そう、そのときの俺はまさに抜け殻以外の何者でもなかった。  
 
ついにこの日が来た。俺はつのる期待感を抑えるのに必死だった。  
バイトをして金を貯め、親をだまくらかして金を借り  
休日の相棒だったはずのバイクを友人に売って金に換えた。  
そんな涙なしでは語れない貯金生活が報われる日が来たのだ。  
今日、俺の、俺だけの、俺のためのメイドロボが家に届く。  
あふれ出る期待感が俺に学校を休ませ、  
自分の部屋と玄関の間を行き来させていた。  
 
「きんこ〜ん」  
 
インターホンが鳴った!キター!  
丁度、自分の部屋へ向きかかった身体を玄関へと無理やり振り向かせる。  
「はじめまして、佐藤さま。このたびはウェイトシステム社の製品を  
お買い上げくださりまことにありがとう御座います。」  
インターホンから流れる挨拶が終るか終らないかのタイミングで俺は玄関を開け放つ。  
いた。俺の、俺だけの、俺のためのメイドロボだ。身長160cmの幸せだ。  
スタンダードなメイド服を着て、大きな旅行鞄をさげたメイドロボがそこに立っていた。  
メイドロボは俺を見ると深々とお辞儀をした。  
「よろしくお願いします。佐藤さま。」  
その時の俺は間違いなく人生の勝ち組だった。少なくともそう思っていた。  
 
「あ、あがってくれ。」  
舞い上がっていた俺は気の利いた言葉も思い浮かばずにメイドロボにそう言った。  
「はい。それでは失礼します。」  
朗らかな笑顔を作ってメイドロボは家の中へ足を踏み入れる。そして、  
「あっ!」  
どがしゃぁっ!  
大きな音がした。靴を脱ごうとしたメイドロボがバランスを崩して倒れたのだ。  
「う、うわぁあっ!」  
俺は声にならない叫びを上げていた。メイドロボの頭部が、  
頭髪をつけた後頭部が外れて廊下をカラカラと転がっていく!?  
ちょっと待て!ストップだ!こんなのってありか!?到着早々に壊れたのか!?  
「Noooooo!!」  
 
そんな、ムンクの叫びをリアルに表現していた俺を  
正気に戻したのは、メイドロボの声だった。  
「いたたた・・・」  
動いてる?まだ大丈夫なのか?そうだ。ロボットなのだ。  
きっと頑丈にできているにちがいな・・・  
 
メイドロボの後頭部で何かが動いていた。  
ぽっかりと開いた穴から、何かが這いずり出てきていた。  
身長約160mmの何かが。  
「うぅ・・・痛い・・・て、あーっ!外装が、私の外装が壊れてるーっ!」  
身長160mmのメイドロボはムンクの叫びをリアルに表現してた。  
 
こいつは一体何の冗談だ?  
そう、そのときの俺はまさに抜け殻以外の何者でもなかった。  
 
 
「で?」  
俺が顎を上げて促すとテーブルの上の彼女は話を続けた。  
「は、はい。今日より啓介さまの、お、お世話させていただきます……」  
顔を俯かせ、か細い声をあげる。  
「ぶっ!」  
テーブルの向かい側についていた妹が吹き出し、後ろを向いて咳き込んでいる。  
テーブルの上の彼女はわずか身長160mm。外見は俺の好みにど真ん中ストレートだ。  
……リアルサイズであればだが。  
テーブルには俺と妹の他に両親がついている。  
そして部屋の片隅に寝かされたメイドロボ。  
親父が『人の姿をした物の頭部が壊れていてるのを見るのは気味が悪い。』と言って  
その頭部は白い布で覆われている。が、仰向けに寝た人の姿の頭部を白い布で  
被っているその外見は返ってシャレにならない雰囲気を醸し出していた。  
「で、お前は直るのか?」  
もう一度俺は彼女を促す。  
「はいっ!コア構想に基づいてボディの各部はユニット化されていますから  
頭部ユニットをご購入いただければ今すぐにでも。35万前後かかるかと思いますが」  
「んな金があるかぁっ!」  
彼女の言葉をさえぎった俺の大声に驚いたのか彼女はテーブルの上で尻餅をついた。  
「そうだ。保障期間ってもんがあるだろ。それで修理できないか?」  
テーブルに手をついて期待をもって迫る俺、しかし直ぐに打ち消される。  
「説明書にもありますが、保障期間での無償修理の対象は消耗品と外皮に限られているんです。」  
彼女は乱れたスカートを直しつつ、座ったまま申し訳なさそうに頭を下げた。  
「兄貴。いい加減諦めたら?壊れちゃったもんはしょうがないんだしさ。」  
彼女の向こう側から妹がニヤニヤ顔で提案する。  
いや、こいつはただ楽しんでいるだけだ。だが、親父は素で同意らしい。  
「そうだな。どっちにしても啓介はもう金ないんだろう?」  
そう。俺は彼女を購入するために相当の金策を強いたのだ。もはや35万どころか5万だって出せない。  
「よ、よろしくお願いします。」  
彼女はそっと両手でテーブルの上の人差し指に触れた。  
「…っだーっ!」  
進退極まった俺は叫び声を上げてテーブルの上の彼女を引っつかみ、  
更に部屋の隅に転がしてある彼女の外装を抱え上げると自分の部屋へと走っていた。  
 
彼女が重かったのか、俺の目からは汗が流れていた。  
 
部屋に雪崩れこんだ俺は脚で部屋のドアを蹴り閉め、  
両腕の中にいるそれを倒れこむようにベッドの上に下ろした。  
正直重かった。肩で息をして体中から薄らと汗を掻いていた。  
「あ、あの、啓介さま…」  
まだそれの体の下に通した腕の向こう側、俺の右手の中から彼女の声がする。  
「啓介さま…つ、つぶれちゃいます…」  
「うあっ!」  
つぶれるという表現に驚いて思った以上に強い力で握り締めていた手を  
慌てて放す。これ以上つぶれられては困るのだ。  
俺はその外装の下から腕を抜いて、そのままベッドの前にへたりこんだ。  
外装は殆どそのままだ。顔も、運が良かったのか頑丈だったのか傷一つ無い。  
ただ、その後頭部だけは滅茶苦茶だった。  
番は折れたり曲がったりしているし。フレームも歪んでいるらしい。  
外れた後頭部は…見当たらない。居間に置いてきてしまったらしい。  
そういえば彼女の持ってきた旅行鞄も置いてきてしまった。  
「くそ…なんだってこんな…」  
惨状をみて俺は呻いた。  
「あの…すみません。私がもう少ししっかりしていれば…」  
見れば彼女は俺がベッドの上に寝かせた外装の上に座って肩を落としている。  
俺が握り締めていたために乱れた服もそのままだった。  
だが、俺にはそんな彼女に優しい言葉をかけてやる余裕など無かった。  
「そ、そうだよ。何でこんな事になるんだよ…」  
「す、すみませんっ……」  
そんな俺の呻きに、彼女は一瞬肩を震わせ、そのあとますます肩を落とす。  
「もう少しで…俺の悲願が達成するところだったんだぞ…」  
「悲願…ですか?」  
「そうだよっ!ついに俺だけのロボ子を手に入れて!もう少しだったんだ!」  
ついに堰を切ったように、俺は洗いざらいぶちまけていた。  
「朝優しく起こしてもらったり、勉強中に珈琲なんか持ってきてもらったり!  
あまつさえ休みには一緒に買い物に行ったりだな!ついでにその帰りに  
ちょっと寄り道して帰ったりとかっ!そんな甘く甘酸っぱい  
ロボ子との生活がだなぁっ!」  
「あ、あのっ!」  
俺の言葉をさえぎり彼女は声を張り上げた。  
少し震えながらその小さな身体が、大きな身体の上で立ち上がっていた。  
「わ、私、がんばりますからっ!」  
皺になった服の上の小さな顔を、同じくらいしわくちゃにして泣いていた。  
言いたい事はまだまだあったのに、そんな彼女を見た途端、  
俺は何も言えなくなっていた。  
 

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