むか〜し、むかし。
ある山の中に赤鬼が住んでいました。
黒い髪に赤い瞳。
ほとんど麓の村人と変わらない彼でしたが、
頭に生えた角が村人と彼の違いです。
心優しい赤鬼は、時折山の中に来る人間の子供と仲良くしたいと考えていましたが、
村人は鬼の彼を怖がり誰も山には来ません。
それでも赤鬼は、何時か誰かが来るかもしれないからと、
毎日毎日、お茶やお菓子の用意をします。
さて、そんな風に今日もお茶の用意をしていた赤鬼のところに、
谷に住んでいる青鬼が来ました。
白い髪に青い瞳。
そして額に生えた二本の角が彼女と赤鬼の違いです。
青鬼は来るなり、
「また無駄な準備をしてるの?」
と赤鬼を嘲笑いました。
幼馴染の彼女は正直者で、ナイーブな赤鬼は時折洞窟の隅で膝を抱えされます。
それでも、同族として海に遊びに連れていってくれたりします。
…彼女の白い肌に西洋油を塗れとか言われたりしましたが。
風邪の時は看病に来てくれて薬をくれました。
…間違えて媚薬をもってこられ、もんもんさせれましたが。
時折、泊まりこんで話し相手になってくれたりします。
…一緒に寝る?とからかわれたりしますが。
けれでも今日の赤鬼は違いました。
来る日も来る日も、来ない村人にお茶を用意していたのにイラついていたのか、
それとも、とうとう青鬼の暴言に腹を立てたのか。
ムスっとしていた赤鬼は、青鬼に掴みかかると両手首を掴み洞窟の岩肌に押し付けました。
「きゃっ、あか…」
「黙れ!」
「ぅ…」
「そんなこと、そんなこと、お前に関係ないだろ!
これは僕が好きでやってるんだ!
お前にとやかく言われる筋合いはない!」
「……そんなに…人間と話したいの?」
「ああ、少なくとも僕をバカにしてばっかの君よりもね!」
赤鬼は普段、話したことのないような長い話をしたせいで息を荒げ。
青鬼は俯いたまま何もしゃべりません。
そのまま10分ほどした後でしょうか。
赤鬼の頭が冷えて先ほど言ったことを後悔し始めた頃。
ぽつりと青鬼が呟きました。
「痛いから…離してよ」
赤鬼は慌てて青鬼の腕を離しました。
俯きながら腕をさする青鬼を、ちらっと見ながら赤鬼は頭の中がまとまりません。
謝るべきか、謝らないべきか。
かな〜り長く葛藤しましたが、謝ろうと顔を上げた瞬間、そこには青鬼の拳がありました。
「赤鬼のバカ―――――!!」
思いっきり、岩肌に叩きつけられた赤鬼は、意識が落ちる瞬間、
裾を翻して走っていく、青鬼のふとももが眩しく感じました。
鬼が目を覚ますと、既に辺りは暗く、夜になっていました。
今日はなんという日だろうと、落ちこんだ赤鬼ですが、
とりあえず外へ出て、晩御飯でも取ろうと洞窟から出ました。
すると、そこには月の光を浴びた青鬼がいました。
青鬼はこちらに背に向けているので、表情は分かりません。
しかし赤鬼には泣いているように見えました。
「青鬼、さっきはごめん…」
けど言うべきことは言わないと、と赤鬼は先ほどのことを謝りました。
「いいよ、わたしも悪かったし…」
青鬼が謝りました。
赤鬼も長いこと生きてますが、初めてのことです。
思わず目を白黒させた赤鬼にですが、青鬼が振り向いたとたん息を呑みました。
青鬼は泣いていました。
いつもいつも、赤鬼を泣かせていた青鬼がはらはらと泣いていました。
そして話しはじめました。
「わたし、赤鬼にとって、なんなのよっ!!
ねぇ? 赤鬼にとって、わたしはなんなの
……。単なる、友達なの?」
「ねぇ、教えてよっ!! 赤鬼にとって、
わたしはなんなの!? 赤鬼、赤鬼の方から、
わたしにキスしてくれたことないじゃないっ!!
赤鬼の方から、わたしを抱き締めてくれたことないじゃないっ!!」
「わたし、赤鬼にいっぱい、アプローチしたのに……。
それでも赤鬼は気づかなかった……。
あの海でのことは、私の精一杯の勇気だったのに……」
「なのに、赤鬼は答えを出さなかった……。
わたし、怖くなった。」
「もしかして、赤鬼は、わたしのことなんて、
どうでもいいと思ってるんじゃないかって。
わたしは、だから怖くなった。
『好き』って一言を、赤鬼に言えなくなった。
だって、拒絶されたら怖いからっ!!」
それは青鬼がずーっと心に秘めていたことでした。
そしてある意味赤鬼が秘めていたことでもありました。
だから。
「青鬼!」
「ぇ、あ、青鬼…ん」」
赤鬼は迷わず青鬼の口を塞ぎました。