思いがけず俺は、青葉、那智子、そして望月近衛とダブルデートするはめになった。
デート当日、俺はいつもより少し早く起きた。
同室の和馬はすでに合気道の練習に出かけたのか、ベッドは空だった。
着替えを済ませ、糞まずい朝飯を胃袋に流し込むと、俺は寮を出た。
空は「秋晴れ」という言葉がぴったりな天気だ。これで青葉のデートのお供でなけりゃ、心も弾むんだろうが……。
青葉と那智子とは駅で待ち合わせる事になっている。
今日の目的地「セブン・オーシャンズ」は電車で1時間ほどのところにある、数年前で来たテーマパークだ。
望月近衛は別の町に住んでいる(らしい)ので、セブン・オーシャンズの入り口で合流する予定だ。
ここまでくると、望月がどんな男か、俺も少し楽しみになってきた。
そんな風に思いながら、俺は駅前の広場に足を踏み入れる。
すぐに改札前で待っている青葉と那智子の姿を見つける事が出来た。
ほぼ同時にお互いを見つけて、俺たちは軽く手を振りあう。
「おそいぞ、御堂!」
那智子がびしっと俺を指差しながら言う。朝からテンションの高い奴だ。
「おはよう、創一郎くん」
反対に青葉は、まだ寝てるんじゃないかと思うぐらいおっとりと俺に挨拶した。
俺は軽くうなづいて、青葉への挨拶代わりにした。
「創一郎くん、今日はちゃんと起きれたんだね。遅刻しなかったしね」
青葉の言葉に、俺は憮然とした顔を返す。
確かに、俺は遅刻常習犯だがな。
「人を子ども扱いするんじゃねーよ」
そう言って俺は青葉のおでこを人差し指で軽くはじく。
やられた青葉は自分のおでこをさすりながら、それでも笑っている。
次の瞬間、その顔がちょっとだけ曇った。
「ねえ……」
青葉が尋ねてくる。
「なんだ」
「私の格好、変じゃないかな?」
改めて青葉の姿を見る。
目にまぶしい白のワンピース。ピーチピンクのデニム地の上着。
ワンピース一面に散らされた花柄が少し子供っぽいが、青葉には似合っている。
「ああ、いいと思う。よく似合ってるぜ」
俺は率直に感想を述べた。そう言われて青葉ははにかんでいる。
まあ、生まれて初めてのデートだ。不安になる気持は分かる。
逆にものすごく気合を入れた格好をしてきても、それはそれでおかしいし。
それより俺が驚いたのは、青葉の髪型だ。
普段の三つ編みを解いて、シンプルなストレートヘアにしている。
そして、腰まで伸びた髪の先をリボンで束ねている。
……はっきり言って、俺は青葉のこんな髪型を見た事はない。
俺の記憶が正しければ、初めてあったときから青葉はずっとお下げ髪だったはず。
俺は服装より髪型に、青葉の今日のデートに対する意気込みを感じた。
あ、ちょっと嫉妬してる俺。いかんいかん、今日はサポートなんだからな。
「創一郎なんかに聞いても当てになんないってば。私が太鼓判押してるんだから、大丈夫っ」
俺が複雑な心境でいると、那智子が俺たちの間に割り込んできた。
那智子は青葉の肩をつかんで、「ね?」と笑いかけている。
つられて青葉も首を縦に振っているが、まだ表情はどこか不安げだ。
「大丈夫だって。青葉、十分かわいいぞ」
「あ、ありがと……」
青葉はびっくりしたように俺の方を見ると、恥ずかしげにうなづいた。
あー、俺だって恥ずかしいわい。
青葉相手に「かわいい」なんて、幼稚園以来言わなかった言葉だ。
「……ところで御堂、私の格好はどうよ?」
そう言って、那智子は腰に両手をあててちょっと体をくねらせる。
それはセクシーポーズのつもりか、おい。
那智子はどっかのブランドロゴの入ったTシャツに、膝丈のパンツ。
それに淡い黄色のパーカーを羽織っている。背中にはリュックサック。
……まあ、男っぽい那智子らしいわな。
「うむ、どっからどう見ても男の子だ。間違っても痴漢には合わないだろう」
あくまでさらっと言ってやる。那智子の目が吊り上がった。
「ねえ、殴られたいわけ?」
「感想を求めたのはそっちだろうが。思ったままを言ったまでだ」
平然として答える。那智子は何をー!と言うと腕まくりをしてこっちに向かってきた。
からかい甲斐のある奴だ。
那智子が俺の目の前で威嚇するように睨んでいるが、頭一つ小さい奴に脅されても怖くねえって。
「だ、駄目だよ。朝から喧嘩しちゃ……」
青葉が慌てて俺たちの間に割って入る。そして、那智子を押して俺から遠ざけた。
「なっちゃん、今日だけは創一郎くんと喧嘩しないって、約束したじゃない」
「そりゃそうだけどさ……」
不満げな那智子の顔。喧嘩が不完全燃焼だからか、青葉にも聞こえないような声で何かぶつぶつ言ってる。
青葉はそっと那智子の肩に手をおいている。それから、俺の方を振り返った。
「創一郎くんも駄目だよ。もっとなっちゃんを女の子らしく扱ってあげなきゃ……」
青葉、ちょっと俺を睨む。
はっきり言って、青葉の機嫌を損ねる方が俺には恐ろしい。
那智子と違って凶暴ではないが、機嫌が直るまでに結構時間と手間がかかるのだ、こいつは。
仕方ない、ここは折れるか。
「……わかったよ。那智子、今日は休戦な」
那智子はまだ睨んでいる。だが、最後にしぶしぶ了承したみたいだった。
それを見た青葉もよろしい、と演技がかった様子で頷いている。
「電車、もうすぐ来るよ。さ、行こ?」
青葉の言葉に促されて、俺たちは駅の改札をくぐった。
ああ、今日は疲れそう……。
さて、現在俺たち三人はセブン・オーシャンズのゲート前で望月近衛が来るのを待っている。
現在朝8時40分。約束の時間まではまだ20分ある。
ちなみに、俺は電車の中で、那智子から望月近衛についてひとくさりレクチャーを受けた。
曰く、成績は学年十位以内。全国模試でもトップクラス。
曰く、小さいときからピアノとチェロ(ってなんだっけ、ヴァイオリンのでかい奴だっけ?)をやっている。
曰く、陸上競技は少し苦手だが、球技系はかなり得意。
そして那智子が強調するには、
「すっごい美形なの。噂じゃ入学した当日にそのケがある先輩から誘惑されたとか、何とか……。
それに、私たち『マッダレーナ』でもファンの子が結構いるし。特に二、三年生の先輩たちのハートをくすぐってるって話」
望月の通う北星高校も、俺たち泰山高校と同じく男子校。
俺たちの間でもたまに「ホモの先輩がどうたらこうたら」なんて話を聞くが、大概根も葉もない噂だ。
マジな話とは思えないが……いや、北星ならありえるのかも。
それにしても青葉たちのマッダレーナ女子と北星は交流が深いから、顔や名前ぐらいならすぐ分かるんだろうけど。
詳しすぎないか? 望月がいかに有名人とはいえ……。
そう思っていたら、青葉が困ったように打ち明けてくれた。
「あのね、私が告白された次の日、学校の靴箱開けたら、こーんな分厚い封筒が入っててね。
望月くんの事を説明したレポートとか、写真とかがぎっしり入ってたの。望月くんのお友達が作ったんだって……」
ああ、やっぱり天才どもの考える事はよく分からん。
つーか、いかにハイスペックな男だとしても、それはやりすぎだろう。
案外望月の友達の妨害工作なんじゃねえか、それ。
で、青葉はどう扱っていいかわからず、その「望月レポート」を那智子に預けたらしい。
それで那智子が妙に望月について詳しいのか。
「那智子はどう思うんだ。望月近衛を」
俺は一応那智子にも聞いてみた。青葉だけじゃ女の目から見た「望月近衛」像がよく分からないからな。
那智子はちょっと考えてから、さらっと答えた。
「あんたが1000人がかりでも勝てない相手ね」
はいはい、分かってました。どうせそう言われると思いましたよ。
でも駅前での俺の暴言もあるし、今日は休戦と言った手前、俺は「ああそうですか」とだけ言っておいた。
そんな俺たちのやり取りを見て、青葉はもう、と一人困った顔をしていた。
「望月くん、遅いわね」
約束の9時を目前にして、何気なく那智子が言う。
確かに早く来たのはこっちだが、やっぱり約束の10分前ぐらいには着いておくべきじゃないのか?
「デートの待ち合わせで相手を待たせる、減点10、と」
そう言って、那智子は手のひらにメモを取る振りをする。
青葉が「なっちゃん!」と小さい声でたしなめた。
とりあえず聞いておきたい。あなたのテストは何点で合格なんですか、那智子サン。
「早く来すぎたのは私たちの方なんだし、まだ9時前だよ?」
青葉はそんなことは気にしていない風だ。待ちあわせが9時なんだから、9時にくればいいってことか。
駅前でも指摘されたとおり、俺は遅刻の常習犯だ。
中学の頃、青葉を一時間待たせたこともある。
さすがの青葉もその日一日機嫌が悪かったが、そんな俺に比べれば約束10分前到着なんてどうでもいいのかもしれない。
俺は二者二様の時間に対する考え方にぼんやり思いをはせながら、望月を待った。
ちなみに、とっくに夏休みは終わったとはいえ、さすが日曜日の遊園地は混んでいる。
ぞくぞくとゲートへと向かう人波が途切れることはない。
こんな所で相手を見つけられるのか……と思っていると、遠くからすごい勢いで走ってくる男の姿が見えた。
あいつだな、と俺はピンと来た。
遠くで顔はよく分からないが、あの必死さはたぶん……。
そう思っていると、はたして、その男はゲートの方にまっすぐ向かってくる。
きょろきょろと周囲を見渡していた那智子がそれに気づいて、大声で手を振る。
「望月くーん! こっちこっち!!」
その声に青葉も那智子の視線の先に目をやる。
俺のそばで、望月に気がついた青葉が身を固くするのが分かった。
俺はそっと青葉の頭に手を置いてやった。
「緊張すんなよ。今日は一緒に遊ぶだけだろ?」
だが、青葉は何か言いにくそうに「でも……」と呟く。
俺はちょっと咳払いをしてから言った。
「……もし相手が嫌な男なら、俺が断ってやるから」
それを聞いて、やっと青葉はほっとしたように俺に笑顔を向けた。
「うん……そうだね。今日はなっちゃんも創一郎くんもいるもんね……ありがとう」
俺は二、三度青葉の頭を撫でてやると、手を戻した。
そうしているうちに、望月が俺たちのところに到着した。
「ご、ごめんね! 一本早い電車に乗るつもりだったんだけど、出掛けにちょっと手間取っちゃって……」
そう言って望月近衛が頭を下げる。
息が荒い。どうやら駅を下りてからずっと走ってきたらしい。
「大丈夫、私たちも今来たところだから……」
青葉がそう言ってフォローする。……まあ20分前は「今来た」の範囲かなあ?
その横で那智子がまた手にメモする振り。今度はなんだ、「遅刻の言い訳、減点5」ぐらいか。
望月が息を整え、ゆっくりと体を起こした。
確かに顔はいい。まるでファッション雑誌のモデルみたいな、爽やかな笑顔が似合う顔だ。
顔の輪郭は細すぎず丸すぎず、優雅な曲線を描いている。
眉は細いし、まぶたはくっきり二重。おめめぱっちり、高くて細い鼻。髪は綺麗なブラウン。まるで外人さんみたいだ。
口元に浮かぶ笑みも、いやらしさのかけらもない。
だがな……青葉。俺が「望月近衛はどんな男か」と聞いたとき、お前はこう言ったな?
『背は、創一郎くんと同じぐらい。でもちょっとだけがっしりしてるかな』って。
青葉、確かにお前は背が低い。155センチ切ってる。
だから、男がみんな大きく見えるのは分かる。
しかしな。
どう見たって、望月、俺より「頭一つ以上」背が低いぞ?
俺の目の前で照れ笑いを浮かべている小柄な男。
噂の美少年、望月近衛は――。
まるで女の子みたいな奴だった。
(続く)