ふと、窓際のカーテンが揺れる。
扉が音もなく開き、そこから一人の女性が姿を現した。
褐色の毛並みを持つイヌの女性。その女性に、フィリーヌは見覚えがあった。
「……ベリル?」
「久しぶりね、フィルちゃん」
「……ちゃん付けはよしてよ」
「ふふ。ごめんなさいね」
多種族混成部隊のエグゼクターズには、当然カモシカやヒト以外の種族も多く入っている。
この女性……ベリルもまた、そんな中の一人。
主に調査偵察を担当しており、フィリーヌ、そしてリュナとも割と以前から面識はあった。
「どうして、ここに?」
フィリーヌの問いに、微笑を浮かべるベリル。
「お仕事。中身までは言えないわ。たとえフィルちゃんでもね」
「…………そうよね」
諜報担当者として当然の守秘義務。うなずくしかなかった。
「それともうひとつ。フィルちゃんにお知らせ」
しかし、続けてそう言うと、ベリルは不思議な微笑を浮かべる。
「私に?」
「そうよ」
「何?」
「リシェル・ルークス……リュナちゃんの奥さんのことよ」
「リシェルちゃんがどうしたの?」
その言葉に、ベリルがくすりと笑う。
「もう。自分はちゃん付けを嫌がるのに『リシェルちゃん』はないでしょう」
「あ……」
はっと、口に手を当てる。
「ふふ。でもいいわ。そんなことより」
「何?」
「リシェルちゃん、さらわれたわよ」
「えっ!?」
驚くフィリーヌの口に、ベリルが人差し指を当てる。
「大声上げちゃだめ」
「……ごめんなさい」
「場所は太陽の都。実行したのは……エグゼクターズよ」
「どうして?」
「そこまではわからないわ。何が目的なのかまでは私には届かないから」
「じゃあ、リュナに……」
伝えなきゃ、と言おうとしたとき、ベリルの人差し指がそっと唇に押し当てられる。
「伝えてもいいの?」
(……え?)
「このことは、まだリュナちゃんは知らないわ」
「…………」
「リュナちゃん、大切な話し合いの途中なんでしょ?」
「……うん。でも……」
言わんとすることはわかる。国の行く末がかかっている時に、心を乱すことはするべきじゃない。
それでも……
「それにね」
ベリルが続ける。
「リシェルちゃんがいなくなったら、リュナちゃんはフィルちゃんのものよ」
「…………!」
悪魔のささやき。
「大事な話し合いの途中だから言わなかった。ううん、知らなかったって言い張ってもいいわ。手遅れになっちゃえば、どうなるかしら」
「……そんな……それって……」
フィリーヌの言葉をさえぎるようにして、ベリルが言う。
「フィルちゃん、いまのままでいいの?」
「いまのまま……って」
「リュナちゃん、ほしいと思わない?」
「ほしい……って」
「いまのままじゃ、いつかリュナちゃん、フィルちゃんから離れちゃうわよ」
「!?」
ぐさりと、胸に言葉が突き刺さる。
「かわいい奥様よね、リシェルちゃん。リュナちゃんも、リシェルちゃんといると幸せそうにしてるし」
「……それは……いいことじゃないですか」
消え入りそうな声。ベリルが追い討ちをかける。
「戦争が終わったら、リュナちゃんはたぶんどっかの領主くらいにはなるわね。そうなったら、フィルちゃんとの接点もだんだん薄くなるわ」
「…………」
「フィルちゃん、一人で生きていけるの?」
「……それは」
返事がうまく出ない。
昔は、何とかできると言えたような気がする。
でも、今は。
多分、リュナのいない人生に耐えられそうにない。
パートナーだから。
二人でひとつだから。
そうやって、ほとんどの時間をすごしてきたから。
(……でも)
不安が、心をよぎる。
リュナは、一人で生きていける。
正確には、フィリーヌがいなくても生きて行ける。
それは、リシェルがいるから。
「私は……」
「無理、でしょ」
やさしい微笑を浮かべて、ベリルがいう。その言葉が鋭く胸をえぐる。
「……わかってて、どうして……」
「何?」
「どうして……私にそんなこと言ったんですか」
「どうして、って?」
「リシェルちゃんがさらわれた、なんてこと……」
泣きそうな声のフィリーヌ。
「そうねぇ……」
いたずらっぽい表情を浮かべながら、フィリーヌを見つめる。
「ひ・み・つ」
そして、そういい残すと、再び音もなくドアの向こうへと消える。
「待って……」
返事はなかった。
再び、静まり返る部屋。
「……どうして……」
部屋に取り残されたフィリーヌは、両手で顔を覆った。
「……ありがとう。ここでいいよ」
リュナは、そう言ってアルヴェニスの肩から手を下ろした。
「大丈夫か、おい」
「ああ。あとはフィルに慰めてもらうとするよ」
そう言って、おどけたように敬礼する。
「……へいへい。いいねえもてる男は」
「そう言うな。フィルとはガキの頃からの腐れ縁だ」
「じゃあ、お邪魔虫は向こうで一人さびしく夜を過ごしますよ」
「拗ねるなって」
軽口をたたきながら、ノブを開ける。
「ただいま」
「あ……」
リュナを見上げるフィル。目元に、泣いたようなあとがある。
「どうした?」
フィリーヌの傍らに腰を下ろす。
「……なんでもない」
そう言って、かすかに顔をそむける。
「……そっか。まあ、何か言いたくなったらいつでも言ってくれ」
「……うん」
「僕は、フィルの味方だ」
そう言って微笑むリュナの笑顔がつらい。
(……リシェルちゃんが……)
言うべきかどうか、心の中が揺れる。
「…………」
「…………」
沈黙だけが、ずっと続く。
「寝るか?」
「え?」
とつぜん、リュナが声をかけてきた。
「一晩たてば気持ちも落ち着くさ。フィルは先に寝たらいい」
「……でも」
「安心しろ。何があっても僕はここにいるから」
「…………」
人の気も知らずに、優しい言葉をかけてくる。
「……リュナは」
「ん?」
「私のこと、どう思ってるの?」
ぽつりと、そう聞いてみた。
「フィルのこと?」
「うん」
「パートナー」
一言で答えが返ってくる。
「ぱーとなー……」
「フィルとはもう、ずいぶんな付き合いになるからな。そばにいて当然、みたいな感じだな」
「そばにいて当然……」
「僕の分身だな」
そう言って、にこやかに笑う。
(……分身)
フィリーヌが、数時間前にアルヴェニスに言った言葉。
──そうでもないわ。……何ていうか、わたしとリュナはね、恋愛とか色恋とか、ましてや結婚とか配合とか関係ないのよ。
──腐れ縁、って言うか……離れようがないっていうか……リュナは、私にとってはもう一人の私だし、リュナも、私のことをもう一人のリュナだって思ってる。私たちってそういうものなの。
──だから、お互い自分の分身みたいなもの。……結婚、という話で言えば、自分自身とは結婚できないでしょ? そんなものなのよ。
それでも。
自分で言いながら思っていた奇妙な違和感。
リュナの口からそう言われると、はっきりとわかる。
(……それ以上には、必要とされていない)
言葉とは裏腹の、二人の間にある障壁の存在。それがはっきりとわかる。
「…………」
「フィルもそうだろ?」
「えっ?」
突然、リュナに尋ねられて、はっと我に返る。
「フィルは、僕のことをどう思ってるんだ?」
「それは……」
言葉が出なかった。
パートナー、という言葉のなんとも言いようのない嘘っぽさを、自分の口からはどうしても言いたくなかった。
そんな時。
再び、扉が開いた。
「ベリル?」
リュナが、声をあげた。
「あら、覚えててくれたのね」
「失礼だな。忘れてたまるか」
すこし皮肉っぽい口調。しかし奇妙な親しさもある。
「それは光栄だわ」
リュナとベリルが、打ち解けた挨拶を交わす。そのとき、フィリーヌの心にいいしれぬ不安がよぎっていた。
「で、こんな自分に何の用件だい?」
何気なく、当然のように尋ねるリュナ。その瞬間、フィリーヌの心にずきんと痛みが走った。
「そうねぇ……」
いたずらっぽい表情のベリル。やがて、ちらりとフィリーヌを見てからリュナに聞いた。
「フィルちゃんからは何も聞いてないのね」
(…………!)
さっと、フィリーヌの顔から血の気が引く。
「……ん?」
(……まさか……最初から……)
破滅。ふとそんな言葉が脳裏をよぎった。
青ざめた表情のフィリーヌを見下ろしながら、ベリルが言った。
「リシェルちゃん、さらわれたのよ」
「な!?」
とっさに寝台から立ち上がりそうになるリュナ。
「フィルちゃんには先に言っておいたんだけど、やっぱり黙ってたのね」
「……それはっ……!」
何か言いかけて、フィリーヌは口を閉ざす。
「……どういうことだ、ベリル」
「どういうこと、っていってもねぇ……太陽の都で、エグゼクターズのちょっと血の気の多いのが先走ったってことしかわからないわ」
「リシェルが……」
「フィルちゃんは、言いたくなかったみたいね」
「…………」
恨みがましい目つきでベリルを睨む。そんなフィリーヌを、ベリルはあの微笑のまま見下ろす。
「そんな目で見ないでよ。私が言わない、とは一言も言ってないでしょう?」
「でも! あなたが余計な……」
「言わないって決めたのはフィルちゃんでしょ?」
「だって……」
「リシェルちゃんがいなくなればリュナちゃんは私のもの。そう思っても不思議はなかったわね」
「…………!!」
リュナの前ではひた隠しに隠していた心の闇。それを、容赦なく言葉にして暴露される。
「リュナちゃんがほしかったのよね。邪魔なリシェルちゃんがいなくなればよかったんでしょ」
まるでリュナに言い聞かせるように、ゆっくりと一言一言話すベリル。
「リュナちゃんを自分のそばにおいておきたかった。できることなら、リュナちゃんのそばには自分以外の女の子なんていないほうがいい」
「違うっ!」
立ち上がる。その手を、誰かがくいとつかんだ。
「りゅな……」
見つめるリュナの目。あわてて目をそらす。
「落ち着け。言ったろう、俺はフィルの味方だって」
リュナの声。やさしかった。
「あら」
ベリルが驚いたような声を上げる。
「ありがと、ベリル。重大なことを伝えてくれたことは感謝するよ」
ベリルのほうを振り向き、そう言って軽く礼を言う。
「へぇ……ずいぶん落ち着いてるのね、リュナちゃん」
「おかげさまで。誰かさんにはガキの頃、さんざん鍛えられましたから」
「そうだったわね」
微笑するベリル。
「でも、フィルちゃんを嘘つきにしたのはリュナちゃんのせいよ」
「私はっ……!」
何か言おうとするフィリーヌを、軽く手で制すと、ベリルは再び扉の向こうに消えた。
「…………」
後には、再びフィリーヌとリュナが残された。
「…………」
「フィル」
「ごめんなさい……」
ベッドに崩れ落ちるように座り込むと、フィリーヌは嗚咽をもらしながら謝りつづけた。
「気にするなって」
そう言って、肩を抱き寄せる。
「どのみち、脅迫状さえ来てない。情報が少し早く伝わってきただけさ」
「…………」
「あの程度で、僕とフィルの仲にヒビが入ったりするものか」
「………………」
返事はない。嗚咽だけが続く。
「明日には和議の内容をまとめて、そのまま一気に首都に向かうか、途中で太陽の都に向かってリシェルと……多分レイマ君にアンチェルちゃんも一緒だろう、助け出すか」
静かな口調。なだめるように続ける。
「どのみち、リシェルってカードは向こうさんには切り札だけに軽々しく無駄にはできない。僕らが変に慌てたらかえって思う壺さ」
もちろん、多少の不安はある。しかし、いまはそれをフィリーヌに感づかせたくはなかった。
「だから、安心すればいい。僕はフィルの味方だ」
少しでも、フィリーヌが安心するようにと、そう耳元でささやく。
しばらくして、フィリーヌが尋ねた。
「リュナは……」
「何?」
「私のこと、どう思ってるの?」
さっきと同じ問い。
「さっきと変わらないよ。フィルは僕のパートナーだ」
「もし……」
「ん?」
「私とリシェルちゃんの立場が逆だったらどうしてる?」
「逆?」
「今、さらわれてるのが私で、リュナに黙ってたのがリシェルちゃんだったら……リュナはどうしてる?」
「変わらないだろう。最善の手を尽くすだけだ」
「……いま、さらわれてひどい目にあってても? すぐに助けには来ないの?」
すこしおびえたような目。捨てられることを恐れるような表情。
「難しいことを聞くなぁ。少なくとも、今の状況下においては、リシェルをひどい目にあわせるのは向こうにとって自殺行為だ。僕を完璧に敵に回すことになる」
「……助けてくれるって……きっと信じて待ってるのに」
「助けないとは言ってない。これでも、考えた末の結論だ」
「リュナにとって……リシェルちゃんって何?」
「えっ? そりゃあ……最愛の妻だけど」
「最愛……じゃあ、リシェルちゃんと私と……大切なのはどっち?」
「両方」
即答する。
「二人とも失いたくはない。だからそのための最善の手を僕は打つ」
「…………」
その言葉自体は嘘じゃないと思った。
リュナは今まで、フィリーヌに嘘をついたことだけはない。
それでも。
漠然とした不安。消えない恐怖は、ずっと心の中でくすぶり続けてきた。
(今、言わないと)
心の中で、もう一人の自分が叫んでいる。
ずっと昔から、漠然と抱いていた不安と恐怖。それを伝えられるのは、今しかない。
リュナが、すぐ近くにいる今なら、そして他に誰もいない今なら、それを言える気がする。
「……ぱーとなー」
「えっ?」
「ぱーとなーって……リュナは言ったよね」
「ああ」
「でも……違う」
「え?」
問い返すリュナ。
「私たち……パートナーなんかじゃない」
「何を……」
「だって……わかるもん」
悲しそうな声。
「リュナは、いつも私を守ってくれてる。何か大変なことがあるときは、いつも一人で前に立ってる」
「……それは」
「リュナ、私なんて必要としてない」
「それは違う!」
思わず、声を荒げる。そして、はっと気づく。
「……いや、ごめん……続けてくれる」
「今だってそう。リュナは、絶対に私を怒らない。どんな時だって、私を守ろう、守ろうとしてくれてる」
「…………」
「それはすごくうれしい。でも、それってパートナーじゃない」
リュナを見つめる目に浮かぶ涙。
「不公平だもん。私は、いつも守られてばかり。リュナは、守ってばかり。私はリュナを守れない」
「……いや、それは……」
ヒポグリフ種だから。女の子だから。だから守って当然。……そんなことは言えるはずはなかった。
ましてや。
──好き、だから……なのか?
そんなことは、言えるはずもなかった。
八年も前からの腐れ縁。そういう感情を抱かなかったといえば嘘になる。それでも、それを認めるわけにはいかなかった。
なぜなら、二人はパートナーだったから。任務というもので繋がれている以上、私情を挟める関係ではなかった。
必死になって消し続けてきた感情を、いまさら認められるわけがない。
「私は……そんなのやだよ」
フィリーヌの訴えは続く。
「私も、リュナを守りたいし、リュナの力になりたい」
「今だって十分……」
「やだよ!」
リュナの言葉をさえぎるように、叫ぶように訴える。
「私は、もう一人じゃ生きていけないのに! リュナがいないと生きていけないのに! 私にはリュナをつなぎとめる力さえないなんて!」
言いかけて、また泣きそうになる。
「……私、リュナに必要とされたいよ……リュナがいないと生きていけないのに、リュナはいつだって私を離れていける……」
「……離れるわけないだろう」
「でも! 私、そんなに強くないもん……リュナを……ただ何もないのに信じていられるほど強くない……」
涙がこぼれる。
「リュナにとって……私って何? ただ、守って、そばにおいておきたいだけのお人形さん?」
「そんなわけないだろう……」
返事がうまくいえない。
「リュナ……私がこんなにひどいこと言っても、わがまま言っても、それでも怒らない……どうして? どうして怒らないでいられるの?」
「……それは……そんなことで、フィルを失いたくないし、傷つけたくもないから……」
「傷つけてるよ! 私、リュナのせいですごく苦しんでるのに!」
「…………」
「リュナは、私のこと……」
言いながら、胸にしがみついてくる。そしてそのまま、泣きじゃくるように言葉をぶつけてくる。
「全部リュナのせいだもん! リュナがわたしのこと、ちゃんと信じてくれないから! 全部苦しいこと飲み込んで、私を守るばっかりで……!
リュナが苦しんでるのを見るだけで、何もできないし……何もさせてくれないなんてひどいよ!」
フィリーヌが、そんなに感情をあらわにぶつけてきたのは、初めてのような気がした。
「私が、こんなにリュナを必要としてるのに……リュナは私を必要としてないから……だから!」
「……悪かった」
「リュナ……強いよね」
見上げるようにして、フィリーヌが言う。
「…………」
「リュナは、いつもそう。こんなに言っても怒らない。全部、自分で飲み込んで、私のわがままも聞いてくれて」
「……わがままじゃないだろ」
「ううん……わかってる。わかってて、リュナを困らせてる。ほんとは、私がもっと強くなればいいだけなのに」
「僕だって、強くなんかない」
ぽつりと言う。
「自分の弱さを認めることもできないくらいに弱くて脆かったから、強いふりをするしかなかった」
「え……」
「まだ年端もいかない子供がさ、右も左もわからない世界にいきなり放り込まれたんだ」
ゆっくりと語り始める。
「頼るものもなくって、すがりつくものなんて自分自身しかなくてさ。自分は強い、そう思い込まなきゃやってられなかった」
「…………」
「昔読んでた英雄譚の主人公とかいろい思い出しながら、強い自分ってのを演じてた。壊れかけてる精神を守るためにはそれしかなかったから」
運命の豹変というものを受け入れられるほどには、当時のリュナは成長してなかった。
「で、いつの間にか……そうやって自分を演じ続けてきて、ふと気づくと……それがフィルを傷つけてた」
苦笑いを浮かべる。
「そしてはじめて、自分が理想像にしていたはずの強い理想像ってのがどこがで根本的に間違ってるって気づいて、でもそのとき、自分の心を振り返ってみたら……」
「…………」
「何のことはない、そんなお芝居という殻だけ残って、守ろうとしていた自分自身なんて見つかりもしない」
そして、再び笑う。
「とんだ笑い話だけど。でもさ、今の僕が、それしかないんなら……そうやって僕はこれからもフィルを守り続けるしかないし」
ひとつ息をつくと、にこりと笑って続けた。
「僕が、どうしてフィルを守ってると思う?」
そして、続けた。
何も知らない子供がさ、右も左もわからない場所に放り込まれて、そのままだと死ぬしかないって時に、まあそうやって強がってたときに。
僕が生き延びることができたのは、フィルのおかげだと思ってる。
フィルと出会って、何も知らなかった僕に何もかも教えてくれて、僕が生きてゆけるようにしてくれたから、僕は今こうやって生きている。
だからフィルは、僕の命の恩人だと思ってる。
いつの間にか、二人で一緒に仕事をするようになって。
……正直な話、少しづつ異性として気になりかけてた。
まあでも、そんなことを言える立場でもなかったし。
パートナーだから。仕事仲間だから。そうやってそんな気持ちは押しつぶしてきた。
でも、せめて。
フィルを守りたいって気持ちだけはあったし。それは隠すことじゃないと思った。
いつの間にか、少しづつ、自分が強くなってるってわかった。
それはきっと、フィルを守るって目的があったからだと思ってる。
まあね、隠して押しつぶして、その結果がフィルには辛いことになったのかもしれないけど。
どうして、僕がフィルを守り続けてるかっていうと……
「……リシェルには秘密だぞ」
そう言って、こつんと額をぶつけてくる。
「うん」
フィリーヌの目が、リュナを見つめる。
「これでも、フィルのことは好きだったし、今だって好きだ」
「浮気者ね」
「失礼だな。二人同時に愛しちゃいけないなんて法はない」
「……もう」
フィリーヌが、そっと目を閉じる。
「ベリルに、二人してまんまとはめられたな」
「そうね。でも……」
「ん?」
「はじめて合った時は、泣き虫で何もできなかった男の子が、いつの間にか私より強くなってることに気づいたときね」
「……」
「……その、ずっと我慢してたのよ」
「悪かった」
「なのに、私のことほっといて結婚するなんて」
「いや、それは……」
「リシェルちゃんのこと、ちょっとだけ妬いてた」
「今は?」
「そうね……」
「横盗りしちゃおうかな」
そう言って、キスをねだる。
「洒落にならないことをさらっというな」
そういいながらも、軽くキスをする。
「もちろん、正々堂々と、ね。リシェルちゃんのことをちゃんと助けてから」
「だな」
そういいながら、フィリーヌの服に手をかける。
「あ、ちょっと……」
「言ったろう。最善の手を尽くしてるって。今はフィルとの関係を取り戻したい」
「でも……」
「フィルを必要としている証ってこと、そうだろ?」
「もう……」
頬を染めながら、それでもリュナのなすがままに任せるように、フィリーヌは再び目を閉じた。
「あ……」
フィリーヌの口から、かすかなあえぎ声が漏れる。
リュナに背後から抱き寄せられ、両の手で豊かな胸のふくらみを愛撫されるたび、その唇から声が漏れる。
全身の力が抜けたように、くたりとなっているフィリーヌ。その瞳だけがやけに熱っぽい。
「どうだい、フィル?」
右の手でやわらかく揉みつつ、左の手が下乳を軽く爪で掻くように愛撫する。
「……はぁん……」
甘い声。さっきまで泣いていたとは思えないような幸せそうな表情を浮かべている。
ちゅ。
首筋にキスをする。そして、足を絡める。
汗のぬるりとした感覚と、熱いくらいの体温が伝わる。
両の指が、左右の胸の突起をこりこりと転がす。
「りゅなぁ……おっぱいだけじゃ……やだよぉ……」
駄々をこねるようなフィリーヌ。尻を背後に押し付けるようにしてねだる。
そんなフィリーヌに、リュナは絡み付けた脚で、フィリーヌの脚を左右に広げながら言う。
「自分でやってごらん」
「えぇ……そんなのやだぁ……りゅながいいのぉ……」
「だぁめ」
そういいながら、こりこりと乳首をいじめる。
「あんっ……やぁんっ……りゅな、ひどいよぉ……」
あえぎながらそう抗議するフィリーヌ。
「ちゃんと一人でできたら、入れてあげるから」
さわさわ。
左の指が、乳房を離れ、茂みの中を軽くまさぐる。
「あ……そこ……もっとぉ……」
背中にしなだれかかってくるフィリーヌ。
「ほら、こんなに濡れてるくせに」
ちゅぱ、ちゅぱとわざと音が出るように、指を上下に動かす。
「やぁん……」
とろんとした目つきで振り向くフィリーヌの頬にキスをする。
「もっと……もっとしてよぉ……」
そういいながら、背中をこすり付けてくる。
「自分でしてごらん」
「やだぁ……りゅなじゃなきゃやだよぉ……」
そう言って、フィリーヌはリュナの両手首をつかんで、肌に押し付ける。
「仕方ないな」
くすりと、リュナが笑う。
そういいながら、くいと手首をひねる。
「え……?」
いつの間にか、フィリーヌの手首をリュナがつかんでいた。
「ほら、やってごらん」
そういいながら、フィリーヌの手を秘所へと誘導する。
「あっ……やだ、やだよぉ……りゅなぁ……」
言いながらも、指が勝手にそこをまさぐる。
「あ、や、やだ……こんなの……」
「指は正直だね」
意地悪っぽくそう言ってみる。
「あ、やだ、おさえないでよぉ……」
「自分で動かしてるくせに」
「ちがうよぉ……ちがうんだから……」
そういいながらも、フィリーヌの指は本人の意思とは離れて自慰を続ける。
「あ、あん、んんっ……」
そんなフィリーヌを、背中から抱くリュナ。もう少しでフィリーヌがイくというところで、少々強引に指を抜く。
「ふぇ……?」
わけがわからないといった感じのフィリーヌ。その体を仰向けにして、その上にリュナが覆いかぶさり、そしてフィリーヌの脚を左右に広げる。
「あ……」
まるで初めての相手にするように、リュナが優しく挿入する。
「あっ、あっ、やだ……」
さっきまで我を忘れて求めていたくせに、いざ挿入されそうになって、急に恥ずかしがって身をよじるフィリーヌ。
そんなフィリーヌのかすかな抵抗を無視するように、ぐっと肉棒を奥まで挿しいれる。
「あぁっ……」
大きく身を反らせる。
「動かすよ」
そう言ってから、腰をぐいと動かす。
「あっ、あん、やだ、まってっ!」
かすかな拒絶の声。それを無視して、無理やり腰を動かす。
「あっ、いや、いっちゃうっ、だめっ!」
シーツを両手でつかんだまま、がくがくと痙攣するフィリーヌ。
「大丈夫?」
一度、腰を止めてから聞く。
「はぁ……はぁん……りゅなぁ……」
「なに?」
「こんなの……ずるいよぉ……」
「どうして?」
「だってぇ……」
くたりとしたフィリーヌが言う。
「こんなの……こわれちゃうよぉ……もっとやさしくしてよぉ……」
「そっか、ごめんな」
そういいながら、今度は少し優しく動かす。
「はぁん……やぁ……」
まるで寝息のように、柔らかな声を上げるフィリーヌ。
目を閉じて、本当に眠っているような安らいだ表情を浮かべている。
その頃。
「……そろそろ行きますか、アンシェルさま」
レーマが、眠っているアンシェルを起こす。
「……そうだな」
かすかにうなずき、服を着替えると得物を腰に差す。
時刻は、夜の三時。
ひんやりとした夜風の中で、二人は静かに外に出た。
「大丈夫ですか、アンシェルさま」
心配げに問うレーマ。
「案ずるな。おまえが横にいる限り、私が遅れをとることはない」
にこりと、アンシェルが微笑みかえした。
(つづく)