「美秋、いつまで寝てるの?早く起きなさい。」
・・・んん、と、まだ7時ちょっとすぎ。まだ眠ってたいのだが・・・。
「ほら!今日はもみじちゃんとデ・エ・ト!なんでしょっ!」
「うわぁぁっ!声が大きい!母さん!」
ああああ、そうだ!今日は!もみじと・・・。
「・・・いまからそんなでどうすんの?さっさと仕度して起きてきなさい。」
言うだけ言って部屋から出て行った母さんを見届け、まずは着替える。
とりあえずは靴下。で、お気に入り(というか、これしか持ってない)ジーンズを履いて、
ほんの少しだけ今風な長袖シャツを着る。しかし・・・。
「もう少しマシな服、買ったほうが良かったかな?」
ま、いまさら言っても仕方ない。部屋を出ると、朝食はできていた。
「「いただきます。」」
二人で、食べる。そして、今日も朝から母さんにいじめられた。
「ね、今日、ってことは、朝からもっといいもの食べたほうがよかった?」
「いいものってなにさ?」
「スッポンとか?」
ああ!もう!
「一度も食べたことないよ!っていうか!息子にセクハラして楽しいかね!?」
あはは、と母さん。で、「なんにしろ、」と前置きし、
「いいよね、あんたともみじちゃんさ。わたしもあなたたちみたいな関係の子がいれば
楽しい学生生活だったのにな。」
と、からかってるはずだけど、その言葉には、別の感情も、混ざってる気がした・・・。
「いってらっしゃい」
と言った母の眼は、嬉しそうで、少し寂しそうで、ほんの少しだけ、泣きそうだった・・・。
1時間に2本しか停まらないバス停には、すでに、きれいな女の子が待っていた。
・・・まあ、もみじなんだけど。
「・・・おはよう、美秋くん・・・」
「・・・あぁ、おはよう・・・」
それしか言えない僕も情けないけど、でも、贔屓目じゃなくても、今日の彼女にすぐに反
応できる男はそうはいないね。白の半袖ブラウスのひらひらは遠慮がちに、小さな黒いネ
クタイが目を引いた。紺のロングスカートは朝の静かな風にゆらり揺れて、涼しげな雰囲
気を纏っていた。今気づいたけど、ネクタイについている赤いブローチはきっと・・・
「ねえ、美秋くん・・・」
僕の思考を中断させ、頬を軽く染め、うつむき加減に、
「その・・・どうかな?」
って、尋ねたもみじに、僕は選択肢があるはずもなく、顔を背けながら、
「その・・・、すごく、きれいだよ・・・」
と、バカみたいな答えしか返せなかった・・・。
夏休み、朝早い時間。バスには他に乗客もおらず、一番後ろの五人席に二人で座り、どち
らからともなしに、互いの手を重ねあう。特に言葉も交わさないけど、気まずい、という
こともなく、見慣れた景色を二人で眺めながら、ふと相手を見つめ、視線が交わって、あ
わててそらして、なんて、恥ずかしいことを延々と繰り返して、思い出したように、空が
青いね、なんて。
「楽しいね?」
って、もみじがそんな表現を使うんじゃ、僕には返す言葉が見つからないよ。そんなだか
ら、今まで、一歩進もうって、思えなかったのに。
・・・旅行はまだ、始まったばかりなのに。僕の心は乱れに乱れていた・・・。