攻防戦から一夜明けた10日目。
女学園内は喧騒な雰囲気に包まれていた。
昨日の化け物たちが大挙して攻めてきたことは、学園の人間にこの世界の恐ろしさを教えた。
しかし同時に攻防戦の末これを撃退したことは生徒たちに自信と高揚感を与えたのだった。
さらにその功労者の内二人、黛皐月とエリザベス・アンダーソンは昨日より日本刀とレイピアをそれぞれ帯刀して歩いている。
その姿は目立った上に生徒たちからは憧れの目で見られ、武器になる物を持って校内を歩く生徒の数はますます増えていった。
そんな中、寮の冴島静香の自室では静香が唐沢美樹と向かい合っていた。
美樹は昨日の校長室において田沼沙紀奈の提案で皐月たちが刀を持つ事になったことや武器を持つ生徒が増えている事、校内に漂う高揚感などを説明した上で自分のプランについて語った。
美樹が語り終えるまで黙って聞いていた静香が口を開いた。
「つまり武器を持っている生徒たちを統率する組織を作る必要があるというのね」
「はい、昨日の戦いに参加する時に初めて武器を手に取った生徒は今日になっても武器を持ち続けていますし、自主的な見回りをする生徒も増えています」
美樹は自分で見たり、または石橋知世から聞いた校内の情報を話した。
「ですがみんな自分の判断でバラバラに行動しているわけです。これではメイや唯たちがやっていた自主的見まわりの人数が増えただけともいえる訳です」
「けっこう手厳しいじゃん。そういう生徒が増えた事は頼もしいと思えるけど」
「はい、もちろんです。生徒が先生方に任せていれば良いと思っていた頃に比べたらはるかに良い傾向だと思います。・・・・私も一昨日までならそれだけで喜んだでしょう・・・しかし」
これでまた化け物が大挙して襲って来たらどうなるか、昨日の静香の号令のような物が無いと襲われたら総崩れになるのではないかと美樹は説いた。
「そうならないためにも、それらの生徒を統率する組織が必要と思います」
「そして私もそれに一枚噛めというのね?」
「はい。本来なら言いだしっぺの私がやらなければならない事だと思います。しかしこれには運動会系の各クラブの、ひいては3年生の前部長の協力が必要なのです。そして先輩方に呼びかける役目は私よりも静香先輩の方がはるかに適任なのです」
美樹も顔はひろい生徒ではあるが、2年生が3人しかいない天文部員である彼女と前剣道部主将にして人望もある3年の静香ではどちらが運動系クラブに影響があるかは言うまでもないだろう。
しかも昨日の攻防戦で指揮を取った事もあり彼女の名声は高まる一方であった。
美樹は続けた。
「それにもう一つ、私には不安があるのです」
「ほう?」
「これだけ武器を持った生徒が増えた中で喧嘩が起こったらどうなるでしょう?いままでどおりで済むでしょうか?」
「・・・・なるほど。今までならビンタの応酬くらいのが、下手をしたら木刀とバットの殴りあいになるかもしれないわけか」
「はい、ですからそれを防ぐためにも組織化が必要だと思います」
「う〜ん。それで美樹、貴女も組織に参加するのね」
「もちろんです!先輩は私を好きな様に使ってください」
静香は考えこんだ。
自分が呼びかけてその組織ができたとしたら、そのリーダーには自分がなることになるだろう。
他に「是非自分がやる」と言う生徒が出れば別だが、そうでなければ呼びかけておいて自分は知らないとかクジで決めるなどそんな無責任な事は静香にはできなかった。
静香はそうなった時、自分にかかる事になる責任の重さをヒシヒシと感じでいた。
フトその時彼女の脳裏に一人のクラスメートの顔が浮かんだ。
久米山恵子、コイの面倒をよくみていて親思いの優しい少女。
静香と恵子は性格もかなり違うが気の合った友人であった。
そんな恵子が怪物にさらわれて保健室に担ぎこまれたと静香が知ったのは4日目の昼過ぎだった。
保健室に駆けつけた静香をベッドに上体を起して迎えてくれた恵子がかなり精神的に傷を負っていることはすぐに分かった。
やがて恵子はポツポツと自分に起こった出来事を話し、やがてしゃくりあげ始めた。
静香はそんな彼女を優しく抱きしめ、胸の中で泣かせてやる事しか出来なかった。
そしてその一方で化け物たちに対する静かなそして激しい怒りがこみ上げてきたのだった。
そして昨日、みんなに号令をかけ攻防戦に臨んだのもそういった感情があったからである。
もっとも静香自身は(あの時、最初にメイが突っ込まなかったら私ははたして戦いに行けたのかな?)と今でも思っているのであるが。
やがて静香は口を開いた。
「・・やってみよう・・・・私の出来る限りの事をやってみよう!」
「静香先輩、ありがとう!」
「じゃあ、さっそく運動会系の前部長らに声をかけてみよう。あっ現部長も来てもらった方が良いよね?」
「それに自治会長にも来てもらってはどうでしょう?校内の新組織を作る事ですし自治会の協力もいると思います・・・・幸い彼女とは顔見知りですし」
「じゃあ、そっちを呼ぶのはあなたに任せるよ」
一時間後、静香のクラスである3年D組の教室に運動会系クラブの前部長と現部長及びこの秋に就任したばかりの2年の自治会長らが集まった。
教室を選んだのは会議室よりもそちらの方が集まった者がよりリラックスできるのではという静香の配慮からであった。
集まった生徒の中にはこの場に天文部の美樹がいる事をいぶかしんだ者もいたが、静香がこの会議を手伝ってもらうために居てもらっていると説明したので一応納得した。
静香は再び化け物たちが攻めてきた時のことや武器を持った生徒達の間でトラブルが起こった時の危険性を訴え、武装した生徒達の自主的な見まわりや見張りを統括しそれを運営する組織の必要性を説いた。
その横では書記の役目を担った美樹がその要点を黒板に記していった。
いろんな意見が出て議論が交わされたが、その生徒による自警団のような組織を作ることについては皆が賛成した。
集まった中にはその自主的な見回りをしていた生徒も多く居り、彼女達も自分達それぞれの判断よりもあらかじめ決められた計画に沿って行動する事の方の便利さと心強さを感じたのだった。
そしてその組織のリーダーには当人の予想したとおり静香が全会一致で選ばれた。
さらに3年の前部長らが幹部に、2年の現部長がそれぞれその補佐にまわる事や保安部員は一グループ最低3名の班で行動する事、班は「原則」として同じ部の人間で構成される事等が決められた。
するとその時、一人の生徒が「一つお尋ねしたい事があるのですが」と挙手した。
自治会長である2年の扇町桜子(おおぎまち さくらこ)であった。
「武器を持った運動会系部員の監督はその部の前部長らがあたるとして、文科系の部員や帰宅部の生徒で武器を持っている人もいますが、そちらはどうするのです?」
その質問も予想していた静香は、まず組織を作った上でそのあと・・・つまりその組織として文系クラブの部長や、または当の生徒と交渉すると答えた。
「そこで皆に提案があるの。知っている人も多いと思うけど、この唐沢美樹さんは私達運動会系だけでなく多くの文系部員達とも顔見知りだし情報通でもあるの。そして私はその彼女を幹部として迎えたいと思う」
これには美樹当人が驚いた。
もちろん彼女も静香を担ぎ出したからにはその手足となって働く気でいたのだが、3年の前部長達と同格の幹部という大役がまわってくるとは予想外だったのだ。
「賛成!それ良いんじゃない」
空手部前主将の大野房子が賛成すると、3年だけでなく2年からも次々と賛成の声が上がった。
彼女達は美樹が自分達組織の中枢と文科系の生徒たちとのパイプ役となるのを期待したのだった。
「・・・わかりました。ご期待にこたえられる様頑張ります」
と美樹はキッパリと答えた。
これにより美樹は幹部間の情報の交換や組織の今後の活動の内容を決めたりする「定例幹部会議」にも出席できる事となったのである。
そして組織の名も「保安部」と決まった。
これは自警団よりも「部」という名前で部活をやるとイメージがある方が良いという自治会長・桜子の意見であった。
彼女はそういう気の配りが出来る少女である。
その後、静香と美樹はその会議の決定を持って学校に組織結成許可を申請するために校長室に行きそこで保安部の必要性を熱心に説明した。
それを受けた校長は職員会議を召集し、結果として化学教師・楯翔子らの賛成により保安部は許可される事となった。
教師達の中でも実際に攻防戦に参加して戦った翔子ら一部の教師達の発言力が強くなっている様である。
異世界移動後10日目。
海の花女学園に生徒たちによる新たな組織「保安部」が誕生した。
そしてそれは冴島静香の保安部部長としての出発の日でもあった。