「ようやく終わった〜。」
今日最後の授業が終了すると同時に俺―川崎達也はたまった疲れに負け机に突っ伏した。
そして瞼を閉じ・・・。
「痛いッ!」
ようとすると何者かに頭をはたかれた。
「あたたたたた・・・、何すんだよ!」
俺は寝込みを襲う不埒物に抗議の声を上げた。
そこにはイヤと言うほど見慣れた少女がいた。
「寝ようとするアンタが悪いんでしょ。」
目の前の少女は背中を覆うほど長い黒髪を揺らしながらこちらをビシリと指さした。
「人を指さすのはやめなさい行儀悪い。」
「仕方ないでしょクセなんだから。」
「まあどうでもいいや。それよりホームルームまでくらい寝かせてくれよ。
僕はもう眠いんだよパトラッシュ・・・。」
「誰がパトラッシュよ。っていうか今日谷本先生が会議だから
ホームルーム無いって聞いてなかった?今日朝のホームルームで言ってたはずだけど。」
「聞いてなかった。その時から既に寝てたし。」
「そんな情けないこと即答しないでよ・・・。まあそう言うわけだから帰るわよ。」
「へーい。」
俺はやる気のない返事を返すと空っぽの鞄をつかんで立ち上がる。
こうして並んで立つと彼女の171センチと女子にしては高い身長が実感できる。
「今日って親父さん達いたっけ?」
「今日も残業。そっちの方も出張から帰ってないでしょ?」
「まあね。そういうわけ何で夕食は任せた。」
「仕方ないわね。他に出来る人いないし。」
そういうと香澄は肩をすくめる。
「悪いな。こういうときは香澄に頼りっぱなしで。」
俺は謝罪と感謝の気持ちを込めて香澄の頭を撫でてやる。
「・・・良いよ別に。私が好きでやってることだし。」
彼女―香澄は幸せそうな顔でそう答えた。
河崎香澄。
彼女は俺とは幼稚園どころか生まれた病院から今現在までずっと一緒な―いわゆる幼馴染みだ。
しかも家も隣同士で部屋は窓伝いに行き来可能で
それを使って毎日俺を起こしに来るという絵に描いたような幼馴染みである。
その上両親もみんな仲が良く昔から「お前ら将来は結婚しろ」だの言われてきた。
それと二人とも名字が“かわさき”な為
周囲からは「かわさき夫妻」とからかいのネタにされていた。
それは何故か香澄とはずっと同じクラスで受ける高校まで一緒なのも原因の一つだが、
流石に十年以上もそんなことをされると慣れた。
そんなわけで俺達は大体二人セットで扱われるのが基本だし、
俺達もそれが当たり前だと思いそのことについて深く追求はしなかった。
「・・・遅い。」
俺は既に料理が並べられた食卓に顎を乗せて不満の声を上げた。
「あんにゃろーまだ帰ってこないのかよー。」
「それくらい我慢しなさいよ。さっちゃんも私も待ってるんだし。」
隣で同じように食卓に着いた肘に顎を乗せた香澄はそういって視線で目の前の小柄な少女を示す。
「私はいくらでも待ちますけど・・・。」
「良い子よねえ、皐月ちゃんは・・・。アンタも少しは見習いなさいよ。」
苦笑する彼女。
彼女―皐月は俺の二つ下の妹だ。香澄の弟が同い年で幼馴染みという縁もあり、
俺達とはしょっちゅう一緒にいたりする。
まあその弟が部活で帰ってくるのが遅いからこうやって腹空かせて待ってるわけだが・・・。
「ンなコトいわれたって、目の前にうまそうな料理があるのに待てなんて・・・。」
その言葉に香澄は顔を赤くする。
ちなみに目の前の料理は全部香澄が作った物だ。
両親が不在の時はこうやって作りに来てくれるのだ。
当然味も良いし栄養バランスも偏ってない。
普段は乱暴なくせにこういうたまに見せる女らしさが可愛い・・・。
「ただいまー。」
考えを中断するようなタイミングで待ち人が帰ってきた。
「遅いわよ良太。帰るのがあまりにも遅いから先に御風呂入らせてもらったわよ。」
彼―良太は同じく香澄の二つ下の弟だ。
バスケ部に所属しており、低い身長にも関わらずレギュラー入りしている。
「ゴメンゴメン。そういや姉ちゃんって皐月と一緒に入った?」
「はい。久しぶりに一緒に入りました。」
その疑問に答えたのは皐月だった。
「香澄お姉ちゃんがすっごくすたいる良くてびっくりしました。」
さりげなく言われたその発言に即座に俺達3人は思わずつばを詰まらせてむせかえった。
「どうしました?」
皐月はむせかえる俺達に邪気のない目を向ける。
「い、いや・・・何でもない・・・。」
いち早く回復した俺は一同を代表して返事を返すと、香澄達がまだ回復していないのを確認する。
よし、今のうちだ!こいつらが回復する前に詳しく聞き出す!
俺には幼馴染みとして香澄の成長を確認せねばならない義務がある!
「で?具体的にはどれくらい?」
「えっと胸が私より十センチ以上・・・。」
「さっちゃーん♪野菜炒めに嫌いなピーマン私の分も入れてあげるねー♪」
「ごめんなさいこれ以上はいえません。」
いつのまにか回復した香澄の思わぬ攻撃に皐月は即座に謝った。
見ると良太もどうにか回復した様だ。
・・・惜しいところで邪魔が入った・・・。
しかし皐月は重大なことを教えてくれた。
まあ確かに皐月はそんなに胸があるようには見えないがそれより十センチ以上デカイとは・・・。
いつの間にそんなに成長したんだコイツ。
まあまだ成長期だろうしこれから将来が楽しみ・・・。
「今なんかヤらしーこと考えなかった?」
「いえ何も。」
こちらを射抜くというか貫くような視線で見る香澄に俺は即座に否定の返事をした。
怖ぇ・・・。本気で殺されるかと思った・・・。
「「「「いただきます。」」」」
俺達は手を合わせてそう言った後、かなり遅い夕食を開始した。
香澄から目をそらしつつ唐揚げを口にする。
うん。やはりうまい。
と、俺に鋭い視線―香澄には及ばないが―を向けている良太が口を開いた。
「巨乳好き。」
「シスコンでその上貧乳フェチよりはマシだと思うぞ。」
「なななな何を言ってるのかな達兄はっ!?」
俺がさらりと言ったその言葉に激しく動揺する良太。
その態度が俺の反撃が図星であることを何よりも証明している。
「だいたい何を根拠に・・・。」
「俺が話に食いついたときからお前の目つきが鋭くなったところと
その後に皐月の胸を見て若干頬がゆるんだところ。」
反論を遮って俺に証拠を突きつけられ、良太の動きがピタリと止まる。
とそこに首をかしげた―状況がいまいち理解できてないらしい―皐月が口を挟む。
「ふぇちってなんですか?」
「はっはっはっ、それはお兄ちゃんの口からはとても言えないなあ。
まあそこの良太君なら教えてくれるんじゃないか?」
その言葉にも俺は慌てず騒がず良太に話を振る。
「良太君は知ってるんですか?」
「あ、えっと・・・その。」
思わぬ質問をされた良太は途端にしどろもどろになる。
フッ、勝った。
俺は勝利宣言を良太にしようと口を開く。
その時、何かがぶつかる音がする。
その衝撃で食卓の上の物が一瞬浮いた。
それと同時に俺達は雑談をやめ、
錆び付いたブリキのおもちゃの様にギギィッと音がした方に首を回す。
そこにはすさまじい闘気を放つ香澄が握りしめた拳を食卓に叩きつけていた。
「食事中は静かに。」
「「「はい。」」」
香澄のその一言で我々は即座に食事を再開した。
香澄も不機嫌な表情はそのままで再び夕食に箸を付け始める。
だが俺は見逃さなかった。
―香澄の頬が少し赤くなっているのを。
昔からそういう話題には免疫がなかったからなコイツ。
・・・後で思いっきり頭撫でて機嫌取っておこう。
そう思いつつ良太の方を見ると皐月の訴えかける様な視線から逃げる様に目をそらしていた。
当然俺も香澄も助けてやるつもりはさらさら無い。
ガンバレ良太!この逆境の中で強く生きてゆくのだ!
心の中で弟分に無責任な激励を送りつつ俺は夕飯の卵焼きの味を噛み締めた。
夕食の後、私は良太と一緒に帰宅し、自室でくつろいでいた。
食器も洗おうと思ったのだが達也に「それくらいは俺がやる」と断られた。
彼のそういう細かい気遣いは昔から変わらない。
「まあそれがアイツの良いところなんだけどね。」
苦笑して誰にともなくつぶやく。
ふと夕食の時の会話を思い出す。
「・・・バカ・・・。」
私は顔を赤くして周囲に誰もいないのに自分の胸を抱きしめる様に隠す。
あのバカいつの間にあんなエッチになっただろう。
まあ少なくとも私を異性として見てくれているというのは分かったが。
そのことに喜んでいる自分に気付く。
「なんでだろ・・・。」
いつ頃からだろう。彼を「幼馴染み」ではなく「男の子」と意識する様になったのは。
このところ彼は体つきもガッシリしてきたし、
いつの間にか背も彼の方が―ほんの2センチ差だが―高くなっていた。
でも多分それよりずっと前に、私は達也を―
って何考えてる私。よりにもよってアイツ相手に。
それ以前に向こうが私のことをどう思ってるか。
長く伸ばした髪に触れてみる。
アイツは気付いているだろうか。
私が髪を伸ばしたのは子供の頃彼が「長い方が良い」と言ったからだということに。
料理だって「出来る方が良い」といったからがんばって出来るようになったのだ。
それにあの時の約束も―
そこで私はさっきから思考が堂々巡りしてることに気付く。
・・・何やってるんだろ私。
「・・・もう寝よう・・・。」
明日には答えは分かるだろうし。
私は考えを中断してノロノロとベッドに向かった。
―あの時のこと覚えてるかなアイツ。
そんなことを思いながら。
時計をにらみつける。
後少しで日付が変わる。
―約束をしたあの日に。
「そろそろ行くか。」
とりあえず俺は意を決して部屋の窓を開け、香澄の部屋の窓をノックする。
「空いてるよー。」
香澄の返事を確認すると俺はその窓を開け彼女の部屋に入る。
そこは何故か照明がついておらず、部屋に差し込む月明かりでようやく見える程度だ。
とりあえず他に人がいないか確認。
誰もいない。
―香澄さえも。
そんな馬鹿な。さっきはたしかにこの部屋から返事が聞こえたのに・・・。
慌てて周囲をもう一度注意深く見るが、やはり誰もいない。
まてよ・・・。
もしやと思った俺はベッドの方を見る。
そこにはベッドの上で爆睡してる香澄がいた。
「・・・達也ぁ、チャック空いてるよ・・・。」
どうやらさっきのは失礼な寝言で返事していたらしい。
・・・人が一大決心して来たっつーのにこの女は・・・。
こんな時間に突然訪問した俺の方が悪いという思考はこの際棚の最上段にあげておく。
辺りをもう一度見回すと布団は既に遠く彼方へ蹴飛ばされている。
どうやら昔からの寝相が悪いところは治ってなかったようだ。
ついでに寝乱れた寝間着の隙間から胸の谷間や形のいい臍、白い下着が目に飛び込んでくる。
・・・ていうかやっぱコイツってスタイル良いよな・・・。
寝間着一枚な為彼女の体のラインが浮き彫りになる。
胸、デカっ!腰、細っ!
俺はいつの間にか「女」になっていたその体を見て思わず生唾を飲み込み・・・、
ってそうじゃねえ!
日付が変わる前になんとしてでもコイツを起こさねばならないんだった!
危ない危ない。危うくこのまま時間を無駄に費やすところだった。
いやある意味凄く有意義な時間だったが。
ともかく当初の目的を思い出した俺は気を取り直して香澄を起こすべく行動を開始した。
まずは・・・。
「起きろー。」頬を叩く。反応なし。
「起きろーい。」頬をつねる。やはり反応なし。
「起きてー。」くすぐってみる。
「・・・っん・・・!・・・っうあぁ・・・!」
なにやらエロい寝言を言い始めた。でも起きない。
「起きろおおおおおおお!!」
耳元で絶叫。
「・・・あと5ふ〜ん・・・。」
きょうび漫画でも聞かんような台詞が返ってくる。
これでも起きない。
むう困った。
昔から一度寝たらなかなか起きなかったがここまで熟睡してるのは久しぶりだ。
・・・よく毎朝俺を起こしに来れるよなコイツ。
それはそうとコイツを起こさないと話は始まらん。
どうにかして起こさねば。
しかし並大抵のことでは起きないことは明白。
俺はどうにか目の前のねぼすけを起こすべく彼女の頬を弄りながら
―感触が気持ち良くて気に入ったのだ―頭をひねらせた。
「・・っん・・・。」
そんなことを考えてると香澄が寝返りを打った。
その時に目をそらしていた胸の谷間をうっかり見てしまう。
・・・まてよ!そういえば・・・!
ふと夕べの会話を思い出す。
こうなったらやむをえん!
―乳を揉もう。
乳を揉む。→慣れない感触に驚いて香澄起きる。→恥ずかしさで完全覚醒。
おお!完璧な流れだ!我ながらスバラシイ理論だ!!
殴られるかもしれんが揉む為の料金と思えば安いことよ!!
・・・いやあくまでコイツを起こす為ですよ?
まあやましい気持ちが全くないわけではありませんが。
誰にともなく言い訳してみる。
というわけでパジャマ越しに大きさを自己出張してるその双丘を鷲掴みにする。
どうやらノーブラらしく割と豊かな質感が手に返って来た。
・・・すっげえ柔らかくて気持ちいい・・・。
思わず顔を埋めたくなるがそれは流石に我慢。
俺の手に収まりきれないほどでかい。その上形も良いみたいだ。
どうやらこの眠り姫様はなかなかいいものをお持ちになられているようだ。
いや服の上だし他の女の見たことも触ったことないからよくは分からんが。
とにかくこのことを教えてくれてありがとう妹よ。
せっかくなのでしばしこの感触を味わってみる。
・・・しかしよく育ったもんだな・・・。
「・・・ううん・・・?」
とかやってると香澄がようやく目を覚ました。
俺と目が合う。
そして彼女は―多分違和感を感じた為だろう―自分の胸の方に視線を向ける。
硬直。
ちなみに俺はまだ胸を揉む手は止めてなかったりする。
「#$%<*+&|^>=@¥ーー!!?」
彼女は状況を理解した途端形容しがたい―というか人語ですらない―
悲鳴を上げながらシュンと効果音がつきそうなスピードで俺から離れた。
チッ。残念。
そんな内心を悟られないように俺はさわやかに挨拶した。
「よっ。おはよう!」
「お、おはよ・・・じゃなくて!なんで私の胸揉んでるの!?」
顔を真っ赤にしながら胸を手で隠しつつ香澄が―至極もっともな―ツッコミを返す。
ていうか怒るよりも先に恥ずかしがるところがまた可愛い。
「あの・・・その・・・夜這い?
ええとどうしてもしたいって言うのならその、出来るだけ優しくしてよ私経験ないし。」
「いや夜這いじゃないから。」
こちらを上目遣いに見ながらとんでもないことを言おうとする彼女の声を遮る。
て言うか夜這い自体はOKかよ。
内心突っ込むが話がこじれるから黙っておく。
「で、こんな時間に何の用?」
胸のことについて俺が謝り倒した後。
ベッドに腰を下ろした香澄は恐ろしい視線で俺を睨んできた。
まあ俺が先ほどたっぷりと頭を撫でてやったせいで
顔のニヤケがまだ引いてないのであの時ほど怖いとは思わないが。
もう既に部屋の明かりはつけられ、香澄と部屋にいる大量のぬいぐるみ
―半分は俺がホワイトデーにプレゼントしたもの―の姿がよく見える。
「まあ、何というか・・・。」
俺は部屋の真ん中で正座しながら意味もなく縮こまった。
そのことを言うべきかどうか今更ながら迷う。
さっき決心したはずなのに・・・。
こんなに優柔不断だったかな俺。
なんだか自分が情けなくなってきた。
でも・・・。
ふとあの時のことを思い出す。
約束、したもんな。
ここで言わなければ俺は一生後悔すると思う。
いい加減腹括ろう。
そう決心した俺はゆっくりと立ち上がる。
「香澄。」
「何?」
もうこうなったらヤケだ。直球勝負。ど真ん中ストレート。
時計を見る。後三秒。二、一・・・。
今だ!
俺は香澄の目を正面から見据えて、言った。
「好きだ。」
「・・・・・・・・・・・え?」
俺の直球すぎる突然の告白に香澄は目を白黒させた。
それにかまわず俺は言葉を続ける。
「十八になったらって約束だろ?」
俺はそういって部屋にある日付表示の時計を視線で示す。
それはすでに日付が変わっているのを教えていた。
―俺の十八歳の誕生日に。
「覚えていてくれたんだ・・・。」
その言葉に俺はうなずく。
俺達がの頃。
「けっこんてどういういみかしってる?」
「んーん。しらなーい。」
「けっこん」という言葉を覚えたばかりだった当時の俺はその知識を自慢したくて仕方がなかった。
「あのね、すきなひとどうしがずーっといっしょになることなんだってー。」
「ほんと!?」
「うん!だからね、かすみちゃんとけっこんしたらぼくたちずっといっしょだよ。」
「じゃあわたしたつくんとけっこんする!」
「でもね、じゅうはっさいにならないとけっこんできないんだって。」
「えー。」
途端に不満の声を上げる香澄。
「じゃあ、じゅうはちになったらけっこんしてくれる?」
俺が言った言葉にすぐに顔をパッと輝かせ、
「うん!じゅうはちになったらね!」
満面の笑みで答える。
「わかった!じゅうはちになったらもういっかいけっこんしてっていうね!」
「うん!」
そう言って俺達は笑い合うと指切りをする。
そんな子供の頃の他人から見れば他愛もない
―けれど、俺達にとっては大切な約束。
「約束、守ってくれたね・・・。」
香澄の目から大粒の涙が流れる。
「ずっと・・・、待ってたんだよ・・・!」
香澄は涙をボロボロと流しながら俺に抱きついてくる。
泣きながらすがりつく香澄も悪くないな。うん。
そう思いながら香澄の涙をぬぐってやる。
ふと彼女と目が合う。
俺達はこれまでにないくらい顔を近づけていた。
顔に香澄の吐息がかかる。
やがて俺達はどちらともなく瞳を閉じる。
そして唇を―
「姉ちゃーん?」
突然良太が部屋のドアをノックしてきた。
慌てて音もなく離れる俺達。
「なななななななななななな何の用!?」
「・・・さっき姉ちゃんの部屋の方から凄い音がしたんだけど・・・。」
「気のせいよ気のせい!」
「・・・そう?」
「そうなの!」
「・・・分かった・・・。」
いまいち納得がいかなかった様だがそれ以上は何も言わずに良太は退散した。
再び向き直る俺達。
だが先ほど良太のせいで二人とも素に戻ってしまい、
とてもじゃないがさっきの続きなど出来る空気ではなくなっていた。
「・・・じゃ、おやすみ・・・。」
「・・・うん・・・。」
名残惜しいが俺は香澄の部屋の窓を開け自分の部屋に戻り―
「達也!」
「ん?」
呼びかけに反応し、俺が窓から顔を出すと香澄も部屋の窓から身を乗り出し
いきなり俺の頬に手を添えて目を閉じ、
―唇を重ねてきた。
「――――!?」
突然のキスに俺は面食ってしまう。
それはただ唇を重ねるだけのキスなのに、何故かその時間がとても長く感じた。
唇を離した香澄の顔は今までで一番赤く染まっていた。
「ほ、本日は・・・、どうもありがとうございました!」
彼女はお辞儀をすると勢いよく窓を閉めた。
俺は・・・、それをただ呆然と見ているしかできなかった。
朝の雰囲気によく似合う小さな小鳥の囀りが耳に入ってくる。
いつもなら爽やかな目覚めに気分がよくなるところだが
あいにく寝不足でご機嫌斜めな俺にとっては騒音にしか聞こえない。
・・・ていうか全然寝れなかった・・・。
ふと唇に手をあててみる。
そこにはあの窓越しのキスの感触がまだ残っていた。
・・・気持ちよかったなあ。あのときのキス・・・。
いやおちけつもといおちつけ俺。相手は香澄だぞ。
ずっと顔付き合わせているのに何を今更。
ずっと・・・。
――ずっと・・・、待ってたんだよ・・・。――
昨日の香澄の言葉をつい思い出してしまう。
いかん。ダメだ。どうしても顔が・・・。
こんな調子でこれから先大丈夫なのか俺。
途端に不安になってきた。
「達也。」
「うおっ!?」
不意に窓の方から香澄の声が聞こえる。
「寝てた?」
混乱しながらも俺は返事を返す。
「いやもう起きてるけど!準備まだだからもうちょっと待って!」
「じゃあ先に玄関で待ってるね・・・。」
それだけ言うと、香澄の気配が遠ざかっていった。
・・・。
まああれこれ考えていても仕方ない。なるようになる。ケセラセラ。
俺はそう思い直すとパジャマを脱ぎ捨て制服に着替え始めた。
「あ・・・。」
登校の準備を終え玄関のドアを開けるとそこには制服姿の香澄がいた。
「お、おはよう・・・。」
「うん、おはよう・・・。」
二人とも最低限の挨拶を交わすが、思わず目をそらしてしまう。
そんな状況がしばらく続き、やがてどちらとも無く通学路を歩き始めた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
無言のまま時間と風景だけが通り過ぎていく。
お互いがお互いを意識してうまく声をかけることが出来ない。
そんな状況が続く。
しばらくすると達也が私の手を取ってきた。
「あ・・・。」
私は少し驚く。
が、すぐに彼の手を握り返した。
お互いの手の感触と暖かさが伝わっていく。
思わず俺は手に少し力を入れてしまう。
ふと彼女と目が合うが、照れくさくなってどちらとも無く目をそらす。
でも、つないだ手は決して離さなかった。
まあその後友人連中に会うとき手を離すのをうっかり忘れてからかわれもしたが・・・。
――俺達は今日、幼馴染みから恋人同士になった。――