雛(すう)は聞き覚えのある、無作為なタイミングで繰り返される音で目を覚ました。 
背中に湿った砂の感触を覚えた。  
 
(波の音…?そうだ、津波に襲われて海に…)  
 
重い瞼を開くと、彼女の視界いっぱいに陽の光が流れ込んできた。思わず目をつぶる。 
光を手で遮るべく、腕を上げようとした。が、腕が上がらない。  
 
(あれ?)  
 
腕だけでなく、上は頭から下は足首まで、幾つもの細い何かで押さえつけられているような、か細い力 
の抵抗を感じる。そう言えば、何だか胸の辺りがきつい。  
 
(このっ)  
 
なんとかその抵抗を振りほどこうと苦闘したが無理だった。どうやらとてもしなやかなで強度のある物 
で押さえつけてあるらしい。  
 
「やだ…何これ……?誰かぁ!!誰かいないのぉ!?」  
 
雛は不安になり、そう叫んだ。しかし何のリアクションも感じられない。 
時間と、空に浮かぶ雲だけが過ぎてゆく。  
 
「…まさか無人島…?って無人島だったら体がこんな風になってる訳無いし…… 
変な宗教か何かの生贄に奉げられてるんだったりして…」  
 
色々考えてみたものの、首さえ自由にならないので状況が把握できない。  
彼女が分かっている事はここがどこかの砂浜で、自分は生きていて、身体の自由を束縛されている。 
その三つだけである。  
 
「はぁ……海に投げ出されたのに生きているのは嬉しいんだけど…。」  
 
彼女は溜息を吐いた。なんだか急に空腹になってきた。 
そういえば高校の帰りにマックで適当に食べて以来、何も口にしていない。  
 
「うう…お腹空いたなぁ…。」  
 
腹の虫もぐーやらきゅーやら催促を始めてなんだか落ち着かない。 
しかし、この状況では食べ物を探しに行くことも出来ないので飢えを我慢するしかなかった。  
 
雛がひもじい思いをしている間にも刻々と時間は過ぎてゆく。 
そして、陽が傾き始めた頃、彼女に近づく無数の気配があった…。  
 
雛は不安を感じていた。どことも知れない場所へと流れ着いた事に。身動きが取れない状況に。 
酷くなっていく空腹に。そして、やがて視界を奪う夜の闇へと変わる黄昏に。  
 
とりあえず、満ちてくる海水で溺死する事は避けたい。後は…枯渇を避けたい。 
人は飲まず食わずで3〜7日程持つとの話だが、今日のように酷く晴れていて太陽が強く照り付けたとし 
たら…あと2日と持たないだろう。生物は水分不足で簡単に死ぬ。 
その考えが浮かんだ時、雛は背中に冷たいものを覚えた。  
 
「だ、誰か助けて…」  
 
誰に向けた言葉でもなく、他に言うべき言葉が思いつかなかったためにそう呟いた時だった。  
 
さくっ さくっ さくっ さくっ さくっ さくっ … … … … … … …  
 
砂が踏みつけられ砕ける音が繰り返される。それは軽い足音。無数の足音。 
それは少しずつ雛へと近づき、仰向けの彼女を囲むようにしてその動きを止めた。  
 
「な…何なの…この音…?」  
雛が不安げに呟くと、「それら」の内の一つが彼女の腕に何かを突き立て、甲高い、気味の悪い鳴き声 
を上げた。  
 
「〃‥≒×∴∞Δ〓!!」 
「痛っ!」  
 
その叫びを合図にしたかのように、雛を囲んでいた無数の影達はいっせいに彼女の体へと飛び掛った。  
 
「ひっ!?嫌ぁっ!!」  
 
影は体中を駆け巡り、ものの数分で彼女の全身を細い糸のようなもので縛りあげてしまったのだった。 
そしてもう一度、あの甲高い奇妙な叫びの後、影達は自分達の数十倍はあろうかという雛の身体を持ち 
上げ  
運び出した。  
 
「!!? どこへ連れて行く気!?」  
 
叫びをあげる彼女を黙々と運んでいく、小さな無数の影。雛は懸命に暴れたが無駄だった。 
さっき身体に巻きつけられた糸は、はじめに彼女の身体を抑えていた物と同じ感じのしなやかさを持ち、 
引きちぎることができず、また、彼女を運んでいる影達は陣形を乱すことが全くなかったためだった。  
 
抵抗する手段を失い、なされるがままとなっていた雛。じっと運ばれている内に、何故か彼らの言葉が 
解り始めた。  
 
雛の体を支える影達は「疲れる」や「思ったよりは軽いな」などとどうでも良い話を絶え間なく続けて 
いた。その中に、少し気になる会話をする者達がいた。彼女はそのやり取りに向けて耳を澄ました。  
 
「…………てもいい物を拾ったなぁ。」  
「うむ、上手く手懐ければこの戦いに勝利できるだろう。」  
「隊長殿は勇敢だなぁ。コイツに恐れを抱くことも無く、あっと言う間に仕事を済ませたからなぁ。 
隊長殿の『おかげ』で勝てる。」  
「さすがは隊長殿、と言った所か。こんな化け物に流水針を打ち込むなんて史上初の大仕事の筈なんだ 
が…大した肝っ玉の持ち主だ。」  
 
(化け物!?)  
 
会話を聞く限り、今彼女の下で動いている影達は下っ端で、先程彼女に何かを突き立てた者が隊長らしい。 
身動きが取れない者に針を打つ事の何処が勇敢なものか。 
それに化け物呼ばわりは酷いと雛は不快になった。  
 
(あたしが化け物なら、あんた達は何だって言うんだ。)  
 
ここで声を出すと下の影達を刺激しかねないので、声に出さず、心の中でそう呟いた。 
耳は澄ましたままで。  
 
「で、コイツには何を打ち込んだんだい?」  
「いや、わしもよく知らん。あ、そうそう、言葉が通じん事には調教もできんから順応液を入れたって 
事は知っとる。」  
「それは俺も知ってるよ…。そうじゃなくって色々混ぜていただろう?それが知りたいんだよ。」  
 
(調教!?液!?)  
 
会話から察するに、恐らく「順応液」という物の効果で言葉が分かるようになったのだろう。 
雛はショックを受けた。こいつらはただの化け物じゃない。 
薬物を作り、使いこなし、果てには自分を調教するなんていう案を編み出すぐらいの知能を持っている。  
 
順応液を混ぜた他の薬物の効果が気になる。調教して手懐けると言っているぐらいだから、すぐに死ぬ 
ような毒物でない事は確かだが…。雛はもうしばらく、黙って会話を聞く事にした。  
 
「ところでコイツはどこに置いておくんだ?」  
「お前、作戦内容は聞いとらんかったのか? 畑に運べと言われたじゃないか。」  
 
と会話が行われている時、雛の腹が長く鳴った。彼女を運んでいた者達の動きが止まる。 
雛は畑と言う単語につい食べ物のイメージを感じてしまい、胃がそのイメージに反応してしまったのだ。 
誰にも見えてはいないが、雛の頬が紅く染まっていく。 
腹の鳴りが収まると、急に彼女の背中側がざわめきだした。  
 
「おいおい、聞いたか?今の唸り声を。」  
「コイツ、見かけは俺達の女と同じだが、中身は比べもんにならんな。」  
「やはり手懐けるのは無理なんじゃ…」  
 
などとざわめきは止まらない。陣形も崩れ、雛の肩の辺りが地面に付いた。 
高さのバランスが崩れ、彼女の頭に血が集まり圧迫され嫌な感じになる。雛は堪らず声を上げた。  
 
「ちょっと、何処に運ぶか知らないけどちゃんと運んでよね!!  
大体、ちょっとお腹が鳴っちゃったのを唸り声なんて言うし、あたしはそんな獰猛だったり凶暴な生き 
物なんかじゃない!!」  
 
彼女の台詞が終わると、しばらく沈黙が訪れた。彼女の頭には血が集まりっぱなしだった。  
 

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