが、急所攻撃を打ち込むには十分な開き加減だ。  
(ゴメンね、私の体――)  
クスクス……と私は思わず忍び笑いした。プロレスラーは肉体が悲鳴を上げるのを如何に  
我慢して鍛え上げられるか、それが練習の基本だった。その習慣がこんな所で役に立って  
しまうとは、皮肉なものだった。無論、急所攻撃を耐える訓練などするはずが無いが。  
 
私は意を決すると、握った拳を大きく振り上げた。そして目を瞑って思い切って打ち下ろす。  
ひゅん……自分の放った拳の風切り音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、私は下の方で大きな  
衝撃を受けた事を自覚した。  
 
パァァァァ……ン……!  
 
「☆%#◆%〇#……!!!」  
私は声なき悲鳴を上げ、股間を押さえて体を縮り込ませた。太股はキュンと内股になって股間を  
押さえている手を挟み、全身が萎縮した拍子にバスタオルはパラリと落ちた。急所を打った  
衝撃で体はプルプルと小刻みに震えている。額からは冷たい汗が滲んできた。あの時程ではない  
にせよ、あの時と同じ状態になる。私のパンチは見事に自分の股間を捉えたのだ。  
 
(ま、まともに……当たっちゃった……)  
その意図はあったとは言うものの、本当はもう少し手加減するつもりだった。しかし、力加減が  
上手く行かなかった。私も舞い上がっていたのに違いない。自分で自分の女の子の急所を打つ  
と言う背徳的で危険な行為に。  
 
「ううッ…………アウッ……。……ん……」  
混濁する意識の中、私はディアナにされた時の事を思い出そうとした。しかし、それよりも今の  
痛みに意識が集中する事を余儀なくされていた。とても他の事を考える余裕はない。  
しかし徐々に、この急所を打った時独特の恥かしさと切なさを私の中の被虐心が快感に変え、  
そして今度は自分で自分をいじめる自虐の罪深さもあわせて私の心を支配した。  
(こんな事をして悶えるなんて――変態)  
もう一人の私が私を蔑む様に見ている気がした。  
違う――痛いから悶えてるの――私はもう一人の私に抵抗するように言った。  
勿論、すぐにバレる嘘だ。もう一人の私は呆れたように溜め息をつく。  
 
「ハァ………ハァ……ハァ…………」  
私は股間の痛みに悶えながら割れ目の部分に指を入れそれに沿うように動かした。クリトリスに  
触れ、ビクン……!! と体に電気が走る。痛みと快感が入り混じり無秩序に様々な感覚に  
支配される私の体――だんだんと痛みと快感の境目も曖昧になり、脳に送られてくる刺激が  
そのどちらでもなく、どちらでもあるような不思議な感覚に私は支配されていた。  
 
(ディアナ……次は絶対に仕返ししてやるから――)  
私は急所攻撃を見舞ったディアナに復讐する事を固く誓った。ディアナのあのダイナマイト  
ボディが自分の得意技である股間打ちで悶える姿――いつも悔しい思いをさせられている私が  
それをすれば場内は盛りあがるだろう。同僚達にも彼女の急所攻撃の被害者は多い。おそらく  
みんなが支持してくれるはずだ。それを思うと痛快な気分になる。  
(例え泥沼になったって、絶対に引いてやらないんだから)  
ディアナの股間を蹴っ飛ばせば、彼女もまた仕返しに来るだろう。下手をすれば急所の蹴り  
あいに終始するという、プロレスとは程遠い展開になるかもしれない。でも、それでも引け  
ないのだ。  
 
(あいつ――嗤ってた)  
私が股間を押さえて苦しんでるのを見て。そして楽しそうに囁いたのだ。「痛かった?」と。  
そんなのは同じ女の身だから分かるはずなのに――白人でも黄色人種でも女の子の急所を  
打った痛さは同じ。物凄く痛い事を知ってるくせにわざわざ聞いてきたのだ。日本語で。  
(あいつが急所を打った時って、何語で悲鳴を上げるんだろう?)  
"Oh! my cunt!"とか叫ぶのだろうか。私と同じように聞こえない悲鳴を上げた後、苦悶の  
呻き声を上げるのだろうか。自慢のブロンドが汗だくの額に張り付き、ノーブルな鼻筋に  
苦悶の皺を寄せて、プレイメイト並みのボディを艶めかしく悶えさせているディアナの姿。  
それが如実に見えたような気がして私はクスクスと笑ってしまう。  
 
そしてまた――。  
 
(小雪先輩にも――必ずしてやるから)  
私は暗い情念でそれも心に固く誓っていた。ディアナの様に露骨にやるのは体面上まずい。  
だけど、練習中には股間を打つアクシデントはいっぱいある。それを悟られないで故意に  
やってやる。  
初日は一回。二日目は二回。一日置いて四日目には三回――。  
その頃には流石に小雪先輩も気がつくだろう。ここ数日で急に股間を打つアクシデントが  
多くなった事を。そしてそれが全て私が絡んでいる事も。  
 
そうして私を見る目に不審の色が混じった時、私は告白してやる。狙ってやっている事を。  
先輩は驚いて悲しむに違いない。だけど、それは私の嗜虐心をそそる事にしかならない。  
そこで私は言う――これ以上急所攻撃をされたくなかったら、今夜私の部屋に来て――と。  
答えはどちらでも良い。拒否したら先輩の急所攻撃の苦しみはその後も続くだけだし、  
了承したらそれこそ絶好の生贄になるだけだった。  
 
(…………)  
さっきまで私を見て溜め息をついていたもう一人の私が、引いた視線でこちらを見ている  
のに気がつく。もう一人の私の瞳には怯えの色が混じっていた。私の暗い情念を感じ取り、  
理不尽な愛情表現を見て怖がっているのだろう。  
私はじっともう一人の私を見つめる。彼女の姿に私は美緒の姿をオーバーラップさせた。  
いや――『もう一人の私』なのだから、それは最初から美緒のはずだった。少なくとも  
その時の私はそう思い込んだ。  
 
(美緒、何を怖がってるの?)  
私が問いかけると美緒は後退りするように離れた。私はクスクスと笑い、美緒の怯える姿を  
見ながら、ぐったりとベッドに横たわって、痛む股間を擦ってオナニーをする。  
その様子を鏡で見ながら、段々と私は今股間を打ったのが自分でなく美緒の様な気がしてきた。  
鏡に映っている美緒は股間を押さえて悶えている。だけど、痛いだけではなかった。  
しっかりと快感も感じているのだ。そう――美緒はマゾなのだ。だからこうして美緒を  
苛めてもいいのだ――私はそう信じるようになった。  
 
(ねぇ、美緒――。美緒はマゾなんだから、股間を打つと気持ち良くなるよね?)  
私の幻想の中の美緒はプルプルと首を振る。そんなわけない――抗議の声が聞こえたけれど、  
私はその訴えを無視した。美緒は嘘をついているからだ。  
私がこうして股間を打ってその余韻を楽しんでいるのだから、美緒だってその気持ちは分かる  
はずだ。私たちは、双子なんだから。  
 
(でも……! でも……そこを打つと……痛いよ……)  
(美緒も知ってるんだね? うん、痛い……耐えられないぐらい)  
(じゃあ、そんなので気持ち良くなるわけなんか……ないよ……)  
(本当にそう思う……?)  
(………………)  
 
美緒の言葉は段々小さくなっていく。口では否定できても体は否定できないか。私は思わず  
にやっと笑いかける。美緒は俯いたままだ。  
 
(私……美緒が急所攻撃で苦しむところ、見てみたい。美緒の可愛い悲鳴を聞いてみたい)  
美緒は思わず顔を背ける。聞きたくない――でも聞かずにはいられない、そんな表情。  
(それから……美緒に急所攻撃されてみたい。私も美緒に泣かされたい)  
(――――!)  
私の告白に美緒は驚いたようにこちらに振り返る。  
そう――私は美緒をいじめたいだけじゃない。美緒にいじめられたいのだ。  
 
美緒……。私は『私が美緒にされたい事』を美緒にするからね。お願いだから気づいて――。  
 
私は幻想の中の美緒か本物の美緒か区別がつかない状態で自慰に耽っていた。  
 
 

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