ぐ、ぐ、と力強い指が紐を引くたびキイキイと高い棒がきしむ。
金属の棒を抑えながら、弱風にはためく布と青空を見上げてあたしは目を細めた。
そうしてすぐ近くの落ち着かなくさせるでかい図体に、かかとでちょっと蹴りを入れる。
ごん。
そうして何で自分でもこんな嫌な言い方できるんだろうって感じに突っかかる。
「ちょっとー。もっと早くできないわけ?」
「はいはい。もうちょっとだ」
「早くしてよ、この後、みいこと映画行くんだからねー」
「じゃあ行けばいいだろ」
すっかり我侭に慣れられている。
すごく悔しい。
庭の土を今度は掘りかえしながら、かかとを遊ばせた。
あたしは愛で、こいつは勝利だ。
何がって名前がだ。
まったくどこの少年漫画かという。
隣同士のパパ達がいわゆる竹馬のなんとやらで、そういう悪乗りをしてくれたわけである。
関西から来たうちのママもお笑い大好きだからノリに乗ったらしい。
ちなみにあたしの弟が友だ。
何がって名前がだ。
愛・友情・勝利。
なんともいえないがっくりした気分に、二つ結びの髪が風に吹かれて騒いだ。
アイアイアイおさーるさんだよー♪
勝利が無意識みたいにさっきから吹いてる口笛がそのメロディなのに今更気付いた。
大袈裟にもう一度蹴る真似をして睨んでみて、意外に高くなっていた背に見下ろされたので顔ごとそむけた。
勝利は少しだけあたしより高い。
少しだけ、だったのは去年のことだけれど。
キイキイとまだ紐を手繰る音が口笛にあわせて空に消えていく。
「あーもう!その口笛、やめてよね」
「おう」
「っていうかほんと早くしてよ。あんたのとりえなんて力が強いだけじゃ―」
ぱさり。
はたりばさり。
七分袖の右肩にやっとお父さん鯉までが重なってかかって、落ちて来る。
勝利がまだ声変わり途中の声で、わははと笑った。
「ほら、終了。しまっちゃおうぜ」
「…ばか」
ずるい笑顔だ。
雲に太陽が隠れたのか少しだけ風が涼しさを増す。
「しまう前に洗うんだから。縁側に持ってってくれればいいわよ」
「おう。お前はじゃあ、こっちな」
軽い方の子供の鯉のぼりが一匹だけ腕の中に放られて、受取る。
勝利が重いほう二匹と吹流しを持ってくれているのは当然だ。
当然だったら当然なのだ。
なのに勝手に足が動いた。
「あたしだってもう一個くらい持てるんだから。よこしなさい」
「いいよ、持つよ」
「いいから!」
奪い取ろうとした瞬間。
空が真っ青に太陽が雲から顔を見せ、
――突風が襲った。
もつれる。
ばさりばさり、と視界が暗く染まり、背中を打ち付ける、と思った。
実際そういう音がしたけれどあたしが倒れこんだのはなぜか、土じゃなく。
頭の上でがさがさと鯉がひらめいて、その影の下で膝を何かに跨らせて顔を少しだけ上げた。
スカートから伸びた膝が土と芝生に軽く埋まる。
倒れこんだ下で、幼馴染が、あたしを見上げていた。
顔が、ものすごく、近い。
「勝利」
「まあ、力がとりえだからな」
ばさり、と。
突風がもう一度吹いたらしい。
「…力っていうか」
「おう」
「強引だよ」
背中を覆っていた鯉がひらめいて吹きあがり、あたしたちを光の下にさらした。
芝生が暖かい。
勝利が笑った。
「さっき言ってた映画はいいのか」
「行くわよ。馬鹿」
「じゃあのけろ」
声変わりなんてまだ早い、あたしを置いて大人になるな。
「やだ」
「我侭だな」
「うるさい。ばか」
そんなこどもの日。