今日は俺の誕生日。晩飯もそこそこに紗綾のプレゼントをいただくことにした。丁重に。有り難く。  
 プレゼントなんて最後にもらったのはいつだっただろう。  
 何しろずっともらい損なって・・・もとい、ずっと無視して、彼女の存在ごと拒絶していたのだ。  
 過去の行いはどれもこれも最低最悪。思い返すたびに胸かきむしるほどの後悔に襲われる。  
 心無い態度で何度も傷つけて、哀しませて。勝手な感情で散々貶めてきた。この罪を、俺は償わなければならない。  
 これからはずっとそばに居る。望むことは何でもする。誰よりも愛してる。  
 今迄できなかった事を、これから2人でいっぱいしていこう。な、紗綾。  
「・・・・・・ってさ、プレゼントならもっと豪華なのにしてくれよ」  
「・・・ち、ちょっと・・・」  
「それか、カワイイのとかさ」  
「・・・龍也っ・・・」  
「センス最悪」  
「プレゼントは、こっ・・・!!」  
「勝負下着持って無いのかよ。紗綾のブラ地味すぎ」  
「人をプレゼントにするのは止めなさーい!!!!」  
「ま、問題は中身だしな。ん。手触り良し!」  
「人の話聞ぃんんー!!」  
「んー」  
 
 
 ずっと、姉が嫌いだった。  
 不器用で、ドジ。格好悪い。何かと母親に叱られていてみっともない。  
 ウザい。キモい。はっきり言って邪魔。見てると神経が逆撫でされる。イライラする。  
 それでいてしっかり男にもてる。仲間内でも人気が高い。・・・何でだよバカみてー。  
『大人しいキャラで男を釣っては遊んでる。手酷く捨てられた男が何人もいる』って噂、俺が知らないとでも思ってるのかよ。  
 仕草一つ一つがいちいちムカつくんだよ。一体今迄何人騙してんだ?  
 口喧嘩とかしたこと無いけどそれは単に無視してるから。姉弟らしいことは何1つしていない。  
 近所や親戚に“昔はあんなに仲良かったのにねえ”なんて言われるのがすげ嫌。  
 あんなのと“姉弟”なんて現実、絶対認めねえ!!  
 あんな奴を“お姉さん”なんてどんなに間違っても絶対ぇ呼ばねえ!!!  
 
 ・・・って、そう、マジでそう思ってた。自分の、本当の思いを、思い出すまで。  
 
 紗綾はやたらと恥ずかしがりやで、いつも俺から逃げようとする。逃がさないけど。  
 どんなに不安がっていても“優しく抱き締めて”、“優しくなだめて”やるとちゃんと大人しくなるんだ。  
「あんっ! あっあっ・・・いやっ!! やあああっ!! ・・・ああ、ふ、・・・は・・・、・・・うぅ」  
 ほら。  
「イクならイクって言わなきゃ、だめだろ」  
「・・・ひ、ひど、い・・・よ、・・・酷い・・・」  
「1回イっとかないと暴れるから。紗綾は」  
 爪を立てるように内壁をくすぐった。涙声で抗議しても余計そそられるだけだっての。  
 小さい悲鳴を挙げ、身を捩る恋人。・・・赤くなった頬、濡れた瞳が堪らない。んー、可愛い。  
 キスはさっき食ったケーキの味がする。文字通り甘いキスだ。  
「うう・・・まだ食べてたのに・・・」  
「食うの遅いのが悪い」  
 大人しくなったところで本番。邪魔なものを全部除けて肌を味わっていく。硬い鎖骨。柔らかい胸。・・・ケーキよりこっちの方が良い。  
 キスマークが出来るように少し歯を立てる。ここも。ここにも。  
「い・・・痛い・・・」  
「ん。気にしない」  
 ゆっくりと、そして確実に、下へ舌を這わせていく。いや洒落じゃなくて。  
「あっ! だ、だめそこっ! 舐めちゃ」  
「今更恥ずかしがらない」  
「!!!」  
 これからお邪魔するところは特に念入りに。もっとよく濡らさないとな。まだキツイから。  
 でも本音言うと結構ヤバい。早くシたい。  
 少しして脚を突っ張らせた後、また良い感じに蜜が溢れてきた。・・・も、そろそろいいかな。俺も限界。  
 紗綾の下に俺のシャツを敷き、いつものように“優しく”身体を重ねた。  
「あああっ!! くっ・・・う・・・、・・・やぁ・・・」  
「は・・・、・・・ああ・・・。紗綾・・・」  
 あの時もこうやって抱いて、やっと自分を取り戻せた。もしそのタイミングが遅かったらと思うと今でも身が凍る。  
 もしも忘れたままだったら・・・、紗綾を失う意味を理解できないまま満たされない感覚に悩まされ続けていただろう。  
 最悪の場合、女喰いまくった上に男ともヤってたかもしれない。あの、よく飯奢ってくれるカメラマン、ゲイだって噂だし。  
 
「紗綾ってあと2〜3日で生理なんだよな?」  
「・・・何でそれ」  
「生でシたいから」  
「・・・だから、・・・どうして・・・」  
「大体排卵が終わってる時期だから」  
「・・・・・・」  
「排卵してから生理が来るまでは生でしても大丈夫なんだよ」  
「・・・・・・いやぁぁぁぁー・・・・・・」  
「ほら、それ以上逃げるとソファー、ひっくりかえるぞ」  
「・・・あうぅ、う・・・」  
「良い子だ」  
 喘ぐ表情と繋がっているところを交互に見ながら行為に耽る。  
 これがすんだらお風呂に入って、もう1回シて・・・、  
 生理来ちゃったら暫く出来なくなるから、今夜はもー、思いっきりイチャイチャしよう。  
 
   
 親父の容態が急変して、やれ手術やら入院手続きやらで一騒動。ようやく落ち着いたときに突きつけられたものは、  
 『仲の悪い姉と二人きりで暮らす』現実。  
 俺は大学で、あいつはOL。生活サイクルはずれている。しょっちゅう顔を付き合わせることは無いものの、気まずいことこの上ない。  
 ま、いつも通りに無視してりゃいいんだけどな。女や仲間のトコに泊まるのもしょっちゅうやってる。週末は当然外泊。  
 姉も仕事を増やしたらしく、帰りが遅い。やっぱりあいつも俺と居るのが嫌なんだろう。・・・・・・・・・ムカツク。  
 そういう、1日1回すれ違うかどうかという日常の中の、・・・ある週末。  
 一つ二つ期限の迫ったレポートがある事を思い出し、取りに戻ると、玄関口で早々に紗綾と鉢合わせした。  
「・・・・・・」  
「あ、お帰りなさ・・・」  
 一時、目をこちらに向け、直ぐに受話器に視線を戻した。  
 何か言いたげだが、それどころではないらしい。  
「あ、はい、今弟が帰ってきたんです。それで・・・・・・はあ。・・・で、でも、私、まだそんな・・・」  
 眉を寄せて、・・・っていうか、眉毛が典型的な八の字になっている。相当困ってるって顔だ。  
 ・・・別に紗綾が困っていたって、俺には全く関係ない。無関心に脇を通って2階に向かった。  
 
「でも美紀おばさん・・・」  
 美紀おばさん?・・・ああ、あのやかましい伯母さんか。紗綾に一体何の用だよ。  
 部屋を出てもまだ、でもでもと電話が続いている。・・・・・・っとにウゼぇ。嫌な電話ならさっさと切れよ。  
「・・・・・・は、・・・はあ・・・。・・・はい、じゃあ、・・・会うだけなら・・・」  
 今日もどっかテキトーに泊まるつもりなのは判るだろう。わざと音を立てながら階段を降りて、家を出た。  
 ・・・意味不明の絶叫を、聞きながら。  
「ええぇっ!!?? あ、あっ、明日ですか!?」  
   
 日曜夜遅く家に帰ってきた。  
 大学へは自宅から通った方が便利ってだけで、断じて昨日の電話が気になって戻ってきたわけじゃない。  
 帰る時間はいつもこのくらいだ。  
 ただいまも言わず扉を開け、2階に上がろうとして、・・・その異変に気付いた。   
「・・・?」  
 家の中、リビングも、階段も、廊下も電気が点いている。  
「・・・・・・」  
 妙な、・・・嫌な予感がする。あいつは寝るとき、不要な電気を点けっぱなしにはしない。  
 トイレにも電気が点いていた。扉も開けっ放し。・・・無性に気になって覗き込むと・・・!!  
「紗綾っ!!??」  
 もう寝ていると思っていた姉が、便器にしがみ付いていた!!  
「おい!!!???」  
 肩を掴んで揺さぶった。小さな身体が小枝のように揺れる。  
「・・・・・・うう、ぅ・・・・・・」  
「おい! しっかりしろ! 紗綾!!」  
「・・・・・・ゅ、・・・や・・・? ・・・・・・ぉかぇぃなはぃ・・・・・・」  
 意識はあるようだ。・・・しかしトイレに倒れこむなんて!?  
「何やってんだよ!!」  
「・・・・・・吐いてたの・・・・・・」  
 ・・・それは見れば判る!!  
 服にも零したんだかプンプンしてるぞ。酒の匂いとかすっぱいのとか!!  
「・・・こんな時間に何飲みすぎてんだよ!!」  
 姉の、こんな乱れた姿を見たのは初めてだった。真っ青な顔色。焦点の合わない眼。涎の跡に涙の跡。これは相当苦しかったろう。  
「・・・・・・・・・」  
「おい? ・・・おい大丈夫か?」  
「・・・・・・・・・ぅ、・・・気持、ひわゆぃ・・・、・・・うう!!」  
「おい!!!!!」  
 
 
「・・・くくっ・・・」  
「・・・龍也?」  
「ん? ああ、・・・ちょっと思い出し笑い」  
 恋人の、まだ余韻が抜けない頬を撫でながら。絡みつく体勢を少し変えて。  
「・・・」  
「紗綾と、こんな風になれるまでいろいろあったよなぁ、って」  
「・・・・・・ね、龍也」  
「何」  
「・・・ね、こんなふうにって、嬉しそうに言ってるとこ・・・悪いんだけど・・・」  
「だから何?」  
「・・・何度も言うけど、これは、近親相姦っていってね?」  
「だから?」  
「・・・・・・だ、だから・・・・・・、だからっ! これは」  
「これって、・・・“これ”?」  
「あっ、ああっ!」  
 話が長くなりそうだから、繋がっているところを押し付けてみた。ったく紗綾ってば本当に恥ずかしがり屋なんだから。  
 吐き出したばかりの身体も今ので発射準備完了。こんなこと余程相性が良くないと出来ないんだぜ?  
「そうか、これが欲しかったのか。それならそうと早く言えよ。・・・いくぞ」  
「え?? や、違・・・だ、め・・・だめ・・・」  
 力無く、それでも精一杯にかぶりを振って“恥ずかしがる”仕草にそそられる。っていうか誘ってるだろそれ。  
「だめじゃない。いくぞ」  
 1回目と体位を変えて、さっきよりももっと深く、深く。  
「やああっ! お願っ、そんな、あっ! りゅっ、やあ・・・ああ!! ・・・っんん!」  
「な、さあや。覚えてるか? ・・・あの夜、このソファーで・・・」  
 
 紗綾は俺に好きだって言ったんだ。  
 
「ほら、これ飲んどけ」  
「・・・ありがとう・・・」  
 薬箱を開けたのは久し振りだった。・・・トイレ掃除したのって中学校以来か?  
 紗綾も着替えが出来るくらいには回復した。まだフラフラだが。  
 俺だって苦しがる女見捨てて寝るほど鬼じゃねーよ。  
「弱いくせに何一気に飲んでんだよ。ありえねーよ。バカ」  
「・・・うん・・・。ごめんなさい・・・」  
 トリプルソファーに、パジャマ姿でコップ両手で持って、頼り無げに座る紗綾。  
 ただでさえ小柄なのに、そうやっているとどこまでも幼く見える。『ちょこん』なんて効果音まで聞こえてきそうだ。  
「もう、大丈夫か?」  
「うん・・・。・・・ありがとう・・・」  
 さっきから似たような返事ばかり。色々と言いたいことがある、が・・・、あーも、寝るか。  
「じゃ、俺、寝」  
「・・・今日ね、お見合いだったの・・・」  
 同時発声。・・・ったく。俺は眠いんだよ。何があったのか知らないけど、お前の事情なん、・・・・・・か・・・・・・?  
「・・・え?」  
 今、何て言った? 今・・・え? ・・・オミアイてなに・・・?  
 突然、目の前が暗くなった。  
 停電!? いや、電気は煌々と点いている。  
 ・・・な、何今の!? ・・・・・・あー、やっつけでレポート仕上げたし、夜も遅いからな。・・・疲れてんだわ、俺。  
 吐くほど飲んでたって事はその、何? 見合いだっけ? つまりそいつが玉砕完敗大失敗だったわけだろ。  
 あー! ビビらせんなよ。全く。  
 紗綾は俯きがちに、コップの中に零すように、ぽつり、ぽつりと話し続ける。  
「・・・昨日、美紀おばさんに進められて・・・、・・・今日、朝早く・・・。・・・服、選ぶ暇も・・・無くってね」  
 それでんな古臭いスーツ姿だったのか? ・・・・・・コイツのセンスは問題があるぞ。  
「んな有り得ねえ格好でのこのこ出てったら、速攻フラれんの分かんねぇ?」  
「・・・・・・」  
 座る背が更に小さくなった。  
 
「何? ・・・フラれたのがそんなにショックかよ?」  
「・・・違うの・・・」  
「は?」  
「フラれたんじゃ、ないの」  
「・・・・・・何それ・・・・・・」  
「・・・それがね・・・」  
 突然付き付けられた見合いで、当然乗り気はしない。親父の事もあるしそれ所ではない。  
 見合い相手にも家の実情を話し、結婚する気はないと伝えたものの、  
『せめて友達として、お話だけでもさせてほしい』『今日一日だけ付き合ってほしい』  
 などとと懇願され、仕方なく付き合って、夕方、  
「・・・やっと解放されると思ったら美紀おばさんが『式は早い方が良いわよね?』なんて切り出してきて・・・」  
 その場全員を乗り気ムードに持っていっちまったんだそうだ。  
 慌てて何度も断ったが一笑に伏されてしまったらしい。  
 そういやあのババァ・・・、結婚相談所とかやってなかったか?  
「うん。・・・私でちょうど100組目なんだって・・・。だから余計に張り切っちゃっててね」  
 “こういう大変なとき、支えてくれる人が絶対に必要なのよ”  
 “あなたもう25でしょ? ちょうど適齢期じゃない”  
 “そんな服着て嫌われようとしたって駄目。あちらはお写真差し上げた時点で大変気に入って下さったのよ?”  
 “これ以上良い話はどこにも無いのよ!!”  
 次から次へとまくし立てられ、取り付く島も無かったそうだ。・・・とどめの一言が、これがまた。  
   
 “これでお父さんも安心するわ。早く白無垢姿見せてあげましょうね”  
 
「・・・・・・そんなに変な服かな。・・・一応、お気にだったんだけど」  
 変だよ。  
 
 
 窮する胸のうちを聞いてもらおうと友人に相談メールをしてみれば、『おめでとう! すごーい』、などと祝福されてしまったそうだ。  
 皆でお祝いするからその見合い相手を連れて来い、ときたもんだ。  
 肝心の親父も話が出来る状態じゃない。誰も話を聞いてくれない。  
 どうすればいいのか分からなくなって、どうにもならなくなって・・・  
「で、酒飲んでたのか」  
 吐くまで。  
「・・・うん・・・」  
「・・・・・・」  
 ・・・打ちひしがれて俯く姿に掛ける言葉も見つからない。結果、重い沈黙が辺りに覆う。  
「・・・・・・私、どうしても結婚しなくちゃいけないのかな・・・・・・」  
 紗綾がまた、ぽつりと話し始めた。いい友達を持ったことには同情するが、だからって、そんなこと俺に聞くなよ・・・。  
 退場する機会をまたもや失い、どう答えればいいのか分からないまま居続ける羽目になった。  
「結婚して、子育てして、年取って、そのまま・・・」  
「・・・」  
「・・・・・・死ぬのかな・・・・・・」  
 え?  
「・・・やりたいこと何一つ、何にも出来ないまま・・・」  
 
 ・・・・・・死んじゃうのかな・・・・・・  
 
 ええ??  
 独白は思いがけない方向へ転換した。  
 いきなり何言い出すんだよ? し、死ぬ、って、んな・・・  
 強く握っているのか、指が妙に白い。僅かに震えている。ここに俺が居るのに、俺を見ていない。コップばかり見つめて、自分ばかり見つめて。  
 そのまま消えてしまいそうな果敢なさでそんなことを言われると、本当に・・・  
「はぁっっ!!??」  
 近所迷惑になりそうなくらい素っ頓狂な声を出してみた。紗綾も驚いてこっちを見た。  
 
「お前そんなこと考えてたのかよ!?」  
「・・・龍也・・・」」  
 だーっ!!! もー、何だよこの重っ苦しい空気! 通夜みたいになってんじゃねえかよ!  
「何考えてんだよ!? いきなり死ぬって何だよ、親父が大変なときに!!」  
 勢いを保ったまま、怒鳴ってみた。  
「・・・・・・」  
「くだんねぇ事考えてんじゃねーよ!! 似合わねーよバカじゃね? オーゲサ過ぎだっつーの!!」  
 半分むきになって強く捲くし立てた。・・・他に方法が無いような気がして。  
 姉は何か言いかけたが、少し考え・・・、  
「・・・・・・本当ね。何、大袈裟に、・・・考えてるんだろうね・・・」  
 笑った。  
 泣きそうな顔をして。諦めに似た表情をして。  
「・・・そうよね。もっと違うこと考えなきゃ!」  
 どうにもならないことを考えてもしょうがないよね。そう言うとまた少し考え込んだ。  
「・・・そーだ。私、龍也に言いたいこと、あったんだ。ね!」  
 暗かった口調をガラッと変え、何事かと戸惑う俺に向かってソファーをポンポン、と叩いた。  
「ね、龍也。ちょっとここに座りなさい」  
「・・・な、なんだよ・・・」  
 何か、いかにもこれから・・・。  
「龍也」  
 涙が残る上目遣いに逆らうことも躊躇われて、何となく座ってみた。・・・紗綾の、隣に。  
 説教口調に変わるや、日頃の生活態度の注意が始まった。・・・予想通りに。  
 何か、ヤブヘビやっちゃった、って感じ?  
 内容は、いつもどこに泊まってるの、とか、どこでご飯食べてるの、とか。・・・やれやれと思いながら話を聞き続けた。  
「今家にはそんな余裕、無いのわかってる?」  
「・・・・・・」  
「そりゃ私も働いてるし、お父さんも稼いでいたから蓄えが全く無いわけじゃないけど、いつまでもあるなんて思わないで」  
 強気な態度で小言を並べてくる。さっきの弱気はどうしたんだよ。  
「お父さんのことこれから大変なのよ? 病室、月に何万も掛かるし、あの機材だって・・・・・・」  
「保険だって利くし、親戚も協力してはくれるけれど、今迄のような贅沢は出来ない状況なのわかる?」  
「食費のことだって考えてよ。カレーライス一杯だって、店で食べるより家で作ったほうが何倍も安いのよ?」  
 決して大きくは無い身振りが、その振動がソファーを伝って来る。俺のところに。  
 
「私の料理、不味いかも知れないけれど、食べてよ。外食ばかりだと栄養だって偏るのよ。味盲になっちゃうのよ」  
「・・・み、みも・・・?・・・」  
「あと、自分の部屋はちゃんと掃除するとか、洗濯物を洗濯籠に入れるとか。この位の協力はしてよ。私結婚したら、ここ、龍也しかいなくなるんだからね!?」  
 肩が派手に上下した。前傾姿勢で俺を睨みつけて。  
「・・・ねえ、龍也ぁ。分かったあ!?」  
「・・・あ、ああ・・・」  
 返事を聞くと大きく息を吐きながら肩を落とした。  
 
 さっきから見たことの無い姿の連続だった。・・・何だか今の口振りは美紀ババアに似てたぞ? あえて言わないが。  
 言いたい事全部言ってすっきりしましたって顔で、また俺に視線を向けた。  
 酔ってるとは思えない程真っ直ぐな眼差し。俺は何も言えなくなる。  
 いきなりくすくす笑い出した。何だよ気色悪ぃ。酔っ払いの特権にも限りがあるぞ。  
「ふふふ・・・ねえ、久し振りだね。こんなに話、したの」  
「ああ?」  
「んー、違うな。ええと、・・・こんなに話、したこと、なかったね。・・・かな?」  
 話? あ、ああ、そうだな・・・って、お前が一方的に喋ってるだけだろ?  
 まだ笑ってる。結構酒癖が悪いぞ、こいつ。  
 一頻り笑った後、またじっと俺を見る。・・・惹き込まれそうなくらい、深い、澄んだ目。  
「龍也」  
「・・・なに・・・?」  
「私ね、龍也のこと、・・・好きだよ?」  
 

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