明け方の薄闇を引き裂くような一発の銃声。
突然の轟音で、レーマは目を覚ました。
何が起きたか、よくはわからない。だが、あの音は聞き違えようもない銃声。
そして、銃声が響くような時に、ロクなことがあったためしはない。
一緒に寝ていたアンシェルも、その轟音で目を覚ましていた。
すばやく服を着替え、手元にあった武器をつかむ。
それとほぼ時を同じくして、ものすごい音でベルが鳴り響き、そして伝声管からリュナの声が聞こえてきた。
「リュナ・ルークスだ。屋敷内の全ての就労員に連絡する。多数の不審者が当館に侵入した。
生命の危険があるため、総員に地下からの避難を命ずる。なお、武器の携行および臨機応変の対処を許可する。繰り返す……」
いつになく緊迫した声のリュナ。その声が、事態の深刻さを現していた。
「侵入者!?」
アンシェルと顔を見合わせ、そして次に窓の外を見る。
薄闇のなか、確かに数十人規模の人間が動いている。そして銃声。少し離れた部屋から聞こえる。
「姉さま、レーマ!」
次の対応を考えている時に、リシェルが息を切らせて飛び込んできた。
「二人ともこっちに来て!」
そう言って、リシェルは二人をフィリーヌの部屋に連れて行く。
そこでは、フィリーヌが銃を次々と取り替えながら、窓の外に狙いを定めて次々と撃っていた。
そしてその横では、リュナが慣れた手つきで銃に弾薬を装填しては手渡している。
まだ外は暗い。ヒトにはとても狙いをつけられたものではない闇だが、そこは蝙蝠の能力を持つだけあって、全く苦にせずに狙撃を繰り返す。
リュナが、顔だけこちらに向けて三人の姿を確認すると、いつになく険しい表情で言った。
「来たか。説明は後だ、とりあえず私たちはこちらから逃げる! フィル、行くぞ!」
そう言って、リュナは自分の事務室へと向かった。その後を四人で追う。
事務室に着くと、リュナは本棚の裏の隠し階段を開けていた。
「ここから、一時避難する」
そう言って、四人を否応なしにその中に送り込む。最後にリュナも入ると、レバーを引いた。
本棚が動き、元の位置に戻る。そして鉄格子が降り、鍵がかかった。これで、外からは侵入できない。
「一体、何が?」
まだ事態の飲み込めないレーマが尋ねる。
「……わからない。だが、あれだけの数をグランダウスで動かすというのはただ事ではない。まずは一度、シャリアさまの館に向かう」
「……戦火とは無縁の場所だったのに」
アンシェルがつぶやく。
「ああ。それだけの軍備もあったはずだ。なのに」
「……認めたくないけど、裏をかかれたとしか言いようがないわね」
フィリーヌの言葉に、リュナは無言で頷く。
「とにかく、この通路は外とシャリア様の屋敷につながっている。もし、シャリア様の屋敷が制圧されていたなら、外に逃げる」
「……」
静かな地下通路を歩く一行に、重い沈黙が流れた。
五分ほど歩いただろうか。
通路の反対側から、かすかな光が見え、そしてあわただしい足音が聞こえてきた。
「……油断しないで。敵かもしれない」
そう言って、リュナが剣を抜く。フィリーヌも、弾丸を装填した銃を片手に、緊張した面持ちで前方を見つめている。
足音が、次第に近づいてくる。そして、ぴたりと止まった。
一度止まった光が、こんどはゆっくりと近づいてくる。それにあわせて、こちらも少しづつ近づく。
先に声をかけたのはリュナだった。
「私はリュナ・ルークスだ。名を名乗ってもらおう」
その言葉に、向かいの光の持ち主からも声が聞こえてきた。
「リュナか! 私だ、アルヴェニスだ!」
そして、灯りの向こうからは、灰色の髪のリュナと同い年くらいのカモシカの青年が現れた。
「アルヴェニス?」
驚くリュナに、アルヴェニスは問う。
「リュナ。シャリア様の屋敷に向かっているのか?」
「そうしようと思っていた。が、状況が何もわからない」
「シャリア様の屋敷も、襲撃を受けている。まだ屋敷は陥落していないが、念のためにシャリアさまには避難していただいた。
現在は親衛隊たちが館に籠もって防戦しているが苦戦中だ」
「……そうか。何者が襲ってきたかはわかるか?」
「侵入者の鎧には女王の紋が入っているが……断定はできない。少なくとも、昨日までの間諜の報告では、女王派に変な動きはなかった」
「……そうか。どのみち、このまま地下でいても何もわからないな」
「そうね。危険だけど敵と実際に戦わないとわからないこともあるわ」
リュナの独言に、フィリーヌが相槌を打つ。
「アル。俺たちは屋敷へと向かう。リシェルたちを……そうだな、白のピラミッドあたりまで……」
「いや、それならば俺も戻る」
「しかし……」
「二人より三人のほうが戦力になる。どのみち、この地下道を外に抜ける分には敵の心配はないし、屋敷には援軍が必要だ」
「……そうか。じゃあ行こう」
「待って……」
リシェルが止める。
「リシェル。すまないが先に、レイマ君やアンシェルちゃんと町の外に避難してほしい。白のピラミッドで落ち合おう」
「でも……」
「僕なら大丈夫だ。どのみち、この事態の真相を知らなくては手の打ちようがない」
「……」
黙りこむリシェル。
「レイマ君、リシェルを頼んだよ」
そう言って、リュナとフィリーヌ、そしてアルヴェニスの三人は足早に駆け出していった。
後には、三人が残された。
「……行こう」
少しの沈黙の後、アンシェルがそう言った。
暗い地下道を、黙々と歩き続ける。
──あの時も、こんな感じだったな……
古い、いやな記憶がレーマの心をよぎる。
「……レーマ」
リシェルが、小さな声で呼んだ。
「……はい、なんでしょうか?」
心なしか、少し沈んだ声で返事をするレーマ。
「戻りましょう」
小さいが、きっぱりとした声でそう言うリシェル。
「……」
「リシェル。リュナ卿が心配なのはわかる。だが、今戻っても私たちでは足手まといだ」
アンシェルがそう言ってたしなめる。だが、リシェルはその場に立ったままうごかない。
「……でも」
小さな声。しかしはっきりとした抗議の意思を持つ声。
「でも、もう嫌なの! もう、あんな思いはしたくない!」
リシェルの声が、地下道に響いた。
──あの時……
その言葉が、ぐさりとレーマの胸に突き刺さった。
今から一年半前。内乱が起きて間もない頃。
アンシェルとリシェル姉妹の実家であるクレファン家では、すでに長女のアンシェルが騎士昇格試験に合格して城に詰めていた。
だからレイニアの町にあるクレファン家の屋敷では、リシェル、彼女の父母、そしてレーマの三人と一匹だけが暮らしていた。
だが、そのレイニアが戦場となる。領主が王弟派貴族だったため、女王派の攻撃を受けたのだった。
街の門が破られて市街戦が発生し、非戦闘民にも危害が及ぶにいたり、彼らも屋敷から地下水道を伝って、街の外へと避難しようとしていた。
だが、その地下水道で女王派兵士と鉢合わせになる。
アンシェルが女王派に使えていることなど、下っ端の兵士にとっては知ったことではなかった。富裕層のレイニア市民は、彼らには単なる殺戮対象以外の何者でもなかった。
兵士を説得しようとしたリシェルの両親は、次の瞬間、兵士の槍に貫かれていた。
眼前の事態が飲み込めず、その場に立ちすくむリシェル。レーマは、そんなリシェルの手を強引につかむと、必死にその場から逃げた。
複雑な地下水道を駆け抜けるうちに追撃はまいたが、両親を目の前で殺されたリシェルのショックは大きかった。
リュナと出会うまでの十ヶ月近く、リシェルは全く笑わなかった。いや、すべての感情を失ったと言ってもよいくらいだった。
「……これじゃ、あの時と同じじゃない! お父様を……レーマが、私のお父様を見捨てて逃げたあのときと!」
リシェルの厳しい叱責の声。
(……っ!!)
確かに、そのとおりだった。理由はどうあれ、まだ息のあったリシェルの両親を見捨ててリシェルだけをつれて逃げた、そのことに違いはない。
だが、正直そうはっきりと言われるのはこたえた。
「リシェル……」
アンシェルが、何か言おうとする。が、リシェルはそれにかまわずまくし立てる。
「レーマには大切な人を失う気持ちがわからないのよ! だってそうでしょ! だって……お父様のいないレーマには、そんな気持ちわかるはずがないもん!」
そして、そう一気に口にすると、その場につっぷして泣き出した。
「……それは……」
何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。無理に何か言えば、取り返しのつかないことを言いそうだった。
「……リシェル」
アンシェルが、リシェルに語りかける。
「リュナ卿を信じろ。あの人が大丈夫だというなら、本当に大丈夫だ」
そう言って、泣きじゃくるリシェルの肩に手をかけて、立たせる。そして呆然と立ちすくむレーマに、少し険しい表情を向けて言った。
「とにかく、最善の手を打ち続けるしかあるまい。今は、私たち三人が無事に城のピラミッドにたどり着くことだ。それが、今うてる最善の手だ」
地下道を歩き続ける。リシェルはアンシェルに肩を寄せ、まだ泣いている。
レーマは、隊列の一番前を歩きながら、心の中でいろいろと考えていた。
──確かに、もう……僕は、父さんも母さんもほとんど覚えてない……
その頃。
シャリアの屋敷では、侵入者との戦闘がまだ続いていた。屋敷の衛兵たちも踏ん張ってはいるが、数が違っていた。
──なんて数だ……
全身を血に染めながら、リュナは半ば呆れ気味にそう思った。
リュナは、シャリアの屋敷の中央階段の真ん中にある踊り場に陣取り、侵入してくる槍兵の懐に飛び込んでは片っ端から切り払う。
侵入者たちの、個々の戦闘力自体はさほど高くはなかった。が、後から後から槍襖を作って駆け上がってくるため、全く気の休まる暇がなかった。
その頭上から、銃声が轟く。
フィリーヌの銃が火を噴き、玄関付近にいた少し高級そうな鎧を着た男の眉間を打ち抜いていた。
アルヴェニスが空の銃を受け取り、すぐに装填済の銃を手渡す。それを構えると、再び撃つ。
リュナの背後から斬り付けようとしていた敵が、首筋を撃たれて真横に倒れる。
ほんの一瞬、敵がひるんだ隙を見逃さずに、また一人リュナが切り捨てる。
いつしか、死体がバリケードのように折り重なっている。折り重なったしたいから流れる血は、階段を下へ下へと流れている。
玄関から、新たな部隊が突入してくる。それを見たリュナの顔から血の気が引いた。
──銃歩兵隊!?
とっさに、死体のバリケードに隠れるように身を伏せる。敵兵士は、何が起きたのかわからず、足元に身を伏せたリュナに槍を就きたてうとする。
次の瞬間、銃声がいっせいに轟き、白煙がホールに満ちた。
そして、その白煙の中で一発だけの銃声。
敵味方を問わない一斉射撃は、皮肉にも味方の歩兵を何人も背後から撃ち貫いていた。
そして……
白煙で視界がさえぎられた一瞬を、フィリーヌは見逃さなかった。
コウモリの力を持つが故の超探知力。敵味方ともに視界をさえぎられた時こそ、フィリーヌの独壇場だった。
たった一発の狙撃は、銃歩兵隊の隊長の心臓を貫いていた。
「二階に逃げて、リュナ!」
白煙が晴れる前に、そう叫ぶ。
濛々とした白煙が少し晴れた頃には、三人とも姿はその場になかった。
残るは、文字通り山になった味方の死体と、自らの隊長の亡骸のみ。
呆然とする銃歩兵隊のど真ん中に、ごろりと音を立てて、重そうな金属球が転がってくる。よく見ると、なにやら短い火縄が燃えている。
数秒間の奇妙な沈黙。
そして、爆音が轟いた。
屋敷の二階。いくつもある隠れ部屋のひとつにリュナ達は潜んでいた。
「……数が多いだけで、まるで素人じゃないか」
「ああ。いくらなんでもおかしい」
「こんなやつらなら、うちの諜報部隊が気づかないはずがない」
「……偵察隊が皆殺しにされていないかぎりはな」
「でも、あの実力ではいくら数がいてもとても皆殺しになどできないわ……必ず誰かは脱出できる」
「ああ。どう考えても……あいつらだけ、とは考えられない。きっと……敵の主力は別にいる」
「おそらくは選りすぐりの少数精鋭部隊……そして狙いは」
「……シャリア様。そしてその行き先は……」
リュナの問いかけに、アルヴェニスが、重い口ぶりで言った。
「星のピラミッドだ」
雲のない夜空に、無数の星がきらめく。
レーマは、見張りがてらに星空の下に立ち、周囲を見渡していた。
早朝から歩きとおしているが、それでも白のピラミッドまではまだ一日ほどかかる。
中立地帯である白のピラミッドにたどり着きさえすれば何とかなるだろうが、それまでに倒れては元も子もない。
リシェルとアンシェルは洞窟で野宿させて、明日に備えさせていた。
「……れーま……」
背中から、声が聞こえてきた。
「……リシェルさま」
振り向く。半分泣いているような顔で、レーマを見つめていた。
「……さっきは……ごめんね」
消えそうな声で、そう言う。
「れーまだって……お父様やお母様がいないわけじゃないのに」
「……」
「わたし……ひどいこと言ったよね……」
「間違ったことは、言ってませんよ」
そう言って、かすかに笑う。確かに、事実なのだ。結果としては、まぎれもなくリシェルの父母を見捨てて逃げたのだから。
「違う……ああしなきゃ、みんな死んでた……わかってたはずなのに」
「……」
「レーマは……最善の道を選んだのに」
「……いや……違う」
ぽつりと、レーマが口にする。
「え?」
「僕は……知っていたはずなのに」
「知っていたって……何を?」
「僕は……親をなくす事を、身内がいなくなることのつらさを知っていたはずなのに」
「……」
「どうして、あの時……リシェルさまが同じ境遇になるとわかっていて、逃げたんだろう……」
確かに、逃げるしかなかった。戦っても勝てるはずがなかったのだから。
しかしそれでも、何か釈然としない物が残る。
自分のたどってきた過去を思うと、そんな気持ちだけは、絶対に誰にもさせたくなかったはずなのに。
もう、この世界に落ちてきてから十年になる。気がつくと、元の世界にいた時間の倍近くの時間を過ごしていた。
家族の思い出なんか、ほとんど残っていない。
子供の頃、一人ぼっちでこの世界に落ちてきて、誰も知っている人のいない世界で、ペットとして飼われた。
やがて、元の世界に戻るということを諦め、父さんや母さんと会うことを諦め、ひとつづつ夢をあきらめながら成長していった。
どうして、こんな目にあったのか……いくら泣いても喚いても、答えなんて出るはずもなかった。
そんな中、一人きりで生きていくためには、心なんて邪魔だった。
ただのペットとして、すべてをあきらめて生きていく。それが、それ以上苦しまないための答えだった。
そして14歳の時、あの事件が起きた。
最善の手。確かにそうだった。確実に一人の命を救う方法はあれしかなく、そしてそれ以上の結果は望むべくもなかった。
──だが。
その結果は、わかっていたはずではなかったのか。
家族を失うことの意味は、知っていたはずではなかったのか。
──それとも。
心を捨てたときに、そんなことさえわからなくなってしまったのか。
家族を失ったリシェルは、抜け殻のようになっていた。笑顔も、喜びも見せず、それどころか親を失った悲しみさえも失っていた。
そんなリシェルを見て、おかしなことだが、レーマははじめて仲間を見つけたような気持ちになった。
心を失った少女に、初めて親近感を感じた。
孤独な者同士が、手を取り合って生きていった。
そして少しづつ、二人で心を取り戻してゆき、そしてリュナと出会った。
──仲間がほしかったからじゃ、ないのか?
そんな思いが、脳裏をよぎる。
──自分の救いを得るために、一人の少女を犠牲にしたんじゃないのか?
そう、今となっては思う。
目の前で、リシェルがレーマを見つめている。
「リシェル……さま」
「え?」
そのまま、リシェルを強く抱いた。
「きゃ……」
驚き、身をこわばらせるリシェル。
「……僕は……そうだ、確かに……」
「れ、れーま……?」
「僕は、自分のためにあの人たちを見捨てた……」
「……」
「自分のために、自分のご主人様を独りぼっちにした……」
「れーま……」
「……たしかにそうだ……確かに」
「……」
リシェルの体から、すっと力が抜けた。
気がつくと、リシェルはレーマの胸に頭を押し付け、泣いていた。
「違う……ちがうよ……」
なぜ、違うと思うのか、リシェルにもわからない。だが、それが違うということだけはなぜかわかった。
「……でも」
そんなリシェルを抱くレーマの言葉には、嗚咽するような震えも悩むような沈みもない。
リシェルを抱く手を、少し緩めた。
「……そう。今は……もう違う」
胸で泣くリシェルのおとがいを持ち上げると、その瞳を見つめてそう言った。
「れーま……」
「もう、昔の僕じゃない。今の僕には……心がある」
「……こころ?」
「取り戻すために、ずいぶんな時間と、かけがえのない命と、いろんなものを代償にした。もう……迷ってたまるものか」
「……」
「リシェルさま」
「……何?」
「僕には、あなたを守り抜く義務がある。だから、白のピラミッドに連れて行きます」
「……リュナは?」
「僕はあの人を信じます。信じるべき人を信じぬく。だから、あの人の言うとおりにする」
「……信じられるの?」
「はい」
迷いのない瞳。それを見て、リシェルが初めて笑った。
「かっこいいな、れーま」
「ありがとうございます」
くすりと、笑う。
「ねえ」
「何ですか?」
「見張りばっかりじゃ、退屈でしょ? どうせ誰もいないのに」
「……退屈って」
「仲直りのしるし、いらない?」
「……しるしって」
思わず、苦笑する。
「いるの? いらないの?」
「もし、いらないとか言ったら?」
わざと、そう聞く。
「許さない」
そう言って、リシェルが両手を首に絡ませてくる。
「……あとでリュナ卿になんていえばいいのか……」
「大丈夫よ。リュナはそういう人だから。……信じるんでしょ?」
そう言って、唇を合わせてくる。
「……んっ……」
リシェルのほうから、舌を絡みつかせてくる。
思わずバランスを崩し、草原に背中から倒れこんだ。
「わっ……」
「きゃ……」
抱き合ったまま、草原に転がる。
そのまま、ごろごろと二人で草原を転がって、やがて止まった。
リシェルが上になり、レーマが下にいる。どちらからともなく、笑った。
「外でやるのって、初めてだよね」
そう言いながら、レーマの上着を脱がせる。
「……ですね」
されるがままになりながら、答える。
上着を脱ぐと、ひんやりとした夜風が肌を刺激する。
「……風邪引きそうですね」
「大丈夫よ。ちょっと涼しいくらいじゃない」
そう言いながら、レーマの手を引いて起こす。
「脱がせて」
「わかりました」
笑顔で答えると、リシェルの服をすべて脱がせる。そして、丁寧にたたむ。
「変なところ、几帳面だよね」
「アンシェル様にしつけられましたから」
「ふふ、姉さんそう言うところしっかりしてるもんね」
笑顔を見せるリシェル。もう、涙は残っていない。
「寒くないですか?」
「……ちょっと寒いな」
そう言って、レーマに抱きついてくる。
「わ、わっ」
突然のことに、また背中から草原に倒れこむ。
「あっためあわないと、風邪引いちゃうね」
そう言って、リシェルは裸の体を摺り寄せてくる。
「……ですね」
裸のリシェルを抱き寄せると、唇を重ねる。
乳房の柔らかい感触が、胸に伝わる。
しばらく、抱きしめあったままお互いの体温を確かめ合っていた。
そして、体を離す。
スラックスと下着を脱ぐレーマ。その下のモノは、とうに固くなっている。
「よっ……と」
体の向きを入れ替え、リシェルの恥部が自分の顔の前になるように寝る。そして、茂みの中に舌を這わせる。
「ひゃ……」
驚いたような声。が、すぐにリシェルの両足が、レーマの首に絡み付いてきた。そして、肉棒に暖かい感触と舌の刺激が伝わる。
「んっ……く……」
情熱的で刺激的な舌の動きに、肉棒がすぐに暴発しそうになる。それを我慢しながら、レーマも舌を駆使して恥裂を責め立てる。それに応えるかのように、中から愛液が流れ出す。
「ん……」
リシェルの舌の動きが止まる。どうやら必死に刺激に耐えているらしい。耐えているところで、舌の動きをさらに激しくする。
「ひゃんっ!」
肉棒を口から離して、悲鳴のような声を上げた。
「ち、ちょっと……ちょっとだけ、待って……」
その声を無視するように、わざと強くすする。
「やっ! やだ、そこ、そんなっ……いやっ、ああぁっっ!」
身もだえ、暴れるが、無視して舌で陰核を嬲る。数分もしないうちに、リシェルは大きな声を上げて果てた。
ぐったりしたリシェルから体を離すと、体位を入れ替え、今絶頂を迎えたばかりの中に肉棒を差し入れる。
「や……ま、待ってっ……んっ……」
リシェルの声をまた無視して強引に挿入すると、わざと少し激しく前後に動かす。
「やだっ……あっ、あっ、あんっ……」
少しだけ嫌がったが、すぐに前後運動にあわせた、リズミカルなあえぎ声が漏れる。
「んっ……」
徹底的に責め立てられて半失神状態のリシェルに、精を流し込む。
歩きくたびれた上での責めで、すっかり体力を消耗しきっているリシェルはあまり反応を示さなかったが、体は色っぽい桜色にほてっていた。
気持ちよさそうに眠るリシェルに服を着せると、背負って洞窟に戻る。そしてそのまま、レーマは泥のように眠り込んだ。
時間は少し遡る。
グランダウスのシャリア邸。その二階の隠し部屋に、リュナたちは隠れていた。
次々と押し寄せる敵兵士に、すでに屋敷はほとんど制圧されている。
「……援軍は呼んだのか?」
「伝令はかなりの数が飛んだ。狼煙もあげている。一番近くに布陣している部隊ならもう戻ってきていてもおかしくはない」
小声で、リュナとアルヴェニスが話す。
「しかし、腑に落ちない」
「……ああ。いろいろと謎がありすぎる」
「……どうして、前触れもなくグランダウスを急襲することができたのか。これだけの兵士を、どこに隠しておけたのか」
「しかも、決して練度の高くない軍。単独でこれだけのことをできるはずがないが、ならば彼らを手助けとした別の何かはどこにいるのか」
「それに銃歩兵がいたわ。……この国には、銃なんてほとんどないはずなのに」
「……ああ。貴重な銃を、あんな使い方では宝の持ち腐れだ」
「……本当に、狙いはシャリア様なのか?」
リュナが、ぽつりと言った。
「……どういうこと?」
フィリーヌが問う。
「……いや、そんな気がしただけだ。ただ……この攻撃さえも、何かの隠れ蓑だとすれば? この襲撃に対して、普通ならどういう動きをする?」
「……今と同じだろう。シャリアさまを避難させ、近くの軍を呼び寄せる」
「そこまでの動きを読むことは容易だろう。そして、そこで俺たちが、この攻撃を囮だと考えたとする。俺たちはどう動く?」
「……シャリア様を襲撃することを考えて、あの方の元に向かう」
言って、アルヴェニスはふと小首をかしげた。
「……いや。確かにシャリアさまはわれらの象徴であり、欠かせない存在だ。だから当然、その方を守ろうとするが……」
「さらに、その裏をかいたとすれば?」
「……狙いは、グランダウスにこちらの軍を一斉に引かせることなら……」
フィリーヌが、半信半疑のままそう口にする。
「そして、その背後を突くことが狙いだったら?」
そしてリュナが、それに抑揚のない声で答える。
「……今、一番近くの陣地からグランダウスの援軍に動かせる軍は約八千」
「……普通なら多少の警戒をして動くが、本拠を襲われたんだ。後先考えずに救援に走ってもおかしくはない……」
「……そこを狙ったら?」
「八千……こちらの軍の二割近くが、壊滅的な被害を受ける」
言いながら、アルヴェニスの表情がこわばる。
「襲撃部隊は、確かに多いがそれでも二千というところだろう。二千と、別働隊で八千を罠にかける……それが狙いなら?」
沈黙が流れる。兵数で劣る王弟派にとって、八千の損害は致命的だ。
「……でも、それなら銃兵を用意する意味がないわ」
フィリーヌが、疑問を口にする。
「……それも、そう……だな」
「どのみち、ここで隠れていても埒が明かない。一度は血路を開いて外に出るしかない」
アルヴェニスが言う。
「……それが、至急の問題だな。二回に隠し通路は?」
「ない。一階に降りるしかないが、そこも制圧されているなら、市街地に逃げ込むしかない」
「……市街地でやりあうのは……市民に迷惑がかかるな」
「やむをえないだろう」
「……とりあえず、この部屋に兵士はいないわ。一気に外に出て、廊下を駆け抜けるしかないわね」
フィリーヌが、銃弾を込めながら言った。
隠し部屋から、足音を忍ばせて外に出る。扉の横に身を隠し、敵兵が通り過ぎるのを確認して一気に飛び出す。
あわてて後ろを振り向いた兵士の顔面を、フィリーヌの銃が抜き撃ち気味に砕いた。
銃声と断末魔の叫びに、その周りにいた兵士が集まってくる。
「部屋にさがれッ!」
アルヴェニスが叫びながら、その足元に爆弾を置く。それと同時に、リュナ達がさっきまでいた部屋に戻る。
数秒の後、爆弾が炸裂する。
扉めがけて我先に押しかけ、密集していたところでそれは炸裂した。
廊下に戻ると、そこは引きちぎられたような無残な死体の山。それを飛び越えるようにして廊下を駆け抜け、角を曲がる。
二十人ばかりの小隊がいたが、そこに銃を持つ兵士はいない。
剣や槍を持ったカモシカの兵士が、三人の姿を見つけて襲い掛かってきた。
アルヴェニスがベルトに吊り下げたいくつもの小瓶の一つをはずす。そして手早く敵兵の足元に投げつける。
ビンが割れ、白煙が立ち込める。兵士たちが咳き込み、混乱している中にリュナが飛び込み、手当たり次第に剣を振るう。それに続いて、アルヴェニスも。
猛毒を塗った刃は、かすり傷一つで敵の戦闘力を奪い取ってゆく。
混乱状態の煙の中に、狙いを定めて銃を撃つフィリーヌ。蝙蝠の探知力は的確に、敵だけを選んで狙撃する。
煙が晴れたときには、三人はすでにその場を駆け抜けていた。そして後には、死体と少数の苦しみもがく兵士がいるだけだった。
ホールへと抜ける階段。
階段の踊り場には、死体の山がそのまま残っている。そこを一気に駆け下りると、アルヴェニスがまた一本ビンを抜き、死体の山にぶちまけた。
そして、腰の火縄壷から火を移す。
ビンの中身は油。死体が、一気に炎を上げて燃える。
「いいのか、そこまでして?」
さすがにそう尋ねるリュナに、即答でアルヴェニスが答える。
「もう屋敷の中で爆弾三発ぶっ放してるんだ、大して変わらん!」
「……四発よ」
ぽつりと、フィリーヌが言った。
玄関ののぞき穴から外を見る。少なからぬ銃兵がいる。飛び出してきた瞬間に蜂の巣にしようという心積もりなのだろう。
リュナが、無言で近くに転がる死体の一つを抱え上げる。アルヴェニスは、五つ目の爆弾に火をつける。
そしてフィリーヌが、敵銃兵の射程外から扉を大きく開けた。
扉が開くと同時に、物陰から死体と爆弾を外に投げる。
とっさに、銃兵が反応して引き金を引く。
死体と、そして爆弾に。
外から、銃声が響き、そして一瞬後に別の轟音。
悲鳴の中を、外に飛び出した。
すでに無駄撃ちしているため、あわてて弾丸を装填しようとするもの。
爆風をまともに食らってもがいているもの。
それどころか、味方の銃声に驚いて立ちすくむものさえいた。
ようやく弾丸を装填し終えたばかりの兵士の首を、リュナの剣が刎ねる。
首のない死体が持ったままの銃を、アルヴェニスが掴み取り、そのままフィリーヌに投げる。
それをつかむと、フィリーヌは振り返りざまに撃つ。
屋敷の一階から追ってくる一団の先頭にいる男を、狙いたがわずに撃ち抜いていた。
市街地に入り込むと、兵士はあまりいなかった。
「……やはり、二千人というところか」
「……そんな感じだな。グランダウスの中の、いくつかの重要拠点だけを急襲したという感じだ」
走りながら、そんなことを話す。
「だが、城門に向かうのは危険だな」
「……多少は衛兵もいるだろうからな」
「とりあえず、どうする?」
「血まみれだと目立ちすぎる。弟の家で着替えと爆弾を補充したい」
「ダイオニスくんか……襲われてはないか?」
「一応、世間では俺とあいつが兄弟だと知るやつはいない。見た目にもただの雑貨屋だし、気づかれることはないと思う」
「そうか。なら彼の家に向かうか」
アルヴェニスの庶弟、ダイオニスはグランダウスの片隅で小さな雑貨屋を開いている。
もっとも、それは表向きの姿。
裏の顔は……というと、火薬やら硫黄やら硝石やら酸やら、怪しげな薬品や鉱石を扱う錬金術御用達の闇商店の主。
血まみれで飛び込んできたアルヴェニス達の姿を見ると、ダイオニスはなにがあったかすぐに気づいたらしい。
ものも言わずに奥へと通した。
奥にある地下室で、三人は体についた血糊や汚れを洗い流し、こざっぱりとした服に着替える。
やがて、ダイオニスが店を従業員に任せて降りてきた。
「……大変なことになってるね」
「ああ。だが詳しい状況は正直な話、何もわからない。さっきまでシャリア様の屋敷でバタバタとしてた」
「そんな感じだったね。……最もここにも、あまり詳しい話は伝わっていない。ただ、グランダウスは女王陛下が制圧したって兵士たちが喧伝して回ってるよ」
「……付近から軍隊は?」
「今のところ、それっぽい話は聞こえないね」
リュナとアルヴェニスが、顔を見合わす。
「……さすがに、もう来ていなきゃおかしいはずだ」
「やはり……」
「どうするんだい。一旦、町の外に出る?」
「そうだな」
「じゃあ、いつもの道を開けるよ」
そう言って、ダイオニスが奥へと消えた。しばらくして、横の棚が動き、隠し階段が姿を見せた。
「どこに出るかは覚えてるよね」
「ああ。すまん、使わせてもらう」
「気にしないで。兄貴にはいつも世話になってるし」
「それはこっちの言葉だ。世話になりついでに、爆弾と薬ビンもいくつかもらうぞ」
「うん」
暗い地下道を、先へと進む。
「……八千の軍。コレが壊滅といわないまでも半減すれば、パワーバランスは激変する」
「そうだな。だが消えたとは限らない。まずは確認しなくては」
「……確認して、最悪の結果だったら目も当てられないわね」
「それでも、最悪の結果という現実が存在するのなら、知らないよりは知っていたほうがいい」
そんなことを話しながら、数キロにもわたる長い道を抜け、外に出る。そして、西へと向かう。
一番近い場所から援軍がグランダウスに向かうとして、そしてそれを奇襲するなら、一箇所もってこいの場所があった。
心なしか、気がはやり足が速まる。
数十分歩いたころ、生臭い風がにおってきた。
「……嫌な風だ」
「ああ。だが行かないと」
三人は歩を進めた。
そして、たどり着いた場所で、彼らは最悪の景色を見た。
そこには、累々たる死体。そして、折れた旗。王弟派のものだった。
呆然と、その惨状を見る。
「……グランダウスを失い、これだけの兵士まで失っただと……」
呆然とした口調でリュナが言う。ぞっとする事態だった。
「あまりにも致命的よ、これは……」
フィリーヌもそう口にする。
「……だが、あきらめるわけにもいかない。まだ終わったわけじゃないんだから」
「……そうだな。あきらめるのは、いつでもできる」
そう、口にするリュナ。その背後から、聞きなれぬ声がした。
「……どうせなら、今すぐあきらめてくれたほうがありがたいな」
「……誰だ」
ふり向いたそこに、一団の兵士と、彼らを率いているらしい男がいた。
「……貴様、誰だ」
若い、カモシカ族の男。はじめて見る顔だ。
「俺は女王陛下の騎士、ロラン・リヴァール」
「……この襲撃を行ったのはお前か」
「指揮を執ったのは私ではないが、この戦いに加わったのは事実だ」
「……俺たちが来るまで待っていたのか?」
「誰かはわからぬが、必ず誰かが来るとあの方は言っていた」
「あの方……だれかは知らんが、その男がそう言ったのだな」
「そうだ。ここに来る者がいるならば、それはまぎれもなく逆賊のなかの実力者。その者を討てば、逆賊は崩壊するのみだと」
「……そうか。ならば僕が誰かは知らないのだな」
「あいにくと」
そう言って冷ややかに笑うロラン。
「……そうか。僕はリュナ・ルークス。確かに、多少の地位はある者だ」
そう言って、剣を抜く。その表情が、怒りでこわばっているように見える。
「一騎打ちでケリをつけるか、それても全員でやりあうか……こちらはどっちでもかまわん」
声にも、隠し切れない怒りが混じる。
アルヴェニスが手に爆弾を持ち、フィリーヌが銃を手に取る。
「……俺も騎士を名乗った以上、答えは一つだ」
ロランが、剣を抜いた。
「……いいな、手を出さないでくれ」
静かだが感情を押し殺した凄みのある声。
「わかった。だが……負けるなよ」
「当たり前だ。負けてたまるかッ……」
そう答えるリュナ。フィリーヌは、その言葉に一抹の不安を感じ取っていた。
(……怒ってる……いつも冷静なはずのリュナが……)
先に踏み込んだのは、リュナだった。
さっきまでの戦いの疲労を微塵も見せず、一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす。
それを避けざまに、ロランが突きを繰り出す。
横に回り込んでそれを避けつつ、下から上へと斬り上げる。が、空を切る。
そこに横薙ぎの一閃。剣の柄で受け止める。
リュナの動きは大きく豪快で、ロランの動きは小さく冷静だった。
「おちつけっ! 動きばかりデカくて隙が大きいぞ!」
たまらず、アルヴェニスが叫ぶ。
事実、怒りに任せたリュナの攻撃は動きこそ豪快で派手だが、その大半が空を切り、そのたびにロランの反撃を受け、ぎりぎりのところでかわし続けていた。
「チっ……!」
舌打ちまじりに、さらに剣を振り回すリュナ。ロランはそれを、冷静に受け流していた。
カモシカ族特有の俊敏な動き。紙一重で確実に見切り、最小の動きで受け止めている。
「……攻め疲れを待っている。バレバレなのに」
「ああ。だが……今のリュナは怒りでそこまで頭が回らない」
「これをみたら……無理はないけど」
そう言って、フィリーヌは谷底に広がる死体の山を見る。
「最初から、相手が怒りで我を忘れることを織り込み済みだったんだろう。そして、あえて一騎打ちに乗ったのは、冷静さを失った相手を確実にしとめる罠」
「……ずるい」
「ああ。だがそれが戦いだ」
アルヴェニスとフィリーヌが、心配げな目でリュナを見る。
助太刀したいが、カモシカ族の誇りがそれを拒む。カモシカ族にとって、一騎打ちは神聖なものであり、不可侵のものだった。
リュナの息が、すこし荒くなる。そして、剣の動きも目に見えて鈍くなってきた。
それを確認して、ロランは一気に攻勢に出た。
「く……」
それを、必死にこらえるリュナ。だが、趨勢はもはや明らかだった。
「ぐっ!」
受け流し損ねた一撃が、リュナの右腕を斬る。血が噴き出し、剣を持った手が、がくんと下に垂れた。
勝利を確信して、ロランはとどめの一撃を振り下ろした。
その瞬間。
ロランは、リュナの目を見てしまった。
怒りに任せた表情の奥に見える、冷静な目。
(まさかッ……)
そして、気づいた。
(まさか……すべて、罠だとッ!)
恐怖が、全身を貫いた。
本気で人が怒ったとき、怒りは殺意を呼ぶ。
だが、本当の怒りが呼んだ本物の殺意は、時としてそれを呼んだ怒りすら支配する。
その先に残るのは、全身全霊のすべてを注ぎ込んだ、純粋な殺意。
その時、怒りすら利用できる一つの要素に過ぎなくなる。
バーサーカー。それは、力任せに荒れ狂うだけの戦士とは限らない。
すべての感情をかき消し、およそ人とは思えないほどの冷徹さで殺戮する者も、狂戦士と呼ぶにふさわしい。
勝利を確信してロランが振り下ろした剣。
勝利を確信したがゆえに現れた、小さな隙があった。
振り下ろす剣を横からすり抜けるようにして、内懐に飛び込む。
狙い済ました左の掌底が、ロランの顎を直撃する。
そして、腰をひねるように、右の肘。筋を切ったように見せかけた右の肘が、鳩尾に突き刺さる。
「……ッ……!」
くの字に、ロランの体が折れ曲がる。
再びね左手。左の腕がロランの襟首をつかむ。同時に左足が、ロランの腰を大きく跳ね上げる。
ぶんと、力任せに投げる。そしてそのまま、頭から地面にたたきつけ、そしてさらに……
倒れこむようにして、右の掌底を顔面に打ち付ける。
顔面の骨が砕け、鼻血が噴き出した。
鼻血が噴出し、ロランはその場に悶絶する。ロランが手放した剣をつかむと、リュナは首筋にぴたりと当てた。
「……最初から、貴様が勝利を確信する瞬間を待っていた」
「ぐ……」
「殺し合いに慣れないうちは、勝利を確信した瞬間に、一番の隙が現れるものだ。その年だと、そうたいした修羅場はくぐっていまい」
「くっ……」
「命まではとらん。消えうせろ」
「……なんだと……」
「今日はこれ以上、人を斬る気になれん」
「……」
よろよろと、ロランが立ち上がる。
「……引くぞ」
そして、そう言った。
「よろしいのですか?」
「負けた以上、やむをえん」
兵士の問いに、血まみれの顔でそう答える。
「……ですが」
「一騎打ちは神聖なものだ。それに負けたということの意味は大きい」
「……」
それ以上何も言わず、兵士たちはロランを囲み、立ち去って行った。
「……ぜんぶ……お芝居だったの?」
さすがに、フィリーヌが驚いて言う。
「まあな」
「……あきれた」
そう言って、思わず笑うフィリーヌ。
「まあ、あいつを殺したくなかったというのは本音だ」
「……面白いものだな。さっきまでアレだけ人をゴミのように扱っといて」
「そういうものだ。人間なんて、どこで変な仏心が沸くかわかったものじゃない」
「……で、これからどうするの?」
「……選択肢は二つだが……まずは星のピラミッドだな」
「でも、リシェルちゃんたちは?」
「妻たちなら大丈夫だ。……レイマ君がいる」
「あの子? あんまりあてにならないような……」
そう言って、小首をかしげる。
「そうでもないさ。ああ見えて彼は強い。そして、強いってことが何か、力ってのが何か……知っている」
「……どうも、ピンとこないけど」
疑わしげに言うフィリーヌ。リュナが微笑を浮かべて続ける。
「彼の事に関しては、僕のほうがよく知っているからね」
「……ま、リュナがそういうなら、星のピラミッドに向かうべきだろう。シャリア様たちが気になる」
「それもそうね」
顔を見合わせ、うなずきあう。
そして三人は、南へと歩き出していった。
そのころ。
「……」
ライファスの地下牢。
十字架に縛り付けられたエリザベートが、力なく拘束具に身をゆだねてうなだれている。
それを見るヒトの青年と、カモシカの老人。
「強情な女だな」
「ですが、それゆえに女の身でありながら、シャリアさまをさておいて後継者に選ばれたのでしょう」
「今となっては、こんな強情さなど何の役にも立たん。戦争も終わりつつあるし、あの影武者も板についてきた」
「ローザ様ですか。……たしかに、意外なほど板についてきましたな」
「もはや、この女の価値は鍵のありかだけなのだ」
「さっさと自白剤でも使いますか?」
「いや。舌でもかまれては面倒だ。じっくりと、この女が話したくなるまで責め立ててやれ」
翌朝。
白のピラミッドへと歩を進めるレーマたち。
リュナたちのことが気にならないといえば嘘になるが、今はまずそこに向かうことが先決だと思った。少なくとも、そこなら戦火に巻き込まれる可能性は低い。
吹っ切れたような表情のリシェル。少しだけご機嫌斜めのアンシェル。そしてちょっとだけお疲れのレーマ。その三人の目が、少し離れた場所に転がる奇妙なものを見つけた。
直径1メートルばかりの、大きな丸いもの。それが、草原にごろりと転がっていた。
「……なんだ、あれは……」
あまりに奇妙なものに、ついレーマの口からそんな声が出る。それに、アンシェルが答えた。
「マイマイ……の殻だ。こんなところにあるとは珍しいな」
「マイマイ?」
初めて聞く言葉だった。
「そういえば、レーマは知らないのだな。マイマイというのは……」
「おっきな、でんでん虫さんです」
「でんでん虫?」
気持ち悪いものを想像して、思わず顔をしかめる。それをみて、リシェルが吹いた。
「そんな顔しなくても。とってもかわいい子なんですよ」
「か……かわいい?」
一メートルの殻を背負った大きなカタツムリ。とてもかわいいとは思えなかった。
「変なものを想像しているようだな。一応、カタツムリではない。ちゃんとした人間だ」
「……人間?」
人間とカタツムリの入り混じった変なものを想像してしまい、なにやら気分が悪くなる。
「実際に見せたほうがよさそうだな。どのみち、野良マイマイなら変な賊などに見つかるよりは一緒に白のピラミッドまで連れて行ったほうがいいだろう」
「そうですわね」
「……」
顔色の悪いレーマ。その顔を見てアンシェルが言う。
「その青ざめた顔で、あの殻の中身を見て、せいぜい鼻の下を伸ばさないようにすることだ」
「鼻の下?」
そこまで、変な趣味はないと思った。
大きな殻に近づく。近くで見ると、なんとも奇妙なな光景だった。
まぎれもなく、それは巨大なカタツムリの殻。入り口に薄い膜が張られている。
こんこんと、アンシェルがその殻を叩く。
「起きろ。こんなところで寝ていては危ないぞ」
「そうですわ。私たち、危害は加えません」
リシェルも、入り口からそう語りかける。数メートルほど離れた場所から、おっかなびっくりといった感じでそれを見るレーマ。
「……ん……」
殻の中から、声が聞こえた。そして、殻の入り口の膜を破り、その中から一人の少女が姿を見せた。
「???」
ぽかんとした表情で、レーマが少女を見る。
年のころは14、5歳くらい。短い黒髪の間から、2本の触覚がのぞく。
白いショートパンツと、へその見える短い上着。さっきまで草原に転がっていた大きな殻が、背中にくっついている。
「……あら、おはようございます……」
少女は寝ぼけ眼で、そうアンシェルとリシェルに挨拶した。
「おはようございます。こんなところで野宿なんて、風邪ひきますよ」
リシェルが、笑顔でそう言う。そういう問題かとレーマは思ったが、目の前の事態に言葉がおいつかない。
「あぁ、大丈夫です。殻の中って意外とあったかいんですよ」
「風邪よりも、治安のほうが心配だ。こんなところで寝てたら、変なのにつかまって売り飛ばされないとも限らないぞ」
と、これはアンシェル。
「あぁ……それは困りますねぇ」
まだ寝ぼけているのか、のんびりとした口調でそう答える。
「野良マイマイか? 飼い主とかはいないのか?」
「うーん……いたんですけどぉ……少し前に強盗さんに襲われて死んじゃったんですぅ……それで、私だけ逃げて……」
「……よく逃げ切れたな」
「えっと……逃げてたら足を滑らせちゃいまして、あそこの崖から落ちちゃったんですぅ」
そういって、はるかかなたに見える断崖絶壁を指差す。崖の高さは50メートル以上ありそうだ。
「……よく生きていたな」
呆れ多様にアンシェルが言う。
「落ちちゃってから、怖くって殻の中にもぐりこんでたんです」
「……マイマイの殻は鋼より固いって言いますからね。それにマイマイさんの体も柔らかかったからたすかったんでしょうね」
リシェルが横から言う。
「う〜ん……よくわかりませんけど、そうなんでしょうねぇ……」
「それで、だ」
アンシェルが言う。
「主がいないマイマイが一人でいては危険だ。私たちは白のピラミッドに向かうのだが、一緒に来ないか?」
「一緒に……いいんですか?」
「このまま放っていっては寝覚めが悪い」
「それは……困りますねぇ……ぐっすり眠らないとお肌に悪いですよ」
「……いや、その……何だ、とにかく、一緒にこないか?」
「はい、喜んで」
にこっと笑って、少女はうなずいた。
「そうか。まあ、私たちも新しく飼うほどの余裕はないのだが、あそこならはぐれマイマイの世話をしてくれる余裕のある人もいるだろうし、何ならピラミッドの神殿で暮らしてもいい」
「はい。ピラミッドはむかし行きましたけど、とっても楽しかったです」
「そうか。なら……レーマ、いつまでそんなところにいる!」
アンシェルの言葉に、はっと我に代えるレーマ。あわてて、そばに駆け寄る。
「この子が、あの殻の中身だ。……驚いたか?」
「……」
ぽかんとした表情で、少女を見つめるレーマ。それをみて、リシェルがくすくす笑う。
「あら、さっきまでとは全然表情が違いますわ」
「……まったくだ。鼻の下を伸ばしおって」
「い、いやそんな……」
あわてて取り繕うレーマ。その向こうずねを、思いっきりアンシェルが蹴り飛ばす。
「〜っっっ!!!」
声にならない声を上げて転げまわるレーマ。それをみて、リシェルとマイマイの少女が笑う。
「この方、ヒトですの?」
「ああ。こんなやつだがな」
「でも、仲がよろしいんでしょう? なんとなくわかります」
「……ま、まあ……腐れ縁だからな」
痛みもかろうじておさまり、何とか立ち上がるレーマ。冷たい目でそれを見ながら、アンシェルが言う。
「いいな、お前がこの子を背負っていけ」
「せ、背負って……て」
露出度の高い衣服に、少しどぎまぎしながら言う。
「あの見るからに重そうな殻を、年端も行かぬ娘に背負わせてまる一日歩かせる気か」
「……僕なら、背負ってもいいと?」
「当たり前だ」
「……わかりました」
そういって、ひざをついて座る。
「じゃあ、お願いしますね」
少女が、背中に乗る。
(……お、重い……)
殻の重さが、ずしりと背中にのしかかる。
(……それに、これ……)
殻の重さで、少女の胸が背中に押し付けられる。
「……」
無言で立ち上がり、歩き出そうとする。顔が少々赤いのは、重さのせいだけではなさそうだった。
「ところで、名前をまだ言っていなかったな。私はアンシェル・クレファンだ」
「妹のリシェル・クレファンです」
「そして、この男がレーマだ」
「えっと……わたしはアルナです」
「そうか。短い付き合いになるかもしれんが、よろしく頼む」
重い。
アルナだけなら軽いのだろうが、その上の殻が重い。20〜30キロはあるのではないだろうか。
ずっしりと背中に重さと、何やらやわらかい感触がのしかかる。
背中から、アルナが話しかけてくる。
「これ、意外と重いでしょ。だから、一人だとたいへんなんです。もう、すぐに疲れちゃって、すぐにごろんと殻の中に入って眠っちゃうんです」
「……一生これを背負うってのは大変だな……」
「でも、いつでもどこでも眠れるし、泳いでるときは浮き袋になったり、崖から落ちるときもこの中なら安全だし、助かることも多いんですよ」
「……そ、そうか……」
なんだか、不思議なペースの会話だった。
「レーマさんって、無口な方なんですね」
「違う。女を背負っているからのぼせているんだ」
「まぁ。のぼせてくださってるんですか? 嬉しいですぅ」
笑顔でそう口にするアルナ。これでのぼせるなというほうが無理だろうと、心の中で思う。
「……」
「図星らしいな」
アンシェルの言葉が冷たい。
「さっさと行くぞ。いつまでも貴様が鼻の下を伸ばしていると思うと少々腹が立つ」
とはいえ、歩みは遅い。人間一人と重い殻を背負っているのだから、そう昨日までのようには歩けない。
結局、一日でたどり着くはずが、半分ほどの場所で夜になった。
「……野営を張るしかあるまい」
「そうですわね」
「……」
無言で、レーマが膝をつく。さすがに疲れたらしい。
「レーマ、休むのは早いぞ。薪を集めるのと、どこか雨風のしのげる場所を探さなくてはならん」
アンシェルが言う。
「そうですわね。レーマ、お姉さまと一緒に周りを見てきてください。その間に、私とアルナちゃんでお夕食作ってます」
「……」
ふらつきながら立ち上がる。確かに、休む暇はないのだが、それでも休みたいと心の中で思う。
が、そんな立場でないのも事実だった。
山岳地帯のカモシカの国では、少し歩けば簡単に野営に適した物陰や洞穴が見つかる。
少し歩いて、アンシェルとレーマはちょうどいい大きさで雨風をしのげる岩陰を見つけた。
「ここにしよう」
「……そうですね」
つかれきった声で、レーマが答える。そんなレーマに、アンシェルが言った。
「疲れているところ申し訳ないが、すぐには眠れんぞ」
「……え?」
「お前は、マイマイを知らないんだったな」
「……はい」
「だったら教えておいてやる。マイマイというのはな……」
アンシェルは、静かに話し始めた。
マイマイというのは、女性種しか存在しない。
さらに寿命も非常に短く、20歳前後。一人前の大人の女性の容姿になったころには子孫を産み、そしてすぐに死ぬ。
男性種がいないため、他の種族との性交で遺伝子を受け入れ、そして女児を産む。
ヒトと同程度の寿命しか持たないカモシカ族でさえ、この世界では短命種なのだが、それよりもなお寿命が短い。
さらに老化前に死ぬことや女性種、それも魅力的な容姿の持ち主しかいないことなど、あまりに一般的な種族とはかけ離れている。
一説に、ヒポグリフ研究の途中で生み出された失敗した人造種ではないかと言われているが、そのせいか人間として扱われることはなく、ヒトと同じ、ペット、愛玩動物として扱われている。
「……いや、愛玩動物ですめばマシなほうだ」
「マシな方、って?」
「大半のマイマイは、生まれた瞬間から主人の奴隷だ。何の……かは言うまであるまい」
「……はい。あまり聞きたい話でもないです」
「そもそも、今のあの姿も、より従順な奴隷にするための品種改良の結果だといわれている」
「……」
「あんな重い殻を背負っていては逃げるに逃げられん。腕の力も弱く、ひとたび男に迫られたら抗うことさえままならん。さらに老いる前に死ぬ……それさえも」
「飽きた頃に勝手に死ぬから、か……最悪だな」
「同感だ。……だがお前の知らない世界は、確かにある」
「……さすがにリュナ卿でも、こんな時期に簡単にペットを二匹に増やせるものでもないしな」
「ああ。……それで、だ」
「それで?」
「今夜、私たちは先に寝るが、お前はしばらく起きて……そうだな、あの辺りででも見張りをしておけ。そして……」
「?」
「あの子だが、あまり乱暴には扱うな。やさしく、愛情をもってな」
「……そ、それって……」
「マイマイの人生は短い。一日ぐらい、幸せな日があってもいいはずだ。……おまえはどうしようもないやつだが、優しいというとりえだけはある」
「……」
「戻るぞ。そろそろ、食事の支度が終わった頃だろう」
その夜。
アンシェルとリシェルが眠っている岩陰からすこし離れた、別の岩陰。そこでレーマは待っていた。
さすがに疲れが残っているが、そうも言っていられそうにない。
少々無理をして、そこに立っているとアルナが来た。
「……んしょ」
殻が重そうだ。しかし、顔が心なしかうれしそうに見える。
「リシェルさんから、話は聞きました。……ここでいいんですか?」
「……そう……だな。こういうのは、人目につかない場所のほうがいい」
「くす……やっぱり、恥ずかしいですか?」
「そりゃあな……」
そう言って、少し目を逸らす。
「その照れた顔、かわいいです」
「……そんなこと、言われたのは初めてだ」
「本当ですか?」
「ああ」
「でも、すっごくかわいいですよ。なんだか、吸い込まれちゃいそうで」
「……そう言ってくれるのは、まあ……悪い気分じゃないな」
ふっと、笑う。アンシェルやリシェルとは、どうも勝手が違う。
「じゃあ、はじめますか?」
「そうだな」
そう言って、服を脱ごうとする。それをアルナがとめた。
「あっ、レーマさんは服着ててください」
「?」
「その……男の人のはだかって、見慣れてないんで……ちょっと恥ずかしいです」
「……そういうものなのか?」
「ええ。前のご主人様は、服を着たままあれだけを出してましたし」
そう言って、レーマの履くスラックスの前を開ける。
「……こっちは、いいのか?」
「ええ、これはもう見慣れましたし」
「……」
そういうものなのかと、ちょっとだけ疑問に思う。思うより先に、アルナが肉棒を口にくわえた。
「……んっ」
肉棒の裏側から先端へと、舌が動く。そして先端までなめ終えると、すっと口を抜くようにして、唇で全体に刺激を与える。
唇の柔らかな肉感が、敏感な箇所を刺激する。そうしながら、不定期に強く吸ったり緩めたりして、息で別の刺激を与える。
そして一度、唇を離した。わずか三十秒足らずで硬くなったそれを見ると、アルナは下からレーマを見上げるようにして、にこりと笑って言う。
「……こんなことばっかりしてましたから」
その言葉に、レーマは少し悲しい気分になった。
「そんな顔しないでください。わたし、こんなことしかできないですし」
「……」
言葉が出てこない。そんなレーマに、アルナは笑顔をみせると、またそれを口にくわえた。
官能的に舌を這わせたかと思うと、情熱的に舌が絡みつく。そして唇の与える柔らかな刺激。
「そ、その、ちょっと……」
たまらず、暴発しそうになる。が、この子の口に出すことだけはどうにも良心が痛んだ。が、アルナの口はそんなレーマの気持ちとは関係なく、官能と刺激を次々と送り込む。
「ご、ごめん、その、もう……」
限界だった。
アルナの与える官能に耐え切れずに、精がほとばしった。
口の中にあふれ出るそれを、アルナは飲み込む。それでも口元から少しは漏れたが、それは指でぬぐった。
「……ごめん……」
「そんな……あやまらないでくださいよぉ」
無邪気な顔が、少しだけ悲しそうになる。
「レーマさんの気持ちよさそうな顔を見たら、私もすごく嬉しいと思うんです」
「……でも」
「その、リシェルさんが言ってました。レーマさんは、すごい優しい人だって」
「……」
「ほんと、優しい人です……その、優しいレーマさんだから、がんばりたいんです。だから……」
「ありがとう」
「そんな……」
少し、照れたような顔。触覚がとろんと垂れる。
「じやあ、ここからは僕のお礼」
そう言って、アルナの腰に手をかけると、すっと持ち上げた。
アルナの背中の大きな殻。それを支点にくるりと転がす。殻に乗っかったようなかたちで、アルナが仰向けになる。
「きゃ……」
予想していなかった動きに驚き、ちょっとだけ手足をばたばたと動かす。そんなアルナの唇に、軽く唇を重ねた。
「あ……」
頬を染めて、レーマを見る。
「力、抜いて」
そう言って、上着に手をかける。
「……あ」
アルナの上着を、脱がせる。月明かりに、年の割りに大きな乳房が照らされる。それを、両手でやさしく揉む。
「……なんだか……変な気持ち」
甘えるような声で、そうアルナが言う。
カモシカ族の特徴なのか、リシェルもアンシェルも、どちらかというと胸はそんなに大きくない。だから、正直勝手がちがうが、それでも相手が痛がらないように、気を使いながら揉む。
ある程度揉むと、アルナの息遣いが荒くなり、汗がにじんできた。
「……レーマさん……なんだか、きもちいいですぅ……」
「よかった。だったら僕もそう捨てたものじゃないな」
「そんな……捨てたものなんかじゃないですよぉ……」
上ずった声。アルナの全身の力が抜け、すべてをレーマにゆだねきっている。
舌を、這わせる。
胸の先端、へそから胸の谷間へのライン、わき腹と、アンシェルやリシェルが感じる箇所を、おなじように刺激する。
「んっ……れ、れーまさんっ……そんなとこ、駄目ですぅ……」
「あっ……駄目だった? ごめんっ……」
「ち、違いますぅ……その、駄目だけど……駄目じゃないんです……」
「ああ、そういうことか……」
そう言うと、レーマは体をアルナの正面に戻す。そして、アルナのショートパンツに手をかける。
「……あ……」
「もう、そろそろいいんだろう?」
「はい……」
うなずくアルナ。それを見て、レーマはショートパンツも脱がせる。
下着は、つけていなかった。そしてその下は、すっかり濡れていた。
「……し、下着は?」
思わず、間の抜けた問いを発する。
「うーん……前のご主人様が、つけるなって言ってたから……」
「……そ、そうか……いや、変なこと聞いたかな……」
アルナの両足を抱えて、左右に開ける。そして、前戯なしに自分の肉棒を差し込んだ。
「……っ……」
先に声をあげたのは、レーマの方だった。
締め付けてくる感触に、我を失いそうになる。
ひくひくと、まるで男のそれを貪るようにうごめく感触は、初体験のものだった。
なんだか、それだけが別の生物のようにさえ思えた。
「……レーマさん……」
「あ、ああ、大丈夫……」
ゆっくりと腰を動かす。少し動かすだけで暴発しそうになるが、必死に堪える。
「……気持ち……いい……です……。レーマさん……」
「あ、ああ、それは……」
返事が、返事になっていない。気を抜くと簡単に暴発しそうだった。
(……これも、品種改良とやらの成果なのか?)
そんなことを思う。
「その……レーマさん……」
「な、何……」
「中に……出してください……」
(言われなくたって……これは……)
抜けない。抜けない上に、後から後から刺激が伝わってくる。
「……いいの?」
それでも、見栄を張って一応は聞く。
「はい……」
「じゃあ、出すよ」
そういい終わるより先に、二度目の絶頂を迎えた。
それから、さらに三度。
さすがに、三度目が終わったときには精根尽き果てて草原の上にぶっ倒れていた。
「レーマ……さん」
「あ、ああ……」
服を着終えたアルナが、横にちょこんと座っている。
「ほんとに……優しいんですね」
「……そうかな……」
「はい。アンシェルさんが拗ねるのもわかっちゃいます」
「拗ねてた?」
その言葉に、にこっと笑う。
「はい。レーマさんなら、誰だって独り占めした言って思います。……私だって」
「……なんだか、光栄だな」
「本当は、ずっとレーマさんや皆さんと一緒にいたいですけど、そうもいきませんよね」
「……僕らも、戦争で住んでた場所を追われたようなもんだし」
「そうですか……でも、なんだか」
「何?」
「一度はお別れしてもねいつかまた会えるような気もします」
「……だったら……いいな。また会えるなら、きっと楽しくなると思う」
「そうですね」
月明かりが、二人を照らす。いつの間にか、アルナは殻の中にもぐりこんで、すやすやと眠っていた。
明日の朝、ちゃんと起きられるだろうか。
そんなことをぼんやり思いながら、レーマは夜空を見上げていた。
「……少し、気分が悪い」
アンシェルが、横のリシェルに言う。
「でも、こればかりは人助けですから」
リシェルが答える。
「……わかっている。マイマイに嫉妬するほど子供ではない。が……」
アンシェルの言葉に、言いようのない憤りが混じっている。
「あとで、二人でじっくり問い詰めちゃいましょうよ」
「……そうだな。しかしレーマという男は、まったく……」
不満げなアンシェル。そんな姉を、リシェルは少しおかしそうに見ていた。
(fin)