数十分バスに揺られ、目的の駅に着く。中堅地方都市の駅前はそんなににぎやかって  
わけではないけど、独特の温かみを僕に感じさせる。もみじは、「ありがとうございま  
す」と律儀にもお礼してバスを降りる。僕もそれにならう。  
二人並んで切符を買う。  
「うちから駅までのバス代より、海までのほうが安いんだよ?不公平だよね。」  
と、彼女は楽しげに不平を漏らす。いや、ある意味正しいけどさ。  
少し考えてから、僕は答える。  
「でも、それが距離の密度の違いなのかも。」  
もとより答えなんか期待してなかったのだろう、もみじは意外そうな顔をして、少し考  
えた後、  
「時間も、同じかもね・・・。」  
ぽつりと、呟いた。  
 
ホームで少し待つと、電車はついた。運よく車内はすいていて、ロングシートに二人で座  
る。一息ついて、もみじのほうに視線を向けると、すでにこちらに向けられていたもみじ  
の視線に気づいてしまう。  
「えっ・・・と、その・・・ね?」  
少し驚いた後、不自然に笑って、頬を染めて、次の瞬間、僕の右肩に頭を預けてきた。  
何も反応できない僕をおいて、もみじは続ける。  
「きのう、ね、眠れなかったんだ。だから、少しの間だけ・・・いいよね?」  
あまりのことで、僕は言葉を返せなかったけど、彼女の手に自分の手を重ねて  
答えの代わりにした。本当に小さな声だけど、ありがとうって、もみじの声が聞こえた。  
心地よく揺れる車内は冷房が効いて涼しかったけれど、もみじに触れたところから柔らか  
な暖かさが僕を包み込むのを感じた。規則正しいもみじの呼吸音を聞きながら、どうして  
彼女はぼくをここまで安心させてくれるのかな、なんてことを考えていた。  
 
窓の外を住宅街が駆け抜けていく。遠くの山々はゆっくりと変わっていく。  
だんだんと眠くなってゆく窓の景色だけど、胸の高鳴りが僕を寝かしてはくれなかった。  
乗客はまばらで、誰かに見られているというわけでもない。  
それでも念のため辺りを見回し、誰も見てないことを確認する。  
(平気、かな?)  
意を決し、僕の肩のもみじを見やる。顔は見えないけど、まだ寝ているのだろう。  
長い黒髪を手ですくってみる。さらさらと、指の間から流れ落ちていく。  
ふわり、優しい香りがした。それこそ、物心ついたころから僕はこの香りに包まれていた  
んだろう。この香りに包まれて、僕たちはここまできてしまった。ずっと、この香りに  
包まれていたいと思う。  
「美秋くん、そんなに楽しいかな?私の髪。」  
気づかずに長いことそうしていたんだろう、もみじの方がそう訊いてきた。僕も予想は  
していなかったわけじゃなかったけど、やっぱり答えるのが面映くて。  
「・・・僕も寝るよ。」  
とだけ答え、重ねた手の指を絡めた。もみじもそれ以上言葉をかけることもなく、絡めた  
手を握り、僕に体を預けてきた。僕ももみじも本当に眠っているのかはわからなかったけ  
ど、僕たちには心地よい時間が流れていた。それだけがすべてだった。  
 
 
途中、お昼を食べたり乗り換えたりで、目的地に着いたのは3時にもなろうかという時間  
になっていた。そこにはかつての活気こそ見られないけど、泰然とした山々と、静かな  
潮騒を響かせる海にかこまれた、穏やかな場所だった。いいところだね、ともみじはつぶやき、  
そうだね、としか返せない僕だったけど、間違いなくそれは本心だった。  
ホテルの迎えが来ているはずと、あたりを見渡し、それらしき人に声をかけた。  
あまりに若い僕たちに驚いていたようだけど、僕の曖昧な笑顔と、もみじのはにかんだ  
表情を交互に見たあと、ほほえましいものをみるような、遠い表情を浮かべてホテルまで  
乗せてくれた。ホテルに着いたら着いたで、案内のお姉さんに同様の反応をされた。君  
たちいくつ?その歳でふたりで旅行なんてうらやましいなー、ああ本当にうらやましい  
なー・・・なんて、そんな話をしながら。お姉さんは高校を卒業したばっかりなんだそ  
うな。僕たちもいつかはこうなって大人になるのだろうか。想像はできなかった。  
 
「正直、気が気じゃなかったよ。」  
僕の本心だった。保護者がいないと未成年は泊れないとか、そんなこと言われたらどうし  
かとさえ思った。今はようやくホテルの説明なんかが終わって一息つけたところだ。  
「ね!美秋くん、さっきのお姉さん、私も彼みたいな彼氏がいたらなー、だってさ!」  
え、あのお姉さんがそんなことを?素直にうれしいかな、いや待てそれはどう考えたって  
ただのお世辞だし、それでもまあやっぱり嬉しいかなー、なんて考えてしまったのがいけ  
なかった。もみじに白い目で睨まれていた。  
「美秋くん・・・?」  
ものすごく不機嫌な声がした。もみじは女の子関係となると人が違ったように不機嫌にな  
る。中学生のとき、一人だけ僕に積極的な女の子がいた。彼女が僕に付きまとっていた間、  
もみじは口もきいてくれなかった。1週間ほどたって、彼女は僕から離れて、もみじも機嫌  
をなおしてくれた。けれど、彼女は二度と僕に話しかけてこなかった。僕たち2人をみて  
怯えて逃げたところを見たこともある。怖くてもみじに真相を聞いたことはない。  
「いや、もみじ、違うから!何も変なこと考えてないから、僕にはもみじだけだから!」  
結局僕が謝ることになる。謝罪の内容は深くは考えないことにしている。こうでも言わ  
ないともみじの機嫌を直すことはできないから。  
「いいよ、そのかわり・・・」  
窓からは波の音。  
「早く海にいこう?」  
 
伊豆半島にあるこの場所は海水浴というより温泉で有名だ。それでも海水浴客はそれなり  
にいるけど、ごったがえしという程でもない。ここでよかったな、という呑気な感想を  
浮かべながら、ビーチでぼーっともみじを待っていた。  
「美秋くん・・・?その、おまたせ。」  
ぼーっとしている場合ではなかった。振り返ると水着のもみじが立っていた。白のビキニ。  
いままでもみじはビキニなんて着ていなかった。白い布に覆われたもみじの胸はひかえめ  
だったけど、その肌は水着に負けないくらいに真っ白で、隠されることなく晒されたその  
体は細くって、ゆるやかな曲線をえがく腰のライン、おへそのくぼみ、その下の布に隠された彼女の女性の部分。  
「よ、美秋くん、そんなに見られたら恥ずかしいかな・・・」  
と、そこで思考が中断された。声がするほうを向けばもみじが怒ったような困ったような  
笑顔を朱で染めて僕に抗議していた。  
「いや、その・・・ごめん!」  
言い訳できなかった、完全に見とれてた。そして、ここまで強くもみじを性的な対象とし  
て認識してしまったことも初めてだった。幼かったころにもみじに向けた好意と、今、  
僕が彼女に抱いている感情。その2つが全く性質の違うものであると決定的に突きつけられた。  
頭の中が空っぽになるような、そんな衝撃をうけた。  
「ううん、いいの。ちょっと嬉しかったし・・・。」  
自分に言い聞かせるように言って。  
「海、はいろ?」  
僕に手を差し出した。繋いだ手がものすごく熱く感じた。  
 
 
太陽も落ち始め、大気がオレンジ色になったころ、僕はビーチのベンチに腰掛けていた。  
もみじと一緒に入った海。僕の心臓は制御がきかなくなったように暴れていた。  
海の水をかけなかったら焼け焦げていたんじゃないかと思うほど僕の頬は熱を持っていた。  
もみじの顔を見ていられるほど余裕はなかったけれど、伏せがちな顔はもしかしたら、  
僕と同じような感情を浮かべていたのかもしれなかった。  
それでも僕たちは手を離すことはなかったし、波から守るため彼女の腰にまわした腕に  
伝わってくる感触は言葉で言い表せないものだった。  
「そうじゃなくって。」  
あわてて思考を止める。僕はこれからもみじに・・・。  
「美秋くん、おまたせー」  
不意をつかれて一瞬ビクッとする。まだどう切り出すか決まってなかったのに。  
もみじの白いブラウスは鮮やかな真紅に染まり、長い髪に夕日がさしていた。  
胸のブローチはどんな楓よりも美しく見えたし、僕の大好きなもみじの笑顔は、少し緊張  
しているように見えた。  
「あ・・・、うん。少し歩こうか。」  
見惚れるのもほどほどに、僕はもみじに手を差し出した。もみじも僕の手をとり、しっか  
と繋いで。僕たちは歩き出した。  
重苦しい、というわけじゃないけど、硬い雰囲気の中を二人で歩いた。家族連れが帰るの  
か、小さな男の子と女の子がはしゃぎつつ、片付けをしていた。  
「随分、久しぶりだったよな。もみじと一緒に海に来たのは。」  
不思議と、自然に言葉が出てきた。  
 
「あの事件以来だね。ねえ、覚えてる?」  
硬かったもみじが、楽しそうに訊いてきた。覚えていないはずがない。僕はもみじ関係の  
思いではほとんど記憶している自信がある。  
「『イルカに乗った少年たち事件』だよね。もちろんだよ。」  
「お父さんがね、大きなイルカの浮き輪に私たちを乗せて遊んでたんだけど・・・」  
「波に驚いて手を離したんだよな。そうしたら沖まで流された。」  
結局、ライフセーバーが助けに来たんだけれど、僕の予想が正しければもみじは・・・。  
「・・・その時美秋くんがいった言葉、覚えてる?」  
急に真剣な眼差しで僕を見つめてきた。思ったとおりだ。  
「・・・言わなきゃダメ?」  
「だめ。」  
海岸では大勢のひとが僕たちを心配そうに見守る中、僕たちも必死だった。泣きそうな  
もみじを、同じく泣きそうななか、幼い僕はもみじを励ました。  
「『もみじちゃん、ずっとぼくがいっしょだから。しらないところにいっちゃっても、  
ぼくがずっといっしょだから』・・・これでいい?」  
「よくできました!」  
満面の笑みを浮かべた。  
「ちゃんと、覚えててくれたんだね。」  
「・・・僕は、もみじ関係ならみんな覚えてるよ。そのブローチもね。」  
もみじは足を止めた。ふたり向かい合った。  
「びっくりしたよ。」  
言葉とは裏腹に、もみじは『やっぱり』という表情をしていた。  
「もっとも、それを付けているところは見たことないけどね。」  
「あはは、使うのがもったいなくて。大事にしてたら、結局使えなくて。」  
ばつが悪そうに笑った。けれど、もみじの性格なら、きっと本来なら使うこともなく  
大事にしまったままだったんじゃないかな。  
 
「美秋くん、私の気持ちはあのころからずっと・・・」  
「もみじ。」  
言いかけたもみじを制した。こういうのは男から言うものだって、目で伝えた。  
 
一呼吸おいた。心臓がのどのあたりで暴れている。地面に立っているのがわからない。  
体が重い。体が軽い。頭が冷たくなる。頭が熱くなる。体の中身がぐるぐるした感覚。  
押しつぶされそうになる。自分の存在が無くなる。辺りが認識できなくなる。ふと、残  
った意識を僕の手に集中した。もみじの感触だった。僕の愛した少女が、そこに存在した。  
 
「・・・好きだ。」  
 
言った瞬間、音にならない音とともに、総ての感覚が戻ってきた。  
紅色の太陽、朱色の海、入道雲は橙に紫を描き、僕の大好きな秋の紅葉の真紅が世界を  
染めるなかで。  
「美秋くんっ!!」  
僕はもみじとキスをした。瞳を閉じて、彼女のくちびるだけに集中した。彼女のくちびる  
こんなにやわらかいものだとは、僕は知らなかった。  
「もみじ、大好きだ。昔から、ずっと好きだ。もみじのやさしさ、全部、僕は。」  
「そんなことわかってたもん!ずっとずっと昔から!だけど!わたしは、もっと前から、  
女の子として、よしあきくんのこと大好きだもん!」  
なんとなくはわかってた。ずっとずっと一緒だったもみじ。僕の『好き』ともみじの『好き』  
の違いに気づき始めたのは中学生のころだった。けれど、性的な意味合いというものを僕  
はよく理解できなかった。もみじや母さん、女性という存在があまりに近すぎた。  
僕はもみじとずっと一緒にいられたらそれだけで幸せだった。けれど、学校が離れて  
もみじとの間に少しだけ距離ができて、もっと一緒にいたいと思って。そうしたら、  
もっともみじと近くなりたいって、もみじが恋しくて。これが恋なんだって。  
 
「ごめん!もみじ、もっと早く気づきたかった!」  
僕は腕を彼女の背中に回して、きつく抱きしめた。もみじは細くて、やわらかかった。  
「いいよ、こうして美秋くんは私を抱きしめてくれた。だから、もっと私を受け止めて!」  
もみじの腕が僕の首に回された。潤んだ瞳が閉じられて、涙が流れた。僕たちは、2度目の  
くちづけを交わした。  
「っ!!!んむっ!!!!!んむむ!!!!!(ちょっと!もみじ!)」  
わけがわからなかった。もみじの舌が僕の口に入ってきたんだって、すぐには気づかなかった。  
けど、気づいた後は、互いの舌を感じあうだけだった。とは言っても、一方的に入ってき  
たもみじの舌を迎える以外に方法はなかったけど。それでも、もみじの舌はどんなものよ  
りも甘く感じた。  
「んむ・・・ふはぁ・・・。」  
満足そうにもみじは僕から舌を離した。二人のどちらのものかわからない唾液で口を  
べたべたにしながら、とろんとした瞳で僕を見つめた。  
「・・・もみじ、お前すごいな・・・。」  
「!」  
もみじは、急に現実に引き戻されたように顔中朱に染め。  
「ち、違う!これくらい普通だもん!美秋くんが子供なだけだもん!」  
ぷいっと、顔を背け。すこし怒ったような顔をまた向けて。  
「だって・・・好きだから・・・。」  
「・・・僕だって。」  
僕たちは。  
「・・・んっ。」  
もみじ色の世界がその色を落とすまで。  
ずっとずっと、互いのくちびるをかわし続けた。  
 
 

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