アンシェル・クレファンの一日は、朝食後のランニングから始まる。  
子供のころから、野山を駆け回るのが好きだったこともあり、また高山の新鮮な空気が好きなこともあり、この屋敷で妹夫婦とともに暮らすようになってからは、毎日欠かせぬ日課となっている。  
 この日も朝食を終え、ペットを連れてランニングに出かけようとするアンシェルは、昨夜から夜通し続いた軍議を終え、ようやく戻ってきたリュナと玄関で顔を合わせた。  
「お帰りなさいませ、あなた」  
 いつの間にか、妹のリシェルが玄関に出てきていて、彼を出迎えている。  
「ああ、ただいま。元気だったか?」  
「ええ、とっても」  
 そう言って微笑むリシェル。その艶のある笑顔を見たアンシェルは、つい思いっきり傍らのペットを睨みつけてしまう。  
「そうか。こっちは……どうにも厄介な話が続いている。少し休んだら、また出かけることになりそうだ」  
「それでは……お体にさわります」  
心配げなリシェル。そんなリシェルに、リュナは笑顔で答える。  
「……ありがとう。でも大丈夫だ。本当に疲れたらそのときは遠慮なく休む」  
「……それならばよろしいのですが、でも無理はなさらないでください」  
「ありがとう」  
「……その、リュナ卿……」  
 傍らで夫婦の会話を聞いていたアンシェルが、おずおずと口を挟む。  
「やあ、アンシェルちゃん。今からトレーニングかい?」  
「あ、はい……」  
「そうか。元気で何よりだ。君の元気な姿は僕にも力をくれる。……初めのころは見るのも気の毒なくらいやつれていたからな。……レイマ君のおかげだな」  
「……そ、そんなことないですっ! レーマの……」  
 なぜか慌てて否定しようとするアンシェル。それを見てリュナが言う。  
「いや、やっぱり身近に顔なじみがいるってのは大きいよ。君の場合、妻もそうだけど、やっぱりレーマ君の存在だと思うよ。昔からのペットってのは、時に肉親同様、時にはそれ以上の存在だったりするものさ」  
「……そ、そうですね、ペットってのは……」  
なぜか、ペットという部分に必要以上に力を入れてアンシェルは答える。その姿に、また意味深な微笑を見せるリュナ。  
 
「まあ、元気になってくれればそれが一番だ。……実は、ちょっとした夢もあってね。いつか、きみとリシェルが、姉妹で僕の妻になってくれたらいいなって」  
笑顔で突拍子もないことを口にするリュナ。確かに、このカモシカの国では多妻は認められている。……が、仮にも妻の前で言うことではない。  
そのはずなのだが、リシェルはというと……  
「そうですわ、お姉さま。私たち昔から一緒だったんですもの、また一緒になりましょうよ」  
そう言って、満面の笑顔で夫の提案に賛同する。  
「……い、いやしかし……だな……」  
 思わず口ごもるアンシェル。そんなアンシェルに、リシェルは屈託ない。  
「大丈夫ですよ。リュナは本当にいい人なのですよ」  
「……し、しかし……その……」  
「大丈夫ですって。三人で仲良く暮らしましょうよ。昔は、ひとつのケーキだって二人で分けたじゃないですか」  
「……お菓子と男を一緒にするな」  
「よく似たものですわよ。本当に甘くて、とろけるような……」  
 そういって、うっとりと頬を染めるリシェル。アンシェルはかすかに首を振り、そしてリュナに言った。  
「お気持ちはありがたいのですが……私はまだ、女王派の騎士であることを捨て切れてはいませんので……」  
そう答えるアンシェルに、リュナはやはり魅力的な微笑を浮かべて答える。  
「ああ、そうか……それも当然だな。義理堅いのも君の魅力だし。……うん、いいさ。この戦争も、いつかきっと終わる。そのときこそ……な。三人で……ごめん、三人と一匹で仲良く暮らせる日が来るさ」  
(……一匹……いや、当然か……)  
レーマは、複雑な表情でそれを聞いていた。  
 
 全土が戦争状態にあるカモシカの国は、外に出るのも実は気楽なものではない。  
 リュナ夫妻の邸宅がある、王弟派の拠点グランダウスや、女王の居城ライファス近辺はまだ平穏だが、それ以外は国土の大半で治安が大きく乱れ、双方の兵士や、戦乱で故郷を追われて野盗と化した者たちで危険な状態にある。  
だから、たかがランニングでも剣を腰に下げ、ちょっとした胸当て程度は装備して走ることになる。  
標高1500メートルの高地で、そんなものを身につけて走るのだから、もともと山岳生活に適したカモシカ族であるアンシェルはともかく、レーマにとっては大変というしかない。  
アンシェルの叱咤を受けながら、本当に何とかついていくのがいつものことだった。  
「……少し休むか」  
アンシェルがそう言って、近くにあった岩に腰掛ける。もっとも、アンシェル当人はさほど疲れた様子もない。レーマの身を案じてのことに違いなかった。  
 しばらくして、追いついてきたレーマが倒れこむようにしてそこに座る。それを見たアンシェルが、厳しい口調で言う。  
「……まったく、だらしがない。人生とは日々鍛錬だ。ベッドの上だけが人生ではない」  
 昨夜のことが、少しおかんむりらしい。  
「……まあ、亀の歩みだが、すこしずつマシになってはいる」  
 厳しい言葉の後、なぜか顔を少しそむけて、アンシェルはそう続けた。  
 そのそむけた顔が何かを見つけたらしく、アンシェルは唐突に立ち上がった。手が、腰の剣にかかっている。  
「……貴様ら。どこの者だ」  
 厳しい声を投げかけた先から現れたのは、十人程度の男たちだった。  
 
手に手に武器を持ち、下卑た顔をした者たち。武器や防具のばらつきから、野盗だとは容易に想像がついた。  
「こりゃあ、そそる声の姉ちゃんだな」  
「ああ、こりゃあ楽しみがいがありそうだ」  
 品のない笑い声。アンシェルがきっとにらみつける。  
「それ以上近づくな。近づけば容赦はせぬ」  
 その声に、また下品な笑顔を浮かべる男たち。  
「いいねえ、こういうの。ますますそそらせるぜ」  
「まったくだ。こういう女ほど、やりがいがあるってもんよ」  
「へっへっへっ……」  
 恐れるそぶりもなく近づいてくる。よく見ると、その表情には残酷なものがある。おそらくは、何人も人を殺した経験があるのだろう。  
 
「…………」  
 剣に手をかけたまま、なぜか動かないアンシェル。野盗たちは、じりじりと近づいてくる。  
「……う……うわあああっ!」  
 突然、異変が起きた。  
 さっきまで、毅然とした顔でにらみつけていたアンシェルが、突然その場にくず折れるように倒れこみ、頭を抱えて悲鳴を上げた。  
「アンシェル様?」  
 あわてて声をかけるレーマ。アンシェルはしかし、その場に崩れこんだまま、頭を抱え、震えている。今まで、見たこともないしぐさだった。  
 野党たちは、その間も下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。レーマは、とっさに動いた。  
 一気に駆け出し、間合いをつめる。そのまま、剣を抜きざまに目の前の一人を下から上へと斬り払った。  
 油断していた野盗の一人が、血しぶきを上げて倒れる。  
 一瞬のことに、何が起きたかまだ事態が飲み込めていない野盗たち。一瞬の空白が、彼らに生まれた。  
 一瞬とはいえ、動きの止まった野盗。それは、至近距離の戦闘においては致命的だった。  
 動こうとするより早く、次々と喉、目、心臓もしくは腹部を次々と刺され、あるいは斬られ、その場に倒れる。  
 アンシェルの訓練が、役に立った。  
 動きを止めることなく、目に入る敵の、かならずどこかにある無防備な急所を、ひたすらに斬る。嫌というほど叩き込まれたそれが、この戦いではすべてだった。  
 十人を超える数は、一瞬の戦闘ではまったく意味を成さなかった。  
 時間にして一分…いや、30秒もかからなかったかもしれない。14人の野盗は全員、その場に倒れていた。  
 その場に倒れたとはいえ、与えたのは一撃のみ。大半はまだ息がある。  
 ためらわず、レーマはとどめを刺す。首か心臓、どちらかを刺す。  
 全員が完全に戦闘能力を失ったのを確認してから、ようやくレーマはアンシェルの元に戻った。  
 
 アンシェルは、岩に座り込んでいた。全身に血しぶきをあびた凄惨なレーマの姿をみて、かすかに笑ったように見えた。  
「……こんなものだ」  
「え?」  
 意味がわからず、問い返すレーマ。アンシェルは、不思議な笑みを浮かべて繰り返した。  
「こんなものだ。……いくらお前にえらそうなことを言っても、今の私は……戦えないのだ」  
 そう言って、また微笑みを見せる。だがそれは悲しげな微笑だった。  
 
「……」  
 どうして、とは聞けなかった。聞いてはいけないような気がした。  
 レーマなど相手にならないほどの技量を持つアンシェルが、たかが野盗相手でさえ戦えないというのは、かなりの理由があるということはわかりきっていた。  
 沈黙したまま、その場に立ちすくむレーマ。  
「……なぜ、とは聞かないのだな」  
「……聞いては……いけないような気がして」  
 その言葉に、また悲しげな微笑を浮かべるアンシェル。  
「そう……だな」  
「……」  
「私も、できることなら言いたくない。……思い出したくもない」  
「……でも、ですか?」  
「……そうだ、でも……だ。でも……それでも、お前に言っておきたいのだ」  
「……」  
 アンシェルは、小さな声で話し始めた。  
「私が、騎士になったのは16歳だった。あのころの私は……怖いもの知らずだった」  
 なんとなく、想像はつく。当時、アンシェルとリシェルの姉妹が住んでいた近辺には、アンシェルにかなうものは男でさえもいなかった。  
 一人前の大人でも、幼いアンシェルと剣を合わせれば、引き分けるのが精一杯だった。  
「怖いもの知らずだった私は、この戦争が起こった後、今思うと愚かしいほど……戦い続けた」  
「……」  
「そして、身の程知らずに戦い続けた挙句、やがて生け捕りになった。深入りしすぎて、敵に取り囲まれたのだ」  
 若くして強くなった者にはよくあることだった。若さゆえに自分の力を過信し、深入りして墓穴を掘る。レーマも何度もそんな話は聞いていた。  
「……女が、戦場で囚われの身になって、何もなかったと思うか?」  
 
「……」  
 何もないはずがなかった。獣性をむき出しに戦う兵士たち。捕らわれの女がどうなるか、レーマにもわかりきっていた。  
「……思い出したくもない思い出だ。だが……忘れたくても忘れられない」  
 声が、かすかに震えている。  
「あの日以来……敵と、向き合うことが……怖くて、たまらないのだ」  
 ふと、アンシェルの表情を見る。その目に、涙がうかんでいた。  
 アンシェルが顔を上げた。見つめるレーマと、目が合う。  
「あの時……私が、誰の名を呼んだかわかるか?」  
 レーマを見つめる目から、ひとすじの涙がこぼれる。  
「……おまえだ」  
 涙をぬぐおうともせず、アンシェルは、レーマの顔を見つめて、はっきりとそう言った。  
 
「私は、何人もの男たちに押さえつけられ、さんざんに弄ばれた。私は泣き叫び、必死にお前の名を呼び続けた」  
「……」  
「だが……お前は来なかった」  
 その頃、レーマはリシェルのお供をしていた。とても行けるはずがなかった。しかしレーマは、何もいえなかった。  
「お前がいれば……私はあんな目にはあわなかった。おまえさえいれば……さっきのように、お前は私を助けてくれた!」  
(……無理だ……)  
 自分の剣の腕はわかっている。今はたまたま、相手が油断していたから勝てただけだった。訓練された兵士相手だと、とても勝てるとは思えなかった。  
 だが、今のアンシェルは、とてもそんなことを言える雰囲気ではなかった。  
「なぜ来てくれなかった! なぜ私を助けてくれなかった! 私が……あんなにおまえを呼んだのに!」  
 そう言いながら、突然泣きじゃくるアンシェル。  
(……僕が……でも……無理だ……でも、それでも僕は……だったのか?)  
 突然のことに、困惑するレーマ。アンシェルのこんな姿を見るのは初めてだった。  
「……お前さえ……お前さえいれば……」  
 泣きながら、そう繰り返すアンシェル。  
 
(このままじゃ……どうにもならない)  
 突然、レーマはアンシェルを抱きかかえた。  
「……れーま?」  
 思わず、泣いていた手を離し、レーマを見つめるアンシェル。  
「とりあえず……帰ろう。帰って……それから、いろいろと。これからは……僕がいる」  
 アンシェルの前で「僕がいる」なんて言葉が出るとは、レーマ自身思ってもいなかった。が、不思議なほど自然にその言葉が出た。  
「僕がいる……か」  
 アンシェルが、やっと笑顔を見せた。目はまだ泣き腫らしているが、それでも、少しだけ笑顔を見せた。  
「弱いくせに」  
「そのうち、強くなる」  
「……そうだな。この私を守るんだから……強くなってくれなくては困る」  
 かすかに、頬を染めてアンシェルが言った。  
 
 お姫様だっこというのは、意外と腕力が必要だったりする。山肌を歩きながらのお姫様だっこというのは、意外と疲れた。  
 野盗の死体をその場に残したまま、山肌をグランダウスに戻るレーマたち。グランダウスまであと少しというところで、ようやく気分が落ち着いたのか、アンシェルが降ろせと言い出した。  
「いくらなんでも……この格好で帰るわけにも行くまい」  
 少し赤くなりながらそういうアンシェルに、つい吹き出しそうになるが、必死にこらえる。いくら戦えないなどといっても、相手がレーマとなるとまるで容赦しないのはよくわかっている。  
「はい、ご主人様」  
 そう言って、アンシェルを下ろす。  
「……レーマ。その、何だ……」  
「何です?」  
「泣いてたと、気づかれたりしないだろうか」  
 その言葉に、たまらず吹き出す。  
「私は本気で心配しているのだ!」  
 ますます顔を赤くしてそういうアンシェル。レーマは必死に笑いをこらえながら、何とか答える。  
「大丈夫ですよ。ただ……あんまり赤い顔で帰るのも変ですし、この辺で一休みしますか」  
 
「……あ、赤い顔……そうか……」  
 自分の心を意識したのか、そう言ってますます頬を赤らめるアンシェル。考えてみれば、もう十年来の付き合いになるが、こんな顔を見るのは初めてかもしれない。  
「とりあえず、ちょっとだけ人気のないところに行きましょう」  
 そう言って、レーマはアンシェルをつれて歩きだした。  
 
「……このへん、ですかね」  
 そう言ってレーマが足を止めたのは、山腹の洞窟だった。人気がないというよりは、あたりが険しすぎて誰も来ないといったほうがいいような場所だった。  
 野盗さえ、こんなところにはこないという場所で、少し前にレーマが足を踏み外して崖から転げ落ちたとき、偶然見つけた場所だった。  
「……こんなところがあったとはな」  
「少なくとも、人はきませんよ」  
「……そのようだな」  
 そう言って、腰を下ろすアンシェル。その横に、レーマも座った。  
「……なあ、レーマ」  
「何です?」  
「朝、リュナ卿が言っていたが……本当に、お前がいなかったらと思うと……ぞっとする」  
「いるじゃないですか、ちゃんと」  
「もしもの話をしている」  
「もしもなんて、無意味な話ですよ。だって僕はいるんですから。わざわざ悪いほうに考えるのは……疲れてる証拠です」  
「……お前、いつから私に口答えできるようになった」  
「ついさっきから、ですよ。強くならなきゃって、そう決めたときから」  
「……強くなるのはいい。だが、私にまで強くなるな」  
「……なんですか、それは」  
「……お前が、私より強くなったら……私は、いったいどうなる」  
「……」  
「今の私は、何もできない名前だけの騎士にすぎない。自分でわかっている。だからこそ……」  
 
 すべてを言うより早く、レーマがアンシェルをその場に押し倒していた。  
「……な、何を……」  
 戸惑ったような表情のアンシェル。  
「いいじゃないですか、弱くっても」  
「よくない! 私は……」  
「私は、何ですか?」  
「私は……わたしは……」  
「何ですか?」  
「……わたしは……」  
 その先の言葉が、出てこなかった。困惑するアンシェルに、レーマが言った。  
「これから、見つけていきましょうよ。今はとりあえず、そんなもの捨てちゃいませんか。悪い思い出と一緒に、騎士とか、強い自分とか、変なプライドとか」  
「……簡単に、捨てられると思うか」  
「僕が、お手伝いしますよ」  
 そう言って、レーマはアンシェルに唇を重ねた。  
 
「ん……」  
 アンシェルの口から、甘美な声が漏れる。舌を絡めると、すぐに反応して来た。  
 アンシェルの手が、レーマの首と腰に絡みつき、強く抱いてくる。レーマも、アンシェルの首に手を回し、力強く抱いた。  
 あの日、王弟派兵士に輪姦されて以来、アンシェルは男というものに体を委ねたことは一度もない。だから、リシェルの相手を何度も務めている分だけ、レーマのほうが経験はあった。  
 唇を重ね、舌を絡め、強く抱くだけで、アンシェルは陶酔している。その手を少々苦労しながら引き離すと、レーマはアンシェルの服をゆっくりと脱がしていった。  
 アンシェルは、抵抗しようともせず、されるがままになっている。ブラウスを脱がせ、スカートを脱がせ、そして下着もゆっくりと脱がせた。  
 全裸のアンシェルは、妹同様のしなやかな体つきをしていたが、トレーニングしているせいか、全身が引き締まり、そして少しだけ妹より胸が小さかった。  
 長い金髪が、小さな乳房にかかる。いつもは、少しだけ怖く見える、金髪のあいまに見える二本の角。しかしそれさえも、少しだけ震えているように見える。  
 
 洞窟の床には、さらさらとした砂がある。昔は水が流れていた名残らしい。その上に裸のアンシェルを寝かせると、レーマは自分も服を脱いだ。  
 少しだけアンシェルより背は小さいが、意外と筋肉のついた体をしている。服を折りたたんで傍らに置くと、アンシェルの上に乗った。  
「……少し前なら、こんなことをされたら、たちまち蹴っていたのだが」  
「そうですね」  
 苦笑するレーマ。夜這いと勘違いされて、布団と毛布で生き埋めにされたことさえある。  
「なぜだか、体が動かん。……全身の力が抜けたようだ」  
「リラックスした、ってことでしょう」  
「……そういうものなのか」  
 仰向けになったまま、そうつぶやくアンシェル。小ぶりな乳房を愛撫されると、かすかなあえぎ声を上げた。  
「あ……」  
 左右の手のひらで、触れるか触れないかというやわらかい力で円を描くように愛撫する。  
愛撫しながら、時折指先で乳首に触れる。妹と同じ、きれいな桃色の乳首は、触れられるたびに少しづつ堅くなり、そしてそれに合わせて、アンシェルの体がかすかに身悶える。  
「ん……」  
 必死に、声をこらえている。が、愛撫するたびに肌が紅潮し、火照ってきているのがわかる。  
 乳首が固くなったのを十分確認すると、手のひらでの愛撫をやめ、両手を背中に回して、少しだけ体を浮かせて右の乳首をかるく吸った。  
「んあっ!」  
 たまらず、声を上げるアンシェル。が、また頑なに口を閉じて声が漏れるのをこらえようとする。  
「んんっ……ん……」  
 閉じられた口から、それでもこらえきれないように時折漏れる甘い声。強く閉じられた目には、涙がかすかに浮かんでいる。  
 舌で、乳首を転がす。固くなった乳首を舌が責めるたびに、唇から甘美な喘ぎが否応なく漏れる。  
「んっ……んくっ……く……」  
 快感に必死に耐え、それでも耐え切れなくなって漏れる声。それは、なんともいえない色気を帯びている。  
 
 突然、レーマは舌を離した。そして、耳元に口を近づけて、言った。  
「無理しなくてもいいんですよ」  
「……」  
 頑なに口を閉ざすアンシェル。レーマは少しだけ笑うと、下腹部へと指を伸ばした。  
乱暴な陵辱しか記憶にない秘部に指を這わせると、アンシェルの体が固く緊張するのがわかった。  
できるだけやわらかく、やさしくと言い聞かせながら愛撫する。仰向けになり、その上にアンシェルを乗せるように抱く。そして左手で秘部を、右手で乳房を愛撫する。  
「あっ……」  
 たまらず、声が漏れた。耳元で、さらにレーマがささやく。  
「やさしく、してあげますよ。ひどい目にあったことなんて、忘れるくらい」  
 その言葉に偽りはなかった。できるだけ優しく、肌に触れるか触れないかというくらいの力で愛撫する。  
 急ごうとはしなかった。時間をかけて、ゆっくりと体に刻み込まれた恐怖と苦痛を癒していくのが最善だと思っていた。  
 
 どれほどの時間が立っただろう。  
 アンシェルの肌はすっかり紅潮し、秘部も濡れていた。口からは、荒い息とあえぎ声が絶えず漏れている。  
 それでも、レーマは愛撫を続けていた。  
 やがて、アンシェルが荒い息の中で言った。  
「……れーま……」  
「なんですか?」  
「そろそろ……いいだろう?」  
「いいだろう、って?」  
「……わたしに、言わせるな。いいだろうといえば、いいだろうということだ」  
「……はいはい」  
「はいは一回」  
「はい」  
 くすりと笑って、アンシェルを下ろす。改めて正面から見ると、アンシェルは全身に汗をかき、顔は恍惚の色を浮かべていた。  
はじめてみたアンシェルの陶酔の表情は、姉妹だけあってリシェルと似ていた。  
 
「いいんですか?」  
挿入の前に、一応は聞く。  
「……ああ」  
「じゃあ、痛かったら言ってくださいね」  
 そう言って、ゆっくりと挿入する。  
「ん……」  
 喘ぎが漏れる。声に苦痛がないのを確認しながら、ゆっくりと挿入する。  
 アンシェルのそれは、少しリシェルよりは窮屈だった。その分だけ、アンシェルの方が敏感だった。  
  最初のうちこそ耐えていたが、レーマがゆっくりとピストン運動を始めると、たちまち耐え切れずなくなり、襲い来る快楽に我を忘れて大声を上げて身悶えた。  
「ああっ! あんっ、やっ、ひああぁんっ、ああっ!」  
 屋敷でなくてよかったと思わせるほどだった。これが屋敷の中だったら、周囲の人は寝れたものではないだろうと思った。  
 が、レーマのほうも大変なのは大変だった。  
 アンシェルのそこが窮屈な上、我を忘れて身悶え、暴れる分、レーマの肉棒に加わる刺激も相当なものだったのだ。  
 リードしているつもりのレーマだったが、果てるのはアンシェルとほぼ同時だった。  
 
「……」  
 荒い息を吐くアンシェル。その横で、少々無理をしながらも立ち、服を着るレーマ。一応、意地だった。  
 いくらなんでも、ほとんど性体験のないアンシェル相手に腰が抜けて立てないのでは男として格好にならない。  
 何とか服を着ると、その場にどっと座り込んだ。  
「……優しいな」  
 全裸のアンシェルが、レーマを潤んだ瞳で見つめながら言った。  
「……男に抱かれるとは、こういうものなのだな。いや……」  
 すこし、目をそらしてつぶやくように言う。  
「好きな男に抱かれるとは、こういうことだといった方がいいか」  
「好き……なんですか?」  
 思わず、そう口にしてしまう。言った後で、しまったと思ったが遅い。  
「こ、言葉の綾だ!」  
 大声で、怒鳴るようにそう言うアンシェル。そしてやにわに立ち上がり、服を着ようとした。  
 
 が、腰から崩れるようにその場に座り込む。  
「……無理しなくていいですよ」  
 そう言って、優しい笑顔を見せる。  
「……む、無理など……」  
 していない、という言葉が続かない。  
「まだ日は高いんですし、ゆっくりしていきましょう。お弁当だってあるんだし」  
「……それも……そうだな」  
「なんでしたら、今からもう一回くらい」  
「……お前は、いつからそんなに意地が悪くなった」  
「冗談ですよ」  
「……たちの悪い冗談だ」  
 そう言って、困ったように笑うアンシェルの目は、やっと昔のような、吹っ切れたような目をしていた。  
 
一時間後。  
 二人は、ようやくグランダウスに戻ってきた。  
「いいか、ひとつだけ言っておくことがある」  
「何ですか?」  
「世間体というものがある。さっきのことは忘れろ。私たちはなにもなかった。これまでと、同じように暮らす。わかったな」  
「はい」  
「……だが、あの場所はよい。時折は、行くことにしよう」  
 いろんな意味で同感だった。  
 どう考えても、屋敷内でアンシェルと体を重ねるのは周囲に迷惑をかける上に、何より恥ずかしい。  
 しかし、時折はリハビリをしないと、アンシェルの心の傷はいえない。その双方を解決するには、あの洞窟はまさに適切な場所だと思った。  
 が……  
(元気になったらなったで、また尻にしかれるのかなあ……)  
 少しだけ、レーマには不安も残っていた。  
(Fin)  
 

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