ぽつりと、アンシェルがレーマに尋ねる。
「レーマは、もしヒトの世界に戻れるのなら……戻りたいか?」
「うーん……」
すこし、考えるレーマ。が、すぐに答える。
「正直、あまり戻りたくないですね」
意外な返事だったのか、アンシェルが問い返す。
「なぜだ?」
「こっちに落ちてきたのが五歳の時でしたし……いまさら帰っても、正直居場所がないといいますか……」
「家族がいるだろう」
「いたとしても、その……名前も覚えてないですから。……名前どころか、ほとんど何も覚えてないですね、向こうの世界のこと」
「……そうか」
「ま、それはそれで割り切ってますよ。どのみち、元の世界には戻れないらしいんだし。」
明るい表情で答えるレーマ。ちくりと、アンシェルの胸が痛む。
「悪いことを聞いたな」
「そうですか? むしろ、お前いらないから帰れとか言われたほうが辛いですよ」
「言うわけないだろうっ!」
突然、声を荒げるアンシェル。怒鳴ってから、急に目をそらし、つぶやくように言う。
「……私のほうが、困る」
「え?」
聞き返すレーマに、はっと振り向くアンシェル。頭の上のリボンがかすかに揺れる。
「……あ、いや、その、なんだ……」
少し頬を染めて、アンシェルは続ける。
「昔は、私ももう少し強かった気がするのだがな」
「……」
「いつの間にか、弱くなったのだな。お前がいないと、私のほうが耐えられそうにない」
「じゃあ、ますます戻れないですね」
「そう……だな。戻らないでいてくれれば……うれしい」
「まあ、でも」
「でも?」
少し不安げな目で、レーマを見るアンシェル。
「そういう話は、部屋に帰ってからにしましょうよ」
「え? ……あ、ああ、それもそうか……」
部屋に帰ると、リシェルの姿が見えなかった。
「……めずらしいな、リシェルが一人でどこかに出るなど」
「それに危険ですよ。仮にもリュナ卿の奥方なんですから、誰から狙われないとも限らないですし」
「探しにいくか。……いや、メモくらい残しているだろう」
部屋の中を探す。戸棚の中に、手紙は入っていた。
「えーと……『リュナの知人の所に向かいます。少し遅くなるかもしれません。夜中の三時までに帰ってこなければ先にベッドで寝ていてください』か……」
「夜中の三時、とはまたずいぶん遅い時間だな」
「ですね。まあそれも多分、もう一枚の手紙を見ればわかりますよ」
「もう一枚?」
聞き返すアンシェルに、微笑してレーマが言う。
「リシェルさまが僕あてにこの手の手紙を書いてるときは、もう一枚隠してるんですよ。今回なら、ベッドの……ああ、これだ」
枕の中から、封筒に入った手紙を取り出す。
「必要以上にそっけない手紙で、家具の名前が一個だけでてる手紙だったら、たいていこういういたずらをしてるんです」
「……おまえとリシェルも、そういう秘密を持ってるのだな」
アンシェルの奇妙な言葉遣いに、ふと小首をかしげながらに答えるレーマ。
「秘密といいますか……本人は気をつけてるつもりなんでしょうね」
「まあよい。手紙にはなんと書いてある?」
「えーと……二枚ありますね。……これは地図、ですか。南部居住区ですね。ふうん、大きな建物だ……ここにいるってことですか」
「そこに、三時以降……か?」
「そのようですね。警備とかをかいくぐるにはそのほうがいいのかも知れないですし」
「かいくぐる?」
問い返すアンシェルに、レーマが少し暗い声で答える。
「……あまり、よくない所にいるみたいです。軍施設ですから」
「……」
「手紙では、リュナ卿が昔いた部隊の施設だとありますね。まあ、リュナ卿ではなくリシェル様を狙うというのは、少なくともあまりまっとうな態度とはいえないですし」
「そうだな」
「……まあ、あと手紙では……」
「なんだ?」
「三時まではゆっくりしてください、って」
「……それもそうだな。軍施設に乗り込むのならば、休息をとっておいたほうがよい」
その言葉に、微苦笑を浮かべるレーマ。
「あとは、アンシェル様がお読みになってください」
そう言って手紙を渡すレーマ。それを受け取り、読み進めるアンシェルの顔が、急に赤くなる。
「れ、れーまっ! これは……」
「一応、気を使ってるんでしょうね」
「余計な気遣いだ!」
顔を真っ赤にしたまま、怒ったように言うアンシェル。
手紙の末尾には一文が添えられていた。
追伸。この手紙を見つけてから三時まではきっと時間がありますから、姉さまと二人で素敵な夜をすごしてくださいね。
ベッドとお風呂はきれいにしておきました。邪魔者はいないので二人で愛をはぐくんでくださいね
「あ、愛って……」
戸惑ったように口走るアンシェル。
その肩に、レーマが軽く手を乗せると、びくんと大きく震える。
「まあ、リシェル様もこう言っていますし……どうします?」
「ど、どうって……その……」
目を伏せるアンシェル。
「いつまでもこんな格好もなんですし、お風呂にでも入りますか?」
「……お、お前がそうしたいというのなら……わたしは……」
消え入りそうな声。
「どうします?」
「……だ、だから……その、おまえが……おまえが、好きなようにすればいい……」
「わかりました」
肩をすくめるレーマ。このご主人様は、普段は自分から動かないと気がすまないくせに、こういうときは自分からは動けないところがある。
そのくせ、レーマが自分の希望通りに動かなければ怒る。
わがままといえばわがままだが、それをかわいいと思ってしまうのはほとんど十年も一緒にいたせいかもしれない。
もっとも、そんなかわいらしさを見せ始めたのは最近のことでもあるが。
「じゃ、先にお風呂ですね」
そういいながら、レーマはアンシェルの服に手をかける。
いつになく着飾ったアンシェルの服を、一枚づつ脱がせてゆく。
リボンやブレスレッドのような装飾品は、きちんと形を整えて机の上に置く。それから上着を脱がせて、ハンガーにかける。
白いブラウスのボタンを外してそっと脱がそうとすると、アンシェルがぴくんと小さく震えた。
小ぶりな乳房を包む白い下着と、色白で華奢な身体がランプの明かりに照らされる。
かすかに目をそらして下を向くアンシェルの頬はかすかに赤い。そんな表情のまま、アンシェルは少しも動かずに、レーマが一枚づつ脱がせていくのに身を任せている。
下着に手をかけ、背中のフックを外す。
「あ……」
かすかに手を動かして胸を隠そうとしたが、すぐに手をおろす。小ぶりな乳房と、その先端の桃色の突起があらわになる。
「…………」
羞恥の表情で、少し上目遣いにレーマを見る。
くすりと、レーマが笑う。そしてその頬にキスをする。
「大丈夫ですか?」
「……だいじょうぶ」
小声で返事が返ってくる。何度も肌を合わせていても、まだ恥ずかしさは残っているらしい。
十年も続いた、名目上は今も続く「ペットと主人」の関係が、この時間だけはまるで逆になったかのように、今のアンシェルはおとなしくなっている。
最後に残った下着に手をかけ、左右で結ばれた紐を解く。
小さな布切れが、床に落ちる。それを広い、他の下着や服と一緒に置く。
いまは一糸まとわぬアンシェルを椅子に腰掛けさせると、レーマも服を脱ぐ。
そして、自分の脱いだ服もたたむと、椅子に腰掛けたアンシェルを両手で抱えた。
「……れーま」
ふと、アンシェルがレーマの名を呼ぶ。
「はい」
返事をするレーマ。
名前を呼び、そして当たり前のように返事が帰ってくる。そんな距離さえない頃があったと、アンシェルは思った。
それに比べれば、今は本当に、この距離に二人がいることが、当たり前なことが幸せなことなのだと思う。
「……いや、呼んでみただけだ」
そう言って、アンシェルは気持ちよさそうにそっと目を閉じる。
目を閉じたアンシェルの唇に、そっとレーマは唇を重ねた。
浴室。
石鹸の泡が、アンシェルの白い肌を覆っている。
「……んっ……あ……ぁん……」
その泡の中で、レーマの指がアンシェルを愛撫する。
レーマの上に腰掛けるように乗っているアンシェル。背後から、左右の指が優しく肌を刺激する。
指を滑らせるようにしてやわらかな肌を撫でると、そのたびにくすぐったいような感触がアンシェルを襲う。
「れーま……」
アンシェルの、熱っぽい目が振り返る。
「どうしました?」
やさしい微笑を浮かべて、レーマがその目を見つめる。
「……呼んだだけ」
そう言って、今度はじっとレーマを見つめる。
また、軽く唇を重ねる。
舌を絡ませ、そしてそっと離す。
右の掌が、アンシェルの乳房に触れた。
「あ……」
小さく声が漏れる。
下から持ち上げるように、小ぶりな胸のふくらみを包み、そして軽く揉む。
「ん……」
声を押し殺すように口を閉じるアンシェル。そんなアンシェルの表情の変化を楽しむように、やさしく乳房を揉む。
左手は、その間にも肌のあちこちをくすぐるように愛撫する。
「……っ……」
唇を強く閉じ、声が漏れるのを必死に絶えるアンシェル。健気なしぐさが、妙に色っぽくかわいらしい。
右の人差し指が、乳首に触れた。
「んっ……」
たまらず、声が漏れる。
くりくりと、指が桃色の突起を転がす。
「んっ……あ……」
その先端が硬くなるのに合わせて、強く閉じていた唇から、切なげな声が漏れ始める。
左手の指が、そっと恥部に触れる。
泡の中を掻き分けるように、奥まで差し入れた指に、暖かくぬるりとしたものが絡みつく。
左右の指を、少し激しく動かした。
ぴくんと、アンシェルの裸身が大きく動く。
「駄目ですよ」
わざと、そう言うと、アンシェルの身体を背後から抱くように近づけ、密着させる。
「アンシェルさま」
そう、声をかける。
「……れーま……」
焦点の合わない瞳が、レーマを見る。
「気持ちいいですか?」
「うん……」
まるで幼児のような、甘えるような舌足らずな声の返事がくる。
「よかった」
そういって、また愛撫を再開する。
「……んっ」
優しい刺激が、肌の奥まで伝わり、じんと痺れるような何かがあふれてくる。
かすかに涙を浮かべたアンシェルの目が、レーマをじっと見ている。
左右の指が、一度離れ、そして今度は逆の動きを見せる。
さっきまで乳房を愛撫していた右の指が恥部へともぐりこみ、そしてゆっくりと蠢動しつつ前後に動く。
左の指が、今度は左の乳房に触れ、そして五本の指が優しく揉む。
ぬるりとした、すべるような感触がここちよい。
身体の奥から、とめどなく溢れてくる快楽に、時々耐え切れなくなって身悶えして逃れようとするが、そのたびに左右の指は、攻めを一度とめて、強くレーマの側に引き寄せる。
そして、おとなしくなってからまた愛撫を再開する。
「あん……はぁん……あぁ……」
唇からは、絶え間なく喘ぎがもれる。
熱っぽい瞳はいつの間にか、快楽にすべてをゆだねたようにそっと閉じられている。そのふちに、少しだけ涙のようなものが見える。
レーマの左右の手が、それをみてそっとはなれ、そして抱きかかえるように左右の脇に添えられる。
そして、両手で少し持ち上げると、背後からできるだけ優しく挿れる。
「んっ……」
かすかな喘ぎ。
ゆっくりと、上下に動かす。
最初はレーマの手の動きに合わせていただけのアンシェルの裸体が、少しづつ自分から動きはじめる。
慣れないぎこちない動作で腰を動かすと、そのたびに強い刺激がアンシェルを襲い、声を上げさせる。
それを支えるレーマの腕が、少しだけ大きく動く。
肌を包む白い石鹸の泡は、アンシェルが大きく身体を動かすたびに小さな泡となって回りに飛び散る。
かすかに、くちゅくちゅという粘着質な音が聞こえる。
「アンシェル様」
「……っ、んくっ、んん……」
貫かれる度に襲い掛かる快楽のせいか、呼びかける声にも返事はない。
そもそも、まるで求めるように自分から腰を動かす、そんな乱れたアンシェルを見たのは初めてだったかもしれない。
「あっ、あん、ああっ、ひあぁ……」
喘ぎ声が、途中から泣くような声に変わってきている。そろそろ、限界が近いのかもしれない。
少しだけ、左右の腕の動きを激しくする。
それに合わせて、アンシェルも腰の動きを早める。
そして。
泣くような声を上げて、アンシェルは果てた。
「……れーま」
浴槽の中。泡を洗い流した二人は、仲良く湯船の中にいる。
「はい」
「……ずるい」
「なにが、です?」
「なにが、って……その」
先ほどの痴態を思い出し、目をそらすアンシェル。
「私は、どんどんお前から離れられなくなってゆく」
「……それは、その」
何か言おうとしたレーマに、すかさずアンシェルが言う。
「れーまのせいだ」
「ぼ、ぼくのですか?」
「そうだ。全部レーマが悪い。……私が、こんなになったのも、元はといえば全部れーまのせいだ」
「…………」
そう言いながら、湯船の中で肌を押し付けてくる。
「だから、元の世界に戻るなど許さないからな」
その言葉に、くすりと笑う。
「何がおかしい!」
「戻りませんよ、そんなこといわれなくても」
苦笑するレーマに、目をそむけたまま続けるアンシェル。
「それだけじゃない。私のそばを離れることも許さん」
「……はいはい」
「はいは一度」
「はい」
そう返事をしながら、レーマは両腕をアンシェルの腰に回して、くいと引き寄せる。
「あっ……れーま、何を……」
「これでも、忠実なペットのつもりなんですよ」
そういって、また指を肌に這わせる。
「……れーま……あっ……」
「三時まで、まだまだ時間はあるんですし、ね」
「……バカ言うな……」
そう言いながらも、肌を寄せてくるアンシェル。
その顔が、レーマの方に向く。
潤んだような目が、しばらくレーマを見つめていたが、やがてアンシェルは自分からレーマの首に手を回して、唇を重ねてくる。
奥手というか、少なくとも色恋沙汰に対してはリシェルより言動が幼いアンシェルが自分から求めてくるのは、初めてのような気がした。
「んくっ……んん……」
正直、アンシェルの動きはぎこちない。考えてみれば、今までずっとレーマがリードしてきたのだから無理はない。
──まあ、いいか。
こういうのも、すこしづつ二人で慣れていくものだろうとか、そんなことを思った。
──それよりも、だ……
のぼせないうちに風呂から出ないと、三時までに倒れたのでは冗談にもならないとかいう思いが脳裏をよぎった。