青山龍介(あおやまりゅうすけ)と村中真純(むらなかますみ)は某県某市にある某学  
校のクラスメート。とは言っても同じクラスになってから半年間、言葉も交わした事も無  
くお互いに存在を意識すらしていないと言う関係。この二人がこれからお互いに恋する  
ようになるのだが…とりあえず話を進める前にこの二人の特徴を皆様にお教えしよう。  
 
 まずは青山隆介。この男の特徴は目が良いだとか肌の色がやや黒いなどあるが、特に一  
つ特徴を挙げるとすればズバリ『小さい』。小さいという言葉からは色々な事が想像できるが、  
この男の小さいというのは俗に言う『チビ』。つまり背が低いのである。生まれてから背の順で  
並ぶのは必ず最前列。「前へならえ」の号令も両手を腰に当てる動作しかした事の無い男で  
ある。成績、運動は共に中間。友人は多くも無く、少なくも無い。チビであるという事以外に市  
民権が無いと言っても過言ではない。ただ性格は極めて明瞭で自分の背の低さについては  
「まあ、親の遺伝子は操作できないし。背の低い両親からは背の低い子供しか生まれないっ  
て事さ。」ととっくの昔に諦めている事をネタにする始末。お陰で彼を悪く言う者は皆無に等し  
かった。要するに人畜無害な男という事で理解して頂きたい。  
 
 次に村中真純。この女の特徴は目が少し悪くメガネをかけているだとか肌が白いなどが  
あるが特に一つ特徴を挙げるとすれば青山隆介とは逆で『大きい』。大きいという言葉から  
も色々な事が想像できるが、この女の大きいというのは俗に言う『ノッポ』。つまり背が高い  
のである。生まれてから背の順で並ぶのは必ず最後尾。「前へならえ」の号令も伸ばした  
両手の先で一つ前の女子の肩を突付くという悪戯しかした事の無い女である。成績は下の  
上、運動は上の下で平均で中間。友人は比較的多い。ノッポである事以外にも市民権があ  
ると言っても過言ではない。性格はその背に反してやや控え目で、自分の背の高さについ  
ては「文句があるならうちの親に言って…もう少し小さく生まれたかったのよ。」とうんざりと  
溜息をつく始末。彼女も多少デコボコであったがそのバランスの良さから悪く言う者は皆無  
に等しかった。こちらも人畜無害な女という事で理解して頂きたい。  
 
 以上、この話はこの二人を軸にその他何人かの登場人物で進めていく。  
その他「おい!」  
 
 
 長かった夏休みも終わった9月。始業式の後のホームルームでこのクラスの担任である  
仲山翔子(なかやましょうこ)がこう切り出した。  
「さて、新しい学期も始まった事ですし、席替えでもしましょうか。」  
『え〜〜やだ〜〜」  
『やった〜〜早くやれやれ〜』  
 翔子の提案に口々に勝手に感想を言う生徒達。とはいえ、どういう反応があろうと席替え  
が実行されるのは間違い無い事はほぼ全員が理解していた。  
 
「おい、龍介。席替えだってよ。」  
「あ〜聞こえてる。」  
 と龍介は自分に話を振ってくる友人の守口浩太(もりぐちこうた)の嬉しそうな声を面  
倒臭そうに返した。龍介にとって今回の席替えは避けたかった事態であった。前回の  
席替えの際、この教室の中で最も日が当たらないという夏を過ごすには最高の席にあ  
りつけたのだ。夏休み明けの9月はまだ残暑が厳しい為、龍介はテコでもこの席を動き  
たくなかったのだ。  
「次の席替えの11月になったら譲ってやるから替わりたくねぇな〜」  
「アホゥ、その時には誰もそこに行きたがらないだろうが。」  
と、約2ヶ月おきに行なわれる席替えについて龍介と浩太は周りとは関係無く軽い言葉  
のやり取りをした。  
 
「こら、青山くんと守口くん!よそ見しないの!」  
『あ〜い。』  
 翔子の注意に右手をダラ〜ンと垂らした状態のまま挙げ、二人は答えた。  
「それじゃあ、早速くじ引きしましょうか。右の列の人から順番に前に出てくじを引き  
なさい。」  
 翔子は何時の間にか黒板に書いた6×7のマス目に1から42までの番号を書い  
ており(ただ単に龍介と浩太が見てなかっただけ)、教卓の上には紙箱でできた抽  
選箱を置いて生徒達に指示した。ガタガタガタ…と右の列の生徒達が思い思いに  
立ち上がり前にある抽選箱に次々と手を差し入れていた。ちなみに前回42番のくじ  
を引いた龍介は一番左の列の一番後ろの席に座っている為、自動的に一番最後に  
くじを引く運命にあった。龍介は動き始めた教室の中でぼんやりと自分の番が来る  
のを待っていた。しかし、  
「今度は19番のくじを引けよ、龍介。」  
「うっせ、お前が19番を引け。」  
 
と、またも二人は教室の動乱に乗じて喋り始めた。19番のくじ、それは中央の列の一番前。  
すなわち教卓の真ん前という「死の19番席」とクラスから恐れられているという誰も引きたが  
らない番号であった。  
「誰か19番引かねぇかな〜」  
と、龍介は他人の不幸を心から待ち望んでいた。もっとも全員がそう思っているので誰も龍  
介を非難する者はいない。ちなみに19番を引いた者は男女関係無く、頭を抱えるという反応  
を示すはずだからすぐに分かるのである。しかし今の所5列目が引き始めた段階でその反  
応をした者がいない。すなわちまだ死の19番は抽選箱の中に入っているのである。前回の  
19番の前畑香(まえはたかおり)は既に笑顔で他の女友達と騒いでいるから別の番号を引  
いたのは間違い無い。というか連続で19番を引くのは今後の人生に支障を与えかねない。  
一人、二人と次々とくじを引き龍介達の番が迫ってきていた。  
「おいおい、本当に誰も19番引いてないのかよ。」  
 
 龍介は胸に一抹の不安を抱えつつ呟いた。  
「多分、お前が19番を引く運命なんだ。諦めろ、龍介。」  
「うっせ、残り物には福があるというだろ、大丈夫だよ。」  
 徐々に余裕が無くなってきたのか浩太の言葉にも龍介はつい真面目に返してしまう。  
 そして最後に一番左の列の番に入った。まだ19番を引いた者がいない様子でまだ引いて  
いない龍介達を含む6人はやや顔を青ざめながら抽選箱へ向かう。既にくじを引き終わっ  
た36人も残り6人の動向に注目し始めた。残り6人、くじを引く…笑顔。残り5人、くじを引く…  
ガッツポーズ。残り4人、くじを引く…パ〜ンと両手を叩く。残り3人、くじを引く…龍介と浩太  
の方へ振り返りニヤ〜。ピシッ。龍介と浩太の顔が凍った。  
 
「さぁ、龍介と浩太のどっちかだ〜!!」  
「りゅう〜すけ!!りゅう〜すけ!!」  
「こうた!!こうた!!」  
 一気呵成に盛り上がる40人のクラスメート達。その歓喜の冷やかしは龍介と浩太には悪  
魔の合唱にしか聞こえなかった。  
「さてと、私の前でしっかりとお話を聞いてくれるのはどっちかな〜?」  
 心なしか翔子の声も弾んでいる。  
「りゅう〜すけ!!りゅう〜すけ!!」  
「こうた!!こうた!!」  
 更にテンションが上がる教室。下がる二人。  
「それじゃあ、両方同時にくじオープンでいきましょう!!」  
『イエ〜!!』  
 翔子の提案に大合唱で賛成する面々。  
 
「おい、浩太。さっさと引け。もうあとには引けん。」  
「こんな時につまらん事言うな。まあ、引くけど。」  
 龍介が浩太を小突きながらその背中を押す。浩太は渋々と抽選箱に右手を手を入れる。  
「こうた!!こうた!!」  
 浩太コールに押されながら浩太はくじを1枚掴み、右手を引いた。そしてくじを見る事無く  
観念したかの様に教卓の横に立つ。これで抽選箱にはあと1枚。生か死か。龍介の運命は  
既に決まっている。龍介は浩太と同じ様に右手を抽選箱の中に突っ込む。  
「りゅう〜すけ!!りゅう〜すけ!!」  
 龍介コールの中、龍介は抽選箱をまさぐる。そして隅の方で41人に引かれず小さく丸まっ  
ていたくじが龍介によって取り出された。龍介は浩太の横に並ぶ。  
「さぁ、みんな〜5からカウントダウン開始!!」  
 翔子の指示に全員がカウントダウンを開始する。  
「5・4・3・2・1…0!!」  
 全員のカウントダウンと共に両者共に手の中にあるくじを開いた!!固唾を呑む面々!!  
その数秒後!!  
 
「だ〜〜〜!!」  
 頭を抱え崩れ落ちたのは…浩太の方だった。  
『浩太が引いたぞ〜!!』  
『逝ってらっしゃ〜い!!』  
 浩太の反応を見てすぐに冷やかしを開始するクラスメート達。所詮他人事である。さぞ  
や龍介も喜んでいるかと思いきや、龍介もまた顔が青ざめている。その理由は…  
「なんで42から1なんだ〜!!暑いやんけ!!」  
 そう、龍介と浩太に残されていたのは死の19番とその次に避けられている呪いの1番で  
あったのだ。1番は日差しがまともに入ってくる最も暑い席なのである。つまりどのみち二  
人に残されていたのは最悪の番号であったのには変わりなかったのだ。それでもやや龍  
介の優勢勝ちではあったが。  
 
「はい、じゃあ皆、席を移動して〜」  
 ガラガラガラ…  
 翔子の号令で全員が机と椅子を持って引越し先へと向かい始めた。一人だけ全く動かな  
い者もいた。そんなクラスメートに龍介と浩太はちょっとだけ嫉妬した。  
「じゃあな、龍介。生きていたらまた会おうぜ。」  
「おう、お互いに無事にこの戦場を生き残ろうぜ。」  
 龍介と浩太は既に諦めの境地。戦場に赴く兵士が交わす言葉を吐きながらお互いの健闘  
を祈っていた。龍介は対角線の席に移動となったから最も移動距離が長い。他の生徒達も  
机を持っていたから大回りをしながら最も燃える場所へと向かっていった。  
「よっと、到着…あっつ!!」  
 1番席に机を置いて開口一番、龍介はその暑さに閉口した。先程までいた42番席とは全く  
逆であった。とりあえず、  
「浩太は…っと。」  
 戦友を見ると、翔子と三つ指をついて挨拶を交わしていた。これから彼の激戦が始まるのだ。  
『頑張れよ…』  
 心から龍介は戦友へ届かぬエールを念じた。  
 
 
「えっと、青山くん…?」  
「何!」  
「ひっ!」  
周りの状況を見ていた龍介は背後から自分を呼び掛ける声に即座に梟かの如く首を後ろ  
へ向いて反応した。その素早さに声を掛けた女性との身体が一瞬後ろへ引いた。  
「あ、ああ、村中か。驚かせてすまんかった。」  
 龍介の視線の先には眼鏡のレンズの奥の目を丸くした女生徒がいた。どうやら相当に女  
生徒の許容範囲を超えた反応を見せてしまったらしい。龍介はそんな反応を見せた女生  
徒…村中真純に素直に謝った。ちなみに龍介は真純のことは名前とクラスメートであると  
いう事くらいしか知らない。もっとも真純にとっての龍介もその程度の知識しか無いのだが。  
おそらく意識して話をしたのは同じクラスになって初めてではないだろうか。  
「あ、私が勝手に驚いただけ。ごめんね。」  
 何故か謝罪に謝罪を重ねた真純。  
「何か用?」  
 既に調子を取り戻した龍介は真純の謝罪を軽く受け流すと、すぐに真純が自分を呼んだ  
用件について聞いた。  
「あ、いえ、大した事無いんだけどお隣同士だから…よろしく…」  
 語尾が段々と小さくなっていったのは気になったが、律儀に言ってくれた事に対して龍介  
は心の中で本人にも表現できない漠然とした安堵感が生まれた。改めて見てみると確か  
に隣人は真純だけなのだ。仲良くしておかなければなるまい。そう思い、  
「ああ…よろしく。」  
と、満面の笑みで龍介は声を掛けるのだった。  
 
 学期明けの行事が全て終了した次の日、学校はもう通常の生活へと戻っていった。  
「はい、新学期最初の授業を行ないます。」  
 教卓には担任である翔子が引き続き居座っていた。何故なら今日の1時間目の授業は翔  
子が担当している数学であったからだ。朝礼に来た時には既に教材を教室に持ち込んでい  
たので1時間目開始を告げるチャイムと同時にロスタイムも無く授業は始まった。  
「あ…教科書忘れた…」  
 龍介は自分の鞄の中に数学の教科書を入れ忘れていた事に授業が始まってから気付い  
た。普段であれば宿題などの事情が無い限り龍介は教科書を学校に置きっぱなしにしてい  
るのだが、夏休みを挟むので全ての教科の教材を家に持ち帰っていたため新学期明けに  
持ってこなくてはならなかった。今日行なわれる授業の教材を全て持ってきていたつもりだっ  
たが、普段よりも多い教材の数にチェックが行き届かなかったのだ。しかもよりによって1時  
間目の、担任が担当している数学の教科書だけ忘れてしまったのだから運が悪いとしか言  
いようが無い。  
『ちっ、昨日から運がねぇな…』  
 龍介は心の中で愚痴りながら、  
「先生、教科書忘れました。」  
と、素直に申告した。どうせ隠していてもすぐにバレるのだから、傷口を広げない為の自衛  
手段として用いただけだった。  
「…仕方無いわね。隣の人に見せてもらいなさい。」  
 そんな龍介の魂胆をとっくに知っていた翔子は本当に仕方が無いといった表情で龍介に  
告げた。  
「はいはい。」  
「返事は一回でよろしい。」  
 翔子の注意を華麗にスルーした龍介は隣の席に座っている女子に声を掛けた。  
 
「なぁ、すまんけど教科書見せてくれる?」  
本来なら男に頼むのだが、一番右の席に座っている龍介にとって隣の席に座っているの  
が女子なのでどうしようもない。  
「あ…はい。」  
 龍介に声を掛けられた女生徒、真純は特に抑揚も無い声を発しながら自分の方へ寄っ  
てきた龍介の机に教科書を右半分を置いた。  
「サンキュ。」  
 龍介もまた特に何も思うところ無く感謝の言葉を掛けた。  
 そして授業は何事も無かったかの様に淡々と進められていった。隆介もまた横に置か  
れた教科書をただただ眺めているだけにすぎなかった。しかし、  
「じゃあ、ここはちょっと重要だからチェックしておいて。」  
と、授業の途中、翔子がチョークで黒板を軽く叩きながら言った。それに合わせて全体は  
その指示に従って各自が教科書に印を付け始める。  
 
「あ、青山くん、ちょっと…ごめんね。」  
 龍介の横から真純の声が聞こえた。  
「え?何?」  
 あまりに突如の事だったので龍介は思わず顔を上げて左を見る。そこにはまたも驚いて表情の真純の顔があった。それに龍介も少し驚く。  
「あ…いえ…右のページにマーカー付けたいからちょっと貸して。」  
 要するに翔子の言っている要チェックの場所が龍介の机に掛かっていたのだ。  
「あ〜ごめんごめん。ほら。」  
「ごめんね。」  
 真純は本当に申し訳ないと言った感じで教科書を静かに引き寄せた。そしてすぐに青の  
蛍光ペンで教科書をなぞり始めた。そんな様子を何となく眺める龍介。  
『貸して…ねぇ…』  
 元々教科書は真純の物だから貸してという言葉は間違っている。でも相手を思いやる様  
な言葉でもあり、普段なら笑ってしまう龍介も妙に神妙になる。と、そこで少し目線を上げ  
てみる。すると、一生懸命にマーカーを引いている真純の横顔が見えた。  
『ふ〜ん…村中って…結構…』  
 クラスメートとは言ってもほぼ半年間、言葉も意識して交わした事の無い顔に龍介は少  
しだけ新鮮な気持ちがした。もっとも、それは好感を持つとかのレベルにはほど遠く、少し  
興味を持ったという程度のものだった。その時だった。  
「青山くん…?」  
 龍介が少し気持ちを遠くにやっている間にマーカーを引き終わった真純が教科書を元の  
場所に戻そうとした顔を上げた途端に目の前にいたのがアホっぽい顔をした(あくまで真純  
の見た目で)龍介だったので恐る恐る声を掛けた。そこには龍介のとんでもないリアクショ  
ンが待っていた。  
「わぁ〜!!」  
 龍介にとってみれば突如声を掛けられたものだったから、場所をわきまえずに驚き、思わ  
ず立ち上がってしまった。  
「………。」  
凍る教室と真純。そして怒る翔子。  
「…龍介…そのまま立ってろ。」  
「…あい…」  
 
 

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