その日、保安部監視要員・児玉愛(こだま あい・1年生)は同じ班の二人と共に学園内の見張りに出ていた。 
保安部が結成され運動会系クラブの部員は戦闘要員となった。 
そして文系クラブの部員については小中学時代に武術等をやっていたなど腕に覚えのあるものは戦闘要員となり、それ以外の者は各校舎の屋上や校内を歩き淫獣の姿や気配を発見したらすぐに知らせる監視要員となっていた。 
もちろん両者とも現在のところ強制ではなく志願制であり、図書委員である愛自身も志願したのである。 
彼女は今や学園のヒーローの一人となった黛皐月のクラスメートである事が誇らしく、腕にまったく自身はないけれど自分も出来る事はするべきだと思い志願したのだった。 
しかしそんな彼女にとっても現在同じ班に振り分けられ行動をともにしている黒川弥生が志願していた事は意外だった。 
この弥生という少女は誰からも距離をおき、暗い冷めているという印象でとても志願するとは思われなかったからだ。 
まあ彼女も自分同様やれることをやろうと思ったのか?それなら歓迎すべき事なのだろうがと愛は思った。 
監視要員の班も戦闘要員と同じく1班につき3名が基本になっている。 
もし化け物を見つけたら1人は報告するために走り、残りは監視し続ける役割を持つというわけだ。 
やがて愛達は校舎のはずれに来ていた。 
(・・・あんまり建物から離れると危険だよね。そろそろ帰ろうか) 
と愛が思った矢先、「おい!ちょっと」と後ろから呼びとめられ振り向いた愛は硬直した。 
いつの間にこんなに近くにいたのだろう、タテガミと獅子の頭を持った化け物がそこに立っていた。 
愛と弥生以外のもう一人の少女・中森美穂(なかもり みほ)はその場で腰を抜かした。 
「お前達に少し聞きたい事があるのだが」 
その化け物―獅子頭人・エンペラーは愛達に語りかけた。 
以前学校を襲った牛頭の化け物が喋った事は聞いていたが、実際に化け物が言葉を話すのを聞くのはやはり驚きだった。 
さらに愛を驚かせたのは、その獅子頭の化け物が片手にあきらかに日本刀としか見えない物を持っていたことだった。 
エンペラーはそのあずき色の鞘に包まれた刀をグッと前面に突き出し、さらに鯉口近くの紋の様に描かれた桜の花の絵を愛達によく見えるようにした上で言った。 
「お前達の群れの中に、この武器と同じ物を持った者が居る筈だ。そいつの名前を知りたい」  
 
愛はさらに驚愕した。 
(!・・・それって、メイ以外いないじゃない) 
学園の至宝といわれた「桜吹雪」という名の日本刀を持って見回りをする皐月の姿は目立ち、今や学園内でそれを知らない者の方が珍しい。 
そしてその化け物はどうやら皐月を探しているらしい。 
ひょっとして彼女が手ごわいことに気づき狙ってきたのか!? 
そこまで考えた愛は恐怖で足がすくみながらも自分は知らないと言おうとしたちょうどその時、 
「それは黛皐月さんという人よ」 
弥生の声が聞こえた。 
「なっ!」 
愕然とする愛。 
その時腰を抜かしていた美穂の股間が生暖かくなった。 
失禁したのだ。 
だがその感触が硬直していた彼女の心を動かし、「ギャ――――!!!」という金切り声を上げさせた。 
心の中で思わず舌打ちしたエンペラーであったが当初の目的はとにかく達せられたので、メスたちの仲間が集まってくる前にこの場を離れることにした。 
「そのマユズミサツキとやらに、このエンペラーが会いたいと言っていたと伝えてくれ」と愛達に言うとエンペラーはあっという間にその場から走り去った。 
走りながら彼は心の中で今知った事を考えていた。 
(マユズミサツキ・・・・・マユズミ・・・・リュウイチロウ・・・ジュンヤ・・・) 
 
同じころ愛は弥生の胸倉を掴んでいた。 
「黒川さん!あなたって人は、メイの名前をあんな化け物に教えるなんて何を考えているの!!」 
「・・・・・」 
怒りのあまり震えている愛の顔を見ながら弥生は無言だった、しかし心の中では 
(だってそっちの方が面白くなりそうだもの) 
と答えていた。 
そもそも弥生が保安部に参加したのも、その方がいろんな化け物たちを見れて楽しいことに出会えそうだと思ったからであった。 
※ 
数十分後、皐月はその事を愛から聞かされた。 
弥生に対し、まだ憤懣やるかたないという愛に皐月は 
「まぁまぁ、その黒川さんという人も怖かったんだろうし仕方ないよ。私はあなたや黒川さんや中森さん全員が無事でほんとに良かったと思うよ。・・・だからその人をあまり責めないで」 
と答えた。  
 
しかしそれから寮の自室で一人になった皐月は手にした桜吹雪を見つめ考えこんでいた。 
(・・まさか・・・・まさか) 
その獅子頭の化け物が持っていたという桜吹雪と同じ造りの日本刀。 
皐月の知っている限りそんな刀は一つしか存在しないはずだった。 
その名は「桜乱舞(さくららんぶ)」。 
桜吹雪の唯一の兄弟刀であり、刃文も同じく桜花乱刃(おうかみだれば)。 
相手を斬った時に出る血しぶきが桜が乱れ舞うという感じでその名がつけられたと言われている。 
そしてなにより、その刀は黛家に代々伝わっていた家宝だったのである。 
皐月の祖父・竜一郎も当然振るったことがあり、皐月は祖父からその刀のことを聞かされていた。 
それと同時にその兄弟刀である桜吹雪が存在することも、ただし祖父は桜吹雪が現在どこにあるかは知らなかったのであるが。 
だからこそ海の花攻防戦が起こった日に美樹から桜吹雪を渡された時、真っ先に鯉口近くに描かれた桜の花の絵を確認した理由も祖父から詳しく聞いていた桜乱舞の造りとまったく同じであることを確認するためだったのである。 
そしてその時皐月は自分が桜吹雪を手にしたことに奇妙な因縁を感じざるをえなかった。 
 
(おじいちゃん、なにがどうなっているの?) 
皐月は困惑していた。 
彼女自身は桜乱舞を見たことがない。 
なぜならその刀は今から27年前(皐月が生まれる11年前)に黛家に振りかかった悲劇により失われたのだから。 
※ 
その当時、竜一郎には娘と息子がいた。 
息子は皐月の父親である順也。 
そして娘の名は黛葉月(まゆずみ はづき)。 
順也の姉にして皐月の伯母である。 
竜一郎は最初の子であるこの娘を愛した。 
また剣を教えてみると呑み込みも早く、家宝である桜乱舞も振らせるようになったのである。 
そんな葉月が14歳になった時の冬休み、彼女は竜一郎の親友である剣術仲間の道場へ泊りがけで稽古に行くことになった。 
その親友が葉月が伝説の名刀桜乱舞をいかに振るうか一度見てみたいと望み、また竜一郎も自分以外の剣術家の目に真剣を持った娘がどう映るのかと興味を持ちこの泊りがけを薦めたのだった。 
そしてその運命の日、葉月は桜乱舞を携え少し離れた県にある海辺近くのその道場に出発した。 
それが竜一郎が娘を見た最後となった。  
 
予定ではその日の夕方頃に着くはずの葉月が夜8時過ぎになっても到着しないと先方から電話がかかってきたのだ。 
たちまち黛家は大騒ぎになった。 
もちろん警察に連絡し、聞きこみの結果で夕方の海岸に下りて行った彼女らしい姿は目撃されていたのであるが手がかりはそこで途切れ、その後の海中まで探した警察の懸命の捜査にもかかわらず葉月は見つからなかった・・・・。 
※ 
皐月は知っている。 
愛娘を失った祖父が、大好きな姉を失った父がいかに心を痛めたのかを。 
そして竜一郎が、成長するにつれ葉月に似ていく孫娘・皐月をいかに愛し一方でその容貌に娘の面影を追ってしまうことを。 
竜一郎は死ぬまで葉月は生きていると言い続けていたことを。 
 
祖父の死んだ夜、皐月はアルバムを広げ「葉月伯母さん、おじいちゃん死んじゃったよ・・・」と、まるで自分がおかっぱにしたような写真の少女につぶやいた。 
※ 
「エンペラー・・・・・」 
伯母が持っていたはずの刀をなぜこの異世界の化け物が持っているのか? 
皐月には分からない。 
しかしもしその刀が本当に桜乱舞であるのなら取り返したいと思った。 
剣を学んだ皐月にとってその家宝が失われたことは非常に残念であり、長年の憧れでもあったのだ。 
さらに死ぬまで娘を想い続けた祖父のためにも、自分はそのエンペラーと名乗った化け物に会わなければならないかもしれないと皐月は思っていた。  
 

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