-岩と森の国ものがたり・7-  
 
 白のピラミッドの周囲に広がる町は、太陽の都と呼ばれている。  
 ここはカモシカ族の大半を占める太陽神信仰における総本山であり、ゆえにこの地に軍を向けるというのはある意味、神に刃を向けるに等しい暴挙とみなされていた。  
 それだけに、双方とも支持を失いたくないためあえてこの地には軍を進めていない。  
 結果、この地は女王派、王弟派の双方の合意による完全中立地帯となり、それだけに戦乱の続くカモシカの国では唯一の平和な地として、戦乱を逃れた人々が次々と集まってきていた。  
「……すごい人の数ですね」  
 アンシェルに付き合って市場に出てきたレーマは、そういってアンシェルの方を見た。  
「全国から戦火を逃れた者達が来ているからな。おそらく、今現在ならばライファスやグランダウスより人口が多いはずだ」  
「……道理で」  
「だが、それだけに気をつけねばならない」  
「え?」  
「こうなったからこそ、この地を狙おうと思うものはいるはずだ」  
「……でも、この地に軍を向けると……」  
「ああ。普通は民の反発を恐れてやらない。そんなことをやれば、大義も正義もすべてふっとび、問答無用の悪とみなされる」  
 そこまで聞いて、はっと気づく。  
「ならば、敵側のフリをして……」  
 アンシェルは、かすかにかぶりを振った。  
「もちろん、そういうやり口もあるだろう。だが、私が思っているのはそういうことではないのだ」  
「と、いうと……」  
「すべてを、ぶち壊すということだ」  
「すべてを?」  
 よくわからないといった表情のレーマに、アンシェルが言う。  
「太陽神信仰そのものを破壊するということだ」  
 
「……そんなことが……」  
「太陽神などに何の尊崇も畏怖も持っていない者はいる。そういう輩ならば、何のためらいもなくこの地を狙う」  
「でも、そんな軍、民の支持が……」  
「支持されなくても、服従させればいい。……そんな風に思う者はいるのだ」  
「……」  
「この地を襲い、太陽神信仰を崩壊させる。そうすることで、民は拠り所を失う。そのうえで……新たな信仰を与え、支配する。新たな権力者への信仰を、な」  
「……それは……」  
「不可能だと、思うか?」  
「……いえ」  
 考えたくはないが、十分ありえることだと思った。  
「それゆえに、今は危機なのだ。グランダウスを失ったことで、両勢力のパワーバランスは崩れている。こういうときならば、何がおきても不思議ではない」  
 いつになく、アンシェルの表情が険しい。  
「……お前に頼って生きるのも悪くはないと思っていたが、そうも言っていられないということだ」  
「……でも」  
 一月ほど前の、盗賊にさえ怯えた姿のことが思い出された。かつて受けた心の傷が、まだ癒えてないのではと思った。  
「……わかっている。だが、もう甘いことはいっていられない。それに……な」  
 そう言って、すこし頬を染めた表情でレーマを見る。  
「え、え?」  
 いつになく可愛らしい表情のアンシェルを見て、どぎまぎする。  
「これからはお前がいる。それは変わらない。一人じゃないから、戦えるのだ」  
「……はは」  
 まわりの人目が、妙に気になる。冷静に考えれば、周囲の流れる人はレーマ達など見ていないのだが、今のレーマはそこまで気づかない。  
「と、とりあえず……ですね」  
「ん?」  
 少し腰を落とし、上目遣いでレーマを見るアンシェル。レーマより背が高いアンシェルは、いつも見下ろしていたため、下から見上げられると不思議な気分になる。  
 
「その、どこか……お茶でも……じゃない、その、あの……」  
 言いかけた言葉の意味に気づいて、あわてて取りつくろおうとする。その態度がおかしくて、たまらずにアンシェルは笑い出した。  
「くっ……あはははっ……レーマ、お前も案外うぶな所があるのだな」  
「……」  
「そう拗ねるな。いや、そんな表情も可愛くていいのだが」  
「……可愛いって」  
 少しは大人びたように思っていただけに、変にぐさっとくる。  
「あははははっ……そうやっていると、年相応だな。最近のレーマは、時々私より大人びて見えたりしたこともあったが、やはりこの方がいい」  
「……いい……ですか?」  
「ああ。そんな顔を見ていると、なにやら惚れてしまいそうだ」  
「ほ、惚れ……」  
 顔を真っ赤にしてあたふたするレーマ。そんなレーマを見て、またアンシェルが笑う。  
「さて、こんなところでそんな話もなんだ。お前の言うとおり、どこか休める場所に行こう」  
「……はい」  
 最近、ちょっとだけアンシェルより大人びた気になっていたが、どうやらまだまだ役者が違うようだった。  
 
 少し離れた場所に、ちょっとした喫茶店のようなものがあった。  
「こんな場所があったんですね」  
「リシェルに教えてもらった」  
「リシェル様に?」  
「リュナ卿と以前来たことがあるらしい」  
「……僕は来てないのに」  
「新婚旅行に他の男を連れて行けるか」  
「まあ、それは……」  
「しかし、この店のコーヒーはなかなかいい味だ」  
 そう言って、半眼を閉じてコーヒーを飲むアンシェル。  
 アンシェルは本当に美味しそうに飲むが、そのブラックコーヒーの風味というものが、どうにもレーマにはわからない。  
 正直、レーマにはブラックなど苦くて飲めたものではない。今も、レーマのコーヒーはというと、砂糖とミルクが大量に入って、カフェオレだかコーヒー牛乳だかわからないくらいになっている。  
 それだから、自分はまだ子供なのかなとか思う。  
 
「そんな顔をするな。味覚などは人それぞれだ」  
 突然、アンシェルがそう声をかける。  
「え?」  
「ブラックが飲めるかどうかなど、大人かどうかとは関係がない」  
「……え、その、どうして……」  
 心の中で思っていることがわかったのかと思った。  
「何年一緒にいると思っている。お前の考えていることなど、顔をみればすぐにわかる」  
「……」  
「図星だったのだろう?」  
「……はい」  
「はははっ……リシェルの奴も、コーヒーは砂糖を入れなきゃ飲めぬ。気にすることではない」  
 そう言って、またカップを口にする。  
「このコーヒー豆だが、こんな戦火の中でも猫の国に輸出はされているらしい。が、向こうでは氷を入れるという」  
「氷?」  
「たぶん、熱いのが苦手なのだろうな。最近はその需要にあわせて、豆も品種改良を行っているという」  
「へぇ……」  
「外貨獲得の貴重な手段だからだろうな。硝石や銅鉱は重いくせに輸出してもたいした金額にはならんが、良質の豆や香辛料はその数分の一で数倍の金になる」  
 そんな話になると、レーマにはまだよくわからない部分もある。  
「リュナ卿のすごいところは、そういう外貨獲得の場を手早くまとめたことにあるのだろう。軍を率いたことはただの一度もないのに今の地位にあるのは、その能力ゆえだ」  
「……屋敷の中では、とてもそうは見えないんですけどね」  
 レーマが見るリュナは、どこかとぼけたところのある優しげな年上の青年でしかない。アンシェルも、それを聞いてくすりと笑う。  
「それは同感だ。が、透河を利用した獅子の国から南方への交易路、山脈の東南から猫の国へと向かう摩天回廊という二つの交易路を女王派の機先を制して手中にしたことが、どれほど王弟派の力となったか」  
「猫の国に輸出するコーヒー豆、獅子の国や、南海の魚の国へと輸出される香辛料ですね」  
「ああ。そしてその交易路を確保したことで、他国の武器商人とのルートも手に入れた」  
「海路へとつながる透河経由で虎の国、摩天回廊経由で猫の国……」  
「そうだ。とはいえ、そちらは何かと苦労しているらしい。向こうは領内に入ればどちらにも売りたいからな」  
「そんな時にグランダウスを失ったのは厳しいですね」  
「……軍を持たない者の限界でもあったのだろうな」  
 
 さっきまでの浮ついた気分がいつの間にやら吹き飛んで、なにやら重苦しい雰囲気になる。  
「そして、さっきの話だ」  
「さっきの?」  
「この太陽の都に軍を向ける、という件だ」  
「……動くとすれば、王弟派ですか?」  
「いや。王弟派はグランダウス奪回が先決だろう。古くからシャリア様の領土であるあの地を奪われたままではどうにもならぬ」  
「……となると、女王派……」  
「だろうな。噂にすぎぬが、最近女王陛下が人が変わったように積極的になられているという」  
 アンシェルは、かつて女王派の騎士だった。いまは軟禁という名目でリシェルたちと同居しているが、今でも肩書きだけなら女王派騎士である。  
「そしてリュナ卿が危惧しているのは、第三の勢力……他国の軍だが、こちらはどうにもわからぬ。とはいえ、油断もできない」  
「……楽観できないんですね」  
「ああ。戦乱において一番危険なのは、第三者に漁夫の利を奪われることだ。今の場合だと……国ごとのっとられることだ」  
「…………」  
 言葉が続かない。目の前にある危険と、それに対してどうすることもできない自分の無力を痛感させられた。  
 
「まあ、そうはいってもだ」  
 アンシェルが、カップを皿に置いてレーマに目を向ける。  
「このような格好で来て、小難しい話ばかりというのもつまらん」  
 そして、上目遣いに少しいたずらっぽい笑顔を見せる。少し前までは、まず見られなかった表情だ。  
「……まあ、それもそうですね」  
 目の前のアンシェルは、いつもの毅然とした武人姿ではない。ここ数年、見たこともないようなスカート姿で、上着も妙に可愛らしいものを着ている。  
 なにより頭の上には、大きな青いリボンまでつけている。リシェルの見立てらしいが、こうしてみるとちゃんと年頃の少女に見える。  
「せっかくリシェルが気を利かせてくれたというのに、これではどうにもなるまい」  
「はは……」  
 小悪魔な表情に可愛らしい衣服。それでも口調だけは変わらないのがおかしい。  
「とはいえ、そういう話しかできないからな」  
「お互い様ですよ」  
「まあ、無理に話題を探さずともよいか。お前と一緒にいられるというだけで、私としてはなにやら嬉しい」  
「いつも一緒じゃないですか」  
「それとこれは違う。こういう時間があることが嬉しいのだ」  
 
「はは……」  
「なんだ、お前は嬉しくないのか?」  
 ちょっと、怒ったような顔でレーマを見る。  
「まさか」  
「ペットなのだから、主人にはきちんと振舞うことだ」  
「はい、ご主人様」  
 そう言って、すこし肩をすくめつつ笑顔を見せる。  
「うむ、それでよい」  
 生真面目な口調がおかしい。  
「じゃあ、これからどうしますか?」  
「そうだな……リシェルからはあちこち教えられたが、とりあえず近場から一通りめぐるとしよう」  
 
 それは、デートというには二人ともどうにもぎこちなかった。……まあお互い、今まで一度もそういうことをしたことがないのだから仕方がないのかもしれない。  
 それでも、楽しくないわけがない。他愛のない話をしたり、理由もなく笑ったり、そんなことだけでも楽しいし、そしてそれだけでいいんじゃないか、そうも思う。  
「……それにしても」  
「何だ?」  
「どういう風の吹き回しですか?」  
「リシェルに薦められた。まあ一度は、こういうことを体験しておくのも悪くはなかろう。どうせお前など、他に拾ってくれる奴もおらぬのだから」  
「……ひどいこといいますね」  
 苦笑するレーマ。苦笑はするが否定しきれないのが悲しい。  
「もっとも、誰かが拾おうとしても許さぬがな」  
「何ですか、それ」  
「本音だ。貴様は一生、私から離れることを許さん。万一にもつまらぬ懸想などしようものなら、命がないと思え」  
「……はは……」  
「返事は?」  
「はい、ご主人様」  
「よろしい」  
 素直じゃない言い回しだが、そんな言葉をいってもらえるのは悪い気はしない。  
「わかったなら行くぞ」  
 そう言って、すたすたと歩き出すアンシェル。右手を引っ張られるようにしてレーマはその後をついてゆく。  
 
「……ここも……ですか?」  
 目の前の建物を見て、レーマがついそう尋ねる。  
「……ここらしい。場所も、店の名も同じだ」  
「でもここ……武器屋、みたいなんですが」  
「私にも、そうとしか思えぬ。……リシェルがどうしてここを指定したのかはわからぬが、どのみち武器はあったほうがよい」  
「さっきの話、ですね」  
「ああ。実戦においては剣だけでは限界もある。何があっても対処するためにはそれなりの準備も必要だ」  
「……確かに……」  
「それに、まるっきりわからぬものを買うよりは、こういった店で買い物したほうが話が弾むとでも思ったのだろう」  
「……まあ、話は弾むかもしれませんが……」  
 せめてもう少し、デートショッピングに合う店はなかったのかと、少しだけ自分の無趣味、そしてリシェルの判断を恨んだ。  
「確かに、この格好で入るのも抵抗はあるがな」  
 大きなリボンにひらひらとしたスカート。確かに、武器屋に入る格好ではない。  
「……まあ、お前と一緒にいられるのなら、たいした問題でもない」  
 ぽつりと、そう口にする。少し頬を染めた横顔が、視線に気づいて恥ずかしそうにそっぽを向いた。  
 少し前の、レーマをからかうような表情とは明らかに違う。  
 もしかすると、これが本来の表情で、さっきのからかうような大人びた言動のほうが、実は無理をしていたのかとも思った。  
「あれ、さっきまでとは違いますね」  
 わざと、そう口にする。  
「な、何も違わんっ!!」  
 声を荒げて、あわてて否定する。その表情のほうが、レーマには自然なもののように見えた。  
「でも、なんだか……」  
「黙れっ!! それ以上愚弄するならば斬る!」  
「い、いえその……」  
 斬るも何も、今日の服装では武器は持っていない。それに気がつかないくらいに動揺しているののが、その表情にも表れていた。  
──やっぱり、無理してたのかな。  
 そうとしか思えなかった。  
「ふふ……」  
 つい、おかしくなって笑う。  
「何がおかしいっ!!」  
「あ、いえ……いまのアンシェルさまの方が、さっきよりずっと可愛いですよ」  
 
「……か……可愛い……」  
 うつむいて、なにやら消え入りそうな声でつぶやいている。  
「私は、お前の主人だぞ」  
「はい」  
「可愛いというのは、私がお前に言う言葉だ」  
「でも」  
「黙れ。口答えは許さん」  
 そう言う声も、消え入りそうに小さい。  
「わかりました」  
 そう言いながら、腰に手を回す。  
「な、何を……」  
 驚いたようにレーマを見るアンシェルに、笑顔で言う。  
「せっかくのデートくらい、こうしてましょうよ」  
「……でーと」  
 ぽつりと、そう口にする。口にすると改めて意識するのか、レーマから逃れるように目をそむける。  
 それでも、腕は絡めてきた。むしろ、絶対に離さないといわんばかりに痛いくらいに強くからみつけてきた。  
「じゃ、中に入りますか」  
「……そうだな」  
 やっぱり、この方がアンシェル様らしいと、そう思った。  
 
「おや、これはまた可愛らしいお客様で」  
「……か、可愛らしい……」  
 店に入ったアンシェルは、主人からもそう声をかけられたとたん、ますます頬を染めてうつむき、口ごもる。あわてて、レーマが言う。  
「えーと、とりあえず見てていいかな」  
「はいはい、どうぞご覧になってください。舶来の物もあれば猫の国からのものもございますからね」  
 まだうつむき加減のアンシェルの腕を引くようにして、展示してある武器の前に向かった。  
 
「……れーま」  
「はい」  
「私は……可愛らしい……か?」  
「はい。本当に可愛らしいですよ」  
「そ、そうか……なにやら、そう言われると嬉しいような恥ずかしいような……」  
「そう言うところが可愛らしいんですよ、ご主人様は」  
「……アンシェルでよい」  
 ほとんど聞こえないような小さな声で、レーマに言う。  
「え?」  
「他人行儀にご主人様とか言うな。こういとうきはアンシェルでよい」  
「は、はあ……じゃあ、その……あんしぇる………………さま」  
 呼び捨てにしてみるが、どうにも抵抗がある。レーマも、消え入りそうな声で最後に「さま」をつけた。  
「……さま、はいらぬと言っておる」  
「……どうにも……慣れないもので」  
「仕方のない奴だ」  
「申し訳ありません」  
 おたがいに、赤い顔をして消え入りそうな声の会話が続く。後ろにいるであろう店員の視線が、やたらと気になる。  
「……とりあえず、何か買わないとダメですよね」  
「そ、そうだな……」  
 陳列棚に目をやる。目の前に、細い鋼線の先端に分銅のついた鞭のような武器があった。  
「……エッジ・ガレット……分銅ですか?」  
「ガレットといっているからに、、絞首具なのだろうな。どうやら、鞭のように振ってこの鋼線を首に巻きつけるのだろう」  
「首が切れそうですね」  
「だからエッジ・ガレットなのだろうな。首に巻きつけ、そのまま手元に引く。そうすればこの鋼線が首を切断するというわけだ」  
「物騒な武器ですね……」  
「武器は物騒なものだ。とはいえ、たしかにこれは怖いな。首に巻きつけられなくとも、普通に鞭としても扱える」  
「鞭として使うには強度が問題ですね」  
「この鋼線の原料が何かが問題だな」  
 少々からかいすぎてしまったが、どうやら、やっと普段の調子に戻ったらしい。  
 
 その横に目を向けると、カードが一式そろえられていた。  
「これは……カードの淵が刃になっているんですか?」  
「そうなのか? ……だが、その割にはやたらと高いな」  
「ですね。えーと……他にはこれといった特徴もないようですが」  
 首をかしげるレーマ。その後ろから、店員が声をかける。  
「これはですね、カードの裏側が秘密の鍵なんですよ」  
「裏側に? 裏側といってもこの模様……あっ」  
 アンシェルが、何かに気づいて声を上げる。  
「魔章紋……なるほど、呪符か」  
「はい。カードに見せかけてはいますが、53枚のカードすべてが別々の効果を持っております。無論、我々のような魔法の心得のないものにも扱えます」  
「ふうむ……」  
「使いきりではありますが、見た目も綺麗ですしお嬢様方には護身用に買われていく方もいらっしゃいますよ」  
「なるほどな」  
「まあ、そちらにいらっしゃるヒトのほうがお嬢さんには頼りになりますかね」  
「れ……れーまのことか?」  
「ああ、レーマさんとおっしゃるので。なかなかお似合いのご様子で」  
「お、お似合い……」  
 その言葉に、また恥ずかしそうにうつむく。  
 さっきの、小悪魔のような言動がなんだったのかと思うような姿だが、これが本来の姿で、アレでも精一杯がんばっていたのだろうと思った。  
 「じゃあ、レーマさんにお勧めの武器を見繕うとすれば……そうですね、やはり見た目も大事ですし、レイピアや曲刀、もしくは短銃ですか……」  
 店員の言葉は、もうアンシェルには聞こえていないようだった。  
 せっかく普段の調子に戻ったかと思ったのに、また真っ赤になって、小さな声で何かつぶやいている。  
 ふと気がつくと、金髪に大きなリボンのついた頭がレーマの真横にあった。  
 二つの角が、突き刺さりそうになるくらい近くにある。そして、上目遣いの目が時々レーマを見ては、またすぐに目を伏せていた。  
 腕に寄りかかってきているせいで、アンシェルの胸の感触が二の腕に伝わってくる。その鼓動が早くなっているのが、服の上からでもわかる。  
──こんな店員がいるから、この店を案内したのか?  
 そんなことを、レーマは思った。  
 
 同じころ。  
「リュナ・ルークス卿の奥方様ですね。お待ちしておりました」  
 リシェルは、白のピラミッド南方にある少し大きな屋敷にいた。  
「はい。手紙を見て伺いました。あなたは?」  
「アルルスとお呼びびください。エグゼクターズ……つまり、リュナ卿の以前所属していた部隊の者です」  
「それで、どういったご用件でしょうか」  
「奥方様には、しばらくこちらで生活していただきます。無論、我々の名誉にかけて奥方様に危害はくわえませぬ」  
「名誉……あればよろしいのですが」  
 少々皮肉を込めてそう言う。その言葉に、アルルスは苦笑を浮かべて答えた。  
「これは手厳しい。ですが、我々にも名誉はございます。こう見えて我々も6つの国を動き、多少の名も持つ組織です。あまり名を傷つけることはしたくない」  
「そのようですね。特殊遊撃追討隊・エグゼクターズ……最近は民間人の拉致まで行うとは知りませんでしたが」  
「拉致とは手厳しい。もっとも、結果としてそうなるかもしれませんが、それもこの国のためです」  
「誰もがそう言うのですよ」  
 少し険しい表情のリシェル。公式の場や、それ以外でもリュナの妻として振舞うときにはそんな表情も見せることはできる。  
 ふだんはあのとおりのぼんやりとした性格だが、実は意外とアンシェルより大人っぽい部分もある。  
「はい。それもまた事実。ですが真に正しい道はひとつ。そしてそれこそが、我々の選んだ道であると自負しております」  
「……ここで話していても埒があきませんね。あなた方の主の下へ案内していただきましょう」  
「かしこまりました」  
 アルルスが先導して、リシェルを屋敷の中へとつれてゆく。  
 歩きながら、ぽつりと言った。  
「そうそう。奥方様の姉君と召使の少年ですが……下手な真似はされないほうがよろしいでしょうね。我々も、多少の警護はしておりますし、万一にも屋敷への侵入などされては、非がどちらにあるかは明白ですから」  
「…………」  
「……まあ、なるべく不幸なことにならないようには努力いたします。リュナ卿の協力を得るためには、そのほうがよろしいでしょうし」  
「…………」  
 無言で、リシェルはその後をついてゆく。  
 その先に何があるのかという不安と、姉やレーマへの信頼が、リシェルの胸中で交錯していた。  
(後編に続く)  
 

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