「ねぇねぇ、梢、最近彼とはどうなの?」  
「へっへ〜ん、聞いて驚けぇ!  
 これが結構上手くいっているんだ!そういう風夏はどうなのよ?」  
 
昼休みの喧騒に紛れて、彼氏話に花を咲かせている友人二人。  
教室内は人もまちまちで、見渡しても授業を受けている半数ほどしか人がいない。  
購買やコンビニに買いに行く人や、天気がいいから外や屋上で食べる人、  
贅沢にも外に行って外食する人など、様々な理由からいつもの窮屈な密度は消えていた。  
そんな教室の後ろ端で三つ机をくっ付け、  
お弁当をつつきながら私は二人の話に聞き入っている。  
 
「私?私も順風マンハッタンだよ!」  
「風夏…あんた、彼氏の影響受けすぎよ。ギャグがサムすぎる!」  
 
二人ともシアワセそうだなぁ。  
私には今現在彼がいないから、二人の話には入っていけないが、  
自分の知らないことがたくさん分かるので、話を聞いているだけでも面白い。  
そんな友人二人に囲まれてせっせとお弁当に箸をつける。  
食べるのが遅い私は、もたもた食べていると昼休みが短くなってしまう。  
大好きなあま〜い卵焼きに箸をつけ、口に運ぼうとした瞬間…  
 
「そういえば、雪那(せつな)は好きな人とかはいないの?」  
ぽろっ  
卵焼きがお弁当箱の中に引き戻される。むしろ箸から転げ落ちていった。  
「えっ!わっ、私?」  
思わず声が裏返る。  
 
問いかけてきたのは、桜花 梢(おうか こずえ)ちゃん。  
梢ちゃんとは、幼稚園の頃からの付き合いがある。  
成績優秀、そして何よりスポーツ万能で、所属しているバレー部では  
数少ない1年生からのレギュラーである。  
高校3年生になった今ではキャプテンとしてチームをまとめ上げている。  
そんな梢ちゃんは、同じバレーボール部の男子キャプテン  
大柳功馬(おおやなぎ こうま)君と交際をしている。  
お互いキャプテンに就任したばかりの新米だった頃、  
いろいろ悩みを相談をしているうちに、いつの間にかお互い重要な存在になっていたと言う。  
付き合い始めてからもうすぐ10ヶ月の月日を迎えるこのカップルは見ていて微笑ましい。  
 
「あっ!は〜いは〜い!私も聞きたい!」  
煽るのは、朝倉 風夏(あさくら ふうか)ちゃん。  
ふうちゃんとは、高校入学時に出会って3年間同じクラスである。  
明るい性格から男女問わず友人が多い。  
勉強も運動も苦手なふうちゃんだが、たくさんの友人に囲まれて生活しているので  
学校は楽しいといつも言っている。  
そんなふうちゃんは、バイト先で知り合った違う高校の同級生  
金本宗一郎(かねもと そういちろう)さんと交際をしている。  
そんなふうちゃんに金本さんについて尋ねてみると、  
優しくおもしろい人で一緒にいると自然に笑顔になってくるような人だと言う。  
プリクラ手帳の中にいる、二人の写真は、  
どれも彼氏彼女としてのシアワセそうな日々を物語っている。  
 
「さっきっから、うちらばっかりで盛り上がっていて…ねぇ、風夏?」  
「そうそう!雪那の恋話(こいばな)聞きたいなぁ!」  
二人の視線が刺さる…  
「もう、知ってるくせにぃ…いぢわるだよぉ!」  
そう言った後、また卵焼きに箸をとり、口に運ぼうとしたその時…  
 
「おぅ、遅くなってわりいな」  
ドアが開き背後で声がする。私にかけられた言葉ではないが気持ちが逸る(はやる)。  
「おせぇぞ、雪之介!もう弁当、先に食っちゃってるかんな!」  
これから弁当を一緒に食べるのであろう、彼の友人はそういっている。  
 
私の好きな人は…幼馴染の井口雪之介(いぐち ゆきのすけ)、通称ゆきちゃん。  
12月の永遠に続く透けるような雪の降った夜に生まれたから「雪之介」と命名されたらしい。  
本人はこの名前古臭くてあんまり好きじゃないみたいだけど、  
私は名前の由来がとても素敵だと思う。  
ゆきちゃんとは、家が隣同士で私たちが生まれるずっと前、  
それもかなり昔からの交流があるっていうのをおじいちゃんから聞いたことがある。  
今でも家族ぐるみの付き合いは深いし、祖父母同士・親同士の仲も良すぎるほどだ。  
ゆきちゃんと私は同じ12月生まれ。一週間ほどゆきちゃんのほうが早く生まれてきているけど、  
私たちは同じ場所で同じ時間を共有して生きてきた。  
でも、一緒にいる時間が長すぎるからこそ起こる弊害だってある。  
私はゆきちゃんが好き…だけどもし思いを告げてしまって  
今まで築き上げてきた関係が壊れてしまうくらいなら、  
今までどおりのただの幼馴染を演じていたほうがいいのではないか…。  
そう思うとこの「好き」という感情から足がすくんで先に進むことが出来ない。  
(ゆきちゃんはどうおもっているのだろう…)  
当の本人は口笛を軽く吹きながら軽やかな足つきでドアを閉めている。  
 
「雪之介、購買の状況どうだった?」  
「いやぁ、すげぇ込んでいたよ!しかも戦利品はとてつもなく微妙ときたもんだ」  
そう言うとビニール袋に入ったパンを、がさがさと揺らしながら友人の元へと歩いていく。  
その途中、大きな手が私の前を横切り、お弁当箱の中で映えていた黄色いものを抜き去った。  
 
「…………………………………………………………………………」  
「んん!んみゃひ!」  
「………………………………………………………」  
「雪那の卵焼きは旨いなぁ!」  
「…………………………………」  
「うちのお袋のとは大違いだ!いやぁお前は卵焼きの申し子か!」  
「…………………」  
「雪那、ごっつぉさん!わざわざ俺の好物の卵焼きを残しておいてくれたんだろ?  
 いやぁ、出来た幼馴染で僕は涙ちょびひげだよ!」  
「………」  
「雪那さ〜ん?もしも〜し?」  
 
「…ばか」  
 
「ばかばかばかばか!…ゆきちゃんのばか〜!!!!!!  
 私が好きなものは最後まで残しておく癖を知っているくせにぃ!」  
私は腕力の無い手にこぶしを作り、ポコスカとゆきちゃんのお腹をたたき続ける。  
15年近くも柔道を続けている鍛え抜かれた体に、私の攻撃が通用するわけが無いが  
それでも叩かずにはいられなかった。許しまじきこの行動!食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!  
 
「ちょ、わっ、分かった!俺が悪かった!分かったからそんなに怒るなよ!」  
「怒りたくもなるよ!大体、今朝ゆきちゃんに作ってあげたお弁当どこにやったのよ!」  
「腹減ったから2限目に早弁しちまった」  
呆れた幼馴染である…。  
「はぁ…これから二つお弁当詰めたほうがいいのかしら…」  
「二つ詰めてくれたら、それはそれで良いかもな。旨い朝飯が学校で落ち着いて食える」  
 
私は毎日、自分のお弁当の5倍はあろうかというゆきちゃんのお弁当箱をつめている。  
ゆきちゃんの両親と、中学2年生の弟の潤樹(じゅんき)くんは、  
お父さんの仕事の都合上、2年前の4月から東京での生活を送っている。  
2年前の4月というと、私たちは高校に入学したての頃。  
両親不在で祖父母も仕事を持っているゆきちゃんにお弁当を詰めてくれる人はいなかった。  
しかしいくらなんでも、毎日購買やコンビニ利用では…と不憫に思った私は、  
おばさんにゆきちゃんを任された事もあってか、彼のためにお弁当を作るようになった。  
高校生になってからは自分で作ろうと思っていたし、一つ作るのも二つ作るのも変わらない。  
そう思っていたのだが…ものすごい量を食べるゆきちゃんのお弁当を詰めるのは  
入学当初の慣れない私の技量ではその作業をこなす事は容易ではなかった。  
今はと言うと、3年目ということもあり多少寝坊しても融通が利くまでに成長した。  
 
「雪那」  
「うん、なに?もうちょっとお弁当の量多いほうがいいの?」  
「そうじゃない。量も味も文句なしだ。  
 ただ、いつも弁当詰めてもらって悪いなと思ってさ…」  
ゆきちゃんが俯く。そんな顔を見るためにお弁当を詰めているんじゃないんだけどな。  
「ゆきちゃん、私が好きで勝手に詰めているだけなんだから悪いなんて思わないで。  
 わたしはゆきちゃんがおいしく残さず食べてくれるのが何よりの報酬なんだから」  
そして、私はそれだけで満足です、と言葉を付け足した後、ゆきちゃんに笑いかけた。  
ゆきちゃんは、といえば、バツの悪そうな顔からいつものゆきちゃんに戻っていた。  
「ご馳走様でした。いつもありがとな」  
「はい、お粗末さまでした」  
 
 
「ねぇ…どうしてあれで付き合ってないのか、私には不思議でしょうがないんだけど…」  
すでにお昼を食べ終えている梢は頬杖をついて二人のほうを一瞥する。  
「私もそう思う…。下手したらうちらよりラブラブじゃない?」  
「ラブラブねぇ。その言葉は死語だけど、あの二人には一番お似合いの言葉ね」  
 
二人の間には感じの良い空気が流れていた、そんな昼休みの1コマ。  
 
 
 

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