姉さんは、優秀なひとだった。
そして、素敵なひとだった。
―秋、その夕暮れ
少し年上のかえで姉さんは綺麗なひとだった。頭もよかったし、近所の人が「藤野さんの娘さん」
といえば姉さんのことだった。
幼いころに母親をなくした私の面倒も良く見てくれたし、私も、そんな姉さんが大好きだった。
家族と言えば私と、姉さんと父親だけで、地元の古い家だというのに当時珍しく核家族だった。
祖母も祖父もずいぶん昔に亡くなったということなので、どうやら早世の家系らしい。
その父親も、私とは幼いころからうまくいかなかった。単に、そりが合わなかっただけだと思う。
家の存続というつまらない荷物を勝手に重圧に感じ、一人で自分を追い詰める父を、昔から滑稽に思っていた。
勝手に厳格になり、私に「姉さんと同じ」を強要した。
周りにもそんな風に、私と姉さんとを比較しているのは幼さのもつ鋭い感性は気づいていた。
私は、到底姉さんにはなれなかった。でも、周りはそれを望んでいる。
すべてが不愉快だった。その不愉快の源が姉さんだというなら。
幼い私は、かえで姉さんへの憧憬が嫉妬、憎悪へと変わってしまうのを心から恐れた。
そして私は、無能な自分を憎むことで、それを乗り越えたんだ。
それから私は周囲に抗うようになった。
独り敵を作り続け、孤立することに喜びを感じる、私はそんな子供だった。
そんな私はひとりの男の子と出逢った。
私が幼稚園のころだったか、ともかく、義明と一緒になったのは小学校からだから、それ以前なのは間違いなかった。
ある秋の日だった。
一人の男性が家に来ていた。よく見る男の人だったけれど、どういう人かは知らなかった。
知りたくもなかったし、父親とそんな話をすることもなかったから。
けど、その日は珍しく子供を連れていた。男の子だった。
庭で一人遊んでいた私に気づいた彼は私に声をかけた。
「なにしてあそんでるの?」
「なわとび」
そっけなく答えたはずだった。幼稚園ではだれも二重跳びなんてできなかったから、私一人だけ出来ればみんなを見下せる。そう思って練習していた。
でも、彼は笑っていた。ただ笑顔で私を見ていた。
直感だった、彼なら。幼い私はそう思った、そして、実際にそれは当たっていた。
「・・・なまえ」
彼に訊いた。
「え?」
「だから、きみのなまえ」
もう一度、訊いた。
「あ、うん!僕はよしあき、きりのよしあき。きみは?」
「・・・ふじのゆみ。よしあき、なんさい?」
「6さい、ゆみちゃんは?」
どうやら同い年のようで、少し残念に思ったけど。
「おなじ、でも、私のことはゆみさん、ってよびなさい」
義明は怪訝そうな顔をして、でも、しっかりと頷いた。
「うん!ゆみさん、よろしくね!」
裏山のもみじは赤く色づき始めていた。
それが、すべての始まり。