--------------------------black porgy.  
 
 
 音が、する。  
 水の、音。  
 滴り落ちる音。  
 目を閉じたまま寝返りを打つ。  
 膚にさらさら触れるシーツ。  
 腕を伸ばしても、何も当たらない。  
 いない。  
 薄目を開けた。  
 視界にはいるのは、落ちものだらけの、なんだかちぐはぐな部屋。  
 高そうな家具から、どうみてもがらくたの電気製品まで。宝箱みたいのまであったりする。  
 上を見れば天蓋。垂れ下がるドレープ。クイーンサイズの寝台の上。  
 くぼんでいるのはあたしのいる場所だけ。  
 後のシーツは冷たくて。  
 向こうの方から声がする。  
 起き上がると目をこすりながら寝台を出た。  
 素足に袖を折り曲げたぶかぶかの白シャツ。下はショーツだけ。  
 そんなかっこに、外気はちょっと肌寒い。  
 この岩盤の部屋から出れば、あったかいのだけど。  
 ぺた、ぺた、と岩に足音が響く。  
 何枚もの仕切りを通り抜けて、海藻と貝殻の簾の間から、見えたのは……。  
 
 
 男の子が、責められてた。  
 空が見える、白砂の広間。周りは岩場で、なぜか半透明のドームになっている。  
 空に見えるのはほんとは外海で、息は出来ない。普通では侵入も出来ない。  
 あの子は、ゲストなんだ。  
 見慣れない黒銀のヒレ耳。浅黒い肌。くるんくるんした黒髪が顎の長さまで来てる。  
 ちょうど斜め後ろを向いてて、こっちには気づいていない。  
 それにしてもすごい体勢。  
 両手を後ろ手に縛られ、両足を大きく広げて膝を曲げている。身につけてるものは、うなじの細い銀の鎖だけみたい。胸元に何か小さなペンダントトップが微かな吐息とともに、揺れるのが見える。  
 男の子がいるのはちょうど広間の中央で、平たい円盤状の岩があるところだった。  
 秘密の入口と白い砂地の間には無数の溝が刻まれた魔法陣が描かれ、ぼーっとその周りを水面越しに淡い紫の光が照らしている。  
「もうやめてください、マダムぅ……」  
 男の子の声変わりしてない声が艶やかな響きを帯びて、届く。  
 よく見ると男の子の足の間に、蠢く影があった。  
 見えるのは頭部を隠す黒いベール。それが上下に動いて、男の子がその度にのけぞって小さく喘ぐ。  
 なんか、男の子の太股とか、脇腹とか、とろみのついた紫色の半透明な液体がついてる。  
 責めてる人が身を起こす。黒鱗模様の大きく開いたVカットの胸元からこぼれ落ちそうな豊かな乳房。裾はこちらからは見えない。  
「ボク……もう、変になっちゃいそうですう、まだむ……」  
 男の子の甘いおねだりに、顔の上半分を黒いベールで隠した深紅の唇の女が嗤う。  
 あの唇、どこかで見たような……。  
 と、ふと顔を上げたベールの人が、こちらに視線を向けた。  
 瞬間、あからさまに深紅のトゲが、黒いベールからはみ出す。  
 う。  
 あの見覚えのあるつんつんは……。  
 そしてこの不機嫌なオーラは……。  
 
「マダムファルム?」  
 うっとりしていた男の子が変化に気づいてこちらを見る。  
 見つかった?  
「……ヒレなし?」  
 男の子と目が合った。  
 あたしはすっかり見てしまう。  
 その赤銅色の肢体の股間にいきりたつ、不似合いな大きさのモノを。  
「シロっ」  
 叱責する声がファルムから飛んだ。  
 お仕事中に見つかっちゃった……。  
「シロっていうの?……ぼく、あの子がいいなあ、マダムファルム♪」  
 先程までとは違う、どこか毒のある甘い声で男の子が軽く言う。  
「……我が儘なクライアントだねえ?」  
 ファルムはすっかり不機嫌そうに立ち上がった。  
 ゆらゆらと黒鱗模様から深紅に色を変えるドレスの裾は、優雅な赤黄色のヒレと相まって、どこまで続いているのか、よくわからない。  
 いつもよりずっとキレイだったけどかなり不機嫌なのも見て取れた。  
「シロ、おいで。不始末は自分でおつけ」  
「は〜い」  
 仕方なく、足を踏みだす。  
「足下に気をつけるんだよ?」  
 そんなこといったって、あたしはこの空間でうまく泳げない。  
 砂地を蹴って中央に降り立つ。  
 ファルムの舌打ちが聞こえた。  
「へえ、シロって言うんだ……確かに白いね♪」  
 
 ファルム以外のモノを見たのは初めてで、なんだか顔が赤らむ。  
 とろみのついた紫色の半透明な液体は股間を中心にかけられたみたいで、すごくぬるぬるしてた。  
「ぼくの、いかせてくれるんでしょ?もちろん♪」  
 え?  
「仕方ないねえ……握って、お舐め」  
「はい……」  
 華奢な体つきに似合わないおっきなモノを恐る恐る握りしめる。  
 熱い。  
「ほら、うつむいて。ぱくってしなきゃ♪」  
 先程までの殊勝な態度はどこへやら。命令形で上から言われる。  
 舌先を出して舐めてみた。なんかお酒を口にしたときみたいな、ぽわってかんじがする。  
 ファルムの影があたしの背後にまわる。  
「そうそう。イイ子だね♪」  
 うう。  
 なんか口に入らないよお。  
 と、後ろから指があたしのあそこを撫でた。  
 なんだかあたしのあそこも濡れてたみたい。ショーツの隙間から指が入り込んで直接撫でられると、思わず声が出た。  
「ひゃっ」  
 と大きく口を開けたところに、男の子が容赦なく突っ込んできた。  
「んっ、んむっ」  
 歯を当てないように、ってするだけで精一杯。  
 四つん這いのかっこうで、きゅっと握りしめた片手を上下させながら、先をくわえる。後ろからはあそこへ疼くような快感が、リズミカルに加えられた。  
「ああっ、ヒレなしの口の中、気持ちいいよおっ。出ちゃう、出しちゃうっ!」  
 男の子が腰を動かす。  
「んんっ、んっ」  
 苦しさに首を引こうとした時、奥を突かれて思わずむせる。  
 ドクッと口の中に何か発射された。そのまま唇からすっぽ抜けると白濁した液体が、あたしの顔を撃ち、飛び散る。  
「はあっ、はあっ、出ちゃった……よお……」  
 淫猥な表情を浮かべて男の子があたしを見下ろしていた。  
 
「シロ、なめて。きれいにして♪」  
 とっさに液体がかかった片目を閉じたあたしに、なおも命ずる男の子。あたしが首を横に振ろうとした時、耳元でファルムの囁き声がした。  
「いいかい、今から言う通りにお舐め」  
 そういいながら、ファルムの指があたしの芽をこすりあげる。  
 あたしはピクッと震えて、目を伏せ、ファルムの言う通りに腹から徐々に下へと弧を描きながら舌を這わせ、男の子の少し小さくなった先をくわえて吸い上げた。  
「ああっ、また出ちゃうっ。そんなことしたら、出す、出すよっ!」  
 口の中でまた爆発が起きた。  
 少し薄まったとろりとした液体を口の中でころがす。  
 脱力した男の子のモノが萎えていき、あたしの口から引き抜かれた。  
 それと同じくして、ファルムのいたずらも止む。  
 あたしは息を吐いてぺたんと腰を落とした。  
 俯いて顔に触れようとした時、ファルムの腕が伸びてきて、止めた。  
 顔を上げて、塞がれてない片目でファルムを見ようと横を見たその時。  
 周囲の魔法陣が光っている事に気づいた。  
「なっ、何?」  
 男の子の戸惑った声が頭上でした。  
 男の子のモノは、どんどん小さくなっていき、肢体全体を紫の燐光が覆い尽くしている。そこに周囲の魔法陣の光が、男の子の肢体めがけて吸い込まれ、姿が一瞬見えなくなる。  
 眩しさにあたしは目を閉じた。  
 静寂が辺りを包む。  
「目を開けてごらん」  
 ファルムがあたしの腰を背後から抱いて囁いた。  
 言われるままに目を開ける。  
「えっ?あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」  
 男の子が、女の子になっていた。  
 黒銀のヒレ耳。浅黒い肌。ほんの少し膨らんだ胸に、細い腰。短めだった髪は少し伸びて緩やかなウェーブになっていた。  
「砂消しの分を安定させられたようだねえ」  
 口の中の精液を布に吐き出させ、新しい布であたしの顔を拭きながら、ファルムが言う。  
 目の前の男の…いや、女の子はしばし呆然としていた。  
「え?何、これ……」  
 しきりに自分の股間を確かめたり、あたしとファルムを眺めたり。  
「分化を早めたのさ。おまえの姉の依頼でね」  
 愉しげにファルムが告げた。その声音はなんだか意地悪な魔女そのものだ。  
 
「姉さまが?……姉さまは楽しんでらっしゃいって言ってたのに!」  
 女の子の声はさほど変化していなかった。  
「ガキの相手をしていると体が持たないそうだよ。……さて。シロにぶっかけるのは料金に入ってないからねえ。このファルムも、これ以上ここにいると容赦しないよ?お帰り」  
 ファルムを振り返ると、完全に後頭部のベールを突き破ってトゲが立っていた。胸は変わらないけど。  
「……この借りは返させてもらうからね」  
 恨みがましそうな目で、女の子が言う。  
「黒鯛族の名に懸けて許さないから」  
 立ち上がると、ほんとにやっぱり股間のつくりが違う。無毛の割れ目にちょっと目のやり場に困る。  
 どうなってるんだろ……。  
「魔女ファルムに幼体が勝てるとお思いかい?成人させてやったんだ、感謝して欲しいねえ」  
 意地の悪い笑みをファルムが浮かべる。  
「白髪のヒレなしと魔女ファルム。忘れないからな!」  
 白髪?  
 だって、前髪は黒い、のに。  
 そういえばここに来てから鏡を見ていない。  
 確認する為にファルムを見上げると、顔色が変わっていた。  
「出ておいき」  
 手を振りかざすと、空に、光の穴が開く。  
 それに吸い込まれるように、黒鯛の女の子は消えていった。  
 
「やれやれ」  
 ファルムが髪についていた精液もすっかりふき取って、あたしの髪を撫でる。  
「白いって、どういうこと?」  
「……そうさね。白に黒や茶色、金色や銀色が混じった、きれいな髪をしているよ?」  
 あたしは不安げに眉を抜いてみる。  
 黒かった。  
 睫毛も黒かった。  
 もちろん、下の毛も黒い。  
 でも。  
 絶対見えない後頭部の毛を痛みに耐えて、抜いてみる。  
 白かった。  
「鏡は?ねえ、鏡は?」  
 ファルムの肩を揺すって叫ぶ。  
 黙ったファルムは指を鳴らして見せた。  
 空が、黒い鏡に変わる。  
 そこに映ったあたしは、全身まっしろい、ヒトだった。  
 目と眉と僅かな前髪。それだけが元の色。  
 膚も、ほとんどの髪も、まっしろだった。  
 鮮やかな赤黄の色を纏うファルムとは対照的に。  
 あたしは、怖くなってファルムにしがみついた。  
 ファルムがまた指を鳴らす。  
 空は、いつもの水の世界を映していた。  
 
(Fin)  
 

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