朝。俺は携帯電話の着信音で目を覚ました。
「今……何時だ?」
時計に目をやる。午前七時。普段なら、まどろんでいる時間だ。
「誰だよ……こんな時間に……」
まだ半分以上眠った頭でサブディスプレイを覗き込む。
「……果林か」
無視しようか迷う。貴重な睡眠時間を削られたくねぇし。
ぐったりと身を起こして、目をこする。眠い。
……無視しよう。そう心に決めて、俺は布団をかぶりなおした。
それでもなお、携帯は無機質な着信音を鳴らし続ける。
まるで急かしているかのように。ちょっとした騒音だ。
「……しつけぇな」
これじゃあ寝るに寝れない。仕方なく、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
「おはよ。寝てた?」
「寝てた。大学があるわけでもねぇし」
そもそも果林も普段はこんな時間に起きてない筈だ。
「で?なんの用だよ。こんな朝っぱらから」
あくびを噛み殺しながら聞いてみる。どうせ大した用もないんだろうが。
「んー。用って言うか」
用事すらねぇのかよ。
「お前、用もないのに電話してきたのか?貴重な睡眠時間をなんだと思って……」
「まぁほら、早起きは三文の得って言うし」
遮るように果林が口を挟む。完全に果林のペースだ。
「早起きってほどの時間でもねぇだろ」
「細かいことは気にしないの。取り敢えず話くらい聞いてよ」
「話ってのは?」
「うん。あのさ……」
妙に神妙な声。
「私、洋のことが好き」
「…………は?」
「ずっと前から、好きだったよ」
一気に目が覚める。脈が有り得ないほど速い。
「何を……急に」
「急じゃない告白なんてないと思う」
「そりゃそうかも知れねぇけど」
訳が分からない。なんで告白なんだ?この間まで、そんな様子はなかったのに。
「……だから。洋はどうなんだろうって」
「どうって言われてもな……」
なんて答えりゃいいんだよ。「俺も好きだ」とでも答えればいいのか?
そういう問題じゃねぇよな。じゃあどういう問題だ?
くそ、混乱してる。もうなにがなにやら。
「……冗談だろ?」
やっとの思いで口に出した言葉がこれってのも情けない。大丈夫か俺。
「うん」
あっさりと果林が肯定する。ちょっと待て、冗談ってオイ。
「洋、今日は何月何日?」
慌ててカレンダーを見る。四月一日。
まさか。まさかとは思うが。
「エイプリルフール……か?」
「そうだよ?」
「いや、つーか……お前」
「なに?」
「冗談にして良いことと悪いことがあるだろうが」
動揺はおさまった。取り敢えず。代わりに、空しさがこみあげてくる。
「さすがに信用できなくなるぞ。こんな嘘つかれたら」
「ごめんごめん」
けらけらと笑いながら果林が答える。
「頼むからガキっぽい嘘はやめてくれ」
「ん。そうだね」
「本当に分かってんのか?」
「分かってるって」
何で説教をしてるんだ俺は。苛ついてんのか、こんなことで。カッコ悪。
「危うく本気で答えるところだったぞ」
「えぇと。嘘?」
「いや嘘とかじゃなくて」
ガキっぽいと指摘したすぐあとに、同じような真似をするかっての。
「そう……なんだ」
「あぁ」
「じゃあさ、どう答えるつもりだったの」
「さぁな。少なくとも真面目に考えてはいたけどな」
要するにどう答えるか決まってはなかったんだが。
「あんまり長話すると電話代かかるし、切るぞ?」
「あ、うん。じゃね」
「おう」
電話を切って溜め息をつく。
しかし、俺もガキだよな。エイプリルフールのネタに騙されてマジになるなんて。
果林のことをどう思っているのか、か。
情けないことに考えたところで、結論は出ないのは分かってる。
煙草を取り出してくわえ、カーテンを開けて。
朝日を浴びながら俺は煙草に火をつけた。