青葉に告白した望月近衛。
俺の目には、「美少年」っていうより「美少女」に見えた。
身長はおそらく160あるかないか。
顔つきは幼い。髭なんて生えた気配すらない。
短めの髪はきれいに櫛を通され、時折さらさらと風に揺れてる。
とは言え、もちろん格好は俺と同じような男の服装だ。
間違ってもピンクハウスに身を包んでいるわけじゃない。
でも最初感じた望月への違和感は、やはりどう見ても変えようがなかった。
こうして俺たちのダブル?デートは、かなりぎこちなく始まった。
というのも青葉は緊張しちまって俺と那智子にしか話しかけないし。
望月は望月で、青葉に加え、俺という存在にどうアプローチして良いのか分からないようだった。
……那智子はただはしゃいでるだけだし。
いや、那智子は那智子なりに、このデートを何とか盛り上げようとしているのは分かった。
そして、俺もそれを手伝っているつもりだった。
でも、所詮俺も那智子も男女の付き合いとかデートなんてものに無縁で15年間生きてきたわけで。
張り切れば張り切るほど何かが空回りして、青葉と望月の固い空気をほぐすことは出来なかった。
そうやって途切れがちな会話を無理やりつないで、いくつかアトラクションに乗って……。
ようやくお昼時。
神経を使うデートであれなんであれ腹は減るはず。
だが俺は全く空腹感を感じなかった。
那智子だけが「腹減った」を連発していたが、それが逆に痛々しい。
そんなこんなで俺たちは、パーク内の広い芝生がある公園にやってきた。
周囲にはおしゃれなレストランや、ハンバーガーなどのスタンドが立ち並んでいる。
そこ此処で、家族連れがお弁当を広げたり、カップルがベンチでご飯を食べている姿が目に入った。
「さーて。俺たちも飯にしようぜ」
そう言って俺はレストランの方に目をやった。
雰囲気のいい店で飯を食いながら楽しく話せば、ここから挽回できるかもしれない。
俺はそんな考えで、飲食店街の看板を見渡した。
そこへ。
那智子が突然ふふふ、と笑う声が聞こえた。
「どうした、那智子」
「妙高さん?」
男二人がそろって那智子の方を見る。
那智子は俺たちに背を向けると、なにやらごそごそとリュックから取り出している。
「じゃーん。これなーんだ」
笑いながら那智子が取り出したのは、大きな重箱。
得意げな那智子と、その後ろではにかんでいる青葉。
「今朝、私と青葉で作ってきました。お弁当でーす」
ぱっと場が和むのが分かった。
なるほど。手作り弁当なら嫌でも話が弾む。
那智子にしちゃあ良い思いつきだ。
……ただ、俺はその計画の唯一の欠点に気づいていたが。
まずい。これは非常にまずいぞ。
何も知らない望月は驚きと期待に目を輝かせている。
「知らぬが仏」とはよく言ったもんだ。
青葉の料理の腕は、はっきり言って大したことない。
前にも言ったが、小学校時代俺は青葉の作ったものを食って本当に戻した。
そして、那智子。
こいつの料理を食った事はないが、普段の態度からいって、まともな料理が出来るとは思えない。
というか以前はっきり「料理したことない」と言ってたような……。
「ささ、早く食べよ? 私もお腹空いちゃってさ」
そう言って那智子は俺たちを芝生の方へ誘導する。
自分の秘策が今のところうまく働いているのに気をよくしているようだ。
俺にとっちゃ刑場に引っ張られる死刑囚の気分だが……。
いやいや、流石にデートの弁当だ。味見ぐらいしてるだろうし、青葉のおばさんが手伝ってるかもしれない。
それなら何とか食えるだろう。今はそれに希望をつなぐしかない。
そんな俺の気持にはまるで気づかず、青葉と那智子は嬉々として食事の用意をしている。
やがて、ビニールシートの真ん中に鎮座した重箱を中心に、俺たち四人は腰を下ろした。
青葉は俺の側に座ろうとしたが、那智子はそれに先回りして俺の隣を占める。
それを見て青葉は仕方なさそうにおずおずと望月の横に座った。
「うわあ。すごいね」
望月が嬉しそうな声を上げる。確かに、お弁当の見た目は綺麗だった。
ゴマやふりかけをまぶしたおにぎり。玉子焼きやから揚げ、ミートボールといった定番から、鰤の照り焼きまで見える。
青葉は望月の言葉に顔を赤らめながら、お弁当を取り分けている。
那智子もすごいでしょー、と得意げに言いながら、青葉を手伝う。
やがて、青葉から望月に、そして那智子からは俺に、料理がきれいに盛られた紙皿が手渡された。
「ささ、食べてみて」
「もし嫌いなものがあったら言ってね。望月くん」
そう言って笑う女の子を目の前にして、食わないという選択肢があるか?
望月は心から嬉しそうに、から揚げを頬張ろうとしている。
ええい、俺も男だ。望月よ、戦友として一緒に逝くぜ!
俺は思い切って玉子焼きを口に入れた。
……。
…………。
………………あれ?
これ、普通だぞ?
俺は不思議に思って、皿の上のおかずに片っ端から箸をつける。
うん、どれもまともだ。
確かに「ミートボールの塩味が足りない」とか「玉子焼きダシが少なくて焦げてる」とか
「ポテトサラダのジャガイモがきちんと潰せてない」とか「おにぎりの形がおかしい」とか、問題点は多いが……。
割といける。つーかうまい。
ほっとすると同時に、俺の体の奥から猛烈な空腹感が込み上げてきた。
俺は目の前の料理をがつがつと食らいつく。
望月の奴も、おいしいおいしいと連発して食べている。
それを見た青葉が安堵の息を漏らしたのを俺は見逃さなかったが。
「創一郎くん、どう……?」
青葉が尋ねる。
俺は無言でうなづき、空になった皿を示すことでそれに答えた。
そこでようやく青葉は自分の皿に手をつけた。
そんな青葉が、ちょっといじらしい。
「あんたねー。もうちょっと落ち着いて食べなさいよ」
那智子がそう言って俺の皿におかずを取る。
だが、俺はそんな言葉を右から左へと流して、またあっという間に全部平らげてやった。
また那智子がそこにおかずを取って乗せる。
二皿目を空にしたところで、ようやく俺は落ち着いて味わう余裕が生まれてきた。
ゆったりと料理を味わいながら、俺は言う。
「うん、たいしたもんだ。青葉のおばさんにはまだ敵わないけど、前にお前が作った料理に比べりゃ……ぐほっ!!」
俺の背中を那智子が思いっきり殴りやがった。
つーかそこは腎臓だ。ボクシングなら反則だぞ……。
「あらあらー。慌てて食べると喉に詰まるわよー。はいお茶」
白々しい笑みを浮かべながら、那智子が俺にお茶の入ったコップを渡す。こいつ……。
「本当、すごくおいしいよ。古鷹さんも妙高さんも、料理が上手なんだね」
望月の言葉にお世辞とか打算とかは何も無いようだった。
そういうところは青葉に似ている、と俺は思った。
「あ、ありがとう、望月くん」
青葉はお礼を言って、一つ一つの料理について色々と説明し始めた。
那智子も傍からそれぞれがどれだけ作るのに大変だったかを語りだす。
俺はそれに適当に合いの手を入れつつ食事に専念する事にした。
だって、下手な事言うとまた那智子に殴られそうだったから。
俺は食べながら、ふと、この前青葉から渡された弁当の事を考える。
和馬は、「あれは青葉の手作り」と主張していたが、案外的を射ているのかもしれない。
あっちの弁当の方がうまかったから、青葉のおばさんが相当手伝ったのかもしれないが。
いやいや、青葉が俺のために弁当を手作りする理由がないぞ。
あ、でももしかして今日のこの弁当の予行演習として、俺に弁当を……?
俺がそんなことを考えているうちに、昼食は和やかな雰囲気のまま終了した。
『ごちそうさまでした』
俺と望月が声を合わせる。望月なんか、手を合せて頭まで下げてる。
「おそまつさま」
青葉がそれに答える。
那智子は「どんなもんよ?」とでも言うように、俺に挑発的な視線を向けていた。
不意に青葉が那智子を手招きした。
青葉が那智子の方に顔を近づけると、そっと耳打ちする。
那智子は黙って頷いている。それから空の重箱を持って立ち上がる。
「私たち、お弁当箱洗ってくるわね。ここで待ってて」
そう言うと、青葉と那智子はお手洗いの方に去っていった。
俺と望月は黙って食後のお茶を飲んでいる。
「あの……」
突然望月が口を開いた。
「なんだ」
俺も淡々と返す。
「古鷹さん、どうしたんでしょう。妙高さんに耳打ちして」
望月が不安そうな視線をこっちに向ける。
正座して膝の上にコップをちょこんと乗せた様子が、妙に似合っている。
「……ああ、どうせトイレだろ。弁当箱洗うとか言ってたから、便所に行く口実が欲しかったんだろ?」
俺がそう言うと、望月が感心したような声を上げた。
「よく分かりますね」
「ま、付き合い長いからな」
青葉の性格から、初めてのデートで「ちょっとお手洗い」と言えないぐらいのことは察しがつく。
今の食事で少し打ち解けたとはいえ、まだ望月と青葉の間には壁が厳然と横たわっている。
俺の前では平然と言うもんな。「トイレ行ってくる」って。
「あの……」
「まだ何か」
「御堂くんと古鷹さんは、やっぱり……お付き合いしてるんですか」
俺がちらり、と望月をにらむと、奴はちょっと縮こまったように見えた。
「何でそう思う」
「だって、古鷹さん、御堂くんのことを『創一郎くん』って呼んでるし、前から親しいような口ぶりで……」
俺は黙ってお茶を飲む。
「もしかして、今日御堂くんを誘ったのは、僕に暗にあきらめるようにするためか、と」
そう言って望月はがっくりと肩を落とす。なんだか、しおれた花みたいだ。
まああんまり引っ張るのも意地が悪いか。
「付き合ってねーよ」
俺の言葉に、望月がぱっと顔を上げた。
「本当……ですか?」
「ああ、ただの幼馴染だよ。それに、青葉はそんなもってまわった事する奴じゃないし」
「そう、なんですか?」
望月の顔には、期待と不安がないまぜになったような表情が浮かんでいる。
俺はふっと息を吐いて、望月に笑いかけた。
「安心しろよ。青葉が二、三度あっただけの男と遊ぶなんて珍しいぜ。脈ありだと思う」
「そ、そうでしょうか?」
思わず腰を浮かせて、望月はこちらに顔を近づける。
その期待に輝く目に、俺は何だか照れくさくなって目をそらした。
「だが、安心すんのはまだ早い。あいつは結構頑固だからな。まあ、じっくりやれや」
はい、と頷いて望月が座りなおす。でも、その顔はさっきと違って晴れ晴れとしている。
俺は黙って茶を飲み干した。
「それはそうと、お前、よく女っぽいって言われないか」
そんな質問に望月は慣れっこになっているのか、爽やかに笑みを返してきた。
「ええ。よく言われます。年の離れた姉が三人もいるせいでしょうか。小さい頃はいつも姉たちと遊んでましたし」
その言葉に、何となく望月の家の様子が想像できた。
やっと生まれた待望の男の子。
親にとっては大事な長男であり、姉たちにとってはかわいい唯一人の弟。
親も姉たちも、期待と愛情を込めて望月を育てたのだろう。
望月の柔和な笑みにはそんな家族の愛情がはっきりと表れているように思えた。
「……でも、良かったです。御堂くん、最初はもっと怖い人かと……」
「そんなに俺冷たかったか?」
「ええ。でも、杞憂だったみたいで安心しました」
とうなづく望月。
うーむ、やはり女といわれても違和感無いな、こいつ。
この際、俺は望月に色々と聞いてみる事にした。
「ところで、何で俺に敬語なんだ?」
俺はもう一つ疑問をぶつけてみる。望月は恥ずかしそうに肩をすくめた。
「癖なんですよ。同級生にも思わず敬語を使っちゃうんです。……不快なら止めますよ?」
「……いや、いい」
相変わらず華やかな笑みを浮かべる望月を見ながら、俺は首を振った。
しばらくして青葉たちが帰ってきてから、俺たちは一緒に後片付けをした。
「さて、次は何に乗ろうか?」
「えっと……」
楽しそうに望月に相談する青葉を見ながら、俺はこっそり苦笑する。
「俺はちょっと休ませてもらうわ。食いすぎた」
それを聞いて、青葉がえーっと顔をしかめる。
「創一郎くん、来ないの?」
「ああ、この辺で休んでる。三人で行ってこいよ」
そう言って、俺はそっと那智子の方を見た。那智子が俺の視線に気づいてそっとうなづく。
「あ、私もパス。午前中ちょっと飛ばしすぎちゃった」
「え。な、なっちゃんも来ないの?」
青葉が状況を理解して、少し慌てる。
青葉が那智子に心細げな視線を向けている隙に、俺は望月に軽くウインクして見せた。
あ、と望月が何かに気づいたような顔をする。……いや、遅いって。
「じゃ、じゃあ、僕らだけで行こうか。古鷹さん?」
望月がぎこちなく声をかける。青葉の背中がびくっと震えた。
青葉がうつむき加減で望月の方へ向き直る。
「い、嫌かな?」
ふるふる。望月の言葉に黙って首を振る青葉。
「それじゃ行ってらっしゃい。一時間ぐらいしたら、またここに集合ね?」
那智子の言葉が二人を後押しした。
去り際、青葉が振り返って俺たちに手を振ったが、その顔は真っ赤だった。
俺は心の中で頑張れよ、と声援を送る。どちらを応援しているのかは自分でも分からない。
やがて二人が視界から消えた。
「……さてと。御堂、これからどうする?」
ふう、と息を吐いて那智子は俺に振り返った。
「休むんじゃないのか?」
「あんなの嘘に決まってるじゃない。どうせなんだし、遊びましょ。めったにこれないんだしさ」
そう言って那智子は俺に「ね?」といたずらっぽく笑う。
「一応『ダブルデート』ってことなんだし、御堂が私をリードしてよね」
「おいおい……」
そこ、一番触れたくなかったポイントなんだが……。
だが、那智子はさも当然のように俺の手を取った。
「アトラク系が無理ならさ、水族館でもいいよ。もうすぐイルカショーの時間だし」
セブン・オーシャンズは海のテーマパークだから、水族館も併設されている。
ま、それなら食後の休憩代わりになるか。
「そうだな。ただ待ってるのも暇だしな」
「よし。きまりっ」
那智子は俺の腕をぎゅっと抱きしめて、俺を引っ張るように歩き始めた。
うん。相手は那智子だけど、こういうデート気分ってのも悪くないかもしれない。
並んで歩きながら、俺はそう思った。
あ、この腕に当たっているものは……。
うーむ。ぺったんこだと思っていたが、やはり女だ、出るところは出てるんだなあ。
……いやいや、こんなこと考えてると分かったら、那智子に何を言われるか……。
とりあえず顔を緩めないように……。
「御堂」
「な、なんだよ」
「……スケベ」
「べ、別にお前の胸なんか……!」
それを聞いて、那智子がしてやったり、と笑う。
「誰も胸の話なんかしてないわよ?」
あ、くそっ。やられた……。
「とりあえず、罰としてソフトクリームおごって」
「なんでそんな」
「おごってくれなきゃ、青葉にこのこと話す」
「……おごらせて下さい」
駄目だ。一瞬でも「こういうのも悪くないかも」と思ったのが間違いだ。
心の中にいるもう一人の俺が、「この後も疲れそうだな」とため息を混じりに俺を慰めてくれた。
(続く)