翌日も、僕はもみじと図書館にいた。向かいの彼女は白のブラ  
ウスに黒のミニスカートと、僕には少し不思議な感じがして、何か  
引き込まれそうな気がした。  
(いずれにしても・・・)  
二次方程式とにらめっこしてるより、もみじを眺めていたほうが楽しいわけで。  
「美秋くん。」  
と、控えめにもみじが言う。  
「だめだよ?・・・ぼーっとしてちゃ。」  
彼女がうつむき気味なのは、やっぱり、僕の視線に気付いたからで、そりゃ、こんな近くで見つめてれば気付かれないわけなくて、今更ながら、僕のほうも赤くなる。  
 
「えーと・・・」  
ま、いいか。  
「お昼にしよう、もみじ。」  
 
 僕はずっと前から考えていた。もみじに僕の思いを伝える方法を。  
だけど、もみじと僕は、自分で考えていた以上に近すぎて、お互いに、想いはほとんど通じていた。  
でも、あまりにも中途半端で、便利で、だけど不便で。  
それでも、僕はもみじのこと好きだし、やっぱり、繋ぎとめたいと思う。それに・・・  
「あ、いや、それが目的じゃないよ!?いや、そりゃ、僕も男だしさ!」  
「・・・美秋くん?」  
 
うあ。もみじに不審がられる。ああ、レストランでトリップしちゃった。  
まあ、いつまでもこんな調子じゃあまともに生活できないしね。もみじのことを意識しすぎる。  
「あ、いや、なんでもないなんでもない。」  
「・・・美秋くん、なんでもない、って言葉はね、何かあるときにしかでてこないんだよ?」  
そのとおりです。いや、まあ、とりあえず置いとこうじゃないか。  
「いや、まあ、また後でね。ほら、料理もきたしさ。」  
まだ納得できないといった眼差しを流しつつ、ぼくのお昼を受け取る。ないすたいみんぐ。  
(カルボナーラ灰吹き職人風って・・・)  
意味かぶってるよね?というどーでもいい感想を抱きつつ、食べる。甘くて、塩味で、僕が好きな味。  
でも、今日はそんなものには集中しない、昨日の決意を、もみじに伝えよう。  
「ねえ、もみじ。」  
僕に視線を向ける。くわえたフォークがちょっとかわいい。  
「旅行に行かない?夏休み、二人で。」  
 
 
 ・・・すっかり暗くなっちゃった。今日もバス停で二人別れて家路に。  
「美秋くん・・・」  
今日、彼が私にした提案。泊まりで海に旅行。ふつーに考えて、恋人でもない男女が二人で旅行なんて、と思う。  
お昼のことを思い出す。  
 
「旅行に行かない?夏休み、二人で。」  
「え?」  
聞き違い、と思った。  
「いや、そのまんまの意味。二人で、海とか、・・・どうかな?」  
唐突、と思ったけど、美秋くんの瞳が、真剣だった。私の好きな、美秋くん。本気のお誘い。  
断る理由なんて、ないじゃない。  
「美秋くん・・・。」  
彼の目を見つめすぎた。ちょっと照れる。一回逸らして、私も、真剣に返す。  
「うん。お願い。私を海に連れてって!」  
 
ひゃあー・・・。思い出しちゃった。彼の、私だけにむけるあの眼差し。それに・・・  
(美秋くんと、二人で旅行・・・。お泊り、二人きり。ってことは・・・)  
「ひあっ!違うの!これは違うの!ふにゃ!ひゃあーー!」  
胸が高鳴る。体中が熱い。止められない。  
「美秋くん!美秋くん・・・美秋くん!」  
恥ずかしくて、家まで全力疾走。はたから見れば、多分危ない人かもしれない。でも、それでもいい。  
「ただいま!」  
今日もまっすぐ私の部屋へ。ベッドに入って、くまを抱く。  
「うにゃぁ・・・美秋くん、よしあきくん・・・」  
くまを抱いてのたうちまわる。あー、もうくまじゃ足りないよ・・・。  
まだ、彼は抱けないから、代わりに、今日も、わたしを抱こう。  
「美秋くん・・・」  
でへへと笑う。早く旅行に行きたい。そう思うよね?美秋くん・・・。  
 
 
 鍵を開けて我が家へ。今日は疲れた・・・。  
 
レストランで旅行の約束をした後、一日中、僕の腕にはもみじがひっついていた。  
彼女のぬくもり、彼女のやわらかさ・・・。もう、今日はそれしか思い出せない。  
そんな仲なら、もう告白してもいいんじゃないか?それは、ずっと考えていた。  
だけど、もみじと、そういう仲になるんだったら、相応の場所っていうか、シチュエーションを整えておきたい。  
馬鹿にされるかもしれないけど、そう思う。  
 
「だってなあ・・・」  
考えてみる。今日だって、客観的にみれば充分デート、と呼べるだろう。  
だけど、僕にはそう思えない。たぶん、もみじにも。そんな日常で告白ってのもなあ・・・。  
11時のお茶の時間にクリスマスケーキを持ち出すくらい不自然だ。  
 
とりあえず、母さんに旅行だけは報告。相手は伏せるけど。これ、当然。・・・なのになあ。  
 
母さんと晩ご飯。二人だけの食卓。寂しいとは思うけど、不満は全然ない。  
「母さん。」  
呼びかける、いつもどおり、顔を向ける。よし、不自然じゃなくするんだ。嘘を言わなきゃOKだ、美秋!  
「夏休み、親しいやつらと旅行に行こうと思うんだ、一泊で。お金は僕のバイトの分で。」  
少し嘘が混じった。ま、これくらいなら平気だろう。  
「ふぅん、まあ、あんたももう高校生だしね。せいぜい楽しんできな。」  
心なしか寂しそうだけど、まあ、作戦成功。ばっちおっけー。やったね。  
その後は、いつもどおり母子で談笑。絶対に言わないけど、母さんはもみじの次に好きだから。  
 
『trrrr・・・』  
そんなひと時を壊す電話の音。電話に出る母さん。  
「藤野ですが・・・、あぁ、かえで姉さん?どうしたの?」  
僕の作戦も潰えたことを知る。  
「え?なに?もみじちゃんが美秋と旅行?そうなのー、え?よろしく?こっちこそよろしくよ、もう、いろいろとね」  
その夜は、母さんの質問攻めで眠れなかった。僕の、バカ・・・。  
 
 
「何にせよ、だ。美秋。」  
まだ何かあるの?と、まあ小一時間問い詰められた僕にしてみればそんな感想が来るのは仕方ないとは思うけど、  
今までとは異なり真剣な表情の母さんを見て少しばかり身構えてしまう。  
次の言葉を待つ。  
「まあ、あんたら二人、泊まるとなると、多分、そういう状況になると思うんだけど・・・」  
まだよくわからない。やけに言いにくそうだけど、なんだろうか?  
「鈍い男だね・・・。だから、まあ、これを持っていきなさいってこと。」  
棚でゴソゴソやって箱を取り出し、僕に手渡す。  
「これは・・・?」  
「だーっ、もうっ!我が息子ながら情けないっ!!避妊具だよっ!避妊具!!」  
えーと、避妊具っていうと、要するに、って  
「えーっ!いや、母さん・・・」  
「ああ、もう!少し黙って私の話を聞きなさい!」  
怒られてしまったので、おとなしくする。  
「あんたは、もみじちゃんのことが好きなんでしょう?」  
わかってるんでしょ、思いながらもとりあえずうなずく。  
「で、この旅行で関係を変えたいと思っている。」  
「いや、母さん・・・」  
「どうなの!」  
「ひっ、いや、そう、そうだよ!」  
いきなり、すごい剣幕。答えないわけにはいかないじゃないか・・・。  
「だったら、持っていきなさい・・・」  
いや、それでも・・・。  
「でも母さん、僕はそういうのが目的で行くってわけじゃないよ!」  
そりゃ、そういう考えだってないことはないけど、僕は、純粋に、もみじのことを・・・。  
 
「それは、母さんだってわかってるわよ・・・」  
母さんは、少し申し訳なさそうな顔をして、  
「でもね、私から見たって、もみじちゃんはあんたのこと好きだよ。間違いなく。  
あんただって、私の自慢の息子だよ。二人のこと、私は大賛成だよ。それは  
かえで姉さんたちも同じ。美秋たちがそういう関係になっても、みんな認めてくれる。  
だけどね・・・」  
一呼吸おいて。  
「もしもあんたたちに、子供ができたりなんてしたら、あんたたち、ダメになってしまう  
かもしれない。私だって、そんなのは、不幸だと思うよ・・・?」  
「母さん・・・」  
ここまで来て、母さんの言葉が止まってしまった。そうか、母さん、自分のこと・・・。  
「だから、だからね?わたし・・・っ、よしあきに、・・・すごく、ゴメンねって・・・」  
「母さん、いいから・・・。僕は、母さんの子供で、本当に良かったって思ってるから・・・」  
なにより。  
「ありがとう。母さん・・・」  
 
ほとんど涙声の母さんを残して、一人部屋に戻り、様々なことを考える。  
もみじとの関係。もしかしたら、もみじと、その、交わるということ。  
その行為によって人生を狂わされた母さんのこと。支えてくれる、母さんと、  
かえでおばさんたち。  
「って!」  
ここまできていまさら気づいたけど・・・!  
「親戚みんなで僕ともみじのこと話し合って、子供がどうのなんて話してるって・・・!」  
僕ってものすごく恥ずかしいやつなんじゃないだろうか?うわぁ・・・。  
デートのことでも考えながら寝よう・・・。寝よう・・・。  
 

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