薄暗い廊下を大小二つの影がゆっくりと進んでいく。  
 ひとつは中年の男、中肉中背で地味な服装、と言ってもこの時代には珍しい洋装である。にも関わらず、不思議なほどに特徴のない男だった。ただ、その鋭い目つきだけが男が只者ではないことを現していた。  
 もうひとつの影は女だった。しかし、まだ女と言うにはためらいを覚えるような、少女から大人の女性へと変わる一歩を踏み出しかけた程度の年頃である。  
少女の前を歩く男とは違い、一目見たら思わず感嘆の溜息を漏らさずにはいられない、将来の楽しみな素晴らしい美貌の持ち主だった。こちらは洋装ではなく、女学生のような袴姿である。  
だが今、そのはかなげな顔には不安が浮かんでいる。  
 屋敷に入ってからもうずいぶんと歩いたのだが、いまだに誰にも会っていないことが、原因のひとつであるだろう。  
 少女はこのわけのわからない状況に至るまでをぼんやりと思い返してみた。  
 
 いつものように父、母、弟、自分の四人で夕食をとり終えた後、風呂に入り、もう休もうかと思っていたころに、両親から居間に呼び出されたのだ。  
 ひどくつらい顔をして座っている両親の様子をいぶかしんだものの、少女は黙って二人の前に座った。  
「なにか御用ですか」  
 少女が尋ねると、父はつらそうな顔をさらに歪めて、地図と封筒を手渡し、こう言った。  
「明日、その地図に書いてある場所に行きなさい」  
 父の事業が上手くいっていないらしいことは知っていたから、なんとなく自分がどうなるのか想像はしていた。  
そうして今の状況である。ついに来るべきときがきた。そう思ったが、それは顔には出さず、少女は静かに、わかりました。と言った。  
 翌日、家を出るときに、事情のわかっていない幼い弟が、でかけて行く自分をひどく羨ましがったのが、なんとなくおかしかった。  
「いってきます」  
 少女が言うと、父親がただ一言、すまん。と言った。母親は耐えられなくなったのか、両手で顔を覆うと嗚咽を漏らし始めた。  
 
 地図に書かれたところは街の中心部だったので、まだ珍しい蒸気機関車に乗っていった。  
 流れるように過ぎていく景色をただ見ていると、あっという間に駅に着いた。  
 そこからしばらく歩くと、大きな屋敷があった。  
 地図に書き添えられていたとおりに、門の脇に立っている門番達に声をかけ、封筒を見せた。  
 よくあることなのだろう。若い門番の一人が、門を開け、広い中庭を通り抜け、屋敷の中に連れて行ってくれた。  
 そこからは年老いた小間使いの女が部屋まで案内してくれた。  
 部屋に向かう途中に、老婆が、  
「あんたは運がええ。連れてこられたところがここで、ほんに運がええ」  
 しきりにそう繰り返していたのが印象的だった。  
 部屋に案内されると、見たこともないようなふかふかのソファに座って待っているように言われた。  
老婆はしばらく部屋の隅でごそごそしていたが、やがて少女の前に暖かい紅茶とクッキーを運んでくると、また、運がええ。そう少女に声をかけて部屋から出て行った。  
 一人になって部屋の様子を伺うと、そこはこれまで少女に縁のなかった異国のもので溢れかえった部屋だった。  
今座っているソファだってそうだし、目の前のテーブル、壁にかかっている絵、隅に置かれているなんだか高価そうな置物。  
数年前の明治維新以後、社会が西洋の影響を急激に受けたとはいえ、これほど全てが洋風で、かつ高級そうなものなど話に聞いたこともなかった。  
 もしかして、自分がこれから会うのは外国人なのだろうか。言葉が通じなかったらどうしよう。  
少女がそんなことを考えながら、部屋の様子に圧倒されていると、扉がガチャリと音をたてた。  
 どきりとして少女がそちらに目をやると、口ひげの立派な三十程度の男が入ってきた。日本人だった。  
 男が自分の目の前のソファに座るのを少女が目で追っていると、男が口を開いた。  
「やあ、はじめまして。私のことは悪丸と呼んでくれたまえ。さて……君は自分の状況を理解しているかね?」  
 やけに軽い調子だったので、拍子抜けしたが、少女はこくりと頷いた。  
「はい。だいたい」  
 
 その答えに満足そうにうなずき返すと、男はパイプを取り出し火をつけた。そして、気持ちよさそうに煙を吐き出すと、にっこり笑った。  
「ふむ、なかなか頭の良さそうな娘だな。えーっと、君の名前は……」  
「大山咲です」  
「そう、咲君だったね」  
 ちゃん、ではなく君。そう呼ばれたことが大人扱いされたようで、妙に嬉しかった。  
 男が再びパイプに口をつけ、ゆっくりと煙をくゆらせた。  
「君にはこれから、教育を受けてもらう」  
 教育。その言葉に咲は思わず身を硬くした。  
「大丈夫、君が想像しているようなことではないよ。まともな教育だ。礼儀作法、炊事洗濯、ある程度の読み書き」  
 そこまで言うと、男はちらりと咲の様子を伺った。  
 咲は強張った声で男に尋ねた。  
「本当にそれだけなんですか?」  
「拍子抜けしただろう。まぁ、ここでは……だがね」  
 やっぱり。咲はなかばあきらめに似た感情を覚えた。  
「ま、よくある話だよ。維新で世の中はがらりと変わってしまった。新しい世の中に順応できる者とできない者。  
できた者は大金を得て、できなかった者が借金をつくる。できなかった者が借金のかたに子供を持っていかれる。  
できた者が借金のかたに子供を持っていく。まったくよくある話だ」  
 抑揚のない、ただ軽いだけの調子で男が言うのを、咲はじっとうつむいて聞いていた。  
「ま、とは言えだよ。君はまだ運がいいほうだ。私はまっとうな商売をしていないが、他のまっとうでない奴等よりはまっとうな人間だ。  
ひどい連中になると、人間をもの以下に扱うからね。私は金のためにそこまではできない。  
ま、似たようなことはしてるがね、だいぶましだ。人間を人間扱いしてくれる人間にしか人間は売らない。  
ま、話がだいぶわき道に逸れたが、ある意味では私は慈善事業をしているといってもいいよ。  
借金のある人間にいろいろと教えて、仕事の世話までしているんだから。ま、君が思っているほどひどいことにはならないと思うよ。  
それじゃあ、ま、今日からがんばってくれたまえ。  
そうそう、お金は半額を今日、一月後に決まるきみの奉公先からきみで良いと返事があったときに残りと、運がよければ追加の上乗せ分をご両親に送るから」  
 
 テーブルに置かれていたベルを、男が鳴らすと、ドアから一人の男が入ってきた。まるで特徴のない男だった。  
「彼が今日から、君の教育係だ。ま、仲良くやってくれ。ま、私とはもう会うことはないだろうが、一応言っておくよ。それではまた」  
 最後まで威厳のないまま、男は部屋から出て行ってしまった。  
 
 それから、咲が想像し、覚悟していたようなことが一切ないまま、礼儀作法などを教え込まれた。閨事に関する教育も行われたが、知識だけで、咲に手が出されるようなことはまるでなかった。  
 そして、一ヶ月がたったとき。教育係の男に、  
「お前の行き先が決まった」  
 と、言われて馬車で連れてこられた屋敷を、咲は延々と歩いているのだった。  
 
 歩きながら、咲は屋敷の広さに驚いていた。今まで教育を受けていた屋敷も、見たことがないほど大きかったが、今いるここはそれよりもさらに広い。  
 先の屋敷とは違い、純和風のここはその広さと人気のなさのせいでまるで妖怪屋敷のように思える。  
 ときおりきしむ床板が、その年季を感じさせた。  
 こんなに広いのに人がいないなんて、もったいない。咲が呆れかえっていると、ようやく男が立ち止まった。  
「ここだ」  
 それだけ言うと、目の前のドアを開ける。  
 部屋の中に入っていく男に咲も慌ててついていく。  
 
 廊下と同じく、薄暗い部屋だった。  
 雑然とそこら中にものが置かれていて、足の踏み場もないとはまさにこのことだ。  
「秘中屋さん。女をつれてまいりました」  
 男の丁寧な口調に咲が驚いていると、部屋の奥でごそごそ音がした。  
 咲がよく目を凝らしてみると、ものが山積みになっている一角に男がいた。  
 熱心に何かをしているようでこちらを見ようともしない。  
「今、大事なところなんだ。女は隣の部屋で待たせておいてくれないか」  
 声からすると若い男のようだった。  
 教育係の男が部屋の奥へ声を投げかける。  
「それはよろしいですが、私は待っていられません。この後もいろいろと仕事があるもので」  
「ああ、わかったよ。それでかまわないから」  
「それでは女は隣の部屋で待たせておきます。また何か御用がございましたら、いつでもご連絡を」  
 相手が見てもいないのに教育係が頭を下げる。  
 そうして部屋をでると、隣の部屋に咲を連れて行った。  
 隣の部屋も先ほどの部屋と同じく、荒れた部屋だったが、教育係が適当にそこらのものをどかすと、ぺたんこになった座布団が出てきた。  
 咲をそこに座らせると、教育係が言った。  
「いいか、さっき言われたように秘中屋の旦那が来るまでここで待ってるんだ。悪い人じゃねぇから、言われたとおりにしてりゃあ、ひどいことにはならねぇ。それじゃあ元気でな」  
 出会ってから初めて、優しい言葉をかけられた咲が驚いているうちに、教育係は部屋を出ていった。  
 いい人だったんだ。咲は素直に感激していたが、いい人がこんな仕事をしているわけがない。  
 
 一人、部屋で座っていた咲だったが、次第に状況に慣れてくると退屈になってきた。異常な事態でもそう思えるのは、咲が若いということなのだろう。  
 きょろきょろと室内を見回すと、なにか置物のようなものがいたるところにある。四方の壁にはすべて棚がすえつけられていたが、そこにはぎっしりとなにかが置かれてあるし、床にもさまざまな壷、箱が乱雑に放り出されている。  
 目を凝らしてあたりを見ても、薄暗いためになにがなにやらわからない。  
 なかば手探りで窓を探しだした咲は、分厚い埃の積もった取っ手を掴むと、きしむ戸を無理やり押し広げ、光を取り入れた。  
 すると、部屋中が今までとはまるで違う明るい世界になった。  
 ようやく好奇心を満たせるとばかりに元気に部屋のほうに振り向いた咲は、そのまま絶句した。  
 棚に置かれた花瓶だと思っていたものはすべて、男根をかたどった張り型だったのだ。  
つるりと白いものから、血管の浮き上がったいかついもの、つやつやと黒光りした巨大なものと一つとして同じものはなかったが、そのすべてに共通するのが男根を模したものであるということだった。  
 咲が見たことのあるほんものといえば、小さな弟のものだけだったし、それすら勃起状態のものは見たことがない。  
 ただ呆然として口をぱくぱくさせていると、次第に目には涙がじんわりと滲んできた。  
「こっ……こ、これ……これは……!」  
 顔を真っ赤にした咲が助けを求めるように視線をさまよわせるが、目に入ってくるものはただ、ただ男根ばかり。  
「やあやあ、待たせてしまったみたいで。興がのるとどうしても途中でやめられなくて」  
 突然の声に咲が振り向くと、一人の男が戸を開けて入ってくるところだった。  
 年のころは二十歳をいくらか過ぎているというところで、作務衣を着ているところを見ると、隣の部屋にいた秘中屋の旦那と呼ばれていた男だろう。  
「え、キミが悪丸さんのとこから連れてこられた娘かい?」  
 この部屋の主であろう男の問いにおびえるようにしながら咲がうなずくと、男はううんと唸った。  
「まったく、悪丸さんにも困ったものだな。今度の女には期待しろと言っていたのはこういうわけか」  
 
 まるで事情のわからないなりに、咲はどうやら自分があまり歓迎されていないらしいことに気づいた。  
「わ、私ではだめなのですか? 悪丸……さんのところで色々と教えられてきたつもりです。私でよろしければ旦那様の望むことすべてに応えさせていただきます」  
 少女の健気な言葉に男が苦笑する。  
「その気持ちはありがたいんだけどね。えーっとここがなにを商っているところかわかってる?」  
 部屋の様子からわかっているのは明らかにまっとうな商売ではないということだけである。  
 少女はおずおずと首を振った。  
「まぁ、この部屋を見ればわかるんだけど。男女の秘め事につかう性具、秘具の類を扱っている」  
 男はぐるりと部屋を見回した。  
「で、悪丸さんのところから紹介してもらった人にはそれの使い心地を試してもらってる」  
 試すということは……。男の言葉に少女の頬が染まった。  
「キミまだおぼこだろう?」  
 あからさまな問いに少女の顔はさらに血がのぼり、耳まで真っ赤になってしまう。  
「だから試してもらっても本物と比較できないだろう? 今日はうちに泊まるといいよ。明日の朝にでも悪丸さんのところに帰るんだね」  
「そんなっ! それは困ります。わたしもう帰るところなんて、だめなんです、ちゃんとお仕事をしないと家にお金が……なんでもします! だからどうかここに置いてください」  
 咲は必死に目の前の青年にすがりついた。  
 悪丸は紳士的な男だったが、理由はともかく、使えないと判断されて返された娘をどうするかわからない。  
 それに自分の代金が実家にきちんと支払われるのかもわからなくなる。  
 咲の脳裏を両親、それに幼い弟の顔がよぎった。  
「どうか、お願いします! 男の方を知っていないといけないのなら今ここで教えてください」  
 するすると帯を解き始めた咲を男が慌てて押し止める。  
「ちょっ、だめだよ! さすがに初めては想い人相手じゃないと」  
 商売に似ず、それなりの貞操観念があるらしい。青年はわたわたとうろたえる。  
「だ、大丈夫……です。今旦那様を好きになりましたっ」  
 とても大丈夫とはいえないひきつった表情で咲は着物を脱ごうとする。  
 
「わ……わかった! わかったきみでいい。君は合格だと悪丸さんには言う。言うから!」  
「ほんとですか!?」  
「本当だ。だからもう着物は脱がなくていい」  
「それでは私は今日からこのお屋敷で働かせていただきます」  
 深々と頭を下げる咲を見て、青年は安堵の溜息をついた。  
 
 結局、咲はこの屋敷、秘中屋で手伝いとして働くことになった。主な仕事は炊事洗濯といった家事である。  
 そして屋敷に一人で住んでいるのかと思われた主人、秘中屋勘九郎以外にも一人だけであるが住人がいることがわかった。  
 勘九郎の秘書、福島喜兵衛である。この壮年の男は仕事の受注、販売、営業はては経理にいたるまで、すべてを一人でやっているものすごい男であった。  
 常に忙しく働いている。  
 はじめのうちはこの喜兵衛の監督の下で働いていた咲であるが、一週間が過ぎるころ、家事全般はすべて咲の裁量に任されることとなった。  
 そして、その一週間の間に咲が学んだのは自身の仕事だけではなく、この秘中屋が素晴らしく儲かっているのだということだった。  
 どうやら商品が素晴らしいため儲かるということだけでなく、顧客の大半を占める上流階級の支払う口止め料めいたものも料金には含まれているらしい。  
 一度帳簿つけの手伝いをさせられたとき、その値段に目玉が飛び出しそうになり、次いで、自分のように金に困って売られる人間がいる一方でこんなものに大金を支払う人間がいるという事実に思わず天を仰いだ。  
 それでも、主人勘九郎は優しい好青年だったし、喜兵衛も仕事をきちんとこなす咲にたいして好意的であったので、秘中屋での生活に不満はなかった。もっとひどい目にあっていた可能性だってあるのだから。  
 
 
 そして飛ぶように時間は過ぎ、咲が秘中屋にきてから三月が過ぎようとしていた。  
 そんなある日の夜。  
 いつものように夕食の片づけをしていると、喜兵衛の声が聞こえた。珍しく慌てているようだ。  
「もうしわけありません! こんなことになってしまいまして。どうしても今週中に欲しいとのことでして」  
「ああもう、あの人にも困ったものだ。相変わらずのわがままぶり。しかし、昔からの上得意だけになんとかしないとな」  
「とはいえ、なんとかなりましょうか? 穀蔵院様に生半可なものをお渡しすればお怒りを買うだけです」  
「大丈夫だとは思う」  
「ここから京都に届けるのに少なくとも二日、いや三日はかかりますから、今日中になんとかしませんと」  
「うん、まあ、あとは仕上げだけだから色事通の穀蔵院さんも……しまった!」  
「いかがなされました」  
「試してもらう人がいない!」  
「あっ!」  
 騒ぎを聞きつけて、なにごとかと咲が洗い物をやめて二人のもとへ顔を出した。  
「どうかなさいましたか?」  
 すると、ちょうど喜兵衛と目が合った。  
「そうだ! 咲がいます」  
 喜兵衛が事態のわかっていない咲の腕をひっぱり、勘九郎の前に立たせた。  
 勘九郎はちらりと咲をみたものの、かぶりをふった。  
「だめだよ。咲は男を知らない」  
「それでは……そうだ。悪丸のところに急いで連絡を」  
「いかに悪丸さんといえどもこんな時間に、すぐにこちらの条件にあう人は用意できないだろう」  
 進退窮まった様子の男二人に、咲がおそるおそる声をかけた。  
「あのぅ……私にできることならやらせていただきますが」  
「その気持ちだけで十分だよ咲。あとはなんとかするから咲はもう休みなさい」  
 しかし二人を見ていると、とてもなんとかできるようには見えない。  
 咲は意を決してもう一度口を開いた。  
「勘九郎さま。私が男を知らないのがだめなのなら、私を抱いてください。売られたときにどんな目にあっても耐えると覚悟を決めていたのに、こんなにも良くしていただいて……そのご恩が返せるのなら私の心配はいりません」  
「いや……しかし咲」  
「それに、こんなことを言うのは身分違いかもしれませんが……そのお優しい、誠実な人柄に咲は、咲は」  
 
 耳まで桜色に染めての咲の告白に勘九郎は驚き、動揺を隠せない。  
「そんな! まだ出会ってそれほど経ってもいないというのに……」  
「時間は関係ありません!」  
 いざとなると女は強い。  
 唇をきゅっと結んで、潤んだ瞳で勘九郎をひたと見据えた。  
 勘九郎は助けを求めようと、目で喜兵衛に語りかけたが、忠実な秘書は窮地に陥った主人を助けようとはしない。  
 うすうす咲の想いに気づいていたらしい喜兵衛は、どうやら仕事仲間の味方らしかった。  
 勘九郎とて不幸な境遇にもかかわらず、健気に生きる咲を嫌いではない。どちらかというと好意をもっている。しかし、それはまだ男女の仲のものではない……はずである。  
 その確認のためにも、せめてもう少し時間が欲しかった。  
「そ、そうだ! 口で、口で確かめてくれればいい。だ……だからと、とりあえず今は男を知らなくてもいい。なっ、だから帯に手をかけるのをやめてくれ」  
 いつかのように帯を解きかけた咲を止めるために、勘九郎はなんとかこの場を逃れようと、とっさの思い付きを言った。  
「わかりました」  
 輝くような笑顔で返事をする咲。主人の、想い人の役にたてるのが嬉しくてしょうがないらしい。  
 一方、勘九郎は精根尽き果てた顔になっている。  
「……それでは半時後に僕の仕事部屋にきてくれ」  
 はいっ。緊張した面持ちで返事をした咲は、洗い物の残りを片付けるため、急いで台所へ戻っていった。  
「それでは私はいろいろと処理しないといけないことがありますので」  
 喜兵衛も部屋を去り、一人残された勘九郎は大きく息をついた。  
 きっかり半刻後。勘九郎が仕事場にいると、部屋の前で声が聞こえた。  
「旦那さま。咲でございます」  
 心なしか、声が震えているように聞こえるのは気のせいだろうか。  
 勘九郎が入ってくださいと言うと、静かにドアが開けられた。  
 もう何度もこの部屋に来ている咲だったが、それでもこの淫具だらけの部屋に慣れることはない。  
 できるだけ周りを見ないようにしながら、勘九郎のもとへやってくる。  
「……旦那さま。私はなにを」  
「これを試して欲しい」  
 勘九郎は傍らにあった桐の箱を取り出すと、蓋を開けた。  
 中にはちょうど大中小と三本の張り型がご丁寧に敷かれた綿の上に鎮座ましましていた。  
 
 とっさに目を伏せる咲。  
 その様子に苦笑しながら、勘九郎が口を開く。  
「これを咥えて、舐めたり口でしごいたりしてもらう。そしてその際になにか違和感や、異物感があれば教えて欲しい。まぁ、これは久しぶりに、満足のいくできだからそんなことはないとは思うけれど」  
 そこで、いったん勘九郎は話すのをやめた。  
 そして咲に顔をあげるように言う。  
「そのために、基準というか、男のものとはこんなものだというのを知ってもらうために僕のものを口でしてもらう。いやなら言ってくれればいい。今なら断ってくれてもかまわないから」  
 主人の鬼気迫るような視線を真っ向から受け止め、小さく息をはくと、咲は言った。  
「やらせていただきます」  
 そこでようやく覚悟を決めたのか、勘九郎はすっくと立ち上がると、自らの帯を解き始めた。  
 続けてふんどしも解いてしまう。  
「それじゃあしてもらおうか」  
 だらりと垂れ下がっている勘九郎のものから、目を背けたいのを必死で我慢しながら咲は秘中屋に来る前に受けた教育を思い出していた。  
 口を使って男を悦ばせる方法を、である。  
「そ……それでは失礼い、いたします」  
 男のものを目の当たりにすると決心が鈍りそうになるのをこらえて、咲はおずおずと口を開き、舌をのぞかせた。  
 震える舌先をゆっくりと男根に近づけていく。  
 勘九郎との距離が縮まるにつれ、緊張からか咲の息は荒く、熱いものになっていった。  
「はぁ、はぁ、あぁ……」  
 汚れを知らない乙女が己のものを舐めようとしているのを見ると、それだけで興奮してしまい、勘九郎は下半身に血液が流れていくのを感じた。  
 なにもしていないのにむくむくと膨らんでいくペニスに驚きながら、咲はさらに顔を近づける。  
「……あ」  
 吐息のようなかすかな声とともに、咲の舌が勘九郎のものに触れた。  
 熱い。それが咲の素朴な感想であった。  
 思わず舌先をちろりと震わせると、勘九郎のものが大きく跳ねて咲の顔を打った。  
 だが、咲はそれにひるむこともなく、心ここにあらずといった風にうっとりとした顔をしている。  
「咲?」  
「はい」  
 心配した勘九郎の呼びかけにも、生返事ばかりでまともな様子ではない。  
「あぁ……これが勘九郎様の」  
 熱に浮かされた顔で、そのまま舌を動かしだす。  
 
 はしたなく舌を伸ばし、己の顔に擦り付けるようにしながら、ペニスを舐めしゃぶる。  
 とても乙女とは思えない咲の痴態に勘九郎のものはさらに硬さを増していく。  
 勘九郎の下半身にすがりつくようにして、咲はフェラチオを続けた。  
 飽きることなく舐め続けたせいで、ペニスはよだれでべとべとになってしまい、それに顔を擦りつけているものだから、咲の顔もすでにぐちゃぐちゃである。  
「咲、そろそろ咥えてくれないか」  
 焦らすような舌先での細かい攻めに勘九郎は耐えられず、より強い刺激を求めてしまった。咲を促すように頭に手をやり撫でてやる。  
 すると咲は名残惜しそうに顔を勘九郎のものから離すと、とろりとした目でそそり立つものを眺めた。  
 しかし、咲は息を荒げてぼーっとしているだけで、動こうとしない。  
「咲? どうかしたのかい咲」  
「! はいっ」  
 勘九郎が幾度か呼びかかると、場違いに元気の良い声が返ってきた。  
 きょときょとあたりを見回す咲。  
「えっと、あれ、私はなにを……ひゃっ!」  
 男根が眼前にあるのに気づいた咲は、悲鳴をあげ、顔を覆ってしまった。  
 先ほどまでの淫らな様子は微塵もない。  
 どうやら途中から意識がとんでしまっていたらしい。  
「こっ、こ、これは、か、か、勘九郎様」  
 いまさらというべきか、うぶな乙女らしい反応である。もっとも当人は大真面目なのだろうが。  
 顔を真っ赤にしている咲をみたものの、勘九郎も今さらおさまりがつかない。  
「さっきまでは夢中だったのにねえ」  
 しゃがみこむと咲の頬を優しく撫でてやる。  
 思わず状況を忘れて勘九郎に見惚れてしまう咲。  
「勘九郎様……」  
「さっ、続きをしておくれ。今度は咥えるんだ」  
「はい」  
 優しい主の態度にようやく落ち着いたのか、咲は興奮しているものの、うろたえた様子がなくなった。  
 それでも、まともに男根を見ることはできないのだろう。ちらちらと目をそらしたり、興味深げに視線をやったりを繰り返している。  
「それでは……失礼いたします旦那様。ん……ぁ」  
 食事のときも楚々としてあまり開かれない咲の口が、はしたないほどに大きく開く。  
 艶かしく輝く舌が動いているのが見えて、勘九郎はそれだけで快感を感じてしまった。  
 
 熱い息が亀頭にふりかかるほどに咲の顔がそそり立つペニスに近づいてくる。  
 心地よいぬくもりに包まれるのを勘九郎が味わうと同時に、咲もまた熱の塊に口腔を犯される刺激にしびれていた。  
 思わず咲がだらしない声を漏らす。  
「ふむぅ……あぁ……」  
 亀頭を咥えこむと咲の動きが止まった。  
 外からはまるでわからないが、舌を動かし雁首にそって這わせる。  
「さ、咲」  
 勘九郎が予想外に巧みな舌使いにうめき声をもらす。  
 しかし咲のほうでは主の驚きなど露知らず、頭の中で以前の教育を思い出し、実行することに必死である。  
 歯があたらぬように注意を払いながら、つるりとした感触の亀頭をしゃぶりつくす。  
「ぐちゅ、ちゅ、んっ、ふぅぅ……んちゅ」  
 あふれ出す唾液を巧みに潤滑油代わりにして、ぬめぬめと舌を動かすと、はしたない音が薄桃色の唇から響く。  
 清楚な唇が淫らなくちづけを己のものに降らすのを眺めていると、背徳的な快感が背筋を走りぬけていく。  
 勘九郎は初めて自分の得意先の人々の気持ちがわかったような心地だった。  
 咲の頭が再び動き始める。  
 ゆるゆると肉の幹をその小さな口におさめていく。飲み込む際に、舌を幹に這わせることを忘れない。  
 やがて勘九郎の陰毛が咲の鼻をくすぐるほどになっても、その動きは止まらず、とうとう根元まで全部咥え込んでしまった。  
 おそらくペニスの先端は喉にまで届いているだろう。なまじの商売女でもここまではできない。  
「んんっ……えぅっ、くぅっ」  
 咲もさすがに苦しそうな声をあげる。だが、それでも吐き出そうとはせずに、飲み込んだときと同じように、ゆっくりと肉棒を口中から出していく。  
「ふぅ、ふぅぅん。えっ、くぅぅ……ちゅぽん」  
「咲、あまり無理はしなくていいから」  
「大丈夫です。勘九郎様のためならこれくらい辛くはありません」  
 涙目になって、口元のよだれをぬぐいながらも、幸せそうに咲は応えた。  
「それならよいのだけど。つらいことはしなくてもいいからね」  
「そのようなもったいないお言葉を」  
 今度は感動による涙目になりながら、咲はそっと勘九郎の男根に手を添えた。  
 
 ある程度コツがつかめたのか、先ほどよりも小さく口を開き、唇でしごくようにして、勘九郎のものを咥えていく。  
 今度は一往復ではなく、じゅぷじゅぷと恥ずかしい音をたてながら、頭を動かす。  
「ちゅ、ん、んっ。ちゅぅぅ、ふぁ、ん、くちゅくちゅ……じゅぷっじゅぷっ」  
 しだいにスピードが速くなり、それとともに水音が増していく。  
「おぁっ……咲……」  
 うっとりとした主の声に、咲の動きがますます早くなる。  
 もちろん、腔内では舌が動き回り、膨れ上がって幹に絡みついている血管や、かさを大きく開いている雁首を味わい尽くす。  
 初めてとは思えない咲のフェラチオに勘九郎の快楽がみるみる高まっていく。  
 しかし、ここで達することが目的ではない。  
 自制心を振り絞って咲の口から、己のものを抜き取った。  
「はぁはぁ……あぁ、どうして。 んっ、はぁ、なにか、いたらないところがありましたか?」  
 息を乱しながら、咲が問うた。  
 唇は物欲しそうに半開きになって濡れている。  
「いっ、いや。そろそろお前も男のものがどんなものかわかっただろうから、これを試してもらわないと」  
 勘九郎は傍らにおいてあった箱を手に取った。  
 当然、中には三種類の張型がはいっている。  
 勘九郎がその中から一番小さいものを取り出した。自分のものよりもひとまわりほど小さいだろうか。  
 それを見て、咲は本来の目的を思い出した。  
 愛しい主人に奉仕するのが幸せすぎてすっかり忘れていたのだ。  
「ほら。私が口に入れてやるからなにか妙な感じがしたら言うのだよ」  
 張型を突き出されて、咲は唇を開いた。  
「……んっ」  
 全部を口中におさめても、大きさのせいか先ほどよりも苦しくはない。  
 つるりとした表面が舌に心地良いぐらいである。  
 勘九郎が巧みに張型を動かし咲の口腔を攻める。  
 さすがに淫具屋の本領発揮というところだろう。本来は違う目的のはずの器官なのに咲はしだいに、快感を覚え始めていた。  
 
「ふぅ……ふぅ、んぁっ」  
「どうだい? なにかおかしなところはあるかい?」  
「ひいえ。ひっともおかひくひゃいれす」  
「ああ、すまない。こんなものを咥えていたのではな」  
「ひちゅれいしました。なにもおかしくはないと思います……ただ」  
 言いよどむと、あえかな咲の頬がぽっと染まった。  
「ただ?」  
「その……先ほどの勘九郎様のものと違い、その、熱くないのが、あの、気に……」  
 自分でもはしたないことを口にしているとわかっているのだろう。どんどん声が小さくなっていく。  
 そんな咲の様子に気づいたふうもなく、勘九郎はあごに手をさする。  
「ああ、冷たいのだな。うん。以前からそこはなんとかならないものかと思っていたのだが、いかんせん方法がなくてなあ。使う前に湯で温めるぐらいしかできないんだ。それだけなんだな、よし。それじゃあ次だ」  
 そう言うと勘九郎は手にしていた張型を丁寧に拭い、次のものを取り出した。  
 今度は勘九郎のものと同じぐらいの大きさである。  
「よし、口を開けて」  
「はい」  
 やっぱり最初冷たいのが気になるな。勘九郎様のがあんなに熱かったせいかな。  
 まともな状態なら、考えただけで自分を責めるようなことを思いつつ、咲は偽の男根を咥えていく。  
「ん!」  
 妙な感触に思わず声が出てしまった。  
 幹の部分に小さな起伏を感じたからである。  
 二本目は大きさこそ普通であるが、その胴には丸い突起が無数についていたのだ。  
「ああ、驚いたかい。これは女の人がより気持ちよくなるようについているんだ。この小さな突起が内側から擦れて、それは気持ちいいそうだ」  
 のんきな解説をしている勘九郎だが、咲はそれを聞き流せるほど鈍くはない。  
 主に自覚がなくても、娘には十分に言葉責めになる。  
 ああ、自分は今旦那様に責められているのだと思うと、じわじわと下腹部が熱くなってきた。  
 独りでにふとももを擦り合わせるようにして、腰をくねらせてしまう。  
 粒上の突起が口の粘膜を擦るように刺激して脳髄を蕩けさせる。  
 はしたないとわかってはいるが、それを舌が、内頬が、唇が、勝手に求めてうごめく。  
 
「どうだい? 口に当たって痛いなどということはあるかい」  
「ひいえ、らいじょうぶれす」  
 無理にしゃべろうとして口の端から、つうっと雫が垂れた。  
 そこで、咲は気づいた。  
 偽物とはいえ、恋しい人の前で男根をくわえ込んでいる自分に。  
 そのうえ、なにか違和感があればすぐにわかるようにと、じっくりその顔を観察されている。  
 眉を寄せ、それを離したくないとばかりにふぅふぅと鼻息の荒い情けない顔を。  
 咲の全身を羞恥と、それを上回る悦楽が包み込んだ。  
 意識が半分とんでしまって、白痴と化した咲を感情を押し殺した目で、勘九郎が見下ろす。  
「ふむ。仕掛けも上々のようだな。では……最後だな」  
「ふぅぅぅん。んっ、んちゅっ、くちゅ……ずずっ、ふぁっ、くぅ……」  
 手にした張型で咲の唇をこねくりながら、勘九郎は最後の一本を取り出した。  
 最後のものはまさに巨根といってよい大きさだった。その上、いかつい血管が全体を覆っており、淫具ではなく凶器という面持ちだった。  
「さぁ、最後の張型だ」  
「ひっ!」  
 迫ってくる凶器に、咲が悲鳴をあげ正気に返った。  
「これも確かめてもらわなくてはいけない」  
「は、はい」  
 迫り来る巨根におそるおそる唇を開く咲。  
 精一杯口を開いてなんとかそれを咥え込もうとするが、まるで桁が違う。  
 結局、咲は半分も含むことができなかった。  
「咲、おさまらないのなら舌で確かめるんだ」  
 優しい主の声に、咲が再び陶然とした表情で舌を動かし始める。  
「んぇっ……」  
 大量のよだれで糸を引く亀頭を吐き出した咲は、そのまま先端にくちづけをすると、吸い付いたまま根元のほうへ頭を動かしてった。  
 ごつごつとした血管の盛り上がりにあわせて、唇が歪められていく。  
 ちゅうちゅうと音を立てながら、幹がねぶられる。  
 ときおり、唇と張型の隙間に舌先が除くのがたまらなくいやらしい。  
 やがて根元を掴んでいる勘九郎の指にまで唇が触れた。  
 
 だが咲は引き返すそぶりも見せずに、主の指にくちづけの雨を降らせると舌を絡ませる。  
 ぞくりと勘九郎の背筋を快感が走った。  
 それを顔にはださずに、ぬめぬめとうごめいている舌を振り払うことなく咲のしたいようにさせる。  
 うっとりと、蕩けるような微笑を咲が浮かべた。  
 なにかを求めるように淫猥な視線を向けられて、どきりと勘九郎の心臓がはねた。  
 勘九郎はぴくりと眉を動かし、指を舌に絡めてやる。と、咲の瞳が嬉しそうに細められ、血の気がなくなるほどに吸い込まれる。  
「あぁ……勘九郎ひゃまの、指……」  
 甘い吐息とともに漏らされた言葉に、勘九郎はようやく本来の目的を思い出す。  
 咲の唾液まみれの指を優しく引き抜くと、物欲しそうに動く唇に張型を咥えさせてやる。  
 まるで横笛を吹くように咲は偽のペニスに舌を這わせ、吸い付いた。  
 二度、三度とぬるぬるになった張り方を動かしてやると、そのつど尾をひくようにピンクの舌先が流れる。  
「もう十分だろう、問題はないようだ。助かったよ咲。よくやってくれた。お礼は後で必ずさせてもらう」  
 なにかを耐えるように、一言一言を噛み締めながら勘九郎が言った。  
 手早く張型を拭うと、脇にあった二本の横に並べる。  
「さぁ、咲も疲れただろう。下がって休んでおくれ」  
 立ち上がり、脱ぎ捨ててあった着物を取ろうとした勘九郎の足に、咲がすがりついた。  
「勘九郎様」  
 切なそうに瞳を濡らし、見つめる咲。  
「どうした」  
「その……勘九郎様の、勘九郎様のものが、まだ……大きいままです」  
 確かに勘九郎の股間は硬いままだ。  
 当然である。勘九郎だって若い男だし、そのうえ目の前で美しい娘を張型でなぶっていたのだから萎える理由がない。  
「そ、それはそうだがお前には関係ないだろう」  
「ですが、私がそのように……」  
「私が頼んだことだお前は気にしなくていいよ」  
「そんな。……それでは私に下さるご褒美を今いただきとうございます」  
「別に後でいいだろう。こんな格好のときでなくても」  
「咲は、勘九郎様のご慈悲が欲しゅうございます。咲に勘九郎様のものをしずめさせてください」  
「咲……」  
 
「はしたない女と思われてもかまいません。それでも咲は……咲は勘九郎様のことを……」  
 勘九郎が優しく咲の口を押さえた。  
 咲の眉がきゅっと寄せられる。そして、悲しそうに長いまつげが伏せられた。  
「勘違いしてはいけないよ咲。それ以上女に言わせるわけにはいけない。僕も男だからね」  
 一転して、咲の瞳が驚きで見開かれる。  
 一途な視線に吸い込まれそうになりながら勘九郎は言葉を続けた。  
「尽くしてくれる咲に、いつの間にか僕も惚れてしまっていたようだ。ようやく気づいたよ。そんな相手の願いを叶えないわけにはいかない。気がひけるけど、それじゃあよろしく頼むよ」  
 ますます大きくそそり立った腰のものを突き出すと、勘九郎は咲の髪を撫でた。  
「はい。よろこんで」  
 望外の喜びで胸を一杯にしながら、咲が勘九郎のものに手を伸ばした。  
 感触を確かめるように指を絡ませ、そっとしごく。  
「失礼いたします」  
 わざわざ断りをいれてから、咲が舌を伸ばす。  
 偽物と違い、脈打ち熱いそれにしびれながら、咲は夢中で舌を動かした。  
「あぁ……熱い」  
 雁首にそって舌先を動かし、ちろちろと小刻みに刺激をあたえる。  
 舌がはねるたびに、勘九郎は身震いをこらえなければならなかった。  
 咲の唾でてかてかと光るようになった亀頭を今度はじゅっくりと飲み込んでいく。  
 想いを抑えられないのか、あっという間に飲み込んでしまうと、咲は髪の毛が乱れるほど激しく頭を振り、男根をしごきたてた。  
「んっ、んんんっ! ぐちゅっ、ぬちゅっ」  
 頬をすぼめ、目を伏せながら苦しそうに息を漏らして、咲が柔らかい唇でペニスに吸い付く。  
 口の端に泡立った唾液が浮かぶほど、一生懸命に主のものを愛撫する。  
 恋しい人に奉仕するのが心から幸せなのだろう。  
 
 先ほどまで勘九郎の足にまわされていた腕が、いつの間にか太ももの辺りまで上ってきていた。  
 撫でさするような動きで勘九郎の快感を助けていた咲の指は、今度は勘九郎の股間に伸ばされた。  
 ペニスを伝ってきたよだれで濡れている陰嚢を柔らかく咲の指が包む、決して苦痛をあたえぬように。  
 ただ勘九郎に尽くすことだけを考えていたために、咲は玄人顔負けの奉仕を無意識でおこなっていた。  
 すでに腰が砕けそうになっていたところに、新たな刺激をあたえられて勘九郎の快感はみるみる高まっていく。  
「咲……もうすぐ達してしまいそうだ」  
 本能に突き動かされてなのか、勘九郎は咲の頭を掴むと腰を使い始めた。  
 突然の主の行動に咲はなんの抵抗もできない。  
「ひぅっ! ふぅ、んむ、んむっ……んぇっ! ぅあ!」  
 悲鳴をあげ、身をよじる娘にかまうことなくねじ込まれる勘九郎の男根のせいで口からよだれが零れ落ち、咲の襟元に染みがつくられる。  
 乱暴に口の中に男根を突き入れられ、喉の奥まで犯されながら、それでも咲は幸せを感じていた。  
「咲っ、咲! もう出るっ!」  
 切羽詰った勘九郎の叫びと同時に、ペニスが大きく震えた。  
「ひっ……ひぁああああっ!」  
 名前を呼ばれたかと思うと、喉に直接、欲望の塊が発射されるのを咲は感じた。  
 粘膜を焼くような青臭い精液は咲の喉に溢れかえり、さらに口中を満たす。  
 咲も全身を痙攣させながら、夢中で喉を鳴らして勘九郎の精液を飲み下した。  
 そのたびに、今まで経験したことのない悦楽が咲を襲う。  
 
 最後の一滴を勘九郎がぶるりと体を震わせて出し切ると、咲もまた意識が飛ぶほどの心地よい痺れによって達してしまった。  
 くたりと咲の体から力が抜けて崩れて落ちていく。  
 糸を引きながら薄桃色の唇から力を失った肉棒がずるずると姿を現した。  
 咲が疲れきった体を畳の上に横たえた。  
 喉に絡みつく白い粘液にむせた咲がえづくたびに、畳が白濁に汚される。  
「うぇぇっ、けほっ、けほ、げほっ! も、申し訳ありません、せっかく出していただいたのに」  
「咲、あやまることはないよ。初めてなのにそこまでしてくれたのだから、こちらが礼を言わなければならないぐらいだ」  
「勘九郎様」  
「ああ、咲。本当に、僕はお前に惚れきってしまったようだ」  
 勘九郎は咲を抱え起こし、強く抱きしめた。  
 
 数週間後。穀蔵院が用事で東京にやってくるついでに秘中屋によるという知らせが勘九郎に届けられた。  
 知らせのあった四日後、一台の馬車が秘中屋の前に現れた。  
 馬車が止まると、御者が丁寧にドアを開いた。  
 うやうやしく開かれた扉から、髪を綺麗に撫で付けた三十を少し過ぎたぐらいの男が顔を見せる。まだ珍しい洋服に身を包んでいる。  
 男は素早く降りると懐から懐中時計を取り出した。  
 続けて白髪の紳士が姿を見せた。こちらもやはり洋装である。  
「旦那様。このあとも大事な予定がございますので、こちらは一時間後には出発いたしませんと」  
 どうやら男は白髪の紳士の秘書らしい。  
 紳士がうるさそうに手を振った。  
「そないにうるそう言わんでもわかってるがな。ほなお前はそこで待っとれ」  
 咲が帳簿をつけていると暖簾をくぐって白髪の紳士が店に入ってきた。  
 まだ明るいうちから珍しいこともあるものだ、と思いながら挨拶をする。  
「いらっしゃいませ。本日はどんな御用でしょうか」  
「ん? おお! あんたが咲ちゃんかいな、噂は喜兵衛から聞いとるで。なんでも大層ええ娘らしいやないか」  
「あの……」  
「いやいや、すまんな。ついついこっちが知ってるもんやから。秘中屋さんはおりはるか」  
「は、はい。奥におりますが、その、申し訳ありませんがお名前を教えていただきたいのです」  
「おお、まだ名前も言うてなかったか。私は穀蔵院善之介言うもんや。秘中屋さんには穀蔵院が来た言うたらわかるはずや」  
 
 穀蔵院。その名前は咲にとって特別なものだった。いわば勘九郎と自分の縁結びをしてくれた人のようなものだからだ。  
 表面は温和な紳士に見える人があんなものを使うのだろうか。  
 人は見かけによらぬものだということを咲は改めて学んだ。  
「それではすぐに呼んでまいります。少々お待ち下さい」  
 丁寧に頭を下げると、咲は店の奥に消えていった。  
 しばらくして、勘九郎が咲を従えて現れる。  
「これはお久しぶりです穀蔵院さん」  
「いやいや、こちらこそ。江戸、いや東京に来るついでに前のお礼をと思たもんやさかい。前回はこっちが言うた期限よりもえろう早うに届けてくれはって」  
 勘九郎が眉をひそめた。  
「なんですって?」  
「せやから、約束の日よりもずいぶんと早うにあの三本届けてくれたお礼を」  
「あれは穀蔵院さんが早くにと言われたのでしょう?」  
「は? 私はそんなん言うてまへんで」  
 咲と勘九郎は妙な雲行きに顔を見合わせた。  
「どういうことです」  
「あれ? なんやおかしいな。前のやつは勘九郎はんの興がのって約束のだいぶ前にできたさかい、お渡ししますて聞いたんやが」  
「誰にです?」  
「喜兵衛はんに」  
「喜兵衛に!? じゃあ早くしてくれという催促は?」  
「なんですのそれ?」  
 
「ああ……喜兵衛にやられた……」  
 勘九郎が情けない声を上げた。  
 おそらくかわいい部下の恋心を知った喜兵衛が勘九郎もまんざらではなさそうなのを察して一芝居うったのだろう。  
 ありもしない要求を持ち出して、咲と勘九郎の仲にきっかけをつくったのだ。  
 あのときは気が動転してそこまで頭が回らなかったが、よくよく考えてみれば、喜兵衛なら相手がいくら上得意とはいえ無茶な要求も上手にかわすだろうし、女もなんとかできただろう。  
 それを咲しかいないと勘九郎に思い込ませて、見事にだましたのだ。  
 咲を見ると、彼女も喜兵衛のたくらみを今知ったのだろう。複雑な表情をしている。  
 勘九郎の視線に気づくと、咲は申し訳なさそうに頭をさげ、少しはにかみながら微笑んだ。  
 可愛らしい笑顔を見ているとしだいに勘九郎はこう思えてきた。  
 喜兵衛の思惑通りなのが少し悔しいが、結果がよかったのだからかまわないではないかと。  
 そうして、傍らに立つ咲の手をそっと握る。  
 咲もそれをおずおずと握り返した。  
「なにがどないなってんのや?」  
 事情のわからない穀蔵院が間の抜けた声を出した。  
 

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