明け方。月夜が照らす中、一人の青年が山中を彷徨っていた。  
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・なんとかここまで来たけど・・・。これからどうしよう・・・」  
青年は悩んだ。ここが何処だか見当がつかない。とりあえず何とか車道に出ることができたものの途方にくれていた  
青年の手足や体には幾つのも治りかけの傷があった。それだけではない。青年のものか、又は他人のものか。血液が附着していた。無論、服装にもだ  
「!?」青年は歩みを止めた。どうやら何かに気付いたらしい。人の足音だ。しかも、色々と重装備しているようだ。常人にはまず聞こえないちいさな音も彼には良く聞こえた  
ふと月光が彼を照らす。其処には一匹の白銀の人狼がいた・・・  
 
「あいつら・・・まだ追ってくる!」青年は気配を殺しつつ、いつでも闘えるように藪に身を潜めた  
強化された聴覚、視覚により追跡者の概要が良く解る。数は三人。二人は短機関銃装備、一人は騎兵銃。指揮官か。少なくとも青年とは友好的ではないようだ  
「くそっ。やるしか・・・ないのか・・・!」青年は意を決し、獲物が近づくのを待つ  
追跡者もそれ相応の警戒をしながら接近してくる。が、相手が悪かった。青年は自分の間合いに相手が入るや否やその鋭い爪で指揮官の首を掻き斬る。指揮官は何が起こったのか解らないまま鮮血を噴き出し斃れた  
「ひいぃぃっ!?」残った部下の一人は脱兎のごとく逃げ、もう一人は恐慌状態に陥ったらしく、短機関銃を乱射する  
しかし青年には一つもかすりもしない。「くるなっ。くるなぁっ!!」狂ったように叫びながら闇雲に射撃した為、あっという間に弾が底をつく  
その隙を青年は逃すことなく、追跡者の腕を掴んだ。そして、力に任せて投げ飛ばす。追跡者は悲鳴と共に谷底へと消えていった・・・  
 
追手がもういない事を確認すると藪から車道に戻り、ひたすら歩く。青年は気付いていなかったが、気が緩んだ為か人狼の姿から緩やかにヒトの姿へと戻っていった  
暫く歩くと、身に覚えのある風景が目に入る。故郷の付近だ  
「やった・・・還れたんだ。俺・・・。あれ?急に力が抜け・・・?」  
安心した為だろうか、そこで膝をつき、倒れる青年。無理も無い。一睡も無く逃亡し、追跡者を排除してきたのだから  
「かえったら・・・めし・・・くいた・・・・い・・・な・・・」青年の意識はそこで途絶つつあった。其処に、畑仕事の帰りか、小型のトラクターが近づいてきた  
トラクターは青年の前で止まると、若い娘が青年を牽引していた荷台に乗せる。彼はひどく懐かしい気がした。しかも、懐かしい声と共に、だ。そして若い娘は青年の名前らしきものを叫んでいるようだ  
そしてそのまま青年を乗せたまま、のろのろとトラクターは去っていった。その付近には標識があった。そこには  
<莇谷村まで五km>とあった・・・  
 
 
その頃、青年が倒れた山道から約10kmの山中に農村には場違いな施設では、完全武装した進駐軍の兵士が昨夜の惨劇の後片付けに追われていた  
施設の外部はそれほど損傷していなかった。しかし内部は・・・研究員や警備兵、そして正体不明の獣の骸が散乱していた  
ある者は後ろから鋭い爪のようなもので袈裟斬りにされ、又ある者は手足を引き千切られ、腹を食い破り捕食されたようだ。獣の方はどうやら大口径の銃弾を浴びたらしく、骸の損壊が激しい  
「・・・ひどい有様だな・・・。くそっ。345め・・・!」と、負傷した士官が悪態をつく。そこへどうやら彼の部下らしき男が駆け寄ってくる  
「大佐っ。ルーメイ大佐っ!。ご無事でしたか!」「おう。お前も無事だったか。ノターリン少佐」  
お互いの無事を確認しあう。すると、ノターリンはルーメイの顔に深い傷があることに気付く。ルーメイが話すにはそこに斃れている獣に襲われるも、射殺したとの事だった  
顔の傷はその際、つけられたものらしい。「001ですな。」「うむ。見境無しに暴れまわったぞ。流石は元凶悪犯の死刑囚だな・・・」彼等はその獣の骸を見る。正にそれはヒトの面影がある巨大な狼だった・・・。  
「本国とは連絡が取れません。通信機が破壊されましたので・・・」「うむ・・・。残りの兵は?」「40数名です。しかし、先程先行していた3名は被検体345と交戦。その後の行方は不明です・・・」  
 
ルーメイは悩んだ。ここで待機しては逃亡した被検体が村落に逃亡する恐れがある。そうなれば強化兵計画は勿論、施設で日常的に性的虐待をしていたことが公に晒される。そうなると、自分の地位が非常に危険だ・・・  
しかし、本国からの命令は無い・・・当然、これ以上の行動は軍法違反になるだろう・・・。数刻悩んだ末、彼は自分の保身を選んだ  
「逃亡者は何匹だ?」「はっ、現在可変型の345と、初期型が40数匹です。全体の6割が死亡、残りは檻の中です」  
「よし。逃亡者を捕縛、若しくは排除する。ノターリン。お前は残存兵を編成しろ。施設警護と捜索にな。俺も行くぞ」「えっ?。はっ!?。了解しましたっ!」あわてて編成に入るノターリン。  
それを見ながらルーメイは一人呟く「345・・・貴様だけはこの手で滅ぼすっ!。覚悟しろよ・・・」  
しかし彼は二つの事に気付いていなかった。  
一つは彼の身体が微妙に変化していた事。爪が硬く鋭くなり、牙が形成されつつあった。そしてもう一つ。彼等の行動を冷徹な眼差しで監視している黒い影の存在を・・・  
 
「んう・・・ん・・・はっ?。ここは・・・俺の家だ」青年は目を覚ますと自分の家に運ばれていた事に気付いた  
自分の家と確認し、安心すると急に腹の虫が鳴いた。が、当然朝飯の準備はしていない。とりあえず炊事の用意をしようと床の間を出る。すると若い女の声が玄関から聞こえた  
「与平くーん。お早うー。朝ごはん、もってきたよー。」青年改め猪狩与平は急いで玄関に出た。「春姉さん!?。ありがとう。助かったよー。どうせなら入って。お茶ぐらい出すから」与平は心底うれしそうだ  
春姉さんこと檜春恵は「はーい。お邪魔しまーす」と茶の間に入り、朝飯を広げている。握り飯、焼き魚、味噌汁と、ごく普通のものだったが、施設に収容されていた与平にはご馳走だった。すぐに平らげてしまった  
食事が終わり、与平は春恵と色々雑談をする。畑仕事のことだとか、最近のラヂオドラマがこうだったとか・・・。そして頃合を見計らって春恵が質問する  
「でも与平くん。よく大丈夫だったねー。冬なのに2週間も山の中で」「う・・・ん。なんとかね・・・」と与平。「村の人もみんなで手分けして探したんだけど、途中で進駐軍の軍人さんが我々に任せなさいって解散させるし」  
(・・・多分証拠を消す為だろうな。でもそれに巻き込まれた俺はたまらんよ・・・)「へぇー。進駐軍さんが捜索したたんだ」と濁す。春恵は少々与平の様子に不自然なものを感じたが、それ以上聞かなかった  
「じゃ与平くん、区長さん達にもちゃんと挨拶しにいかなきゃだめだよー。またねー」と猪狩家を春恵は辞した。広い家の中、与平だけになる。両親は早世し、只一人の肉親の兄は硫黄島で戦死。と伝えられていた。当然遺骨は無い  
 
一人になり、これまでの事を自分なりに整理する与平。(あれは・・・12月の頭だったよな・・・)  
いつもの様に雪が降る前にと残りの畑仕事をしようと村はずれの畑に行き、始めようとすると、藪の中から手足がある犬のような化物が飛び出す。その直後銃声が鳴り響きそれが斃れた。助かったと思いきや、それを駆除?した進駐軍に拉致され、ある施設に送られた  
(ひでぇよな・・・。奴等、<死にたくなければ大人しくついて来い>だもんな・・・それから・・・)  
施設での生活は劣悪そのものだった。檻の様な個室に押し込められ、まるで囚人のような毎日。男女比率は若い女が多いが、何故か頻繁に顔ぶれが変わる。しかもどんどん人数が減っていた・・・  
健康診断と称して正体不明な薬物の注射、そして試験管のような風呂?に長時間入らされる・・・  
食事も、固形物と水のみ。(今になって思えば、全部人体実験だな・・・そして偶々俺は見たんだよな・・・)  
そう、排気口の開け方を覚え、脱走とはいかなくとも与平は施設を探索することが出来たのだ。目立たないように排気口の鉄格子から覗く。そこで目にしたのは正に悪魔の所業だった  
 
<ヒトと獣の融合体>初めてそれを見たとき、何故自分が拉致されたかを与平は悟った。口封じだ。そして自分もいずれあのような姿にされてしまう  
兎に角逃げよう。でも、どうやって?。悩んだ末、じっと耐え、チャンスを伺う。その過程で此処での悪行を垣間見た  
夜間、兵士又は研究者が女の収容者を呼び出し、色々因縁をつけた挙句、性的暴行に走る。ここまではよく聞くことだが、此処では違った  
彼等は呆然とした女に何やら注射を打ち、立ち去る。その後、雄の<ヒトと獣の融合体>を入れる。当然女は恐怖に怯えるが、動けない。あの注射は弛緩剤だったのだろう  
そしてそれは女を無理矢理犯す。絶望と恐怖の悲鳴は徐々に嬌声に変わり、さらに発情した獣の鳴声と変わる。それと同時に女の肉体も牝の<ヒトと獣の融合体>に変化していく  
全てが終わり、二匹の獣が気を失っている隙に他の研究者がそこに入り、檻に移す。一緒にいた士官らしき男が「これで証拠隠滅だな。ジャップの牝にはお似合いだ」と嘲笑しているのを与平は忘れなかった・・・  
(あいつだ・・・あの一番偉そうな奴。絶対許せねぇ・・・!。そして俺はやったんだ)  
12月29日、与平に対する実験は終わり、最後の薬物投与を行おうとしていた。人格を消す試みだったが、完全に失敗。彼は人狼の姿になり処置室を飛び出し、鎮圧しようとする警備兵を斬り裂きつつ、管制室を目指した  
そして、そこにいた研究者や警備兵を無力化し、片っ端から施設の開閉ボタンを開にする。当然、<ヒトと獣の融合体>が」施設に溢れ、逃げるもの、鎮圧するもの、貪り食らうもの・・・阿鼻叫喚の世界になった  
その隙に与平は人狼の姿のまま全速力で施設から逃げたのだった・・・  
 
「そして、あのまま気を失った所で、春姉さんが拾ってくれたわけだ・・・。」  
与平は呟く。そして、これからの事を考える。できれば何も無かったことにしてここで普通に暮らしたい。  
だが・・・。じぶんはもう普通の人間じゃない。何かの拍子に獣の姿がばれたら、大変なことになる。  
それに、<奴等>はまだ生きているだろう。当然この村も捜索の対象になる。そうなれば・・・。  
「・・・。村の人が俺の二の舞になる・・・!。いかんよな・・・。まだ、やり残しがあるよな。」  
悩んだ末、引き出しから万年筆とメモ帳を出し、書き込む。時計の針は午後11時を指していた。  
<皆に迷惑がかかるだろうから当分村を出る。申し訳ない。>と書置き、出る準備をする。  
「結局、約束を破ることになるな・・・。ごめん。姉さん。」  
少々罪悪感を抱きつつ、与平は夜闇にまぎれつつ村を去った・・・。  
 
ちょうどその頃、春恵は何故か寝付けなかった。行方不明だった弟分が帰ってきたはいいが、何故か何時もの彼とは違う。  
何というか、ちょっと逞しくなった様な。そして、何処か寂しげな・・・正直弟分という見方が出来そうも無い。  
「与平くん。何だか逞しくなってたな・・・。もう弟扱いできないな・・・。」  
物思いに更ける。その時、外から何やら物音が聞こえた。外に出ると、猪狩家はもう真っ暗だった。  
そして、村から去る人影を春恵は見た。間違いない。与平だ。  
「どうして・・・?。でも、今ならまだ間に合う。追いかけて行こう。」  
とっさに判断し、寝間着の上にコートを羽織り、与平を追いかけようとする。村はずれまでは彼の姿を見たが、其れからは見失ってしまった。  
「あれ・・・?。さっきまで居たのに。おかしいなぁ・・・?。」  
夜道を一人歩く春恵。その背後から、中年が声をかけた。  
「お嬢さん。誰かをお探しですか・・・?」  
「えっ・・・!?。」  
振り向くとそこには獣のような憤怒の表情をした、進駐軍の士官とその部下達がいた・・・。  
 
獣道を与平は走った。家を出る時に誰かに気付かれてしまったようだ。だが、兎に角山に入れば追いつけまい。  
身体を強化された為か、全く疲れが出ない。この分だと10km程の所にある駅まで余裕で行けそうだ・・・。  
「よし。このままなら始発まで余裕だ。けど・・・逃げているんだろうな・・・。俺。」  
多少自虐的にぼやく。そして、気付いたのは誰だったのかとぼんやり考える。近所の家だった。たぶん女性。となると・・・。  
「やっぱり。春姉さんだよなぁ。俺って何でこう、間が悪いんだろう・・・。」  
出来れば一番村を去る所を見られたくなかった。今迄何かと気を利かしてくれたのに、裏切ってしまった様な感じだ。  
そして、一番<化物になってしまった自分>を見られたくない相手でもあった。  
獣道から山道に出る。少しは楽に走れそうだ。与平はひたすら駅を目指し走る。すると、後方から何やら丸い光が二つ、彼の姿を照らした。  
「!。車?。こんな夜中に・・・?。」  
与平はとっさに茂みに隠れた。その数分後、幌付のジープとトラックが横切る。与平は見た。いや、見てしまった。  
ジープには施設にいた士官とその部下。そしてぐったりとしていた春恵が乗っていたのだ。  
「何で・・・姉さんが・・?。まさかっ!?。」  
嫌な予感的中。恐らく自分を探そうとして奴等と遭遇、拉致されたのだろう。そしてその後に待っているのは・・・。  
頭の中にあの光景が再び蘇る。あの時は何も出来なかった。見ていることしかできない自分を呪った。  
だが今の自分なら奴等ぐらいなら蹴散らせる自身があった。そして、この手で春恵を助け出す自信も、だ。  
しかし施設へ戻れば、確実に罠にかかることになるだろう・・・。それでも与平は姉貴分を見捨てることはできなかった。  
「今の俺なら何とかなるっ!。もう一度あそこへ行こう。無事でいてくれよ・・・!!。」  
与平は人狼へと姿を変え、急ぎ施設へと向かった・・・。  
 
「・・・・・・。あれ?。守衛がいない・・・?。」  
施設付近の森に身を潜めつつ、様子を伺い、吶喊しようとする与平。しかし、それは拍子抜けに終わった。  
入口には守衛がいない。さらに、人の気配がほとんどしない。さっきのジープとトラックがあるのに、だ。  
しかも感覚の鋭くなった与平は、生臭く鉄のような臭いを感じる。血の臭いのようだ。  
「おかしい・・・。罠か?」と考え込む、がこのまま立ち止まるわけにはいかない。  
気配を殺しつつなるべく障害物の陰になるように正面突破をはかった。  
「今しかない・・・!」  
施設の中に消える与平。その姿を二つの黒い影が多少呆れながら見ていたことを当然彼は気付かなかった・・・。  
 
「あの馬鹿・・・。考えなしに行くか?。普通・・・。」  
大きい方の黒い影がぼやく。どうやら男のようだ。  
「まあまあ。でも、ある程度の訓練は受けているようですね。隠れ方が上手。」  
多少男より小柄な影が答える。こっちは女のようだ。どうやら与平のことをフォローしているらしい。  
「しかし・・・。妙だな。」  
男は呟く。たしかにここで大規模な暴動があったのは事実だ。そして所員のかなりの数が犠牲になっている事も。  
それにしても人の気配が無い。さっきジープとトラックから20数名が施設の中に入ったきりだ。  
しかもこの施設は構造上秘匿性が高く、中の状況が全くわからないのだ。  
「もしや・・・?。だが、かえって好都合だ。俺たちも行くぞ。」  
男がそう云うと、女は頷き、施設の中へと消える。そして男も通信機でどこかへ連絡しつつ、後を追った。  
「犬小屋へ、こちらクロ。ギンと共に飼育小屋に突入す・・・。」  
 
「!!。これは・・・!。」  
兵員の詰め所らしき部屋に入った与平が見たのは、血の海と散らばった肉片。そして何かの書類だった。  
彼等は抵抗するまもなく切裂かれ、砕かれ、潰されたのだろう。発砲の痕跡が無い。  
只気になったのは、そこには責任者と思われる男の姿はなかった。無論、春恵の姿もだ。  
何か手がかりが無いかと書類に目を通していると、骸の一つからうめき声が聞こえた。士官らしい。長くはもたないだろう。  
「う・・・ぐ・・・。」  
「おい。しっかりしろ!。誰にやられた?。」  
なるべく触らずに与平は問う。下手に動かすと危険だからだ。幸いだったのは士官は負傷によって目が見えないようだった。  
「た・・・いさ・・・。な・・・ぜ・・・。」  
「誰だ大佐って。そいつがこんな事したのか?。」  
「あの・・・薬・・・は・・・廃棄したは・・・なのに・・・。」  
士官はそう云い残すと事切れた。力が抜けると同時に制服から身分証明証が落ちる。そこには、<A・ノターリン>と記してあった・・・。  
与平は士官を一瞥すると。詰め所を出る。とにかく、春恵の救出が最優先だ。他のことは後回しだ。しかし・・・。  
「でも・・・俺のこの姿を見たら、姉さんはどう思うかな・・・。」  
嫌われたくない。でも、この姿でなければ彼女を助けることは不可能。ならば迷うことは無い。助けねば。  
与平は決意を新たに施設の奥へと進む。と、その時、強烈な気配を察知した。  
「なっ!!!。」  
あわてて気配を殺しつつ、もう直ぐ着きつつある研究室へと急ぐ。そしてドアから様子を伺った与平の目に映ったのは、大型の狼らしき獣が二匹、凄まじい殺気の中対峙している光景だった・・・。  
 
「それら」は、狼でも人でも、そして強化兵でもなかった。まず、人を素体としているらしいが、手足、関節は獣のものだ。  
そして、身体つきも獣のそれに近い。さらに、どちらも著しく理性と言うものが感じられない。  
そしてどちらかと言うと一方が今まさに襲いかからんとしているのに対し、もう一方は怯えながらも威嚇しているようにも見えた。  
どうやら襲いかかろうとしているのが牡。怯えつつ威嚇しているのが牝のようで、付近には識別できないくらいにボロボロになった服が散乱していた・・・。  
先に襲い掛かったのは牡の方だった。鋭い爪で牝を切裂こうとするが、紙一重の差で避ける。空しく空を切る腕。  
その間隙を衝き、牝が力任せに牡を引っ叩く。仰け反る牡。顔には生々しく傷から出血しているが、程なくして傷が塞がる。  
「どうやら・・・試作型か・・・?」  
与平は身を潜めつつ奥へと進もうとする。すると、前に何か手帳らしきものがあった。  
それを何気なく拾い、見る。そこには免許証が一緒に入っていた。名義は、檜春恵・・・・・・!。  
「そんな・・・。まさか・・・。」  
与平の脳裏に最悪の展開が二つ浮かぶ。一つは春恵があの二匹の獣の戦闘の巻き添えを食らい、殺されたということ。  
もう一つは、あの牝の獣が春恵だと言うことだ・・・。  
 
そうしている内に、二匹の獣の闘いは終局を迎えようとしていた。牡の方が戦闘に慣れているらしく、多少の被害を無視しつつ牝を追い込む。  
一方牝はなりふり構わずに暴れるも効いている様子は無い。そして牡は牝の腕を掴むと力任せに投げ飛ばす。牝は受け身を取ることも出来ないまま、隔壁に叩き付けられた。  
なんとか立ち上がろうとするが、そこに牡が殴りかかる。鈍い打撃音の後に牝は冷たい地に伏した。意識を失ったのだろうか、どんどん人の姿にもどってゆく。  
つい先程まで人の姿をした牝の獣は黒髪の娘へと姿を変わりつつあった。。間違いない。春恵だ。そこへ、牡がとどめを刺すべく襲い掛かろうとする。  
与平は考える事よりも先に身体が動いた。この人を護るんだッ・・・!!。と言わんばかりに飛び出す与平。  
「うおおぉぉぉッ!!。」  
今まさに振り下ろされんとしていた無慈悲な攻撃をしかけようとする牡の目前に与平が立ちふさがりる。牡もそれに気付き、目標を変更した。  
牡は与平をその鋭い爪でなぎ払おうとする。とっさに回避しようとするも、間に合わない・・・!。与平の右足に熱い衝撃が走った。  
「あ゛ッ・・・ぐッ・・・なにくそっ!!。」  
それでも与平は自分の身体の被害を省みず渾身の力を込めて牡の顔面に拳を叩き込んだ・・・・・!!。  
何かが砕けるような嫌な音と共に、殴られた拍子に牡の獣は大きな試験管らしき物に叩きつけられ、沈黙した・・・。  
 
「ぐッ・・・あ゛ッ・・・・。」  
一方与平も只では済まない状況だった。右足のすねから下が鋭利な刃物で斬られたように切断されていた。  
バランスが保てず倒れこむ。激痛によって何とか意識は保ってはいるが、まともに立つことができない。  
「何とか・・・・・。奴が動く前に姉さんを・・・せめてこの外へ・・・。」  
這いずる様に春恵に近づき、抱きかかえる。幸い獣化しているので出血は止まったようだ。そして出口へと向かう。  
片腕で春恵を抱え、もう片腕で壁を伝いつつ、ゆっくりと動く。しかし其れを待ってくれる程牡の肉体は柔ではなかった。  
「!!。畜生!。間に合えッ。」  
気配に気付き、急ぐ与平。ドアまであと2メートル。恐らくは自分は間に合わないだろう。それでも春恵だけは・・・・・!。  
ドアノブに手を付けたと同時に背中に熱い衝撃が走る。袈裟斬りにされたようだ。意識が遠のく。牡はもう一撃で止めを刺そうとしていた。  
「ちく・・・しょ・・・う・・・。此処までき・・・・・て・・・・・。せめて・・・!。」  
意識を失う前にドアを開く。するとドアの向こうから凛とした声が聞こえた。幻聴だろうか?。  
「伏せなさいッ!!。」  
もう其れを聞く余力は与平には無かったが結果的に春恵を庇うように倒れ込み、伏せた。  
その刹那、与平がいた空間を真っ赤になった細長い弾丸のようなものが空を切る。そして、牡の眉間を貫通した。  
牡は何事か分からないようにその腕を与平に向け振り下ろそうとするも、どんどん動きが緩やかになり、そして止まる。  
そのまま牡は地響きを立てながらうつ伏せに斃れた・・・・・。もう二度と動くことは無い。  
 
「ふぅ・・・。間に合いましたね。」  
銀色の人狼女が一緒にいた黒色の人狼にそう云うと、多少憮然としながら答えた。  
「そうだな。ギン・・・。しかしこの馬鹿・・・。何て無茶を・・・。いや、あいつだから、か。」  
「ええ。クロ隊長。」  
研究室内を探索しながらギンは答える。何やら色々資料を集めているようだ。  
一方クロは倒れた二人を背負いながら。冷たくなった牡の獣だった男の姿を見た。白人の男だった。  
「やはり奴か・・・。哀れな男だ。セドリック・ルーメイ・・・・・。」  
クロは骸に一瞥すると、資料を鞄に詰め込み終わったギンを確認し、二人を抱えつつ、ギンと共に施設を辞した・・・。  
 
 

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