宿題を放り出し幼馴染から借りた「明日のジョー」文庫版を読みふけって、  
カップラーメンでも食うかなーと畳でごろごろしていたらチャイムが鳴った。  
なんだよー、と呟きながら暗い廊下の電気をつけてのろのろとサンダルを履いた。  
 
「トリックオアトリート!!?」  
 
引き戸を空けた瞬間、ない胸を張ったツインテールが目に飛び込んできた。  
ご丁寧にかぼちゃの柄がついた黒トレーナーだ。  
俺はしばらく、目を合わせたまま深い溜息をついた。  
あほだなぁ、こいつ。  
 
「聞くまでもねーと思うけど…。何やってんだ?」  
「ハロウィンイベントに決まってるじゃない。  
 悪戯されたくなかったら、お菓子よこしなさいよねっ」  
 
手を出して口を曲げるところは中二にもなって本当にこどもだ。  
(俺も同い年だけど、それにしたってどうなのか。  
 一緒に隣で育ってきたはずなのになぜだ。弟もいるくせに)  
そんなことをぼーっと考えつつも、  
じっと手を出して待っているのになんとなく顔がほころんでしまった。  
愛は、俺を見上げてすごく複雑な顔をした。  
すねているっぽい。  
 
「勝利。どーせその顔は、子供扱いしてるんでしょ。分かるんだから」  
「別にしてない」  
「うそつき」  
「鋭いなあ、愛は」  
 
ははは、と笑うと明日のためにその2並の右ストレートが飛んできた。  
痛い。  
これ以上やられると困るので、手首を掴んで止めた。  
こどもだけどトレーナーから伸びたつやのある肌が意外に細  
「やっ!」  
「ぅが!」  
気を抜いてたらやられた。  
今度は明日のためにその1(左ジャブ)がもう一発。  
いやほんとほんとマジ痛いって!  
今日も両親は仕事で遅いのでこのままでは犯行が闇に葬られてしまう。  
死んだ後に押入れにある段ボール箱の秘蔵コレクションを探られては死ぬに死ねん。  
両手首とも掴んでつむじと赤い二つの髪ゴムを見下ろした。  
 
「だから止めろって。菓子じゃなくて悪戯するぞ」  
「なによ。悪戯するのはこっちよーだ」  
じたばた暴れる姿は本当に小学生みたいだった。  
慣れているとはいえ、さすがにうんざりしてきた。  
一人で気楽な夜だったっていうのに、もう昔のよしみなんかで容赦しねー。  
「うっさい!いいかげん帰れ!」  
「なによ!寂しいかと思ってきてやったのにっ」  
 
怒鳴ったのに返ってきた半泣きの声が、あまりにも意外だったのか言葉が意外だったのか。  
思わず両手を放してしまった。  
勢いでぶつかってきた小柄な肩を止めようとして、背中ごとしたたかに廊下に打ち付けてしまった。  
なんか前にも何度かあった気がする。  
結構気まぐれに突進してくる愛を受け止めるのは、そんなに珍しいことではないのだ。  
しかし今回は、妙に困った。  
相手は妹みたいな奴だというのに、我ながら変だった。  
二つ結びの頭を軽く撫でてみたら慌てて首を振って逃れてしまった。  
慌てて軽い体重が上からどいて、引き戸の前まで下がるのを見る。  
幼馴染が初めて大きな紙袋を持って来ていたのを拾った動作を見て知った。  
それにも情けなくうろたえて、立ち上がるのが上手くいかなかった。  
なんだ俺。どうした。立つんだジョー。  
 
「もういい、帰る。心配して損した。……転ばせたのは、ごめん」  
 
愛は俯いて引き戸を後ろ手で開けた。  
 
なんだよ。  
別に、俺は、両親が仕事で忙しいのは俺のためだって知ってるからそんなに嫌じゃないんだぞ。  
なのに思わず押し殺した溜息が出てしまった。  
開きかけた戸を無理矢理上から手を伸ばしてまた閉める。  
 
「拗ねるなって。ハロウィンなんだろ。菓子くらい食ってけよな」  
「ふんっ。知らなーい」  
 
ぷいと顔ごと背ける様はほんとうに小学生で。  
少年漫画ばっかり読んでいて、貸してくれたりして、我侭放題の困ったお隣さんだけど。  
そのお節介にうんざりしても、嫌だったことはない。  
 
「いいから、人が折角いってやってるんだからそうしろよ。  
 あー……心配してくれてどうもな」  
「またそうやって大人ぶる!勝利だって同い年のくせに」  
「は?大人ぶってないって」  
「はいはいはーいそーでーすかー!」  
まだ機嫌を損ねているので、やっぱり困ってしまった。  
前言撤回しようかな。  
「…愛ってほんと子供だよな」  
「ほら!」  
 
それが大人ぶっているって言うのよ。  
 
と悔しそうに睨まれた。  
水色のスニーカーを脱いで上がり、小さい頃からの習慣のまままず靴を揃え、  
おじゃまします。と言ってから奥に踏み出す愛を見て肩を竦める。  
しかも相変わらず茶を入れる手つきは様になっていてついでに  
少し散らかっていた周囲を片付ける手際がいい。  
「これ、お母さんからね。食べてよ」  
持ってきたおかずの類をいつの間にやら見やすく冷蔵庫にしまってくれているし。  
それを横目に戸棚の中にしまってあったお茶請けの菓子を出したら  
パンプキンパイで、タイムリーだなーと顔がにやにやしてしまった。  
(これは愛、喜ぶだろうなー。)  
などと思っている自分に気付いてなんとなく気が抜けた。  
これじゃどっちが子供なんだか。  
 
って、どっちも子供か。  
なんだかな。  
 
 
終  
 

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