夏、まとわりつく空気と、網戸の外の入道雲。  
予想通りの夕立。  
この町特有の雷を伴う雨は、光と音と物質とでこの町を覆う。  
雷雲の薄闇に隠されたこの部屋で、私たちは絡み合う。  
網戸から吹き込む空気が、私たちが発する熱気と混じり合って部屋を混沌とした。  
吹き込んだ雨、熱した素肌に心地よかった。  
水しぶきがはじける音、繋がった場所からもう少し重い音。  
「ん・・・美秋くん・・・」  
美秋くんを見下ろして。  
 
体を重ねて感じる、永遠のような夏の一瞬。  
遠くでは、雷が鳴っていた。  
 
 
 
今年の夏は、暑かった。  
 
「ほんと、仲がいいわね、あの子達」  
先ほど一緒に出かけていった息子と姪っこを思い出し、そんな言葉が出ずにはいられなかった。  
「仲がいいのはいいことじゃない、夕美」  
蝉時雨が家の中まで満たす、そんな「夏」の中で(古い家にクーラーなんてものがあるはずもない)  
楓姉さんは涼しげに微笑んだ。母娘は似るものなのだろうか、もみじちゃんと同じような微笑みだった。  
私、藤野夕美の息子、藤野美秋はつい先日に私の姉、藤野楓の娘藤野もみじと恋仲になった。  
それ自体大いに歓迎することだし、私もうれしいのだが・・・。  
「よすぎるのも問題、っていうことよ、姉さん」  
「やっぱりそうよね・・・」  
眉を寄せてため息をつく。姉さんはどんな表情をしても綺麗だった。・・・ずっと、それが羨ましかった。  
あまりしたくはない話だけどね」  
姉さんの家で私と二人だけ。話をしてしまうのにはいい機会だと思う。姉さんは、こころもち真剣な顔でうなずいた。  
「美秋たちの、まあ、性交渉なわけ。最近はいつも二人で美秋の部屋にいるわね、私が帰ると。  
それで、まあ、二人の様子、特に美秋だけども、見てればなにをしていたかくらいはわかる」  
覚悟はしたと言え、姉さん相手にこんな話をするのも気が引ける。顔が熱い。  
「・・・まあ、それだけならまだいいのよ、私も似たようなものだったしね。  
で、もみじちゃんが帰ったあとに美秋に聞くのよ。・・・なあ、その、避妊はしたかって。  
我が息子ながら素直に育ってくれたわ、すぐにわかった、してないって」  
ここで一息つく。やはり、もみじちゃんを責めるようなことを言うのは気が引けた。  
「・・・原因はきっともみじね。美秋くんなら夕美に言われたこときかないことないからね。  
そして、それすら破るようなお願いは、もみじしかできないもの」  
 
姉さんから言ってくれて助けられた。  
しかし、それはなんの解決にもならなかった。  
私の中で否定しながらも、ある意味予想通りだった。  
 
美秋たちが避妊しないのは、もみじちゃんの意思だということ。  
 
美秋が避妊をしてないというのは、実はさしたる問題ではなかった。  
なにより問題だったのは、美秋が私の希望よりももみじちゃんの希望を優先したこと。  
そして、それはなにより衝撃的なことだった。  
美秋が避妊するということは、私の犯した冒涜によって、ほぼ確実なことのはずだった。  
それをすら破ったということは、私が、完全に、美秋にとってもみじちゃんの次になってしまったということだった。  
「・・・夕美」  
姉さんが、心配そうに私を見ていた。姉さんは昔からこうだった。いつも私に優しかった。  
それが嬉しく、悔しかった。  
「もう、いいじゃない。ね、夕美は本当によくやったんだから、もう、いいじゃない」  
私が、美秋に向けた感情は、母親の愛情なんてものではなかった。  
だったら、父親の、あの人のことを伝えないなんてことができるはずがなかった。  
あの人、義明を亡くした私の、生の慰めとして美秋を見ていたに過ぎなかった。  
 
「本当に・・・私は、あの子の親である資格なんて、無いよ・・・!」  
自嘲的な笑みすら出なかった。嗚咽が混じった。本当に私は情けない。  
「そんなことないよ。あなたは立派に美秋くんを育てた。そろそろ巣立つころだったのよ、美秋くんも、夕美もね。それに・・・」  
もみじの倒錯的な愛情も、私にも責任があるしね。姉さんは、そう言った。  
「もみじが本当に妊娠なんてことになったらどうしようもないから・・・」  
姉さんでは、もみじちゃんを止めることはできなかったらしい。  
「夕美が、もみじを説得するしかないわね。あの子の一番のライバルはあなただったんだから」  
二人、苦笑した。  
「でも、私はふられちゃったから、息子に」  
だから。  
「最後に、お願いだけしなきゃね。・・・それも、本気で」  
「夕美、それじゃあ・・・」  
私の犯した罪。美秋に、彼の父親に関して真実を教えなかったこと。  
もしかしたら、美秋に罵られるかもしれない。  
今までの関係を壊してしまうかもしれない。  
それでも、美秋の母親として、せめてこれだけはしなければならない。  
「本当のこと、二人に話すよ。私と、義明のこと」  
美秋の父は都会のつまらない男などでは無い。  
私が愛したもうひとりのよしあき、義明は、彼が死ぬまで十数年、ともに連れ添った仲であった。  
私は決心をした。私と美秋が、全てのしがらみを解き、本当の親子になるための。  
 
そして、もみじちゃんに、認めてもらうための。  
 

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