今度ははっきりと、承諾の言葉を喜多は口にした。  
 僕の胸の中に、これまで感じたことのない達成感と、それをはるかに上回る征服感が湧きあがる。  
 これはたまらない……!  
「よし。じゃあご褒美だ」  
 僕はにっこり笑うと、ひざの上の喜多を抱き起こした。  
 そして、ゆっくりと喜多の顔に自分の顔を近づけていく。  
「好きだよ。喜多さん」  
 耳元で優しくささやくと、喜多の体がぶるりと震えた。  
「ほんとに?」  
 おびえたように、困惑した声で喜多が問いかけてきた。  
 僕は返事の変わりに喜多の唇を自分のそれでふさぐ。  
「ぅん……」  
 僕らの唇の隙間から喜多が甘い吐息を漏らした。  
 その声は僕の脳髄をしびれさせるような響きを持っていた。  
 僕はすぐに唇の柔らかさだけでは満足できなくなって、舌で喜多の唇をこじ開けようとした。  
 喜多の濡れた唇はなんの抵抗もなく僕を受け入れると、おそるおそる甘い舌で僕を迎えようとする。  
 それを幸いと、僕は思う存分喜多の舌を吸い、しゃぶり、味わい、さらには喜多の口内を蹂躙しつくした。  
「あぁ……桐野ぉ」  
 おそらく無意識にだろう、僕の名前を呼んでいる。  
 喜多を抱きかかえると、一番近くの机に運んで腰掛けさせ、ぐにゃぐにゃとまるで力の入らない彼女をゆっくりと倒していく。  
 ここが保健室ならばベッドもあったのだろうが、残念ながら図書室ではしかたない。  
 馬鹿でかい机があるだけましか。  
 僕は桐野のセーラー服の裾に手をかけた。  
 喜多の体にかすかに力が入るのがわかる。緊張しているのだろう。  
 だが、脱がさない。こんなところで彼女を全裸にするわけにはいかない。  
 するりと両手を服の中に滑り込ませる。もちろん中に着ているシャツのさらに下にだ。  
 
 滑らかな肌触りの喜多のおなか。  
 荒い息のせいか、忙しく上下に動いている。  
 僕は焦らすようにゆっくりとおへその辺りを撫でまわす。  
 指が胸のほうへ動くたびに、びくりと喜多が震えた。  
 幾度かそんなことを繰り返すうちに、喜多が弱々しく僕の腕をつかんだ。  
「そんなに……苛めんな……」  
「お願いしますは?」  
「……お願いします」  
 これは癖になるな。僕の背筋をぞくりと何かが走っていった。  
 わき腹を愛撫するようにしながら、僕はじわじわと手をセーラー服の奥に突っ込んでいく。  
 ブラジャーに指先が触れた。  
 ホックをはずしもせずに、無理やり指をブラの下にねじ込んでいく。  
「んっ……」  
 喜多が身じろぎをしたが、気にせずに強引にブラをずらす。  
 しっとりと汗ばんだ、柔らかな丘がセーラー服の下であらわになった。  
 生でじっくりと眺めたいところだが、こんなところで喜多を裸にするのは危険すぎる。  
 僕は断腸の思いで邪魔な制服を剥ぎ取るのをあきらめた。  
 それでも、僕の腕が入り込んでいるせいで、セーラー服はめくれ上がり、喜多の可愛らしいおへそが見える。  
 今はこれで我慢しておくか。  
 心の中でつぶやくと、僕は喜多の胸に手を伸ばした。  
 なだらかな丘を掌で覆うようにしながら、ぽよぽよと柔らかい感触を楽しむ。  
 喜多の胸は掌に収まる程度で、それほど大きくはなかった。いいとこBだろうか? どちらかというと……。  
「けっこう小さいな」  
 思わず声に出してしまうと、喜多が敏感に反応した。  
 切れ長の鋭い瞳に力が戻り、僕をキッとにらんだ。  
「うるせぇ」  
「事実を言っただけじゃないか」  
「これ以上言うとぶん殴るぞ」  
 
 まだこんな元気があったとは。  
 僕はおしおきと、僕自身の楽しみのために、喜多の乳首をつねり上げてやろうとした。  
 が……。  
「ん?」  
 思わず間抜けな声が出てしまう。  
 あるべき場所に、あるべきものがないのだ。  
 確かめるように指を滑らせて、胸の頂上に触れる。  
 滑らかな肌があり、その中心で肌触りが少し変わる。これが乳輪のはずだ。  
 そしてそこには突起があるはずなのに……  
「乳首がない?」  
 僕は思わずつぶやいた。  
 すると、喜多は大きく体を震わせた。これまでのような快感を堪える動きではない。なにかに怯えるような動きだった。  
 再度、確認のために乳首があるであろう辺りを指でさする。  
「あ……っん」  
 喜多が切なげに身じろぎをしたが、それでもそこにはなにもない。  
 ……いや、なにもないことはない。線? くぼみ? なにかがある。  
 これはもう自分の目で確かめるしかない。  
 こうなったら我慢もくそも無い。  
 僕の動きを察したのだろうか、喜多がいまだ枷のついたままの両手で不自由そうに胸をかばおうとした。  
「喜多さん。手をどけて」  
「だ、だめだ」  
「喜多さんは奴隷だよね」  
「それでも」  
「奴隷だよね」  
 その言葉であきらめたのだろう。眉をよせ、いまにも泣きそうな顔をして喜多の腕から力が抜けた。  
 すばやく制服を脱がせ、中途半端に肌を隠しているブラを剥ぎ取る。  
 染みひとつ無いきれいな肌だ。タバコを吸っていたのに、ここまですべすべの肌を持っているとは。  
 いや、そうじゃない。胸だ。  
 
「……あ」  
 僕の唇から間抜けな声がもれた。  
 喜多の胸には乳首がなかった。  
 いや、正確に言うと、まだ埋もれているのだ。  
 控えめなサイズの丘の中心にはぷっくりとふくらんだ薄いピンクがあり、そこには一筋の線がある。  
 初めて見た。これが噂には聞いていた陥没乳首というやつか。  
 なにぃ、それではあれが噂に聞いたことがある漢歩通血躯火!  
 知っているのか雷電。うむ。あれこそは中国拳法の秘伝中の秘伝。  
 古代中国においてもっとも良い乳首とされ、そのあまりのエロさに皇帝をはじめ多くの貴族が夢中になり、その精力を吸い尽くされてしまったという。  
 あまりの事態に時の官僚がそれを禁止したというが、よもやその乳首の持ち主をこの目で見ようとは。  
 なにぃ! それじゃあ桃は……。  
 違う! 桃じゃない!  
 予想外の事態にしばし頭が混乱してしまったが、改めて見てみると……ものすごくいやらしいぞ。  
 思い切りいじりたい。舐めたい。  
「……気持ち悪いだろ」  
 喜多が眉を八の字にして悔しそうに呟いた。  
「え?」  
 僕は予想外の言葉に唖然としてしまう。  
 喜多の胸を見てから調子が狂いっぱなしだ。  
「いいよ。別に。前にも気持ち悪いって言われたしな」  
「なんだって?」  
「こんな変な胸気持ち悪いって思ってるんだろ」  
「違う。誰に言われたんだよ」  
「昔、好きだった先輩に」  
「その先輩とはしたのか」  
 なぜか硬い声がでた。  
「……」  
「答えるんだ」  
 黙りこんだままの喜多を追い込むように、言葉を重ねる。  
 
「……してない。胸を見られたときに変な胸だって言われて、それで全部台無し。服つかんで逃げたよ」  
 なぜかわからないが、少しほっとした。  
 違う。なぜかわからないというのは嘘だ。きっとわからないふりをしているだけなんだろう。  
 僕は自分をごまかすために、その先輩のことを考えた。  
 会ったことのない先輩とやらを頭の中で百万発ぶん殴り、怒りをこらえる。  
 そうしてから小さく息を吐くと、言葉のかわりに行動で表すことにした。  
 喜多の胸に吸い付いたのだ。  
 もちろん場所は決まっている。  
「あ……」  
 喜多の口からかすかに息が漏れた。  
 僕はちゅぷちゅぷといやらしい音をさせながら赤ん坊のように胸を吸った。  
 こんな卑猥な吸い方をする赤ん坊はいないか。  
 舌でぷっくりと膨らんでいる乳輪のふちを丁寧になぞる。  
「ん、っなんで舐めるんだよぉ。くぁ……っ、き、気持ち悪くないのかよ」  
「全然。それどころかこんなえっちな胸見たことないね。僕は喜多さんのおっぱい大好きだよ」  
 舌を動かしながら、もう片方の胸に手を伸ばす。  
 小ぶりな胸は僕の手のひらにすっぽりと納まってしまう。  
 少々揉み応えに欠けるが、これはこれで味がある。  
 指先でぷにぷにした感触を楽しんでいると、喜多の息が荒くなってきた。  
「あ、あたしの胸なんか……そんなにっ、んんっ、優しく、あっ、触らなくても……」  
 どうやらよほどのコンプレックスがあるらしい。  
 指先で胸の先端をつまむようにして弄る。  
 喜多の柔らかい胸の形が変わるたびに、喜多は切なそうに唇を噛み締めた。  
 かすかな声が、ピンク色に濡れた唇の隙間から漏れる。  
 なんとしても喜多の声を聞きたい。  
 いけない。余計なことを考えている間に、舌がお留守になっていた。  
 メインディッシュを味わわなければ。  
 胸の頂上にある小さな線に舌を這わせると、喜多の体が今までよりも大きく痙攣した。  
 隠れているだけで感度はいいらしい。  
 舌を尖らせると、その線をえぐるように動かす。  
 
「ひぁっ! な、なにしたんだよっ! い、今すごく……」  
「気持ちよかった?」  
「うっせぇ!」  
 都合が悪くなるとすぐそれだ。  
 そんなふうに反抗できる気力は奪わなければ。  
 僕は舌でミゾをなぞるだけでなく、両手を使って、胸の中心のすじを引き伸ばそうとした。  
「えっ、あ、なにする気なんだよっ!」  
 喜多の言葉を無視して、指と舌に力をこめる。  
 すると、ゆっくりと僕を焦らすようにしながら、薄桃色の乳首が姿を見せた。  
 ひくひくと震えるそれは、空気にさえ反応するほど敏感そうだった。  
 僕は迷わずその淫らしい芽にしゃぶりつく。  
「ひっ、ふぁっ、ぁんっ、くぅっ、ぁ……んんんんっ!」  
 瞳を大きく見開き、声にならない声をあげて喜多のあごが仰け反った。  
 ぱくぱくと口を動かすものの、なにも聞こえない。  
「気持ちよかった?」  
「ぁっ、あ……ぁあっ、ん」  
 ひくひくと全身を痙攣させるばかりで、とても答えられる様子ではない。  
 だが、僕はかまわずに言葉を続けた。  
「気持ちよかった? 返事は?」  
「よ……かった」  
「です、は?」  
「よかっられす」  
 まだ体が言うことをきかないのか、舌ったらずな返事だったがよしとしよう。  
「な、なに……したんらよ」  
「喜多さんの乳首をちょっと強く吸っただけだよ」  
 
 喜多がのろのろと自分の胸に視線を落とす。  
 小さな左胸の先端には、立派に尖った乳首があった。  
 そこで、喜多は自分の胸に起きた変化に初めて気づいたらしかった。  
「あたしの胸にも、ちゃんと先っぽがある」  
 安心したように喜多がぽつりと呟いた。  
「そりゃあるよ。隠れてただけだからね。それじゃあ残りもちゃんと出そうか」  
「へ? 隠れてた? いっ、いいよ。そんなにいっぺんにしなくても。片っぽだけであんなに凄いのに両方なんて」  
 そんな言葉をきく僕ではない。  
 左胸のときよりも強引に右胸に唇をつけると、思い切り力を込めて吸い込んでやった。  
「ちゅぅぅぅぅ……」  
 音をたてておっぱいを吸ってやると、喜多が再び仰け反った。  
「ひっ……くぁぁぁぁ! あっ、あっ、すごひっ、あぁぁぁぁあああ!」  
 口からよだれを垂れ流し、白痴じみた顔で、情けない声をあげている。  
 それに気をよくした僕は、さらに先ほど顔を出したばかりの左胸の先端を指でつまみあげた。  
「ぃぎっ! らめっ、らめらぁ、死ぬっ! ひんじゃうぅぅっ!」  
「だめじゃないよね、気持ちいいんだからさ」  
 僕は舌で柔らかな乳首をもてあそぶ。普段は隠れているせいだろうか、喜多の乳首は柔らかく、くにくにして舌触りが非常にいい。  
 その上、感度は良好だ。  
 僕が先端を舌先で転がしてやるたびに、喜多のお尻が浮いて、体が跳ねた。  
 もはや体裁などどうでもよいのだろう。  
 というか、もうまともな思考力がないのかもしれない。  
 びくんびくん体を痙攣させて、喜多はただ快楽を叫んでいる。  
「ほ、ほんろに、ひぬぅ……桐野ぉ怖いよぉ。もっ、もう、ひっ! くぅぅ、んんっ、らめらよぉ……」  
「死ぬんだったら、とどめをさしてやる」  
 僕は、指に力をこめ喜多の乳首をつねり挙げた。  
 それと同時に、口に含んでいたほうにも力をこめて、噛んでやる。もう甘噛みというレベルではない。快感よりも、痛みのほうが強いぐらいに。  
 ……常人ならば。  
「ひぎっ、いひゃぃっ! ひっ、くぅぅぅぅぅぅ! 桐野、桐野きりろぉっ、あぁぁぁぁぁっ!」  
 悲鳴をあげながら僕の名前を叫び続けた喜多は、最後にひときわ大きく絶叫すると、気力が尽きたのか、ぴくりとも動かなくなってしまった。  
 
 ぐったりとしている喜多を、僕はぼんやりと見下ろした。  
 こっちまで気が抜けてしまったみたいだ。  
「すごかったな……」  
 喜多の胸が、呼吸に合わせて上下しているのを見ていると、いやでも目に入るのが、喜多の乳首だ。  
 コンプレックスだったようだけど、いままで乳首が勃ったことがなかったんだろうか。  
 ひくひくと動いているのを見ると、とてもそうは思えない。  
 軽くつまんでみると、喜多が身じろぎした。  
「ん……」  
 さらに、摘み上げる。  
「ん、あ……桐野……」  
 完全に覚醒したわけではないのだろう、膜が張ったようにぼんやりとした瞳でこちらを見ている。  
「喜多さん。僕がこれから言うことを聞くように」  
「は……い」  
 力なく開かれていた喜多の唇がゆっくりと動いた。  
「いいか……これからは僕の命令は絶対だ」  
「は、い」  
 今度の返事はだいぶまともになった。  
「僕がご主人様で、きみは奴隷」  
「……はい」  
「よし、いい返事だ。ご褒美をあげよう」  
 うつろに僕を見つめている喜多の顔に、自分の顔を落とす。  
 僕は喜多の唇をこじ開けて舌を侵入させた。  
 喜多はそれに応えようと舌を動かそうとしたが、喜多の舌はぴくぴくと痙攣したように動くだけで、まともに絡んでこない。  
 力ない喜多の舌を吸ってやると、喜多はくぐもった声を出して、快感をあらわした。  
「んむ……ぅ」  
「これが契約の証だ。いいな」  
「はい」  
 最後の返事は予想外にしっかりしたものだった。  
 
 
 キスを終え、時計を見ると、もう六時をとっくに回っていた。  
 そろそろ司書が図書室に戻ってくるかもしれない。いや、今まで一度もやって来なかったのが不思議なほどだ。  
 やっぱりあの女、自分はサボってるんじゃないだろうな。  
 けれど、そのおかげでこんなことができたんだから良しとするか。  
 いや。まだ完全に良しとはいかない。喜多は気持ちよかったかも知れないが、僕はなんにもなっていない。  
 下半身は熱く硬くなっている。  
 今すぐに喜多としたい!  
 したい! が、もういつ司書が現れてもおかしくない。  
 僕はズボンの上からでもわかるぐらい、大きくなったものを見て頭が痛くなった。  
 五分後。  
 結局、僕はあきらめた。チャンスはこれからいくらでもあるんだ。そう自分に必死で言い聞かせたのだ。  
 そして、いつまでも喜多の上半身を丸出しにしているわけにもいかず、自分ではなにもできないほどふらふらの喜多に制服を着せてやっていた。  
 図書室の扉ががたがたと音を立てた。  
 司書だ! まずい!  
 全速で喜多の格好をなんとか整える。  
 こちらの気持ちも知らないで、扉をあけて司書がのんきな顔を出した。  
「もう結構な時間だから今日はこのへんで……あら、全然進んでないじゃない」  
 こっちにも色々あるんだよ!  
 だが、そんなことはおくびにもださない。  
「慣れない作業なもので」  
「図書委員でしょ、しっかりしなさいよ」  
「昨日なったばかりの新人なものでして」  
「まあいいわ。終わるまでぐるぐる一組から六組までローテーションするだけだから」  
 
 相変わらず微笑を貼り付けた顔で、好き勝手なことを言っている司書の言葉を聞き流していると、とんでもないものが僕の目に飛び込んできた。  
 いまだ夢見心地でぼーっと突っ立ったままの喜多の足元にブラが落ちているのだ!  
 当然、さきほど僕が剥ぎ取ったもの以外のなにものでもない  
 そういえばシャツを着せ、セーラー服を着せたものの、ブラジャーを着けた記憶がない。  
 大多数の男と同じく、僕にブラを着ける習慣なんかあるわけないので、すっかり存在を忘れていた。  
 まずい。まずいぞ。  
 幸い、そこら中に積み上げられている本のおかげで、司書からは見えていないようだが、図書室に入ってこられでもしたらおしまいだ。  
 そうこうしている、うちに司書はぶつぶつなにかを言いながら中にこちらにやってくる。  
 なんとかしなければ。でもどうやって。  
 そうだ!  
「あっ! 喜多さん、大丈夫? さっきから調子悪いって言ってたよね。今もちょっとよろけたみたいだけど。すいません。ちょっと喜多さんの体調が悪いみたいなんで保健室に連れて行きます」  
「え? あ、ちょっときみ」  
 僕は言うだけ言うと、相手の返事も待たずに喜多のほうへ早足で近づいていった。  
「えっと、荷物はこれで、ほかにはないよね」  
 一人芝居をしながら、カバンの陰ですばやく喜多のブラを拾いあげると、ズボンのポケットに無理やり押し込む。  
「それじゃあ、僕達これで失礼します」  
「え、ああ、そうね。気をつけて帰ってね」  
 それから僕は保健室には向かわずに、さっさと家に帰ろうとした。  
 が、喜多の様子を見ていると、とても一人では無事に帰れそうになかったので、生徒手帳の住所を頼りに家まで送っていくハメになった。  
 別れ際に、僕は喜多の耳元でささやいた。  
「明日は金曜日だから、週末を使ってゆっくり喜多さんを僕のものにしてあげるよ」  
 聞こえているのか、いないのか。  
 おぼつかない足取りで喜多は家に入っていった。  
 
 
 
「おらぁ! 桐野ぉ! こそこそしねぇで出て来い!!」  
 がこぉん! 僕は盛大に机に頭を打ち付けた。  
 朝のホームルームが始まる前。  
 ぞろぞろとクラスメートが教室に入ってくる中、僕もみんなと同じように自分の机にかばんを掛けたときだった。  
 朝のさわやかな空気と、クラスメートのざわめきが入り混じった教室が怒号で切り裂かれたのは。  
 教室にいた全員が、いや、廊下にいた他のクラスの生徒達も、黒板の横のドアに立っている女に注目した。  
 彼女は赤地に、様々な文章が刺繍されている派手な服――いわゆる特攻服――を身に纏い、手にした木刀で肩を軽く叩いている。  
 金色に脱色した髪の毛を揺らしながら、教室の入り口をふさぐようにして仁王立ちになっている彼女は、とてもじゃないが一見して学生には見えない。  
 だが、僕にはわかったし、クラスメートにもわかった。  
 なぜか。  
 特攻服女が喜多だからだ。  
 すでに教室にいた広尾が僕にすばやく近づいてくる。  
「おい、あれなんだよ。お前なにしたっつうの? 昨日なにかあったのか」  
 ひそひそ声での質問に、僕は顔から血の気が引いていくのを感じた。  
「ちょ、ちょっとね」  
「ばっ、おま、あれちょっとどころじゃねえって」  
「い……いろいろあったんだ。僕とお前は子供の頃からの友達だよな。親友といってもいいよな」  
「えーっと……どちらさまでしょうか? 俺とあなたは初対面ですよね。転校生の方ですか?」  
 頼りがいのある幼馴染を持ったことを天に感謝しなければ。  
 僕と広尾が無駄口を叩いている間に、喜多の視線は教室を一巡りし、すみでこそこそしている僕を見つけ出した。  
 喜多と目が合った。  
 猛獣が哀れな獲物を見つけたときの目だ。  
 僕は死ぬんだな。……決定的に。  
 僕はいともすんなりそれを受け入れた。恐怖はなかった。後悔もなかった。それだけのことをしたんだからな。そう思った。  
 圧倒的強者の前にあるのは、氷のように冷たい死にゆく自分を見る目だけだった。  
 そしてまた、生きながら蛇に飲み込まれる蛙の気持ちを理解したとも思った。  
 一歩一歩こちらに近づいてくる喜多をどうすることもできずに、僕はただじっと立っていた。  
 
 喜多が目の前にやって来た頃には、広尾はとっくに他のクラスメートと同じように、野次馬の一人になっていた。  
「おい、桐野」  
 ドスの効いた喜多の声が僕の名前を呼んだ。  
「な……なにかな」  
「話があるからちょっと付き合えよ」  
 話し合いに木刀はいらないかと思われますが。  
「こ、こでいいんじゃないかな。話なら十分にできると思うけど」  
「ば、馬鹿かお前はっ! こんなところでできる話じゃねぇんだよっ!」  
 顔を真っ赤にして怒鳴ると、喜多は僕の腕を掴み、歩き出した。  
 まるでモーゼの十戒のようにクラスメートが真っ二つに分かれていく。  
 視界の片隅に、手を合わせている広尾が映ったが、もうそんなことはどうでもよかった。  
 されるがままに喜多に引きずられていると、校舎裏に連れてこられた。  
 昼でも校舎の影になって薄暗く、誰にも見向きもされない人気のない場所だ。  
 悪事を働くには絶好の場所といえる。特に人に見られたくない殺人とかには。  
「お、おう桐野、その……あれだ。」  
 喜多が口を開いた。さすがの喜多も命を奪うということに緊張しているのか、少々どもっている。  
「はい。なんでしょう」  
「せっ、責任とれよ」  
「なにをすればいいのでしょうか」  
「そんなによそよそしくするなよ。昨日みたいでいいからさ」  
 昨日。その単語にどきりとする。  
「お……男だったらあたしをこんなにした責任ちゃんととれよ」  
「覚悟はできてるよ。いかようなことでも謹んで受けさせていただきます」  
「ほ、ほんとか!?」  
 僕は全身の力を抜いた。覚悟を決めて目を閉じる。  
 しかし、いつまでたっても木刀の衝撃はこない。  
 おそるおそる目を開けてみると、喜多は伏し目がちになって、もじもじしている。  
「あ、あたしさ、その昨日、桐野に……いろいろされて、あの、あたしの胸も、す、好きだって言ってくれたし、いや、あの……そうじゃねぇんだ。昨日、家に帰ってから……は、初めて自分で、し、してみたんだ」  
 
 な、なんだってー!?  
 ど……どうなってるんだこれは。  
 僕に世界の真実を教えてくださいキバヤシさん。  
 まさか本当の僕はすでに血の海の中で、これは死ぬ間際の幻影とかじゃあないだろうな。  
 喜多に見えないように、こっそりとわき腹をつねってみたが、痛い。  
 ということは現実か!  
 僕が自分の意識を疑っている間にも喜多の言葉は続いていた。  
「お、オナ……ニーとか、したことなかったから、仕方とか、よくわかんなかったせいかもしれないけど、あ、あんまり……き、気持ちよくなくて。でも、もうあたし昨日のことが忘れらんなくて、我慢できなくて、放課後とか週末とか待てねぇんだよ!」  
 現実って凄い!  
 予想外の事態にくらくらする頭を抑えながら、僕は言った。  
「それじゃあ、今すぐ昨日みたいにいじめて欲しいってこと?」  
 露骨な問いに耳まで真っ赤になりながら、消えそうなほどかすかな声で喜多が返事をした。  
「お……おう」  
 これは死なないですむどころの話じゃない。  
 現金なもので、そうとわかった途端に僕の中に昨日の征服欲が湧き上がる。  
「昨日もいったよね。返事は?」  
 きょとんとした顔で僕を見つめていたが、言葉の意味を理解したのだろう。喜多は慌てて言いなおした。  
「はい」  
「よし。でもなんでそんな格好してるわけ?」  
 僕は喜多に向けた視線を上から下へ動かした。  
「こ、これは、このカッコしてると気合が入るから。き、気合入れないとこんなこと言えねえよ」  
 確かに。正気じゃ私を苛めて下さいなんてとても言えない。  
 それじゃあその木刀はなんなんだ。  
 喜多の手にした木刀を指差した。  
「それはどうして?」  
「このカッコしたらコレ持ってねぇと落ち着かないんだよ。そ、そんなことどうでもいいだろ。早く昨日みたいにしてくれよっ!」  
 
 喜多は今にも服をはだけて胸を出しかねない勢いだ。  
 それとは対照的に、僕は静かに言った。  
「僕は昨日ちゃんと週末を使ってって言ったよね」  
「で、でもあたしは」  
「奴隷が僕に反抗するの」  
「ち、違うけどよぉ」  
「また言葉遣いが違う。……しかたないな、だめな奴隷に罰を与えよう」  
「罰?」  
 問いかける喜多の声に、隠し切れない期待の響きがあった。  
 すでに顔が喜悦に緩みつつある。  
「そう、罰。今そんな格好だけど、喜多さん今日制服持ってる?」  
「持ってる、持ってます」  
 喜多はどんなことをされるのか待ちきれない様子だった。  
「それじゃあ学生らしく、その特攻服から制服に着替えてもらおうか」  
「そ、それが罰なのか?」  
「そうだよ」  
 あからさまにがっかりした表情になる喜多。  
 僕は内心、にやりとほくそ笑んだ。もちろん罰はそんなつまらないことではない。  
「ただし。ある条件付きだ」  
 僕は喜多に近づいた。  
 ゆっくりと背後に回りこむと、喜多の胸を鷲掴みにした。  
「わっ、ひっ……あぁぁぁ」  
 スイッチが入ったのだろう。喜多からふにゃふにゃと力が抜けて腰砕けになる。  
「特攻服の下は別にさらしじゃないんだ。ちゃんとブラつけるもんなんだね」  
「は、はひ」  
「条件ってのはさ、今日一日これつけないでいること」  
「ぶ、ブラをれすか」  
 喜多は蕩けそうなくらい舌っ足らずな口調でしゃべりながら、僕にもたれかかってきた。  
 その間も、僕は胸を好き放題に弄り回している。しかし、乳首をつまみ出すことはしない。ぷっくりとした乳輪を撫でまわすだけだ。  
「違うって、下も。今日は体育もないし、喜多さんは今どき珍しい長めのスカートだから、おとなしくしてたら誰にもばれないですむよ。放課後までそれができたら、喜多さんを約束どおり僕のものにしてあげる」  
 潤んだ瞳で僕を見つめていた喜多は、しっかりとうなずいた。  
 
 それから、無事に教室に戻った僕と、妙におとなしい喜多をめぐって学校中で噂になったらしい。  
 僕の幼馴染に戻った広尾が新たな噂が広がるたびに親切に教えてくれたのだ。  
 いわく、僕が実は骨法の達人で逆に喜多をたしなめた。  
 いわく、僕は喜多に脅され、奴隷となった。  
 いわく、腎臓をひとつ売ることになった。  
 いわく、実は僕はすでに殺されていて、今いる僕は幽霊だ。  
 数え切れないほどのむちゃくちゃな話でいっぱいだが、まさか現実はそれ以上にでたらめだとは、誰も思わないだろう。  
 そして……。  
「それじゃあ、また明日も勉学に励むように」  
 いつもどおりのしめの言葉で、いつもどおり先生は出席簿をばしんと叩き、教室をでていった。  
 待ちに待った放課後だ。  
 広尾が僕のほうにやって来た。  
「おい、いい加減に喜多となにがあったのか教えろって。俺とお前は子供の頃からの親友だろ」  
「色々あったんだよ。話すほどのことじゃないって」  
「けちけちすんなよぉ」  
 
 僕が広尾を適当にあしらっていると、自分の席からぴくりとも動いていない喜多が怒鳴り声を上げた。  
「桐野ぉ! 早くしろっ! もう……限界……」  
 顔を羞恥で真っ赤にして荒い息を吐いているせいで、まるでブチ切れているようにも見える。  
 本当のことを知っているのは僕だけだ。  
「えっと、そこの人、桐野って言うんですか? むこうの人が呼んでるみたいですよ」  
 広尾があっというまに幼馴染から赤の他人にチェンジした。  
 肩をすくめると僕は喜多の机に向かった。  
 喜多が涙すら浮かべそうなほどに感激した面持ちで僕を見つめている。  
 彼女は今日一日トイレにもいかず、自分の机から一歩も動かなかった。  
 ときどき縋るような目を僕に向けてきたが、全部無視した。  
 だから、僕がいま近づいてくるのが嬉しくてたまらないのだろう。  
 きっと尻尾があったらちぎれんばかりに振っている。  
「き、桐野ぉ、あたし、あたし」  
 喜多が机の前に立った僕に思い切りしがみついてきた。  
 僕は誰にも聞こえないように小さな声で褒美の言葉をささやいてやる。  
「よく頑張ったね、喜多さん」  
「お……はい」  
「約束どおり、これから喜多さんを……違うな。薫を僕のものにしてあげるよ」  
「……はい」  
 目の前の光景に唖然としているクラスメートをほうって、僕は喜多を抱きかかえるようにして教室を出て行った。  
 楽しい週末になりそうだ。  
 

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