獅子の国。大陸のやや南西部に位置し、広大な平原を有する帝政国家。  
肥沃な大地と、国家の中心部を西へと流れる大河を持ち、無論、猫の国には及ばぬもののそれなりの繁栄を謳歌している。  
この国で他国に名を知られているものといえば、医食同源の理念に基づく独特の料理、そして陶磁器、絹織物などの芸術品。  
しかし、他国には知られざるものの、なかなか侮りがたいもう一つの得意なものがある。  
それが、武術である。  
 
獅子の国の北、リンケイに一つの道場がある。  
そこでは“国士”コウゼンの指導の下、約二百人の弟子たちが日夜怠らず、修行に励んでいる。  
規模としてはさほど大きくはない。  
この国における武の総本山といえば、三絶寺や白獅寺などがあげられるが、そういった弟子数千人規模の大道場に比べれば数分の一にすぎない。  
ただし、密度は高い。弟子入りしてきたころには明らかに武に適性がないと思われたものでも、まあ十年近くも修行を行えば、必ずそれなりの腕にはなる。  
その好例ともいえるのが、フェイレンだろう。  
 
道場の隅で、黙々と演武の型をこなしている青年がいる。  
棍を自在に操り、鋭い動きで次々と型をこなしてゆく。  
弟子入りしてから、もう何千回と繰り返してきた動きだが、それだけにわずかな違いでもわかるようになってきている。  
自らにとっての最も理想的な拳足の流れ。それを確認するための動きである。  
いくつか、納得しがたい動きがあったのか、二つ三つの型を最後に繰り返す。  
そして最後に、気合と共に上段から棍を振り下ろし、そして引き、それで演武は終わった。  
 
「……お疲れ様でした」  
 大きな手ぬぐいを持って近づいてきたヒトの少女が、抑揚のない声でそう声をかける。  
 灰色の作務衣。修行者とは違う、この寺の下男下女の制服である。  
「ああ、ありがとう」  
 青年……フェイレンが、それを受け取って汗をぬぐう。  
「先ほどより、お客様がお待ちになっています」  
「ああ。すぐに向かう」  
「……」  
 じっと、フェイレンの顔を見つめる少女。その目には表情がない。  
「あ、何?」  
 その視線に気づいたフェイレンが問い返す。  
「……次のご命令を、伺っておりません」  
「え? あ、ああ……そうか。じゃあ、とりあえず胴衣の洗濯だけお願いしようかな」  
「その後は」  
「うーん……とりあえず、帰ってくるまで休んでていいよ。たぶん二、三日かかるから」  
「わかりました。では、お預かりいたします」  
 そういって、フェイレンの胴衣の帯を解こうとする。  
「あ、いや、ここで脱ぐのもなんだから……向こうで着替えたら、渡すよ」  
「……わかりました」  
 更衣室へと向かうフェイレンの後を、少女がついてゆく。  
 
「じゃあ、これお願い」  
「わかりました」  
 相変わらず感情のない声でそう返事をすると、少女は胴衣を抱えて洗濯場へと向かった。  
「……ふう」  
 ひとつ、ため息をつく。どうにも、気を使うというか疲れる。  
「あ、いたいた。……たく、いつまで待たせんのよ」  
 そんなフェイレンに、声をかけてくるもう一人の女性。チャイナドレスの似合う、フェイレンよりは少し若い美女。  
「あ、いや……悪い悪い。いくつか動きに気になるのがあって、確かめてたら時間がかかった」  
「……ま、いつものことだけど。今日はお客様がいるんだから、時間は厳守してくれなきゃ困るよ」  
「いやあ、悪い悪い」  
 頭をかきながら、そう謝る。  
「ぜんぜん反省してないでしょ」  
「いやあ、次からはもっとちゃんとするよ」  
「フェイレンの『次から』がアテになったためしはないんだけど」  
「……それをいわれるとキツいな……」  
「そんなことだと、ミコトちゃんにも愛想尽かされるぞ」  
「……う」  
 言葉が、とまる。  
「今はあの子がついてるからいいようなものの」  
「それなんだけどなぁ……」  
 
「何?」  
「ミコトのやつ、やっぱりあのままだとまずいよな……」  
「……うーん」  
 ミコト。さっき胴衣を持って洗濯場へと向かった、ヒトの少女である。  
「なんつーか、あいつが笑ったり怒ったり、そういう感情らしい感情を見せたことってないからな」  
「そうねえ……なんか、仕事はそつなくこなすけど温かみがないというか」  
「温かみというか……なんか、変に絶望してるというか、虚無的なんだよな」  
「……天涯孤独だもんね」  
「多分、それだけじゃないんだろうがな」  
 ぽつりと、そう口にする。  
「どういうこと?」  
「あいつ、俺たちが見つける前にひどい目に合ってるからな。だからあそこまで心を閉ざしたんだろう」  
「そうね。確か、フェイレンがあの子を見つけたときは……」  
「ああ。ほとんど裸で、体中に青痣や傷がいくつもあった。左足首を骨折して、森の中で動けなくなってたんだ」  
「……ひどい姿ね」  
「ああ。今でも見つかる前のことは口を閉ざして何もいわない。……信頼されてないんだな」  
 フェイレンが、時々感じる寂しさでもある。  
「で、フェイレンはどうしようと思ってるの?」  
「正直……まだ、わからない」  
 暗い表情で、フェイレンがいう。  
 
「それじゃ駄目でしょ」  
 そう言って、背中をドンとたたく。  
「とりあえず、フェイレンは明るく振舞う。明るく楽しく元気でいたら、いつか必ずあの子も笑顔を取り戻すから」  
「……そうだな」  
 すこし、笑顔を見せる。  
「今後、私とミコトちゃんの前で少しでも暗い顔したら、許さないからねっ」  
「……ひどいな」  
「ひどくないっ。いい!? 今後はあの子の前では常に笑顔でいること」  
「わかりました、師範代様」  
 
 やたらと長い回廊を抜け、ようやく道場の玄関に着く。  
 玄関の陽だまりで、赤いリボンをつけたネコの女性がうたた寝をしていた。  
「……ファリィ。あの子……寝てないか?」  
「フェイレンが待たせすぎたからでしょ」  
「う゛……面目ない」  
「……ん〜……」  
 その声に、ネコの女性が目を覚ましたらしい。  
 二人の姿を見て、あわてふためいて起き上がる。  
「あ、あの、あのそのっ、いつからそこに?」  
「え? あ、いや、ついさっき……」  
「つ、ついさっき……ってことは、三十分以上も?」  
「あ、いや、その……ごめんなさい」  
「いえいえいえっ! その、三十分以上もお待たせしてたなんて……わたし、なんとお詫びしてよいか……?」  
 その言葉に、顔を見合わせる二人。  
 
「え? いや、その……待たせてたのはこっちじゃ……」  
「そんな、だって、『ついさっき』って……」  
「え、ええ……」  
「確か、三十分以上待ったときには相手を傷つけないように『ついさっき来た』っていうと……」  
「……なんですか、それ……」  
「だって、落ちものの漫画では……」  
 また、顔を見合わせる二人。  
「……すごい世界なんだな、落ちものの世界って」  
「……みたいね」  
 そんな二人とは別に、一人で頭を抱えて困り果てているネコの女性。  
「ああっ、せっかく来たのにこんな醜態を見せてしまうなんて、なんとお詫びすべきか……」  
「いえいえ、そんな、本当に今来たばかりなんですから」  
 半泣きで取り乱すネコの女性にあわてて取り繕うフェイレン。  
「……う……ほんとう……ですかぁ……?」  
「本当ですよ。とにかく、待たせたのは私たちのほうですから、お詫びいたします」  
 そう言って、ファリィが頭を下げる。  
「あ、いえ……その、あの……」  
 なんだか、まだ混乱が残っているらしい。  
「とりあえず、お茶でも飲んでから出かけますか?」  
「え……あ、はい……」  
 とりあえず、落ち着いてもらうのが先決のようだった。  
 
 庭先で、少しぬるめの甜茶を出す。  
 飲んでいるうちに、気分が落ち着いてきたようだ。  
「えーと……わたし、サーシャといいます。ネコの国のリナさまの道場で武芸を教わっていました」  
「そのようですね。その赤いリボンでわかりますよ」  
「そ、そうですかぁ? それで、今はドゥラという悪党を追っておりまして」  
「家宝を盗まれた……のでしたね。で、どうやらこの国にいるらしいと」  
「はい。それで、一人ではいささか心細いもので」  
「……しかし、よくウチのことをご存知でしたね」  
「それは……その」  
 急に口ごもる。  
「あ、いえ、別に聞きただしてるわけじゃありませんから。先を続けてください」  
「は、はい。それで、やはり一人だけでは心細いので、何人かお力添えをと思いまして」  
「はい。それで、私と、このフェイレンがついてゆくということでよろしいですか?」  
「あ、はい。三人もいれば何とかなると思います」  
「それで……相手さんがどれくらいいたっけ……」  
 フェイレンの問いに、サーシャが答える。  
「たしか……百人ほど」  
「……ま、いいか……」  
 何とかなる数だと思った。無理やりにでもそう思うしかなかった。  
 
 草原を、馬に乗って進む。  
「ぶしつけなことをお伺いしますが」  
「何ですか?」  
「皆様は、ふだんどうやって生計を立てていらっしゃるのですか?」  
「え? あ、あはは、それはその……」  
「お伺いしたところ、月謝を受け取っているようでもありませんし」  
「まあ、その……農業と国からの補助金と……あとはその……」  
 小声で続ける。  
──闘技場荒らしとか、賞金稼ぎとか……  
 
「えっ?」  
 よく聞き取れなかったらしく、サーシャが問い返してくる。  
「あ、いえいえ、つまりは農業ですね。修行の合間にお茶の栽培とか養蚕とかやってるんで、それを売って」  
「ああ、そうでしたか」  
 納得した様子のサーシャをみて、とりあえず安堵の息をつく。  
「それにしても、最近あちこちで悪い人が増えてきましたね」  
「そうなんですか?」  
「ええ。むかしはそれほどでもなかった気がするんですけど、最近はなんだか盗賊とか増えた気がします」  
「悪心を鍛えなおすにも、武芸はいいんですけどね」  
「そう、それなんですよっ! 武とはそもそも、心身の双方を鍛えることなのに、近頃ときたら……」  
 怒り気味のサーシャを、あわててなだめる。  
「ま、まあまあ。怒りは心身の平衡を乱しますよ」  
「……すみません」  
「とりあえず、向こうにつくまではのんびり行きましょう。行くまでに疲れちゃどうにもなりませんから」  
「そうですね」  
 
 コウゼンの道場。  
 洗濯を終えたミコトは、フェイレンの部屋の掃除をしていた。  
 別に言われたわけではないが、じっとしているのが変に怖かった。  
「……」  
 無言で、ハタキをかけ、散らかっている本や衣服を片付ける。  
 きちんと片付けると、何かかえって生活感のない部屋に見えた。  
 本棚に並ぶ、小難しい本。壁に掛かっている棒や衣服。およそ、娯楽などとは縁のない部屋。  
 ひとりで、そんな部屋にいると、無性に寂しくなってきた。  
 自分は、ひとり。ふとそんな気分がこみあげてきた。  
──何を、いまさら。  
 この世界に落ちてきたときから、ひとりだったはずなのに。  
 寂しさなんか、とうの昔に捨てたはずなのに。  
──こんな気持ちに、なりたくないから。  
 何もかも、捨てたはずなのに。  
 今夜は、いやな夜になりそうだった。  
 
 獅子の国の北東部。荘園に囲まれた大きな屋敷がある。  
 ドゥラというのが、その地の大地主で富豪のシャ・ドゥラだとわかったのは、その地についてからだった。  
 小作人を奴隷のように扱い、高利貸しや恐喝などで悪評高い人物である。ドゥラと聞いただけでこの男だと気づかなかったのは、確かに不覚だった。  
「……はあ。こりゃ、とても百人じゃきかないな」  
 フェイレンがため息をつく。  
「たぶん、衛兵だけで百人は超えてるわね。どうする?」  
「……どうするもなにも、行くしかないだろう。どのみち、あの男を生かしておいては武の道に反する」  
 いつになく厳しい表情で、フェイレンがいう。  
「それもそうね」  
 ファリィが頷く。  
「正面からですか?」  
 と、サーシャ。  
「……さすがに、それは無謀かもしれない……が」  
「が?」  
「無謀といえば、三人で乗り込むこと自体無謀の極みだしな。どの道、地図すらないんだから裏門だろうが表門だろうが、危険なことに変わりはない」  
「つまり……」  
「義はこっちにあるんだ。……真正面から、叩き潰す」  
 馬の背から棍を取ると、静かにフェイレンは言った。  
 
「おい、待てっ」  
 正門に近づく三人の人影を見咎めて、門番が問いただす。  
「何者だ、不審なや……ごはっ……」  
 言い終わるより先に、フェイレンの棍が顔面に叩きつけられていた。  
 同時に、ファリィの蹴りがもう一人の門番の顎を跳ね上げる。  
 どうと、門番が二人同時に崩れ落ちる。  
「……はやっ」  
 サーシャが、あきれたように言う。  
「こんなところでもたついてもいられないしな」  
「それもそうね。……じゃ、カギ開けるね」  
 
 そう言うなり、サーシャが身長より長い鈎鎌鎗を上段から振り下ろす。  
 気合と共に振り下ろされた刃が、門扉を真っ二つにする。  
「……開けるというか、それは壊すだ」  
「大して変わらないでしょう」  
「……まあな」  
 とはいえ、扉を真っ二つにした音が聞こえたか、あるいは誰かが見ていたか。  
 門を破って一歩中に踏み込んだときには、周囲からわらわらと衛兵が現れていた。  
「……こういうときは、厄介なのは飛び道具ね」  
 ファリィが言う。  
「ああ。こんな場合、射手は衛兵への誤射をためらわずに撃ってくる。集中力を切らすな」  
「うん」  
 サーシャが、鈎鎌鎗を構えなおしながら言った。  
 
 先頭を切って、数人の衛兵が斬りかかってくる。  
 その右端の男に、首筋へと棍を叩き込む。  
 倒れるのを確認するより早く、すばやく棍を引く。それが、背後にいた別の兵士を打つ。  
 腹部を抑えて悶絶する兵士。立ち上がるまでにはしばらくかかるだろう。  
 そして、一歩前へ踏み出す。眼前には二人の衛兵。  
 鳩尾。革の胸当てを貫いて、その奥まで突き刺さる。  
 そのまま、棍を持つ手に力を込めて横に振る。棍に突き立った衛兵ごと、別の男をなぎ払う。  
 ぶつかった衝撃で、棍から衛兵の体が抜ける。  
 風を切る音。  
 転がるように横に飛びのくのと、さっきまでいた場所に数本の矢が突き立つのが同時だった。  
 フェイレンを狙ったはずの矢の数本は、不用意に飛び込んだ数人の衛兵に突き立っていた。  
 立ち上がろうとしたところに、別の兵士が大刀を振り下ろしてくる。  
 咄嗟に、横に跳ぶ。  
 大刀が、地面に食い込む。  
 抜くより先に、フェイレンの蹴りが首筋を貫いていた。  
 
 大きく棍を振り、周囲を見渡す。  
 少し離れたところで、サーシャが鈎鎌鎗を手に衛兵をなぎ払っていた。  
──さすがは「無双のリナ」の門下生か……  
 槍術天下一と呼ばれる者の道場を出ているだけのことはあると思った。  
 本来は騎兵戦に適した鈎鎌鎗を、歩兵相手の乱戦で使いこなすとなると、並大抵ではできない。すくなとも、フェイレンにはあそこまで扱う自身はない。  
 そしてファリィもまた、その少し離れたところで鋼鞭をふるっている。  
──ま、ファリィは……あれで当然か。  
 若いとはいえ師範代。つまりはフェイレンよりずっと強いのだから。  
 そんな二人を確認しながら、さらに近寄ってくる衛兵を打ち据え、なぎ倒す。  
 獣の呻き声。声の方向を向くと、二匹の虎がこちらを見ていた。  
 鞭の音と共に、その二匹が同時に襲い掛かってくる。  
──甘い。  
 二匹の獣。しかしどうということはない。これまでに何度、獣と戦ったと思っている。  
 そもそも、鞭の音で操る時点で甘い。  
──静かに、音もなく。  
 それが、基本のはず。  
 左右から襲い掛かる虎。一方の虎の眉間を棍が貫く。頭蓋の砕けた音が、かすかに聞こえる。  
 もう一匹。爪を振り上げて躍りかかる。  
 右手を、棍から離す。  
 貫手。前脚の一撃をかわしざまに咽喉を貫く。  
 その手を抜き取りながら、体を反転させる。  
 左脚。顎を真上に蹴り上げる。  
 そして棍。手元に持ち直し、小さく回して心臓を突く。  
 二匹が、その場に崩れ落ちる。  
 調教師らしき人物が、呆然としていた。  
 それは、静止の狭間では、最も犯してはならないこと。  
 呆然としている間に、棍が頭蓋を砕いていた。  
 
 死屍、累々。  
 そこに転がっている衛兵や獣の死体と、重傷者の山は、あるいはフェイレンたち三人に叩き潰され、あるいは弓兵の流れ矢で倒れたもの。  
 生きているものは、もはや怯えて近づきたがらない衛兵たちと、返り血は浴びているもののほとんど無傷の三人。  
 あらかた片付けたのを見ると、玄関の中に入る。  
 飛び込むと同時に、矢が降り注いでくる。  
 が、当たらない。  
 玄関の弓兵は三方合わせて30人。前方20人、左右に5人。  
 だが、相手が悪い。  
 仮にもネコとライオン、それも全員、相当の修行を積んでいる相手だ。  
 たかが三十本程度の矢を見切るなど、造作もないことだった。  
 最初の斉撃を、あるいは打ち払い、あるいは避けると、相手が次の矢を構える前に間合いを詰めていた。  
 二の矢をつがえるより早く、半数がその場に倒れていた。  
 そして二の矢をつがえ終えた者も。  
 敵を狙うまでの数秒の間に、打ち伏せられていた。  
 
 さらに、奥へと駆け抜ける。  
 手当たり次第に、扉を開ける。  
 突然の乱入者に怯え、震えている召使。  
 混乱して取り乱し、なにやら喚きたてながら手当たり次第に片っ端から投げつけてくる者。  
 部屋に隠れていた兵士。  
 あるいは打ち倒し、あるいは見逃しながら、屋敷の奥へと進む。  
 時折、防犯設備らしき鉄格子が降りている。  
 そんなときは、サーシャの鈎鎌鎗が一閃する。  
 鉄が、泥のように斬れる。  
「……すごいな、ネコの国の武器は」  
「えへへ……これも落ちものの技術なんですよ。コンニャク以外なら何でも斬れます」  
「なぜコンニャク?」  
「さぁ……私にもわかりません」  
 小首を傾げて、サーシャが言った。  
 
 鈎鎌鎗が一閃し、最後の一人が鮮血を吹いて床に崩れ落ちる。  
 二階の踊り場。三十人ばかりの衛兵を打ち倒すと、奇妙な静寂が訪れた。  
「……静かになったな」  
「そうですね……ずいぶん倒しましたから」  
「でもこう静かだと不自然ですね」  
「……だな。そして大体、こういう場合……」  
「こういう場合?」  
「最後の最後にロクでもないことが、待っている」  
「それは……経験ですか?」  
「そうだな。とりあえず……ドゥラはこの奥にいるんだな」  
「そう言っていましたね」  
「……行くか」  
「そうね」  
「はい」  
 踊り場の奥にある大きな扉を、開ける。  
 絢爛とした広い部屋。その奥に、ライオンの男がいた。  
 シャ・ドゥラ。悪名高い男が、目の前にいる。  
「……ふん」  
 ドゥラが、三人を見て鼻で笑った。  
「小娘二人と若造か。この程度の奴も追い払えぬとは、全くなっとらん」  
「上がバカだと、下もバカなんでね。楽な相手だったよ」  
 フェイレンが、無造作に棍を振りながら言う。  
「ふん、ほざきおるわ。まあよい」  
 ドゥラの目が、妖しく光る。  
 次の瞬間、ドゥラの体を包み込むように激しい気の流れが巻き起こった。  
 
「……予想通り、か」  
 棍を構えなおし、左側に歩を進めながらフェイレンが言う。  
「予想通り……よりちょっと上かも知れないわよ」  
 と、ファリィ。右側に歩を進めながら言う。  
「……楽はできないと、最初から思ってました」  
 サーシャが、鈎鎌鎗を頭上に構える。  
「く……ははははははっ!」  
 そんな三人の姿を見て高笑いするドゥラ。その体つきが一回り大きくなり、背中には蝙蝠の羽、そして背からは蠍の尾が二本。  
「……マンティコア」  
 サーシャが、ぽつりと言った。  
「知ってるのか?」  
「ヒポグリフ……つまり、合成人の中でも、最も戦闘に特化した種とか」  
 フェイレンの問いに、サーシャが答える。  
「むかし、何かの本で読みました」  
「なるほど。つまりは……」  
 ぶんと、棍を振りながらフェイレンが言う。  
「相手にとって、不足はなしか!」  
 
 変身を終えたシャ・ドゥラは、身長4メートルを超える巨人と化していた。  
 左右の手には鋭い爪。二本の尾はそれぞれが意思を持つように自在に動く。  
 そして、速い。  
 死角のはずの斜め後方から跳びこんだフェイレンを、片方の尾が振り払うように動く。  
 それを受け流すように、棍を左に払ったその瞬間、右腕が振り下ろされる。  
「……ぐほ……」  
 横に避けたつもりだったが、フェイレンの体の動きより速く振り下ろされた右腕が、上から叩き伏せる。  
 爪の直撃を受けなかっただけまだマシだったかもしれない。  
 たまらず、床に倒れるフェイレン。  
 
 右腕をフェイレンに振り下ろした隙に、サーシャが正面から、そしてファリィが横から飛び込む。  
「ふんッ」  
 左腕、そして左尾。それぞれが、二人の動きを読んでいたように、カウンターで払い落とす。  
「くっ……」  
「ん……」  
 鈎鎌鎗で受け止め、直撃は避けたサーシャ。気功でダメージを軽減させたファリイ。しかし二人とも、ダメージは残る。  
 すぐに立ち上がるフェイレン。二人に次の攻撃が入ると致命傷になる。  
 棍を、右脚首に。そして反転させて右膝に叩き込む。  
「ん〜?」  
 あざ笑うような声と共に、右脚を大きく振る。棍ごと、真後ろに蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。  
「ぐ……まだだッ!」  
 片膝をつく。しかしすぐに立ち上がり、棍を構えなおす。  
 そして、駆ける。  
 その目に、サーシャとファリィの姿が映る。  
 二人とも得物を構えなおし、攻撃の機会を見計らっている。  
 その二人を、二本の尾が襲う。  
 毒針だけは避けようと振り払うが、ダメージが残っていたせいだろうか、ファリィは振り払われて地面を転がり、サーシャは後方へと弾き飛ばされる。  
 シャ・ドゥラの口元が、わずかに動く。  
──呪文?  
 気付くと同時に、頭上に熱を感じた。  
 真横に、跳ぶ。さらに棍を地面に突き立て、その動きを利用してさらに横に。  
 爆炎が、さっきまでいたその場所に巻き起こった。  
「ファリィ!」  
 ふと横を見ると、ファリィが床に倒れている。  
「大丈夫か?」  
「大丈夫。こんなの……平気っ」  
 立ち上がり、二本の鋼鞭を構える。  
 少し向こうに、サーシャが見える。立ち上がってはいるが、まだダメージが残っているらしい。  
 シャ・ドゥラが、正面から二人を見ている。  
──あの尻尾……あれを何とかできれば。  
 
「……ファリィ」  
「ん?」  
「正面からいくぞ」  
「正気?」  
「正気だ。俺を信じろ」  
「わかった」  
 フェイレンとファリィが、同時に駆ける。  
 シャ・ドゥラの口元が動く。  
「駆け抜けろ、ファリィ!」  
 言いながら、棍を地に突き立てる。そして棒高跳びの要領で、宙に舞う。  
「サーシャ!」  
 その声に、シャ・ドゥラの背後からサーシャが駆ける。  
 詠唱、そして爆炎。しかしそれが巻き起こった場所を、ファリィは駆け抜けていた。  
 至近距離。気を込めた鋼鞭が、シャ・ドゥラの右膝を打つ。  
 紛れもなく、骨が砕けて当然の一撃。しかし何事もないかのように、シャ・ドゥラの右脚はファリィを蹴り上げ、はじき飛ばしていた。  
 それと同時に。爆炎が巻き起こす上昇気流は、宙を舞うフェイレンの動きをかすかに変えていた。  
 呪文の詠唱による、一瞬の集中力の途切れ。叩き落そうとするシャ・ドゥラの動きが、一瞬だけ遅れた。  
 右脚。真上から、眉間を蹴る。  
 確かに急所を蹴りぬいたはずだった。しかし、そこにシャ・ドゥラの両腕が襲い掛かる。  
 空中で、両腕の直撃を受ける。  
「ぐっ!」  
 爪。右腕と背中を、深々と切り裂かれる。その衝撃で体制を崩し、5メートル近い高さから床に落ちた。  
 受身を取り、何とか立ち上がろうとするが、怪我と落下のダメージで、たまらず片膝を突く。それを見て、とどめを刺そうと右腕が振り下ろされた。  
 
 棍は、この男の手元にない。女は、壁に吹き飛ばされている。もう一人の女も、近くにはいない。  
 まず一人……殺せる。シャ・ドゥラには確信があった。  
──もうひとりの、女?  
 爪を振り下ろしながら、ふと思った。  
──どこにいる?  
 次の瞬間。  
 二本の尾に、焼けるような激痛が走った。  
 
 サーシャの鈎鎌鎗。鉄を泥のように切り裂く、ネコの国の逸品。  
 いくら蠍の殻が硬いと言っても、鈎鎌鎗の刃の前には無意味だった。  
 一閃した鈎鎌鎗が、二本の尾を根元から両断していた。  
「ぐあああっっっ!」  
 シャ・ドゥラが絶叫を上げる。  
 痛みが、動きをわずかに鈍らせた。  
 横に転げるようにして爪の一撃を避け、フェイレンは落としていた棍を手に取った。  
 立ち上がる。しかし出血がひどい。  
 ファリィをみる。やはり立ち上がってはいるが、ダメージは決して少なくはなさそうだ。  
 そしてサーシャも。気功が使えない分、一撃のダメージはむしろ一番多いはずだった。  
 三人とも、満身相違だった。しかしシャ・ドゥラも二本の尾を切断され、ダメージは低くないはずだった。  
──勝てる。  
 気を、巡らせる。出血を止め、全身に力を込める。  
──大丈夫だ……動ける!  
 左右を、見る。  
 二人と、目が合った。二人とも、まだ動ける。そして、一瞬の好機を狙っている。  
「行くぞッ!」  
 一声叫び、駆ける。  
 シャ・ドゥラの口元は、動いていない。代わりに、左腕の爪が振り上げられる。  
 シャ・ドゥラの右から、ファリィ。左後方から、サーシャ。同時に駆け出している。  
 空を切る音と共に、左腕が振り下ろされる。  
 右に、跳ぶ。  
 跳びながら、振り下ろされる腕に、棍を横薙ぎに打ち付ける。  
 ぐるんと、シャ・ドゥラの左腕を支点に半回転。シャ・ドゥラの左横に密着する場所に立つ。  
 そして、シャ・ドゥラの右から飛び込んできたファリィ。右膝の、さっきと同じ場所に鋼鞭を打ち付ける。  
 鈍い音。そして、骨の砕ける確かな感触がした。  
 がくんと、右膝を突く。  
 それを、サーシャとフェイレンが待っていた。  
 心臓。すでに二人の間合いにあった。  
 左脇からフェイレンの棍が。やや背中から、サーシャの鈎鎌鎗が深々と突き刺さる。  
 絶叫を上げるシャ・ドゥラ。膨大な血を吹いて、その場に倒れた。  
 
 死ぬと同時に、シャ・ドゥラの体は見る間に縮み、あとにはライオンの死体が残された。  
「……前言撤回だ。相手に不足はないどころか、二度と戦いたくない」  
「そうね」  
 疲れ果てたフェイレンとファリィがそう言う。  
「でも、これで奪われたものも取り戻せますし、苦しめられていた人も助かりますね」  
「だな。とりあえず、宝物庫から見つけ出して、あとは……牢屋があるはずだから、そこからみんなを助け出さないとな。悪どいことをしてたんだ、牢屋ぐらいはあるだろう」  
「ですね」  
 
 無駄に整理され、目録まで用意されていた宝物庫から、サーシャの家宝を見つけ出す。魔法の道具などではなかったが、素人目にもかなりの価値があるとわかる、絵画と玉衣だった。  
「家祖の肖像画と、当時の女王から下賜されたものなんです。当時世界一と言われた画家の方の手になるものでして」  
「なるほどね。そりゃあ確かに家宝だ」  
「それで、なんとしても取り返したくて」  
「なるほどね。……さて、あとは牢屋だな」  
 
 予想通りというべきか、牢屋にはたくさんの人が閉じ込められていた。  
 それらを次々と開けてゆく。囚人や、囚人の世話をしていた老人から隠し牢の存在も聞き、そこも開放する。  
 ひどい空間を見ているうちに、ふと気になることがあった。  
「……まさか、な……」  
「どうしたの?」  
「いや……ミコトのやつ、もしかしたら……」  
「……なるほどね。でも、聞かないほうがいいんじゃない?」  
「そうだな。傷をえぐることになるのは目に見えている」  
 やがて、囚人全員を解放すると、急いで三人はリンケイへと戻った。応急処置はしたが、傷の治療とかは道場でやったほうがよいだろうと思った。  
 シャ・ドゥラのせいで甘い汁を吸っている者も少なくはないはずだから、見つからないうちに退散したかったというのもあった。  
 
 
「……ただいま」  
「おかえりなさいませ」  
 翌日の夕方。コウゼン道場に戻ってきた三人を、ミコトが迎える。  
 傷だらけの三人を見ても、顔色一つ変えない。  
「……医庵へ向かわれますか」  
「そ、そうだな……」  
 淡々とした会話が続く。予想していたとはいえ、ねぎらいや心配の言葉はなに一つない。  
「では、先に連絡しておきます」  
 そう言って、先に歩き出す。  
「……きっつい子ね……」  
 サーシャが、フェイレンに言う。  
「彼女にも、事情があるんだ」  
「……それにしても」  
「とにかく、医庵に向かおう。正直、この怪我はつらい」  
「そうですね」  
 
 医庵に入ると、ミコトが白のチャイナドレスに着替えて、無表情のまま待機していた。  
 ボディラインを際立たせ、半分透けそうな白のチャイナドレス。医庵での看護婦の制服である。  
「……み、ミコト……」  
「何ですか?」  
 フェイレンの驚いたような声とは対照的に、抑揚のない声で問い返す。  
「いや、いい。今は看護婦はいないんだな」  
「はい。みなさん麓の町で巡回検診を行っております」  
「……そうか。で、残ってる先生は?」  
「ラネン先生です」  
「そうか」  
「まずはお並びください」  
「……わかった」  
 
 傷の治療と縫合が終わると、部屋に戻る。  
 殺風景なくらいに整理された部屋が、待っていた。  
「……おかえりなさいませ」  
 元の作務衣に着替えたミコトが、そう言って挨拶する。  
「あ、ああ……」  
「いかがなさいさました?」  
「いや……医庵の服も似合うなと」  
「ありがとうございます」  
 にこりともせずに答える。  
「……ああ、そうだ」  
「何でしょうか」  
「シャ・ドゥラっておっさんをあの世に送り飛ばしてきた」  
「…………」  
 しばしの沈黙が流れる。  
「……いや、なんでもない」  
 気まずい雰囲気を感じて、あわててそう取り繕う。  
「……伽の準備をいたします」  
 無感情な声が、聞こえてきた。  
 
 作務衣を脱ぎ、丁寧にたたむ。  
 裸になったミコトが、フェイレンに近づいてくる。  
 小ぶりな胸とショートカットの黒髪。フェイレンが彼女を見つけた頃の傷はほとんど癒えたが、いくつかは痕になって残っている。  
「……怪我人だし……今日は柔らかくな」  
「承知いたしました」  
 そう言って、フェイレンの服に手をかける。  
 柔らかな手つきで服を脱がせ、そして折りたたむ。丁寧な仕草は向こうの世界にいた頃に身に着けたものだろうか。  
 
 全て脱がせると、ミコトが肌を寄せてくる。  
 冷たい肌の感触を確かめながら、唇を重ねる。  
 互いの舌が絡みつく。  
 どちらかというと、あまり愛情を感じるキスではない。ミコトの方はというと、あくまでも主人が少しでも気持ちよくなるためにと、計算して舌を絡ませているような感じだった。  
 今日も、そんな感じだった。  
 が、少し舌を絡ませていると、変な感じもする。  
──なんだか、ぎこちないな。  
 唇を、離す。  
 そして、自分の上に腰掛けるように座らせると、両手で胸を愛撫する。  
「…………」  
 言葉は、ない。無表情なまま、愛撫されるままに身を任せている。  
 それでも、少し愛撫を続けると、やがて桃色の乳首がつんと固くなってくる。  
 そうなると、指先で少し刺激を与える。  
 かすかな胸のふくらみを愛撫しながら、乳頭を指先で転がし、時々こするようにうごかす。  
 そうしながら、耳元やうなじに舌を這わせる。  
「……ん……」  
 ほんのわずか、声が漏れる。肌が、少しづつ火照ってくる。  
 感情のない顔に、かすかに赤みが差してくる。  
 片手を、胸のふくらみから離す。その手は腹部を愛撫しながら、ゆっくりとその下の繁みへと這わせてゆく。  
 やがて、下腹部の繁みに到達した指は、それを掻き分け、さらにその奥へと潜り込む。  
「…………」  
 少しだけ、息が荒くなる。  
 恥部に到達した指を、ゆっくりと動かす。  
「………あ………」  
 漏れる声に、少しだけ甘い響きがまじる。それに合わせて、恥部が濡れてくるのがわかる。  
 ふと、ミコトが振り向いた。  
 表情のない瞳。にこりともしない、いつもの無感情な顔。  
 いつも、そうだった。  
 愛撫すれば、体は反応するし、絶頂に達することもある。  
 しかし、表情はというと無感情なままだった。その瞳が、悦びをみせた事はただの一度もない。  
 そして、今も。  
 ただ、少しだけ違っていた。  
 
 頬を染め、じっとこっちを見つめる瞳。  
 相変わらず感情のない瞳だが、何かを求めているようにも感じられなくはなかった。  
「……ミコト」  
 名前を、呼んでみる。  
「……はい」  
 抑揚のない返事が、返ってくる。  
「どうしたんだ?」  
「……ご主人様」  
「ん?」  
「……なんでも……ありません」  
 そう言って、また顔を前に向けた。  
「…………」  
 ミコトを、腰の上から下ろす。そして、寝台に寝かせた。  
 その横に、自分も寝る。  
 いやおうなく、ミコトと向き合う格好になった。  
 ミコトの目は、じっとフェイレンを見つめている。  
「…………」  
「…………」  
 沈黙が流れる。  
「……ご主人様」  
 しばしの沈黙の後、ミコトが言った。  
「何?」  
「伽を……続けませんか」  
「あ、ああ……わかった」  
 なんだかぎこちない動きで、ミコトを抱く。  
 仰向けに寝かせ、正常位で貫く。  
「……あぁ……」  
 甘いあえぎ声。初めて聞くような気がした。  
 秘肉が、フェイレンの肉棒を締め付けてくる。  
 前後に動かすたび、ミコトの口から甘い喘ぎが漏れる。  
 
 ふと、その表情を見る。  
 ミコトの目は、じっと天井を見つめていた。  
 あいかわらず表情はないが、かすかに頬を染め、時折あえぎ声を漏らしている。それだけでも、いままでとは違うような感じがした。  
 ミコトの目が、ふとフェイレンを見る。  
「……」  
 フェイレンと目を合わせるミコト。その顔を、じっと見ている。  
 そして。  
 ぽろりと、涙がこぼれた。  
「……えっ?」  
 慌てるフェイレン。あわてて肉棒を抜き、身を寄せる。  
「……ミコト……?」  
「……ご主人様……」  
 その瞳に、涙が浮かんでいる。  
「……どうしたんだ?」  
「……申し訳……ありません」  
「い、いや、その……」  
「続けて……ください」  
「続けてって言われても……」  
 潤んだ瞳が、フェイレンを見つめる。初めて見せる、悲しげな表情。  
「……お願いです。……ご主人、様……」  
 そういうと、また涙がこぼれた。  
「……わ、わかった……」  
 もう一度、肉棒を挿入する。  
 ミコトが痛がらないように、ゆっくりと動かす。  
「……ん……」  
 喘ぎ声。涙を浮かべた瞳は、じっとフェイレンを見つめている。  
「……んっ……んくっ……」  
 声を堪えているのがわかる。切なげな表情で、快楽に耐えている。  
 はじめてみる表情だった。  
 
「ミコト」  
「……はい……」  
「無理しなくて、いい」  
「……」  
「そう、いつも我慢するな」  
「……ご主人様」  
 切なげな声で、フェイレンを呼ぶ。  
「ん?」  
「出して……ください」  
「……いいのか?」  
「お願い……です」  
「わかった……」  
 腰を、少し速く動かす。  
 ミコトの顔が、少し上気している。潤んだ瞳の奥に、少しだけ悦びの色が見えるような気がする。  
 はじめて見る、ミコトの可愛らしい表情。それが、フェイレンの欲望に火をつけていた。  
 ミコトの小さな恥部を、激しくこすり上げる。  
「あっ……あ……ああっ……」  
 少しづつ、ミコトの喘ぎが多くなる。  
 肌が桃色に染まっているのが、月明かりに映える。汗ばんだ肌が、きらきらと輝くように見える。  
 ふとみると、両手が布団をぎゅっと握り締めていた。  
「ミコト」  
「……っ……んっ……」  
 目を硬く閉じ、快楽に耐えている。声も聞こえていないのかもしれない。  
 どうやら、本当に限界のようだった。  
「出すよ」  
 それだけ言うと、フェイレンは欲望の中身をミコトの中へと流し込んだ。  
 
 ぐったりとしたミコト。その体を抱くと、うっすらと目を開けた。  
「……ご主人様」  
 焦点の合わない目で、フェイレンを認めるとそう口にする。  
「大丈夫?」  
「……はい」  
「無理しなくていいんだよ」  
「大丈夫です。……ご主人様の、ためですから」  
 淡々とした声。しかしその奥に、少しだけ普段と違う響きがまじっている。  
「なあ、ミコト」  
「……はい」  
「おれは、ミコトの味方だからな」  
「え?」  
「この世界のどっかに、一人ぐらい味方がいると思えば、少しは元気になるだろ」  
「……はい」  
 頬を染めたまま、こくりと頷く。無表情な顔も、こうしてみると可愛い。  
「まあ、その……アレだ。その……」  
 言い終わってから、急に恥ずかしい気分になって、慌てて何とか取り繕おうとする。  
「……ご主人様」  
「え? あ、ああ、その……」  
「ありがとう……ございます」  
 潤んだ目が、フェイレンをみつめていた。  
 
「さ、そろそろ寝ないか? 一応、明日も朝はやし」  
「わかりました。……ですが」  
「何?」  
「今夜一晩、ご主人様の手で抱いていただけますか?」  
 そう言って、肌を寄せてくる。  
「……わかったよ」  
 そう言うと、フェイレンはミコトの小柄な身体を抱き寄せた。  
 
 翌日。  
「……せいッ!」  
 コウゼン道場は、朝から相変わらず活気がある。  
 初心者や留学生が学業にいそしんでいる午前の間が、フェイレンたちある程度上級者の自由になる時間である。午後になると、後輩たちの教育や練習相手などで、なかなか自分の時間が取れない。  
 演武を済ませ、組手を何組かこなす。  
 道場から戻ると、ミコトがこぎれいな手ぬぐいと着替えを持って待っていた。  
「……おつかれさまでした」  
 その声は、いつもと変わらない。ただ……こころなしか、少し目を伏せている。  
「どうした?」  
「えっ?」  
「珍しいな。そんな表情」  
「そう……ですか?」  
「いや、悪くない。可愛くていい感じだ」  
「…………」  
「どうした?」  
「可愛い……ですか?」  
「ああ」  
「……その、ご主人さま……」  
「ん?」  
「うれしい……です」  
 そう言って、顔を上げる。  
 すこし上気した笑顔が、フェイレンを見つめていた。  
「そうか。よし、俺もがんばるぞっ!」  
 大きな声で、気合を入れる。  
「はい。がんばってください」  
 そう言うと、ミコトも大きな手ぬぐいをフェイレンにおしつけてきた。  
 
「……なによ、アレ。昨日とぜんぜん違うし」  
 サーシャが不満げに言う。  
「あれが、本当の姿なんじゃない?」  
 ファリィが、くすくす笑いながらそう答えた。  
(FIN)  
 

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