あれから1ヶ月、僕は再び小雪のいる屋敷の前に立っていた。
あの日そのまま1晩を明かし家に帰った僕は、両親には古びた屋敷だけあって他には何もなかったと報告した。
さすがに人じゃない少女が閉じ込められていたなんて言えるはずもないし、その少女に何をされたかなんて口が裂けても喋れない。
両親は一応それで納得したらしく、この辺りは土地の価値と言ってもあってないようなものなので、基本的に放置する方向になったようだ。
その点に関しては僕は安心していた。
あの日のように引き戸を開けて屋敷の中に足を踏み入れると、やはり奥の部屋からは鞠をつく音が聞こえてくる。
基本的に1人でいる時はずっとしているらしいのだが、飽きるとかそういったことはないらしい。
その辺の感覚もやはり人とは異なるのだろうか。
そんなことを考えながら今回は一直線に小雪のいる部屋に向かった。
「やあ、久しぶり」
部屋に入って声をかけると小雪が鞠つきを止めてこちらを向いた。
「……ショーゴ」
できれば笑顔で迎えて欲しいと思うのだけど、表情に変化はない。
それが少し残念で、でもまあまだ仕方ないかなとも思う。
「今日は良いものを持ってきたんだ」
気を取りなおし僕が手に持っていた袋を掲げると、小雪の視線がそれに向けられる。
「……いらない」
次の瞬間、あっさり拒絶された。
まだ中身すら見せていないのに、だ。
正直これを買うのはかなり恥ずかしかった。
それでもこの先必要になると思ってレジの女性の視線にも耐えたというのに、あまりといえばあまりの仕打ちだった。
「いらないって……まだ中身を見せてもいないのに」
そんなわけだから、僕の声に非難するような色が混ざってしまったのも仕方ないと思う。
「……服」
小雪がポツリと漏らした言葉に僕は驚いた。
ズバリ的中したからだ。
もしかして小雪には透視能力でもあるのではないかと目を白黒させる僕。
「……ゴロウも持ってきた」
「そ、そうなんだ」
考える事は爺さんも一緒だったらしい。
まあ考えてみれば当然爺さんだってそうするよな。
「服着ると変な感じ。だからいらない」
今までずっと裸でいた小雪にしてみれば、服を着た状態はかなり違和感があるというのは頷ける話ではあった。
だけど、ここにいる間はまだしも、外に出るとなればずっと裸でいるわけにもいかないだろう。
もちろん爺さんが一生かけても見つからなかったものがそう簡単に見つかるはずもなく、まだ外に連れ出す方法の目処はたっていない。
それでも、いつかその日が来たときのことを考えれば今の内から慣れておいてほしかった。
だいたいここにいる間はまだしもとは言っても、僕だって目の前で裸でいられると落ち着かない部分はある。
幸いというか小雪の体は女性としては未成熟で、しかも本人が下手に照れたりしない分、僕もあまり意識しなくて済むのだけど
それでもやっぱり初めて会ったときにされたこととかもあるわけで全く気にならないわけでもない。
と、初めて会った時されたことと言えば。
「そういえばさ」
ごり押ししても小雪は頷かないだろうと思った僕は1度話を変えることにした。
「前会ったときに……そ、その、あれの最中だけ別人みたいになってたけど、あれって何だったのか聞いていい?」
「客の相手をする時に、そのままじゃ駄目だからって教えられた」
こともなげに小雪は説明してくれた。
客、という単語が僕の心を沈ませる。
「じゃあ演技ってこと?」
頷く小雪。
「他にもいくつかあって相手の希望に合わせてた。例えば……」
そこで突然小雪の表情が変わる。
恥ずかしげに目を伏せ、ご丁寧に頬を紅潮までさせ震える声で、
「わ、私は……これからしていただくことを想像しただけで、ここをこん……」
「わー、ちょっとちょっとちょっとー!」
小雪の指先が冗談にならない部分に向かっていることに気付いた僕は慌てて行為を中断させる。
小雪がそういった気配を見せないおかげで裸でも辛うじて意識しないで済むと考えていたばかりなのに、この話題は薮蛇にも程があった。
「お願いだからそういうことしないでってば。……あれ? 相手の希望にって、あの時僕、何も言ってないよね?」
「そういう時は私が勝手に決める。ショーゴみたいな人はあれが1番喜ぶ」
再び感情の欠落した顔に戻って小雪は言う。
口調にも抑揚がないせいで、かえってそれが絶対の真実であるような気にさせられて僕は言葉を失った。
よりにもよって僕が1番望んでいたのが、見た目だけなら半分くらいの歳の少女に一方的に責められることだなんて、そうそう受け入れられるわけがない。
「……気持ち良くなかった?」
じっと見上げられて、一瞬あの時の脳が焼けるような快感がフラッシュバックする。
僕は、駄目人間だった。