魔法を使えない上、文化的にも他国より遅れているカモシカの国は、必然として輸入超過の状況に陥っている。
そのため、昔から外貨獲得は至上命題といってもいい国策の一つだった。
農作物。具体的にはコーヒー豆と香辛料。あるいは鉱物。それらがカモシカの国の主な輸出品だが、やはりそれだけでは不足もある。
それは古今を問わない。今から20年前、今は亡き先代国王の御世もまた、外貨獲得に悩まされていた。
外貨獲得のため、カモシカの国は新たな輸出品目を必要としていた。
しかし山岳地のカモシカの国では、新興産業といっても限られてくる。
そこで前王が目をつけたのが、ヒトであった。
「落ちもの」と呼ばれるヒトは、その絶対数自体が少なく、ネコの国などを中心に奢侈品として人気がある。
ヒトを国内で養殖し、召使としての十分な教養を与えた上で売れば、新たな外貨獲得の手段になりうる……前王は、そう思ったのだ。
前王は国内外を問わず、ヒト召使を買い集めると、辺境の地フロミアに集落を作り、半ば強制的に生殖行為を行わせた。
やがて、子供が生まれる。彼らの成長にともない、前王はネコの国などから教師を招き、彼らに教育を施した。
同時に、秘密裏に人身売買のルートを探り、販路をくみ上げていった。
こうして出来上がった、生育から販売までのルート。やがて、13歳になったヒト召使たちは、彼らの手によって売られていった。
……しかし、前王の目論見は外れた。
たしかに、彼らは奢侈品であり、またあらかじめ教育を施されているために高値で売れた。
しかし、13年の育成費と比べれば、売値はその数分の一に過ぎなかったのである。
こうして、この計画は一度は「13年がかりの稀代の大失政」として消えようとしていた。
この「稀代の大失政」に再び日が当たる時が訪れる。
エグゼクターズの活動範囲の拡大である。
それまでの国内での活動から、国境外までその活動範囲を広げたことにより、エグゼクターズはいくつかの新たな問題と直面していた。
火器の所有制限、部隊の混成化などもそうだが、何よりも情報収集において問題は重大だった。
混成化したとはいえ、やはり他国の正規軍である。他国民には警戒され、情報収集は困難を極めていた。
国内で通用していた、聞き込み、尋問中心の方法では全く情報が手に入らなくなっていたのだ。
結果として、それまでの情報収集とは完全に異なる、独力で情報を得る、いうなれば諜報組織を整えざるを得なかった。
しかしこれが、養殖したヒトの新たな使い道となる。
カモシカが他国で情報を求めるのでは、あまりに目立ちすぎる。
その点、どこの国にも少数とはいえ、確実にヒトはいる。フロミアで育ててきたヒトに、諜報の知識を与え、情報収集に使えばと思った。
フロミアの計画は、一度は中断している。しかしそれまでに生み育てた子供が、まだ100人近くもいる。
彼らはまだ幼い。教育すれば育つ可能性は十分にあった。
だいいち、このままフロミアで無為に育てるよりは、スパイとして育成しなおし、安くとも他国に売って元を取った方がマシというものだった。
「……そして、今に至る……か」
フロミア計画について纏められたファイルの束を、テーブルの傍らに押しのけながらナオトは呟く。
ナオトはフロミアの人間ではない。純粋な「落ちもの」である。
そのため、彼は他国に売られるではなく、この国に残っていた。
逆に言うとフロミアの教育を受けていない、一種の劣等生といってもよい。
「だんな様、お夜食とお飲み物をお持ちいたしました」
後ろから、聞きなれた声がする。
「ああ、ありがとう」
笑顔で振り返る。
大きな殻を背負い、かわいらしいメイド服に身を包んだ少女が、銀のトレイを持ってそこにいる。
「そこのテーブルの上に置いといて。あとで食べるよ」
「はい、わかりました」
そういって、少女がテーブルの上にトレイを置く。
「パメラがいてくれて、本当に助かるよ」
その言葉に、わずかに頬を染め、触覚を恥ずかしげにすり合わせる少女。
「そ、そんなぁ……」
「いや、本当だよ。パメラにはいくら感謝しても仕切れない」
「だ、だんな様ぁ……」
ますます恥ずかしげにもじもじするパメラ。眼鏡の奥の瞳が、かすかに潤んでいるようにも見える。
「きょうはもうお休み。ちょっと遅くなりそうだから」
「あ、はいっ……その、だんな様?」
「ん?」
「最近、夜が遅いようですが……お体に気をつけてくださいませ」
「ああ、ありがとう」
「それでは、おやすみなさいませ」
ぺこりと頭を下げて部屋から出るパメラ。少しして入れ替わるように、ギュレムが入ってきた。
「ふむ、読み終わったか」
「はい」
「今では、あわせて百人のヒトが他国で召使として仕えつつ、定期的に情報をもたらしてくる」
「……はい。情報収集から伝達手段、そしてその情報を系統化するマイクロフト班。エグゼクターズ諜報部に情報が集まる間での完成した体系がすでにある」
「前王が亡くなられて二年。ようやく、軌道に乗ったというところだ」
そう言って、ギュレムはふと遠くを見るような目つきをした。
「ヒトを制することで情報を制する。亡き陛下はそうおっしゃられていた」
「そうですね。……昔、俺のいた世界の歴史には宦官という連中がいました」
「……去勢され、生殖機能を失ったヒトのことだったな」
「はい。意図的に、あるいは罰を受け、去勢されることで、かれらは生殖機能を失い、その代償として、時の権力者に警戒されずに後宮の奥まで入る権限を得たのです」
「至弱の存在であるがゆえに、かえって聖域を得る、か」
「この地のヒトも、所詮は同じことで……最下層の、子を産めない存在だからこそ、かえって権力の奥に近づける」
「前王はおそらく、宦官というものの存在は知らなかったのだろうが、狙っていたことは同じだったということか」
かつて、ナオトのいた世界ではいくつもの強大な国家を転覆させた存在。
エグゼクターズに属し、他国に召使として使えているヒトの数は百人。全てとはいわぬもの、それでも少なくとも数人は、他国の権力者の膏肓にいる。
「そしてフロミアの民には、帰る世界はない。この世界でうまれ、この世界で育ったものは、戻るべき『元の世界』を持たぬ。……この世界でのし上がるしかない。そしてそのためなら、なんでもする」
「……それも、折り込み済みだったと……」
「おそらくはな。少なくともあの中の数人は、少々不穏な夢を抱いている。……リュナ君のとんでもない挨拶を聞いた世代だからな」
そう言って、ギュレムはおかしげに笑う。
「あれなら、俺も聞きましたよ。……仮にも国家首脳が詰め掛けてる場で、よくもまあ言えたものです」
ナオトも、そう言って笑う。王女エリザベートの付き人として諜報部の卒業式に連れ出されたのは、この地に落ちてきてまだ間もない頃だったように思う。
諜報官の密命を帯び、表向きはヒト召使として売られることになる十人の卒業生と、それを見送る24人の在校生。
彼らの前で、エグゼクターズのいくつかの部隊の代表が挨拶を送ることになっていた。そのうち、特殊歩兵隊の代表として挨拶したのがリュナ・ルークスだった。
「今でも、覚えていますよ」
「そりゃあそうだろう。忘れようったって忘れられるものじゃない」
微苦笑を浮かべ、ギュレムが少々大仰な口ぶりでリュナの話し方をまねて言った。
「みんなはこれから、各地に諜報官として赴くことになる。……そうはいっても、それは内輪の話だ。表向きは、ただの召使にすぎない。
この広い大陸のどこであれ、ヒトは召使、あるいは奴隷、あるいは物……社会の最下層、はっきり言って、ロクな扱いじゃあない。
だが、なぜそうなのだ? なぜヒトは社会の最下層に甘んじなくてはならないか、君たちはこれから、幾度となくその疑問と直面することになると思う。
数が少ないからか? 力が弱いからか? それだけの理由で、仮にも一個の独立した種族が、他の種族の下にならなきゃならないと、誰が決めた?
数が少ないなら、数を増やせばいい。力が弱いなら、力を持てばいい。それだけのことだ。それでも文句を言うやつがいれば、手にした力でねじ伏せればいい」
「……あれを聞いたとき、大臣の何人かは顔面蒼白になっていたものさ」
「ヒトの俺だって驚きましたよ」
「しかも、その後がまた危ないことを言ったからな」
そして、さらにギュレムは続けた。
「君たちにはフロミアがある。君たちが頑張れば、フロミアは続く。あの地がある限り、ヒトは数を増やす機会がある。
君たちは世界各地に赴く。この地では手に入らない力を見つける機会がある。見つけて、我が物にすればいい。そうすれば、ヒトは少しづつ強くなる。
いつの日か、この世界のどこかにヒトの国が生まれるときが来る。こない筈がない。
なぜなら、自ら意思を持つ一個の種族が、いかなる理由があれ、自らの住む場所を、自らの国を持ってはならぬという理由はないからだ。
いつの日か、ヒトがヒトの国を持つ日のために、せいぜい恩を売りつけてやればいい。恩を売りつけながら、君たちも強くなれ。いつの日か、来るべき日のために」
「……挨拶が終わった瞬間に、大講堂から引きずり出されてましたものね」
「イヤというほど絞られたらしい。……まあ、アレは仕方ない。一歩間違えれば国家反逆罪ものだ」
「今じゃ、本物の反逆者ですけどね」
「そうだな。……とはいえ、そのリュナ君がそろそろ接触を図るはずだ」
「和議、ですか」
「そうだ。この2年の戦乱で、あまりに国が荒れ過ぎた。このままでは、たとえどちらが勝つにせよ、国力を取り戻す前に他国の手に落ちる……リュナ君がそれに気づかぬわけがない」
「グランダウスを失い、主力軍も崩壊した。確かに、帰結は見えましたね」
「お互い、和議を結ばざるを得ない状態だ。この国が崩壊する危険の前では、偉そうなことはいえぬ」
──その中で。
ナオトは、思う。
──ヒトの国を、作る。
いつごろからか、確かに心の中に固めていた決意。
──言い出したのは、あなただ。……リュナ・ルークス卿……
いつの日か、ヒトがヒトの国を持つ日。それは、リュナが思っている遠い未来の日ではなく、ほんの近い未来のことだ。
そう、ナオトは思っている。
「時に、我らが女王陛下はお元気かな」
「今のところは」
「そうか。お前にも思惑があるのだろう? 再びあの方が玉座に着くまでに、躾を終わらせておけ。私のほうは急がぬが」
「はい」
ギュレムは、そう言い残すと、部屋を去った。
──そうだな。そろそろ躾の時間か。
机の引き出しから、呪符を五枚ばかり取り出すとポケットにねじ込み、そしてパメラが持ってきた夜食のサンドイッチと飲み物を口に入れると、ナオトは拷問室へと向かった。
エリザベートは、拷問室の中心で天井と床から延びる4本の鎖で手足を拘束されている。
その目は感情を失い、半ば放心状態でうなだれている。
ランプの光が、一糸まとわぬ裸体を照らす。全身に塗られた媚薬と汗が、ランプの光を受けてきらめく。
媚薬のせいで、全身が火照り、淫らな欲望がとめどなくあふれ出る。しかし今は、四肢を拘束され、なすすべもなく欲望の炎に身を焦がされ続けている。
時々、耐え切れぬように身悶える。
長い髪が、背中をくすぐる。それがさらに欲望の炎を燃え立たせ、恥部を濡らす。
しかし、それ以上はどうすることもできない。
拷問室の扉が開く音に、エリザベートはたまらずにそちらを見た。
ナオトをみるエリザベートの目には、かすかに哀願の色が浮かんでいた。。
三時間近くも、なすすべもなく欲望の炎に焦がされていたかつての女王の瞳は、壊れたような虚ろな表情を見せている。
どうせ、このまま放置されるというあきらめたような虚ろな瞳と、その中に残る一縷の望みを求める哀願の色。
それが入り混じり、独特の色気を放っていた。
ゆっくりと近づくと、ナオトはエリザベートのあごを持ち上げる。
「おまたせしました、陛下」
おどけるようにそう口にすると、その唇を吸った。
唇をこじ開けて舌を差し入れると、エリザベートも求めるように自ら舌を合わせてくる。
少し前までは考えられなかったが、連日の拷問で少しづつ従順になってきている。
もっとも、それだけではないのだろう。肉欲の炎から少しでも早く開放してほしいという気持ちのあらわれなのかもしれない。
唇を離す。虚ろな目が、ナオトを見る。
「……」
言葉は、ない。無言のまま、じっとナオトを見つめている。
そんなエリザベートの前に、先ほどの呪符をポケットから取り出して見せる。
「ちょっと、面白いものを見つけてきましたよ」
そう言って、ナオトは呪符をエリザベートの額に軽く押し付け、そしてなにやら呪文を唱えた。
──えっ?
突然、視界が消えた。何も見えなくなり、光さえ感じられなくなった。
真っ暗な闇の中、エリザベートは顔を左右に動かすが、何も見えない。
「ひゃんっ!」
突然、乳房の先端に何かが触れた。火照った体が、たまらずに大きく跳ね、そして四肢を拘束する鎖に阻まれる。
──何? なにがあったの?
見えない。何がどうなっているのか、まるでわからない。
「きゃっ!」
左の脇腹を、なにやら羽根のようなものが触れる。身動きできないのをいいことに、それは無防備な脇腹を容赦なくくすぐる。
「ひ、ひゃん……ひゃはっ、やぁ……」
くすぐったさと快感が入り混じり、笑い声とあえぎ声の入り混じったような声が漏れる。
耳に入るのは、四肢を拘束する鎖のがしゃがしゃと触れる音のみ。逃れたいのに、どうすることもできないという思いが、さらに全身を火照らせてゆく。
「きゃは……やんっ……ひあぁ……っ、んんっ!!」
くすぐりから逃れようと手足を暴れさせていた時に、また何の前触れもなく乳首にぬるりとしたものが触れる。
それは乳輪をなぞるようにゆっくりと蠢き、そして転がすように先端をつつく。
暗闇の中で、火照った裸体に次々と与えられる刺激に、すっかり頭の中は混乱し、ただ手足をばたつかせ、快楽から逃れようと身悶えるばかりだった。
天井から吊るされた鎖に両腕を拘束され、どうすることもできないのをいいことに、何かがエリザベートを弄ぶ。
「いやぁ……やぁ……あぁんっ……」
なすすべもないエリザベートの口から、弱弱しいあえぎ声が漏れる。
──助けて……誰か……お願い……
頭の中で、必死に誰かに助けを求めるが、暗闇に囚われた身は誰も救いに来ない。
「いやあっ!」
さらに、別の刺激。両足の付け根、もっとも敏感な箇所に触れる。
硬いような、やわらかいようなもの。それが恥毛をまさぐり、体の奥まで潜り込んでくる。
「いやっ! いや、いや、そこはいやあっ!」
暗闇の中で、狂ったように身悶えるエリザベート。手足の自由を奪う忌まわしい鎖は、何一つエリザベートに抵抗を許さない。
体の内側からもれてくる甘い感触と、外側から侵食してくるくすぐったい感覚が、抗えぬエリザベートの理性を少しずつ奪ってゆく。
恥部に忍び込んできた何かは、ゆっくりと前後に蠢動する。前後に蠢くたび、肉の芽がそれに触れ、強烈な刺激となって襲い掛かる。
「やだっ、駄目、お願いっ!」
恥も外聞もなく叫ぶ。暗闇の中で、どうすることもできないまま体の中からあふれてくる奇妙な感覚への恐怖が、全身を覆う。
突然、全身を襲う刺激が消えた。
「……はあ……はぁっ……」
荒い息をつくエリザベート。その耳元に、聞きなれた声がする。
「目が見えないって、刺激的でしょ?」
「……なおと……?」
「耳も聞こえなくなれば、もっと刺激的ですよ」
「耳……?」
再び、額に何かが触れる。そして、またナオトが呪文のようなものを唱えるのが聞こえた。
そして。
何も聞こえなくなった。
暗闇の中で、何も聞こえず、何も見えない。
「な、何をしたの?」
おびえるような声で問いかけるが、返事はない。
そのかわりに、左右の乳房に生暖かい物が触れた。
「あっ!」
ぴくんと身悶える。二つのふくらみを、生暖かいものがやわらかく揉みしだく。
「んんっ……」
歯を食いしばり、必死に快楽に絶えるが、それでも声が漏れる。
たぶん、指。混乱する頭の中で、何とかそう判断する。
どうすることもできないまま、ただ与えられる刺激に耐える。
「んっ……んくっ……」
なかば泣きそうな声が漏れる。心とは裏腹に、散々焦らされた体は貪欲に刺激を求め、そして与えられた刺激を次々と脳に送り込んでくる。
──駄目、負けちゃ駄目……
必死に、自分にそう呼びかける。
「きゃあっ!」
乳首に、指が触れた。硬くなったそれを指が嬲るたびに、電流のような刺激が伝わる。
──い、いや、負けないっ……
かすかに残った自我が、そう訴えかけてくる。
「んっ!!」
そんなときに、下腹部に別の刺激が襲ってきた。
エリザベートのへその周りに触れる、別のぬるりとした感触。そして、広げられた足の付け根に潜り込んでくる、別のなにか。
──な、なぜ? どうして?
後ろから胸をもまれているはずだから、前から刺激が与えられるはずがなかった。
──誰かいるの? ナオトだけじゃないの?
ナオト以外の者に弄ばれているという思いが、エリザベートの頭の中に羞恥心を沸かせる。
「い、いやあっ! 見ないで、触らないでえっ!」
声を限りに叫び、必死に暴れる。
しかし鎖に拘束された四肢はエリザベートの動きを束縛し、なすすべもない裸体にはさらにいくつもの指のようなものが触れる。
左右の乳首を転がす指。無防備な脇腹をくすぐる指。胸の谷間からおへそへのラインをなぞる指。それいがいにも、尻を愛撫したり、太股に触れたり、いくつもの生暖かく細いものが全身を嬲る。
──ナオトじゃない! 誰か、何人もの人が私を……
恐怖が、全身を支配する。何も見えない暗闇の向こうで、下卑た笑みを浮かべた男どもがかつての女王の裸体を弄ぶ姿が見えたような気がした。
そして、それを少しはなれたところから見ているナオトも。
「やだっ、おねがいっ、ナオトぉ! 離して、この人たちを離して!」
何も見えない瞳から、涙をこぼれさせながらエリザベートは叫んだ。
エリザベートの裸体に絡みつく、拷問植物の無数の触手。
目が見え手入れ場もとより、耳が聞こえていても、拷問植物特有の葉の擦れ合う音で、自らを嬲るものが人ではなく拷問植物と気づくはずだった。
暗闇と静寂のなかで何もわからぬエリザベートには、それが人間の指に思えるらしい。
哀願の声は、それを意味していた。
──さて、もっと困ってもらうかな。
ナオトは、三枚目の呪符を用意した。
額に、また何かが触れ、そして、次に気づいたとき。
声さえも、出なくなっていた。
──そんなっ……お願い、もう許して!
心の中で、必死に叫ぶ。だがそれさえも、声となって出ていないことがわかる。
その間にも、全身をまさぐる指は動きをやめない。
──いや……こんなの、いやぁっ……
涙があふれる。全身は熱を持ち、指の一本一本が、体中の敏感な部分を触れるたび、とろりとした甘い感覚があふれてくる。
──助けて……誰か助けて……
もう、抵抗する心は残っていなかった。ただ誰かにすがり、助けてもらうことしか頭になかった。
どうすることもできないまま、甘い感覚はとめどなくあふれてくる。
──あっ……
ぷつりと、心の奥で何かが切れたような気がした。
鎖に拘束された四肢が、痙攣するように激しく暴れる。
頭の中が真っ白になり、そして、何かがどっと溢れてきた。
ぐったりと、エリザベートはうなだれている。
媚薬を塗られ、散々焦らされた挙句の触手責め。もとより耐えられるはずがなかった。
──さて、最後の一枚……
ナオトは、それを手に取ると、エリザベートの額にそれを押し付け、また呪文を唱えた。
また、額に何かが触れた。
──こんどは……なに?
ぼんやりとした頭で、そんなことを考える。
わからなかった。やがて、体がふわりと浮くような、奇妙な感覚が沸いてきた。
手足を拘束する鎖も、全身をまさぐる指も、何もないような感触。暗闇の中に、ただ魂だけを放り出されたような変な感覚だった。
動こうにも、手足が存在しないような。何かを触れようにも、何も触れるものがないような。
──なに……これ……
ぼんやりとした頭では、何もわからなかった。
そんな時。
──んっ!
魂に直接触れるような、強い刺激が襲ってきた。
──なに? なにがあったの?
何もわからない。何かが触れてるような感じもない。
なのにただ、快感だけが次々と伝えられてくる。
抗えない。抗おうにも、魂以外の何も残っていないような感じがする。
抗うことも逃げることもできないまま、ただ快楽だけがおそってくる。
──なに? なにが……あっ……
混乱した頭で、何とか状態を理解しようとするが、考えるより先に次々と快感が押し寄せてきて、思考の間を与えない。
──あんっ……やだ……だめぇ……
なすすべもなく、快楽に飲み込まれてゆく思考。
──ん……きもち……いい……
甘美なものが、魂を包み込んでゆく。
まるで眠りにつく瞬間のように、快楽だけが心を支配する。
──きもちいい……なんだか……もう……どうでもいいや……
そのまま、エリザベートの理性はゆっくりと消えていった。
拘束されたエリザベートの表情に、恍惚の微笑が浮かんでいる。その目には何も見えず、その耳には何も聞こえない。
それどころか、拘束されていることすら今はわからないだろう。
おそらくは、ただ快楽のみがその心にあるはず。
「明日まで、ゆっくりとお楽しみくださいね、陛下」
そう言って、ナオトは部屋を後にした。
明日には、呪符の効果も切れる。そしてそのころには、きっと余計な女王の矜持など消えて、従順な女になっているはずだと思った。
──あなたの一言で、この地にヒトの国がうまれるのですから。
ナオトは、自らの夢にすこしづつ近づいている事を実感しつつ、部屋へと戻っていった。
(後編へ続く)