ピーヒョロロ〜ッ
鳶が、気持ち良さそうに鳴いて、森の方に消えていく。
「あー・・・・・・・・・頭痛ぇ・・・二日酔いだな・・・」
宿を出た辺りから、頭の中を蛇がのた打ち回ってるような頭痛が耐えない。
「「・・・・・・・・・しぬぅ・・・・・・・・・」」
「・・・誰だ?・・・」
愚痴が、誰かの声と重なる。
「すいましぇーん、僕です、ゼノスです・・・」
聞き慣れた声で返事が返ってきた。
「お・・・ちょっと見ない間に、随分やつれたな・・・」
やつれたというより、精気を全て吸い尽くされたようなという表現の方がしっくりくる。
そんな顔をしている。
「ちょっと・・・色々ありまして・・・午後は訓練とかないですよね?」
「今日も明日も、訓練は休みにする予定だけど・・・」
俺が疲れたり二日酔いなのもあるが、何より機体のメンテナンスに丸2日はかかる。
その間は自主トレーニングという事にしておいて、訓練を休みにするつもりだった。
「じゃあ、ちょっとそこの影で寝てるんで・・・屋上の鍵、閉めないでください・・・」
そう言って、階段で屋上に登ってきた者からはちょうど死角になる階段を覆う屋根の上で寝転び、
すぐに寝息が聞こえ出す・・・これじゃあ、わざわざ死角で寝てる意味がないような。
「しっかし・・・・・・学生に戻ったみたいだなぁ・・・こういう景色」
基地の本館屋上から感じる空気は、学生時代に昼飯を食べるために登っていた屋上の雰囲気に似ていた。
この建物自体、元々学校なのだから、当然といえば当然・・・・・・というわけでもない。
俺が学生時代に登っていた屋上も、この屋上も、ある一点が普通とは違う。
それはどちらも、柵で囲まれていないという点だった。
「あの時は・・・誰かの隣にいつもいたような・・・」
相変わらず記憶がはっきりしないが、短期間でここまでこちらの世界に馴染んでしまうと、
最早帰れても帰ろうという気がしなくなってくる・・・もちろん、博士を一人にしておきたくないのもあるが。
そうこうしているうちに、頭痛もあってか段々目蓋が重くなり、俺は眠りに落ちていった。
また夢を見る。
今度は、満月が綺麗な月夜・・・場所は、海に面した草原だった。
「これで・・・・・・これであなたは帰れるわ」
いつも夢に出てくる年上の女性がそう言う。
帰れるって、どういうことなんだろう・・・。
目からはとめどなく涙があふれ出て、彼女との別れを悲しむ感情が流れ込んでくる。
「私は心配なんかしなくても良い・・・だから、いつもみたいに笑いなさい・・・」
強がって見せる、寂しげな微笑み。
「カズヒロは、私と違って魔法使えないでしょ・・・だから、帰ったほうが幸せになれる」
カズヒロ・・・彼女が俺に向かって言った誰かの名前。
瞬間、幾つかの記憶が俺の頭の中で繋がる。
そうだ、俺の名前は・・・そして、彼女の名前は・・・駄目だ、思い出せない。
バサバサッ・・・・・・バサバサッ
「すいませーん」
何か大きなものが羽ばたく音がする・・・なんだろう・・・。
「すいませーん・・・お兄さん、そんなところで寝てると風邪引きますよ?」
そんなところ?
「・・・んあ・・・・・・・・・?」
「夕刊ですよ、夕刊」
目の前に立っている少女が、丸めた新聞を差し出してくる。
「夕刊・・・もう夕方か・・・よく寝たなぁ・・・」
「風邪引きますよ、そんな薄着でこんなところで寝てたら」
少女の言葉に反応するかのように、手綱と鞍をつけたワイバーンも頷く。
「じゃ、他の基地にも夕刊届けていますので・・・」
バサッ・・・バサバサ
夕日の中に消えていく、やたらファンタジーな新聞配達員に手を振ると、改めて周りを見渡す。
「ゼノスは・・・もう中に入ったようだな」
さっきまで屋根にいたはずのゼノスの姿はとうになく、俺も階段を下りて中に入る。
手の、それもとりわけ指先の感覚が鈍く、中々ドアが開けられなかった。
寝ている間に、随分体が冷えたらしい。
「あー助手くん、ずーと探してたんだぞっ!!」
「博士・・・」
「んんー、元気ないけどどうかしたの?」
「いえ、ちょっと・・・・・・自分の名前、思い出しました」
「えええええ!良かったじゃん、助手くん。おめでとう」
俺の両手を握って、上下にブンブンさせている。
凄い喜びようだ、博士・・・。
「それでですね、俺の名前は・・・」
「待って、私が当ててあげる!」
意外を越えて突拍子もない発言、思わず
「は?」
という声が漏れてしまう。
「君の名前はね・・・・・・カズヒロくん」
何秒、フリーズしていただろう。
「・・・・・・・・・なんで、なんで博士が知ってるの!?」
ようやく、決まりきった返事を返すことができた。
「えっへーん、だって助手くん、私が小さい頃に会ったんだもん」
「・・・なんですかそれ・・・」
博士がそういうのだから、きっと間違いはないだろうが、
あいにく俺には、そんな記憶はない。
「もー、覚えてないなんてヒドイよ、助手くん」
「んなこと言ってもなぁ・・・」
「あの時は、まだ助手くんの方はお兄さんだったんだよ」
「・・・へぇ・・・」
ということは、向こうとこっちは時間の流れが違うのか?
言われてみれば・・・随分昔、博士を小さくしたような女の子と、
どこかの公園で遊んだこともあるようなないような・・・。
「それでねそれでね、公園で遊んでもらって・・・・・・あれ?」
「・・・どうかしたんですか?」
「うーん、おかしいな、ここから先がぷっつり思い出せないんだ」
博士が悩んでいる様子は、単純に思い出せないような感じではなかった。
まるで記憶が封じられてるとか、そんな感じの不自然な途切れ方。
実は俺も、それを自分の記憶の欠け方に関して感じている。
「まあ、疑問も解けたし無理に思い出さなくても・・・」
「そう・・・ごめんね、一人で盛り上がっちゃって」
「で、博士・・・俺を探してたってのは?」
先ほどまでの話を中断して、本題に持ち込む。
冷えきった体で長時間の立ち話は、結構体に堪える。
「あ、そうだったよね・・・」
ギュッ
「あの・・・博士・・・?」
博士は、いつのまにか俺の服の裾を握りしめていた。
「大変だったんだよ、食欲もでないし・・・便秘はするし、
階段から落ちそうになったことも一度や二度じゃないし・・・」
「は、はぁ・・・・・・」
「甘いものいっぱい食べ過ぎて自己嫌悪に陥るし・・・
眠れなくて睡眠不足にもなっちゃうし・・・」
涙目で愚痴りながら俺に迫ってくる博士。
俺は博士の背中に手を回して、そのまま抱き止めた。
「これでいいですか、博士・・・」
「助手くん・・・そういう優しいところ・・・大好き」
「研究室でこんなことして・・・良いんですか、本当に・・・」
「いいのいいの・・・私の研究室だもん」
そのまま、博士に促されたどり着いたのは、博士が研究室に使っている元理科室だった。
「四日も待ってたんだよ、今日はじ〜っくりしようね」
「じっくりって・・・具体的にはどうするんですか?」
「助手くんはそこのテーブルにでも腰かけてて・・・私がしてあげるから」
「え?」
プチップチッ・・・
こっちに背中を向けている博士が、上着のボタンを外している音が聞こえてくる。
「ちょっと待っててね〜・・・」
「はあ・・・・・・」
プチンッ・・・・・・シュル・・・
博士が身に付けていた、白いブラジャーが床に落ちて・・・こっちを振り向いて・・・え?
「さ・・・準備できたよ」
「・・・・・・・・・ちょ、博士一体何を・・・」
上半身だけ脱いだ博士は、そのまま俺の腰の高さまで屈み、
俺のものを、どちらかというと大きくて魅力的な乳房で挟んで撫で始める。
「こうすると、男の子は気持ち良いって聞いたんだけど・・・きもち良い?」
「・・・・・・・・・」
「どしたの、緊張してる・・・?」
「うーん・・・緊張してるというより・・・さっきのことが気になって・・・」
「体は正直なのにね・・・こんなにおっきくなっちゃってさ・・・はむ」
なんだかんだいいつつも、しっかり勃起はしている。本当に嫌になるぐらい体は素直だ。
そうこうしているうちに、博士の舌が俺のものの先の方を舐め始める。
「あ・・・舌は・・・・・・ダメ、出る・・・」
「・・・ん・・・ぐ・・・」
あっさり博士の口に精を吐き出してしまうが、博士は慣れた様子でそれを受け止めてくれる。
「ぷはっ・・・・・・悩みあるなら・・・相談して欲しいよ、助手くん・・・」
博士は、口の端から漏れた白濁液を白衣の袖で拭いながら、俺にそう言ってくる。
「そんな深刻に悩んでるつもりでもないんですがね・・・」
「でも・・・」
ゴチンッ
「いてっ・・・」
「うう・・・ごめん助手くん、顔近づけ過ぎた」
ムードを出そうとした博士が顔を近づけてきたが、
タイミングが悪かったか距離の感覚が悪かったのか、そのまま二人の額がぶつかる。
「でもね、でもね・・・助手くん悩んでるもん・・・絶対」
言っていることはすごく心に響くのだが、
ぶつけた額をさすりながら涙目で言われると、どうにも話の内容と博士の仕草ミスマッチが気になってしまう。
「記憶のこととか、こっちの世界とのギャップとか・・・」
「・・・・・・・・・」
「私が重いから、将来腰痛になっちゃわないかとか・・・うー、まだぶつけたところがジンジンする・・・」
「・・・・・・・・・もう、いいです・・・」
「え?」
「博士の表情みてたら、なんか馬鹿馬鹿しくなってきた・・・」
悩んでることが馬鹿馬鹿しい。
博士が目の前にいて、俺はこの世界でまともな生活をおくれている。
それで十分じゃないか。
「流石の私でもちょっと怒るよ、助手くん」
きょとんとしていた博士の顔が、ムスーっとした怒りの表情に変わり、
そう言って、俺を頬を抓ってくる。
「いだだっ・・・ごめんごめん」
いつもの博士といつもの俺だ、これ良いじゃないか。
名前を思い出したからと言っても、立場は変わらないし呼ばれ方も変わらない。
「それじゃ・・・・・・いただきまーす」
その言葉に気がつくと、既に手足に触手が巻きついて来ていた。
「え?・・・あ、ちょ、ちょっと!?」
抗議の言葉は、まったく聞いてもらえないようで、
別段軽い方ではない俺の体が、完全に宙に浮く。
「4日ぶりのご・ち・そ・う」
「うわーっ!? ・・・むぐ」
最近、のんびりしきってて忘れていたが・・・博士は、かなり強引なところがある。
そんなことを考えているうちに、博士の顔の前に体ごと移動させられ唇を奪われた。
「んく・・・・・・・・・」
博士が舌を入れて、俺の口の中を犯してくる。
前はぎこちなかったが、今ではこっちがとろけそうに感じるぐらいうまくなっている。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・博士って、ごんなに強引な人だったっけ・・・」
まだ息が整わない中、博士に疑問をぶつけてみる。
「4日も待たせる助手くんが悪いんだぞ・・・かぷっ・・・」
「ひゃ・・・どこ甘噛みしてるんですか・・・・・・」
そのまま首を伸ばして左の耳を甘噛みし、舌先で耳の穴を刺激してくる。
そうか、俺4日も基地にいなかったんだもんなぁ・・・。
研究に没頭してても、4日も顔さえ見れないのは流石に大きいか。
と、甘い感覚に身を委ねていると、いきなり手足を束縛していた触手の感覚が消える。
直後、木で出来た床に体がぶつかり、体性が崩れる。
「っ・・・・・・いたたっ・・・・・・あ」
「・・・・・・・・・」
いつもにも増して、頬を赤く染めている博士。
その体が、姿勢を立て直そうとする俺の上に迫ってくる。
乗られてしまうと、力が入らないこの状況では、重くてとても振り払えない。
「いつもより・・・いっぱい頂戴ね・・・」
「博士・・・ちょっと、目が据わって・・・」
全身の骨が、いきなり乗ってきた博士の重みでメリメリと音を立て、
気持ちよさそうにしている博士が、一瞬悪魔に見え、女性の二面性とかいう言葉が頭に浮かぶ。
「博士、痛いんでが・・・」
「大丈夫、すぐに気持ち良くなるから」
さらに博士の動きが激しくなっていき、周りに肉のぶつかり合う音が響く。
「・・・・・・あの博士・・・」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
腕も押さえつけられて、これって逆レイプとか言わないかと考え、
痛みと押し寄せてくる快楽に身を任せていると、段々意識が遠のいてくる。
それから先は・・・・・・よく覚えていない。
全身の痛みで目を覚ましたら、いつものように博士が腕の中で寝息を立てていた。
朝、基地の中庭まで日が差して、湖からの風向きも変わり始める清々しい朝。
「おばちゃん、栄養ドリンクある?」
「あいよ、60センタね」
「僕にも、栄養ドリンクを・・・」
「はいはい」
いつもは徹夜組の人達、つまり博士や整備の人がよく訪れる時間帯の売店に、
生きる屍のように生気のない、二人の男の姿があった。
「「ぷはー・・・・・・」」
二人が、同時に栄養ドリンクを飲み干し、溜息をつく。
「それにしても、あんたら二人そろってどうしたんだい。
朝から死んだ魚みたいな目して、ゾンビみたいに力尽きててさ・・・」
この時間帯は、いつも規則正しく食堂で朝食を取っている男たちにそう声をかける、売店のおばちゃん。
「いえ・・・留守にしてた4日分一気に・・・」
「は?」
「僕は、半日ほど絞られてて・・・」
「??」
「はぁ・・・」
「ふぅ・・・」
「疲れてるなら、素直に休みなさいよ隊長さんとボウヤ」
何が起こったのかは知らないが、今にも倒れそうな二人にそう忠告し、お釣りを渡す。
「へーい・・・」
「はい・・・・・・」
「本当に大丈夫かね・・・」
「おばさーん、朝刊持ってきたよ」
二人の後ろ姿を見守っていると、横から聞きなれた声が聞こえてくる。
ワイバーンで近隣の基地の新聞配達をして回っている女の子だ。
「いっつもこんな僻地まで悪いわねぇ・・・」
そして、その頃食堂では・・・。
「あれ・・・いつもより食べてないね、ミーナちゃん」
「うん、助手くんとひさしぶりにしたらお腹いっぱいで」
「あーわかるなぁ、ボクも昨日おやつ食べる気しなかったし・・・」
「お嬢・・・おまえ人の弟に一体何をした!帰るなり、いきなり泣きついてきたぞ」
「ごめん、カレンちゃん・・・・・・可愛かったから、ついつい虐めちゃって・・・」
「やっぱりそれか・・・・・・お前というヤツは・・・」
いつもより少々悲惨な朝は、ゆっくりと流れていく。
男たちの力のない溜息と後姿、割と幸せそうな女たちの会話と共に。