全身にまとわりつくような、ぬるりとした鮮血の感触。  
 いったい何人を斬ったか、もう覚えてもいない。  
「ここまで来たというのにッ……」  
 悪態をついたところで、事態が良くなるわけではない。  
 今の居場所は、建物二階、廊下のど真ん中。  
 前後から挟み撃ちにされ、切り結びながら血路を探している状態。  
 つまりは、逃げ場がない。  
 窓は鉄格子が入っているし、そもそも二階から飛び降りて足を挫かない自信はない。  
 あまり広くない廊下。斬り込んで混戦に持ち込めば、少なくとも銃や飛び道具、ついでに魔法という「避けようがないもの」の脅威からは解放される。  
 しかしその代わりに、まるでキリのない白兵戦が延々と続くことになる。  
──こんなところで……  
 死んでたまるかと思う。  
 こんなところで死んだら、まあ自分自身が悔しいというのもあるが、それよりも先に申し訳ないという気持ちがある。  
 十年。  
 短くはない時間、ご主人様と過ごしてきた。  
 右も左もわからない場所で、どう考えても一人では生きて来れなかったであろう自分が、それでも今まで生きてこれたのは誰のおかげかということぐらいはわかっている。  
 その命の恩人を残して死ねるわけがない。  
 
 左。  
 突き出してくる剣がある。  
 身体をひねるようにしてかわしながら、左手を横に振りぬく。  
 4本目の飛刀。狙いたがわず、相手の喉元に突き刺さる。  
 残りは一本。さすがに、最後の一本はもう少し残しておいた方がよさそうに思う。  
 前から、二人。  
 先に踏み込み、下から斬り上げる。  
 そして、その男を盾にするようにして逆に回りこみ、さらに背後を取る。  
 突く。  
 背後にぞくりとする感触が走る。  
 振り向きもせず、さらに横に回り込む。  
 一瞬前に自分がいたところで、剣がむなしく空を切る。  
 その隙を逃さない、横薙ぎの一閃。  
 悲鳴と鮮血を残して、その場に倒れる。  
 さすがに、少し身体が重くなってきた気がする。  
 痛みはそれほどでもないが、少々傷を負いすぎたような気もしないではない。  
 
──まだまだ……  
 身体は、動く。  
 ならば、まだなんとかなる。  
 右前方。  
 大槍を持つ兵士。  
 突き出してくる剣を左手でつかみ、引き寄せる。  
 間合いをつめて、がら空きの胴を貫く。  
 抜こうとした剣が、肋骨に一瞬だけ引っかかる。  
──しまっ……  
 背後の敵。  
 ぞっとする殺気と剣の気配。  
 間に合うか。  
 身体を反転させるようにして剣を抜く。  
 が、間に合わないかもしれない。  
 その時。  
 剣を振り下ろそうとする敵が倒れた。  
 背後に、アンシェルがいた。  
 
 
「何をしている!」  
 叱咤が飛ぶ。  
「この程度で遅れをとるような鍛え方をした覚えはない!」  
──確かにな。  
 場違いな苦笑が浮かびそうになる。  
 十年。  
 それなりに長い時間、このわがままなご主人様に付き合ってきた。  
 それなりの鍛え方はしてきたつもりだ。  
 ふと、前方を見る。  
 ご主人様が剣を振るっている。  
 切りかかる兵士たちが、一合と剣を合わせることなく、ことごとく斬られ、倒れてゆく。  
──相変わらず、情け容赦ないというか……。  
 風勢剣と呼ばれる、異国の剣技。  
 氷凌上を走るとも、人智を超えた太刀とも呼ばれ、触れるものは薙ぎ倒さずにはおかぬ剛剣。  
 文字通り、止めるものがない勢いで次々と斬り伏せている。  
──こっちも、たまにはいいところ見せないとダメかな。  
 妙に落ち着いた気持ちで、剣を鳥居に構える。  
 周りを囲む敵が、妙にゆっくりと見える。  
 一歩踏み出し、そして剣を振った。  
 
 その声は、妙に場違いに聞こえた。  
 静かで、透き通り、およそ血なまぐさい眼前の光景とは不似合いに思えた。  
「チュキイリヤの投網」  
 その声は、確かにそう聞こえた。  
 そして、一瞬の後に。  
 前触れもなく閃光が走った。  
 
 視界を失った中で、剣を振るう。  
 だが、手ごたえはない。  
 ようやく視覚が元に戻ったとき、周囲の状況がわかった。  
 痙攣しながら、血の海に重なり合って倒れる兵士。  
 そこに立っているのは、二人。  
 レーマと、アンシェル。  
 いや、もう一人。  
 小柄で、頭からフードをかぶった人影。  
 口元だけが、フードの下から見えた。  
「はじめまして」  
 女性の声で、そう話しかけてきた。  
 
「……は、はじめまして……」  
 わけもわからず、返事を返す。  
 人影は、アンシェルの方を向き、語りかける。  
「はじめまして。アンシェル・クレファン」  
「……私を知っているのか?」  
「知ってるから、こんなところまで来たのよ」  
「……それはありがたいのだが、私には正直心当たりがない」  
「それは当然よ。初めて会ったんだから」  
 そう言って、フードを外す。  
 とがった猫耳を持つ、ショートカットの女性が微笑んでいた。  
 
 
「ニュスタと呼んで」  
 女性は、そう言った。  
「ニュスタ……古代語で確か聖女だか巫女だかをあらわす単語だな」  
「残念ながら、古代後じゃないわ。どこかの国は自国の言葉まで捨てちゃったけど」  
「耳が痛い話だな」  
 そう口にするアンシェルに、ニュスタは続ける。  
「耳が痛いついでに、とかく自国の文化を省みないという悪癖は直した方がいいわね」  
「その言葉は、妹の亭主様に言ってほしいものだ」  
 アンシェルの言葉に、ニュスタはようやくくすりと笑う。  
「その通りかもね。リュナにはいろいろと教育が必要だと思っていたし」  
「……なんだ、ルークス卿の関係者か」  
「関係者……正確には保護者といいたいところだけど」  
「保護者ぁ?」  
 レーマが、声を上げる。  
「保護者。支配者。所有者。どれが適当かはわからないけど」  
「……ひどい言われようだな」  
「そういう関係なんだから仕方ないでしょ」  
 当然のように、そう返事をする。  
「で、結局のところ、なぜここに?」  
「当面の目的は同じよ。リシェル・クレファンをこちらに拝借する」  
「救出する、とは言わないんだ」  
「別に慈善活動をしているわけではないから」  
「なるほど」  
「しかし、いつまでもここに居てよいのか。第二陣がこな……」  
「来ないわ」  
 はっきりと言うニュスタ。  
「殺害はしてないけど、すでに戦闘可能な状態にはない」  
「……一人で、か?」  
「そうね。主力が残っていたならばともかく、実戦経験もロクにない後詰など、一人で十分」  
「……すさまじいな」  
「魔法、か」  
 ぽつりとアンシェルがつぶやく。  
「畏怖すべきものだな」  
「確かにね。でも、今はそれよりも大事なことがあるわ。……貴重な手札は早いうちに手に入れておきたい」  
 
「やれやれ、大惨事だな」  
 一階。目の前の光景に肩をすくめるアルルス。  
「大惨事どころの騒ぎなものか。ここに基地を立てて以来最悪の事態だ」  
 その横で吐き捨てるようにつぶやく猫の女性。  
「医療班の手配は済ませた?」  
「とっくに。そっちこそ、始末書の準備は済んだのか?」  
 皮肉のつもりだったが、アルルスはあっさりという。  
「一月も前から用意してある。あのお姫様だけはいつ何が起きても不思議じゃない」  
「……出来れば、始末書以外の対策も考えてほしかったものだが」  
「……それが出来れば苦労はしない」  
「なるほど」  
「とはいえ、大切な手札を持ち出されちゃあかなわない」  
 そういいながら、ジャケットの裏を探る。  
「……少々心もとないけど、無下に逃すのも沽券にかかわるし」  
「助太刀は必要か」  
「三対一で勝てると思うほど傲慢じゃない」  
「本気出してもいい?」  
「出してくれないとこっちの身があぶない」  
「OK」  
 
「あーあ、べっとべと……」  
 返り血でどろどろになった服を見ながら、レーマがぼやく。  
「帰りは人目につかないようにしないと、厄介なことになるかもしれませんね」  
「明らかに、言い訳が通用する状態ではないな」  
 アンシェルが答える。  
「ふうん」  
 ニュスタが、少し意外そうな声を上げる。  
「何?」  
 そう言って声の方向を向くレーマに、ニュスタは言う。  
「ヒトというものは、元来残忍な性を持つというが」  
「……」  
「この地のヒトがその性をあらわにせぬのは、数が少なく、力が弱いからに過ぎない」  
「…………」  
「残忍でありながら、かつ臆病。ゆえにこの地では残忍の性を隠して生き延びている。臆面もなく残忍の性を露にし、奪った無数の命より服を心配するようなヒトは始めて見るわ」  
「身も蓋もない言われようだな」  
「否定は出来ないでしょう」  
 力なく笑うレーマ。  
「……正当防衛…………とはいえないか」  
「ヒトの地はいざしらず、この地は勝手によその建物に忍び込んで正当防衛が成り立つ世界ではないのよ」  
「……いや、向こうもたぶんそうだろうけど……」  
 話しているところに、横からアンシェルが口を挟む。  
「申し訳ないが、私の召使をあまり愚弄しないでいただきたい」  
「褒めているつもりよ」  
「どこがだっ!」  
 ニュスタの返事に、すかさずレーマが言う。  
 ニュスタは、そんなレーマを見て語る。  
「腹の底が見えぬ輩に比べればよほどいいわ。残忍かつ臆病なのは種族のサガだからやむを得ぬが、その中でも正直なほうが良いに決まっているでしょ」  
「……褒められてるんでしょうか……」  
「半分はからかわれていると思う」  
「そもそも、命の危険を前にして風呂でいちゃつくなど、並の神経じゃ考えられないし」  
「!!!」  
 予期せぬ言葉に、心臓が止まりそうになる。  
「のみならず、その後も寝台の中で……」  
「って、どこで見てたっっっ!!」  
 思わず大声を上げるレーマ。  
「あら、図星? 少しカマをかけるだけで動揺するあたりは、まだまだね」  
「…………」  
「レーマ」  
 うつむいて黙り込むレーマに、横からアンシェルが言う。  
「お前は感情が顔に出すぎる」  
「…………」  
「人のことは言えないけどね」  
「「誰のせいだっっっ!!!」」  
 同時に、二人が叫んだ。  
 
「……なんだ、来るじゃないか」  
 近づいてくる気配に気づき、ニュスタに言う。  
「……なんだ、いたんだ」  
 ニュスタも振り返り、つまらなさそうにつぶやく。  
「二人来るな」  
「アルルスとフィオール。知らない奴じゃないわ」  
「強いのか?」  
 アンシェルの言葉に、少し笑ってニュスタが答える。  
「巻き込まれない程度には下がっておいたほうがよさそうね。どうせ、私が狙いだろうし」  
「……お言葉に甘えた方がよさそうだ」  
「だが、上にも待ち伏せてる相手がいるだろうから、先走るのも危険よ。冷静に見て、私抜きのあなたたち二人ではどうにもならない」  
「なるほど」  
 話しているうちに、その二人が姿を見せる。  
「久しぶり、ニュスタ」  
「久しぶり」  
 わざとらしい挨拶を返すニュスタ。  
「どーしてまた、こんなことになっちまったんだろうねぇ……」  
「わざとらしいこと。互恵の約定に背いたのはそっちでしょ」  
「ごけい?」  
 小声で、レーマがアンシェルに尋ねる。  
「一言で言えば、一方が物資を提供し、一方が戦力を供給するということだ」  
「……つまり、もとはあの三人は同じ……」  
「ニュスタが裏切ったのだろうな」  
「そこ。裏切ったのは向こうよ」  
 振り返りもしないでニュスタがいう。  
「そもそも、互恵とは主従の関係ではないわ。向こうがこちらに適当の物を献じ、こちらがそれに対して相応の力で応えるものよ」  
「……まあ、正論だ。そして互恵の約定が守られないときの撤退は非難されることではない」  
 アンシェルが、レーマに説明する。  
「だからといって、いきなり百人も吹き飛ばすことはないだろう」  
 アルルスが向こうからニュスタに言う。  
「この程度で使い物にならなくなるようなら、どうせ役に立たないでしょ」  
 あっさりと答えるニュスタ。  
「……それもそうだけど」  
 アルルスが、しぶしぶうなずきながら、すらりと剣を抜く。  
「彼らはともかく、三階のやんことなき姫君は持っていかれたくないな」  
「……リシェルさまって、やんことなき姫君なんでしょうか」  
 小声で、レーマがアンシェルに聞く。  
「まあ、そういうことにしておこう」  
 アンシェルが、奇妙な微笑を浮かべて答えた。  
 
 元は同僚であったらしい、奇妙な三人が入り混じっての戦いが繰り広げられていた。  
 二対一。ネコの魔術師が背後から魔法で援護する中を、アルルスが剣で接近戦を挑む。  
 が、すばやい。  
 ニュスタはくるりくるりと魔法の爆風の中をかいくぐりながら、せいぜい二尺ほどしかない短刀で逆に切りつける。  
 それを、むしろアルルスが受け身になって避け、受け止めている。  
「……優れた腕だ」  
 アンシェルが言う。  
「あの男も、腕は立つだろう。が、一つ一つの動きがかすかに遅い。小太刀の利というだけではない。あの女、おそらくは剣を取っても私より強い」  
「…………」  
「さらには、魔法」  
 アルルスの背後からは、猫の魔術師が唱える魔法が降り注ぐ。  
 屋内で、かつアルルスとニュスタが切り結んでいる最中ということもあって、広範囲魔法は仕えないが、それでも連発するマジック・ミサイルは傍目には厄介そうに見える。  
 それをくるりくるりと避けるニュスタ。一発の被弾もない。  
 もともと、魔法弾には多少の追尾性能がある。それを、切り結ぶ最中でさえことごとくかわすというのは、普通ではまずできない。  
「避けきれないものは、即座に魔法障壁を張り、弾いて別方向に着弾させている。が、その着弾の具合が気になる」  
「気になる……って」  
「着弾方向が一つとして重なっていない」  
「……そりゃあ」  
「偶然、と思うか? 魔法を打つ相手は一点から変わっていない。そして、あの男とニュスタが切り結んでいる場所も、場所だけを見るとさほど大きく動いてはいない」  
「だとすると、普通は着弾位置もある程度重なる……」  
「それが普通だ。しかし、目の前の光景は違う」  
「でも、その理由は……」  
「ここが二階ということが一つ。一箇所だけに着弾を集中させると穴が開き、ひいては床全体が崩れかねない」  
「……それだけ、なんでしょうか」  
「いや……何かはわからないが、他にも狙いはあると見たほうがいいだろう」  
「正解」  
 ニュスタが、振り向かずに声をかけてきた。  
「えっ?」  
「ほんとは、この程度なら使うまでもないんだけど」  
「……何だ?」  
「ちょっとは痛い目にあってもらわないと、こいつら目が覚めないから」  
「目が覚めないって、ひどい言い草だな」  
 これはアルルス。力任せに、少し強引に攻勢に出る。  
 それを、軽々と短刀で受け流すニュスタ。  
「ん〜……あまり上達してないなぁ。アルルスも獅子の国に修行に出たほうが良かったんじゃない?」  
「幹部候補生にはそれなりの仕事ってものがありましてね。誰かさんみたいに気ままに動けないんですよ」  
「未熟な上司ほど、部下にとって迷惑なものはないけどね」  
 いいながら、軽々とアルルスの剣を受け流すニュスタ。  
 が、次の瞬間に異変が起きる。  
 ニュスタの身体が、何の前触れもなくふわりと浮いた。  
 一瞬の後。  
 銃声が、鳴った。  
 アルルスの左手に、いつのまにか拳銃が握られていた。  
 接近戦の中の一瞬を見計らっていたのだろう。  
 が。  
 ふわりと浮いたニュスタは、そのまま何事もなかったかのようにアルルスの背後に回りこんでいた。  
 そして、背後からの一閃。  
 かろうじて向きなおったアルルスが、剣でそれを受け止める。  
 フィオールに背を向けた形のニュスタ。背後から、手当たりしだいと言わんばかりの魔弾が降り注ぐ。  
 まるで背中に目があるかのように、至近距離に近づいたところですっと身を避ける。  
 あとに残されたアルルス。前方から降り注ぐ魔弾にあわてて飛びのく。  
 二人がかりで挑みながら、まるで相手にならない。  
 それが、現実だった。  
 
 
 銃弾は、むなしく壁に当たり、転がっている。  
「…………」  
 あきれたように顔を見合わせるアンシェルとレーマ。  
「あの距離から撃たれて避けられる自信があるか、レーマ」  
「無理です」  
「私もだ」  
「……はじめてみる種族ですね」  
「小柄で、あれだけの魔力と瞬発力を兼ね備える。耳の形状はネコの一種なのだろうが、剣の形状、戦闘術はネコの国のものとはやや異なる」  
「……ニュスタっていうのは、どこの言葉なんですか?」  
「われわれの国で、はるか古に使われた言葉……今でも使われているとなると……」  
「なると?」  
「いや、証拠もなく仮説を立てるのは無意味だな」  
 かすかに、首を横に振った。  
 
「そろそろ諦めはついた?」  
「……ぅるさぃっ」  
 余裕の表情のニュスタとは対照的なアルルスの返事。  
「時間というものは無駄にすべきではないと思うのよねぇ。この程度の力しか持ち合わせていないのなら、早急に終わらせたいんだけど、どう?」  
「どうって聞かれても困る」  
「……それもそっか。一応、キミの地位と体裁としては、無様に降参するわけにもいかないしね」  
「……あのなぁ」  
 切り結ぶ音。そしてその合間を縫って降り注ぐ魔弾。そんな中での会話とは思えないような口調でニュスタは言う。  
「だったら、少々乱暴だけど勝手に終わらせてもらうわ」  
 そして、ただ一言発した。  
「プルラウカの石兵」  
 
「……なんだと?」  
 驚いたように口走るアンシェル。  
 その目の前で、弾き飛ばされた魔弾で砕け散った床や壁の破片が、まるで意思を持つかのように数箇所に集まり始めた。  
 それは、たちどころに人の形を取って立ち上がる。  
 ニュスタの周囲を囲むように立つ、4体の石人形。  
「あれは……?」  
「信じられぬが……本当にあのプルラウカの石兵か?」  
 呆然とするアンシェルに、ニュスタが答える。  
「そうよ。正真正銘、まごうことなきプルラウカの石兵。表向き、使い手は絶えて久しいようだが」  
「……少なくとも大戦以来、その使い手は消えたことになっている」  
「……でしょうね。でもまあ、そんなのはどうでもいいわ。まずは、この二人を締め上げてから」  
 言うなり、石の塊がゆっくりと動き出す。  
「って、まておいっ!」  
 さすがに、アルルスがあせった表情で叫ぶ。  
「出すものを出せば待たなくもないけど」  
「いや、だから、俺が死んだら出るものも出ないだろう!」  
「生きていても出す気があるかは疑わしいからね。だったら殺した方が手っ取り早いし」  
「いや、そういうもんだ……」  
 言い終わるより早く、石兵が力任せに殴りつける。  
 あわてて飛びのくアルルス。さっきまで居た場所が、大きく砕けている。  
 そして、さらにその破片が石兵の身体の一部となる。  
 10メートルほど向こうから、フィオールが手当たり次第に魔法を放つ。  
 が。  
 魔法を受けた直後は砕け落ちるが、すぐに元通りに再生する。  
 少しあせりの色を見せて、聞きなれない呪文を詠唱する。  
 一瞬だけ、石兵が光に包まれたように見えた。  
 しかし、それだけだった。  
 
 眼前の光景をただ見るだけしかできないアンシェルとレーマ。  
「いまのはおそらく、ディスペル……解呪魔法だろう。さっきまであれだけ手当たり次第に魔弾を撃っていて、まだ魔力を残していたというのは、かなりのものなのだろうが……」  
「あろうが?」  
「……相手が悪い。いわゆる、一般的なゴーレムならばそれで動かなくなったろうが……プルラウカの石兵の場合、そもそもゴーレムとは基本の魔法理論が異なる」  
「……って、ことは」  
「すなわち一般的な解呪はまず通用しないということだ」  
「……なんですかそれ」  
「しかも、プルラウカの石兵は、石がすべて粉みじんになり、砂になっても砂が石兵の形を形成して動く。すなわち、石兵を止めるならば術者を討つか、あるいは次元の彼方に吹き飛ばすか……なんだが、どちらも無理っぽいな」  
「…………反則ですよね」  
「リュカオンの乱においては、アレが登場したことで西部山岳戦線の戦況は一変した」  
 アンシェルの言葉に、無意識のうちにかすかな高揚が混じっている。  
「その上、石はどこにでもある。なければさっきのように建物を崩せばいい」  
「………………」  
「今の時代にこの世界で使われている魔法は、おもにリュカオンによって系統化されたものだ。だが、いわゆる遺失魔法の中には現在の魔法理論では解明できないものがいくつもある」  
「……って、それなら勝てないじゃないですか」  
「そうだな。少なくとも私ならこの場合、何を差し置いてもとりあえず逃げる」  
 そう語るアンシェル。  
「それが賢明ね」  
 ニュスタが、振り向きもせずに言う。  
「が、こちらの二人はもう少し血の巡りが悪いのかな」  
 四体の石兵に追い詰められているアルルスとフィオール。どうみても万事休すといった感じに見える。  
「出すものを出せば、命までは取らないというのに」  
 石兵は砕けた石を巻き込みながら、いつの間にかさっきより一回り大きくなっている。  
 石兵は巨体に似合わない速度で動き、情け容赦のない拳を打ち下ろす。  
 飛びのいて避けた先に、別の石兵。  
 転がるようにして避けたのが、石兵の足元からかすかに見える。  
「……敵に回したくないな」  
「同感だ」  
 
「ちょっと待て! わかった、出すもの出すからとりあえず止めろ!」  
 もはや恥も外聞もないといった様子の声。  
 石兵が、動きを止める。  
「出すのだな。ごまかしたら命はないぞ」  
「出す! 出すからもういいだろう、これ以上人の居場所をぐちゃぐちゃにしないでくれ!」  
 声が半分泣きそうになっている。  
「まあ、ここは信じてやるとしよう。だが今度裏切ったら……」  
「わかったって言ってるだろう!」  
「……人前で泣くな、無様だ」  
「誰のせいだっ!」  
「どう考えても自業自得だが」  
「…………」  
 
 
「まあ、目の前で人が握りつぶされる事態だけは避けられたわけか」  
「そういうことですね」  
 すこしほっとした声のアンシェルとレーマ。  
「あら、そうとも限らないわよ」  
 ニュスタが、こちらを振り向いていた。  
「互恵の約定が行使されるのならば、私もその盟約に従わざるを得ないし」  
「……って、まさか」  
「この場で降伏しなさい。そうすれば命までは取らないから」  
 指をこちらに向けて、ニュスタは言った。  
「って、ここまできてそれはないだろ!」  
抗議するレーマにニュスタが冷ややかに言う。  
「もともと、あなたたちとは縁もゆかりもないわ。一時期において、たまたま利害が重なっただけ。現在において、あなたたちを救援する必要はないから」  
「……いや、それはないだろう!」  
「……レーマ」  
 後ろから、アンシェルが小声で話しかける。  
「はい?」  
「逃げるぞ」  
「ですね……っっ!!」  
 背を向けた次の瞬間、電流が全身を駆け抜け、そして意識が途切れた。  
「チュキイリヤの投網。……逃げられるとでも思ったのかしら」  
 
「……っっ」  
 目を覚ましたとき、レーマとアンシェルは同じ部屋にいた。  
 粗末な寝台と、やたらと頑丈そうな壁。窓には鉄格子。  
 いつの間にか、武器はなくなっている。  
「やっと目が覚めたのね」  
 固い鉄の扉。その扉の小窓が開き、聞きなれた声がした。  
「ニュスタ!」  
「大丈夫。命に別状はないわ」  
「……これって、捕まってるってこと?」  
 レーマの問いに、ニュスタは答える。   
「見ての通り。あ、そうそう、リシェル・ルークス嬢は別の場所よ。今のところは一箇所にまとめるのは不適当と判断したから」  
「……おに」  
「それは逆恨みよ」  
「……一瞬でも仲間と思った私が愚かだった」  
 不快感を露にするアンシェルの言葉を、ニュスタは軽く受け流す。  
「これでも、命だけは助けてやったのだから感謝してもらいたいところだけど」  
「……それはそうだけど」  
 しょんぼりするレーマ。  
「それよりも」  
「それよりも?」  
「最後の逢瀬になるかもしれないのだから、今夜ぐらいは愛を確かめておく方がいいと思うわ」  
「「なんの話だっ!!!」」  
 平然と続けるニュスタ。  
「文字通りの話よ。敵の手に落ちた女囚がどういう目に合うか、知らないわけでもないでしょ? ……アンシェル・クレファン」  
「!!」  
「奪った命の償いは、身体で支払ってもらうことになるわ。……アルルスの奴、自分より弱い奴にだけは態度でかいのよねぇ」  
「ニュスタ! それは……」  
 抗議するレーマに、ニュスタが言う。  
「軍施設への不法侵入、および死者48人、重軽傷82人。首を切られないだけでも幸運と思うべきよ」  
「でも、それは!」  
「……リシェル・クレファンの件ならば法的には問題にはならないの。道義的責任はともかくな」  
「……納得できないよ!」  
 抗議するレーマに、ニュスタが首を横に振る。  
「それは同感。私も納得しかねるしね。でも、決まったことだから」  
「っ……」  
「生きてさえいるならば、いつの日か再び出会える日が来ると信じて、これからの日々を生きることね」  
 そう言いのこし、ニュスタは扉の窓を閉める。  
 足音が、徐々に遠ざかっていった。  
 
 
「………………」  
 重い沈黙。  
 やがて、アンシェルが口を開いた。  
「お前だけでも自由にしてやりたい」  
「アンシェル様?」  
「私など……もはやどうなろうとかまわぬが……お前だけは守ってやりたいと思っている」  
「バカ言わないでください!」  
 さすがに、レーマが強い口調で抗議する。が、アンシェルは力なく首を横に振る。  
「本気だ。お前さえどこかで自由に生きているのならば……私はどんな目に遭おうと耐えられる。私は、それだけでいい」  
「……そんなの、僕のほうが耐えられない」  
 力のない声で、それだけを言うレーマ。それを見て、アンシェルも微笑を浮かべて言う。  
「……それもそうか。おまえは、優しいからな」  
「…………」  
「私なんかには過ぎた男だと思っている」  
 そっと、身体を寄せてくるアンシェル。  
「これから先、どのような日々が待っているのかはわからぬが……今日の日を忘れないでいたい」  
「アンシェルさま」  
「アンシェルでいいといったろう」  
「……でも」  
「お前と出会えたことは幸せだと思っている」  
 いいながら、帯を解く。  
「明日からの日々がとうなるのかはわからぬが……今日だけは……」  
 消え入りそうな声で、アンシェルは言った。  
「最後に今日だけは、もう一度だけ……お前に抱かれたい」  
 
 洗い場から戻ってきたアンシェルの肌は、透き通るように白かった。  
 よく見ると、あれだけの修羅場を潜り抜けたばかりというのに、かすり傷一つない。  
 それは、アンシェルがこれまで積み重ねてきた日々を物語っている。  
 寝台の上に、そっと腰掛ける。  
 そしてじっと、レーマを見つめる目。  
 いつもは、恥ずかしがってすぐに目をそむけるのに。  
 レーマも横に腰掛けると、くいとアンシェルを抱き寄せた。  
 冷たい肌の感触が伝わってくる。  
 肌が触れ、かすかに鼓動が伝わってくる。  
「アンシェルさま」  
「アンシェルでいい」  
「だめですよ」  
 そういいながら、あごに手をかけ、唇を吸う。  
 軽いキスのあと、そっと離す。  
「二度と会えないってわけじゃないんですから」  
「……そうだな」  
 今度は、自分から唇を重ねてくる。  
 首に両腕を巻きつけて、強く舌を絡めてくる。  
 そのまま、ベッドの上に転がるように倒れこむ。  
 ランプの代りにでもしているのだろうか、ベッドの上に光る怪しげな水晶球の光が二人を照らす。  
 
 腰と首に手を回して、アンシェルを抱きしめる。  
 自分から身体を求めてくるアンシェルのなすがままに任せながら、やさしく抱き続ける。  
「れーま……」  
 うわごとのようにレーマの名前を呼びながら、白い裸身を摺り寄せてくるアンシェル。  
 きゅっと、少し力を入れて抱く。  
「あ……」  
 ぼうっと上気した顔が、レーマを見つめる。  
「ねえ、アンシェルさま」  
「ん……?」  
「もしも、好きだって言ったら、怒りますか?」  
「……怒るわけ……ない」  
「じゃあ、言っちゃいますよ」  
「え……」  
「ご主人様のこと、好きです」  
「…………」  
 急に、恥ずかしそうに目をそむけながら、それでも身体を摺り寄せてくるアンシェル。  
「……私も……わたしだって」  
「よかった」  
 頬に、軽くキスをする。  
「今すぐとは言わないけど、いつか絶対に助け出しますから」  
「うん……それでいい。れーまがそう言ってくれるんなら……私はいつまででも待つ。何があっても耐えてみせる」  
「頼りない召使だけど、いつかきっと」  
「うん……」  
 アンシェルの瞳が、またレーマを見つめている。  
 その目に、かすかに涙が浮かんでいた。  
 
 抱きしめていた腕を緩め、アンシェルを仰向けに寝かせる。  
 その上に覆いかぶさるようにして、レーマは少し汗ばんだ乳房を口に含み、軽く吸う。  
「ん……」  
 ほんのすこし、身体がこわばる。  
 くちゅ……ぴちゅ……と、口の動きに合わせて湿り気のある音がする。  
「んんっ……」  
 アンシェルの両腕が、レーマの頭を押さえ、強く抱き寄せる。  
「あっ……れーま……そこ……ぁんっ……」  
 うわごとのような矯声。手脚を絡みつけるようにしてレーマを抱き寄せようとする。  
 汗とともに鼻腔を衝く、かすかな牝のにおい。  
 それが、少しづづ理性を麻痺させてゆく。  
 何かを言おうと思っていたのに、その言葉が出てこない。  
 今夜のうちに言っておきたかった何かがあったはずなのに。  
 それが、濃い霧の向こうに隠れてどうしても思い出せない。  
 身体だけが、そんな気持ちとは裏腹に動きをやめない。  
 舌が、ご主人様の柔肌をなぞる。  
 腕はがむしゃらに抱き寄せ、少しでも肌を触れ合わせようとする。  
 まるで、初めて夜をともにした時のように、がむしゃらで下手糞な求愛を続ける。  
──もう少し上手く抱かなきゃいけないのに。  
 そんなことが、一瞬だけ脳裏をよぎる。  
 でも、身体の方が言うことを聞かない。  
 それはたぶん、アンシェルも同じなのだろう。  
 がむしゃらに身体を求め、手脚を絡み付け、そして涙を浮かべた目でただひたすらにキスを求めてくる。  
 汗ばんだ肌が触れ合う中で、ふっと思う。  
──そういえば、こんなに求め合うのは……はじめてだな。  
 今までは、恥じらいとか遠慮とか、やっぱり主人と召使という体裁とか、まあその他にもいろいろあったのかもしれないけど、どことなくお互い、心の奥底までさらけ出してはなかったような気がする。  
 そう思えば、今日のこの夜は。  
 最初で最後の、愛を確かめ合った日なのかもしれない。  
──って、そうじゃないだろう。  
 あわてて、思ったことを否定する。  
 そりゃあ、もしかしたら最初の、かもしれないけど。  
──最後の日なんかで、あってたまるか。  
 
 ちょっと乱暴に、アンシェルを抱く。  
「あっ……」  
 少し驚いたような表情をみせるアンシェル。  
 それ以上何も言わせず、唇を奪い、舌をからめる。  
「んっ……」  
 強引で乱暴なキスの中で、アンシェルの肉体に、自分の証を刻みこもうとする。  
 この人は。  
 僕のものだ。  
 これから先、誰がこの人を奪い、自分のものにしようとしても。  
 この人は僕だけのものだ。  
 誰にも渡さない。  
 たとえ一時、誰かに奪われたとしても、いつか絶対に取り戻す。  
 そう、お互いに言い聞かせるように。  
 
「れーま……」  
 ようやく唇を離したところに、アンシェルが呼ぶ。  
 荒い息。汗ばんだ肌。白い肌は紅潮してほんのりと桜色に染まっている。  
「れーまが……ほしい」  
 小さな声。  
「ぼくも」  
 にこりと、笑顔で返す。  
「アンシェルさまがほしい」  
 言いながら、アンシェルを抱き寄せる。  
 そして、そのまま挿入する。  
「っ……」  
 少しだけ、アンシェルが顔をゆがめる。  
「痛い?」  
「ううん……だいじようぶ」  
 少し強がったような返事。  
「あぁ……」  
 ゆっくりと蠢動させると、アンシェルの口から喘ぎ声が漏れる。  
「れーま……あっ、ああんっ……」  
 いつもは、少し恥ずかしがって声を我慢しているけど、今日は声が出るのを隠そうともしない。  
「そこ……あんっ、そこ、もっとぉ……」  
 まるで別人のように肉棒を求めてくるアンシェル。  
 お互いを抱き寄せる腕が、まるでそれだけ別の生き物のように、しゃにむにお互いを求めて抱き寄せる。  
 肉体のすべてが、お互いを求めて激しく絡み合う。  
 ぐちゅびちゅという、淫靡に湿った音。  
 粗末なベッドが、二人の動きに耐えかねてきしむ音。  
 濃厚な汗と蜜の芳香。  
 もはや言葉としての意味を成していない、喘ぎ声と嬌声。  
 なんだか、二人だけで別の世界に来たような奇妙な錯覚。  
 すべてが、ひとまとまりになって二人を包み込んでゆく。  
 
「っ……」  
 きゅっと、肉棒を締め付けてくる秘肉の蠢き。  
 ほんの少し動かすだけで、ざわりと全身を覆うような刺激が襲う。  
 それは、アンシェルも同じなのだろう。  
 腰を動かすたびに、アンシェルの両腕がきゅっと強く抱きしめてくる。  
「んんっ!」  
 アンシェルの口から漏れる、悲鳴にも似た声。  
 強すぎる刺激のせいか、裸身を押し付けてくる。  
 顔の前に押し付けられる、小ぶりな胸のふくらみ。  
 無意識にそれを口に含み、先端を舌で転がす。  
「ひぁっ……」  
 のけぞる裸身を、無理やり両腕で抱き寄せる。  
 そして、乳房を口で弄びながら肉棒を動かす。  
「んん……」  
 涙を浮かべた目。  
「もっと……もっとほしいよぉ……」  
 快楽に告ぐ快楽の中で、時々意識が遠のく中、途切れ途切れにレーマを求める声。  
 意識が白濁して溶けそうになる中で、それでももっとレーマを求めようとする。  
 返事の変わりに、動きを早くする。  
「あぁっ!」  
 がくがくと全身を痙攣させるアンシェル。  
 それでも、抱き寄せる手の力だけは緩めようとしない。  
 後から後からあふれて、ベッドの上までこぼれる愛液。  
 ぐちゅぐちゅという肉の淫靡に蠢く音と、嬌声が部屋を覆う。  
 蜜とともに絡み付いてくる淫らな悦びが、じわじわと全身を侵食してゆく。  
 自分から乳房をおしつけるようにして、レーマの首を抱き寄せるアンシェル。  
 肉棒に突き上げられるたびに、びくんと大きく跳ねる。  
「あっ……あんっ……あっ、ああぁぁぁっ!!」  
 やがて、ひときわ大きな声を上げると、糸の切れた人形のようになってアンシェルは果てた。  
 
「…………」  
「…………」  
 寝台の上で、並んで天井を見上げる二人。  
「……明日から、どうなるんだろうね」  
「どうなるんでしょうね」  
「……リシェルには悪いことをした」  
「そうですね」  
「でも、お前がいるから……」  
「僕には、アンシェルさまがいるから」  
「ふふ……」  
「あははっ……」  
 意味もなく、二人で笑った。  
 
 そこに、突然あきれたような声が聞こえた。  
「はいはい、ごちそうさま」  
 扉を開けて、入ってくる人影。  
「ニュスタ!」  
「……まったく、いい絵が取れたのは感謝するけど……あなたたち若すぎ」  
「……って、見てたのかよ!」  
 その言葉に、あわてて叫ぶレーマ。  
「はいはい、話は後。とりあえず服着て」  
 ばさりと、真新しい服を二人分投げるニュスタ。  
 裸であることを思い出して、いそいそと服を着替える。  
「確かに、高く売れそうだけど」  
 ぽつりと口にするニュスタ。  
「高く……売れそうって?」  
 顔を見合わせるレーマとアンシェル。  
「ん、つまりね」  
 踏み台を持ってきて、天井から吊り下げられた水晶球を外しながら、ニュスタは言う。  
「今の全部、画像に残しといたから」  
 悪魔のような言葉。  
「なんだってえぇぇぇぇっ!」  
「貴様、どういうことだそれはっっ!!」  
 動揺するレーマとアンシェルを見ながら、ニュスタは平然と言う。  
「ん? だってほら、最近何かとお金がいるから」  
「お金がいる……って」  
「最近、猫の国ではやってるのよ。『あだるとなんちゃら』ってのが。質のいいものだったら結構な値がつくのよ」  
「って、待ておいっ!!」  
「もちろん、水晶球から『びでおてーぷ』ってのに転送しなきゃなんないけど、その辺は専門の技師がいるから」  
 よくわからない言葉を次々と口にするニュスタ。よくわからないが、とりあえず人の恥ずかしい行為がさらしものになることだというのはわかった。  
「ちょっと脅かしたらひっかかるかなって思ってたけど……コレは予想以上ね」  
「…………」  
 がっくりと肩を落とすレーマ。  
「念のために言っておくと、さっき脅しをかけたのは、ぜ・ん・ぶ・ウ・ソ・よ。このニュスタさんがいる限り、性的虐待なんて絶対に許さないもん」  
「……コレは性的虐待とは言わないのか……」  
「あら、すばらしき愛の結晶じゃない。誰に見せても恥ずかしくないと思うわ」  
「恥ずかしいに決まっているだろうっっ!!」  
 レーマの拳が、小刻みに震えている。  
「まあ、死傷者130人の代償と思えば安いものよ」  
「そういうあんたは何人殺した!!」  
「ゼロよ。チュキイリヤの投網には一撃で人を殺す威力はないわ。手当てが遅れなければなんとかなるんじゃないかしら」  
「…………」  
「明日からだけど、たぶん近いうちにリュナ・ルークス卿が殴りこんでくるまではこの部屋で過ごしてもらうから。もちろん、二人きりで、ね」  
「…………」  
「じゃあ、幸せな愛の日々を」  
 そういい残し、ニュスタはまた扉の向こうへと消えた。  
「……レーマ」  
 怒りを押し殺したアンシェルの声。  
「私は、もう二度とあの女は信じないと心に誓った」  
「同感です」  
 力が抜けたように、湿ったベッドの上に腰を下ろした。  
 

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