「なっ・・・?」
聞き間違い、のわけがなかった。もみじは僕にだけ聞こえるようにそう言ったのだから。
かと言って、その言葉はあまりにも現実離れしすぎていて。
「もう、何度も言わせちゃやだよ。子供、つくろ?」
もみじがそのからだを僕に密着させる、下腹部の水気と、やわらかさと。
「いや、でもそんな簡単に新しい命をつくるとか・・・。」
僕自身父親を知らなかったりするのでそのことも考えて。
「美秋くん、私はいたって真剣だよ?」
と、全てを受容する女神のような笑顔を見せる。笑ってこそいるけど、これはもみじが本気だということがわかる。
「いや、でも僕たちまだ結婚とかできないし・・・。」
「そんなことはね、問題じゃないんだよ?」
もみじは頬を僕の頬にすりよせる。すべすべした感触にびっくりした。
「でも、でも、そこまで焦らなくたって・・・。」
「・・・焦ってなんか、いないよ。」
頬を擦り付けながら、若干不機嫌を含ませた声で答える。でも、その声から焦りといったものは感じられなかった。
小手先の理屈じゃなくて、僕のこころをぶつけてみなければ、真意はわからないんだろう。
もみじに、伝えた。
「ねえ、もみじ。僕はね、なにも後ろめたいことなくずっとずっと、もみじと一緒にいたいって思ってる。
だから、僕が大人になるまで待ってて欲しいんだ。」
僕の偽らざる本心。きっともみじも同じことを思ってくれていると信じている。僕ともみじとの未来。
裸同士で、裸の言葉を伝えて。もみじも裸の言葉を返してくれた。少し予想外だとしても。
「うれしい・・・けど、それじゃ足りないの・・・。」
絞り出した声でそれだけ言うと、感情を昂ぶらせた、けれどしっかりした声で続ける。
「私は・・・、私は美秋くんを愛しすぎた。美秋くんが私のこと、本当に、本当に愛してくれているのはわかってる。
普通のひとが一生過ごしても得られないくらいの愛を私はもらった。ずっと、永遠にこの愛が続くこともわかってる・・・。」
ほんの数センチ先にあるもみじの瞳。底のない透明さは、生を受けてから今これまで僕を包んでいたもみじの象徴に思える。
その瞳がうるんで、水のひとしずく、僕の頬に落ちる。
「でも、私はまだ足りない。ずっと一緒にいてくれるって言ってもらえて、ものすごくうれしかった。
でも、満たされないの。
例え世界の全てを敵に回しても、私を愛して欲しい・・・。
例え全てを失っても、私を愛して欲しい・・・!
ね、ごめんね。私、こんなにわがままで・・・、でも、おさえ・・・きれなくて。
はりさけ・・・、そうで・・・っ!」
そこまで言い切って、もみじは僕の胸に顔をうずめて、静かに泣いた。
僕はもみじをできるだけ優しく抱いた。背中が少し震えていた。
少し落ち着いたもみじは、言うべき言葉の最後を僕に。
「・・・ね、私の言いたいこと、もうわかったよね・・・?」
漠然と抱いていた想い、多分僕の思い違いじゃなかった。
「・・・もみじが、全てにおいて僕の最優先であること。」
そして。
「わたしが、美秋くんにとって夕美さん以上であること。」
決定的になった。もみじが抱いているのはきっと、嫉妬とかそんなものじゃなくて。
絶対的な憧れ。望んでも決して得られない僕との関係性。得られないとわかっているから、もみじは。
「私が、美秋くんにとって女性の全てでありたい。美秋くんの世界のすべてでありたい。
美秋くん、ねえ、それでも私を受け入れてくれる?」
もみじの想いはすごく突飛なようでいて、でも僕の心のどこかで、あらかじめわかっていたことのように思えた。
けれど、ひとつだけ確かなことがあるとすれば。
僕は、決してもみじのなにごとも、拒めはしないということ。
僕はもみじにキスをする。その行為に僕の全ての想いを込めて。もみじはそれを受け止め、熱を帯びた舌で応えた。
「ね、知ってる?」
契約じみた儀式を終えてすぐ、もみじは頬を染めたまま次の話題へ移る。よく頭が回ると思う。
体を起こして、僕を高いところから見下ろすようにしてから、続けた。
「この国の最初の恋人の話。彼女の方がこう言うの、『私の体には足りないところがある』って。
彼氏の方はなんて言うと思う?」
いきなりそんなこと言われてもわかるはずがない、そんな話知らない。
もみじは僕の腹にまたがる、もみじの液体で冷たくなる。上気した笑みを浮かべ、答えを言う。
「『じゃあ、僕の出すぎた部分で塞ごう』って。ねえー、えっちだねー。でもね、そうやってできたのが、この国なんだって。」
どう反応していいのかわからず、次の言葉を待つ。その間にも、お腹にぬるぬると擦り付けられる。
「だからね、私も美秋くんが愛してくれるだけじゃ足りない、って言った。ね、だから・・・。」
そこまで言って、珍しく歯切れが悪くなる。なんとなくわかった。
「それじゃあ、つまり・・・。」
「や、最後まで言わなくていいから・・・。」
えらく遠回りしたけど、要するにそういうことらしい。いや、もしかしたらその話を
持ってきたことに意味があるのかもしれないけど。
「じゃあ、いくよ?もみじ。」
と、そこまで言ってからこの体勢じゃ僕から働きかけることができないことに気づく。
もみじを見る。目を細め、無言で語りかける。全てを悟った。
「!?」
次の瞬間、僕の先端が熱いものに包まれる。
「ん・・・、く・・・っ!」
かみ殺した声とともにもみじの腰が少しずつ下りてくる。熱を感じる範囲が広くなり、そして、全てが包まれた。
それを味わうのも忘れ、体を起こしてもみじを抱きしめる。
「もみじ!そんな無理を・・・っ!」
「無理、なんか・・・、してないよ・・・?」
明らかに肩で息をしながら、そう言って僕をさえぎる。
「それに、美秋くんにまかせたら・・・、私を気遣って、途中でやめちゃうもの。」
ほんの少し僕を非難する色を混ぜて、そう続けた。そんなことない、言いかけて、さっき逃げ出しかけた僕を思い出して。
本当に僕を知り尽くしている。勝てないな。悔しいような、嬉しいような。
それでも、僕だってもみじのことは誰よりも理解しているから。
抱きしめる腕に力を込める。
「・・・大丈夫?」
痛い?とは聞かない。
「・・・やっぱり、わかっちゃう?」
腕を緩めて、もみじと見つめあう。涙が浮かんでいた。
「わたしはね、痛くないのにね・・・、でも、体が勝手にいたくて。
やなのに、泣きたくなんてないのに・・・。・・・うっ、うあぁぁ・・・。」
もみじはその体を僕の胸に預け、嗚咽を漏らし始めた。
ごめん、って言おうとして、それはもみじに悪いと思ってやめた。
ただ、もみじが落ち着くように。左手で背中をさすり、右手でもみじの頭をなでた。
黒い髪が、さらさらと流れていった。月の薄明かりだけが、僕らを見守っていた。