昔々あるところに、眠りを忘れた猫のお嬢様がいました。  
お嬢様は生まれてこの方安心して眠ったことはなく、いつも寝不足に悩まされていました。  
そのためかお嬢様は召使い達にきつくあたってしまいます。  
本当はみんなと仲良くしたい。でも眠りの足りないお嬢様はイライラしてしまうのです。  
そんなある日、一人の男がお嬢様の上に突然落ちてきました。  
唐突です。前振りもありません。お嬢様は青年男性の体重をもろに頭に直撃してしまい  
むち打ちになってしまいました。男は無傷です。だいぶ狡いです。  
お嬢様は力ずくで上に乗っかってきた男を押しのけ、説教を始めました。無理もありません。  
だけど男はどこ吹く風。お嬢様の言うことなんて馬耳東風。  
お嬢様は腹が立ってきました。リミットブレイクまであと数秒です。  
両手から爪が伸びかけてきたその時、男は不意にお嬢様の喉元に手をやりました。  
ほーらごろごろごろー。馬鹿っぽいです。でもお嬢様にはこうかはばつぐんだ!でした。  
男の指先が複雑にお嬢様の喉をくすぐります。テクニシャンとかそういう次元ではありません。  
つり上がった瞳もだらしなく細まり、体中が弛緩してきます。  
先程までの無礼すら霧散していく快楽。そして抗いようのない眠気が体を覆います。  
ですが生粋のお嬢様、会ったばかりの男の前でだらしなく眠ることを良しとしません。  
今にも崩れ落ちそうな気力を振り絞り、なんとか意識を繋ぎます。  
そんなお嬢様の努力虚しく、男はお嬢様の尻尾の上あたりをこりこりしてきました。  
いけません。セクハラです。ですが、そこも猫の弱点です。  
四つん這いで首撫でを耐えていたお嬢様でしたが、二ヶ所同時責めなんて初めての経験。  
すぐに腰砕けになり、男の膝にもたれかかってしまいました。  
側に感じる男の匂い。初めて間近に感じた異性の香りに、お嬢様は奇妙な  
安心感を覚えてしまいます。それが決定打になってしまいました。  
お嬢様は抗っていた意識を手放し、心地よい快楽を与える男の膝で、眠りにつきました。  
その寝顔はとても安らかで、安心しきったものでした。  
 
「にゃきん心まで許したわけにゃいんよ!」  
独特の発音で話すこのワガママフェアリー猫又でポン。  
さっきまで俺の超絶フィンガーテク24でぐーすか眠ってたとは思えんな。  
しかも今でも俺の膝の上でうつ伏せになって撫でられてるし。説得力皆無。  
銀色の髪を逆立てながら結構可愛い顔を赤くしてるし。その気がある奴なら落ちてるな。  
「あーへぇへぇ。ほら裏返れ、腹撫でたるから」  
「あ、うん……って違(ち)ゃう!」  
素直に俺に腹を見せる。寝間着のボタンを外して腹を軽く撫でた。  
んー、すべすべ。押せば返る弾力ってのはこーゆうこと言うんかね?  
「ほれほれ、気持ちいいですかご主人様っと」  
ヘソの回りを避けながら五本の指をバラバラに動かしてマッサージ。  
脇腹から回るように背中の方も掻いてやる。ぬ、つるすべでいい感触。  
猫の弱いところばっか責めてるもんだからご主人様もすぐにおとなしくなる。  
「う…ず、ずっこいにゃぁ…しごうしたろかぁわりぁ…」  
んな気怠げにいわれても迫力ありゃしねえ。  
あーちなみに「しごうしたろか」とは、どついたろかとかいうケンカを売る言葉らしい。  
手の平全体でおなかを撫で上げた後、お決まりのように喉に指を這わせて少しずつ動かす。  
「ほーらごろごろごろー」  
「あっ…ふぁ、ん、にゃあ…ぅゃ」  
ああ悩ましげな女の声。あと10年くらい歳喰ってたら確実に襲ってたな。  
声帯が震えてごろごろと聞こえる。指にも程良い感触が伝わってきた。  
 
「うぅん…はう、んっ、にぁ…きも、ち、い…きん」  
ヘソの中を小指でなぞったり広げた手の平でマッサージ。あぐらをかいた俺の膝の上で  
だらしなく寝転がってるご主人様の銀のロングヘアーを撫で上げてからごろごろと急所を撫でる。  
いやぁ、ピクピク体が動くのが面白いねぇ。  
「やぁ、そこじゃにゃいよぉ…ん、でも、そこも…いいきん、続けてぇにゃ…」  
「はいよー」  
生返事を返して腹をなでなで。首のあたりを指先でこりこりしながらつつっと背中へ。  
ご主人様の口から吐息が漏れる。じわじわと眠気が身体を支配してんだろな。  
柔らかい弾力を楽しみながら尻尾の根本を掻くように刺激してやった。  
「ひゃぁ…や、やめぃや…しっぽだめやきん…んにぃ」  
んなこといってもひゅんひゅん尻尾振ってるのに説得力皆無だよな。  
「あにゃっ!な、にゃにするんじゃぁ…」  
こりこりこりこりこりこりこりきゅっ、っと。  
根本を軽く爪でこり、親指と人差し指で尻尾をきゅっ。  
「ひんっ…にぃ、ん、んに…ふぃ、あ、っむぅ…」  
「ええんか、ええんか?ここがええのんか〜?」  
「にゃにゆぅてん、にゃぁっ…ぃ、あ、ふ…」  
んー、頃合いか。どんどんご主人様の身体がやわこくなってきたしな。  
締めに入るとすっかね。  
ご主人様の身体を抱きしめるようにして背中側をリズム良くたたき、俺は口を開いた。  
「〜〜…♪〜、〜♪」  
子守歌。名も知らない母から受け継いだ俺の歌。  
耳に残る旋律に詩を乗せて謡う。ただそれだけの、思い出の歌。  
なんでか知らんがご主人様はこの歌が好きらしい。寝るときに歌ってやると気持ちよさそうに寝る。  
「……ふわぁ…ん、ねむぅにゃってきたきん……あふ」  
安心したように俺に身体を預けて目を閉じる。そーとー眠かったのかすぐに寝息を立て始めた。  
「ま、ゆっくり寝ろや。ご主人様」  
「ん…すぅ、すぅ……」  
膝の上からご主人様の小柄な身体を抱きかかえ、ベッドに寝かしつける。  
離れ際、今日の額ネタをマジックで書き込み、俺はご主人様の寝室を後にした。  
 
 
俺の名前は日乃 太陽。年齢四捨五入で二十、職業保育士。  
どういった原因かは知らんけど、出勤しようと玄関出た瞬間異世界に飛ばされた。  
いや俺は狂ってはいない。つか狂っていた方がまだマシだろう。  
チビ共に読ませるような絵本の世界がそこにあったのだから。  
猫や犬といったほ乳類、魚などの水生生物、鳥なんかも『人間』となっているのだから。  
この世界では俺達の常識は欠片も通用しない。しかもヒトの位置付けは最下層。  
俺達別の世界からの漂流者は総じて『落ちモノ』と呼ばれている。  
そうした落ちモノは、この世界では物と同じ、つまり人権など無いに等しい。  
それにこの世界の人間は基本的に俺達よりも身体能力が遙かに上である。  
知能は偏りがあるが、まあ俺達と同じくらい。  
絶対的なアドバンテージがそっちにあるとすりゃ従うしか他はない。ま、当然のことだな。  
「だっけどなぁ…納得できねぇし」  
いままで元の世界で培ってきたモンが消えた。納得できるはずもねえ。  
いきなり変なところに連れてこられてはい働け。どっかの国じゃあるまいし。  
歳も二十超えたら今までのモン全て捨てることなんてできねえし。  
前に帰る手段はあるのかって聞いたら、間髪入れず「無い」。  
どうせいっつーの…まったく。  
 
「おや、タイヨー君。お嬢様は眠りましたかな?」  
俺が思考に耽っていると、後ろから柔和な老人の声がかけられた。  
振り返ると、そこにはご主人様の執事さんがいた。  
この執事、名はライアー・ケルビン。当年とって582歳の長寿お爺ちゃん。  
ご主人様と同様に猫族であり、猫族の男性の中では珍しい俺達よりの人間だ。  
何かと差別されやすい落ちモノに対して、隔たり無く接してくれる人のできた執事でもある。  
「ぐっすりすやすや夢の中っす。明日の朝までは寝てるでしょうね」  
俺は一礼してからご主人様の事を伝えた。  
ライアーさんはしわ深い顔に微笑みを浮かべ、頷く。  
「それはよかった。ではタイヨー君も休んでよいですよ」  
「うっす、それじゃあ先に休ませてもらいます、ライアーさん」  
俺は一礼してから自分の部屋に向かう。  
「…タイヨー君には感謝しているのですよ」  
と、ライアーさんが俺の背中に向かって語りかけてきた。  
足を止め、振り返らずにそのままライアーさんの独白を聞く。  
「お嬢様の人生を救っていただいたのですから」  
「…んな大したことしてねっすよ。ただ子供寝かしつけるの慣れているだけですし」  
「ではそういうことにしておきましょう。それではお休みなさいタイヨー君」  
ライアーさんの気配が離れていく。足音がまったく聞こえないのが猫っぽい。  
俺もそれに習い、自室へと足を向けた。  
 

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