異世界移動後14日目。 
※皐月とエンペラーが初めて出会ってから30分後。 
 
エンペラーは今、学園の敷地を離れ荒野を歩いていた。 
彼の脳裏に二つの顔が浮かんでいた。 
そしてその一方の獅子頭人の顔がエンペラーに語りかけた。 
(なぜだ?なぜ犯さなかった。 抱きたいんだろう?モノにしたいんだろう? 
、サツキを) 
その獅子頭人とは彼の父親「チャリオッツ」であった。 
「うぐぐぐ・・・・・」 
呻くエンペラー、そしてこみ上げてくる欲情。 
するとチャリオッツの顔が人間の少女に変わる。 
皐月を少し幼くしてヘアースタイルをおかっぱに変えたような少女・・・すなわち彼の母親・黛葉月である。 
葉月は悲しそうな顔をして無言で首を横に振った。 
エンペラーの昂ぶりかけていた肉欲が薄れていった。 
「ハヅキ・・・今回までアンタは邪魔をするのか」 
そう、竹林で唯達を排除しても皐月を手に入れようとしたエンペラーの顔が歪んだのも葉月が脳裏に現れ彼の行動を制止したためだ。 
そしてこの脳裏に浮かぶ二つの顔こそエンペラーを苦しめているものであった。 
 
※ 
27年前のあの日、家宝の桜乱舞を携え現在は海辺の近くに剣術道場を構える父の修行仲間の家を訪ねることになった葉月は、最寄り駅に降りた直後眼前に広がる夕日の海を見て深い感動に包まれた。 
めったに海を見ない彼女は綺麗な空気と気持ちの良い潮風につつまれ、大自然の産物であるその素晴らしくそして美しい景色に魅入られた。 
このまま訪問先の道場に向かうのは惜しい気がした彼女は、もう少しこの景色を堪能したくなり「少しだけ寄り道しても良いか」と海岸に下りていった。 
人気(ひとけ)のない海岸に腰を下ろし水平線に沈みつつある夕日を堪能していた葉月だが、その景色は夕日の海からどこまでも広がる高原へと何の前触れもなく変わった。 
「なっ!」 
あまりの事に立ち上がり辺りを見回す葉月。 
そして彼女は自分が草原の真っ只中にいることを知った。 
そして自分の周り10メートル四方のみが砂浜になっていることも。 
※ 
ちなみにこの時、元の世界の海岸では葉月の座っていた場所を中心に幅10メートルの陥没したような大穴が開いていたのであるが、海の花女学園が消えた時ほど大規模なエネルギーが発生しなかったため、人気のない海辺で少し強い風が吹き、「ボスッ!」というくぐもった音とともに砂浜に穴が開いた程度であった。 
葉月が消滅するところを目撃したものは誰一人おらず、さらにその翌日からの警察の捜査でも一応陥没したと思われるその穴も調べられたが、その底から葉月の死体が見つかったわけでもないので早々と捜査の対象からはずされ、捜査員たちの目はむしろ海中に向けられたのであった。  
 
※ 
その翌日、異世界の草原を葉月は抜き身の桜乱舞を持ちながら歩いていた。 
あれから叫んでも返事をするものは誰一人おらず、しかも夜になると月が三つものぼった。 
葉月は恐怖と心細さで今にも駆け出したかったが夜の高原を歩くのも恐ろしくその場で一夜を過ごし、日の出の後遠くに見える山脈に向かって歩き出した。 
心当たりがあるわけではない、しかしこの草原にいつまでもいても何の解決にもなりそうになかったのでとにかく山脈に向かって歩くことを当面の目標としたのである。 
また山のふもとには人が住んでいるかもしれないというわずかな希望もあった。 
そして出発してからこの場所に来るまで淫獣に二回襲われたのである。 
葉月は桜乱舞を使い一匹を切り殺し、二匹目には重傷を負わせてそれぞれの危機を脱した・・・だが。 
(おちつけ・・・おちつけ・・・私の名は黛葉月。今年で14歳で、父親は竜一郎で剣の師匠でもある、弟に順也・・・・・) 
と葉月は心の中で何度も繰り返していた。 
そうでもしなければ気が狂いそうだったからだ。 
もはや葉月の肉体と精神は疲労等さまざまな理由で限界に達しようとしていた。 
そして三匹目の淫獣、獅子頭人「チャリオッツ」が彼女の前に立ちふさがった。 
チャリオッツは葉月の身体から漂う戦いの匂いに惹かれた。 
いきのいいメスは彼が最も好むところであったから。 
上級淫獣の中でも最も強い獅子頭人であると同時に一族の内外でも「剛の者」と称えられているチャリオッツに疲労困憊していた葉月は抵抗むなしく敗れ・・・そして犯された。 
チャリオッツは夢中になって交尾にふけった、破瓜の際の葉月の絶叫や「いやー!・・・もういや!もうたくさん!!」という悲鳴、そしていつの間にかそれすら途絶えていることも気にせず1時間で10回以上の射精を行った。 
そしてその最中、彼は獅子頭人特有の鋭い勘でこの若いメスが自分の子を孕んだことに気がついた。 
堪能しきった彼は葉月を自分の住処の洞窟に連れ帰ろうと倒れている彼女の手を引いて立たせようとしたのであるが、葉月は目をうつろにして何の反応も示さなかった。 
そこでチャリオッツは肩に葉月を担いで連れ帰ることにした。 
普通ならこうなったメスは楽しむことも出来ないので放っておくのだが、自分の子を妊娠したとなると話は別になる。 
子孫を残すことは淫獣にとって最優先課題なのだから。 
そしてその際、葉月の持っていた桜乱舞も持ち帰った。 
使い方は知らないが危険な武器であることはわかっていたしこのまま放置して他の淫獣の手に渡ると面倒なことになると思ったからだ。 
 
そして三ヵ月後、葉月は正気に戻らないまま獅子頭人の赤子を出産した。 
獅子頭人の胎児と赤子は人間よりもはるかに成長が早いのである。 
この三ヵ月間、生まれてくる子供のために葉月の世話をしていたチャリオッツはオスの赤子の誕生を大いに喜んだ。  
 
その「エンペラー」と名付けられた赤子は生まれて四日後にはすでに這うことが出来るようになっていた。 
そしてその時エンペラーは無意識に葉月の額に触れた。 
すると葉月の頭の中で砕け散った星屑のように浮遊していた彼女の記憶さらには感情の残滓までもが一気にエンペラーの幼い脳に流れ込んできた。 
触れた相手の記憶を読み取るのは獅子頭人の特殊能力であるが、エンペラーのそれは桁外れに強力であった。 
はっきりとした理由はわからないが、チャリオッツと葉月というこの世界では本来交わるはずのない血が混じった結果なのかもしれない。 
そして赤子のエンペラーにその能力をコントロールできるはずもなく、彼は自分の小さな脳の限界を超えるまで葉月の記憶を吸い取り、そして倒れた。 
そばにいたチャリオッツは驚き、必死に高熱を出した息子の看病をした。 
エンペラーの熱は1週間続き父親は息子しか目になかった。 
そしてその傍らで葉月は静かに息を引き取った。 
壊された精神(こころ)・急激に成長する胎児と出産を強いられた14歳の肉体・・・・ 
それらの出来事に葉月の生命はもはや耐えられなかったのである。 
 
※ 
やがて成長したエンペラーであるが彼は普通の獅子頭人とどこか違っていた。 
まずは物心がついた時に、すでに死んでいた自分を産んだメスはどのような人物だったのかを知りたがりチャリオッツの記憶を読んだりした。 
そしてその際見たビジョン、すなわち桜乱舞を振るいチャリオッツと闘う葉月の姿を美しいと感じた。 
やがて彼は洞窟に立てかけられていた桜乱舞を手に取り振るうようになっていた。 
エンペラーの脳には刀の使い方を学習したときの葉月の記憶や、さらには彼女の見た光景―つまり彼女に剣を教える竜一郎の姿や言葉まで記録されていた。 
つまりエンペラーは間接的に竜一郎から剣術を学んだことにもなったのである。 
やがてエンペラーはメスに興味を覚える年齢になるころにはいっぱしに桜乱舞を扱えるようになっていた。 
しかしここでチャリオッツを驚愕そして失望させることが起きはじめた。  
 
エンペラーがオスがメスの意思に関係なく相手を犯すということに疑問を感じはじめたのである。 
淫獣にとってはメスは犯し子を孕ませてなんぼのものであり、それは「常識中の常識」なのである。 
それが本当に正しいことなのだろうか?などと口に出す息子にチャリオッツは怒りを覚え「出来損ないめ!」と罵り顔が変形するくらい殴りつけた。 
だがそのチャリオッツもエンペラーが14歳の時に虎頭人とメスの取り合いをして死亡した。 
そしてエンペラーは父親の死を契機に生まれ育った土地を捨てた、母親の形見である桜乱舞を携えて。 
彼が旅に出たのはそのころには既に同族を始めその土地に住む全てのオス淫獣から彼は疎外されていたからである。 
そして旅先で自分と同じ考えを持つオスはいないのかと思ったのであるが、どこに行っても彼の意見に賛同するものはおらず誰もが彼を危険なものとして扱った。 
 
彼がこのような考えを持った理由は赤子の時に吸い取った葉月の記憶と感情、すなわち人間の、それも少女の心が原因であった。 
しかしこの世界においてはフールのように「9歳以下のメスを犯す」というタブーを犯しハナツマミにされるのと同様に「メスは犯して子を孕ませてなんぼ」という常識に疑問をはさむエンペラーもまた異端視される事になったのである。 
もちろん彼も自分が間違っており正しいのは世界ではないかと考えたこともある。 
そして彼はついにとあるメスを見て欲情し、その欲望のままそのメスを犯し・・・そして事後の余韻が薄れると強烈な後悔と罪悪感に叩きのめされた。 
その後も数回、メスの意思とは関係なく性交を強制したが全て後味の悪い思いをすることとなった。 
それらのことがありエンペラーは一つの土地に長くとどまることが出来ず、彼は孤独な当てのない一人旅を続けていたのである。 
旅の途中、様々な危機が彼を襲った。 
しかし彼は父親を含め他の同族と比べても桁外れに強いカンと相手の記憶を読む能力、そして葉月の記憶を頼りに学んだ剣術でそれらを切り抜けた。 
さらに何度も経験したオス淫獣たちとの実戦も彼の剣の腕を上達させるのに役立った。 
上級淫獣の中でも強力な戦闘力を誇る獅子頭人としての肉体に桜乱舞という名刀とそれを使っての黛家の剣術、それらを持つ彼を倒せるものはこの世界でもそう多くはないだろう。 
その意味では彼にとっての最大の敵は彼自身かもしれない。 
なぜなら彼の心の中では常に父から受け継いだ淫獣としての肉欲や本能及び彼を取り巻くこの世界の常識と母から受け継いだ人間の記憶と心が争っている。 
そのため気に入ったメスを見かけても、いやそれどころか性欲がたまっている時にメスを見つけた時ですら欲望がチャリオッツの顔を持って現われ彼を焚き付け、理性が葉月の顔を持ち彼を制止して苦しめるのである。 
さらに彼は自分を産んだ葉月に深い興味を覚えていたため、成長するごとに葉月こそが理想のメスとなっていった。 
その結果、彼の旅は自分の考えを理解してくれる場所を探すことに加え葉月のようなメスを探すことになってしまったのである。 
そんな彼が「この方角に行くと自分と奇妙な縁で結ばれている者と出会う」という“鋭すぎる予感”に導かれて足を向けたこの土地で若いメスの群れが大掛かりなメス狩りをはねのけ、しかも指揮をとっていた剛の者と名高い上級淫獣をはじめ多くのオスを返り討ちにしたという知らせは彼に言い知れぬ痛快感を与えた。 
そしてそのことを詳しく知りたがった彼の好奇心は、彼に皐月という存在を知らせることになった。 
あの大蛙から記憶を吸い取り桜吹雪を振りかざす皐月の姿を見たときの心の衝撃を彼は一生忘れないだろう。 
葉月とそっくりの顔と同じような武器、いや大蛙の記憶ごしに見た彼女の強さは葉月を上回るであろう。 
彼はついに理想の、いやそれ以上のメスを見つけたのである。 
 
※ 
そしてついに今日彼は出会いを遂げた。 
しかし彼の中の葉月は皐月をも力づくで手に入れる事を否定した。 
エンペラーは学園の方角を見ながらつぶやいた。 
「俺は、どうすれば良い・・・・・」  
 
 
※皐月とエンペラーが初めて出会ってから数時間後 
皐月は今、海の花女学園のある校舎の屋上で荒野を照らす夕日を眺めていた。 
「・・・メイ」 
後ろから声をかけられ振り返ると唯とベスが立っていた。 
「ああ唯、ベス」 
「ここに来てるって聞いたもんで」 
おずおずと唯が話しかける。 
あれから皐月は気丈にも筍堀の護衛を勤め上げたのであった。 
しかしあの時大きなショックを受けた様子の皐月のことを心配して唯とベスはやって来たのだった。 
そんな親友たちを見ながら皐月は言った。 
「まさかこんな所で“いとこ”に出会うなんて思わなかった・・・」 
「いとこって・・・まあ確かにそうだよな」 
一呼吸おいて皐月は続けた。 
「ねえ、こんなことは唯達だからこそ言えるんだけど・・・。葉月伯母さんに比べたら私はまだ運が良いのかも・・・」 
「メイさん?」 
「だってたった一人でこんなわけのわからない所に放り出されたら・・・私なんか14日間も、とても持たないと思う・・・・だけど私には唯達が皆がいるもん」 
「・・・そうですね。私もまったく同感ですよ」とベス。 
さらにわずかな沈黙の後皐月は言った。 
「ねえ、私はあのエンペラーっていう奴、今までの化け物とは何か違うように感じたのだけど」 
「たしかに、あいつの剣の腕なら私達が束になってもかなわなさそうだった・・・」 
「けれども彼は私たちを見逃し、しかも警告までしてくれましたね」 
「うん、それに・・・身内贔屓をしているつもりはないんだかけど、アイツが生まれたこと自体はアイツの責任じゃないしね。これが父親のチャリオッツとか言う奴だったら問答無用で叩き斬ってやるけど。・・・だから、どうも私はアイツを憎むことが出来ないんだよ」と皐月。 
「え!メイまさかアンタ」 
「あ、といってもあいつを受け入れることとは別問題だよ」 
するとベスがおずおずと言った。 
「しかしメイさん、彼もこの世界の住人なのですよ。もし・・・その・・・」 
言いよどむベスの気持ちを察した皐月は明快に答えた。 
「もしアイツが唯やベス、いや学園の誰か一人にでも手を出したとしたら。私がアイツを斬るわ!」 
夕陽を背に毅然とした皐月の顔はとても美しかった。 
 
 
実は皐月はそこまでは口には出せなかったのだが・・・・。 
たしかにエンペラーと別れた直後は、皐月にとって葉月の運命は「あまりにも無残な、最悪の結果」であり大きなショックであった。 
もちろん、そのこと自体は今でも皐月の胸に大きな傷を残しているのであるが、 
学園に戻り時間がたつにつれ自分の目で見た、あのエンペラーの見事な剣さばきが鮮やかに蘇ってきたのだ。 
彼女は剣を学んだ者として、しかも同じ流派を使う者として正直に感嘆していた。 
いやもっと言えば彼の姿が自分達と違いすぎることなど関係なく、剣術家として尊敬のまなざしで見ていたのである。 
 
 
〜はぐれ獅子〜おわり  
 

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