話が一段落すると、基地司令官はいかにもという風に葉巻をふかした。  
「……というわけで、君の元には優秀な部下が新たに加わることとなった。  
 これには高度に政治的な問題が絡んでおり、同時に今後の兵器運用に関しての重大なテストでもある。  
 半年間よろしく頼んだぞ。なお一月ごとに運用データの報告を提出するように。詳細は今渡したファイルに書いてある。なにか質問は?」  
 司令が座っているごついデスクの前に男が立っている。  
 およそ三十歳の少し手前、もう少しすればいい男になるだろうという精悍な表情の青年である。  
「はっ。入隊者の写真がないようですが」  
「外装というか、人工皮膚の張り替え次第でどんな顔、形にもなれるのでな。写真をとる意味がない。他には?」  
「特にありません」  
「そうか。それでは下がってよろしい」  
 踵を鳴らし、青年はきびきびと敬礼する。  
「はっ。了解いたしました、閣下」  
 失礼します。と言って部屋をでようとした男に向かって上官が声をかけた。  
「欲望に負けんようにな吉村少尉」  
 怪訝な顔をしたものの、吉村は再び敬礼すると外に出て行った。  
 部屋に一人残った司令官は再び葉巻を手にする。  
 すぱすぱと香りを吸い込み、むやみに豪華なガラスの灰皿に押し付けた。  
「それでは高価なダッチワイフでないことを祈るとするか」  
 
 手にしたファイルをちらりと見ると、吉村は大きく息を吐いた。  
 まだ先ほどの話の内容がにわかには信じられない。  
「いったい何のおはなしだったんですか吉村さん?」  
 部屋を出るとすぐに部下が声をかけてきた。吉村より少し若い曹長である。  
 名を千崎と言い、上官の吉村を尊敬しているのか、いつも周りをちょろちょろしている。  
「うちの隊に一人増えることになった」  
 ブリーフィングルームに向かいながら吉村が答えた。  
「ほんとですか、どんなやつなんです? 男ですか、女ですか、若いですか、年喰ってますか」  
「性別ねぇ、難しい問いだな」  
「へ?」  
 わけのわからない言葉に千崎は思わず間抜けな顔になる。  
「それにまだ一才にもなってないんじゃないか」  
 吉村はぱらぱらと手にしたファイルをめくると、目当ての項目を探し出したようだ。  
「ああ、これだこれ。えっと……生後六ヶ月だな」  
「はぁ?」  
 軍人にあるまじき気の抜けた声をだした千崎の頭の上にクエスチョンマークが点滅している。  
「とにかく、会えばわかるよ。俺もどんなやつだかわからないんだ」  
「事前の資料はもらってるんでしょう」  
「それはそうだが、なにせこいつを部下に持つのは俺が人類初なんだ」  
 とうとう足を止めてしまった部下を置いて、吉村はすたすたと歩いていってしまった。  
 
「本日、我々の隊に新人が加わることになった。紹介の後、通常の訓練を開始する」  
 席に着いた部下たちの前でファイルを小脇に抱えた吉村が口を開いた。  
「女か男どっちですか?」  
 数名の男子隊員から同じ質問が飛んだ。  
 軍隊というものはその性質上、どうしても男女比が偏ってしまう。当然、男のほうが多い。  
 であるから、新人が女であるかどうかは男子隊員たちにとっては貴重な出会いが増えるかもしれないチャンスなのである。  
「それは見てからのお楽しみだ」  
 珍しい吉村の軽口に、先走った隊員が口笛を吹いた。勝手に女と思い込んだらしい。  
「そろそろ来るはずだが……」  
 吉村が腕時計を確認するのと同時に、ドアがノックされた。  
 失礼します、と言って入ってきたのは、無骨な軍服を纏っていながらも、部屋がどこのパーティ会場になったのかと錯覚するほどの美人だった。  
 軍人らしく短く肩までで切りそろえられた黒髪も、強い意思を感じさせる力に満ちた鋭い瞳も、きゅっと結ばれた唇も、ごつい服の上からでもわかる均整のとれたプロポーションも、すべてが完璧だった。  
 隊員たちがとつぜんあらわれた美女にあっけに取られていると、美女は踵を鳴らし、吉村に敬礼した。  
「吉村少尉ですね。本日よりこの隊に配属されました竜宮霧香軍曹です。よろしくお願いいたします」  
 そして、今度はぽかんとした顔の隊員たちに向かい、もう一度敬礼した。  
 
 あれほど新隊員についてやかましかった隊員たちも、想像を超える美女の登場で喜ぶことを忘れてしまったようである。  
 誰もなにも言わないので、霧香がちらりと吉村を見た。  
「どうかされましたか少尉」  
 声をかけられて、ごまかすように咳払いをする吉村。  
「か、彼女が新しく入隊する竜宮軍曹だ。諸事情によって彼女は半年間で転属してしまうが仲良くやるように」  
「たった半年っすかぁ」  
「もっと長くいてくれー」  
 ようやく我に返った隊員が野次を飛ばす。  
「無駄口を叩くな、ただいまより通常訓練に戻るぞ。さぁ部屋を出て行け。いや、千崎と竜宮軍曹は残ってくれ」  
 よろしく、今晩歓迎会しようぜ、などと声をかけながら隊員たちが駆け足で出て行く。それらのひとつひとつに霧香は丁寧に敬礼を返した。  
「体調も人が悪いですね。あんな美人に性別がないだとか、生後六ヶ月なんて」  
 騒ぎにまぎれて、千崎が吉村の耳元でささやく。  
「少尉は嘘をおっしゃっておりません」  
 突然声をかけられて千崎はぎょっとした。  
 まさか竜宮に聞こえるとは思いもしなかったからだ。なんとか吉村の耳に届くくらいの小さな声、それに加えて隊員の足音。  
 自分でしゃべっておきながら吉村に聞こえたかどうかも疑わしいほどだ。  
「どうした千崎?」  
 いぶかしげな顔で問いかける様子を見ると、どうやら吉村には千崎の声は届いていなかったらしい。  
 にもかかわらず、離れた場所にいた竜宮のほうが反応するとは。  
 驚いた顔で千崎は新入隊員を見た。  
 
「とりあえず副官のお前には知っておいてもらおうと思ってな」  
 隊長から渡されたファイルに目を通していくにつれて、千崎の目が大きく見開かれていく。  
「ロ、ロボット!?」  
「私は人型ですので、正確にはアンドロイドです」  
「……だそうだ」  
「し、しかしそんな技術があるなんて」  
「詳しいことは国家機密クラスらしいんで俺にもわからん。なにか大きな力が働いた結果、うちの隊に来ることになったらしいが」  
「でも、ほんとに人間にしか見えない。継ぎ目なんてどこにもないし」  
 仙崎がじろじろと遠慮ない視線を竜宮に浴びせかけた。  
 人間の女性なら嫌な顔をするであろうに、霧香は表情一つ変えずに、平然と見られるままになっている。  
「私の体は人工皮膚に覆われていますから。それをはがさない限りそんなものは見えません。第一、機械だとばれては人型の意味がありません」  
「ま、まぁその通りだけど」  
 確かに、潜入工作などを行う場合、アンドロイドだなどとばれてはすべてが台無しになる。様々な事態を想定して作成されているのだろう。  
「じゃあ脈かなんか取らせてくれれば」  
 機械なら人間のように脈がないだろうと千崎は考えたのだ。  
「いえ、偽装の為に冷却水の一部を血液に偽装していますので脈はあります。ついでに言わせていただくと、心音もあります。こちらは単なる音だけですが。さらに目の虹彩も光を感知して変化します」  
「わかった、わかったけど。うー」  
 千崎はまだ納得いかない様子で、うなっている。  
 目の前の自称サイボーグは人間にしか見えないからだ。現に先ほど部屋を出て行った隊員たちは霧香が人間でないなどとは夢にも思っていまい。  
「隊長は信じてるんですか?」  
 吉村が肩をすくめた。  
「信じるしかあるまい。まさか軍はこんな嘘をつかんだろう、つく意味がない」  
「それはそうですが」  
 
 霧香の周りをぐるぐる回りながら考え込んでいた千崎がぱっと顔をあげた。  
「そうだ! その人工皮膚をめくって機械の部分を見せてもらうってわけには……」  
「だ、だめですっ! そ、そ、そんな破廉恥なっ!」  
 それまで冷静だった霧香がいきなり大声を出した。  
 人間たちがびっくりした顔を見合わせていると、アンドロイドが申し訳なさそうな顔をした。  
 ご丁寧に頬がわずかに桃色に染まっている。  
「し、失礼しました。その、アンドロイドにとって機械の露出部分を見られるというのは、  
 そのですね、無防備な状態をさらすということになりまして、人間で言うと裸を見られるようなもので……」  
 千崎が素直に頭を下げた。  
「そ、それはすみません。……あ! で、でも、ほら顔が赤くなってるし、感情もあるじゃないですか」  
「それは……」  
「ヒューマノイド型作戦兵器G−28。本作戦行動名・竜宮霧香は通常時においては女性型性格プログラムの使用により感情を表現することによって、  
 自身がアンドロイドであることを偽装することが可能である。  
 また戦闘時にはポーカーフェイスモードに移行し、感情に支配されることなく、すみやかに作戦行動を行うことが可能である」  
 口を開きかけた霧香に代わって、吉村がファイルを読み上げた。  
 
「隊長……」  
「いいかげんにしないか千崎。いつまでも疑ってたら竜宮軍曹が困るだろう」  
「その言い方、隊長の方が人間扱いしてますよ」  
「別にいいだろ。お前と違ってアンドロイドだとわかった上での行動なんだから」  
「ありがとうございます少尉」  
「いや、礼を言われるほどのことじゃない。そうだな……人間には無理なことをやってもらえば千崎もいい加減信じるだろう。なにかないか?」  
 吉村の提案に、霧香は一瞬考えるそぶりを見せた。  
 そんな姿を見ると余計に人間に思えてくる。  
「これはどうでしょう」  
 言うと、霧香はぐにゃりと腕を折り曲げた。もちろん内側にではない、人間ではありえない外側にである。  
 さらに霧香は首をぐるんと三百六十度まわしてにっこり微笑んだ。  
 いっ、と千崎がうめき声を上げる。  
「私の間接は人間のそれとは違いますのでこういったことができます、いかがでしょうか。あとは……」  
 手近のパイプ椅子をつかむと、椅子の骨組みをまるでゴムのように引っ張って伸ばして見せた。  
 どんな怪力男にだってできることではない。  
「どうだ千崎納得したか」  
 恐る恐る手渡されたパイプ椅子を眺める部下に吉村が尋ねた。  
「は、はい」  
 千崎はそれだけ言うのがやっとだった。  
 
 
 急な山道を登り、泥と汗にまみれた隊員たちが宿舎に帰ってきた。  
 疲れをごまかすため大声で怒鳴りながら会話する。  
「あぁちくしょう! 最近はなんだ? このバカみたいな特別演習の多さは」  
「まったくたまらんぜ。三日前に海から帰ってきたばっかりだぞ」  
「その前は砂漠だったしな。ここ何ヶ月かは異常だぞ」  
「お偉いさんもどうかしてんじゃねぇのか」  
「基地司令じきじきらしいからな。わけわかんねぇよ」  
「葉巻吸いすぎて脳みそが燻製になってんだよきっと」  
「よるな! てめえは竜宮軍曹と違って汗臭いんだよ!」  
「うっせぇ! てめえこそ鼻がもげそうだ。軍曹だって人間だぞ! 今は汗臭えよ」  
「私も匂いますか?」  
「いえ! 竜宮軍曹の汗はフローラルの香りであります」  
 隊員たちが笑いの渦につつまれる。  
 この数ヶ月の厳しい訓練をともにこなしたことによって、竜宮霧香はすっかり隊に解け込んでいた。  
 隊員たちは大声でわめきながら玄関をくぐっていく。  
 ちらりと千崎が横にいる霧香を見た。  
 目の前で機械である証明がされた今でも、まだ人間に見えてしょうがない。  
 しかしまぎれもなく、霧香は戦闘を目的として造られたアンドロイドだった。  
 おそらく、ここ数ヶ月の異常な特別演習の数々は、霧香の性能テストを目的に行われているものなのだろう。  
 まったく機械に付き合わされる人間はたまったのもじゃない。  
 千崎はもう何度目かになる思いを、溜息とともに吐き出した。  
「お前ら! だらだらしてるんじゃない。すぐに汚れをおとして食事だ」  
 隊長の吉村の檄が飛ぶと、隊員たちはぞろぞろと宿舎に入っていく。  
 もちろん霧香もそのまま風呂に向かう。本来はそんな必要はないのだが、カモフラージュとしてである。  
 
 が、突然霧香が立ち止まった。  
「これは……」  
「どうかしたか」  
 横にいた隊員がいぶかしげな視線を向けると、霧香は絶叫した。  
「敵です! 警戒をっ!」  
「はぁ……?」  
 靴を脱ぎかけていた隊員の一人が間抜けな声をだして顔をあげる。  
 訓練はもう終わったと言いたげな表情だった。  
 しかし、吉村の反応は違う。  
「全員っ! すぐさま警戒態勢にはいれっ! 安全装置は解除しろ。これは訓練ではないっ!」  
 言いながら、自分もすぐさま銃を構える。  
 霧香の突然の叫びには反応の遅れた隊員たちも、隊長の声にはすぐさま従った。  
 全員が、疲れきっている体に鞭打ってあたりを油断なく見回す。  
 外になにもないのを確認して、慎重に宿舎の外へ出て行く。  
「隊長? 誰が襲ってくるんです。俺たちを襲ってもなんにもならんでしょう」  
 年かさの隊員のもっともな問いに、吉村は表情を変えずに答える。  
「いいか、今から話すことは機密事項だ。断じて口外するなよ」  
 吉村が霧香がアンドロイドであることを話し、おそらくそれを狙ったどこかの組織が霧香を狙って襲ってきたのだろうと説明した。  
 信じられないといった顔の隊員たちもいたが、真剣な隊長、副隊長そして、霧香を見て黙らざるを得なかった。  
「た、隊長もしかしてあれじゃないですか!?」  
 一人の隊員が空を指差した。  
 遠くのほうに小さな点がぽつぽつ見える。その点はぐんぐんとこちらに近づいてきて、その大きさを増していく。  
 点はやがて三台の戦闘機になった。  
 
「全員散れっ!」  
 吉村が叫ぶのと同時に、戦闘機からミサイルが発射された。  
 轟音が響く。  
 隊員たちの荷物ごと宿舎が吹っ飛んでいく。  
 そして、どこに潜んでいたのか、大勢の兵士が目の前の山道からぞくぞくと顔を出し始めた。  
 とっさに霧香と吉村は木陰に飛び込んだ。  
 吉村が様子を窺っていると、霧香がささやく。  
「間違いなく狙いは私です。私が囮になりますから隊長たちは脱出を」  
「自分から捕まりにいってどうする!」  
 吉村の制止を無視して、霧香が潜んでいた木陰から銃を撃ちながら飛び出していった。  
「くそっ! ぜんぜん冷静じゃないじゃないか! なにがポーカーフェイスモードだ馬鹿学者がっ!!」  
 顔も知らない霧香の産みの親たちをののしると、吉村は仲間を救うべく森の奥へ消えた。  
 霧香の動きは目覚しかった。  
 人間ではありえない速度で兵士の群れへ突撃していく。  
 敵も当然銃を撃ってくるが、霧香が腕で体をガードすると、表面に傷こそつくものの、ダメージはほとんど負わないようだ。  
 霧香の体に銃弾が命中するたびに、金属音が響くが、それだけである。  
 一足ごとに確実に敵に近づいていく。  
 敵に接近すると、霧香は銃を乱射し始めた。  
 しかし敵は同士討ちを恐れて銃を使えない。  
 それを見越しての行動だろうが人間にはとても真似できない行為である。  
 あっという間に霧香の銃は弾を吐き出さなくなった。  
 すると目の前にいた数人が、銃が使えないなら。とばかりにナイフを片手に襲ってくる。  
 だが霧香の反応速度は凄まじかった。  
 敵がナイフを構えきる前に、蹴りを食らわせて沈黙させる。  
 一撃で背骨まで砕かれては敵も反撃のしようがない。  
 
 敵の一人が背後から攻撃を加えようとした瞬間、ぐるりと霧香の上半身が百八十度回転した。  
 唖然とする敵ににっこり微笑むと、霧香はその顔面に拳を叩き込む。  
 陥没した顔面を押さえることもできずに、敵兵は崩れ落ちた。  
 近接戦闘時の霧香は周囲五メートルの人間の動きをすべて把握しているのだ。  
 戦闘用アンドロイドの面目躍如といった活躍である。  
「馬鹿どもが。あれほど相手は人間じゃないと言っておいたのに」  
 いつの間に現れたのか、ジープに乗った男が数十メートル離れたところから双眼鏡で戦場を観察していた。  
 歴戦の兵らしく、風格に満ち、短く刈られたあごひげがよく似合っている。  
 運転席にいた部下らしい男があごひげの男を見上げた。  
 こちらはひょろりと背が高く、とても軍人には見えない。  
「どうします」  
「しかたあるまい。例の作戦で行く」  
「本当にいいんですか?」  
「多少の犠牲なら上も認めている」  
「わかりました」  
 助手席の男は手元にあった無線機でなにやら命令しだす。  
 すると、しばらくして先ほどの戦闘機が轟音とともに舞い戻ってきた。  
 じっとひげづらの男は双眼鏡を覗く。  
 レンズの向こうで、味方のはずの戦闘機に空中から滅多打ちにされて、自分の部下が踊るように倒れていく。  
 女アンドロイドが反応して、人を盾にして素早く身を隠そうとするのを見て、髭面の男は感嘆の声をあげるかわりに、眉をぴくりと動かした。  
 霧香の抵抗は最後に放たれたミサイルによってはかない結果に終わった。  
 いくら人間を盾がわりにしようとしても、ミサイルが相手では紙切れのようなものだ。  
 爆音が響き、土煙が舞い起こる。  
 
 しばらくして、あたりが静寂に包まれた。  
「すごいですね。これじゃあいくらアンドロイドといえども粉々になってるでしょう」  
「報告では機能停止はするかもしれんが、修理すれば問題なく使用可能だそうだ」  
「ほんとですか? さすがにそれは眉唾でしょう」  
 ジープに乗っていた二人の男が爆心地にやってきてあたりを見回した。  
 その瞬間、地面がわずかに盛り上がったのに、気づいたひげづらが大きく跳び退る。  
「えっ!?」  
 反応できなかったひょろ長のほうは、土が飛び散る中から、人影が飛び掛ってくるのをスローモーションのように見ていた。  
 霧香である。汚れてはいるものの特に損傷している部分は見受けられない。  
 驚異的な耐久力である。  
 しかし、髭面は慌てず片手を挙げる。  
 すると、周囲にいた男たちが構えていた大型の銃をぶっ放す。  
 弾が霧香に命中する寸前で、大きく広がり網になる。捕獲用の弾丸らしい。  
 一発目こそよけたものの、二発、三発と発射される網をかわことはできず、網に捕らわれる霧香。  
 やむなく引きちぎろうと網に手をかけた瞬間、ばちばちと耳障りな音が聞こえた。  
 霧香を包んでいた網から電気ショックが発せられたのだ。  
 人間なら一瞬で黒焦げになってしまうほどの威力のものである。  
 体が跳ね上がるほどの痙攣を繰り返し、霧香は倒れこんだ。  
 動かなくなってからも、きっちり二十分の間ショックは与えられ続けた。  
「いいかげんに立ち上がれ」  
 声をかけられるまで、ひょろ長の男は腰を抜かしてへたり込んだままだった。  
 
 港の片隅に連なる倉庫のうちのひとつ。  
 そこで霧香は鋼鉄製のベッドに固定されていた。  
 手首、足首さらには胴体をベッドに直接溶接されている手錠で拘束され、完全に身動きが取れないようになっている。  
 すでに服は脱がされ全裸である。  
 まるで人間のような霧香の体はところどころ裂け、内部が露出していた。  
 まるで特殊メイクのように、裂け目からは色とりどりのコードや、金属製の部品が覗いている。  
 よく見ると、傷口からは大小さまざまなコードが伸び、周囲のコンピューターに接続されている。  
 カタカタと音をするほうを見ると、ベッドの横にあるモニターを熱心に覗きながら、キーボードを叩いている男がいた。  
 霧香に襲われかけたひょろ長男である。  
「いや、これはすごいですよ。この腕一本で一生楽に暮らせる金になりますよ」  
 油断なく霧香を観察していた髭面に語りかける。  
 どうやらここは男たちの隠れ家らしい。  
「余計なことはするなよ。俺たちはそいつをクライアントに渡すのが仕事だ」  
「わかってますけどね。いち技術者としてですね……」  
 しゃべり続けるひょろ長を無視して、髭面は倉庫の入り口に向かう。  
 遠ざかる足音を背中で聞いてあきらめたのか、ひょろ長はノートパソコンを閉じると、上司の後を追いかけた。  
 倉庫の外では、見るからにうさんくさいスーツの男が、背後に部下らしき人間を多数従えて、二人を出迎えていた。  
「どうもご苦労様でした」  
「あんたの部下を何人か殺してしまったが」  
「いえ、かまいません。予定の範囲内ですから。報酬は振り込んでおきましたので」  
「そうか。それじゃあな」  
 髭面とひょろ長は倉庫前に止めてあったワゴン車に乗り込むと去っていった。  
 残されたスーツの男が、部下たちに号令を下す。  
「よし、それでは手はずどおりにやってくださいよ。三日後には取引がありますから」  
 それだけ言うと、スーツの男も背後の黒塗りの車に乗っていなくなってしまった。  
 後には、数名の学者風と、そのボディーガードだろうか、ごつい男たちが残った。  
 
「ん……」  
 ゆっくりとまぶたが開き、霧香が目覚めた。  
 体を動かそうとしてもまるで動かない。それもそのはず、全身をがっちりと固定されている。  
「お、起動したぞ。すごい耐久力だな」  
 枕元にいる学者が驚きの声をあげる。  
「なんでもこいつはミサイル一発食らってるのにこの状態らしいからな」  
「貴様らは何者だ」  
 厳しい声で、霧香が誰何する。  
 誰からも返答はない。  
 捕らわれの姫を無視して周囲の男たちは会話を続ける。  
「まぁ、プログラムのプロテクトは何とかなりそうだな。しかし……こいつを造ったやつらは変態だな。なんとかと天才は紙一重ってやつか」  
「どういうことだ?」  
 学者の一人に、サングラスの男が問いかけた。おそらく護衛の一人だろう。  
「いや、まだプログラムの書き換えには時間がかかりそうなんだがな、スペックとかは一応確認できたんだよ」  
「もったいぶらずに早く教えろよ」  
「まぁこのアンドロイドは戦闘用なんだがな、女の形をしてるだろう?」  
「おう」  
「ようするにヤれるんだよ。ダッチワイフにもなるみたいだ」  
「へぇ……そりゃすげぇ」  
 欲望にまみれた視線でサングラスの男が霧香の体のラインをなぞった。  
「しかもだ」  
「まだあるのかよ」  
「相手の要望にあわせていろんな性格タイプになるらしいぞ。女王様から牝奴隷までなんでもござれだ」  
「ぎゃっはっは。造ったやつは相当の変態だな」  
 
 霧香は歯軋りするが、それ以上のことはなにもできない。  
 下品な笑い声をあげると、サングラスの男が喉を鳴らした。  
「お、おい。まだ時間はあるだろ。ちょっと俺に相手させろよ」  
「はぁ? 馬鹿いってるんじゃないぞ。俺たちは解析が終わったらこいつを分解してすぐに持ってかなきゃならないんだ」  
「別に性格変えろとまではいわねぇし、俺がやってる最中でもばらしてくれてかまわねぇよ。最悪胴体と頭が残りゃいいんだ」  
 呆れた顔をされているのにもめげず、サングラスの男は気の早いことに、もうベルトに手をかけている。  
「最近むさくるしいやつとの仕事ばっかりだったから溜まってんだよ」  
「もういいよ。好きにしろ」  
 肩をすくめると、科学者は自分の作業に戻っていった。  
 すると、今度は別の白衣の男が霧香のそばにやってきた。  
「おい、面白そうな話をしてるじゃないか。俺もいろいろ手伝ってやるよ」  
 男は手にしたノートパソコンを軽く叩いた。  
「別に今は3Pしたいわけじゃねぇんだ」  
「違う違う。俺もそんなことするほど暇じゃない」  
「じゃあ手伝うって何だ」  
「俺はプログラムのほうの担当なんでな。こいつの頭のほうをいじらせてもらう」  
 白衣の男は身動きできない霧香の頭を小突いた。  
 女アンドロイドに睨みつけられてもまるで意に介した様子もない。  
「私に触るなっ!」  
 せめてもの抵抗とばかりに、霧香が怒鳴った。  
 サングラスがわけのわからない顔をする。  
「頭?」  
「こいつは人間じゃない。ようするに全部プログラムで動くわけだ。  
 だから、ちょっと数字をいじれば感度が百倍になったりするわけ」  
 
 下種な男たちの会話を、半ばあきらめの気持ちで聞いていた霧香だったが、見る見るうちに顔が蒼ざめていく。  
 そんなことをされてしまえば異常なデータ入力により回路がショートしかねない。  
 いまだ理解のできないサングラスに向かって白衣の男は言葉を続ける。  
「わかりやすく言うと、クスリやってる女相手にするみたいなもんだ。それよりももっと強烈だろうけど。  
 たとえば首筋に息を吹きかけられただけでイッてしまうとかさ」  
「へぇ……そりゃ面白そうだな」  
 よだれでも垂れたのか、汚らしく口元を拭うと、男はズボンをおろした。  
 下着の上からでもわかるほどににペニスは勃起しきっている。  
「それじゃあ……そうだ。何もしなくても濡れさせるとかはできねぇのか?」  
「できると思うが、そういう準備も含めて楽しむものじゃないのか」  
「時間がねえんだろう」  
「わかったわかった」  
 ひらひらと手を振ると白衣の男はノートパソコンを霧香の近くにあった大型のコンピューターに接続した。  
 かたかたとベッドの横でキーボードの音が響きだす。  
「おい、今から俺が気持ちよくしてやるからな」  
 下卑た笑いを顔に張り付かせて、サングラスは霧香の頬を撫でた。  
 敵意をむき出しにして、霧香が怒鳴る。  
「黙れクズめ! 」  
「自分の立場をわきまえろよ?」  
「お前のような人間にはこれがお似合いだっ!」  
 霧香が男の顔につばを吐きかけた。  
 サングラスが霧香の顔をわしづかみにする。  
 そして、そのまま拳を振り上げた。  
「人形の分際で!」  
 
「そこまでだ、ストップ! これでよし。体のコントロールをセクサロイドモードに強制移行させた。もう殴る必要はないぞ」  
 白衣の男に声をかけられ、サングラスが拳をおろした。  
 そして霧香を観察していると、様子がだんだんおかしくなっていくのに気づいた。  
 先ほどまでの刺すような鋭い視線はもう感じられない。  
 とろんとした瞳で、焦点すら定まらないようだ。  
 わずかに開かれた唇からは、はぁはぁと荒い息が漏れ出す。  
「わ、私に、んっ。ぁあ、触るな……」  
 切なそうに眉をしかめながらも霧香は気丈な姿勢を崩さない。  
 しかし、それは逆に男の嗜虐心を煽ることとなった。  
「すげぇ変わりようだなおい」  
 サングラスが霧香の胸に手を伸ばす。  
 それは愛撫などという代物ではなく、ただ自分の欲望を満たすための乱暴な手つきだった。  
 豊かな胸の形が変わるぐらい、力加減もなく揉みしだく。  
 それでも、今の霧香は心地よい快楽を得てしまう。  
「くぅ……あっ、はぁん」  
 堪えようとしても堪えきれずに、どうしても口から甘い声が漏れてしまう。  
「クズにいじられて気持ちいいのか?」  
「うるっ、さい……ひっ!」  
 唐突に男が乳首をつまみあげた。  
 それだけで霧香は背筋をのけぞらせてしまう。  
「おい、これもう感度を倍にでもしてるのか」  
「いや、まだそのあたりの数字はいじってない」  
「それでこれかよ。淫乱ロボットだな」  
 むにむにと胸の柔らかさを堪能しながらサングラスが霧香にささやきかけた。  
「……ふぅ、ぁあ」  
 霧香は反論することもできず、ただ甘い声を噛み締める。  
 すでに霧香の股間からは粘液が溢れかえっている。  
 とろとろと流れ出した愛液はベッドからこぼれ落ち、床に淫らな染みをつくった。  
 霧香の愛液は性欲を増進させる甘い香りつきのローションである。  
 
 たちまち、倉庫の一角に淫猥なピンクの空間ができる。  
 その香りに酔ったのか、白衣の男が血走った目で叫んだ。  
「それじゃあお待ちかねの感度百倍だ!」  
「そっ、それだけはやめてぇっ!」  
 なりふりかまわず霧香が絶叫する。  
 そこにはもう戦闘用アンドロイドの姿はなく、ただ蹂躙されるのを恐れる女がいた。  
 残念だな。白衣の男はにやりと笑ってキーボードを操作した。  
「ひぁああああああああああああ!」  
 霧香の体ががくがくと大きく痙攣する。  
 ベッドがぎしぎしと音をたてた。  
 霧香の股間から液体が飛び散った。人間で言う潮吹きというやつだろう。  
「お、おいこれ大丈夫なのかよ」  
 サングラスが不安げに問いかけた。  
「いきなり快感系の負荷が高まったからだろう。すぐにある程度は落ち着くと思うが」  
 白衣の男の言葉通り、霧香の痙攣はしだいに小さくなっていた。  
 それでも、先ほどまでと同じというわけにはいかずに、ひくひくと小さく震えている。  
 股間からはだらしなくおしっこをもらしている。厳密には尿ではなく、ただの水なのだが。  
「あぁ、ひぁ……」  
 ぱくぱくと口を動かして、唇の端からはよだれをこぼしている。  
 もはやまともな意識はほとんどないようだ。  
「へへ、すげぇな。だだ漏れじゃねぇか」  
 サングラスはごつごつした指を霧香の股間に伸ばす。  
 製作者の趣味なのか、必要ないと判断されたのか。  
 霧香には大事な部分を覆い隠す陰毛がなかった。  
 霧香の秘所は成熟しきった女体をモデルにしているボディラインとは異なり、淫肉がはみ出ることもなく、少女のように楚々としたものであった。  
 しかし、今は枯れることなく溢れる泉と化している。  
 ぴちゃり。とろとろの愛液に触れ、それが覆っている部分に触れる。  
「あああぁ! くぁ……ああ」  
 途端に霧香の口から嬌声があがった。  
 
「ちょっと触っただけでこれだ。挿れたらどうなるんだろうな」  
 べろりと唇を舐めるサングラスの男が、醜く膨れ上がった自分のものに手を添えて、霧香を味わおうとしたとき、邪魔が入った。  
 先ほど去っていった科学者である。  
「なんだ。まだやってなかったのか」  
「お楽しみを邪魔すんなよ」  
「邪魔はしたくないが仕事だからな。さっき言ったとおり今からバラさせてもらうぞ」  
「おう。手足からにしろよ」  
「胴体だけのとしたいのか、呆れるな。まあいい」  
 おい、準備は整った早く来い。科学者が背後にいた数人に声をかけた。  
 技術者らしき男たちが手にした工具を構え、霧香の上半身に集まった。  
 まずは手からバラすつもりらしい。  
「よし、さっきも言ったとおりこいつの皮膚に刃物は効かない。間接部分の表面を酸で溶かせ」  
 科学者が一歩下がると、技術者が作業を開始した。  
 手にした特殊な噴霧器を霧香の肩に吹きかける。  
 じゅうじゅうという音と、わずかに鼻をつく匂いがあたりに漂った。  
 霧香の皮膚が溶け、内部の機械がしだいに露になっていく。  
 しかし、そんな状況でも霧香は快感を感じているようだった。  
「ひっ、ひぃぃぃ! あっ、あぁあ……きもちいひぃ! もっと、もっろぉ」  
 舌足らずな声で更なる責め苦を要求する。  
「なんだ? 体溶かされて感じるたぁすげぇマゾだな。よし、もっと気持ちよくしてやるぜ」  
 霧香のもだえる様を見ていたサングラスが、腰を突き出した。  
 血管の浮き出た肉茎が霧香の秘部に触れる。  
 そして、そのままずぶずぶと慎ましやかだった秘唇を押し広げ、中に侵入していく。  
「あがががぁぁ! くっ、くるぅぅぅ! はひっ、ひっぁぁ、中がすごひぃ」  
 もはやかつての女軍人としての面影などどこにも見られない。  
 ただ欲望をむさぼる一匹の牝がそこにあった。  
 霧香の中は柔らかく、熱く、ときに強く、ときに弱くサングラスのものを締め付ける。  
 
「こ、こいつはすげぇぞ」  
 予想をはるかに上回る快感に腰を動かすことも忘れていた男が、慌てて腰を動かし始める。  
 だが、数回腰を動かしただけでサングラスの股間は頂点に上ってしまった。  
 人間とは比べ物にならないほどの快感に、サングラスの男はあっという間に果ててしまう。  
 びゅくびゅくと、みっともなく痙攣すると、ペニスは肉欲の証を霧香の中に吐き出しはじめた。  
「おぁあああ! 出てるぅ! 出てるよぉぉぉぉ」  
 痙攣する体を無視して、霧香の肉がうねうねと動き、男の吐き出した精液を一滴も漏らすまいとする。  
 優しく吸い込むようにして、ペニスはさらに奥へといざなわれた。  
 萎えかかった肉棒を、やわやわと揉みしだくようにして奮い立たせる。  
 細かい指先の動きを淫肉でやられるのだから堪らない。  
 サングラスの男のものはたちまち硬度を取り戻した。  
「抜かず何発ってやつか、おい」  
 再びサングラスの男が腰を動かし始める。  
 相手のことなど考えない乱暴な腰使いにもかかわらず、霧香はよがり声をあげてそれに応えた。  
 一方、霧香の肩口から二の腕のわずか上辺りまでは、完全に皮膚が溶かされていた。  
「よし、関節を破壊して腕を切り離せ」  
「いいんですか? 壊してしまって」  
「もう関節部分の分析は済んでいるからかまわん」  
 そこで言葉を切ると科学者は、よだれを垂らし白痴と化している霧香の顔を、汚らしげに見つめた。  
「それに乱暴にされたほうがこいつも喜ぶだろう」  
「わかりました」  
 技術者の一人がわきに置いてあったチェーンソーを手にし、霧香の左肩にあてがった。  
 このチェーンソーは超振動ブレードを使用しており、通常のものなど比べ物にならない切れ味を持つものである。  
 まともなものでは霧香の体に傷すらつけられないと知っていたのだろう。  
 準備のいいことである。  
 反対側にも同じようにチェーンソーが置かれる。  
 
「やれ」  
 冷たい声を合図に、刃物にスイッチが入れられた。  
 ギィィィィィン! ギッ! ギギッ!  
 耳障りな音とともに火花が散り、ゆっくりと刃が霧香の鋼の体に沈んでいく。  
「……っが! ぐががががががががががががが」  
 霧香の体が今までになくのた打ち回った。  
 口からはもはや甘い声でなく、絶叫が飛び出す。  
 それでも、霧香の下半身はサングラスとの行為になんら支障をきたさない。  
 それどころか、今まで以上にペニスを締め付ける。  
「おっ、こいつ本物のマゾだな。腕切られてるのに感じてるぞ」  
 以上な状況に興奮しているのか、サングラスは狂気の混じった声で喜んだ。  
 ごつごつと腰を叩きつけるようなピストン運動を加えられても、霧香の口からは絶叫しかあがらない。  
 しかし、その苦痛のうめき声にはわずかながら、媚声が混じっている。  
 それはしだいに比率を変え、霧香の右腕が落とされる頃には、あきらかな喜びの声となっていた。  
「あぎっ! あぎぃぃぃ! すご、すごいぃ! 腕が、腕がなく、なくなってるのに気持ちいぃ! いくぅ、いっちゃうよぉ!」  
「おら! いっちまえ!」  
 切り落とされ、ぱちぱちとショートしている右肩の切り口を、思い切りサングラスの男が殴りつけた。  
 その衝撃で、左側のチェーンソーに力が加わり、残された霧香の左腕もちぎれ飛んでいく。  
「ひがぁぁあああ! はっ、はぐぅ、っぎゃぁぁぁっ!」  
 ぐるりと霧香の瞳がまぶたの裏に潜り、白目をむいた霧香の顔が歪む。  
 股間からは、愛液が噴出して、サングラスの腰を濡らす。  
「おい、まだ足が残ってるんだぞ。お楽しみはこれからだぜ。おい、足の皮膚をはやく溶かせ!」  
 せかされた技術者たちが、大急ぎで霧香の足の付け根に酸を吹き付ける。  
 あっという間に銀色の関節が顔をだす。  
 
 サングラスの男が技術者からチェーンソーを奪い取り、霧香の太ももに押し当てる。  
「おい! やるんならちゃんと関節に……」  
「うるせぇ!」  
 仲間の制止を振り切り、完璧に常軌を逸したサングラスはチェーンソーのスイッチを入れる。  
 再び、金属の刃が回転する耳障りな音が倉庫に響きはじめる。  
 それと同時に、下卑た笑い声も。  
「いひひひひひ! さぁお待ちかねの足だぜぇ!」  
 刃物を振り回しているのに、本能のなせる業か腰の動きは止まらない。  
 当然、サングラスの男の姿勢はふらふらと安定しない。  
 太ももを斬りつけたかと思うと、腰にいってしまったり、危なっかしいことこのうえない。  
 霧香は表皮が残っているところにあたれば腰をくねらせて喜び、機械部分にあたれば悲鳴とも嬌声ともつかぬ声をあげた。  
 にもかかわらず、秘所はそのあたえられた機能のすべてを使い、男のペニスを愛撫する。  
 入り口から奥へ向かって膣壁がうごめいたかと思うと、今度は逆に奥のほうから丹念にマッサージするように、波打つ。  
 きゅうきゅうと心地よい締め付けは緩めず、ただ奉仕するためだけに、女アンドロイドは存在していた。  
「ひっ! ぎぃっ! ぎぅぅ、あ、痛い! いらひよぉ! あああああいたひぃ、きもちひぃよ。すごひぃいぃ」  
 コツをつかんだのか、サングラスは霧香の右足を上手に切り刻み始めた。  
 部品が破壊されていく音に混じって、ぐちょぐちゅと粘膜がこすれあう音が聞こえ、男の興奮を煽った。  
 ぶちぶちとコードが切断されるたびに、狂ったように霧香はよがり、さらなる責め苦を要求する。  
 
「こいつで止めだ!」  
 サングラスの男が今まで以上に腕に力をこめて、猛スピードで回転する刃を霧香に押し付けた。  
 ガッ! ギィィィン!! ……ゴトッ!  
 硬質な音をたてて、かつて右足だったものがベッドに沈み込んだ。  
「ひぎぃいぃぃぃ!! ごぁぁぁっ、ぎっぐっぅぅぅぅ!」  
 哀れなアンドロイドがのたうちまわり、拘束されていない上半身がはねる。  
 まるで吊り上げられた魚のように霧香はベッドの上を転げまわった。  
 切断部分から火花が飛んで、サングラスの腰に当たっているのだが、まるで意に介した様子がない。  
「はぁぁぁ、最高だぜぇ……」  
 足を切り落とした瞬間に、男も達していた。  
 背筋を震えるような快感が通り抜けていく。  
 しかし精液を吐き出しながら、なおも男は腰を動かし続ける。  
 男のものはまるで衰えていなかった。  
 はじめと変わらぬ、いやむしろ一まわり大きさを増して霧香をえぐる。  
 暴れまわる霧香をむりやり押さえつけ、ののしる。  
「どうだっ! お前も気持ちいいだろうっ!」  
 サングラスの男は霧香の顔面を全力で殴りつけた。  
 しかし霧香はまるで反応しない。  
 限界を超えてしまったのだろう。  
 うつろに開かれた霧香の唇からは、ひゅうひゅうというかすれた音と、神経に障る電子音しか流れてこない。  
「ピィ――。……ザッ、ザ――」  
「何とか言ったらどうなんだ!」  
 血走った目で、もはやアンドロイドとも呼べない、残骸に拳をふるうサングラス。  
 周囲の人間は完全に引いてしまっている。  
「変な音だしてんじゃねぇよっ!」  
 狂人はむりやり手を霧香の口にねじ込むと、小刻みに振動している舌を摘み上げた。  
 ぬめる舌を握りつぶすようにして掴むと、男は三度目の絶頂を迎えた。  
 亀頭が膨れ上がり、今までで一番大量の射精を開始する。  
 びくびくと痙攣しながら、肉棒は白い粘液を霧香の中にぶちまける。  
 
「はぁぁぁ……ほんとにすげぇ……ぜっ!?」  
 唐突に男の頭蓋にくぐもった音とともに穴が開いた。  
 ワンテンポ遅れてそこから血が噴出する。  
 サングラスがゆらりとバランスを崩して、後ろに倒れていく。  
 ペニスが軽い音をたてて抜ける。  
 それは未練たらしく精液を出し続け、霧香の体を汚していく。  
 しかし、すぐにそれは上から降り注ぐ鮮血によって覆い隠されてしまう。  
 その間も、あたりには無数の銃声が響いていた。  
 天井を見ると、いつの間にあったのか、天井から吊るされているロープに捕まった吉村の姿がある。  
 一人ではない。  
 無数の人間が吉村に続いて、天井に開けられた穴から侵入しつつ、眼下に向かって銃を乱射している。  
 そのうちに倉庫のドアが打ち破られ、さらに兵士が突入してきた。  
 倉庫にいた人間たちはなにが起きたかわからぬうちに、次々と倒れていく。  
 
 数分後、倉庫を制圧し終えた吉村が、周囲を警戒し続ける部下から離れて霧香の元へやってきた。  
「これは……」  
 かつての面影のかけらもなく、ガラクタと化した部下を見下ろす。  
 あまりにむごい有様に、吉村は言葉を失った。  
 なまじ美しい顔が残っているだけに、よけい哀れさを増している。  
 体の奥から溢れる怒りを抑えきれずに、吉村は手にしていたヘルメットを床にたたきつけた。  
 そして大きく息を吐くと、できるかぎり冷静に、通信機に向かって霧香の確保を告げた。  
 
「ぐっ……わ、わた、わたし……は」  
 声帯が破損しているのだろう。  
 かすれた声が自分の耳に飛び込んでくる。  
 霧香はきしむ首を動かしてあたりを見回した。  
 忙しそうに多くの人間が自分を取り巻いている。  
 ふと視線を動かすと自分の体が目にはいった。  
 ひどい姿である。  
 ああ、そうだ私は、敵に捕らわれてばらばらに……。  
 ノイズだらけの映像が脳裏に再生されて、霧香はすべてを思い出した。  
「……なに!? 霧香が意識を取り戻したのか!」  
 聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。  
 誰の声かまるでわからない。  
 声紋データが照合され、それはすぐに吉村のものだと認識される。  
 正常なら起こらないタイムラグによって、霧香は嫌でも自身の惨状を意識させられた。  
「おい、大丈夫なのか竜宮軍曹!」  
 心配そうな顔がレンズに映って、なぜか霧香は感情が揺らぐのを感じた。  
「た、たい……ちょ……お……」  
「意識はあるんだな! 生きているんだな!」  
 自分を人間のように言う、その言葉がひどく嬉しい。  
「ごめ、ごめい、ごめいわくを……おか、お、おかけ、しま……し、た」  
 声帯だけでなく言語機能も損傷しているらしい。  
 信頼する隊長への言葉が上手くでてこずに、霧香はひどくもどかしい思いをする。  
「なにを言う。お前のおかげで隊員たちは全員無事だ。本当に……すまなかった」  
 ぽとりと、霧香の頬にしずくが落ちた。  
「……たいちょお?」  
 歯を食いしばって、吉村は体の奥からくる想いを押さえ込む。  
「なんでもない。それよりも、俺をまだ隊長と呼んでくれるのか」  
「たい、ちょうぅうは、たい……ちょ、うです、……から」  
 
「竜宮軍曹……」  
「たいちょ、う」  
「なんだ? どうした?」  
「どううか……こ、こ、これい、じょう、……見ない、で……くださ、さ、さい……わた、わらしも、女です」  
「す、すまんっ!」  
 吉村が慌てて部下から目をそらす。  
「すき、好きななぁ、人に人、こんんな姿を……見ら見られ、れるのは、つ、らいですか……ら――」  
「な、なにい!?」  
 慌てた吉村が聞き返すが、霧香はすでに意識を失っていた。  
 目を閉じ、微動だにしない部下を見つめて、隊長はただ立ちつくす。  
 モニターを見つめていた一人が大声をあげる。  
「あーーーっ! 無理をさせるなといっただろう。 まだ起動しただけだというのに!!」  
 棒立ちの吉村を押しのけて、技術者たちが霧香におしよせた。  
 
 霧香の体は軍事機密の塊であるから、発信機など様々な監視装置がついている。  
 当たり前だが、初のアンドロイドの運用状況をモニターするためである。  
 霧香を強奪した連中もほとんどの発信機を発見、破壊したものの、たったひとつだけ見つからなかったものがあった。  
 そのため霧香の居場所が確認でき、奪回部隊が無事に霧香を回収できたのだ。  
 二週間後、霧香は無事修復され吉村隊に復帰した。  
 修復作業中に回収されたデータから判明した、プログラムシャットダウン直前の霧香の吉村への言葉から、アンドロイドも恋をするのかという論争が勃発し、経過を見守りつつ、データを収集するべしという結論が下された。  
 その結果、霧香の吉村隊への配属が半年間から無期限に延長されることとなる。  
 
「隊長! またお世話になります!!」  
 相変わらず葉巻をふかしている基地司令の前、霧香がきりりと引き締まった顔で敬礼する。  
 吉村は嬉しいような、困ったような、判断のつきかねる心境でそれを受けた。  
 
 

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