ここは海の花女学園より荒野を隔てた場所にある異世界の森。 
その入口付近にドーべルマンの頭を持った上級淫獣がいた。 
彼の名は「ハングドマン」。 
上級淫獣・犬頭人の今年で15歳になる若い淫獣である。 
彼は背後の何者かに向かって話していた。 
「・・・というわけだ、俺に手を貸せよ」 
すると彼の後ろにそびえたつ樹の下あたり、誰もいない空間から声がした。 
「たしかにあのメスの顔なら知っているが、それにしてもあのストレングスを殺ったほどの奴だぞ」 
「だからこそだ。そのメスを俺のモノにすれば、俺はストレングス以上のオスという事になるだろ」 
「う〜ん、しかし良いのか親父殿の留守中に勝手なことをして」 
ハングドマンの父親はやはり同じ(ドーベルマンタイプの)犬頭人で名を「タワー」といい、この近辺ではそこそこの勢力を持っている上級淫獣である。 
そのタワーは手下の淫獣のほとんどを引き連れ、ここより遥か彼方にある海でマーメイド(人魚)族のメス狩りを行うために留守番にハングドマンとわずかな部下を残して海の花女学園が出現する1週間前に出かけていたのだった。 
ハングドマンがストレングスの大規模なメス狩りに参加しなかったのは父親からくれぐれも留守中勝手なことをするなと言われていたことと、父親と拮抗する・・・いやそれ以上の勢力を持つストレングスの指揮下に入ってメス狩りを行うということに抵抗があったからである。 
「なあに、終わりよければすべて良しだ。親父だって俺があのストレングス以上のオスになったとなれば、頼もしがることはあっても怒ることは無いだろ。とにかく今言った俺の完璧な作戦どおりやれば間違いない」 
「・・・・だけどよぉ、あそこにいるメスどもは手強いんだぞ。あのメス狩りに参加してた俺が言うんだから間違いない」 
ハングドマンは樹の幹に向かって苛立った声を上げた。 
「おい!おめえは結局そのメスどもにビビッちまったんだな!もういいとっとと消えろ!そんな腰抜けはもう友達(ダチ)じゃねぇ、インビジブルよ!!!」 
「・・・わっ、わかったよ・・・やるよ。」 
そのインビジブルと呼ばれた声の主もさすがにそこまで言われたらやらざるをえないと思ったようだった。 
その返事に頷いたハングドマンだが、心の中で舌打ちをした。 
(チッ、こいつ完全にビビッてやがる。・・・・・でも、そのメスどもはそこそこ手強そうだな・・・念には念を入れて残ってる親父の兵隊も連れて行くか)  
 
* 
異世界移動後14日目。 
皐月達は学園の敷地内の一番端にある竹林に向かっていた。 
参加しているのは皐月・唯・ベスそして美樹を含む保安部員15名に田沼沙紀奈ら女性警備員たち6名であった。 
目的は筍を掘ることと、数本の竹を切り持ち帰ることである。 
彼女たちが竹林に向かうのは12日目以来の二回目であった。 
以前より唐沢美樹が「この異世界は春の気候のため竹林には筍が生えているかもしれない」と言っていたのを確認するため調査隊が派遣されたのである。 
事実学園に備蓄されていた非常食は食料制限をかけたこともありだいぶもたせてられていたが、それもあとわずかだった。 
そこで危険を覚悟で調査隊を竹林に送ることになったのである。 
一回目もそして今回も静香は保安部部長であることを理由に参加しようとしたのであるが、美樹に「部長であればこそ静香先輩は本部に残り、もし問題が起きた時には即座に対応策を考えなければなりません。参加されて万一のことがあれば保安部が大きく動揺します」と説得され断念したのである。 
そして発案者であることを理由に美樹が自ら参加したのであった。 
結果としては美樹の読みは大当たりで、竹林には筍がごろごろ生えていたのだ。 
さらに竹を切り倒し学園に持ち帰り竹槍を作った、これで今までは数に限りのある木刀や鉄パイプ、金属バットをはじめ武器になるものを持てなかった生徒にも武器を持たすことができるようになったのである。 
しかも予想外の嬉しいことに、この異世界に来てから生えた筍は見た目こそ変わりはないがこの世界の影響か一人二切れで一日は腹が持つことがわかったのだ。 
こうして竹林は学園内の果樹園や小さな畑と並んで貴重な食料供給源となったのである。 
あともう一つの希望となるかもしれないことがあった。 
それは2日目に行方不明となり絶望視されていたジョセフィーヌという名の生徒が保安部が結成された10日目の夕暮れに戻ってきて、その間過ごしていたオアシスの存在を学園に伝えたことである。 
その生徒は戻ってくるや寮の自室に閉じこもってしまい詳しい話が聞けないのであるが、本当だとするとそのオアシスも重要な食糧庫になるかもしれない。 
だが情報が不足しているため、すぐにどうこう出来るという訳には行かなかった。 
生徒たちの中には彼女の部屋に押し入ってでも話を聞こうという意見もあったが、それに対しては「今はそっとさせてあげるべきだ」と校長や静香達が反対したのである。  
 
「それにしても橘さんは今回も欠席なのね、シックスティーン・カルテットが揃っていたほうが心強いのに」と保安部員の一人が言った。 
「シックスティーン・カルテット」とは攻防戦時に大活躍をした黛皐月、三上唯、エリザベス・アンダーソン、橘伊織の16歳の少女四人をさす言葉であり、いつのまにか生徒たちは尊敬の念を込め彼女たちをそう呼ぶようになっていたのである。 
「仕方ねえじゃん。体調が優れないんだし無理に引きずり出してもしものことがあったら取り返しがつかないし」と唯。 
伊織は11日目にサキがフールに犯されかけて以来精神的な調子を崩してしまっていた。 
そのため翌日に予定されていた竹林探索にも参加ができなかったのである。 
その理由は今や唯も知っているが軽々しく口外できるものではない、さらに伊織の過去を考えると皐月やベスにさえなかなか相談することが出来ないでいた。 
サキのことでふと思い出した唯はベスに声をかけた。 
「そういえばベス、昨日ユウとサキにお話を聞かせてあげたそうじゃないか。二人ともベス姉ちゃんのお話は面白いと喜んでいたぞ」 
「・・・ええ、私もあの子達に何かしてあげたいと思いまして」 
 
※ 
唯や皐月に比べると兄妹たちとの接点が少ないベスであったが、あの二人がフールに襲われた事を聞いて自分もなにかしてやりたいと思い、とにかく会って何か話をしようと思ったのであるが、話している最中にこの兄妹が娯楽に飢えている事に気がついた。 
無理はないテレビも映らず、学園の中でも中心部以外は出歩くことを止められているのだ。 
そこでベスは自分が今まで読んだ童話や昔話などを話して聞かせることにした。 
彼女は幼いころから読書家なのだ。 
子供に話して聞かせるのは初めてのことであったがなかなか上手く、そばにいた明花は「この人は保母さんも勤まるんじゃないか」と思ったほどであった。 
 
※ 
「サンキュー、ベス。良かったらまた話を聞かせてやってくれ」 
と唯は礼を述べた。 
やがて一行は竹林に着いた。  
 
まわりには筍がたくさん生えていた。 
二人の保安部員たちが不安げに話している。 
「う〜ん、来るのは二回目だけど緊張するよね」 
「でもやるしかないよ。それに一回目はここでは何もなく帰ったら校内の方で騒ぎが起きてたし」 
そう12日目に無事に筍と竹の収穫を終えて校内に戻ってきた一行は、以前久米山恵子がクロオオヒヒにさらわれた池の傍で校内に侵入し残っていた警備員や生徒たちに追われ逃げてきたカマキリ型淫獣と遭遇したのだった。 
その淫獣は成人男性並みの身長で二本足で両腕の鎌も地球のカマキリの物と違い青龍刀や大鉈の中間みたいな形をしていた。 
「あの化け物の鎌、スゴイ切れ味だったものね」 
逃げてきたカマキリは目の前に現れた皐月達を見て一瞬立ち止まったが威嚇しようとしたのか鎌で池の傍の樹の一番下に出ていた枝を斜めに切り落としたのだ。 
残された枝は綺麗な切断面を見せ、杭のように樹から突き出ていた。 
だがカマキリにとって不幸だったのは生徒は伊織を除く「シックスティーン・カルテット」、警備員は田沼沙紀奈というこの学校では戦闘力の最も高い人間が集まっていたことであった。 
皐月達は力を合わせその淫獣を倒したのだった。 
やがて美樹が皆に声をかけた。 
「ハイ、じゃあ作業を始めましょう」 
生徒たちが道具を取り出そうとした時、皐月が「ハッ!」と周りを見回し声を上げた。 
「気をつけて!誰かが見ている!!」 
すると竹林の奥から 
「やれやれ、見つかっちゃったか」という声とともに数匹の淫獣達が現れた。 
ドーべルマンの頭を持った淫獣を先頭に八匹の淫獣たちがその後に続く。 
言うまでもなくハングドマンとその父親の手下達だ。 
皐月はすばやく桜吹雪を抜き放ち、唯はナックルをはめた手で構えをとった。 
戦闘体勢に入った生徒や警備員達を見ながらハングドマンは皐月を指差し 
「俺が用があるのはお前だけだ。他のメスたちは手向かわない限り手は出さないぜ」 
と言った。 
「なんだと!」と唯が叫ぶ。 
それを聞こえないようにハングドマンは皐月のみに目を向けながら言った。 
「おまえだろストレングスを殺ったというメスは?」 
「ストレングス?」 
「?・・・そうか名前は知らないか」 
それからハングドマンは身振り手振りを含めてストレングスについて説明し、皐月達もようやく誰のことかわかった。  
 
「そうかあの時の牛の化け物か」 
「ようやくわかった様だな。あのストレングスはここいらでは名の知れた剛の者。つまりそれを殺ったお前をモノにすれば俺の名が大いに上がるというわけだ。さあ理解したら武器を捨てて俺たちについて来い!」 
唯とベスがほぼ同時に叫んだ。 
「ふざけてんじゃねえぞ!この犬野郎!!」 
「そうですよ!たとえメイさんが行くと言っても私たちが認めませんよ!!」 
しかしハングドマンは鼻で笑って言った。 
「おうおう勇ましいことで」と背後に控える淫獣たちに右手で合図をした。 
背後の淫獣たちが皐月達に向かって進みだす。 
迎え撃とうとする皐月達、この時彼女達の意識はハングドマンと後ろに控えていた淫獣たちすなわち正面にのみ向いていた。 
「今だぞ!インビジブル!!!」 
ハングドマンが鋭く叫んだ。 
ビュルルル――――!!! 
次の瞬間、一本の竹のすぐ正面からピンク色の太いテープのようなものが飛び出し一人の保安部員・黒田美智恵の首に巻きついた! 
「え?なに!?」 
驚く美智恵そして皐月達。 
すると太いテープの先の何も無い様に思われた空間が歪み、徐々に生物の輪郭を描き出していった。 
それは全身赤い鱗で覆われたカメレオンのような淫獣でそのテープの様なものは彼の舌だったのだ。 
「あ、あれは!」 
ベスはその淫獣に見覚えがあった。 
海の花攻防戦時にストレングスが皐月を襲う間、大蛙とともに自分と唯を足止めした淫獣だったのだ。 
そのカメレオンのような淫獣こそ上級淫獣・蜥蜴族の「インビジブル」。 
皐月達の知っている普通のカメレオンよりも、もっと高度に体の色を変化させ、音も無く近づき長い舌で捕獲するのを得意とする淫獣なのである。 
「おっと動くなよメスども!俺が一言やれと言ったらそいつは舌にちょっと力をこめるぞ。そうしたらそんなメスの細い首なんてあっさりへし折れちまうだろうなぁ」 
ハングドマンが叫んだ。  
 
「ぐっ卑怯者!」 
捕らえられ真っ青になっている美智恵を見ながら沙紀奈が呻く。 
「さあ、わかったら、お前武器を捨てて俺たちと共に来い!」 
皐月を睨みながら勝ち誇ったように宣言するハングドマンは心の中で美智恵の首に舌を巻きつけている蜥蜴族に語りかけていた。 
(見たかインビジブル、俺の完璧な作戦を。俺はあの力押しだけのストレングスとは違うんだよ) 
と、その時。 
「なにやら、にぎやかだな」 
声とともにインビジブルのすぐ後ろの竹の陰から一つの影が現れた。 
「「「「「な!」」」」」 
その場にいた人間・淫獣全てが驚いた、その声をかけられるまで全く気配を 
感じなかったからである。 
それは豪奢なタテガミと獅子の頭を持つ上級淫獣・獅子頭人であった。 
(蜥蜴族じゃあるまいし獅子頭人が姿が消せるなんて聞いたことがないぞ?こ、こいつまさか全ての気配を消してここまで誰にも気づかれず歩いてきたと言うのか・・・そんなことが!!) 
ハングドマンは自分自身の推測に納得が出来なかったが、それは事実だった。 
一方皐月はその獅子頭人が左手に持っているものにすぐ気づいた。 
鮮やかなあずき色の鞘・鯉口近くに描かれた紋のような桜の花の絵、皐月の持つ桜吹雪とまったく同じ造りの一振りの日本刀―すなわち桜吹雪の唯一の兄弟刀「桜乱舞」―。 
(するとこの獅子の頭の化け物がエンペラーと名乗った・・・) 
皐月は現在の状況を一瞬忘れ、その獅子頭人・エンペラーを見つめていた。 
エンペラーはゆっくりと舌を出したままのインビジブルに近づいていった。 
思わず声をかけたのはハングドマンである。 
「おいおい!どこの誰かは知らないが俺たちはメス狩りの最中だ、邪魔しないでくれないか」 
エンペラーは立ち止まりハングドマンに目線をあわさず言った。 
「ああ、さっきから見ていたぞ。どうやらそこにいる一匹のメスに用があるそうだな」 
「わかってるのなら下がっていてくれよ。他のメスどもはあんたの好きにしていいから」 
ハングドマンが慎重な態度をとっているのは獅子頭人は虎頭人や牙狼族とならび上級淫獣の中でも、もっとも戦闘能力が高い種族だからである。 
「・・・・・そうか」 
長く伸ばされたインビジブルの舌の傍まで近寄っていたエンペラーが静かに呟いた、と同時に一筋の銀光が走った。  
 
ブツン! 
美智恵を捕らえていた長い舌が断ち切られた。 
「?・・・・ビギャァァァァァァァ――――!!!」 
激痛に口を押さえ転げまわるインビジブル。 
一瞬状況が飲み込めなかったが自由になったことがわかり、首に巻きついていた残りの舌をはずす美智恵。 
そして、抜き身の日本刀を斜め上に振り上げた形でいるエンペラー。 
「な!」 
皐月や唯達は唖然とした。 
エンペラーが持っていた日本刀でインビジブルの舌を切断したことはわかった。 
化け物の片割れがそういう行動に出たのも驚きであったがそれ以上に彼女たちを驚かせたのは、エンペラーが一瞬のうちに刀を抜き放ちインビジブルの舌を斜め上へと切断した手並みのあまりの鮮やかさであった。 
唖然としていたのはハングドマンも同様であったがその顔は瞬く間に怒りに歪んだ。 
「お前、なにをしてくれるんだ!!」 
「悪いが俺はこういうメス狩りのやり方は嫌いなんだ、それに俺もそのメスに用があるんでな。その蜥蜴族は気の毒だったが一週間ほど我慢してくれ」 
エンペラーは皐月から目線をそらさず静かに言った。 
蜥蜴族の舌は切断されても一週間ほどで再生されるのだ。 
だがハングドマンの怒りがおさまるはずもなく、連れてきた八匹の淫獣に声をかけた。 
「ふざけんな!!おい、お前らこいつを殺っちまえ!!」 
ハングドマンが自分たちのボスの息子であるということもあるが、なにより上級淫獣はそうでない淫獣を従える能力がある。 
そのため命令された淫獣たちはエンペラーに襲いかかった。 
一方エンペラーも自分のほうから襲い来る淫獣に向かって足を踏み出す。 
ズビュッ! 
一匹の淫獣が袈裟懸けに斬られ、返す刃で二匹目が胴を断たれる。 
一閃、また一閃・・・・エンペラーが刀を振るい銀光が走るたびに血飛沫が上がり淫獣が倒れる。 
皐月はエンペラーの剣裁きに思わず見ほれていた。 
しかも彼の刀の使い方足裁きなど、彼が使っているものはまぎれもなく自分が祖父から学んだ、すなわち黛家に伝わる剣術そのものだったのだ。 
気がつくと八匹の淫獣全てが地面に倒れふしていた、十秒以内の出来事であった。 
エンペラーは驚きと恐怖でガタガタと足が震えだしているハングドマンに目線をやり「うせろ!」と言った。 
「あう・・・う、おいインビジブルずらかるぞ!」 
ハングドマンは脱兎のごとく逃げ出しその後をインビジブルが口をおさえながらあわててついて行った。 
「さてと・・・」 
二匹の淫獣の気配が遠ざかったのを確認したエンペラーは刀を鞘に納めると再び皐月に向き直った。 
 
黛皐月とエンペラー・・・・・奇妙な運命の結果、この二人はここに出会ったのである。  
 
「お前がマユズミサツキだな?」 
「・・・そうよ」 
エンペラーが静かに問い、皐月ははっきりと答えた。 
「一度会いたいと思っていた。サツキ、俺はお前に聞きたいことがある」 
「それはこちらの台詞よ」 
「聞いているのは俺なんだが。・・・・よかろう俺の質問に答えたら俺も答えよう」 
唯達は固唾を呑んでこのやり取りを見ていた。 
わずかな沈黙の後エンペラーが口を開いた。 
「お前、マユズミハヅキという名に心当りはないか? リュウイチロウやジュンヤという名は?」 
皐月の顔に驚きが浮かんだが、彼女は取り乱さないよう心がけて答えた。 
「黛葉月は私の伯母の名で竜一郎と順也は私の祖父と父の名よ」 
「・・・そうか、どおりでお前はハヅキに似ているわけだ」 
皐月はキッとエンペラーを睨みながら問うた。 
「今度は私の番よ。なぜあなたが伯母や祖父たちの名を知っているの? そしてあなたの持っているその刀、それは伯母が行方不明になった時持っていた「桜乱舞」のはず。それをあなたがなぜ持っているの?」 
エンペラーは皐月の言葉に一瞬天を仰ぎやがて答えた。 
「・・・・マユズミハヅキは俺を産んだメスの名で、そしてこの刀はそのメスが持っていたものだ」 
「!」 
空気が凍りついた。 
エンペラーを除き誰もが硬直していた。 
だが真っ先に硬直からさめたのは、渦中の人物皐月その人であった。 
「・・・・そっ・・・それで私の伯母はどこにいるの?」 
「死んだよ。俺を産んでまもなくな」 
「なっ!・・・なぜ!?」 
「自然死らしい、もっとも俺は覚えていない。ただ親父の話と吸い取った記憶から覚えていないまでも、その時に何が起こったのかは知ってはいるが」 
エンペラーは語りだした。  
 
27年前、見たこともない武器を持った一匹の若いメスがさまよっていた事。 
その14歳のメスは疲労困憊をしながらも持っていた武器(すなわち桜乱舞)を振るい襲い来る淫獣達を切り伏せていたが、その彼女の前に当時淫獣世界で「剛の者」と名高かった獅子頭人「チャリオッツ」が立ちふさがった事。 
疲れ果てていた彼女はチャリオッツに敗れ犯され心を壊され、そして子を孕まされた事。 
「その結果生まれたのがこの俺エンペラーだ。あと俺自身は覚えていないが後に親父の記憶を読んだ時、ハヅキが死ぬ直前に赤ん坊だった俺は彼女の額に触れ熱を出して寝込んだらしい。どうやらその時無意識にハヅキの記憶を読み取ったらしく、俺の知るはずのない桜乱舞やリュウイチロウの名、ハヅキが元住んでいた場所等の記憶があるのだ」 
皐月は肩を振るわせながら声を絞り出した。 
「・・・そっ・・それでアンタの父親は今どこにいるの!!」 
その声は怒りに満ちていた、だがエンペラーはそんな皐月をわずかに気の毒そうに見て言った。 
「親父も死んだよ」 
「うそ!」 
「残念だが本当だ。俺が14の時に虎頭人とどこかのメスの取り合いをしてな。相手を仕留めたんだが、その時自分も深手を負って数日後に死んだ。」 
皐月は歯を食いしばり伯母の仇の末路を聞いていた。 
「さて話はおしまいだ。サツキ、俺は理想のメスを探していた。そしてついにお前を見つけた」 
「な!何を言ってるの」 
「どうだ、俺のものにならんか?」 
「ふ、ふざけないで!」 
その時、唯とベスが皐月を守るように彼女の両側に並んだ。 
「メイに指一本触れてみろ、承知しねえぞ!」 
「そうですよ。あなたもやはり他の化け物と変わらないのですね」 
「・・・唯・・・ベス」 
皐月は思わず目頭が赤くなった。 
「ほぉ、サツキは良い仲間を持っているな。だがお前たちが束になっても俺に勝てるかな?」 
それでもファイティングポーズと崩さない唯とレイピアを構え続けるベス。 
それを見ながらゆっくりと刀の柄に手をかけたエンペラーであったが・・・・その顔がわずかに苦痛に歪んだ。 
「ぐ・・アンタか、またアンタなのか」 
「?」 
皐月達は何が起こったのかわからなかった、しかしその隙にエンペラーに襲いかかることはしない、先ほどの彼の剣さばきあまりにも見事だったからである。  
 
やがて落ち着いたエンペラーは 
「サツキ、今日のところは引き上げる。ハヅキに感謝することだ」 
「どういうこと?」 
エンペラーはきびすを返した、それを皐月が呼び止めた。 
「待って、その刀を置いていきなさい!その桜乱舞はうちの家の家宝だったのよ!!」 
皐月達に背中を見せたままエンペラーは答えた。 
「それはできない、この刀は俺にとっても大切なそして生き延びるために必要なものだ。どうしてもほしいというのなら俺を倒すことだな」 
「ぐっ・・・」 
エンペラーはさらに続けた。 
「それからストレングスを倒したことでお前、いやお前たちの存在は畏怖と興味の的となってこの近隣に広まっているぞ、せいぜい気をつけることだ」 
また会おうと言ってエンペラーは堂々とその場を歩み去った。 
その後姿が見えなくなったとき、皐月は思わずひざを折り地面に両手をついた。 
「メイ!」 
駆け寄る唯たち。 
そんな中で亡き祖父の顔を脳裏に浮かべながら皐月は心の中で叫んでいた。 
(ぁう・・・・お、おじいちゃん。葉月伯母さんの消息が・・・わかってしまったよ・・・・) 
 
 
〜獅子との出会い〜おわり  
 

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