春、というにはまだ肌寒く、ようやく桜のつぼみがふくらみはじめたころのこと。
二人の男女は中学校を卒業した。
「何が卒業かね、特に面白いものでも無いのにさ・・・。」
男はゲームのコントローラーを操り、雲霞のごとく押し寄せる敵をなぎ倒しながら呟く。
卒業式が終わったそのままの服で、なんの感慨も無さそうな彼の名前は藤野美秋(ふじのよしあき)
「ほんと、じょうちょ、ってものがわかってないよね秋ちゃんは」
これもまた、セーラー服のまま美秋の傍らで呆れながら抗議する彼女の名前は藤野もみじ。
苗字が同じなのは彼らがいとこ同士のためである。
「何が情緒だよ・・・。ったく、こんな田舎の中学だから市内で一番学力が低いんだよ。だから入試に不利になる。
ま、それでも城高に入れたのはこの俺が優秀だからだけどな。」
城高(しろたか)というのは彼らの住む城都市(きとし)一番の進学校である。当然、レベルは高いのだが、彼の中
学が田舎にある所為で城高に合格するのは難しいとされていた。つまり、彼は苦労して進学したわけである。
しかし、彼が不機嫌なのはそういった理由だけではない。
「何が悲しくて男子校に行かなきゃならないんだよ・・・。」
彼の住む地方はまだ男子高、女子高という区別が存在した。そのため彼は大いに迷ったのだった。
(何でもみじと一緒に高校に行けないんだよ・・・)
情けない、と言おうか思春期と言おうか、彼はそんな事を進学の基準にしていた。無論、どんなに難しい高校で
あっても、美秋はもみじの進学する高校に行くつもりであった。
「まあまあ♪別にいいじゃない、秋ちゃんじゃ共学いったってどーせもてないんだしさ!」
しれっと言うもみじではあったが、本気でそう思っていたわけではない。実際のところ美秋は女子に人気があった。
弓道部部長で、県大会優勝もした腕である。なおかつ、彼はやせがたで凛々しい印象の好男子であった。が、彼
に恋人が居ないのはもみじのせいであった。彼らの母親同士が仲の良い姉妹だったため小さい頃から一緒であ
った二人は、中学内でも常に一緒だった。なにせ3年間同じクラスで3年間ずっと二人で学級委員を勤め上げた
ほどである。その姿があまりに自然なために同級生もからかう気がおきないほどであった。
つまり、誰もが二人を恋人同士と思っていた、ということだ。
実際にはそうでなかった。だが、そんな男を取ろうとする女子はいなかった。逆もまたしかりである。
そうして中学校の3年が過ぎ・・・今に至る。
「じゃあさ、お前の行く城女と交換しない?なーんて・・・」
「だめだめだめ!!!ぜーーーったいダメ!!!!だめだからねっ、そんな、秋ちゃんがそんな、女ばっかのとこ
なんか、何かおきないわけがないんだから、絶対ね、私がね・・・・」
「わかってるわかってるわかってます冗談です冗談、ね、ね、もみじ、ね、だからね・・・」
城女(しろじょ)というのはやはり市内一の進学校なわけで、その名のとおり女子高である。すぐに冗談だとわかるのに
ムキになるもみじのほうには相当の問題があるわけで、美秋のことになると我を忘れるのである。いささかやりすぎの
感があるのだが、こうして美秋を押し倒すもみじの身体が女の子らしくやわらかいこと、そして美秋によるともみじの必
死な顔がかわいい、とのことでやはり、美秋はもみじに夢中なのだった。
「だから、何よぉ・・・?」
まだ落ち着かないもみじに美秋は告げる。
「その、学校はちがくなるけど、でも、やっぱり、俺、もみじと一緒にいたいと思うから・・・えと、高校行ってからも、一緒に
勉強したり、しよう?」
第三者から見れば、告白におもえるようなこんな言葉も、絆が深い分、二人にはそこまで思い意味をもてなくなる。しか
し、男のほうにこれ以上求められるような度量もなく、女のほうも、この言葉からそのままの意味を抽出するのが限界で
あった。・・・二人とも、幼かった。
「うん、そうだね・・・秋ちゃん・・・。」
美秋に覆い被さったまま、笑みを浮かべ、もみじが呟く。
((このまま時が止まればいい・・・))
二人が二人ともそう思い、見つめあい、しかし、時間は過ぎてゆく。そして、そんな時間は唐突に終わる。
「二人とも、いつまでやっとるかねぇ・・・」
開けっ放しの部屋の入り口から、母親達にずっと見られたのに気付いても、もはや手遅れだった。
これは、そんな幼なじみたちの物語・・・。