「創一郎くんに、お願いがあるの」  
青葉の声に、俺の体が止まる。……嫌な予感。  
「あの……ね」  
「……やっぱ、怖くなった、とか」  
先回りして聞いてみる。  
ぶんぶん。青葉が力いっぱい首を振った。  
「そうじゃなくて……あ、あの、ね」  
「うん」  
青葉はつっかえつっかえ話し始める。なぜか目がぎこちなく泳いでいるようにも見えた。  
「こ、これ……」  
そう言って青葉は、ベッドの側にあった小物入れから、派手な紙箱を取り出してみせた。  
「使って、欲しい……んだけど」  
「お、おい、これって……」  
とっさのことで、言葉が出ない。  
「アレか?」  
「う、うん」  
箱が妙にファンシーなのを除けば、これはまさしくコンドームだ。五個入りの。  
「こんなもん、どうしたんだよ」  
「保健体育の授業でもらった……」  
「へ、へえー……」  
そういや、最近はそういう実際的な授業をしてるって話、テレビで見た気もするけど。  
カトリックの女子校が、というのは予想外だった。  
「……あ、あのね、私たち…………まだ子供でしょ」  
「はぁ?」  
話が見えない。でもそんな俺を無視して、青葉は真剣そのものだ。  
「……だ、だからね、その、今、あ、赤ちゃんとか……出来ちゃったら。  
私たちじゃ、育てられないし……赤ちゃんだってかわいそうだし……だ、だから」  
最後に、青葉は顔を真っ赤にしながら「ね?」と首を傾げて見せた。  
そこで俺はようやく青葉の言いたいことを理解する。  
「……青葉がそういうの、ちゃんとしたいなら、もちろんいいぞ」  
青葉が胸を撫で下ろすのを見て、よっぽど不安だったんだな、と思った。  
「……実のところ、俺もさっきまでどうしようか悩んでた。今すぐコンビニまで買いに行こうか、どうしようかって」  
青葉にすまないという気持ちが、おどけた言葉になって出てきた。  
「そうなんだ」  
そんな、乾いた笑いを浮かべる俺に、青葉は真剣な目で応えた。  
顔から笑いを消し去り、青葉をじっと見つめる。  
「……ごめんな、先に俺が言うべきだったよな」  
青葉は黙って首を振る。  
今度からは必ず用意しよう、俺は心に刻み付けた。  
「……結婚するまでは、きちんとする。約束だ」  
えっ、と目を見開く青葉。その意味をじっくりと噛み締めるように、俺を見ている。  
見つめられ、少し照れくさい。  
「あ……それって、プロポーズ、かな……?」  
「…………ばっ、ばか、勘ぐりすぎだって……」  
ちょっとからかうような青葉の視線が、くすぐったいような気持ちにさせる。  
「……」  
「……」  
「…………」  
「…………えっと」  
俺はおずおずと口を開く。が、何を言っていいのか分からない。  
「うんっ、結婚するまで、ね?」  
青葉の答えは、力いっぱいの抱擁だった。  
 
「じゃあ、いくぞ」  
「……いいよ」  
仰向けになった青葉の上に覆いかぶさるようにして、俺は俺のモノをそっと青葉の下腹にあてる。  
「力入れると、入りにくいっていうから」  
偉そうに言ってるが、どっかのエロ本で仕入れた知識だ。  
「うん」  
でも、青葉は俺を信頼しきっている。  
「痛かったら言えよ。すぐ止めるからな」  
「うん」  
そう言いながら、青葉が怯えているのは手に取るように分かった。  
だから俺はことさら不安にしないように、少し笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいていった。  
俺の先が、青葉の入り口に当たる。  
本当にそこは、信じられないくらい熱くなっている。  
「じゃあ……」  
「うん。来て」  
青葉が大きく息を吸ったのを見て、俺も覚悟を決めた。  
ぐいっ。  
考えもなしに突き立てた俺のモノは、先端のほんの三分の一ほどが入って、つっかえた。  
「いっっ……!!」  
「あ、わ、悪い」  
俺は慌てて体を止める。青葉が涙目で俺を見ていた。  
「……そこ、多分違う……」  
「……そ、そうか?」  
「……うん。そこおしっこが出るところの近くだもん……もっと下だと思う……」  
「わ、分かった。下だな?」  
俺は改めてその部分を見ながら、下の方に俺自身を動かした。  
「いくぞ」  
「……はい」  
青葉がうなづき、俺は再び腰を青葉の腰へと押しつけた。  
「んっ、んーっ……!」  
青葉は少し苦しそうなうめき声を上げたけれど、今度は亀頭のほとんどが入った。  
「ここであってるか?」  
俺が尋ねると、青葉は小刻みにうなづく。  
「痛いか?」  
ふるふる。今度は首を横に振る。  
俺は視線を落とし、下半身に神経を集中させる事にした。  
そのまま奥へと入れようとする。  
すると今度は、俺のモノがつっかえているような、そんな気がした。入れようとすると、少し痛い。  
このまま入るのか? そんな不安が湧き上がる。  
 
「青葉」  
「……な、なに?」  
「少し、腰を浮かせられないか?」  
「こ、腰を……?」  
「なんだか、うまく入らないんだけど……」  
俺に言われて青葉はうーんっと少し力んでみせる。だが、ほとんど力が入らないように見えた。  
何度か腰を持ち上げようと試みてから、青葉は首を振った。  
「……だめ。力、入らないの……。ごめんね……」  
「分かった」  
そう答えると、俺は片腕を青葉の腰の下に回す。そして、そのまま引きつけるように青葉の腰を持ち上げた。  
「ひ、ひゃっ!?」  
「ちょっと、我慢な」  
「で、でも……や、やぁ……っ」  
突然体を持ち上げられたのが怖いのか、青葉は暴れる。  
「あ、暴れんなって!」  
「で、でも怖い……あっ……!」  
その拍子に、モノの先端はあっさりと抜けてしまった。  
仕方なく、俺は青葉の体を離す。ちょっと自己嫌悪。  
落ち込む俺を青葉が伏し目がちに覗き込む。  
「……うまく、いかないの?」  
「……ごめん」  
困ったような青葉の顔。俺も内心不安で仕方なかった。  
そういや、たまにどうしても出来ないカップルがいるって聞いた事がある。  
もしかして俺たちはその「たまに」の一人、いや一組なのか。  
もしそうだとしたら、俺はどうしたらいいんだろう。  
いやまさか。  
「と、とにかく、もう一回な」  
少し自分の考えにふけっていた俺は、慌てて我に返る。  
そして、もう一度モノを青葉にあてがった。  
二度目に挿入したときより、今度はもう少し俺が腰を落としてみる。  
……やっぱり、体勢に無理がある。  
AVなんかじゃ、すごくあっさり入ってるのに、やっぱりあれって演技なのか?  
それとも俺が初めてだからか?  
「創一郎くん」  
一秒でも早く、青葉を抱きたい。  
そんな気持ちで俺は爆発しそうで、青葉の呼びかけも、最初は聞こえなかった。  
「ねえ……創一郎くん」  
青葉は、優しく俺の名前を呼ぶ。そうやって何度も呼びかけられ、やっと俺の耳に青葉の声が聞こえた。  
「青葉、ごめん、俺うまく…………」  
「……大丈夫だから。私も創一郎くんも、大好き同士なんだから……大丈夫だからね」  
そう言って、青葉は目を細めて笑った。  
ふっと、焦っていた俺が馬鹿みたいに思えた。  
「そうだな」  
俺の答えに嬉しそうにうなづく。俺もうなづき返した。  
「私も、がんばるから」  
「……さんきゅ」  
その言葉だけで、俺は何でもしてやれそうだった。  
 
俺は三たび挿入を再開する。  
とにかく、俺たちにはこれから無限と言っていい時間がある。  
今日から二人の関係が始まるんだから、焦ることはない。  
そう思ってしまえば、悩むことなどなかった。  
熱いモノをそっと青葉の入り口に当て、そのままゆっくりと押し込んでいく。  
ちょっと弾力のある抵抗感があったが、今度はすっと亀頭の全てが入った。  
とたんに、熱い青葉の体温が俺のモノを包む。  
「うっ……」  
「ど、どうしたの?」  
「なか」が熱い、そう答えるのはちょっとためらわれた。  
だから、俺は何でもない、と首を振り、さらに奥へと進むことにした。  
すぐに、なにか狭くなっているところにあたる。  
あ、これが……。  
「もし、痛かったら」  
「大丈夫。痛く、ないよ……」  
青葉の言葉に、俺はうなづく。  
そっと目で合図を送ると、俺は最後の一突きを静かに加えた。  
「……ふ、ふぁぁっ……!!」  
俺のすべてを受け入れた瞬間、青葉は悲鳴に近い声を上げた。  
きついと思ったのは一瞬で、俺のモノは青葉の中にすんなりと入っている。  
でも、俺は自分のことより青葉で頭が一杯だった。  
青葉の胸が激しく上下している。  
何度も息をつきながら、青葉は何とか自分を落ち着けようとしているようだった。  
「……青葉……青葉?」  
「大丈夫……ちょっとびっくりしただけ。そんなに痛くないから……」  
「本当か?」  
「う、うん……何だか、異物感っていうか……」  
「い、異物って、おい……」  
「ごめん、その……変な感じだけど……痛くないから……」  
目をうっすらと開け、何度も何度もうなづく仕草が、いじらしかった。  
「それじゃあ、あの……」  
「うん……動いて、いいよ」  
青葉はそう言うと、俺の手をそっと握ってきた。  
「……これで、平気だから……ね?」  
青葉の微笑みに促され、俺はゆっくりと前後に腰を動かし始める。  
「……ん……今……動いてる?」  
「……ああ、平気か? 痛くないか?」  
「う、うん。ちょっとだけ……でも、なんだかドキドキしてるから……我慢できる……」  
顔を真っ赤にしながらそう答える青葉に、俺は胸が詰まって何も言えない。  
だから、出来るだけゆっくり優しく動いてやる事にした。  
 
そこで、初めて俺は「青葉」を感じる余裕が生まれた。  
これが、女の子か……。  
「気持ちいいぞ……青葉、お前の……」  
「そ、そうなの? えへへ…………何だか、恥ずかしいね……」  
俺は青葉の手をしっかりと握りながら、さらに動きを大きくしていく。  
ぬるぬるとした襞が、俺のモノを包む。  
そして、青葉の吐息にあわせるように、それが優しく、ときにきつく、締めつけてくる。  
俺は、青葉を抱いている。そんな事を考えると、頭がかっと熱くなる。  
「ごめん、青葉、動くぞ……」  
俺はいつの間にか、腰を激しく振り始めていた。  
「えっ!? な、や、ま、待って。そんな風に……」  
そう言われても、一度動き始めたら、止められなかった。  
「あっ、やっ、やぁっ……い、痛いよ……そ、創一郎くん、ま、待って……っ」  
青葉が身もだえするたび、青葉の膣が俺をきゅうきゅうと締め上げる。  
俺はさらに快感を求めて動く。  
いつしか、体と体を打ち付けあう、ぬちっぬちっという湿り気を帯びた音が響きだす。  
「あ、青葉、青葉……」  
「や、やっ……ま、待って、やぁっ……んっ……痛い、痛いから……っ!」  
「あ、青葉ぁっ! あおばッ!」  
「や、やだっ……やだぁっ……!!」  
がりっ。  
青葉が俺の手に爪を立てる。その痛みに、俺はやっと自分を取り戻した。  
「あ……あ…………青葉?」  
「も、もっと、ゆっくり……お願い……」  
大粒の涙をこぼしながら訴える青葉に、激しい罪悪感を感じる。  
「悪い、つい……」  
「やさしくしてって……言ったのに」  
俺はちょっと頭を下げると、改めて緩やかに動き出す。  
青葉はほっと息をついて、再び俺の前後運動に体を合わせ始めた。  
さっきよりゆったりとした間隔で、二人の体が打ちあう音が聞こえる。  
「……青葉、聞こえる?」  
「うん……なんだか、すごくエッチな音……」  
俺の腰使いを体全体で受け止めながら、青葉はぼんやりと答えている。  
「まだ、痛いか?」  
「ちょっと……でも、さっきよりマシかな……やさしく、だよ……創一郎くん」  
青葉を苦しめないよう気をつけながら、俺はゆったりとした動きを続けた。  
動きを早める代わりに、俺は昔聞いたことを試してみよう、そう思いつく。  
何度か奥まで深く挿入し、それから浅く突く。ふかく、あさく。またあさく、ふかく。  
そんな風にテンポを変えながら青葉を責めてみる。  
「ぁっ……んん、あ……何だか……」  
青葉の口調が熱に浮かされたような響きに変わる。  
 
「さ、さっきと違う……痛いけど……何だか……ふわーって、するよ……」  
「俺も……さっきより、ずっと気持ちいい……」  
そう言いながら、俺はさらにリズムよく青葉を突いていく。そのたび、青葉の胸がぷるぷると揺れた。  
「あ、や……んっ……ん、創一郎くん、や、ん……私、変な感じ……」  
「ああ、俺も、俺も……」  
「……ん……ぁ、ん……何か……痛く、ない……よ……?」  
「ああ、俺も……すごく……いい……」  
実のところ、俺はもう限界だった。  
しかし、青葉はようやく気持ちよくなるきっかけを掴んだところだ。  
それなのに、俺だけイってしまうことに、俺はためらいを覚える。  
俺は射精を何とか我慢しながら、ゆるやかに前後運動を続けていく。  
だが、それもほんの時間稼ぎにもならなかった。  
「ご、ごめん、青葉、俺、限界……」  
「うん、分かった……じゃ、じゃあ、最後は、創一郎くんの好きにして、いいよ……」  
「い、いいのか……?」  
うん。青葉は黙って唇を噛み締めた。  
「そうか……青葉、ごめんな」  
俺はそう言うと一気に荒々しい腰使いに戻る。  
「や、やぁっ……あ、ああ、ん、あ、あっ……いた、痛い、いたい……っ」  
「ごめん、青葉、ごめんっ」  
泣き叫ぶ青葉の声も聞こえないふりをして、俺は絶頂に向かって叩きつけるように腰を振る。  
うわごとのように青葉に謝りながら、ひたすら自分のことだけ考え、動く。  
圧倒的な快感が、俺の背中を駆け上った。  
「いやぁっ……んっ……あ、ああっ……!」  
「い、イクぞ、青葉……っ!」  
「あ、あ、や、やあ……は、はやく、早くして…………は……早くぅ……っ!」  
「ごめん、青葉っ!」  
俺は謝罪しながら、最後の瞬間を駆け抜けた。  
腰を震わせ、びくびくと青葉の中で射精する。そうなったら、もう壊れた人形みたいなもんだった。  
青葉は、必死で悲鳴を噛み殺している。俺の手を握る力が、ぎゅっと強くなる。  
「そう、いちろう、くん……ばか」  
「青葉、あおば……」  
射精がすっかり終わってしまうまで、俺は荒々しい腰使いを止めなかった。  
 
 
「……ごめんな」  
ぐったりと青葉の側に倒れこみながら、俺は謝る。  
同じく力なく横たわっている青葉は、少し非難めいた目を俺に向けた。  
「創一郎くん、きらい……やっぱり、意地悪だった……」  
「……ごめん」  
「最後、とっても痛かったよ……」  
「……ごめん」  
同じ答えしか言えない。青葉の目が怖くて見れなかった。  
俺が怒られた子供みたいにしょげかえっていると。  
そっと俺の頭を青葉の手が撫でた。  
「……でも、ちゃんと出来たね」  
まるで、親が子供をほめるみたいに、青葉は何度も俺を撫でる。  
俺は不意に恥ずかしさを覚え、体を起こすと使用済みのコンドームを外した。  
それを縛って、ゴミ箱に捨てに行く。  
あれだけ射精したっていうのに、「俺」はまだかなり元気だった。  
ふと気づくと、青葉が目だけでこちらをじっと見つめていた。  
とっさに手で隠す俺。  
「……見んなよ」  
そう言いながらベッドに腰掛けると、青葉もゆっくりと体を起こし、俺の肩に頭を乗せた。  
「……ね」  
「何」  
青葉がいたずらっぽい笑みで俺の横顔を見ている。  
「……まだ、したいの?」  
「……なんで」  
「男の子って、エッチなことしたいとき大きくなるんでしょ? 創一郎くん、まだ大きかった」  
しっかり見られていたのが照れくさくて、俺はそっぽを向く。  
「でかくなる理由は、そんだけじゃねえよ」  
今の場合、九十パーセント以上の確率で、理由は一つだが。  
しかし、不機嫌な俺の声は青葉の声に遮られた。  
「……もう一回しても、いいよ」  
「は?」  
「創一郎くんがもう一度したかったら……してもいいよ」  
思わず顔を見る。青葉の笑みは変わらない。  
「……無理すんなよ、初めてのとき、女の子はつらいって聞いたぞ」  
「……大丈夫だよ。私平気だもん。創一郎くんしたかったら、私は平気だよ?」  
そう言ってから青葉はちょっとうつむく。  
「俺は別に……」  
「本当に?」  
甘えるように青葉が俺の体を抱きしめる。指で、俺のほっぺたをつつく。  
「…………本当に、したくないの?」  
「……したいのか?」  
青葉の顔は、よく見えない。でも、俺を抱く腕に力がこもった。  
「……創一郎くんがイヤなら、諦めるけど……」  
見つめ合う俺たち。  
ほんのわずかな間、黙っただけだった。  
一瞬の後、俺は例の箱を取り上げていた。  
 
 
「もう一回、キス……」  
「うん……」  
手早くゴムを装着し、青葉に顔を近づけた――その時。  
「あのー、二人とも、いいかな?」  
聞きなれた女性の声が、ドアの向こうから聞こえた。  
「お、お母さんっ!?」  
「陽子さんっ!?」  
突然のことで、俺も青葉もすっとんきょうな声をあげる。  
「ごめんねぇ。さっきから呼んでたのに、全然聞こえてないみたいだったから……」  
くすくす笑う声が聞こえる。  
陽子さんが帰ってたなんて、全く気づかなかった。――まさか、聞かれてたのか?  
「あの、陽子さんいつから……そこに?」  
「だから、さっきよ。玄関で呼んでも全然返事しないから、おかしいと思ってね。  
盗み聞きする気はなかったけれど、ドアの前で呼んでも返事しないし。  
……なんだか、とっても集中してたみたいね?」  
呆れたような返事。それじゃあ、最後の方はほとんど……ってことか?  
「親の目を盗んで、全くあんたたちは……」  
「あ、あの、お母さん、これはねっ」  
青葉、うろたえながらも必死の弁解をしようとする。俺なんか、言葉も出ないくらいびっくりしちまっていた。  
それでも陽子さんは俺たちの言葉なんかどこ吹く風、といったみたいな様子で飄々と答えた。  
「はいはい。話は下でゆっくり聞くわ。  
……あのね、お隣さんがお届けもの、預かってくれてるんだって。お母さん取ってくるから。  
それまでに着替えておきなさい」  
「は、はいっ」  
静かな口調の陽子さんとは対照的に、青葉はパニックの真っ最中といった感じだった。  
「創ちゃんも、いいわね? ちゃんとお話ししたいんだから、勝手に帰っちゃ駄目よ」  
「は、はい、分かりましたっ」  
思わず俺も大声で答える。またドアの向こうから小さな苦笑の声が聞こえてきた。  
青葉も俺も、恥ずかしさのあまり黙り込んでしまう。自分でも分かるぐらい、顔が火照っている。  
「それじゃ、行ってくるから。ちゃんと着替えておくのよ。戻ったらお茶淹れるわ」  
そう言うと、陽子さんはとんとんと軽い足音を響かせて階段を降りていく。  
玄関の方で、ドアが開き、また閉じる音がした。  
「……」  
「……」  
陽子さんが去っても、俺たちの視線はまだドアの方に釘付けになっていた。  
やがて、照れくさそうにお互いの顔を見る。  
「……創一郎くんのばかぁ……」  
「え、わ、悪いの俺か?」  
うんうんとうなづく青葉。……いや、そりゃ濡れ衣だろ?  
俺が睨むと、青葉は顔をちょっと背けながら、おどけたように舌を出した。  
「…………ごめん、うそ」  
「怒るぞ」  
そう言いながら、俺は突然青葉を捕まえる。  
きゃっ、と青葉は小さな悲鳴をあげながら、逃げるふりをする。  
笑いながら、俺は青葉を抱きしめた。  
顔が緩むのを止められない。でも、もうそれを隠そうとも思わない。  
青葉も満面の笑みを浮かべている。  
それは、俺が見た青葉の笑顔の中でも最高にかわいくて、一番輝いていた。  
(続く)  
 
 

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