暑い夏は、続いていた。  
 
あの、僕ともみじの関係を決定的に変えた旅行から数日が過ぎた。  
はじめのうちこそ、以前と変わらず図書館に二人で行ったりしていたが、今では僕の家にもみじが来て宿題なんかをするようになった。  
それと言うのも、僕は母さんと二人暮らしだから、母さんが仕事に行けばもみじとふたりきりになれるからで、  
要するに好き勝手できるということで。今日も、二人僕の部屋にいた。  
 
「暑いね、美秋くん」  
もみじが言う。白のキャミソールに黒のミニスカートという、夏らしいといえば夏らしい格好だった。  
もみじはよくこの配色の服を着ている。今更ながら、もみじの二面性をよく表していると思う。  
いや、二面性というわけではないかもしれない。もみじの純粋な感情と、その純粋さ故の限度を知らない愛情表現と。  
そして、それを受け入れる僕と。  
もみじは下敷きで風を起こしていた。長い黒髪が幾筋もなびく。額には汗が滲んでいた。  
服の中に風を送り込む。ブラをつけていなかった。肩に紐がひとつしかなかった時に気づくべきだった。  
柔らかそうな肌には同じように汗がにじみ、胸の、色が違う部位が見えたような気がしたところで、慌てて目をそらした。  
だめだ、今日こそは勉強しなくては。  
もみじが家に来るようになってから、僕の宿題は見事なまでに進まなくなった。  
もみじと二人きりで、しかもこれほど無防備で(恐らく故意  
まあ、勉強なんてできるわけがなく。  
意識をノートに集中する。二乗してマイナスになんてなるわけないじゃん、と悪態つきながら、まったく勉強にならなくて。もみじが動いた。  
 
「そんなに、見たくないの?」  
 
耳のすぐ横で、声がした。耳が甘く痺れた。  
首にもみじの腕が回される、背中には柔らかい感触。  
「そんなわけ・・・ない」  
もみじと向かい合う。やっぱり、今日も我慢できなかった。  
気づけば部屋は薄暗くなっていた。遠くには雷雲。すぐに夕立が来るだろう。  
キャミソールのおなかのほうから手をなかに入れる。汗の水気。成長しきっていない胸のふくらみ。  
「ねえ、もみじ・・・」  
「・・・いいの、このまま」  
もはや恒例となったやりとり。避妊具を使うかどうかという。もう形だけだけど。  
使わなければならないとはわかってはいたんだ。母さんにも言われたし、自分でもそう思ってた。  
けど、もみじがそう望んだから、僕は拒否できなかった。  
いや、拒否できなかったなんていうのは言い訳で、僕自身がそう望んでいたのかもしれない。  
もみじの望みが、僕を完全に取り込みたいということだった。  
そして、きっと僕自身、他の誰でもなくもみじに篭絡されてしまいたいと思っていた。  
僕たちは少し間違えているのかもしれなかった。  
でも、長い時間をかけて育んだ二人の想いが繋がったとき、こうなることは恐らく決まってしまったのだと思う。  
「んっ、美秋くん、入ったよ・・・?」  
僕ともみじが、もっと深いところで繋がりたいって望んだって、それは自然なことで。  
もみじが僕の上に乗りその熱を感じた。  
 
熱い息遣いと夕立、雷鳴。  
僕はもみじによって身動きがとれないようになってしまっていた。  
でもそれは、今まで気がついていなかっただけで、僕がもみじを好きになっていたときからすでにそうなっていた。  
だから僕はもみじを抱きしめた。どうしようもなく、愛しかった。  
 
 
 
「最近、もみじちゃんとはどう?」  
夜、ぶしつけにそんな質問をされた。  
「どう・・・、って言われても」  
少し前に僕が避妊をしていないことは話してしまった。不思議なことに母さんは答えを聞いただけで何も言わなかったけれど。  
そうでなくても、母さんにもみじとのことを話すのはできれば避けたいことだった。  
どうしてだか母さんを裏切ったように感じてしまうから。  
旅行のあともみじと恋人になれたことを喜んでくれた母さんだけど、それと同時に落胆していたことは僕にはわかった。  
台所から、食器をすすぐ、水の流れる音が聞こえる。不意に、その音が止まった。  
「美秋、もみじちゃんのこと好きよね?」  
本当のこと、母さんに言うのは気が引けたけども、答えた。  
「・・・好きだよ」  
母さんは僕に背を向けたまま続けた。いつの間に、母さんの背中はこんなに小さくなったんだろう。  
「・・・母さんはね、どれだけ美秋に嫌われたとしても、美秋のこと、愛してるから」  
「っ!母さん、一体何を・・・」  
何を言っているの、そう聞こうとして、やめた。多分、大体のことはわかっていた。  
思えば、僕と母さんの関係だってある意味いびつで。  
僕の心が完全にもみじに移ってしまった以上、僕と母さんだって新しい関係を始める必要があったのだ。  
恐らく、なにか大きな告白があるに違いなかった。内容まではわからなかったけど。  
「大事な話をしなきゃいけないの。明日、もみじちゃんを呼んできて」  
 
 
 
連れて行きたい場所がある。そう言われて僕ともみじは母さんに連れられて歩いていた。  
思えば、この3人でどこかに行くことはなかった気がする。  
全て決心を胸に秘め、母さんは僕らの前を歩く。  
無言だった。何か話をする雰囲気でもなかった。  
 
連れられてきたのは藤野家の墓場だった。  
 
「夕美さん、お盆はまだじゃ・・・?」  
もみじが当然の疑問を投げかけようとして、止めた。  
母さんは、周囲にまったく気がつかないほど、墓石をじっと見つめていた。  
なにかを懐かしむような、でも寂しげな表情を浮かべ、何事か呟いていた。  
そして、確かにこう言った。  
 
「長い間ごめん、ヨシアキ・・・」  
 
「母さん、それってどういう・・・?」  
あ、とか言って、母さんはようやく僕たちに意識を戻した。  
「美秋、もみじちゃん、今から大事な話をするから最後まで聞いてほしいの」  
青空、どこまでも澄んだ青。蝉の声、生命を削る合唱。  
 
「美秋、あなたの父親は、ここに眠っているの」  
 
この夏は、本当に暑かった。  
 
 

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