「あ、あのさ。」
「何よ。」
「優子はさ、あの映画見たいって言ってただろう?」
そう言って最近封切られたアクション映画を挙げる。
「・・・だから?」
「あのさ。チケット取ったんだ。もし、もし良かったら」
頭を掻いて。一緒に行かない?と彼は呟くように続けた。
私はバスケットボールが嫌いだ。
丸くて大きくてボールは、私には重すぎるから。
小学校の頃はキャッチボールだって満足に出来なかった癖に、
夢中になって追いかけているのなんて、見たくも無い。
何回か練習している所を見かけた事はあるけれど、
リバウンドを取る為に高く飛び上がる彼とそれを見てなんだかキャアキャアとうるさい女の子を見て。
なんだか気に食わなくって目を逸らせた。
私より小さかった背はメキメキと伸びて今では見上げなくてはならないし、
食事の時間は馬か牛かと思うような量を食べる。
小学校の時はパンが食べきれなくて給食の時間はいつも泣きべそをかいていた癖に。
卵みたいに綺麗だった顔にはニキビが出来ているし、休み時間には友達とイヤらしい話ばかりしている。
小学校の時は一緒にお風呂に入れられても、恥ずかしそうに向こうを向いてばかりいた癖に。
もう帰りに一緒に帰らないし、クラスで話し掛けることも無い。
昔は私が風邪で休むと道に迷って帰れなくなった癖に。
家が隣同士と言ったって偶然顔を合わせることなんて稀。
長い時間一緒にいても心は離れていく事もあるんだよ、優子ちゃん。
なんて離婚した親戚のおじさんが言った事を信じるつもりは無いのだけれど。
勿論私だって変わってない訳じゃない。
背は伸びないけれど、少し胸は膨らんだ。
自慢のストレートの髪の毛は肩先まで伸びておかっぱじゃなくなった。。
少しストレートすぎるのが悩みの種だけれど、まっすぐの前髪は私には似あうんじゃないかなと思っている。
少し目がキツイのが嫌なのだけれど、それは美人になる証拠だってお母さんとお姉ちゃんは言ってた。
ラブレターだってもらった事がある。
差出人不詳だけれど。
冬休みが終って、初めての登校日。
下駄箱を空けたら、ひらひらと紙が落ちてきた。
汚い字で「気持ちだけ伝えます。ずっと好きです。」なんてカタコトみたいな言葉が書いてあった。
無記名で好きです。なんて言うのは死ね。と変わらない位相手にショックを与えるだけの言葉だと思ったけれど。
なんとなく見覚えのある字だったので家の机の中に入れて取って置いてある。
将来有効に使える事を願って。
差出人は判らなかったけど、私は私で2月14日にある物をある人の下駄箱に放り込んだ。
勿論無記名で。だ。
下駄箱には前もって可愛くラッピングされていた物が2個程入っていたけれど、回収しておいた。
チョコレートはニキビに良くないし、新しいバスケットシューズと一緒に入れておくには少し下駄箱が狭かったから。
勿論後で渡したけれど。
そして今日。待ち合わせの時計台の前に私は立っている。
別に待ち合わせなくてもいいのだろうけれど、こういうのは気分なのかもしれない。
春なんだか冬なんだかわからない天気が続いていて。
セーターを着ていいのか、ブラウスにして良いのかもわからない天気。
午後1時15分。待ち合わせは1時だ。
たかたかたか
300M程向こうから走ってくる姿を認めて、私は踵を返す。
目の錯覚で無い限り、向こうから走ってくる者の手に握られているのは花束だ。
不器用なのはわかっている。
お返しとは何か、を色々考えた結果だろう。
しかし、隣同士の家に片方が赤い花束を抱えて2人で帰ってくるという図は承服しかねる物がある。
いや、その前にどうやって映画館に入るつもりなのか。
ボールばっかり追いかけているから、心の機微やお洒落に疎くなるのだ。
そんなにニョキニョキと大きくならなくて良いし、馬のように食べなくても良い。
たまには道に迷って泣いて欲しい。
後ろからスピードを上げて軽快に追いかけてくる足音を聞いて、
やっぱりバスケットボールは嫌いだ。なんて思った。