もう少しで家だというとき、目の前の角を車が通り過ぎた。  
 車は家の前で止まった。嫌な予感がし、紗綾を背後に隠した。  
「ど、どうしたの?」  
「誰か来た」  
 車内から人影が家の様子を伺う。  
「あ・・・陣内さん・・・」  
 ジンナイさん?  
「って…」  
「・・・待ち合わせしてた人。…さっきも、駅で・・・」  
 知ってる。紗綾に振られるのをこの目で。懲りずに家にまで押しかけて来たって訳か? 何てヤツだ。  
 家の灯りが消えてるんだから留守なのは分かってるだろうに、まだ動く気配が無い。未練がましくごそごそと何かを取出して耳に当てた。  
「あ、携帯、掛けてるのかも・・・」  
 紗綾もバッグを探り出した。十中八九、奴が呼び出そうとしてるのはこいつだろう。  
 
 そうはさせるか。  
 
「止めとけよ」  
「え?」  
「手当て済んでないだろ?」  
「・・・う、…うん」  
 やや説得力に欠けるが強く言い、携帯の電源を入れさせなかった。  
 人影は暫く携帯を耳に当てていたが、諦めた様に車を発車させた。  
 
 手当てといっても消毒スプレーに絆創膏を張るだけで簡単に終わった。  
 やっぱり隣の客間よりも親父の部屋の方が良いだろう。ベッドがあるし。さて問題は、どのタイミングで襲いか…、いやいや、…“告白”に踏み切ろうか?  
 弟にあるまじき企みを抱えながら缶ビールを取り出す。紗綾にはカクテルをグラスに注いで渡した。  
「このくらいなら飲めるだろ?」  
「うん。……」  
「何だよ」  
「ん。どうしたのかな、って」  
「どうしたって、何が」  
「龍也が…何だか急に優しくなって…」  
「…」  
「…ちょっと不思議…。嬉しいけど」  
 これがそこらの女なら何企んでるのよ、とか続くのだろう。だが、相手は姉だ。  
「素直に感謝しとけよ」  
「…そだね。ありがと。ふふ」  
 グラスを受け取り、口に運ぶ。カクテルにネイルの色が良く映える。  
「ん…美味しい。あー明日会社休みだったら良かったのに」  
「何だよ、休みじゃないのかよ」  
「休日出勤。社会人は辛いのよ」  
 二日酔いに気を付けなきゃね、と笑う。  
「・・・早いわね。お母さんが死んじゃってからそんなに経ってないと思っていたのに、もう龍也がお酒飲める年になっちゃった」  
「…何だよいきなり」  
 あっという間ねなんて、止せよババァみてぇに。  
「私も…もう…結婚しなくちゃならない年になっちゃったし…」  
 いきなりトーンが下がった。  
 
「結婚て、さっきのジンナイさん?」  
「…うん。…やっぱり分かっちゃった?」  
 あからさまにそうだろう。  
「結婚…するのか?」  
 そいつと。  
「…うん…このままいくとね…」  
 あんなに嫌がってたのに?  
「やりたいことあるんじゃなかったのかよ」  
「覚えてたの?」  
 皆、声を揃えておめでとうって、誰も反対しないのに。そんなこと言ってくれるの、龍也だけね。  
「…でもね…、話してみると…ね、そんなに、嫌な感じの人じゃなくて…」  
 へー。  
 そりゃ誰だって見合い相手にそうそう迂闊に嫌な感じ出すわけねえじゃん。いいトコ見せ続けて断られないようにするのが当たり前だろ。  
 そんな理由に負けるわけにはいかない。ビールを一気に飲み干し、息を吐く勢いで聞いた。  
「キスとかしたのかよ」  
「え? ・・・な、何を聞いてくるのよいきなりっ」  
「もう、やっちゃった?」  
「龍也!」  
 顔が真っ赤に染まった。何純情な反応してんだよ。こんなこと聞く俺も小学生レベルだがこっちまで赤くなりそうだ。  
 もう少し怒るかと思ったが、姉は少し考え込むとこちらを見すえた。  
「…あのね、龍也」  
 グラスの氷が揺れる。意を決して口を開いた。  
 
「私ね、・・・してないの。誰とも」  
 
 シテナイ? …って…、………、え?   
「はぁ!!??」  
 言葉に詰まっている俺に、驚くのも当然よね、と、小さく笑いながら話を続けた。  
「・・・遺言」  
「はぁ?」  
「お母さんが・・・前ね、女は結婚するまで処女でいなきゃ駄目だって言ってたの。結婚して、旦那様とするまで処女でいるのが普通なのよって」  
 《男の人はね、いざ結婚するとき、少なからずそういうことを気にするものなの》  
「結婚も考えていない相手とするのは、ふしだらな行為よって・・・」  
 《良い人と結婚できなくなるわよ》  
 
 ・・・・・・マジか?  
 
「・・・今迄、付き合った男とはどうしてたんだよ・・・」  
「あんまり、長続きしなくて・・・。つまんない女だ、とか言われてね・・・」  
「・・・・・・」  
「皆ね、初めはそれでも構わないなんて言ってくれたんだけど、その、・・・やっぱり・・・したがって。でも遺言は守らなきゃいけなくて・・・」  
「・・・遺言て・・・」  
「で、相手を怒らせちゃってね、結局駄目になって・・・。その、繰り返し」  
「・・・・・・」  
 気が遠くなった。一体どういうことなんだ!?  
 ・・・“何人も男を弄んだ”ってあの噂は・・・?  
「・・・龍也にだから、話すんだからね、これ」  
 上目遣いにこちらを見、辛かったであろう告白を照れ笑いでごまかした。  
「…あんまり、姉弟で話すことじゃないよね、こんなこと」  
 もう、龍也が変なこと聞くからよと冗談めかす。  
 それはあの夜に見た、あの顔。  
「でも姉弟で話が出来るのって今迄全然無かったじゃない? 嬉しくて」  
 こういう貴重な時間、もう無いかもしれないし。  
「変な話、聞いてくれてありがと。龍也」  
「…」  
 落ち着くつもりで2本目を空けた。飲み干して、深く息を吐いた。  
 空き缶を置き、紗綾と向き合った。  
「どっち?」  
「え?」  
「紗綾って、どっちが好きなんだよ。俺と、その陣内さんて人」  
「・・・」  
 突然振られた話題に驚いた顔をする。何それ、とか言いたげだったが真上から見下ろされ、戸惑う。  
「……ぃや、あ、…の、…、」  
 他の言葉なんか要らない。搾り出してやる。決定的なキーワードを。  
「その…どっちって、…ねえ。そりゃ…」  
 
 言いかけた紗綾の言葉を遮るように、携帯が鳴った。  
 
 ・・・邪魔ってのは大体いつもいいところで入るもんだが・・・・・・!!  
 ぱっと背中を向け、バッグに駆け寄り携帯を取出すや通話ボタンを押した。なんだよ、逃げるみたいに。いつ電源戻したんだよ。……ムカつく。  
「もしもしっ」  
『あ、紗綾ちゃん? 良かったやっと繋がった! 何度も掛けたんだよー』  
「すっすみません電車に乗るとき電源を・・・」  
『ねぇ、今どこにいるの? まだ家に帰ってなかったみたいだけど』  
「は、はい・・・ちょっとコンビニに寄っていて」  
『花火はもう無理そうだけど、どう? これか』  
「!?」  
 携帯を奪い取り、切った。  
「な、何するのよ、携帯! ・・・龍也?」  
 再び向き合う。携帯切られた紗綾より俺の方がマジ顔になってると思う。かなり。  
 
「話、終わってねえ」  
「でもいきなり切ったら失礼でしょう!」  
「・・・・・・」  
「返して、龍也」  
「…」  
「……どうしても?」  
 溜息をつき、こちらに向き直る。どうやら観念したようだ。  
「…大好きよ。龍也のこと。誰よりも大事に思ってる」  
「…」  
「ほら、言ったわよ。だからもう携帯返して」  
 
 “だって私の弟だから”  
 
 紗綾の言う『好き』にはこれが入ってる。でも、…俺のは違う。  
 …そうだな。そろそろ始めようか。  
 姉が何処にも逃げられないように注意を払いながら『決行』に掛かった。  
 
「俺も…好きだよ・・・」  
 
 紗綾の目が見開く。  
「今迄、嫌っててゴメンな」   
「・・・龍也・・・?」  
「また、紗綾といっぱい話とか、できるようになりたい」  
 見つめてくる瞳に俺が映る。  
「俺間違えてた。本当は紗綾のこと大好きだったのに、嫌いだって思い込んでた。辛い思いさせて本当に、ごめん」  
 何でだろう。抵抗無く言葉が出て来る。  
「・・・本当? 龍也」  
 紗綾の顔がぱっと明るくなった。  
 字面だけ辿ればこれは姉が願って止まない仲直りの言葉。・・・次の言葉にどんな顔に変わるだろう。  
「・・・世界を敵に回しても、俺、紗綾のこと必ず守るから。俺、紗綾のこと、・・・大好きだから・・・・・・大切にするから」  
 元々無い間合いを更に詰め、肩に手を乗せ、背中を屈めた。  
「誰よりも愛してるから」  
 
 極自然にキスをした。  
 
 姉は嫌がらなかった。ただ、目を見開いて突っ立っている。…何だそれ。すげーブス顔だぞ?  
 もう一度キス。今度は少し長く。それでも抵抗しないのを見て舌も入れてみた。…どうやら思考停止しているらしい。  
 …んー、まあ、運ぶには丁度良いか。  
 従順な身体を抱き上げ、そのまま親父の部屋に運び込んだ。  
 
「きゃっ、きゃあああ!!??」  
 長いこと意識不明だったが、胸を弄られた辺りで漸く悲鳴があがった。  
「静かにしろよ紗綾、近所迷惑」  
 近所迷惑と言う言葉に敏感に反応したが、動揺は抑えられなかった。  
「何してるの、龍也!!」  
「何って、・・・分からない?」  
 キャミを除け、胸の膨らみに喰らい付く。再び短い悲鳴が部屋に響いた。  
「な、な、な何考えてるのよ、止めてよ信じられない!」  
「ああ。俺も信じられない」  
 やり取りの合間も手を休めず、愛撫を続ける。  
 首筋を舐め上げ、温もりに顔を埋めた。電車の中で散々感じた香りを全身で浴びる。  
「本当にやめてよ。・・・冗談は、やめ・・・」  
 乱れきった衣服はもう直しようが無い。戸惑う表情がまた堪らない。  
「深く考えるなよ。俺を弟だと思わなければいい」  
「そんなの無理に決まってるでしょう!」  
「大丈夫。ちゃんと使うから」  
「そっそんなもの何処からっ」  
「さっき寄ったコンビニ」  
「……」  
「?」  
「…コンビニで? ……売ってるの?……」  
 知らなかったのか。  
 
 ここまできて邪魔な布に気付いた。しまった、担いだときに脱がせばよかった。  
 しかたない、穿かせたままするか。  
「やっ! 冷た…」  
「ああ、ローション。」  
「やめ、て…そんなところ…ううっ…」  
 どう身を捩ったって、もう脚は閉じられない。姉の体力じゃ体勢を変えることなんて不可能だ。  
 ローションで濡らした指をゆっくりと差込んでいく。身体が跳ね上がるのを体重をかけて抑えた。  
 潤いが行き渡るように指を動かす。緩急交えて、優しく。  
 刺激を受けるたびに漏れる紗綾の声。少し艶がかかってくるようになったのは気のせいか?   
「良くなってきた?」  
 当然かぶりを振る。でもな。だんだん濡れてきたぞ?  
 準備万端。というか、限界。  
「そろそろ、挿れるぞ…」  
「!? やぁっ! やめ…」  
 尚も逃げようとする姉を押さえつけ、禁断の入り口に先端を押し当てた。  
 
「くっ・・・キツっ・・・う、」  
「ひっ!! いっ・・・!」  
 叫び声をキスで黙らせた。  
 十分濡れた筈なのにかなりの締め付けだ。苦しささえ感じる。  
 だが実際苦しいのは姉の方だろう。こんなでかい体躯の男に全力で圧し掛かられているのだから。それも、弟に。  
 唇を離すと潤んだ瞳と目が合う。訴えるものが言葉に変わる前に、行動に出た。  
「もう少し・・・入れるぞ」  
「・・・っ・・・は・・・あぁ・・・いや・・・ああっ! 痛…い」  
 この狭さ・・・やっぱり、紗綾は・・・  
「ガマンしてくれ」  
 抵抗は強い。招かれざる物を拒み、押し戻そうとしている。それを尚、押し進めた。  
「い、痛ひっ! あううっ・・・!! ・・・!!」  
「ふ! ・・・ぅ。・・・はは・・・全部、入った、ぜ」  
 想像以上にキツイ。苦しい…いや、これは…、苦しいほどの……歓喜。  
「・・・ああ・・・」  
 紗綾の頬を、堰を切ったように流れる涙。舌先で拭い取ると堪らなく甘い。  
 知らなかったな。紗綾って、涙も汗も、甘いんだ…。  
 
「力…抜けよ。  
「…駄目…」  
「動くぞ」  
「いっ、痛! ・・・い・・・あっ、あっ、あっ」  
 揺らされる度に声が漏れる。もっと聞きたくなって自然、力が篭ってくる。  
 濡れた瞳が、喘ぎ声が、俺の気を狂わせる。  
 あっという間に限界が来た。  
「・・・う、出る。もう・・・」  
「え…出るって…や、やだ…」  
「紗綾・・・が、あんまり、イイから・・・」  
 いやいやと首を振る程に締め付けは増してくる。頬を撫でてやる。唇や首筋を何度もキスした。  
「・・・イクぞ」  
 腰を少し浮かせ、強く押し付け欲望を吐き出た。  
「は・・・ひぃやぁ・・・や、やめ、やめぇ・・・ああ・・・」  
「・・・ぐっ! ・・・ふっ・・・」  
 今までに無い強烈な開放感。全身が痺れる。  
 ゴム越しでもこの感覚は伝わっただろうか。この、至福の瞬間が。  
「……は、はは・・・は」  
 
 ついに一線を越えた。姉と繋がってしまった。こんなに深く。  
 
 罪の意識より強烈な高揚感に満たされる。今、腕の中にいるのは誰よりも愛しい存在。「さあや・・・」  
 怯え、震える身体を強く抱き締めた。  
 
 
 
 …あれはいつだったかかなり昔。親戚か誰かの結婚式に俺達姉弟も招かれた。大好きな姉は一段と綺麗にドレスアップしていて、俺は最高に御機嫌だった。次に神父の前に並ぶのは俺達だと言わんばかりにずっと手を繋いでいた。  
 ロビーで談笑する大人達。その中の着物姿の女にこんなことを聞かれた。  
「大きくなったらだれとケッコンしたい?」  
 俺の答えは当然決まっていた。  
「俺、さあやと! さあやとケッコンするー!!」  
 だが、姉は少し考え、申し訳無さそうに微笑むと・・・・・・  
「ごめんね龍也。あたし、パパと結婚するのー」  
 
 あたしパパと結婚するのー。パパとケッコンするのー。ぱぱとけっこんするのーするのー・・・するのー・・・のー・・・  
 
 
「…もしかして、………それが……」  
「そ。昔、紗綾が言った酷いこと」  
「……」  
「ひでーよな。俺、マジだったんだぜ?」  
   
 かくして現代。俺は今自宅の浴室で、紗綾と甘いひと時をすごしている。  
 
 そう。そんなことがあったんだ。  
 姉は天使のような顔をして、俺を地獄へ突き落とした。  
 あまりに悲しくて、それ以来紗綾を避けるようになって、それが長い年月の中で嫌悪感に摩り替わっていったのだ。  
 目の前のフィルターが外れた。まるで霧が晴れたようだ。  
 紗綾に対する感情も、避けるようになった理由も。何もかも。  
 俺は…自らに掛けた呪いに縛られて、勝手に苦しんだ挙句、大事な存在を卑しめて、苦しめ続けていたんだ。  
 抱きしめる腕に力が篭もる。  
 今や呪いは消え去り、本来の世界に解き放たれた。  
 愛してるよ。紗綾。  
「でもね? だからって、ね……」  
「ああ、シーツ洗うの大変だったよな。血があちこちに…」  
「言ーわーなーいーでーっ!!」  
   
 

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