ほっぺたを照らす水底の光。
汗ばむ肌に触れあう、ひんやりとした感触と、その奥の鼓動。
絡まる指と、髪を梳く指。
あたしは、まどろみに身を任せながら頬をシーツにすり寄せる。
耳元に吹きつけられた吐息にあたしはぴくっと身をすくませて。
短く、呟く。
「お水……」
溜め息と苦笑する声。背中の重みが消えて。
衣擦れの音に続いて、瓶からコップに真水を注ぐ音。
「おいで」
シーツの上を這うようにずりずり動き、少し身を起こして受け取ると一息つく。
さっきまで腰があった位置がちょっと冷たい。
円窓に目を向けると、ちょうど熱帯魚が窓の前を横切っていった。外は明るい。
コップを枕元のテーブルに置こうとして、腕に触れた小箱をひっくり返す。
床に硬い音が散らばった。
シーツの枕元にもそれは飛んできて。
「やれやれ」
ファルムの指が拾い上げて、寝ころんでいるあたしのまわりに並べていく。あたしも手伝って天蓋付きの寝台の上に、すべてひろげる。
内側に絵が描かれた二枚貝は、貝合わせに使う玩具で。
二つの絵柄を合わせて語る、暇つぶし。それらは符号にもなっていて、組み合わせると特定の単語になる。
娯楽に飢えているあたしに、ファルムは時折これを使ってお話をしてくれる。
たとえば、『戻る』と『王国』の貝なら、魔窟より深いファルムの棲み処より、もっと遠いところにある都となるらしい。
『旧き』と『氏族』の貝ならリテアナさん達のこと。『王国』には一切属さない、だけど気にかけてる。そんな感じ。
ファルムはそのまま寝台に腰掛け、手首のトゲヒレで二枚貝を弄んでいた。
寝台のちょうど真横に位置する部屋の片側の壁は水が流れていて、鏡のように部屋を映し出す。
豪奢な寝台にぐったりと横たわっている、少し波打った、小さな人影。腰の辺りにだけ、シーツをかけて他は何も纏っていない。
背後に見えるファルムの姿。こちらも装身具の他は特に身につけていなかった。
あたしは半ば無意識に、手さぐりでそっと自分の太股の間に触れる。
うわ、まだぬるぬるだ…。
指先に付いた白濁したぬるぬるをちょっと見て、シーツで拭く。
ファルムは考え事をしているらしく、貝を選り分けるトゲだけが緩慢に動いている。
肩から背中にかけて、白い膚に時折透ける赤黄色の鱗。
あたしの耳と同じ位置に生えてる赤黄色のトゲヒレ耳と、後頭部から背中にかけて腰のラインまで垂れ下がる深紅の長いトゲヒレ。
貝を選り分ける手が止まった。
あたしは手元を覗き込む。
『扇』、それに『爪』。
「これは?」
あたしの声に、考えから引き戻されたのか、ファルムは短く言った。
「かつてサカナの国の都を探し求めた陸(おか)の獣の意。転じて、旧き氏族の天敵」
あたしは布製の枕に頬を埋めた。
布製の枕はあたし専用で、トゲトゲの邪魔なファルムは使ってない。寝台にシーツをひくのは単に趣味らしいけど。
ファルムが貝を弾くかわりに、手を伸ばして、あたしの髪を梳く。
「……陸の扇より来る獣はサカナの国を見つけ出せず、旧き氏族に爪をもって問うた。旧き氏族は黙し、互いに命を水底に沈め、波は去った」
語りの口調で述べた後、溜め息をひとつ、ファルムはついた。
「敵は陸の扇の爪だけにあらず。落ちものもまた、災いなり」
あたしも落ちもの、っていうらしい。
籠もっていた頃は実感がわかなかったけど、魔窟に来てから腑に落ちた。
魔窟に流れ着いた品々の中には時折、こことはまったく違う絵が重なることがある。懐かしさはないのに、なんとなくそれは幻覚じゃなくて、かつて見たことのあるもので。
それが落ちものの証。そして、何よりも獣とかサカナとかトリとか、混じってない変な姿のヒトのあたしのこの体が、落ちものの証。
「落ちものは海を汚す。落ちものは海を傷つける。鋭い爪の傷よりも、深く海底をえぐる。目覚める度に死は人々を連れ去る」
たとえ陸地に出ても、そこはあたしの、世界じゃない。落ちる前の世界じゃない。
あたしは、あたしは……。
身を縮こめると、ファルムが微かに苦笑した。
枕を抱きしめるあたしの手に、自分の手を重ね合わせる。
あたしは、指の間に潜り込んできたファルムの白いみずかきのある指を、ぎゅっと強く握りしめた。
こうしていれば恐くなかった。
「終わることのない日々に人々は倦み、やがてそれはこう囁かれた。
『逃れ戻ってきた王国の移動に伴う強大な魔力が、陸の扇で起こる空間のひずみを引き寄せ、二つの災禍をもたらした。だから泡の中に閉じこもっておるのだ』、と」
ファルムの言葉には、淡々とした響きがある。突き放したような物言いは、あたしの中の疑問を置き去りにする。
それが言いがかりなのか、真実なのか。
「疑惑の殻の中は狭く、人々はやがて棲み処を求め、争い始めた」
どこか遠い痛みなのに、胸が重い。
「いくつもの氏族が泡と消え、あぶれた民は新たな海を目指し散っていった。爪が去り、この海を挟む国々とも便りが途絶え、人は減った。だが、争いは終わらなかった」
あたしには想像もつかない長い時の流れ。
それをファルムは見てきたように語る。
「落ちものへの対処こそが新たな争いの元だった。武力だけではどうすることもできないのが落ちものだからねえ。
もともとこの海域の奴等は魔力持ちが根づかない。血の気が多くて国を作るには至らない奴等ばかりが残ったからさ。数少ない魔力持ちは独りで生き延びてきただけあって、氏族が滅びたはぐれ者に多かった」
声が冷ややかさと湿り気を帯びた。何故だかすっとファルムの膚が冷たくなったような気がして。
あたしはファルムの顔を見た。
ファルムは、読めない表情を浮かべていた。
彫像のような、白い肌。胸の曲線も、引き締まったお腹も、胸に比べると控えめなお尻も、感情が出るトゲヒレも、ぴくりとも動かない。
「…まあ、悪夢はけっこう前に終わったんだけどね」
少し間を置いて、ファルムが呟いた。
あたしの髪を撫でて、ファルムの手が離れる。
あたしはそれ以上追及できず、貝を小箱に片づけ始めたファルムを見つめることしか出来なかった。
ファルムは、過去にいろいろあったんじゃないかなって思う。
これまで会った他の人は誰もが、ファルムをマダムと呼んでた。
マダムって呼ばれてるファルムはあたしと一緒にいる時より纏う雰囲気が妖しい。
どのくらいの知名度があるのかは掴めてないけど、みんなマダムファルムしか知らないみたい。
マダムファルム。そう呼ばれる通りに振るまい、常に心がけて、それが自然になってる。
でも、あたしは、マダムファルムなんて呼ばない。魔女ファルムとも呼ばない。
せめてあたしが隣にいる時は、ただのファルムでいい、と思う。
理屈とか、歴史とかわかんないから。
ファルムが背負ってるものを知らないヒトがひとりいてもいいと思う。
まあ、自分の背負ってるものもわからないんだけど……。
(セレフィアじゃ抜けなかったし)
ふっと、頭の中を唐突に、ある言葉が通り抜けた。
心の奥がちくっとする。
……なんでひっかかってるんだろ。
「ねえ…」
言葉を紡ごうとして、声をかけたはずだった。
ファルムは小箱をテーブルに片づけようとして固まっていた。
あれ?
「……ファルム?」
つっついてみた。胸を。
うう、弾力のあるしっとりした肌と胸ですね。
あたし、どう考えても負けてる。
確か迎えに来てくれた時は胸板だったような気がするのに……。
あたしが勝手にへこんでいると、
「……『魅せ』つけてくれるねえ……リテアナ」
呟きとともに深紅のトゲヒレが動いた。
あ、拡がってく。
確か、これは魔力を使ってる時なんだけど、それよりも…。
「リテアナさん?」
あたしは身を乗り出した。
実は気になっていたのだ。
あの二人が、とくにあの子が大人しく言うことを聞くのか。
最後まで懲りてなさそうだったあの子を、叱ってくれるのかどうか。
逆ギレしてたらどうしよう、とか。
不安が思わず顔に出たのか、ファルムが笑んだ。
「気になるかい?」
こくりと頷く。
「そうだねえ……。シロにも見せてやろうかね。このファルムだけが『視て』いるのはもったいないからねえ」
ファルムは悪戯を思いついた子供のようにほくそ笑み、重さを感じない動きで腕を上げた。
指差した先は、サイドボードの向こう、壁を伝い落ちる、途切れることのない水鏡。
手首のトゲヒレが指に沿ってゆっくりと立ち上がり、爪のように伸び、弧を描く。
ファルムの唇が音無き声を紡ぎ、空気が震えて、水鏡に波紋が出来た。
波紋が淡い紫光を帯びて、水面に魔法陣を描き出す。
真円から拡がる、真四角の、光の模様。
水鏡いっぱいに拡がったそれが、一瞬、目も眩むほどの光を放ち。
まぶしさに手をかざしたのは一瞬。
「ご覧?」
放光する水鏡には、確かに影が映しだされていた。
音はしない。
映像だけで判断するしかないんだけど……。
なんか、ふかふかした、白。
いっぱいあるけど……これって羽毛?
あ、白い羽毛にわさわさ埋もれてたところから這い出てきた。
なんだろ、なんか視界がチョコレート色…。
ぼやけていた焦点が合う。
違う。これ、肌だ。
あまりに視点が近づきすぎて、最初把握できなかったそれは、徐々に対象から離れるのに従って明確に目に映り。
きゅっと引き締まったくびれから続く、艶やかな…お尻?
しっとりとした浅黒い肌に黒銀の腰ビレ、そして奇麗な背中。その腰をわしづかみしてる羽毛だらけの太い腕。
てことはこの視点が最初に這いだしたのは……胸毛あたりってことで……。
「え? ええええー?!」
動揺してファルムの腕にしがみつく。
その……、こういうのなんていうんだっけ? 隠し撮り? 今視てたんだから…生中継?
周囲は明るいけど、どこか日陰で。
場所は、すごく狭い、小屋?
床板が見える。
うう、それ以上視点下がらないでー。出入りしてるモノまで見えるー!
ぶんぶん頭を振っていると頭上から面白がったファルムの声が降ってきた。
「どうだい?ヨウセイの視界は。映しだすのは骨が折れるんだけどねえ…」
いや、ファルムの声、すごく愉しげで説得力ないんですが…。
「こ、これって? ど、どうやって?」
挙動不審を押し隠すように、あたしは問う。
ていうか声裏返ってるけど。
「ヨウセイの視界。目に見えないほど小さいから、見られている方は気付かないがねえ」
魔女ファルムの情報源のひとつだと、ファルムは笑った。
「魔素のないシロにはつけておくのが大変だけどねえ、勝手に着替えもするし」
「す、すみません……」
なんか、言ってる意味がわからないけど、そのヨウセイを、あたしが結果的にある程度振り払っちゃったみたいだ。
どこまで視てたんだろ。どこから視てたんだろ。ちょっと気づくの遅れたみたいだけど……。
思い返すも恥ずかしい。
顔が熱くなる。
冷たいシーツの感触を求めて視線がさまよった。
そのままぱたりと倒れ込む。
「ほら、顔をお上げ」
シーツに顔を埋めて、恥ずかしさに悶えていたあたしの背中をさらりとファルムが撫でた。
思わず体が勝手にびくっと震えてしまう。
体が勝手に反応するう……。
困ったように顔を上げると、ファルムの笑顔の向こうに水鏡の映像が大写しになっていた。
やっぱり…あの二人…っ。
ぷるんぷるん激しく揺れてる大きな乳房。
くびれた腰を押さえつけて、激しく突き込まれる羽毛に覆われたソレ。
音が聞こえてきそうな激しいお尻と腰のぶつかり合い。
膝にひっかかった白のTバック。床に落ちてる三角ブラ。
小屋中に舞い上がる羽毛。時折拡がる翼。
あれ?
頭の向こうに、もう一人……。
あの、背の低い子は……。
「そんな…」
あたしは、思わず両の手首を押さえた。まだ少し鞭の跡が残り、ひりひりするところをさする。
黒銀の巻髪が勃った乳首へと流れて、揺れた。
その頭を鷲掴みにして、リテアナさんの頭部を上から押しつけ股間への口付けを強要しているのは紛れもなく、ラフィリだった。
胸元には細い銀鎖のペンダントが揺れていて。全裸で、嬉しそうにリテアナさんを見下ろして、何か告げる。
それにリテアナさんが首を振る。
粗末な床板の上で、後ろからニワトリ男に責められ、喘ぐ声が聞こえそうで。
ごくんと唾を飲み込む。
どうゆう、こと?
あの二人に、正確にはラフィリにされたことに、体が強張る。
リテアナさんは、あの二人より偉いんだと、叱ってくれるんだと思ってたのに。
ファルムの脇腹にぎゅっと抱きついて、いやいやするように、顔を膚にすり寄せる。
「まあ見ておいで」
ファルムはあたしの背中を撫でながら告げた。軽く言ったけど、それは命令に近いもので。
ファルムの腰に抱きつきながらも、だからあたしは、そのままそれを見続ける。
リテアナさんは、四つん這いの状態で突き上げられ、こらえるように顔を上げた。
乱れた髪が顔に張り付いて、小さく開かれた紅い唇から荒い吐息が零れる。
前髪に隠れて見えない瞳。
突き上げに耐え切れなかったのか、腰が落ちかけたところを、また引き上げられる。
「ひゃっ」
息を呑んで見つめていたあたしのお尻を、ぺしり、ぺしりと、ファルムが叩く。
あう。そのリズム……だめえ……。
ラフィリの存在で引いたはずの気持ちいい波が、心とは裏腹にスイッチが入りそうになる。
画面の中では、上半身の崩れたリテアナさんが両足を広げて座り込むラフィリの下腹部に手を這わせ、目を閉じて舐め、愛撫していた。
ん?なんだろ。なんか変。何か、先程から同じ動作を繰り返してるみたい。
ラフィリの股間に光が集まり始めた。
ファルムの舌打ちが聞こえて、あたしがおそるおそるファルムを見上げた途端、光が炸裂する。
「ふえ?」
改めて視線を戻すと、ラフィリの体が、微妙に変化していた。
上半身は女の子のままだけど……その、さっきまでリテアナさんがいじってた辺りが…。
え?
ええええ?
えと。
ラフィリのは、その、あたしが、しかたなくファルムの命令でお口でして、でもその後なくなったどころか、女の子になっちゃって。
でも。
今、画面の向こうのラフィリにはあって……。
「やはり魔法陣の一部を消されていたようだねえ……」
…それは、その。あたしが、砂を蹴った時で。
術のフォロー、したはずだけど、やっぱりフォローになってなくて。
「ごめんなさい」
なんだか、目が熱くて。
視界がぼやける。
「なんだい、なんだか熱いねえ」
ファルムの白い指が自分の太股を拭い、それからあたしの顎を捉えて、顔を上げさせる。
ファルムの顔が目一杯近づいてきて。
下瞼をぺろりと舐められる。
「これと、汗は、潮の味がするのにねえ……」
そのままひょいと腰を抱き上げられて、ファルムの脚の間に座らされる。
後ろからぎゅっとされて、目の前には容赦なく画面があって。
びっくりして、涙は引っ込んでしまった。
「見ておいで、といっただろう?」
あたしはこくりと頷く。
って、なんかリテアナさんが上体起こされてニワトリ男に両足抱えられて、大股開きでラフィリにえっちい姿思いきりさらしてるところで。
ふわふわの白い羽毛に埋もれるように抱きかかえられたリテアナさんの浅黒い肌が小屋の中に差し込む光を受けて艶っぽく照り返し。
白と黒のコントラストにあたしは赤面しながらもまじまじと見てしまう。
あ、お尻だったんだ……。
前、ぱくぱくしてる。これって無修正ってやつだよね。
サカナの人って毛とかないなあ。つるつる。
そういえば、ファルムもつるつる。
「ふむ…」
「えっ、やっ…」
ファルムがあたしの足を掴んで、リテアナさんと同じポーズをとらせた。
M字に足を開かされて、軽くお尻が浮いて、ファルムの膝の上に載せられる。
「な、なんで…!」
う、うう。丸見えだよお。
リテアナさんたちに見えなくても、視線合っちゃいそうで、恥ずかしい。
「追体験はどうだい?」
あたしの膝と足首を後ろから固定しながら、ファルムが囁く。
そ、それって。
「後ろはだめだもん」
そんなことできないし。痔になったらやだし。
大真面目に呟いたら、ファルムが耳元で声を殺しながら吹き出した。腹筋が小刻みに震えるのが背中越しに伝わる。
むー。
むくれたあたしの頬をファルムのトゲヒレが軽く突っついた。
「音も聴かせて欲しいかい?」
「もしかして、ファルムには音も全部聞こえてるの?」
「当然」
「うー」
ちょっとやきもち。
ファルムは指を鳴らした。
微かな、音がつく。
セリフは聞き取れない。
でも、水音だけは、はっきり聞こえて。
そのいやらしい音にあたしは赤面する。
なんか操作してる。ニワトリ男の腰付近にいるヨウセイが拾ってる音だけ、出してるんだ〜。
「どうしたんだい?」
いじわるなファルムの声とともに、あたしの割れ目をなで上げる指。
片手で胸を拘束するように揉まれて、片手で股間をいじくられ。
あたしはすっかり弄ばれながら、足を閉じることもままならず、ぺたんとファルムの膝の上に座り込む。
音量が上がった。
『姉さま……とてもキレイだよ』
う。ラフィリの声。
あたしをいじめた時より、ずっとずっとうっとりした、興奮しきった声音。
『ラフィリ…どうして、……あっ、』
哀しげなリテアナさんの声が、ニワトリ男に足を抱え上げられて落とされる度に、切なげに跳ねる。
『だってヒレなしで遊んだからって……マダムファルムだか何だか知らないけど酷いじゃない?
第一、ぼくのアレをなくそうとした人だし。ぼくマダム嫌いなんだよね。
せっかく姉さまを喜ばせてあげられるものが生えてるのに、なかったら楽しませてあげられないじゃない?』
とても傲慢な子供らしい理屈。
ラフィリはその言葉に一切疑問を覚えていないようだった。
『マダムファルムは…あんっ、…偉い方なのよ?』
『……そんなこといって、ほんとは姉さまが好きなだけのくせに。
聞いたよ?迎えに行った時抱きついたって。ぼくに術をかける時に大人しくヒレなしに奉仕させちゃうような人なのにね』
その言葉を聞いた時、ファルムが不機嫌そうにあたしの耳を嬲った。
画面の中のリテアナさんと同じポーズで抱きかかえられるあたし。
違うのはあたしのなかにはまだファルムが侵入してないことで。
さっきから割れ目にこすりつけられる感じではそれも時間の問題だった。
『ねえ、マダムファルムのこと、好きなの?』
『ちがっ』
『ふうん……じゃあ、なんでそのこと言われてからあそこから蜜がどんどんあふれ出してくるのかな。
おしりをたっぷりいじめられて、トキオの太いのにヤられて来ちゃった?姉さまほんとはこんなに淫乱なのに。
仕事の時もプライベートの時もあんまり前面に出してくれないんだもの』
ラフィリがリテアナさんの乳首を弄んで、目を伏せて吸い始める。
ニワトリ男が胸を押さえられたリテアナさんの身動きが取れないのをいいことに、思い存分揺さぶって小刻みに突き込みを繰り返す。
リテアナさんは俯いたまま、耐えていた。
時折、深い吐息がこらえ切れずに熱っぽく吐き出される。
『ねえさま……気持ちイイ? 今ぼくが前も埋めてあげるね……』
ラフィリの興奮が最高潮に達し、久しぶりのシャフトを、リテアナさんのあそこにしきりにこすりつけていたその時。
薄く開いて吐息を漏らすだけだった赤い唇から、舌がちろりと覗いて、唇を舐めた。
それまで放心状態に見えたリテアナさんの指が、素早く動いて、今まさに挿れようとしていたラフィリの根元を押さえ込む。
『ね、姉さま?』
戸惑ったような声がラフィリから上がる。
それには構わず、リテアナさんの手が動いた。
『トキオ!』
ラフィリが顔色を変えて、リテアナさんを後ろから抱え込んでいたはずのニワトリ男に怒鳴る。
でも、視線をあげた瞬間、呆然とする。
ニワトリ男は、痺れていた。
羽毛がすべて逆立ち、大気中で静電気の弾ける音がする。
ふわりと舞い上がったリテアナさんの髪から、初めて眼の表情が垣間見えた。
その瞳は妖艶に潤み、愉悦に満ちていたけれど。
冷たく。
先程あげていた声からは想像もつかない表情で。
指から青い放電が微かに走る。
『トキオっ』
形勢が逆転したことを悟ったラフィリは逃げようとするが、時遅し。リテアナさんの指からもたらされる快楽と痛みに逆らえずに脱力し、そのまましりもちをつき、両足をひろげた姿で力なく座り込む。
まるでさっきまでのリテアナさんのように。
あたしとほとんど変わらないポーズ。
あたしは、ぞくりと背中を震わせる。
『おいたが過ぎるって言ったでしょう?ラフィリ』
リテアナさんが愉しげに宣告する。
その胎内からゆっくりと硬直したままのニワトリ男のシャフトが抜けていく。
濡れた太股と、トゲヒレをラフィリに見せつけるように立ち上がり、足を進める。
『奴隷とのお楽しみはともかく、あなたにもイイ思いをさせるわけにはいかないわ』
細い紐でラフィリのシャフトの根元が縛り上げられる。
『ねえさま、何をっ』
ラフィリはそうはいうものの、体が痺れて言うことを聞かないようだ。
リテアナさんは無視してニワトリ男に向き直った。
ニワトリ男はシャフトを天に向けたまま固まっている。
『ラフィリの甘言に付き合うの、気持ち良かった?』
ぞわっとニワトリ男の体中の羽毛が逆立ち、ぴりぴりと空中に青く放電する。その時、ちらりと首に細い鎖についた籠入りの黒真珠が見えた。
あれは、ファルムの耳飾りと同じもの。ずっと粒は小さいけど。
「革だと水を吸った時に首に食い込むからねえ」
ファルムが愉しげに呟く。
その意味合いはファルムのものとは天と地ほど違っていて。
どちらかというとあたしのチョーカーに近い、より強い…。
『誰がご主人様だか、言ってごらんなさいな、トキオ』
ラフィリに見せつけるように、白い羽毛に覆われたマッチョな体に黒銀の艶めかしいサカナが絡みつく。
表情の分かりにくいニワトリの鶏冠を、手首のトゲヒレと細い指が撫でる。
『リテアナ様……です』
リテアナさんの指が、ニワトリ男の臀部に這わされ、股間に消えた。
『では、あの子は…?』
おしりに指を突っ込まれたまま、ニワトリ男がうめく。
『リテアナ様の…っ、大切な、宝物です』
『でもいいわよ?汚しちゃって』
『え?』
二人の声が同時に重なった。
リテアナさんは当然、といった顔で、冷笑を浮かべる。
『…ほら』
『うっ』
リテアナさんの指の動きで、限界まで怒張したニワトリ男のそれから、ラフィリの顔面にむかって白濁が飛び散った。
『美味しい?ラフィリ』
リテアナさんはそれを見下ろして微笑んだ。
咽せたラフィリは、顔中を白濁で汚して、信じられないというように口をぱくぱくさせる。
瞼の上にもとろりと白濁がかかって、その目は開けない。
『ねえ、さまぁ……』
じくじくとラフィリのシャフトから透明な液が滲み出る。
『どうしたの?イキタイの?』
リテアナさんの声は優しい。でもとても色っぽく、そして残酷だった。
ラフィリの目に、涙が浮かぶ。
黒いヒレ耳をしゅんと下向けたその姿は、年相応にしおらしく。
でもあたしにはそれもちょっと演技がかってるように見えた。
『可愛いラフィリ。残念だけど、あなたにはマダムファルムの機嫌を損ねるだけの価値は無いの。ちょうどいいわ、あなたにも後ろの気持ち良さを教えてあげる。それとも前がいいかしら?』
リテアナさんは動じない。
『やめて、ねえさまっ。ぼく……言うこと聞きますから、もう悪戯はしませんから……トリ族のヤツに初めてを渡さないでくださいっ!』
ラフィリは怯えながらひくひくと足を震わせていた。
その媚態にどくんと、萎えかけていたニワトリ男のシャフトが復活し始める。
『ちょっと、本気じゃないよね?トキオ』
ラフィリが慌てて、牽制するように哀願の声を上げる。もう、声にも余裕のかけらは無かった。
ニワトリ男は小刻みに電気刺激を受けて、理性が砕けたような濁った眼をラフィリに向けた。
『ほら、ラフィリが頼んでいるんですもの……ね?』
リテアナさんがささやく。
白いトリの大男が、小柄なサカナのラフィリに覆いかぶさっていく。
『やめっ、…』
その後、唐突に、画面は途絶えた。
「ファルムっ」
あたしは振り向こうとして、唇をファルムの指でふさがれる。
「んんっ、むー、んくっ」
口の中を嬲る、ファルムの爪のない指。
脇を這う、ファルムの舌。
手足の自由はたくみに奪われ、あたしの中をすべてかき乱すように、ファルムのシャフトが埋まっていく。
それをすんなり受け入れていくあたしがいる。
ファルムの集中力が切れたのか、それとも見せたくなかったのか。
わからないけど。
体を駆け巡るすべての感情が、快楽で塗り替えられ、まるでさっき映し出されていた事が幻のように、あたしの頭も何も考えられなくなっていく。
「ねえ?お仕置きは気持ちいいだろう?シロ……」
リテアナさんの声音と被る、ファルムの低い、興奮を押し殺した囁き声。
暗転する世界。
ほっぺたを照らす水底の光。
あたしは目を覚ますと、真水をもらって飲んでから、リテアナさんの動向を尋ねる。
ファルムはヨウセイさんを使役して、こっそり水鏡に映してくれる。
『あまりおいたが過ぎるとイワシ姫に食べられちゃうわよ?』
どこかの、小屋。
別れた時と同じ、ワンピースを身に付けたリテアナさんが、何事も無かったように立ち上がる。
羽毛が逆立ったまま固まっているニワトリ男と、気絶しているラフィリの影が、視界の隅に映る。
なんで裸なんだろ?
ヨウセイさんの目線にしっかり合わせて微笑むリテアナさん。
『ね?ちゃんとお仕置きは済ませましたでしょ?』
その声はいつもの明るい茶目っ気のある声だった。
水鏡は真実を映すとは限らない。
水鏡はウソを映すとは限らない。