「ふぅ……」  
僕は真夏の熱気のせいで滝のように流れ落ちる汗を拭って一息ついた。  
目の前には古びた屋敷がある。  
僕の住む町から電車で何時間もかかるほどの山奥。  
僕の祖父が所有していたらしいこの屋敷こそが、今日の僕の目的地だった。  
らしい、というのは僕はもちろん両親ですら、つい数日前までここの存在を知らなかったせいだ。  
半年ほど前、突然倒れた祖父は辛うじてその時は命を繋ぎとめたものの  
倒れてから1度も意識を取り戻すことなく、1週間前に息を引き取った。  
その葬儀も終え、遺産に関して色々と処理をしている最中にこの場所に関する書類が出てきたのだ。  
祖父は旅行好きで、特に定年で退職してからは頻繁に出かけていたのだが、どうやらその内の何割かはここに来ていたらしい。  
そんなことがわかって、一体どんな場所なのか忙しい両親に代わり僕が様子を見にきたのだが、  
「下手するとここで1晩明かさないといけないのか」  
自然と溜め息が漏れてしまう。  
長い間手入れがされていないらしく、今にも倒壊するのではないかと不安になるほどその屋敷は古びていた。  
とはいえ1番近くの民家まででもかなりの距離があるここからでは、すでに夕日と言っても差し支えがないほど日が傾いている今から戻ってもいつ着けるかわからない。  
下手をするとどころではなく、ここに泊まるのはほぼ確定事項だった。  
「まあ落ち込んでてもしょうがないよな」  
僕は気を取り直し、父から借りてきたデジカメで一応外から何枚か写真を撮ってから鍵もついていない引き戸に手をかけた。  
 
「へぇ……」  
埃臭い空気に満たされてはいるものの、中は思っていたよりも荒れてはいなかった。  
これなら1晩くらいだったらそこまで苦痛でないかもしれない。  
そんなことを考えながら、玄関に近い側から部屋を1つずつ調べていくと、不意に僕の耳は1つの音を捉えた。  
トン……トン……と一定のリズムを刻む音。  
あまりにも規則正しいリズムに、最初まだ生きている時計があるのではないかと思った。  
ただ時計の音にしては違和感がある。  
「なんだ……?」  
どうやらその音は屋敷の奥の方から聞こえてくるらしい。  
僕はその音に引かれるように、長い廊下を歩いていった。  
長い廊下の突き当たりにある部屋。  
その扉を開けた僕は思わず息を飲んだ。  
人が生活するための家具の類はほとんどないがらんとした部屋。  
あるのは部屋を半分に分断する木製の格子だった。  
向こう側、1つだけある窓にも格子がはめられているのが見える。  
その格子によって区切られた部屋の中に、1人の少女がいた。  
それは狐か狸に化かされているのではと疑うほどの光景。  
年の頃は十にも満たない程度だろうその少女は、一糸纏わぬ姿で鞠つきをしていた。  
病的なまでに白い少女の裸身と長い黒髪、そして少女の手と床の間を往復する真紅の鞠。  
さっきから聞こえてきた音はその鞠が床で弾む音だったのだと僕は知った。  
 
「き、君……」  
僕の声は自分でもわかるほど震えていた。  
その声を聞いて初めて僕の存在に気付いたように、少女はこちらに顔を向ける。  
ひどく整った顔立ちだった。  
そこにはいかなる感情も浮かんでおらず、生気すら感じさせない。  
人形のようなというのはこんな感じを言うのだろうか。  
「……ゴロウ?」  
少女の声は外見相応の高く澄んだ響きを持っていた。  
「あ、僕は章吾って言って」  
ゴロウ、という名前に僕は心当たりがあった。  
「吾郎っていうのはたぶん僕の爺さんだと思うんだけど」  
ここは祖父が所有する屋敷なのだから、そこにいる少女が祖父のことを知っていること自体に不思議はない。  
問題なのはなぜこの少女がこの屋敷にいるのかだ。  
「……ふぅん」  
「あの、君はどうしてここに?」  
この部屋の様子を見る限り閉じ込められているような印象を受ける。  
あの祖父に限ってとは思うものの、少女が服を着ていないこともあって、ひどく嫌な想像が頭をよぎった。  
「……ゴロウは?」  
そんな僕の疑問に少女は答えず、逆に質問を返してくる。  
「爺さんは死んだんだ。1週間前に」  
どう答えるべきか迷った僕は、結局正直にありのままを伝えた。  
状況がわからない以上、嘘をつくにしてもどう言えばいいのかなどわかるはずもない。  
「……そう」  
少女は喜んだようでもなければ哀しんだ様子もなかった。  
 
不意に少女が壁の1点を指差した。  
つられるようにそちらに視線を向けた僕は、そこに1本の鍵が掛けられていることに気付く。  
そして部屋を分断する格子には小さな扉が付いていた。  
「あ、す、すぐに出してあげるから」  
僕は慌てて鍵を取ると扉に付いていた南京錠に差し込んだ。  
鍵を回すと無骨な錠が手の中に落ち、その重さがまるで心に圧し掛かってくるような錯覚に感じてしまう。  
「……?」  
扉を開けたにもかかわらず、少女は出てこようとはしない。  
もしかしたら僕のことが怖いんだろうか。  
ここで少女が受けていた仕打ちが、もしも僕の想像通りならそれも無理はないだろう。  
それならば僕は部屋から出た方がいいのかもしれないが、かといってこのまま放り出すわけにもいかない。  
「……どうしたの?」  
陰鬱な気持ちを胸の中に押し込め、僕はなるべく優しい声になるように心がけて尋ねた。  
「……来て」  
少女はやはり僕の質問には答えてくれなかった。  
わけがわからないまま、言われた通りに扉をくぐると、少女は僕の目の前までやってくる。  
その迷いのない足取りに、どうやら僕のことを怖がっているようではないことを見て取り僕は少しだけ安心した。  
僕の胸の高さあたりから、じっとこちらを見上げてくる2つの瞳。  
そこからは何も感情が読み取れない。  
まるで底無し沼の水面を覗いているようだ。  
もう用済みとばかりに部屋の隅に放り投げられた鞠が、トントントンと軽やかな音を立てた。  
 
「……屈んで」  
いつしか僕は少女の言葉に逆らえなくなっていた。  
少女の澄んだ声が頭に直接染み込んできて、それがそのまま僕の意思を介在せずに全身へと指令として送られていくような感覚。  
僕が頭の位置を下げていくと、それを迎えるように少女は背伸びをする。  
次の瞬間、僕達の唇は触れ合っていた。  
「……っ!?」  
唇に当たる柔らかい感触に、まるで冷水をかけられたように僕は我に返った。  
慌てて頭を上げようとしたけど、一瞬早く僕の首に回された少女の両腕によってそれは叶わない。  
首の後ろに絡み付く腕から伝わる少女の高い体温。  
目の前には瞳を閉じた少女の整った顔。  
「んんぅ……」  
混乱する僕の頭に拍車を掛けるように、腕よりもさらに熱い少女の舌が僕の口内へと滑り込んでくる。  
僕は蛇のように縦横無尽に動きまわるその舌に成す術もなく蹂躙された。  
狭い口内で2つの舌を散々絡め合った後、ようやく少女の舌が後退していく。  
やっと解放されると思った。  
けれど僕の体は自分でも信じられない行動を起こす。  
下がっていく少女の舌を、意思に反して僕の舌が追いかけていくのだ。  
まるで2人の舌が見えない糸で結び付けられているようだった。  
少女の口内は熱く煮えたぎる糖蜜に満たされた壷を連想させる。  
その中で2本の舌は数年振りに再会した恋人のようにもう1度熱く絡み合う。  
加えて今度は柔らかい唇によって扱き上げられ、僕は理性がカンナで削り取られていくような感覚に囚われていた。  
 
どれくらいの時間続けていたかは、もうわからなくなったいた。  
ようやく解放された僕は呆然と少女の顔を見つめることしかできない。  
「ふふ、気持ち良かった?」  
初めて少女の顔に表情と呼べるものが浮かぶ。  
それはどこまでも無邪気で、同時にどこまでも淫靡な笑み。  
「こんなになってる」  
答えられない僕にさらに少女は笑みを深くして、突然僕の股間に手を這わせた。  
僕のそこはすでにズボンの中で痛いほど勃起し生地を盛り上げている。  
不意打ちでそこを責められ、腰が抜けたように僕は床の上に座り込んでしまった。  
「そんなに良かったんだ?」  
今度は逆に少女が僕を見下ろす形になる。  
さっきまではほとんど口を開かず、開いたとしてもせいぜい単語程度しか口にしなかったことが嘘のように饒舌になっていた。  
表情の変化も含めれば本当に一瞬で別人に入れ替わってしまったかのようだ。  
立ち上がることも出来ずただ見上げる僕の足の間に少女が滑り込んでくる。  
その細い指先がズボンの前部にある金具にかかったとき、僕は思わず身を震わせていた。  
それが恐怖によるものなのか、それとも期待からくるものなのかは自分でもわからない。  
ただ少女がやろうとしている事を止めることもできず、僕はされるがままになっていた。  
 
トランクスの下から姿を現した僕のペニスは、先端がすでに先走りの液で濡れていた。  
太い血管の浮いた茎の部分に少女の指が絡む。  
いかに少女の体温が高いとはいえ、さすがに大量の血液が流れ込んだそこほどではないらしく、冷やりとした感触に包み込まれて僕はそれだけで達しそうになった。  
その波をギリギリで乗り越えたところを見計らったように、少女の手が上下に動き始める。  
僕の見ている前で、透けるように白い少女の指が、浅黒い僕のペニスの上で踊っていた。  
そのコントラストがどうしようもないほど卑猥で、それが体の中でも最も敏感な部分を擦られる刺激と合わさって興奮が一気に高まってくる。  
今度は耐えられないと心の底から思った。  
「で、でる……」  
股間で爆発する射精感。  
けれどペニスの先端からは白濁液が放出されることはなかった。  
「あっ……くぅ……」  
鋭い痛みが走る。  
絡められた少女の指は包み込むように優しく触れているだけだ。  
にもかかわらず、まるでペニスの先端に栓をされたかのように精液が逆流していくのがわかった。  
「な、なんで……?」  
「ダーメ。私が良いっていうまで出させてあげない」  
悪戯っぽく少女が笑う。  
「苦しい? でも最後は皆喜んでくれるんだから」  
皆、という言葉が頭に引っかかった。  
けれど、それも次の瞬間には新たな刺激に押し流されてしまう。  
 
再びペニスに視線を落とした少女がそのまま頭を位置を下げて、先端をチロリと舐めたのだ。  
それだけで僕のペニスはビクンビクンと跳ねまわる。  
その反応に気を良くしたのか、少女は全体へと舌を這わせていった。  
舌の先端を細く尖らせて尿道口をほじり、そのまま裏筋をなぞるように移動させていく。  
根元まで行くと今度は舌全体を使って竿を舐め上げていった。  
ぬめりを纏った軟体動物のような舌が忙しなく動きまわる一方で、指も休んではいない。  
陰嚢をやわやわと揉んでいたかと思えば、唾液と先走り汁の混合物を指先に纏わせて張り出したエラの裏側をくすぐっていく。  
そんな責めを受けている間、何度も僕の頭には絶頂感が押し寄せてきていた。  
けれど何度それを経験しても、実際に射精することは出来ず、いつしか感じているのが苦痛なのか快感なのかもわからなくなっていく。  
「もう限界? だらしないのね。まあいいわ、そろそろ出させてあげる」  
朦朧とする意識の中で少女の声を聞いた。  
その瞬間それまでペニスを縛り上げていた鎖が一瞬で解かれたようなイメージが頭を貫く。  
それと同時に今まで以上の包み込むような快感が股間から生まれた。  
白く霞む視界の中で少女が僕のペニスを口に含んでいるのが見える。  
さっき舌で感じた少女の口内。  
それが舌の時以上に鮮明に意識できる。  
耐えることなど一瞬たりとも出来なかった。  
今度こそペニスの中を精液が通過していくのがわかる。  
1人でする時とは比べ物にならない快感が全身を掛け抜け、僕は夥しい量の白濁を少女の口へ吐き出していた。  
何度もな何度も跳ね回る僕のペニス。  
吸引のためにすぼめられた少女の頬と、ペニスの動きと連動するように上下する喉。  
神経が過電流で焼き切れてしまうほどの衝撃の中で、僕の意識は薄れていった。  
 
 
「ん……」  
ゆっくりと目を開く。  
僕が意識を取り戻した時、格子付きの窓の外はすっかり暗くなっていた。  
頭の芯が痺れたようにぼうっとする。  
耳を打つのはトン……トン……という規則正しい音。  
その音に僕は慌てて飛び起きる。  
少女は僕が部屋に入ってきた時のように鞠つきをしていた。  
「き、君は……」  
少女がちらりとこちらに視線を向ける。  
行為の最中が嘘のように、再び少女の顔から感情が抜け落ちていた。  
だからあれが僕の夢だったのではないかと一瞬思ってしまう。  
けれど完全に萎えた状態で放り出されている僕のペニスが、あれが嘘ではなかったことを証明していた。  
というか局部を晒したままで気絶していた姿は相当間抜けな気がして、一気に顔が熱くなる。  
慌ててズボンの中にしまう僕を、少女は感情のこもらない視線でじっと見ていた。  
「……また、するの?」  
突然尋ねられて僕は思い切り首を横に振った。  
あの快感に未練がないわけではないけど、あんなものを何度も経験していたら本当に気が狂ってしまいそうだ。  
それに少女がどんな意図であんなことをしたのかもわからない。  
「……そう」  
僕の答えに、少女は僕への興味を完全になくしたように鞠つきを再開した。  
 
「爺さん……吾郎とも、さっきみたいなことしたの?」  
不意に少女が行為の最中『皆』と言っていたのを思い出し、僕は尋ねていた。  
「……した」  
鞠つきを続けながら少女がポツリと漏らした言葉に、僕は頭を金槌で殴られたような衝撃を受ける。  
「ごめん……」  
謝って許されることではないとわかっていても、謝らずにはいられなかった。  
「……なぜ?」  
少女は鞠つきを中断して、またこちらを向いていた。  
「だって、君をこんなとこに閉じ込めて……」  
「……ゴロウじゃない」  
それは閉じ込めたのが爺さんじゃないということだろうか。  
「だけど、その、さっきみたいなこと……」  
「……1度だけ」  
回数の問題じゃない、そう言おうとしたときだった。  
「ゴロウがちょうど今のあなたくらいの時、初めてここに来たゴロウに私が勝手にしたの。ゴロウもそのために来たと思ったから。  
だけどその後でゴロウは言った。もうやめてくれって。だからそれからはもうしてない。ゴロウは時々会いに来てくれたけどお話をするだけ」  
行為の最中のように少女が突然饒舌になる。  
口調こそ相変わらず淡々としたものだったけど、どこか印象が柔らかくなったように僕は感じた。  
けれどその変化以上に僕の心に引っかかったことがある。  
「爺さんが僕くらいのときって」  
自分で繰り返してみて、改めてその言葉の不自然さを認識する。  
そしてそれに引きずられるように僕はあることに気付いた。  
1度気付いてしまえば今までどうしてそこに頭が回らなかったのが不思議で仕方ないほどのことだ。  
 
爺さんは半年前に倒れて、そのまま1度も意識を取り戻すことなく他界した。  
そして僕がここに来たとき、床には厚い埃が積もっていて、かなりの期間誰も入っていなかったことを証明していた。  
もう1度部屋を見回す。  
少女が1人で半年も生きるための食料はどこにもない。  
それに下世話な話をすれば排泄物などの匂いもない。  
この部屋はあまりにも生活感というものに欠けていた。  
「君は、いったい誰なの……?」  
「……知らない」  
少女が嘘をついている様子はなかった。  
といっても表情がかわらないので僕の思い込みに過ぎないのかもしれないけど。  
「なら、いつから君はここにいるの?」  
「……ずっと前」  
「ずっと前って?」  
「ずっと前はずっと前」  
答えと言えないような答えに、僕は言葉に詰まってしまう。  
僕が黙ってしまうと、静寂が部屋を支配する。  
どう聞けば手がかりが得られるのか悩む僕に、不意に少女は何かに気付いたように沈黙を破った。  
「私をここに連れてきた人は座敷わらしって呼んだ」  
「座敷わらし?」  
「私がいれば幸せになれるって」  
座敷わらしのいる家は豊かになる。  
確かそんな言い伝えがあった気がした。  
だけど、いくらなんでもそんな存在がいるわけがないと思う。  
そう思う一方で、ここで最低でも半年もの間放置されて普通の人間が生きていられるわけがないとも思う。  
 
「でも私にはそんなことできないって言った。そしたらあの人は怒って、それならせめて俺を喜ばせてみろって、さっきみたいなことを教えてくれた」  
少女の声は落ちついていて、そこからは一片の辛さも感じ取れない。  
「何度もしてる内に、他の人達も来るようになって、あの人はやっぱりお前は富をもたらす座敷わらしだって」  
その言葉が何を示しているかわからないほど僕も子どもじゃなかった。  
「だけどゴロウが初めて来てからしばらくしたら、ここに来るのはゴロウだけになった。そのゴロウも来なくなって、次に来たのがあなた」  
その言葉は僕にとってわずかな救いになった。  
その言葉通りなら爺さんがそれを止めさせたということなのだろう。  
だけど納得できない部分もある。  
「ここを、出よう」  
僕はそう提案した。  
どんな存在であれ、こんなところで独りぼっちにしておくことが良いことだとは思えない。  
「……無理」  
けれど少女の言葉は簡潔でありながら、これ以上ないほどの否定だった。  
「どうして!?」  
「……出られない」  
「だって鍵は……え!?」  
僕の見ている前で少女の右手が胸の前に抱えた鞠に沈んでいった。  
再び少女の右手が姿を現したとき、鞠の表面に穴が開いていたりすることはない。  
それはつまり、あの格子は少女を物理的に拘束する力がないということを物語っていた。  
そして改めて少女が人と異なる存在だと思い知らされる。  
「何か方法が」  
「ゴロウは私がここから出られるようになる方法を色々調べたって言ってたけど、結局見つけられなかった」  
 
「なら僕が見つけるよ」  
自然と僕はそう宣言していた。  
それは同情かもしれない。  
だけど僕にはもう少女を放っておくことなんて出来なくなっていた。  
そんな僕を少女はじっと見つめてくる。  
表情は変わっていないのに、どこかその視線には今までにない熱が込められているような気がした。  
「……あなた、ゴロウと似てる。ゴロウも好きな人以外とあんなことしたら駄目って。私が、好きってわからないって言ったら、それを知るためにも外に出ようって」  
「うん、爺さんの言う通りだと思う」  
そこで僕はさっきも感じた事を改めて意識した。  
少女は爺さんのことを話すときだけ、ほんの少しだけど雰囲気が和らいでいるような気がする。  
それは本当に微妙な変化で、ともすれば見逃してしまいそうなものだ。  
それでも確かにそれは存在していると僕は確信していた。  
もしかすると爺さんは外に出るまでもなく『好き』を教えることが出来ていたのかもしれない。  
「そうだ、君、名前は? 僕は……」  
「さっき聞いた。ショーゴ」  
「あ、覚えててくれたんだ。それで、君は?」  
そんな事だけで少しだけ嬉しくなる。  
「ゴロウはコユキって呼んでた」  
そう答える少女の表情はやはりどこかほころんでいた。  
コユキ――小雪か、確かに目の前の少女には似合っている。  
「僕もそう呼んでいい?」  
少女、小雪はコクリと頷く。  
それが、僕と小雪の出会いだった。  
 

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