「おーい、三十分過ぎてるぞー、そろそろ起きろよー」
悠にぃの声がする、重くなっているまぶたを押し上げるよ
うにして目を開ける。
「ふぅあぁ・・・、おはぁよう・・・悠にぃ・・・」
「はい、おはようさん、朝食出来てるから着替えてさっさ
と降りて来いよ。」
「うん・・・、ありがと、悠にぃ・・・」
バタン、
扉が閉まり部屋は私一人になる、これが向坂家のいつもの
風景だ。起きられないわけではないが、起こしてもらうの
がうれしくて、なんとなく寝過ごしてしまう。
「んしょっと、そろそろ着替えよ・・・」
朝の日課を終えて、台所に戻ってくる。テーブルには既に
朝食が並べえられている、美雪と自分の分だ。家族は三人
で母親は美雪を産んだ直後に亡くなった、一方父は写真家
で年中外国を行ったり来たりしていて、家にいるほうが稀
である。そんなこんなで物心ついたときから、料理は悠介
のしごとである。
エプロンをはずし、朝のニュース番組を見ていると階段か
ら物音が聞こえてきた。
「んん〜、いいにお〜い。」
「やっときたか、ちょっと早めに食べろよ、いつもより遅
れてるぞ」
「別に急がなくたって大丈夫だよ、それに食事はちゃんと
味わって食べないと」
「朝から走りたいのか?、なら美雪は味わって食ってくれ、
俺は走るのはごめんだ」
「う〜、わかったよ、だからちょっとまって」
二人は食事を急いで片付け始めた。
「悠にぃって、授業後あいてる?」
学校への途中に美雪が聞いてきた。
「なんだ、またウィンドウショッピングか?」
「ちがうもん!ただ、なんとなくブラブラしたいな~って・・・。」
「おんなじじゃないか・・・」
「おんなじじゃないもん!」
「まったく・・・、それになんで俺が付き合わなきゃならんの
だ。友達と行きゃいいだろ、友達と。」
「そ、それは・・・」
はぁ、と悠介はため息をついた。兄離れの出来ない困った妹
と思っていても、悠介はこの妹を愛していた。
「わかったよ、あけときゃいいんだろ、授業後」
それを聞いて美雪は笑顔でうなずいた。
と、その時声がかかった
「おっはよ、お二人さん」
「おはよう、悠介君、美雪ちゃん」
幼馴染の藤原日向と石井紗枝である。もう一人、川崎翔平とい
う幼馴染がいるのだが、これは遅刻魔である。
「おはようさん。」
「おはようございます。日向さん、紗枝さん。」
「今日はちょっと遅めなのね、なんかあったの?」
あまり興味なさげに日向がいった。大方予想がついているのだろう。
「家のネボスケがまた二度寝しやがったんだ。」
「ちがうもん!悠にぃがちゃんと起してくれないから悪いんだもん!」
「ふふ、美雪ちゃんはかわいいわね。」
紗枝が微笑みながら言う。
「毎日起す身にもなってみろ、それに美雪も自分で起き
る気はないのか?」
「ごめんなさい・・・」
しゅんと、美雪が落ち込んでしまう。この仕草に俺は弱い。
「ま、まぁ、いいさ、もう日課みたいになっちゃってるしな。」
クシャと、美雪の髪の毛をなでる。美雪がくすぐったそうに微笑む。
「やさしいわねぇ〜、美雪ちゃんには」
にやけながら日向が言う。
「う、うるさい!なにを言いやがる!」
「ふふ、美雪ちゃんには甘いものね、悠介君は」
「うっ・・・、紗枝まで敵か!チクショー!」
「あはっ、よわいね、悠にぃ」
「おまえが言うな!!」
俺は美雪の頭を小突いた。
「はぅぅ・・・」
学校についても悠にぃに小突かれた痛みが残っている。
もうちょっと手加減してくれてもいいのに・・・
「どうかしたの?美雪?」
友達もユッコ(川崎裕子)が聞いてくる。
「悠にぃに朝からぶたれた・・・」
「また美雪がなにかしたんでしょ?」
「ちがうよぉ、悠にぃが悪いんだもん」
はぁ、とユッコがため息をつく。
「やっぱ、あんたら兄弟仲いいわねぇ・・・」
「ど、どこが?」
「どこがって・・・、見たまんまよ、いつも美雪がべったり
引っ付いてんじゃない」
ユッコがジェスチャーで抱きつくポーズをとる。
「そ、そんなにべたべた引っ付いてないもん!」
「美雪ってお兄さん好きでしょ」
「なっ・・・・・・!」
いきなりの先制攻撃に声が出なくなり、顔が熱くなるの
がわかる。
「ちっ、ちが・・・・・・」
「あははっ、美雪赤くなってる、かぁわいい」
「ユっ、ユッコ〜・・・」
私の友人は時々こうやって私をからかってくる。
「でもホント仲いいわよねぇ・・・」
「ユッコのとこは、仲よくないの?」
ちなみに、ユッコにも川崎翔平(遅刻魔)という兄がいる。
「仲いいわけないでしょ、あんなのと、だらしないし・・・」
「まぁまぁ・・・」
と、ユッコをなだめる。
ガラッ、
「おーっし、席つけー、授業始めるぞー」
「あっ」
四時間目終了と同時に、いまさらながら気付く。
「どうしたんだ、悠介?」
翔平が覗き込んでくる、いま自分の手元には弁当箱が二つ、
自分と美雪の分である。
「いや、美雪に弁当渡し忘れたんだよ」
「主夫だねぇ〜、悠介殿は」
「かれこれ十数年になるからな」
「で、それどうすんだ」
翔平が聞いてくる
「しかたない、ちょっと届けてくるよ」
「早く行ってこいよ、お前の弁当なくなるぞ」
「食うなよ!」
美雪達、一年の教室は本館三階にある、二年の悠介達の
教室が本館二階だから、さほど遠い距離ではない。
「悠にぃ?」
階段を下りたところで美雪に声をかけられた。
「おっ、グッドタイミングだな、はい、忘れもん」
きょとん、とした表情で美雪が手元を見る。
「あっ、ありがと悠にぃ、すっかり忘れてたよ」
「今日は少し急いだからな、仕方ないさ」
「ごめんね、悠にぃ・・・」
美雪の表情が少しかげる、朝の事をちょっと気
にしている様子である。
「気にすんな、らしくないぞ?」
「うん、ありがと」
「じゃあ、俺はもう行くな」
「あっ、今朝の約束、忘れないでよね」
「わかってますとも、いつもと同じ校門で待ってりゃいいんだろ」
「うん、お願いね」
そして二人はそれぞれの教室にもどっていった
授業後、約束どうり美雪と悠介は町へ繰り出している。悠介達が住んでいる町は、
再開発が進んでいて、大型デパートや、住宅街が出来始めている。まだ
活気があるとはいえないが、おちついていて生徒達には良い憩いの場にな
りつつある。
「んで、どこに行くつもりなんだ?」
「ん〜、実は水着見に行こうかなって」
「水着?」
たしかに暖かくなってきてはいるが、まだ五月の初めである
「まだ早いんじゃないか?」
「も〜、悠にぃは興味ないかもしれないけど、もういろいろ出てるんだよ?」
「ふ〜ん、でもなんでまた俺を連れてきたんだ?去年までは一人で買いに来ていたじゃないか?」
悠介は聞いてみる
「そ、それは・・・、感想聞きたいなぁ〜って・・・・・・」
「何の?」
「みっ、水着のだよ!もぉー!」
顔を赤くしながら美雪が答える
「別に買ってからじゃいかんのか?夏になってからのお楽しみみたいな」
「でも悠にぃ去年わたしの水着見て、笑ったじゃない!」
たしかに去年の美雪の水着は可愛らしいものだった、その微笑ましい光景に、
なんとなく悠介は笑ってしまったのだが、それを美雪はまだ覚えているようだった
「いや、あれは笑ったとかじゃなくてな・・・」
「どうせわたしは子供っぽいもん・・・・・・」
しゅんと美雪がうなだれる
「あ〜!わかったって!感想でも何でも言うから!」
「ほんと・・・?」
上目遣いに美雪が聞いてくる。悠介は抵抗の術を失った
・・・・・・・・・・・・
悠介はの更衣室の横で立ち尽くしている。さっきから視線が突き刺さってるような気がするが、
気にしないようにする
「・・・・・・」
なんとなく嫌な感じがしたが、断れるはずもなく、間抜けにもここまできてしまった
「・・・・・・まだか〜・・・」
小声で悠介が言う
「もうちょっと〜・・・」
のんきな調子で美雪が言う。更衣室から衣擦れに音が聞こえてくる、頭の中で
ちょっと想像してしまい、悠介は頬を両手ではじいた
(バ、バカか俺は・・・)
シャッ
その時、更衣室のカーテンが開いた
「お、おまたせ〜」
美雪の水着姿があらわになる。白いビキニから健康的な肢体がのぞいている
「お、・・・・・」
さっきの想像のせいか、妙に意識してしまう
「ん・・・・・・」
(どうかな?)という表情で美雪が見上げてくる。その仕草がひどく可愛らしかった
「か、かわいい水着だな・・・」
「ほんと?」
「あぁ・・・」
悠介はただ呆然と見つめた。去年も海で美雪の水着姿を見ていたが、その時とは何かち
がって見えた。
別に胸やお尻が大きくなったとかではないが、女性的な丸みをおびてきたようだった。
「悠にぃ?どうかしたの?」
「おわっ!?」
気がつくと、悠介の目の前に美雪の顔が迫ってきていた。
「びっくりさせんなよ・・・、んで、もうそれに決めんのか?」
「?うん、悠にぃがかわいいって言ってくれたし」
「そ、そうか」
美雪が屈託なく言う。そんな言葉にも、悠介は少しドキリとしてしまった
悠介と美雪は夕食の片付けをしている。昔は悠介一人でやっていたのだが、気がついたら二人で
やるようになってた。悠介自身、最初は退屈しないですむので、良いと思っていたが、美雪はよく
皿を割った
「でもあんなに簡単に決めてよかったのか?」
洗い終えた皿を拭きながら、悠介が言う
「水着のこと?」
「あぁ」
「別に簡単に決めたわけじゃないよ、どんなのにしようか行く前から悩んでたから」
「でも次行く時は勘弁してくれ」
「え〜、なんで?」
「あそこは視線が痛いからな・・・」
「?」
トゥルルルルル
電話が鳴った
「すまん、ちょっとでてきてくれるか」
「うん、わかった」
手を拭きながら、美雪が受話器まで小走りにかけていく
そして電話の相手と二三言葉を交わして、またもどってきた
「日向さんから電話だよ」
「俺か?」
入れ違いに悠介が受話器まで行く
「なんだ?」
「なんだとはご挨拶ねぇ〜、せっかく誘いの電話いれてあげたのに」
「誘い?」
受話器から不穏な笑いが聞こえてくる
「ふっふっふっ、明日私の荷物もちとして・・・」
ガチャン
悠介は躊躇いなく受話器を置いた
「なにか用事だったの?」
「いや、間違い電話だった」
トゥルルルルル
しかたなくまた受話器をとる
「はい?」
「いきなり切らなくてもいいじゃない!」
受話器から怒声が聞こえる
「切られるようなこと言うからだろ・・・」
「まぁまぁそんなに怒らな〜い、そんで明日付き合ってくれるんでしょ?」
「ん〜〜・・・、メンドイ」
「なによ〜、美雪ちゃんとは良くて、私はだめなのぉ?」
不満の声が聞こえる
「わかったよ、んで、いつ何処に行きゃいいんだ?」
「明日の昼ごろに、私ん家」
「わかった」
「んじゃ、よろしく〜」
用件が済み、受話器の向こう側で電話の切られる音がする
「やっぱりなにか用事があったの?」
苦笑いをしながら、美雪がもう一度聞いてくる
「明日は荷物もちに借り出されることになったらしい」
悠介も苦笑いしながら答えた。その後も、しばらく水道から水の流れる音が続いた
悠介は三回目のインターフォンを押した。しかし、その家からは空しく電子音が鳴るだ
けで、何の反応もない。
(ねてやがるな・・・・・・)
すでに太陽は昇りきっていて、時刻は一時を回ろうとしていた。しかし、この家にはま
だ起きないネボスケがいるようである。
(仕方のないやつだな・・・・・・)
悠介は携帯を出し、手際よく日向の携帯にかけた。目の前の家から、くぐもった着信音が
聞こえてくる。直後
ゴトンッ
「いたっ!」
と、にぶい音と悲鳴が聞こえてきた。
(落ちやがったな・・・・・・)
ベットの横で、打ったところをさすっている日向の姿が頭に浮かび、悠介は苦笑した。
「・・・・・・もしもし・・・・・・」
「おきたか?」
「もうバッチリよ・・・・・・着替えるから、もうちょっと待って・・・・・」
そこで通話が切れた。
階段を下りる音に続いて、玄関のドアが開いた。
「お待たせー・・・・・・」
まだ眠そうな表情で日向が言う。
「ずいぶん早かったが、もういいのか?」
「私は髪とかあんまりセットしないしね、ていうか知ってるでしょ?」
日向はくせっ毛である。外向きにはねていて、何をしてもそのくせが消えないものだから、
小学生の頃とかは、よくからかわれたものだった。だから日向は髪を撫でつけるぐらいし
かしない。
「まぁな」
「ところであんた・・・・・・」
「ん?」
「何しにきたの?」
「・・・・・・」
スパァーン
「いたっ!」
とりあへず、悠介は日向の頭をはたいた。
「あやまるから、そんなに怒んないでよ〜!」
「怒ってねぇ!」
日向の声を背に受けながら、悠介は前を歩く。
「じゃあ、なんで不機嫌なの?」
追い越しざま、日向が上目づかいで聞いてくる
「別に不機嫌ってわけじゃない。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「ちょっとムカついてるだけだ・・・・・・」
「やっぱり怒ってんじゃない」
日向が嘆息しながら言う。
「あーもうっ!わかったよ!ささっと荷物持ちでも何でも済ませるぞ!」
「最初から素直にしとけばいいのに」
「誰のせいだよ!誰の!」
日向が探し物でもするようにあたりを見回す。悠介は心の中で、お前だ、お前、とつぶやき
ながら続けた。
「どーせ今年も例の衣更えだろ」
「御名答」
日向は季節の変わり目になると、衣更えと称して大量に服を買い込む。別にそんなに急がな
くてもいいだろと、悠介達は言ったこともあったが、本人曰く、これが生き甲斐だと言うの
でそれ以上は追求しなかった。しかし、日向は普通の日にも何かしら買っているので、バイ
トもしてないのに理不尽なやつだ、と悠介は思ったりした。
「じゃあなおさら早く行こう。日向が服選んでると日が暮れちまう」
「まぁまぁ、帰りにちょっとはおごったげるからマッタリ行きましょ」
「人の話聞いてんのか?」
とは悠介は言わなかった。すでに諦めと覚悟は出来ている。
「帰りにちょっと話したいこともあるしね・・・・・・」
「ん?」
聞き取れず悠介が日向のほうを向く。
「なんでもな〜い!」
日向が悠介の前を歩きながら言う。日向の背を追いながら、悠介は一つため息をついた。
「なぁ・・・・・・」
「なに?」
悠介の前を悠々と歩きながら日向が答える。町はすでに夕焼けに染まっていて、二人の影を
黒く伸ばしている。が、悠介の影は妙にでかかった。
「一つくらい自分で持とうとは思わないのか?」
紙袋を差し出す仕草をしようとしたが、取り落としそうになったので、すぐに手を引っ込
めた。
「何のための荷物持ちなのよ?」
日向がにべもなく言う。
「たしかにそうだが・・・・・・」
「そんなにグチらない、飲み物ぐらいならおごってあげるって」
「うまく丸め込まれたような気がするが・・・・・・、それで手を打ちますか」
「いつものとこでいいんでしょ?」
“いつものとこ”とは、悠介達がいつも学校帰りに行く喫茶店である。“ペギー”という喫
茶店で、悠介たちは“ペギーさん”とか“いつものとこ”と呼んでいる。通学路から少し
離れているせいか、比較的すいていて、カフェオレとミニケーキのセットがうまかった。
「うん、それでかまわん」
「じゃあ・・・・・・決まりね」
言いながら、日向がひとつ深呼吸をした。
ペギーさんの自動ドアを抜けると、クーラーの冷気が全身を駆け巡り心地よかった。入っ
てすぐ右手にカウンター席があるのだが、奥の窓際の席に悠介と日向は腰を下ろした。席に
つくとすぐ店員が注文をとりに来た。
「ご注文はお決まりですか」
すでに見知った顔の店員さんが聞く。それに悠介はアイスティーと言い、日向も少し悩ん
だあと、おんなじのでと言って、店員さんは下がっていった。
「今回もかなり買ったなぁ、去年よりも多いんじゃないか?」
と悠介が話題を振るが、日向はうんと頷くだけで喋ろうとしなかった。
「どうかしたのか?」
悠介が不審に思い聞く。
「別に・・・・・・」
と日向は歯切れが悪い。ペギーさんに向かう途中からも何か変だったなと悠介は思い出し、
それになにかソワソワしていると、心の中で付け加えた。こういうときの日向は、なにか
言いたいときか、悩んでいるときだと悠介は知っている。
「なんか聞いてほしいことでもあるのか?」
「うん・・・・・・、あの・・・ね」
日向が観念したかのように口を開く。
「悠介と美雪ちゃんってさぁ・・・・・・」
「俺と美雪がどうかしたのか」
「付き合ってるの?」
今度は悠介が黙る番になった。
「違うの?」
「おいおい・・・・・・、俺たちゃあ兄妹だぞ・・・・・・」
「でも傍から見るとそうにしか見えないわよ・・・・・・」
言いづらそうに日向が言う。
「傍からはそうかもしれんが・・・・・・別にそういうんじゃないさ、美雪はただの妹だ」
「でも美雪ちゃんはそうは思ってないと思う」
日向が核心を突いてきた。
「・・・・・・」
悠介は黙る。日向は続けた。
「悠介は・・・、美雪ちゃんのこと好きなの?」
「好き・・・・・・か」
悠介が日向の言葉を反芻する。
「好きか嫌いかって聞かれたら、好きなんだと思う」
「女の子として?」
それまでうつむき加減だった日向が、まっすぐに悠介を見て言った。
「それは・・・・・・違うと思う」
今度は悠介がうつむきながら言う。しかしすぐに顔を上げ
「家族として・・・、妹として美雪を好きなんだと思う」
悠介がきっぱりと言った。
「じゃあ・・・・・・、もうちょっと美雪ちゃんと距離を置いたほうがいいと思う」
思いがけないことを言われ、悠介は思わず聞き返した。
「それは、どういうことだ?」
「悠介には付き合ったりする気はないんでしょ?だったら美雪ちゃんがかわいそうよ」
「だからなんで距離を置く必要があるんだ」
悠介がもう一度聞く。
「だってこのままじゃ美雪ちゃん、彼氏だって出来ないわよ?」
「何でだ」
聞き返す悠介に、日向は少しいらだち、声を少し荒げていった。
「だから!傍から見たら付き合ってるようにしか見えないって言ったでしょ!?」
店内にいる、何人かの視線が日向に向けられる。それに気付いたのか、日向は慌てて背を
縮めた。
「ごめん・・・・・・」
日向が背を縮めたまま謝る。
「いや、こっちも悪かったし・・・・・・」
そこで会話が途切れた。その時、店員さんがたのんだアイスティーをはこんで来た。アイ
スティーの注がれたコップに水滴が浮かび始めた頃、日向が口を開いた。
「でもね・・・・・・、やっぱりちょっとは距離をとったほうがいいと思う」
「・・・・・・」
悠介は視線だけを上げ、黙って話を聞く。
「そうしないと悠介にも彼女できないよ・・・・・・?」
「俺は別にいいよ・・・・」
「よくないの・・・・・・、そうでなきゃわたしが・・・・・・」
「ん?」
聞き返そうとして悠介は顔を上げた。しかし、悠介の目に映ったのは、顔を赤くしながら
うつむく日向の姿だった。
「おい、どうしたん」
「なんでもない!」
悠介の言葉をさえぎるように、バンッと机をたたいて日向が立ち上がる。
「とっ、とにかく!悠介にその気がないんなら、あんまり美雪ちゃんを期待させちゃダ
メ!突き放すのもやさしさよ?」
「お、おい」
「じゃあわたしはもう帰るから、よく考えときなさいよ!」
日向はそう言い切ると、さっきまで悠介が持っていた大量の紙袋を持って足早にペギーさ
んを後にしていった。
「・・・・・・」
残された悠介はさっきの日向の言葉を思い出していた。
「美雪に彼氏が・・・・・・」
想像しようとしたが、美雪の横には誰の姿も映し出せなかった。それまでは想像もしたこ
となかったし、美雪に彼氏が出来るなんて事は悠介は思いもしなかった。ただ平凡な日々
が絶え間なく続くと思っていたからかもしれなかった。
「突き放すもやさしさ・・・、か」
確かに日向の言う通りかもしれないと、悠介は思った。今はいつも一緒にいられるが、い
つかは必ず別れが来る。将来、おそらく二人とも家庭を持つことになるだろう。もし美雪
と悠介が付き合ったとしても、所詮兄妹なのだ、その後は何も出来やしないと、悠介は一
人考えていた。のどが渇いていたのに気付き、悠介はアイスティーに手を伸ばした。掴ん
だ時、浮かんでいた水滴が手にしみこみ気持ちよかった。悠介はそのままストローも使わ
ずアイスティーを飲み干した。外ではもう、夕日が沈もうとしている。悠介は席を立った。
そしてそのまま、日向がおごる筈だった会計を済まし、出口に向かう。自動ドアをくぐる
と、生暖かい風が悠介を包んだ。外はすでに漆黒が町を包み始めていた。